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【創作論】穂村弘さんに学ぶ——自分すらコントロールできないものがオリジナル
2026-05-16 15:51

【創作論】穂村弘さんに学ぶ——自分すらコントロールできないものがオリジナル

オリジナルなクリエイティブとは何か。穂村弘さんの講演で知った答え。自分すらコントロールできない得体の知れないものが内蔵された表現こそが本物。
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はい、おはようございます。小松でございまーす。
今ね、あの三条のね、あのー、商店街の方にいるんですけど、
えーっとね、あのー、立花大の、あのー、
生涯教育の、あのー、ウコンっていうね、あのー、
えーっと、プロジェクトがあって、それの1回目をちょっと参加して、今帰りなんですよね。
あの、穂村弘さんっていう、あの、佳人の方のね、あの、会だったんですけど、
いや、すごくね、あのー、言葉の分解能っていうのかなー、
それがすごく、あのー、もう、鋭敏になってるというかね、
まあ、それって、まあ、備わってるもの、もともと備わってるものだとは思うんですけど、
まあ、その辺りのこう、認識っていうのはやっぱりね、すごく、感覚ね、あのー、
まあ、感性がまずこう、鋭くって、まあ、その感性をね、あのー、
えー、まあ、コントロールするというかね、それを生かした、あのー、表現ですよね、あのー、言葉。
その感度がすごく高いなっていうので、まあ、当然そうなんだけど、
まあ、それを、そのー、具体的なね、あのー、えーと、俳句とか、えーっと、
短歌をもとに、いろいろこう、解き明かすみたいなね、そんな感じの、あのー、会だったんですよねー。
で、後のね、放課後というか、質問もいろいろしてしまったんですけど、
あのー、本当に、あのー、まあ、感性が鋭いゆえに、なかなか生きるのがつらかったりとかですねー、
まあ、あのー、本村さんは、あのー、会社をね、退職されて、あのー、まあ、歌というかね、
あの、文章の方へこう、完全シフトされた方なんですけど、
まあ、そのあたりのこう、違和感とか自分の特性とかね、それを言葉によってこう、どんどん変えていくというか、
あのー、まあ、なんていうかな、こう、言葉の世界であると、まあ、今の生きづらさとか、
なんか、違和感とか、矛盾とか、楽しいこととか、まあ、いろいろな感情が湧き起こりますけどね、
それが、あのー、まあ、消化されていくっていうのかな。
まあ、これって、音楽もそうだよね。音楽、僕もあのー、ほぼほぼ言葉というよりも音響とか感覚とかね、
そういう、こう、言葉にならない、言葉ではなかなか補えないもの、逆に言葉にしちゃうとちょっとこう、弱いんですけどね、
僕の場合、音楽はね、言葉じゃないので、まあ、そのあたりのギリギリの攻め具合をやってるわけなんですけれども、
まあ、そういう世界で、その、もやっとしたものが、まあ、一時的であっても、消化されていくというかね、洗練されていくというか、
まあ、この世に生きながらえることができるみたいな感じの、まあ、そのあたりの表現のプロセスとはすごくね、文字でもすごく共通してるなというふうに思いましたね。
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でね、そこで今日ちょっとね、話の中で一番すごい、まあそうだなと思ったところをちょっと共有させてもらうんですけど、
なんかね、わかったふりしてるというか、着地点、ゴールが決まったりとかね、そのあたりの創作のプロセスっていうのはあんまり面白くないっていうことなんですよね。
だからその、まあ僕の場合はね、これ良いか悪いかわかんないですけど、今日の配信も、まあ意識と無意識の間に喋ってるんだけど、
そのあたりを出すっていうのはね、穴がち間違ってはいないなっていう感じなんですよね。
決まりきったプロットで喋るっていうのもあるんだけど、まあそうじゃないやり方っていうのはね、世の中にもあって、
でそれは、どういうのかな、それで生きていくっていう覚悟でもないんですよ。
そうなっちゃうんっていう、これはもう何ていうか教えられないというかね、追検証というかできないものですけど、
真似ができないというかね、別に真似してほしいとも全然思わないし、これは自分のものだけなんだよとも思わないんですよね。
すごい雲を掴むような話だけど、ただそこにあるっていうことを繋げていくだけで、形になってしまうっていうのかな、そういう人生なんですよね。
なんかね、大げさに言うと、それで曲もできるし何もできるっていう、だからもうなんかね、演劇法とか機能法とかってあるじゃないですか。
