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超ブログ思考
こんにちは、アポロです。
今日は、現実と非現実の境界線というテーマでお話していきたいと思います。
かなり難しい内容になっていて、僕自身もしっかりと理解できているわけではないので、
聞いていて意味がわからないという人も中には出てくるかなと思うんですけど、
そういう方はあまり難しく考えずに、聞き流す感じで聞いてもらえれば大丈夫です。
今回お話することに関しては、あくまでも僕自身が感じていることなので、
何かそういう理論があったりとか、研究結果があったりとか、そういうものではないので、
これが絶対に正しいんですということではないですから、
それを事前に理解した上で聞いてもらえればなというふうに思います。
今日はかなり抽象的なテーマになるので、説明が難しい部分はあるんですけれども、
現実と非現実の境界線という内容なんですが、
最近ですね、Facebookが社名変わりましたよね。
メタバースを始めるので、メタという名前に変わりましたけど、
これからこのメタバースというものがどんどん世の中に広がっていくのは間違いないかなと思うんですけど、
これがまさに現実と非現実の境界線をより分かりづらくするものになるのではないかなと思うんですね。
この現実と非現実、今僕たちが見ている世界というのは現実ですよね。
自分の目を通して見ているものは現実。
非現実って何かというとバーチャルな世界ですよね。
それが非現実です。
昔はこの現実と非現実というもののしっかりと境界線が分かれていたんですけど、
最近はですね、ネットの普及によってそれが非常に分かりづらくなっているわけです。
例えば少し前にですね、某イラストレーターが世間を賑わしてパクリだとかってあったじゃないですか。
あれって真理の程はささかではないですけど、実は女性じゃなくて男性だったんですよみたいな話とかって出ていると思うんですよ。
でもそれってその情報が出るまでは多くの人、ほぼ全ての人はイラストレーターの人が女性だと思い込んでいたわけですね。
ということは現実と非現実が違うわけですよ。
実際現実は男性だけども、世の中のほとんどの人は女性だと思い込んでいた。
つまりその女性だと思い込んでいたってことは、見ている側にとってはその人は女性なわけですよ。
だから現実と非現実が違うんですね。
でも見ている側にしたらそれが現実なんです。そういう人がいる。
そもそもこのリアルの世界には存在していない人が存在していることになっているわけですね。
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そういう人がいるんだって思い込んだ時点で、その人を見ている側にとっては現実世界に存在する人物になるわけです。
つまり架空の人物が現実化しているということですよね。
結局現実って何が作っているかというと、僕たちの認知と解釈が作っているので、認知されなければ存在していないのと一緒ですよね。
例えばこの音声を聞いている人は僕のことを認知していますけど、僕のことを全く認知していない人というのは、
この僕という人間が存在していないのと一緒なわけですね。
認知していないものは存在していないのと一緒だから、まずは認知するということが大事なんですけど、
それをどう解釈するかによって現実が作られるわけですよ。
だからそういうなんとかさんという女性がいるというふうになった場合に、
それを思った時点でその人は自分にとって現実に存在しているということになるわけです。
つまり何が言いたいかというと、事実が現実を作るんじゃなくて、解釈が現実を作るということです。
これって本当に怖いことではあるんですけど、ある意味僕たちにとってはすごくいいものでもあるんですよね。
というのは自分は何者でいればなれるということです。
例えば自分のことを全く知らない人に対して自分という人間を出していくときに、
例えば私はお金持ちですというふうに言ったら、相手が自分のことをお金持ちというふうに認知して解釈したら、
相手にとっては私はお金持ちというふうになるわけですね。
私はモテモテですというふうに言って、相手が自分のことをこの人モテるんだと思ったら、
自分はもうモテモテ、その人にとってはこの人はすごくモテる人だというふうに思われるわけです。
だから何を言いたいかというと、僕たちは何者にでもなれるということですね。
自分たち次第で。もちろん人を騙すとかそういうのは良くないんですけど、
現実と非現実の世界、バーチャルの世界というのはどんどんどんな人間にでもなることができるということなので、
ある意味全ての人にとってチャンスだと思うんですよね。
つまり情報が現実を作っていくということです。
さっきの私はお金持ちですということに関して、自分はそういう情報を出すわけですよ。
例えば私は年収1億円ですというふうに出して、
その年収1億円という情報に対して受け取り側がどういう解釈をするか。
1億円イコールお金持ちという価値観を持っている人はお金持ちだと思うし、
1億円なんか全然お金持ちじゃないという価値観を持っている人は別にお金持ちじゃないよねというふうに解釈するわけです。
なのでこの情報と相手の価値観、その受け取り側の価値観によって現実が作られるということなんですよね。
この現実と非現実の境界線というのがどんどんわかりづらくなっているというのは、
このネットが始まる前の時代から実は起こっていると僕は思っていて、
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例えばテレビとかありますよね。テレビを見て例えば芸能人とかがテレビに映っているわけじゃないですか。
僕たちはその芸能人という人が存在しているように思っていますけど、
実際はただテレビから映像が流れているわけで、実際はそこの自分の目の前にその人が存在しているわけではないですね。
あくまでもテレビという媒体を通して見ているに過ぎないわけです。
でもそれがあたかも現実であるかのように僕たちは認識してしまっているわけですね。
