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おはようございます、やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。このチャンネルは、このままでいいのかなと感じているあなたへ、自分に向き合い、国家公務員を早期退職した経験と森の力を手がかりに、これからの生き方を描くヒントをお話ししています。
昨日は、日曜夜のライブ配信、遊びに来てくださった皆様、またアーカイブを聞いてくださった皆様、ありがとうございます。
昨日は、私が森林セラピーに出会ったきっかけとなった、雨でズブ濡れになってしまった、ズブ濡れセラピーの話ですとか、そうしたことを皆さんと一緒に楽しくお話ししながら過ごしました。
ありがとうございます。
今日は、最近私の履歴書的に、私がこれまでどんな人生を歩んできたのかみたいなことを織りに触れ、お話ししているんですが、
今日はですね、私が社会人を経て、それで公務員になり、そして新人時代、わからなすぎて涙涙で過ごした後、監督署を移動してですね、
日本一大きな監督署で、1年目、2年目、3年目に初めてですね、困難事案と言われている、重い事案ばかり扱う、そういう担当のところに入れてもらって、大変ながらも深い話をお聞きできることにやりがいを感じていたという、そんなお話をしました。
今日はですね、その後ということについてお話しします。
その後、私はですね、移動になるということで、これで労働局の本局の方に移動になりました。
行き先が長州部っていう、労働保険長州部っていうところだったんですけど、正直ですね、ショックでしたね。
やっと労災のね、お仕事の大変さも感じながらもやりがいみたいなね、こうした深いお話をお聞きできる、そうした部門に配属してもらってってことで、
労災のお仕事のある意味、こうね、自分が携わることの意義みたいな、なんかそういうのも感じられて、
もうちょっと労災頑張りたいなーって思っていた時に、あーっていうね、長州部かーっていう、長州部はすごく大きな部門で、若手であれば必ず一度は行くでしょうみたいなところだったので、
いわゆる一般的な人事ローテーションだったんですけど、この時私は長州部に移動になりました。
この時のお仕事というのは、東京局内からですね、集まってくる事業主さんが、お仕事を誰かを雇う時には、労働保険に加入しなければいけないっていうのがあって、
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その加入いただくための届出の書類とか保険料の書類とか、そうしたものが各監督署から一斉に集まってくるものをですね、
それをチェックして審査したりとかね、そしてしかるべく処理するみたいな、そういう部門でした。
最初にいたのは、単独有機事業って言って、建設業のね、そうした成立と保険料の申告を扱う係でして、
受け負い金額が1億数千万でしたかね、当時の、ある程度大きな現場の保険の成立や申告を扱う、そんな仕事でした。
受け負い金額数億とかっていうのをね、そういう単位になってくると保険料も数百万みたいな単位になってきて、
最初はね、結構びっくりしますけれども、毎日毎日そんな書類を見ているとですね、だんだん慣れてくるし、
あ、なんかね、あそこではこんな大きな現場があるんだなとかいうのを見ながら過ごしてました。
あとは保険料のね、間付の書類みたいなことで、あまり事故が少なく、大きな現場であるにもかかわらず、
労災事故がなく、それで労災保険をお支払いするものが少ない場合に、
メリット勘付って言ってね、要は収めていた保険料に対して、こちら行政側からお支払いをする労災保険の保険料が少なかった、
新料費とか給与保証とかですね、っていう場合に勘付するっていう手続きがあって、
勘付請求の書類とかに大量に埋もれて、机の横に決済バサミがドーンってあってみたいな、
それをチェックして犯行を押すみたいなことをひたすらやっていた、そんな記憶です。
それからですね、また2年間経って現場に戻って、また都心部の労災課に戻してもらったんですけど、
この時がですね、初めて担当する第三者行為災害担当って言って、
第三者行為って何なのかっていうと、第三者っていう相手がある事故、事件、そうしたものの労災請求っていうことですね。
三者担当っていうのはね、ちょっと嫌でした。最初怖かったんですよね。
新人時代に三者担当の先輩方がやっているところに来る電話って、
だいたい何か起こっているとか、複雑そうで、それで先輩方もね、電話対応に苦労しながらやっているみたいなイメージもあって、
なんか大変そうだなーっていうそんなイメージで、
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そっか、いよいよついに三者担当をやらなきゃいけないのかって思った記憶があります。
着任した時にはですね、前年度に積み残ってしまった処理みたいなのも結構あってですね、
なんかそれも数日してね、なんかまた泣きましたね、確かね。
上司の方たちの前でね、私にはこれ無理ですって言って、なんか泣いた記憶がありますね、その時にも。
