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おはようございます、小松根でございます。
今日、橘大の研究室から収録をここでしているんですけど、
ちょっとまた今日、偶然のことが起こったんですよね。
いつも、いろんなことが起こって驚いているんですけど、
橘大学に来てから1ヶ月ちょっと経ったんですけど、
僕はピアノをよく弾くんですけどね。
グラウンドピアノを弾くっていうことをしないと、
やっぱり指が死んじゃうっていう言い方変だけど、
表現が深まらないんですよね。
だから、1年前というかね、
それまではずっと自宅のすぐ近くにある個人宅なんですけど、
グラウンドピアノをお借りして演奏というか練習をずっとやっていて、
2時間くらいかな、毎週土曜日の2時間くらい練習したことがありまして、
そこに多分2011年か10年くらいだったかな、
だから15年くらいやってたんですよね。
もちろん単語にも実家のピアノがあるから、
弾くことは弾くんですけど、あまり買える機会もないからね、
それで弾くっていうことをしてたんですね。
聖火大学にもあるんですけどね、
不特定多数の方が弾くっていう大学の食堂の2階にあるんだけどね、
それはたまに弾くかな、1ヶ月か2ヶ月に1回くらい弾いたこともあるし、
あとスタジオが地下2階にあるんですよね、UI館の。
そこでは何度かライブというか、遠隔の公開配信ライブをやったりとか2回くらいしたかな、
あと僕のピアノの風景の最新6がそこで収録したと思うんですけど、
そういうふうにちょっとスタジオなので練習をやるっていうこともできなくはないけど、
ちょっと空気感がきついんですよね、地下2階でしょ、
それで周りに窓がないよね、窓がないの僕嫌いなんだよね、平所恐怖症だからね。
だからそういう感じでそこは使わなかった。
結局さっきの話でお伝えしたように、個人宅でやってたっていうかね、
週1くらいで弾いてたっていうのがあるんですね。
ここの配信でも散々伝えたところがありますけど、なかなか仕事が多忙になっちゃってですね、
一番僕の好きなピアノ演奏とか音楽の表現をちょっとできなくなった時期が去年くらいからあったんですよね。
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教務主任をやってたこともあるのかもしれないけど、他のことも募ってですね、
ちょっと弾けないなっていうか、そういう状態がずっと続いたんですよ。
それがですね、人前の演奏もちょこちょこはやったんだけど、どうも吹っ切れないんですよね。
ある、変な話、一線をキュッと越えて、わーっていうね、そういう解放感っていうのがないんですよね。
なんかね、詰まってる感じで、それって心理的な安全性がすごく大事だからね。
そういうのがあって、ちょっとね、次の前のもう一歩踏み込めなかったんだけど、
実は昨日ね、ヤマハの耳とれがあった時にですね、大人編なんだけど、とてもいい空間でスタッフさんも最高で、
ピアノが良かったんですよね。グランドピアノのフルコンサートではないけど、コンサート用に使えるやつですね。
CじゃなくてEシリーズっていうのかな。それで弾いたらとっても良くて、吹っ切れたというか、これだっていうのができたんですよね。
その余韻をね、感じながら今日なんですよね。ここからが本題なんですよ。すごい長いでしょう、前段がね。
前段、ここまで喋らないとね、本題いけないんですよね。
それで、橘台の中でね、ピアノ弾けるところないかなと思って、事務の方に相談したんですよ。
するとね、発達教育学科の一角にあるピアノがあるんですよね。そこのピアノを使えるかどうかをいろいろ調整してくださったんですよね。
結果的に使っていいよってことになったんですよ。すごく寛容じゃないですか。僕はデジタルメディア学部の教員よ。
でもね、そういうこと関係なく、ぜひ使ってくださいってね、寛容というか、そこが橘の控えめに言って最高のところなんですけど。
そのピアノなんですけどね、これまたね、ここから話がすぐには終わらないっていう。ここから長いよね、今日。多分長いね、今日はね。
週1回、昼から2コマ使わせてもらおうかなっていう感じになったんですよね。2コマって3時間なんですよね。前の民家で借りていったところは2時間だったんですけど、3時間借りれることになって。
でもあまりにたくさん借りると、学生さんもひょっとしてそこの教室お使いになるかもしれないから、そこまで空いてる時間全部使うよみたいなことはね、仕事も他にもあるからできないんですけど。
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ある時間帯の3時間ってありがたいなと思ってね、ちょっとオッケーいただいたのでね、ある日、週決めてやるっていうことをしたんですよね。
そのピアノなんですよね。そのピアノがですね、実はね、かなりの文脈のあるというか、そういうピアノなんですね。名前がついてるんですよ、そのピアノ。