生き方とか行動の軌跡で、演劇法ってもともと概念発想とかがあって、それをもとに動いていくというか具体的なものを作っていくっていうことですよね。
機能法っていうのはいろんなことがABCDEFGとかいろんなものがあった上で、全部のところをまとめていくっていうのが機能法ですけど、
それでもないんだよね。ちょっと言葉をすると難しいんですけども。だから即興法というのかね、そこも入り口と出口でまとめようとも思わないし、
もともとの定義とかコンセプトもあんまないし、ただ宙に浮いてるだけみたいな感じのところなんですけど。
どこどこにいると有利になるのかとか、どこどこにいると自分の何かやりたいことが目的として達成されるとか、そんなことも考えてないんですよね。
死の世界というか、これが本当に僕あんまり好きな言葉じゃないけど、根っからのアーティストなのかもしれないですね、小松はね。
いること自体でもそこで割と完結してますからね。それでそれ以上のすることっていうのはただ僕喋ってるだけっていうか、
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そうしたらなんかキザだとか大げさだとかね、全能感があってただの老害親父みたいな感じで思われるかもしれないけども、そうなんですよね。
それ以外ないので。そこで思ったのはまた表現の話に戻していきますけれども、
作為があるとね、もう途端にそこでなかなか厳しくなっちゃうんですよね。
作為ね、これ危ないんですよね。作為を作ったりするっていうのもね、作為をやめるっていうのも作為なんだよね。無作為っていうことだから。
無作為は物事がうまくできることになるかってそうでもないんだよね。めっちゃくちゃ全問答なんだけど。
だから俳句のね、よくありますよね。短歌が新聞で採用されるとかってよく書いてあるじゃないですか。
毎週1回とか朝日とか読売とか日経とかもあると思うんですけど、それってね、小村さんって選曲者じゃないわ。選ぶ人なんですよね。選定者っていうのかな。
それってね、やっぱりね、あるみたいですよ。たくさん書いて受かるとかね、出すっていうのがあると。
常識の中で、なんか予定調和で書いてるとダメみたいですよ。まずそうなの?みたいな。
そうじゃなくって、もうあらゆるところの経験をしながら考えながら、考えなくてもいいのかな。
自分でもわからないっていう、そういうモードってありますよね。自分でもよくわからないけれども、自分が変人だけど何が変人かがわからない。
変人って自分では思ってないんだけど周りはそれ言うんだよね。僕の場合そうなんですよね。小松さん変人だ。ちょっと頭がおかしいみたいなことすごく言われてて。
自分ではそう思ってないんですよね。これ普通じゃんみたいな感じ思うんだけれども。
計算している状態の詩とか歌はね、選ばれないんですって。全然。そうじゃなくって、なんかね、自分でもよくわからないけどなんか句ができちゃった、詩ができちゃったとかね、俳句ができちゃったっていうのが選ばれる可能性があるっていうね。
ここ今日聞けたのすごくね、異性物の話だと思うんですけど。でもこのレベル的なもの、高いレベルとかそうじゃないですよ。この価値観わかる人っているのかな。
あんまりいないですよね。なんかだいたい予定されたもの、常識の中で作られたものとか、そういうところの話は結構あるじゃないですか。
それに集合的無意識というか、良くも悪くもね。それとかあと、動詞圧力ですよね。そういうものにやっぱり日本人めちゃくちゃ敏感なんで。
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ほんと島国だから。ちょっとした差異とかね、その辺りに大きな違いを感じることって多いじゃないですか。
今日そんな話ばっかりだったね。一つの差異、違いがあるんだけど、それがね、やっぱり同じような価値観を持っているから、大きく違ったりね、人によってはいじめられたりパージされたりとかね、違和感を持ったりするわけなんですけど。
それをね、伴うような国柄なんですよね。だからね、詩を書いたり句を書いたりする場合でも、そういう常識からが逸脱するというかね、違和感があったり、そこであまり計算しないで作ったものっていうのが、やっぱり選ばれやすいんですって。
結局選ぶっていうのは、いろんな作為があってね、選ぶわけなんですけれども。だからね、やっぱりすごく、なかなかできるもんじゃないというか、いい句とかいい詩とか書きたいじゃないですか。で、選ばれたいじゃないですか。やっぱり人って欲があるからね。