もう本当にね、なんかまあまあカゴいっぱいみたいな感じでね、なんかよくわからない書類がいっぱい残っていて、
本当に無理って思った記憶がありますが、
だけど女子の方たちもとてもいい方たちだったのでね、少しずつやっていこうということでね、
なんか励ましていただいて、それでいろいろ教えていただきながらやったなっていう記憶があります。
以前にですね、着任早々にクレーム電話がかかってきて、それでもうね、いつ払ってくれるんですかみたいなことになって、
いやもう全然書類何かわかってないのに、お相手の方めちゃくちゃ怒ってるしみたいなことで、
それが実はこの時だったんですけれども、結果的にはね、いろいろ何とかね、必死でやって、それでお支払いできるようになって、
で、箇所売りが届いたっていうね、そういう話、一度だけですよね、多分ね。
なんかもちろん公務員なので、箇所売り受け取れないので、定帳にお返ししたんですけれども、
そんなこともあったところでしたね。
相手がある事故担当っていうのは、怒られるんです、大体。
お怒りから始まるんですよね。
なぜならば、労災請求して来られる方は、何かの事件や事故、交通事故とかが多いですけれども、で、怪我をしたと。
で、それが相手があるってことで、交通事故であればですね、相手方とかっていうのがいたり、あと暴行事件であればですね、
誰かから殴られたとか、誰かから危害を加えられたみたいな話になってくるんですけど、
で、この相手の方には当然相手の方の言い分っていうのがあって、
なので、労災請求いただいた方からは、第三者行為災害届けって言って、主張を書いてもらう書類をもらうんですが、
当然、お相手として名前が挙がっている方にも、どんなことだったのかってことで、相手の方にも事情を聞く書類を送るんですが、
これを送ると、すごい怒られるとかっていうのがまあまああって、
こっちが被害者だって言ってね、怒りの電話がかかってきて、なんだこれはって言って、怒られる。
一応、そういうことを和らげるお手紙とかで入れてるんですが、
当然、自分が被害者だとか、なんだこれはっていう気持ちからあった時に、電話は当然怒りから始まりますよね。
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そこに誤解な思いをさせて申し訳ありませんって言って、
それで、こちらも事情がわからないので、今おっしゃられたことをそのままお手数でございますが、ご記入いただけませんでしょうか、みたいなことを
提唱にお願いするみたいなね、そういう感じです。
もう、なんか、そういうね、下手に出ないと本当にね、なんかもう大炎上するみたいな感じで、
で、もう事案によってすごい怒っておられたりとかするとね、もう今から行くからな、みたいな感じになって、
もう冷え〜って思って窓口にどんな方が来るんだと思ってね、せんせんきょうきょうとしてると、意外とそういう場合は来ないっていうこともあったりっていうね、そんな話もありました。
まあ、いろんなことがあった三者担当時代でしたが、
三者担当の上司の方が理系出身の方で、すごくグラフ化するとかね、いろんなこう乾燥化するみたいなことをすごく得意とされている方で、
着任当時はね、いろんな前年度の未処理が相当あって、うわ〜ってね、炎上状態だったんですけど、
まあ、それをですね、でもちょっとずつ頑張っていこうって言って、で、こうやってね減らしていったのを、件数をねグラフ化してくださって、市販機ごとにね、ほらこんなに減ってきたよって言って、
で、頑張ろうねって言って、なんか励ましてもらったのをすごく覚えてます。
ゲイミフィケーションがね、多分得意な方だったなって思うんですよね、今思うと。
なんかこうやって目に見える形で成果が上がっていくことでね、その上司の方自身もそれでモチベーションを保っていた。
大変な日々クレーム受けたりとかですね、怒られたり怒鳴られたりとかすることがやっぱり三者担当は多いので、
メンタルだいぶ削られるんですけど、それでもね、こうやって処理が進んでいるっていうことを確認して、で、それを私にも見せてくれてみたいなね、そんな感じでした。
ということでですね、なんかいろんな方と接してきたなというふうに思いますし、
それで自分がね、やっぱりこの怒りの感情っていうのをね、板挟みになってっていうことがやっぱりすごい多かったんですよね。
こちらは正直役所の人間なので、なんか当事者では全然ないわけですけど、でもやっぱりそういう書類が送られてくれば、
まあ書類の送り先であるこちらに対してガッて不満がきますし、で早く払えないってなると、なんで払えないのかって言って当事者の方からはめちゃめちゃはい、
いろいろなクレームとか早く払えっていうね、どう勝つみたいな感じのレベル感の電話も受けますし、
そういう意味で結構ね、三者担当時代はだいぶしんどかったなっていうのもありますけれども、いろいろでも学ばせてもらった、そんな時代だったかなと思います。
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ということでね、月曜日、8月31日ということでいよいよ最後になりました。
皆さまも8月最後の1日、どうか良い1日になりますように。
お聞きいただきありがとうございました。
吉でした。