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おはようございます。小松でございまーす。
えっとね、今日ね、あのー、ちょっとあのー、
依頼された話というか、効果をね、あのー、作ってほしいって言われたんですよね。
で、まあまあもう公開するけど、稲町っていうね、僕のふるさとが宮津なんですけどね、丹後半島京都府の。
で、その隣があの稲町なんですよ。
で、そこの小学校がですね、えっとまあ新しく2つの小学校が合併するんですよね。
元々の稲小学校と本庄小学校っていうのがあって、それがですね、来年の4月にね、正式に統合するんですよね。
で、それに先立ってですね、元々の効果がそれぞれあるわけなんだけど、
新しい効果をね、作られるということで、それであの歌詞がもうね、決まっておりまして。
で、作曲の依頼がですね、今年の6月の最初ぐらいだったかな、正式には。
えっと、稲町の職員さんというか、教育委員会の小枝様がですね、立花大学までお越しになられてですね、
正式な依頼があったんですね。
で、それで、まあなかなかね、効果を作るっていうのはすごい一生にね、一回あるかどうかの、まあすごい名誉なことじゃないですか。
名誉ということでいいわけじゃないんだけど。
で、それでね、僕がなんでそういう風に言われたかというと、えっと今からね、1990年の3年ぐらいだったかな。
あの稲町のね、警官調査をはじめにやってですね、それで音環境、サウンドスケープの調査を、僕は大学4年の時にやったんですよ。
それでご縁ができて、それでいろんなね、稲町の地域の音環境をフィールドレコーディングしたんですよね。
で、それで一つのね、地域お越しのプロジェクトとして、事業として、それでCDね、サウンドスケープCDが作られるというかね、依頼があって、それで作ったんですね。
それが1995年にできたのかな。いいねっていう名前のベタベタだけど、それで作ってですね、身の回りのあるね、身の回りの音環境を地域の音環境の聴覚資源の財産として後世に伝えるために、
例えばローコグ音とか、で昔は鯨が撮れてたんですよね、稲町で。で、稲の鯨を撮る話の語りをしてくださるね、おそらく今はなくなられたかな、当時88歳とかっておっしゃってたので、
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その方にね、ヒアリングしたり、その声をね、CDにしたんですけど、で、僕の曲もね、一曲、オムニスケープっていう曲入れたんですけどね、今CD、多分日本でもほとんど持ってらっしゃらないかもしれないけど、そういうのをね、やって、つまりは音からね、地域の良さを出したっていうのがあったんですよね。
村越の商工会やったかな、町に商工会があったので、その商工会で呼ばれまして、アルバム作ったんですね。それでですね、アルバム作った後で、やっぱり僕はそういうわけで終わらない。やっぱりテキストというかね、ちゃんとした形にしてね、残したい。
作ったら、作ったで終わりってもったいないじゃないですか。なので、そういうことでですね、論文としてまとめたいなって思ってたんですよね。それで、僕がですね、たまたま農学部にいたっていうこともあってですね、そのタイミングで多分ね、もう一回僕は大学院の修士に行ったんですけど、
京都市立芸術大学かな。
こんにちは、どうもどうも。
暑いですね、結構。本当にまだ下がらないというか。
またまた伺います。どうもどうも。
ということで、パセリのご主人さんでしたね。たまに行くんですけどね。美味しいだし巻きのお店ですからね。
それでね、さっきの話の続きになりますけど、まとめをですね、論文として報告書を書いたんですよね。
その出す先が農学部だったんで、ヤンマー学生検証論文っていうのがあってね、それで出したんですよね。
そこがですね、なかなかユニークな論考ということで、なんと優秀賞もらったんですよね。
特別優秀賞かな。最優秀賞が多分100万円で、特別優秀賞が2名だったんですけど、2名だよね多分。
それで50万円ずついただいて、50万円いただいたんですけど。