リエちゃんピアノって名前が、鍵借りたときに見たらリエちゃんピアノってひらがなで書いてあったんだよね。これ、実は立花の祭りがね、2011年の10月23日の話なんだけど、そこで除幕式が行われたピアノなんですよ、グランドピアノ。
これですね、4歳でね、交通事故にあって亡くなった山本リエさんっていう方がいらっしゃって、そのご両親の寄付で購入されたピアノなんですね。これちょっとリンク貼っときますね、メディアの記載情報ということでね。
これがですね、生前にリエちゃんなんですけど、立花祭で開催される子ども向けのイベント、ちびっこランドがね、すごく大好きだったという方なんですね。
2008年と2009年に参加して、来年も行こうねって話をしていた矢先に、多分12月頃だったようですね、2ヶ月後って書いてあったから、壁にお写真と。その後ですね、事故になって亡くなったんですよね。
その両親と立花大学の交流が始まってですね、2011年の2月かな、学生の教育に使ってほしいと両親からですね、大学200万円が寄付されたそうなんですよ。立花大はですね、リエちゃんの記念にしたいとグランドピアノを購入して、リエちゃんピアノと名付けたそうなんですね。
序幕式ではリエちゃんが大好きだった曲を発達教育学科の学生さんが演奏して、集まった子どもたちがですね、歌って踊ったっていうね、そういうピアノなんですよね。
いやー、そういうピアノを弾くってなんかやっぱり、ご縁なのかなっていう風な感じですね。僕は出会ったことのないリエちゃんでございますけど、なんか弾いてると、さっき弾き終わったんだけどね、3時間。近くにいるような感覚がしたんですよね、その方。
写真があるからそういう風に、頭はそうかもしれないけど、明るい場所なんですよ。前のね、大学の地下のところみたいに暗くというかね、窓もあるし、なんなら窓から山とかね、竹矢も見えるんですよ。すっごく光が差し込んでて、空間が広いんですよね。
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民家でお借りしているピアノでも、そこは窓もなかったし狭かったんですよね。ただ今回お借りしているところは窓が広い、窓というか空間めちゃくちゃ広いんですよ。教室2つ分ぐらいあるかな、そういう広いところのね、ところだったんで、弾いててうわーっと広がるんですよね。
ピアノとしては標準的なピアノなんですけどね、僕の知っている調律師さんがそれやってるみたい、記録見てると、この方知ってるみたいな人が何人かいたので、京都は狭いところなんですけど、弾いてると、他のピアノでもライブの時そうなんですよね、いきなりピアノってこう、何でもそうだけど、人格的なものがあるんですよ。
楽器格っていうのかな、人でいう人格みたいなものが楽器にあって、ここがね、じゃあ難しいんですけど、自分が弾くよっていうふうに、弾いてあげるわって思って、上から目線で弾くとね、ほとんどの楽器がね、心を閉ざすんですよね。
そんな偉そうな演奏者なんか、いや、ぷいって言うんですよね。ほんと言うんだから、これ。別のスピってないよ、僕本当に。そこで大事なのは、初めてやってまいりましたと、弾かせてもらってもいいですかっていうふうに思わないと、口じゃなくてね、ビーリングで思わないとね、楽器って音ならないんですよ、本当に。
絶対楽器はね、演奏者見てるよね。植物みたいなんですよね、楽器って。自分で動けないし、そこにいるしかないから、そこで植物でもそうじゃないですか、根っこが座ってるから動けない。動けないから、太陽が光をさんさんと植物に浴びさせるときにですね、太陽に向かって枝が伸びていくじゃないですか。
それ、自分が動けないからできる限りの調整をしてるわけですよ。それに近いのが楽器で、楽器って木を使ってる。ピアノだったらスプルースかな、松の木の材料を使ってるから、間違いなく木じゃないですか。だから木の精神性とか遺伝子性みたいなものが入ってて。
それで楽器演奏する、バイオリンでもそうですよね、ストラディバリウスなんかもそうですよね。そうするとですね、自分が弾くときに受け入れさせていただけますでしょうかっていうね、お願いしないと音ならないんですよ。音は出るけどならないってわかるかな。
そういうことがあるので、僕も初めて弾く楽器って襟を正してね、挑むんですよね。すると、だんだんと楽器が鳴ってくださるんですよね。
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ビーングで弾くっていうことをやったんですけども、明るい音なんですよね、その楽器が。経年変化の15年のいろんなものはありますからね。それはどのピアノでもそうなんだけど、中央域、高音のあたりがピーンとパーカッシブになるんですよね。
ヤマハのピアノなんですけどね。それで弾き始めて2,3時間、途中ちょっと眠くなったこともあったんだけど、だんだん弾いてるとですね、この音はちょっと受け入れてくれないなとか受け入れてくれるなっていう、綱弾きやってるんですよね、練習しながら、僕の曲で。全部僕の曲でちょっとまずはお願いしたんですけども。
