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【前意識の風景】意識にのぼらない「背景」にこそ、大きな力が宿っている
2026-06-13 07:53

【前意識の風景】意識にのぼらない「背景」にこそ、大きな力が宿っている

私たちの注意の外側で、前意識として静かに入り込んでくる風景や音、匂い、手触り。意識していない背景の要素こそが、いつの間にか気分や判断、生き方の基調をつくっていく。だからこそ、耳や目を「なんとなく」開き直し、前意識で感じている風景にそっとチューニングしてみてほしい——そんな話をしました。
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サマリー

このエピソードでは、普段意識しない「前意識」の風景や要素が、私たちの気分や判断、生き方に深く影響を与えていることが語られます。ほんのわずかに見える山の景色や、生き残る空間とそうでない空間の違いなど、些細な風景の持つ力を通して、生活の質を高めるための「なんとなく」風景にチューニングすることの重要性が説かれています。

冒頭の挨拶とテーマ提起
おはようございます。小松でございます。
火によって暑さが増してきて、今ちょっと昼過ぎなんですけどね。
梅雨の最中ではあるけれども、ちょっと暑いというかね。
その変動でね、毎日結構皆さんも温度管理大変だと思うんですけども、いかがでしょうか。
今日はね、前意識と風景みたいなね、そんな話をしてみたいと思うんですけど。
伝えたいのは、あまり意識はしていない背景なんだけれども、
その風景が場所の生活とかですね、我々のメンタルというのかな、それにすごく強く影響を与えていて、
その些細なものなんだけれども、すごくそれが生活の質に大きく影響を及ぼすみたいなね、そんな話をしてみたいなというふうに思います。
京都盆地の風景と認識
それでね、僕今京都盆地にいるわけですけど、今これ京都盆地というか、正確に言うと山科盆地ですよね。
すぐ山、今ね、鳥の声聞こえたようにね、鳥がいるようなすごく良い風景というか、山なんですよね。
緑が多いというかね。それでここからね、ちょっと東の方なんですよね、山科の立花大学っていうのは。
西の方を見ると、今稲荷山がチロッと見えるんですよね。割と近くで見えるんですよ。
僕のいる新しい建物ね、今年の3月にできたのかな。
8階まであるんよね。8階からね、西の方を見ると、ちょっと北側かな。
京都盆地の山がチョロッと見えるんですね。あたご山だと思うんですけど、チョロッとね、ここからでも見えるんですよね。
でね、それを見て思ったのが、ここは一応山科なんだけど、京都の場所と当然近くって、
一連のどういうのかな、京都盆地と山砂盆地、別々に、個別にあるけれども、一つの異常空間というかね、囲まれた空間なんだなっていうのをね、
ほとんど山は見ないんだけど、チロッと見た時に、そういう認識をするわけなんですよ。
そっかそっかって、ほんのちょっとですよ。全体の景観のパーセントで言うと、ほんと1%ないんじゃないですかね。
0.05とか、下手したら0.01ぐらいだと思うんですけど、そういうね、見えるか見えないかの風景に、
まあ多分、我々は影響をおよぼうされているのかなっていうか、そんな感じなんですよね。
「あってもなくても良い」存在の重要性
それがね、意識しようと思えば、脳に認識されるんだけれども、無視しようと思えば、それが無視できるというか、
あってもなくても良いものなんだけど、ないと初めてあったことがわかるというんですかね。
そういう存在なんですよね。まさに自分のような存在。
僕も世界中の中から言うと、あってもなくても良い。でもないと、あれ?なんかちょっと変かなとかね。
家族はそれはわかるんでしょうけどね、それは当然ね。ただ家族ではない人はね、リスナーもそうだけど、まあまあコンテンツって消費だからね。
無くても良いんですよ、僕なんかね。でもね、いなくなるとね、明日から配信やめるとか全部止める、止めたこともあったよね。
それとあれ?今までやってたのに、例えばYouTubeライブ先生今やってないですし、定期的にやろうとも思わないんだけど、あれ?あったことを思い出すっていうね。
そういう存在だと思うんですよね。別にそれがなんか斜め上からざまあみろとかそういう意味じゃないですよ。
ただでも人に僕は全然一切期待してないですからね。期待もしてないし、あったらあったでプラス思考というか、
初めから人と出会ってね、ちょっと話変わるけど、プラスに思わないんですよ。何か良い行いをしてもらったらね、プラスになるんですよ。
だからね、出会った時にね、プラマイゼロなんですよね、人と出会う時。それでまあまあ多くの人がプラスになっていくんですけどね。
たまにね、激マイナスの人いるけどね、ここでは言わないけどね。
そういう感じの認識なんですよね。あんまり言うと角立つから言わないけどね。
前意識で感じる風景の探求
だから何が言いたいかというと、あってもなくてもどうでもいいんだけど、でもないとあれ?っていうね、違和感を感じるような人であったり風景であったり音であったりね。
そういうのに僕はね、めちゃくちゃ興味というかね、それを作るためにやっぱり、僕はまあ活動しているのかな、表的なものとしては。
別にそれで何かこう、全然それでなんちゅうかな、承認欲求をもらうとかね、そういうことは一切ないんだけれども、まあそういう感じの空気感なのかなっていうね、そういう生き方ですよね。
だからね、そういう感じで風景見ていくとね、すごく面白いんですよね。
生き残る空間と風景の関係
今年の2月に亡くなった僕の恩師がね、山形県のね、栃江の近くの西川町というところがあって、そこで調査したんですよね。
生き残る空間とそうじゃない空間は何が違うかっていうことですよね。
まあ当然だから風景が違うっていうことですよね。
潰れたというかね、過疎で潰れてしまう空間っていうのはね、山とかそういうものに覆われちゃって、すごく居心地が悪いんですよね。
生き残っている空間は開けている空間、しかも下界の水平線というのかな、ちょっと開けている部分ってあるじゃないですか。
別の空間が見えるっていうのかな、そういうのがあると結果的に過ごしやすいというか、ずっとこの場所で居続けたいなって思われるね、そういうものがあるという。
僕はそれすごくね、思想みたいな感じだけど信じてるんですよね。ほんのちっちゃなところでも木が一本遠くに見えたとしても、自分と木との関係性があることによって自分が生かされるというかね、そういうものだと思いますよ。
だから、吸引力があるなしとかね、大小とかそれに関わらない存在のビーングとしてのね、もう言い方は癖になってるけど、その存在によってそれぞれの場所とかね、生き方というのは守られたりとかしていっているんじゃないかなというふうに思ったので、
まとめと食事へ
今日はそんな空間の視覚的な話だけれども、全意識で感じる風景の大事さみたいなものをお伝えしたという感じですね。ということで、ちゃんぽん屋さんに来たので、ここからちゃんぽん食べたいと思います。それではまた。
07:53

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