それは鳩間島の町さんの渡航費にしたっていうのは、ここでもだいぶ伝えましたけどね。
そんなこんなで、やっぱりね、音から地域を見るっていうことが、当時まだ新しかったし、今はそんなにやっている方少ないと思うんだけれども。
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そういうことでご縁が稲町にあったんですよね。
しかもね、父親が稲中学校の教員を何年くらい、5、6年くらいやったのかな。
そういうこともあってですね、稲の調査をずっとやってたんですけど、すごくもう親戚みたいな形ですよね。
そこの場所に行った時に泊まったりとかしたこともあったりね、調査をさせていただいたりしたこともあったんですよね。
なので、ものすごくね、稲とのつながりはすごく強いんですよね。
そんなこんなで、稲とのつながりがずっと続いていましてですね。
最近で言うと、稲町の船屋っていうガレージがあるんですけどね、船を入れるための。
今は船に入れられないくらい大きくなってるからね、仕方ないんですけど。
それの伝統建築の保存、伝建築の保存のプロジェクトの会があって、
2024年の5月18日だったかな、特別公演で呼ばれたんですよね。
その時にちょうどね、たまたま母親が来てくれたんですよ、父と母とかね、稲町のゆかりがあるので。
それで、僕の演奏とかよく母も来てくれましたけど、最後、最後だったんですよ、たまたまそれ呼ばれたね。
多分2週間後ぐらいにちょっと急変してね、体調が。それでもう入院して亡くなったんですけど。
最後、なんか引き寄せですよね。
それで来てくれたことをね、服装までしっかり覚えてますけど、そういうご縁があったんですよね。
で、それからね、ちょこちょこ稲は好きで知り合いもいるし、行ってた状態だったんですけども、
突然ですね、高歌を作ってほしいという。
それまでにもね、DVDとか稲町の映像作品があったりして、
その時に僕の曲もね、すごくいいっていうことで、既存曲だったんですけど、使ってもらったっていうね、いきさつがあったんですね。
それで今回のね、高歌の話、またこれ、楽曲的には細かくね、お伝えできたらいいと思うんだけど、
作曲、作詞者が稲町で先生をされた方だったのかな、教職に携わってた方っていうのが、歌詞をね、書かれて、
稲の風景をね、船屋の風景とか、筒川っていうところがあるんだけど、そこのね、山々の風景とかね、平和の願いとか、
そういうのをね、書かれた詩で、素晴らしい詩なんですよね。歌詞かな。
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それで、それが出来上がった上での小松、僕のね、曲を作ってほしいって、これすごいご縁ですよね。
うーん、やばいっすなとかいう感じで、正式に人前でこれ伝えるのはですね、公的には僕初めて、ここの大阪市では初めてですね。
個人個人では伝えてた人もいたけどね。
それでなんで今日はね、今日実は9月1日なんですけどね、なんでこれ伝えたかというと、
さっきも研究室、大学行ったんですよ。帰りの、これいつもの道なんですけどね。
メロディーが出たんですよね、ちゃんと。それでメロディーはめるとね、バッチリ合うんですよね、歌詞と。
それで、どれぐらいかな、ちょっとした種はね、ちょこちょこ作ってはいたんですけど、
いざしっかりはめていくときに、いろいろ工夫を重ねたんですけど、出来たなっていう、そういう手応えがあるんですね。
それが今日今、さっきですね、夕方ぐらいに出来たので、その思いをね、ここに記録しておいた方がいいかなと思ってね、
録音してるんですけど、それでね、なかなか効果って難しいですよね。
いろんな効果があって、だいたい軍隊というか勇ましいね、後進曲みたいな曲があるじゃないですか。
そういう曲もあるし、あとね、ちょっと調べて、いろいろ探ってみたんですけど、
例えば小田一正さんとかね、松戸屋忌美さんとか、保定さんとかね、そういう有名な人がいるじゃないですか。
