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2025-08-29 15:20

散らかるのは自然、散らかり続けるのはサイン

片付けはシンプルに

日常をちょっぴりユニークに


あなたの感性と思考を大切にする

シンプル片付けの専門家/まっちゃん

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サマリー

このエピソードでは、散らかることと散らかり続けることの違いについて考察し、心地よい状態を維持するためのポイントを探ります。また、散らかっている時間と片付いている時間の割合にも触れ、心の健康との関連性を示唆しています。散らかることは自然なことであり、片付けられない状態が続くことが問題であると述べています。さらに、散らかりやすさの理解とそれに対する自己認識の重要性についても掘り下げています。

散らかりへの気づき
はい、皆様おはようございます。片付けコンサルタントのまっちゃんです。
このラジオでは、自分の日常をちょっとだけ、昨日より好きになるための学びをシェアしていきます。
はい、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今日はですね、朝ヨガパンツを履いて、Tシャツを着て、ちょっとその後にピラティスやる予定だったのでね、ヨガパンツを履いてたんですけど、
ヨガパンツを履いたまま、外に散歩しに行ったんですよね。
よく実家にいた時に、ヨガパンツで歩かないって言われてたんですけど、
まぁ、あんまりね、私どう見られるかって気にしないタイプだったし、
田舎だとね、なんか噂になったりするかもしれないけど、
あの子ヨガパンツ履いてたわよ、みたいな感じでね、噂になるかもしれないですけど、
まぁ、そんなに田舎じゃないしと思って、今日ヨガパンツで散歩して、
そのままね、お花屋さんに行ったんですよ。
ほうじきを買いにお花屋さんに行って、
お花屋さんに入った途端ね、いつもお話ししている明るいお花の店主さんが、
めっちゃ心配そうな不安げな顔で私の顔をずっと見てて、
あーやべーって思って、ヨガパンツやからめっちゃ不審者と思われてるかもしれないと思いながら、
ちょっとドキドキしながらね、ほうじきをレジに持って行ったんですよ。
そしたら、めっちゃ不安げな顔で私の方を見て、
言おうとしてたから、あーやべー、ヨガパンツのこと指摘されると思ったんですけど、
怪我大丈夫?って、おでこに絆創膏貼ってあるけど痛いの?って言われたんですよ。
私ヨガパンツはめっちゃ気にしたのに、
おでこに貼ってある巨大な絆創膏の存在を忘れたまま、
お花屋さんに行ってたことにそこで気づいたんですよね。
ちょっとコテで焼いてしまって、
火傷ができたので、それを覆うために巨大な絆創膏をおでこに貼ってたんですけど、
絆創膏の存在を忘れて、私はヨガパンツばっかり気にしてて、
親から言われてたからね、前。
でも絆創膏の方に意識が、
そのお花屋さんの店主さんは行ってたっていう、
自分が気にしてること、人に言われて気にするようになったことなんですけど、
気にしてることと人が見てるところって本当に違うんだなって、
気づいたっていう話です。
確かに鏡を見たら、おでこに貼ってる絆創膏にめっちゃ目が行きましたけど、
小学校、小学男児みたいな、
っていう出来事が朝ありました。
散らかりの程度とその影響
ヨガパンツの自意識を抱えながら、
お家に帰ってきました。
今日はですね、
全然前話と関係ないんですけど、
おでこに貼ってた絆創膏の絆創膏を、
今日のテーマは、
散らかるっていうのと、
散らかり続けるっていうのには、
大きな違いがあるよっていう話をしようと思います。
私がよくこのポッドキャストでも、
いっつも何度も何度も言ってますけど、
散らかるっていうのは、
刺してそんなに大きな違いがあると、
散らかるっていうのは、
生きてたら当たり前なので、
避けられないんですよね、
っていう話から始めますけど、
片付けで悩んでる人とか、
私のポッドキャストとかで聞いてくださっている人の中でも、
多分すぐ散らかっちゃうんですよとか、
散らかるんですよねっていう悩みを持っている方いらっしゃると思うんですよ。
その悩みは、
