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おはようございます。小松正史でございます。 風邪きついですね。今日、大学からの帰りのいつものね。
本当にしつこくやるよね。このパターンで。今日は風邪きついのでノイズが少し入るかもしれないですが、ご了承いただきながら喋りたいと思うんですけど。
ちょっと造語を作ってみたんですよね。 感応型クリエイティブっていう造語ね。
感応って感じるっていう字と応じるっていう、そういう字なんですね。 感応型クリエイティブっていうね。
そういう言葉ですね。これ作ったのはですね、
元々ですけども、機能法と演繹法っていうね、どう言ったらいいかな、こう思考パターンがあるんですよね。
機能法と演繹法って結構ね、ちょっと難しい話なんですけれども、どっちが先に行った方がいいかな。演繹の方がいいよね。
ちょっと難しい字を書くんですけどね。演繹法っていうのは、はじめに計画があったりとか、決まりを作ってから物事を進めていくっていうやり方なんですよね。
計画を最初に作って、それを元に何か行動していくっていうような、そういうパターンですよね。入り口をまずは論理化というか事前にね、仮説とも言うけど、
仮説と演繹はちょっと違うけどね。考え方としては、行動の先に最初の入り口のところで何か計画して動くっていうところですよね。
そして機能法っていうのは、これは今までやったことを全部まとめて
論理作るとか、法則を作るみたいな感じよね。いろいろやった後で、それを一つまとめていくっていうような、
どっちが人多いのかな。機能法みたいなのが多いんでしょうね。それで行動の規範を作るとか、論理を作っていくっていうところがあるんですよね。
だからその機能法をやるっていうのが最初、
演繹してから機能法っていうのはあるけど、あんまり意識はしないでしょうね。でもパターンとしては出口でまとめるっていうことですね。
要するに、演繹法は入り口で構築し、そして機能法は最後、
そこでまとめていくっていう感じですよね。
それで僕はどっちかというと、
観音型なんですよね。観音、つまりその都度都度決めるというか、泳がすというか、
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即興というかね、人生即興とか言ってるけど、 そういう感じだよね。あんまり決めずに動くんですよ。
それが無鉄砲とか無計画っていうことももちろんあるんだけど、それが今生きてることの、今ここってマインドフルネスありますよね。
それを実行しないと気が済まないというか、 あまり計画したりとか色々やってると、そこで浮かばれるものも浮かばれないってことですよね。
思ってることがあるんだけど、それが形として消えるんだよね。これ何でそれしてるかというと、僕は短期記憶が短いっていうか、
頭がバカっていうことなんだけど、即興とか演奏、作曲もそうなんだよね。
思った音があるじゃないですか。それを録音しながら作曲することが多いんですけど、
そしたら次の音って何パターンかいくでしょ。あるメロディーがあった時に、 その次にどういう音を入れるかっていうのがあると思うんだけど、
それが一パターン作って、ちょっとおかしいなと思った時に、すぐに次のパターンが生まれるんですよ。
すると最初のパターンが忘れてるから録音するっていうことなんだけど、 だからそれをやっていくとですね、
その都度曲が生まれてくるというか、あまり計画を立てずに作っていく。 結論も作らないわけなんですよ。
だからね、それをやっていくとね、 早い時だともう本当に弾きながら曲ができるって感じですよね。
それは何かというと、作曲家であり音響とか音の成り立ちをその都度感じるっていうことではですね、
やっぱ感能型なのかなと思うんですよ。 これがね、まだ言葉としては出てないと思うんですよね。
だから演劇的にやるクリエイティブと、それと機能的にやるクリエイティブがあったら、僕は感能的なクリエイティブですよね。
そこがね、やっぱ普通の人とはちょっと違うというか、あまり見たことがないですね。
中には何人かいるけれども、周りにはいないよね。 少なくとも研究者の中ではこういうパターンがいると危ないんじゃないですかね、すごくね。
だからね、僕の場合その都度感じて動く、動いてから考えるっていう感じなんだよね。
だからね、どうせそれができるようになったかというとですね、これ昔からそういう性格なんだけど、
AIができたからじゃないかなと思うんです。 つまり演劇的にプロセスを踏んでいく、そういう工程とね、
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そして何かある行動があって、それを伴ってですね、 まとめていくっていうパターン、つまりこう
機能的なものっていう、そこのザルをですね、全部AIにさせてるんですよ。 だって今これだってそうじゃないですか、感能型クリエイティブと言いながら、僕理論的に喋ってないですもん。
それをね、結果的に機能的にまとめる部分が好きなんですよね。
それでその文章をね、文章で文字起こし勝手にしてもらって、それをAIに加わせてね、クロードの4.6だったかな。
それで見るんですよね。するとね、自分としてはわかるんですよね、こんなこと言ったっていうのが。
それが割としっかり機能的に追検証できる形で文章化しているわけですよね。
そこがね、なんとも言えず面白いというか、
これからこうやっていく上では現役になるかな、現役っていうのはね、元のソースですよ。
それになるかなと思うし、まあこれ別に僕以外でも昔の人とかね、先人たちもこういう性格の人いたと思うんですよ。
でもね、実際にそれをね、今の段階でやっぱりある程度公開してやれてる人っていうのはなかなか少ないんじゃないかな。
これ自体が実験ですからね。