有名というか、アーティストさん、そしてここでも数年前に伝えたかな、坂本隆一さんの遺作がですね、
神山丸ごと高校高専かな、徳島県にあるところですけど、
そのところでメロディーを作ったのかな、最初もう無くなる本当に数日前ぐらいだったんでしょうかね。
そういう話もありましたよね。それで、UAさんが高専の曲ね、歌詞と歌唱かな、それでやってる感じですよね。
編曲の方はまた別にいらっしゃるんですけど、だからすごいね、アーティストさんというか、すごく著名な方がね、作曲してる場合があるんですよね。
あと、僕は結構聞いてる西村池さんもね、あの方は豊中の省内かな、豊中のご出身なんで、
省内でまた小学校が統合するんですよね。いろいろな行政の都合によってね。
複数の小学校を一つにしたのかな、四つを一つにして四葉学園っていう名前のね、豊中市立作られて、
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建物ももちろん新しくして、それで今年から歌われてるんじゃないかな。
これYouTubeにもあるので、よかったら聞いてみてもいいと思うんですけど、西村池さんの作曲の四葉学園だったか、小学校なんですけど、
そういう感じで、割と歌いやすい曲だったかな。そんな感じの作り方。極端に言うと文化というか、
後進曲的な効果とですね、オーセンティックというか、それと芸術性の高い効果があって、
小田和正さんと松尾恵美さんの曲ね。小田さんのやつは横浜だったかな、市立高校。
そして、ゆうみんはね、ちょっと今歌詞忘れたんだけど、中崎の芝なんですよね。
芝の高校生が当時のラジオ局、ゆうみんが出演されているラジオにメッセージを抱えたんでしょうかね。
それが五円で作られたっていう感じで、その曲もすごいんだよね。
ゆうみん虫炸裂っていうか、ただね、そうした曲ってすごく歌いづらいんですよね。
ゆうえいさんの曲というかね、歌もそうなんだけど、めちゃくちゃ芸術性が高いから、あまり歌唱してない方が歌うと再現性がちょっと低くなっちゃうんですよね。
そんなこんなで、こうかいろんなパターンができてるんですよね。今大きく二つ言っちゃったんだけど、
僕はどんな感じで作ったらいいかなっていうところなんですよね。
そのあたりはね、ちょっとこれもうじき渚の駅なんで、ちょっと今日は言わないでおくけど、
つまりは、曲作る前にいかに客観的に分析するかですよね。
そこから先はあまり曲ってさ、分析とか解析とかで出るもんじゃないでしょ。
やっぱり主観的に感情で出るもんですよ。だからね、そういう解析はしておいて寝かせておくんですよね。
それで今日ね、さっき出ましたけど、曲がね。そこまでが時間かかるんですよね。
6月から言われて3ヶ月かかってるな。で、締め切りが10月いっぱいなんですよ。
だからそのあたりのタイミングを逃しちゃったら作れないんですよね、曲って。
だからいきなり作れと言われて作れるもんじゃないっていうのが、これ環境音楽とかと一緒ですよね。
全意識の話になるけど、曲とか何でもね。
ただ意味としての捉え方ってありますよね。稲町の海とか海岸とか未来とかね。
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そういうんじゃなくって、その空気感なんだよね。そこで流れてる空気とか波動とか、目に見えない感情の移ろいってありますよね。
それがいかにそのメロディーで再現されるかというか、そこ問題なんだよね。
あと主体ですよね。歌詞とか曲って誰が演奏、歌って誰が弾き継ぐのかということですよね。
小学校がこれからずっとあるとしたら多分だけど、見込みとしては100年ですよね。
僕は死んだ後でもこのメロディーが残るってことだから。
まさか坂本さんの曲、僕好きなんだけどね、丸ごとの神山の。
すごい最後の仕事やなっていう風に僕は思ったというか、それにふさましい曲なんですよね。
それ聴いた後まさか自分が効果作るとは思わないじゃんこれ。本当に。サウンドデザインだよね。
そこで僕に呼ばれたかって依頼されたっていうのは一つ大きなミッションだと思うんですよね。