当たり前ですし、
悩むと思いますし、
私も昔は悩んでました。
なんでこんなにすぐ散らかるんだろうって。
で、
散らかる上で、
その散らかるの上で、
もう一個ね、ちょっと細かい視点を見てほしいんですけど、
片付けようと思った時に、
その散らかった状態を片付けられるのかとか、
散らかっている時間の方が、
片付いているより時間、片付いている時間より長いかどうか、
その割合ってどれぐらいなのかっていうのを、
ちょっと思い返していただきたいんですよね。
割合の問題なんですよ。
で、
これを他のジャンルで例えたら多分分かりやすいと思うんですけど、
ちょっと日本でこの例えをすると、
どうなんだろうと思いますけど、
残業っていうものがあるじゃないですか。
残業ね。
で、残業が例えば月に1回とか、
週に1回みたいな割合だったら、
まあちょっと忙しかったんだなー、
みたいな感じで、
その残業の日も頑張ってたりとか、
ちょっと忙しかったんだなー、
みたいな感じで、
その残業の日も頑張れるし、
残業があることにも納得できるし、
お金がもらえるなーぐらいの感覚だし、
体もね、
週に1回ぐらいだったらね、
体も壊さないかなと思うんですけど、
毎日残業で、
しかもその残業がもう当たり前になってて、
早く帰る努力もしなくなったりとか、
残業続いてて、
体が壊れていることにも気づかないような状態になるって、
ちょっとどうなん?ってなるじゃないですか。
生活とか自分の命の方が大事なんじゃないの?
みたいな話になってくるじゃないですか。
こうやって残業自体が悪いっていうよりか、
残業してる日の割合がめちゃくちゃ多いっていうことが問題ですよね。
散らかり続けることのリスク
残業がないと成り立たない、
忙しい時期もありますし、
仕事って毎日同じことをやるわけじゃないから、
忙しい時は忙しいし、
そうじゃない時はそうじゃないみたいな感じで、
波があるものだと思うんですよ。
それと片付けって一緒で、
言うたらずっと散らかってる状態って、
ずっと残業してるような状態なんですよ。
もうちょっと他の例えで言ったら、
例えば食事だったら、
食べ過ぎるようなイレギュラーな状態ですよね。
めっちゃ食べるとか、
極端にめっちゃ食べないみたいな、
極端な状態が、
例えばさっきと一緒で、
週に1回とか月に1回とかだったら、
忙しくてこの日は食べられなかったんだなとか、
この日はたまたま食欲がなかったんだな、
でも次の日には食べれてるから大丈夫みたいな感じで、
やっぱり割合を見ると思うんですよね。
でも毎日食べてなかったら死ぬし、
毎日食べ過ぎてたら、
それは体に悪いですし、
やっぱりこう、
イレギュラーとレギュラーの割合が、
おかしくなってくるっていうのが、
たぶん問題だと思うんですよ。
ただ、
そこで一番問題となってくるのがですね、
片付けで言ったら、
散らかり続ける、散らかっている状態、
イレギュラーな状態ですよね。
自分が望んでいる、
普通の、
真ん中の状態からずれている状態が、
続くと、
散らかっている状態が続くと、
食べ過ぎてる状態が続くと、
残業の状態が続くと、
気づかないんですよね。
気づかない。
それが当たり前になってしまって、
鈍くなってしまって、
気づかなくなってしまうんですよ。
そうすると、
知らないうちに、
例えばその、
残業が続いている状態とか、
食べ過ぎている状態とか、
散らかり続けている状態って、
自分のことを明らかに、
ないがしろにしている環境じゃないですか。
ね。
散らかり続けている部屋に、
自分が居続けることを、
住み続けていることを、
残業し続けることを、
ご飯を食べ過ぎたりとか、
ご飯を極端に食べ過ぎてない状態にしていることって、
自分のことを明らかに、
大切にしていない、
散らかりの現状認識
ないがしろにしている状態ですよね。
一番大切なそこが、
抜け落ちてて、
それはとっても悲しいことなんですよ。
でもやっぱ気づかなくなっちゃうんですよね。
それが続けると。
続くとね。
だから案外ね、
部屋が散らかってるんですよって、
言ってる人はまだ気づいてるから、
全然ね、
もしかしたら、
1週間に1回散らかってる状態なだけかもしれないし、
それは全然問題じゃないし、
気づけてるってことは、
変われるので、