テレビの中で芸能人が何かやったら、実際にそういう人がいてそういうことをやっているんだって思い込んでいるんですけど、
実際に見ているものはただの映像でしかないわけです。
でもやっぱりテレビとかそういうものを通して見ることによって、
それがもう現実だというふうに自分の現実の一部になっちゃっているわけですね。
このバーチャルの世界、テレビも含めネットも含めそうですけど、
というのは例えば死とか時間とかそういうものを超越するわけですよ。
どういうことかというと、例えばすごく有名な誰でもいいですけど俳優さんがいたとして、
その方がもうすでに亡くなりになっているとしますよね。
でもそれをその事実を知らずに、例えば自分がテレビをつけてその俳優さんがテレビに出て
ドラマとかに出てたら、自分にとってはその人はまだ生きている人になっているわけじゃないですか。
だってその方が亡くなっているという情報を知らないわけだから、
自分にとってはこの人はまだ存命で、普通に健在で頑張っていらっしゃるというふうに思うわけですよ。
それが現実なんですね。でも実際事実は違うわけじゃないですか。
もうすでにこの世にいないという事実があるけれども、
見ている側はその情報を知らないから、その人にとってはまだこの人は存命なんだという現実になるわけです。
だからこれが現実と非現実の境界線かなというふうに思うわけです。
結局見ている側がどういうふうに認知しているかによって現実が作られるわけだから。
例えば今自分が何か映像を撮って100年後に誰かが見たとしますよね。
でも100年後に見た人が自分がもうすでにこの世にいないという情報を知らなかったら
ひょっとしたら同じ時代に生きている人の動画かもしれないと思うわけですよ。
例えば僕が何か動画を撮ってそれを100年後に公開して
でも僕の存在を知らない人がそれを見たら
この人はまだ自分と同じ時代に生きている人なんだと思うかもしれない。
そうするとその人にとっては僕はまだ一緒に生きている存在になるわけです。
実際は違いますよね。
事実としてはもう100年後だから自分は間違いなくこの世にいないわけですけど
でもその人にとってはこういう人がいるんだって思うってことです。
つまりもうバーチャルと現実が一体化してしまっているってことです。
なので今後このメタバースとかそういうものが広がっていくと
どんどんどんどんこういうような状態が起こっていくわけですね。
結局何がそういう現実を作っているかというと情報と解釈ですね。
情報に対してどういう意味付けをするのか。
1000万円っていうのをお金持ちっていう風に意味付けするのか
お金持ちじゃないって意味付けするのか。
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それによってその人にとっての相手の見え方が変わって
それが現実となるということです。
なのでよくあると思うんですけど
私なんかに全然大したことないとかって思うと思うんですけど
何者にでもなれるんですよ。
それは嘘をついて別人になりすませとかそういう意味ではなくて
結局解釈次第なんですよね。
自分がどう思うのかっていうところを表現するだけで
相手がどう認知するかの方が大事なわけです。
そこの部分はマーケティングとかそういうところにも
かかってくるとは思うんですけど
セルフイメージも結局自分が
自分が自分に対していろいろ意味付けしてしまってるわけですよね。
例えば銀行口座にお金がないから自分は貧乏だと思ってるけども
自分のことを全く知らない人からしたら
自分のことをお金持ちなのか貧乏人なのかって分かんないわけですよ。
だってその人は自分のことに対して何の情報も持ってないわけだから
その人にとっては自分はまっさらな存在なわけですね。
結局そういうことなんで
それを自分がどう自分自身のことを解釈して意味付けして
生きていくのかということですね。
結局その情報とそこに対する価値観とか意味付けとか
そういうものによって自分という人間のセルフイメージとか
そういうものが作られているだけなので
これからどんどんメタバースとかそういうことが広がっていって
今みたいなことが起こると
人間何にでもなれるんだなというふうに思うので
今自分のセルフイメージが低くて
自分に自信が持てないとかっていう人も
これからはそういうのがどんどんなくなっていく。
いずれこのバーチャルと現実の世界の比率が
この比率が変わってくる時代が来ると思うんですよ。
どんどんバーチャル世界の比重が大きくなってきて
今生きている人間っていうこっちの世界の
ウェイトが軽くなっていく。
もう生きている時間の大半をバーチャルの世界に過ごして
そっちが本当の自分なんだみたいな時代が
すぐにはないでしょうけどどんどんやってくると思うんですね。
だから僕たちは2つの人生を生きることになるわけです。
これからの時代っていうのは。
今自分が生きているこの現実世界そしてバーチャルな世界に
2つの人格を持って生きていく。
そして今後このバーチャルの世界の比重が大きくなっていくので
こっちのバーチャルの世界でどういうふうに生きていくのか
っていうのがすごく重要なわけです。
最後に自分のセルフイメージの話をしましたけど
自分自身っていうのは唯一本物を認知することができない存在なんですね。
僕たちは自分たちのことを見ることができないじゃないですか。
手とか足とかは見えるけど顔とか全身は見えないわけですよ。
鏡に映った自分は見れるけど
その鏡に映った自分だって本物の自分じゃないですよね。
動画に映った自分は見れるけど
それもあくまでもバーチャルな中に映っている自分に過ぎないわけです。
自分自身は本当の自分というのは見えないわけですよ。
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見えていないわけだから
どんな人間なのかというのは分からないわけですよね。
それをどういうふうに自分で認知するのかというのが
自分の人生を大きく決めていくと思うので
今日かなり僕も話していてよく分からない部分もあったんですけど
ぜひ参考にしていただければと思います。