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外側から、内側へ向かっていた──農学部と音楽学部と工学の博士
2026-10-14 15:31

外側から、内側へ向かっていた──農学部と音楽学部と工学の博士

学部時代は農学部。修士の後半は音楽学部。博士は工学。

なぜ、音の研究者になったのか。

理論はありません。でも、ふり返ると一本の線が見えました。

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サマリー

小松さんは、農学部、音楽学部、工学の博士課程へ進んだ経緯を振り返り、音の研究者になった道筋を語る。高校では数学や物理など積み上げ型の理系科目につまずいた一方、生物や環境、生態系に関心を持ち、明治大学農学部で緑地やランドスケープを学んだ。景観研究の藤沢和先生との出会いを通じて、美しさの本質や哲学的な問いに興味が移り、音の認識やサウンドスケープの研究へ進んだ。修士後半には京都市立芸術大学でサウンドスケープのフィールドワークを行い、博士課程では工学の立場から研究した。現在は初音ミクの授業や作品制作にも関わり、実学中心の大学で「なぜ音を録音・作曲するのか」と問い直す役割を意識している。振り返ると、外側の環境や景観から、人間の内側の認識や美へ向かう流れが見えるとまとめる。

農学部を選んだ理由と高校時代のつまずき
おはようございます。小松でございます。 今、凪辻の駅から大学まで歩く最中でございますね。
今日はねー 僕の
その どうしてこう音の分野とかね
研究者として この感覚領域の
アプローチを進めていこうとしたのかなっていうのをね、ちょっと 喋ってみたいと思います。
それでね、ちょっと思ったのはですね、僕、学部3つぐらい書いてるんですよね。 学部自体が農学部でしょ。
Mというか修士2回行ったんですけど、前半が農学部で 後半が音楽学部なんですよね。
そして、博士後期ですね。 博士課程が
工学なんですね。 それでねー
やっぱ元々はなんていうかな、もっと言うと 高校時代は理系だったんですよね。
理系で、もっと言うと中学校の時はね、 まあなんとなくこう
まんべんなく
学問というか、科目を見るというか、やるじゃないですか。 数学とか英語とか
国語とかね。 主要三教科プラス
どっちかと言ったら、生物も好きだったですけどね。 音楽も好きだし、国語も好きだし、
数学もんですね。あの1分1の頃はすごい成績良かったんですよね。 だんだんと高校の時もね、いくつか
選べるというか普通科だったんですけどね。 進学コースと一般のコースと2つあったんですけど
それで
進めていくと、まあまあ進学するのかなぁみたいな 感じではいたので、その進学がですね
あの特進というか まあこれ1類と2類とあったんですけど、2類っていうのが特進で
1類っていうのは、大学進学は考えてるんだけど、特進ではない
一般というか大変だけど、まあそういう 高校のクラスがあったんですよね。
で、あの 進学の2類がですね、一クラスしかないんですよ。
で、結果そこは理系という、だから多分 大学進学で一番有利なというか、まあ
効率的というかね、ドゥイング的に あの
勉強がね、受験勉強がしやすい
そういう特進に入るっていうことで、で結果的にそれが理系しかなかったっていう ところがあったんですよね。
それでね、まあ中学校まではね、まあ割と成績良かったんですよね。 で、高校になった時に
結構その 積み上げというかパターンがあるじゃないですか、数学とか
パターンがですね、やっぱすごく多くなって、その重ね合わせとか その構造みたいなことがですね、どういうスタイルで勉強したらいいかとかね
そこはあんまりわからないまま、多分今思えば個別個別の
えっと 教科とかですね、そのジャンル分野の
ところの断片のこう 素材みたいな形で
特に理系の数学なんかはね、進んでいったんじゃないかなっていう感じがするんですよね。
特に理系の数学っていうのはその一つのその理論とかね、数式というか
公式がありますよね。それを知らないと次がいけないという、積み上げ型なんですよね、数学は。