すごい良いことだと思うんですけど、
すごい問題っていうか、
行動に移しにくいのが、
散らかり続けてることに、
気づいてない人、
もしかしたら、
いらっしゃるんじゃないかなと思ってて、
散らかってる状態でも頭が回ったりとか、
それがすごく居心地が良いっていう人は、
それは客観的に人が見たら散らかってるってだけで、
その人にとっては散らかってる状態じゃないから、
そうじゃなくて、
鈍くなっちゃって気づかなくて、
自分のことをないがしろにしていること自体、
気づかなくなってるっていうのが、
一番の問題なんじゃないかなって思うんですよね。
なので、
自分のことを客観視して、
まず、
気づけるように、
気づけるための質問を最後、
2つ問いかけたいと思うんですけど、
さっき冒頭にも話したんですけど、
散らかってる、散らかってないとか置いといて、
置いといて、
自分が散らかってる状態に居た時に、
片付けたいって心から思った時に、
すぐ片付けられるかどうかが、
一つそこの大事な基準になっているのかなと思うんですよね。
散らかってても片付けられると思った時に、
片付けられるんだったら、
多分大丈夫。
ね、大丈夫です。
多分眠いのか忙しいのか、
今は余裕がなくて片付けられないのだったら、
片付けに問題があるんじゃなくて、
多分余裕がないことに問題があるので、
余裕がない理由の方にアプローチしていった方がいいですよね。
それが睡眠だったりとか、
仕事が忙しいのだったりとか、
優先順位がいろいろ変わってきて、
片付ける時間がないのか分からないんですけど、
片付けたいと思った時に片付けられるんだったら、
多分大丈夫。
大丈夫です。
片付ける…
そうですね。
もう一つの質問が、
片付けにかかる時間を客観的に測ってみるっていうのも、
いいかなと思います。
さっきの一つ目の質問でね、
片付けたいと思った時に片付けられるかっていうので、
イエスってもし答えたとしても、
片付けにかける時間とか、
片付けに持っていかれるエネルギーっていうのがめっちゃ大きいと、
やっぱ片付けておくんになってくるので、
客観的に自分がどれくらい片付けに時間をかけているのかとか、
片付けをしている時に、
なんかめっちゃ頭使ってたりとか、
すっごい立ち止まって、
なんだろうな、どうしようどうしようって、
これどこにしまえばいいんだろうとか、
どうしたらいいんだろうみたいな、
動作をしているのかどうかみたいなのを客観視した方が、
鈍くなっていることに気づくことができるので、
片付けている時の動画を撮ってみたりとか、
時間を測ってみるっていうのもいいかもしれないですね。
それでもし、片付けに半日以上かかったりとか、
そもそも片付けることはできるんだけど、
片付けに対するおっくさ、腰の重さが強すぎて、
片付けに取り掛かれないっていうんだったら、
多分それは片付けそのもののやり方とか、
システムとか、そこがもう多分整っていないとか、
一回向き合った方がいいので、
そういう人は一回ガッツリ片付けというものを向き合って、
見直した方がいいんじゃないかなって思います。
そこまで行って初めて向き合った方がいいんじゃないかなって思うんですけど、
散らかるっていうのと散らかり続けるっていうのはまず、
そもそも大きな違いがあるよっていう話を今日はしました。
だから散らかること自体はそんなに問題じゃないってことを知ってほしいです。
散らかり続けるっていうのが問題です。
散らかるだけだったら、そんな自分のことを責めなくてもいいし、
散らかってんなーぐらいで、
散らかってんなーぐらいでいいと思います。
そこは安心していただいてほしいですし、
片付けを学ぼうとも、片付けと向き合おうとも、
散らかるってことは生きてたら避けられないですね。
片付けへのアプローチ
そこは全然問題じゃないです。
というわけで、今日のテーマは散らかると散らかり続けるの違いでした。
ちょっと今までの考え方が少しでも変わって楽になっていただけたら嬉しいです。
では今日もここまで聞いてくださりありがとうございました。
また次回のポッドキャストでお会いしましょう。
今日も皆様一日味わい尽くしてください。
ではではー
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