するとね、こんなことを思ったんですよ。自分ってさ、生きて演奏できてること自体がビーングだよなって思ったんですよね。生きて演奏できること自体が普通じゃないんですよ、やっぱり。人間っていつ死ぬかわかんないしね。
リエちゃんなんてそういう、本当に生きたい、来年持っていたはずの方が亡くなるわけですからね。そのビーング自体の話でやっていくと、昨日のヤマハでの復活もそうだけども、リエちゃんとのピアノの出会いが今日はあって、2日間連続ビーングで演奏することの本質を垣間見たんですよね。
そこで面白いって言ったらあかんけど、なんかね、思ったのが、僕の曲で何曲か弾くと、今までの弾いたピアノよりもめちゃくちゃなっちゃって、なんかね、もう一人で二個自律的に響きがうごめいてるみたいな状態になってる曲があるんですよね。
それって生命の流れとか循環とか、リエちゃんの存在の明るさみたいなものがひょっとしてあるのかどうかわかんないんだけど、歌が大好きっておっしゃられたそうなので、その生命のエネルギーみたいなものが、なんか曲を弾いてるとそこの周波数がね、波動がやっぱり共鳴してたんじゃないかなって。
弾いてると、まだこれはスピってる話ではないんだけど、なんかね、すごく4歳ぐらいの方の高さの空気が動く感じなんだよね。すごく僕はそれ表裏体質だからわかっちゃうんだけど、感じるんですよね。
しかも、自分の曲で20曲ぐらい弾いたかな、3時間ぐらいでね、さっきまで。すると、こんな演奏の状態にならないっていう演奏の曲がね、何曲かあったんですよ。もうここで言っちゃおうかね。
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スプリングブリーズ、春休みとライフとフローっていう曲。普通じゃないなってなり方をしたので、これは引っ張られてるなぁみたいな感じなんですよね。だからね、そのことがちょっと驚きだったなっていうのは、今日はちょっと演奏すぐ終わった後でやってみたんだけど。
だからね、ドゥイングで弾くんじゃなくて、ビーングをずっと突き詰めていくと、なんかね、なんか鳴っちゃうんですよね。ピアノがね。ビーング状態でしか弾き出せないものがやっぱあったというかね。そういう始まりだったような気がしますよね。
だからね、何曲か僕の曲、他にもたくさんあるから、400曲以上あるけど、その中からちょっと鳴らしてみたいなっていう音があったと思うんですけどね。それを鳴らしていくと、多分10曲とか15曲ぐらいになるんじゃないかなみたいな感じですよね。
このピアノでも、別にそれでドゥイングするわけじゃないでしょ。別に何かしようとかそんな根性ないけれども、どうしても音がね、なんかね、うごめくというか飛び跳ねるんだよね。
フローっていう曲なんかも飛び跳ねるけど、なんかね、弾かせてもらってる。自動的に演奏してる感じだよね。なんか引っ張られてる。自分がうわーって、えーここまで引っ張らせてもらってるのかなみたいな。
この前までは塞ぎ込んだ自分の演奏だったんだけどね、それが引き出されてる感じがしてね、これはちょっとどういうことなんだろうみたいなね。毎週練習する時間が楽しみになりますけど、
ディエちゃんピアノっていうアルバムできるかもしれないよね、これひょっとしてっていうことなんですよね。いやー、たまたまね、ジムのね、教務官の方から言われたんですよね。いつもお世話になってる。
これはね、特別な親御さんの思いがあるピアノですよって、それ以上のことはおっしゃられなかったですけど、それでね、ちょっとリンク貼っときますけど、立花大学のオフィシャルでちゃんとね、提示されてるのでね。
でもこれは別に公開していい話なので、メディアで記載されてるからね、朝日新聞とか京都新聞とかね、中日とか読売とかで載ってるみたいなので、まあ本当にね、来年も行こうねっていうのはちょっとなんか、やっぱり残ってるよね、なんかが。
だからそこは、僕は別にその方知らないし、別にそこで何かしてあげるなんていうことは、僕はそういうことは、なんていうか、傲慢おこがましいと思うから、絶対そういうことはしないんだけど、でも曲自体が鳴ることっていうのはあまりにもちょっと不思議でね。
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なんかもうちょっとそこは1年2年3年5年かかるかもしれないけど、何だろうっていうのを少しそこは、やっぱり今生きてるね、生かせてビーングしてる、弾けることが当たり前じゃないと思いますから、いつ死ぬかわからんからね。
だからそこはちゃんと対話しようと思いますよ。それが僕がね、別にビーングで自分のためだけに弾いてる人間なので、そこの実験ですよね。だからそういうことで、とにかく何か進展がね、進展というか変化があればまたお伝えしたいなと思って。
なので、昨日2日間フラヌールと書店とヤマハミュージック港未来かな。また今度なんか耳トレで演奏中心の何かイベントあってもいいなっていう願望をね、スタッフさんからおっしゃられているので。将来どうなるかわからないけど、そこもまたね、なんかドゥーイングじゃなくてビーングで広がりばいいかなと思ってますね。
ということで、ビーングで生きよう。小松でした。