そことは違う段階の部分っていうのが、ちょっとあるのかなっていうね。でもね、これ身も蓋もない話で言うと、これあんまりここ、ラジオで言うとすごく並風立つけど、経済的自由がね、結構大事かもしれない。
これ言うともうラジオ聴く人やめるかもしれないけど、ある程度生きるだけのお金ってあるじゃないですか。それを持って、そんな僕たくさんお金持ってないですし、それでも当面生活の防衛費っていうのかな、そういうのは半年分ぐらいご飯食べていくぐらいのお金もあるじゃないですかね。
そういう意味のお金、あとプラスアルファで当面いろいろ出費があるとかそういう場合がありますけどね。そういうところには対応する、ある程度お金を確保した上で、やっぱりある程度それが実現されやすいんじゃないかなっていう気がするんですよね。
僕もそれはいろんな葛藤とか欲があったり諸々してますけど、ここのところ、このところですね、音の順度っていうのが、人に合わせているよりも自分これっていう風に出してるんですよね。
数日前にちょっとリエちゃんピアノで弾いた音があるんですけど、テイクね、即興で3テイク撮ったんだけど、ものすごい神がかり的な曲できたんですよね。自分が思うところですよ、自分がね。
決して上手くはないけど、自分は納得してる、こんな曲ができたんだみたいな、こんな即興ができたんだみたいなことが可能になったので。それがね、やっぱり経済的な自由って言ったら身も負担もないけれども、やっぱりビームであり続けないと曲できない、創作できないんですよね。
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なんかやっぱりね、受けたいとかね、もうちょっとこの曲いい曲できるんじゃないかとかね、そういう風に思うとね、できないんですよね。なんか、なんていうかな、やり方はそれは曲作りとかがありますけど、なんとなくでできた音の並びっていうのがね、やっぱなんか全てなような気がするな。
だから特殊です、僕の場合、曲作る場合は。だってその文法とかそういうことはあんまりわかんないですから、でもできちゃうっていうのは、だから方法論を教えてってことは言えないんだよね。
あり方を教えることができるっていうか、逆にやり方を教えることができるからこそ、作曲をここでされる方ってすごくめちゃくちゃ少ないと思うんですよね。むしろ他の分野の関わり方、ご専門の方っていらっしゃると思うんですけど、だからこそ応用できるんだと思いますよ。
別に作曲方法を教えたいためにこうしているわけじゃないから、生き方の波動としてこういうふうに今いるんだっていうのを、淡々とあんまり計算せず、今日もどんな話になるかわからず喋ってるだけなので、ただこう、路上でね、即興的に喋ってるだけみたいなね。
感能型だね、僕の場合。感能ね。感じて応じるって感能じゃないですか。演役法でも機能法でもないんですよ。感能型なんですよね。感じて受けるっていうね、受け答えするみたいな感じですよね。
だからこれはどういうところで培ったりとか、果たしてこれ再現性あるんでしょうかね。なんかそういうビーングを極めていると結果的にいろんなものが取り込めるようになったっていうのかな。この数ヶ月、1,2ヶ月は特にそれで感じるんですけどね。
今日もね、こういう本村さんの話、そして河野先生の対談のお話を聞くことができて、気づきめちゃくちゃ多くって、なんか本当にね、クリエイティブの真髄ですよね、これ。こういうこと言ってる人いるのかな。やっぱりね、ドゥイングにしたらお金儲かるからね、やり方。
それで本とかね、間買い物の情報詳細が出てるわけで、そこが嫌というか、僕はもうそんな見ることもないし、間違って買われる人もいるんじゃないですかね。そんなの一切出さないですからね。ということだろうね、今日は多分。
で、こういう話をね、家に帰って、夜寝る前じゃないですよ。帰る時に喋るっていうことなんですよ、これね。やっぱ熱は熱いうちに、鉄は熱いうちに寝てって感じで喋ってるわけで、もう15分ぐらい喋ってるけど。
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で、結果的にこれをね、僕が喋ることによって定着するし、あとはそれがAIだと文字化してノートに入れますけれどもね、ほぼ自動で。やっぱり関節的に構造があるわけですよ、僕の考え方とか。
そういうのが、後で文字化してわかるっていうね。僕ね、AIで文字化してみるの好きなんですよ。自分こんなこと言ってたんだっていうこともわかるから。だからそういう感じで何かね、使えていけたらいいし、活用いただける人がいたらそれはめちゃくちゃいいんじゃないかなと思ってね。今日はそんな感じでお話をしてみました。
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