旅の始まりと学校訪問のきっかけ
どうも、またお会いしました。
例にもれず、今ハーモニーをやってるんですけど、
ひどい引きですね。
トークンの引きがひどすぎて。
僕、もうちょっとやってましたよ。
驚いています。
やっていきましょう。
今日、何の話ですか?今回は。
今回は、学校の話ですかね。
と言いますと、旅行中に学校行かれるケースもなくはないかなというところで。
本当ですか?大丈夫ですか?
旅行中に学校に行く?
はい。ないですか?
今のところ、いいかねパレットぐらいしか覚えかんでないんですけど。
まあ、いいかねパレット、確かに。
あと何かあるかな?学校か。
何かあったんですね?アイリーさんは。
そうなんです。
どちらの学校へ?
私はですね、ある年に2つの学校、
まあ、2つだけではないんですけど、
学校に縁がある旅をしてた時期がありまして、
その話していきたいなと思っています。
気仙沼の元高校:震災の爪痕
先に言ったのがですね、ケセン沼宮城の学校なんですけど、
その学校っていうのが元高校だったっていう。
聞くとちょっとピンとくる方もいるかと思うんですけど、
震災の時に行った、そういったような学校に行ったんですね。
そこがもう本当に4階建てなんですけど、
4階の足ぐらいまで津波で、
津波が来たっていうところで、中がそのまま残っていて、
もう車が縦に積まれてたりとか、
あと車がなぜか室内に入ってたりとか、
その現状が残っているっていう学校だったんですよ。
もうそれが結構衝撃的というか。
ですよね。
はい。
えー、その、そうか。そうですね、はい。
もう中もすごく香りが残っていたりとかして、
塩の香りとか。
そうなんです、そうなんです。
うーん、それはきついな。
それはなんか、イベントって言っちゃいけないけど、
そういう中を見れる、そういうのでいい?
あ、もうそこは誰でも行けます。
はい。
なるほど。
なので是非行っていただきたいんですけど、
私、案内していただいたのが、当時小学、
あ、違う、5歳だったっていう。
あ、当時?
はい。
高校生に案内していただいたんですね。
はい。
はい。
なので、その当時の5歳の記憶っていうのもお話していただいたんですけど、
5歳ってことは小学生でもないか?
でもないです。幼稚園生ですかね。
へー。
その気仙沼って、ガソリンかなんか石油かなんかも漏れてしまって、
火災が同時に起きたっていう場所だったんですね。
なので、その当時職員の方とか数名だけ、
その建物で何日間か過ごされたらしいんですけど、
もう真っ赤にずっと燃えてるのが見れなくて、
あそこのカーテンはずっと閉まってたままだったんです。
街の方がね。
そう。
とか、あと最後に、
その高校じゃなく別の中学校の卒業式の当時を述べた方の当時全文を、
聞けるんですけど、もうそれが辛くって辛くって。
そうですね、あれ311だから、
もうだいぶ伸びに伸びての卒業式。
そうそう。翌日が卒業式っていうタイミングだったらしいんですけど、
そうそうそうそう。
なぜその高校がそういった誰でも入れる施設として提供されてるかっていうと、
その高校では誰も死ぬことがなかったっていうところで、
そういうところもあって、
そういう施設に。
見せられる、公開できるってことだ。
そうなんですそうなんです。
カンボジアの元高校:対照的な歴史
それを見た後にですね、カンボジアに行ったんですね。
カンボジアで、先にシェムリアップの方の小学校を訪れたんですけど、
生徒たちめちゃくちゃ可愛くて、
それはなんとなく、こんにちはみたいな感じで行ったってことですか?
そうですね、それは知り合いがアテンドしてくださって、
それで行くことができました。
へー、そうなんだ。
で、からの、あそこですよ。
シアヌークビルじゃなくて、プノンペンの?
プノンペンの、そう。
あの例の、キリングフィールド。
そうそうそうそう、キリングフィールドじゃなく、
もう一つ、監獄の方。
はい、分かりました。
あそこも元高校だったんですよ。
なかなかのギャップですね。
そう。
ギャップ?
はい。
もう生き残ったのが8人ぐらいだけっていう、
何千人、何万人の知識学者が、
亡くなったと言われている。
はい、そちらに行って、もうほんと対照的というか、
そちらはそちらでもう心が苦しく、
そうですよね。
拷問の仕方であったりとか、
いや、分かります。
何のための拷問だったらしいですよね。
だって、彼らは別に、何かを白状させるわけでもなく、
あなたが文化人かどうかを白状させるだけの拷問ですよね。
メガネかけているだけで、インテリジェンスだと思われてっていう。
確かに僕も、シムリアップのゲストハウスに泊まった時に、
受付の方が、日本語を勉強して日本に行きたいっていう、
当時20歳ぐらいの女性でしたけど、
めちゃくちゃすごい気さくな方で、
助け、アテンドとかも親切な人ですけど、
やっぱりお父さんがその時のグデタで犠牲になったと言ってますので、
強い方だなあってのが印象だなあ。
ええ、そうですか。それは学校…
そうですよね。それは、何か…
歴史から学び、未来へ
え?思ったより重い話だった。
あ、ごめんなさい。
いやいや、ごめんなさいじゃなくて。
確かに、そうですね。
そういう僕も、当時日本の人が結構、
カンボジアで学校関係の勉強というか、
日本語を教えたり英語を教えたりみたいなのをしてたのを覚えてます。
そうですね、そういうのに心は苦しくなるほどけど、
行くのもまた…
そう、行って歴史を見て、
見るっていうのは…
で、歴史を繰り返さないっていうのがやっぱり大切。
で、どちらも、カンボジアもそうですし、
気仙沼は気仙沼で防災意識を持てるような場所だったので、
もう本当にいろんな方に来ていただきたいなあって。
確かに、本当にそうですね。
はい。
なんか本当に、さっきその気仙沼の学校が、
犠牲者がいなかったから公開できるみたいなのも本当にそうだと思ってて、
僕も臨殺犬だから多少わかる部分があるっていうか、
立ち入れなくなっちゃいますもんね。
何かがあったところってのは。
だからそういうところに行くっていうのは、
すごく意味があることだなと思います。
そう思います。
はい。
ただ、カンボジアは一旦準備した上で行ったほうがいいと思いますよね。
気持ち…心の準備をしてから行かないとなかなかえぐられるから。
いきなり…そうですね。
なんか、同じ景色って言ったら本当失礼なんですけど、
ヨーロッパか、いや、南米か?
教会に行くと、見学巡路で地下室に行くんですけど、
地下室って脳骨上なんですよね。
だからまあ、無造作とは言わないですけど、
本当にその骨がずっと並んでるというか、
それはあれでびっくりしますけど、
そこはね、何か意図があるじゃないですか。
それはそれできついものがありますよね。
でもそれも人類の歴史だから、
意味があるなぁと思いますね。
なるほど。
ちょっと重めでしたが。
そんな旅もそうですね、行かれるといいというか、
意味はあるかなと。
あと生きる意味も見出せるかなって思いますね。
カンボジア訪問への心構え
そうですね。
もし、カンボジアに行かれる方で、
今少しでもそういうところがあるんだっていうのだったら、
事前に映画を、
私の父が最初に殺されたっていう映画があって、
それを見てから行くと、結構リアリティがあって、
いいんじゃないかなと思いました。
見たことないです。
最初に見てみよう。
そんな感じですかね。
はい、じゃあまた!