既存の曲は作るというか既存の曲をやるんだったら他の小学校の先生とか音楽の先生いるじゃないですか。
そこに頼めばいいじゃん。でも僕に頼んだっていうのはちょっと違うんだよね。
やっぱり求めるものがより深いところのイネの景色とか風景とか風土とか歴史とか社会とかね。
そのあたりの刻印をやっぱり求めてるんですよね。
しかも子どもたちが口ずさんでほしいってこと書いてあるんですよね。
要望のメッセージ。口ずさむってすごく難しいんだよね。
で、大体その曲がアーティスト寄りの曲ってすごい歌いづらいんですよね。
2番まであって途中がね、やっぱり抑揚があったり。
特に丸ごとの曲は転調ばっかりなんですよね。すっごい難しいので。
それでは歌えないんだよね。だからそのあたりのさじ加減っていうのがすごく難しくって。
さあどうしていくかっていうことですよね。
まあちょっとね、弾吉寺駅まで来ちゃったけど。
まあそこで結構ね、本当に難しいところがあるんじゃないかなっていう感じですよね。
だからすごい大変な作業というかね。
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そうですよね。すごい難しいというかね。
だから多分ね、作るまでにすごく時間かかるね。すごく時間というか手間というか。
だからそんなこんなで寝かして3ヶ月。
そして実際にね、研究室まで稲町の遠い所から来られてる職員さんがね、おられて。
思いを語られて。これこそが究極のサウンドデザインなのかもしれないですよね。
残るというか環境音楽は残らない、違和感が出されない音楽じゃないですか。
ただメロディっていうのはそれを出すっていうところがあるので。
すごい結構ね、大変なとこなんですよね。
それでね、ちょっとまた次の回になるかもしれないけど。
曲がやっぱり出たんです。1週間ぐらい?10日ぐらい前かな出て。
アップテンポなんですよね。アップテンポでシンコペーションがあって。
すごくね、割と早いテンポ。105、60のBPMかな。そんなの作れたというか出てきたんですけど。
ちょっとね、それが4分の4秒数なんですよね。
今日パッと出たのはね、やっぱりワルツなんですよ。4分の3のワルツでBPMが多分110だと遅いか125か130ぐらいかな。
そんな感じの音になったんですよね。
初めは僕、自分でパッと出たアップテンポのメロディってすごくこれいいなと思ったんですよ。
それで8月上旬時に歌詞が来て、ちょっとはめるとダメなんですよね。全然入らないんですよね。
早いテンポの曲の曲調としてはアフタクト使ってるんですよね。
アフタクトって最初の拍子が早めにくるやつね。
早めにちょっと来るってわかるかな。最初のスタートの前から音が出るっていうような。
そういう感じだからちょっと特殊なんですよね。ただでもすごい勢いがあっていいなと思ったんだけど、合わないんですよ。いただいた歌詞からね。
だからそこからですね、たまたまだけどパッと思ってちょっとゆったりめのワルツにしようかなと思ってはめてみたんですよね。
歌いながら弾くわけなんですけど。普段僕は歌わないけどね。
するとね、いや本当に神業みたいに入ったんですね。うまいことね。だからそこで多分必然性があるなっていう感じなんですよね。
さらにね、楽曲的なこともちょっと言っちゃうと、また言うかもしれないけど。
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1,2,3,4,5、5つ、5行あるのかな。5行ある中でこれ難しいんだよね。
5行ってね、すごく難しいので、その辺りをどんな風に仕立てたかみたいなのはちょっとね、電車も来たので、また次の回にしたいと思うんですけれども。
そんなこんなでね、曲作りはもう本当に至難の技ですね。すごい難しい。
ハマるまで待ったり寝たりしなくちゃならないし、寝りすぎるとすごく不自然になるし、どこでリリースするか。ここは多分全意識の話ですね。
リリースするかが難しいね。話すかっていうか船の止めどころだよね。その辺りが難しいので、そんな話はまた次回にしたいと思います。
それでは。