そういうね、あのことを今やってるというか、今はこうね、あの日の目にも浴びないというかね、めちゃくちゃこうね、ボイシーとかスタイフと両方、これスタイフで録音してボイシーに流してんだけど、
まあポッドキャスト的にやってるので聞いてる人がどうだろうなぁ、1日でめちゃくちゃ多くて50人なんですよね。
だからボイシーでもね、すごくね、よく聞かれてるチャンネルとかあると思うんだけど、
それはね、1000人とか2000人ぐらいでしょ?すごいじゃないですか。それの100分の1か50分の1なんですよね。
でもね、おかしいことにね、これノートにね、貼っ付けて出してるでしょ。
ノートだと文章化してるわけですよ。
で、そうだとね、PV数ね、何度も言ってるけど20倍とかもっと多くなってる。
多分もうじき1週間で3000人ぐらい聞くんじゃないかな。まあ前のストックがね、聞かれるというか見られるということもあると思うんですけども。
だからね、すごいね、文章っていうのはやっぱすごい再現性があって、
短時間で読まれて、しかもストックだからね、同じようなこと僕喋ってますけど、
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関連したものが追加付け、前の記事とかすぐにクリックして見れるじゃないですか。
だからね、そういう意味では多分僕は最後は文字で残すところがあるんだけど、
書くプロセスを僕喋るプロセスにしてるだけなんですよね。
ただね、僕はもう書くプロセスずっとやってきたけどね、AIができるまでは全部素手で書いてましたけど、
あのやっぱね、さっきの作曲と同じ現象が起こるんですよ。
あの文章書いてるでしょ。するとね、次が次へと2,3個ぐらいの発想が出てくるんですよね。
それがね、あるんだけれども、やっぱりね、キーボードというかそれで書いてるから追いつかないんですよね。
追いつかないからそこで消えちゃうんですよ。可能性のあと2つはね。3つあったら2つは消えちゃうっていうね。
それがね、あるんですよね。ただね、音声だとそれがある程度、まあ短期記憶の人間ですけど、
2つ3つね、この話また別の話っていう風に、この口から出る感覚っていうのがですね、ある程度頭脳に追いつく、まだ追いついてないですけど、
うーとかあーとか言ってるから。ただその思考型、脳がね、作り上げる思考パターンがありますよね。
それがね、割と音声だとね、ある程度追従できる、追随っていうのかな、ができるんですよね。
だからそういう状態で、まあ今全然素材的に投げてるだけなんだけど、あの文章、あの音声は。それをね、やっぱりAIに食わせてね、文章化するととんでもない状態になるんですよね。
多分誰も言ってないよね。機能、機能型とかね、演劇ってか、それはよく言われるけどね、感能型みたいなものはないわけですよね。
でそれを、まああの、感能型っていうのは今のAIとかそのあたりのあの道具があるからできるっていう、しかもそれがね、機能や演劇を凌駕するわけですよ。
簡単に、だって毎日これ喋ってて、もうなんかたくさん喋りすぎて最近は、出すのがね、本当にいくらでも足らないというか、1日やっぱり1個ぐらいしか出さないじゃないですか、これ。
たくさん出すとね、まあでもね、ユーザーというかリスナーさんは聞きたい数だけ聞いたらいいっていうことだから、出すと見えるのかなと思うんだけど、
今正直ね、20日分ぐらいまでね、毎日だって行き帰りで喋る時あるじゃないですか、それであの立場のない時だいたいこれ、週5日ぐらい最近はね、とても気に入ってるので言ってるんですけど、
そうするとね、たまりすぎるんだよね。でもまあ人って作曲してる時にね、あの前の大学で仕事が忙しいとか言ってましたけど、やっぱりできなくなっちゃったんですよね。
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だからまあ、出せる時に出しとくっていうのはめちゃくちゃ大事で、特に今、大学が変わったこともあってね、その反応もあって、たくさんあるんだと思うんですけれども、
喋れるだけ喋っておくっていうことがめちゃくちゃ大事なんじゃないかなと思ってるんですよね。で、その結果はわからない。
機能法と演劇法の違い、あるいは観音型の違いってわからないけれども、まあやってみて、後でわかるタイプ。まあこれ誰でもそうだけど、結果的にね、機能法的になっちゃうんだけど、発想のね、最初の出発点としては、やっぱり観音的な部分をね、
実験してみたいなっていうのがすごくありますし、
まあおそらくそういうところに興味のある方が聞いていただいているのかなと思うので、発想法ですよね。
そこをちょうどね、やっぱり、実験したいなと思うんですよね。
はい、ということでね、長津津の駅にだんだん近づいて、自転車駐輪場のあたりに来てるよね。で、ここから降りるんですよ。
で、ここのメリットはね、あの人が来ないっていう、
すごいね、あの、歩きながらね、フラヌールしながら、発想しながら、あの、
帰るって、まあこれも本当、それの趣味みたいなもんなんですけど、
そういう人間にとってはすごくね、いい場所かなと思いますね。
学生もやっぱり見てるんだよね。なんか喋ってるなみたいな。でもね、やっぱり関係なく喋ってるので、はい、ということで、
もうじきね、駅の方に行きますけれども、ということで、はい、
ということで、駅の改札口か。これね、割とね、いいルートだなと思って、ちょっとね、
スタレタというかね、大背的なところがあるんですよね。それがすごく好きで、はい。
今、自転車が散って上がってきました。カタカタって音がしてますけどね。駅の改札口。結構ね、ちょっと遠距離になるのかな。
でもいいじゃないですか、すごい。あの、ものすごくあの、クールダウンできるね。
いや、いい空間。なんかね、自転車置き場好きだな。
ということでね、地下鉄のりばに降りてきましたね、ということですけど。
まあまあ、そんな感じで今日もゆったり喋らせてもらいました。ありがとうございました。