で、僕はそのまあ 進学クラスに入ってですね、多分高1だったと思うんだけど
あのすごいね、 あの座説というか、ちょっとわからないところがいくつかあったんですよね。
自分のペースとしては中学校の時のペース配分とですね、高校時代で全く違うんですよね。
まあ当社費で言うと3倍ぐらい早かったかな。 なのでね
丁寧に僕は結構自分のマイペースで あのやっていくってことがすごく
あの必要だったんで なんかね丁寧にやりすぎちゃってですね
まあ全然こなせなくなっちゃったっていうのがあって、で一個こなせなくなったらそこが穴が空くじゃないですか。
するとね積み上げられなくて、ちょっと理解不能で結果成績落ちるみたいな。
そういうのがね、数学もだしね物理もだし科学もそうだったんですよね。 科学は割とその
暗記のところもあるけどね、その パターンとか方法論とかありますよね。そこら辺のあたりはちょっとね理解
できなくて、結果ちょっと理系の授業はね
すごいちょっと 難しいなと思ったんですよね。
その時に生物っていうのがあって、どっちかというとまあね中学校の時も生物が嫌いじゃ なかったし、生物って割とこう
積み上げ方っていうよりもジャンル分野型であの知識が割と多いですよね。 まあ社会でと地理とかどっちかすごい近いんだと思うんですけど
地域の
日本の地域とかね、世界のどこみたいな。そういう地域ごと、つまり
教科のなんかの 単元っていうかな。それ別にやるとある程度ね
いい感じなんですよね。積み上げがすごく少ないっていうのが多分ね 話してて分かったけど生物とかそっちの方向のね
私学もそうですよね。どっちかというとそういうパターンで割とあの
まあまあ 成績悪くなかったんですよね。結果その大学のねここまで前作で長かったら悪かったんだけど
生態系とランドスケープへの関心
大学のあの 学部選ぶ時に最初ねその理系じゃないですかその行ったところがだからね
やっぱりちょっと田舎に帰るにしては大学出て実学というか 薬学がいいんじゃないかということで薬学部最初を目指してたんですよね
でするとね薬学部ってすごい 理系でも難しいじゃないですか。今はね難しいですけど当時はもっとね
かなり難しかったと思うんですが。それでねー ちょっとこれはなんか数式とか
よくわからん科学式とかね そういう意味でもなんかちょっとダメっていうな拒絶を示してですね
次に考えたのはまぁまぁちょっと興味のあるところで
生物が好きだから農学部かなみたいなね あの実家のちょっとした家庭菜園やってて
まあちっちゃい時からねあの野菜育てたりとか手伝ったりとかしてたので周りとね あのすごくいい感じでね
あの 作物とかねやってたんですよね
まあそんなんで農学部をね 選んだんですよね
農学部って結構いくつかありますよね農芸科学とか農業経済とか 生物とか林学とかね
造園とかあるんだけどまず多分ねー 家に山があったし生物といってもいろんな種類ありますよねあの細胞とか
遺伝子とかあるけどどっちかというとこう生態系より広いね 環境みたいなものがすごく好きだったんで
山一つでどんなシステムになっているのかなとかね 一つ一つの機能ね
種類はあるんだけれどもどういう関連性があるのかみたいな まあねあのあれですよね
生態系というか あのよりその関係性の学問なのかな
生態系にやっぱり興味があったのかまあ林学の方で 学びたかったんですよね
それであのまあ 公立大学かなぁいくいくつかこう見たりとかして実際受けもしましたけれども
卒の方向で いったんですよねだから理系なんだけどちょっと
文系に近いというか ガチ理系っていう感じじゃないんですよね
それであの まあ生物
中心で結果 あっえっとまあ
いくつか考えた時に農学部林学とかね 今結果を買ったのはまあね一浪しましたけど明治大学の農学部の
えっと農業土木の緑地とかっていうまあ 増援系かな
生態系の校 えっとなんていうかな基礎学問っていうかまあそれよりもな実際に
なんかランドスケープというかね
現場を変えるとか手で現場の緑をね 整えるみたいなそういう感じのね
分野にね行き着いたわけなんですよね それでまあやってる中でですねやっぱりこう風景というか
ねっ 目に見えるこう山々の緑はあの生態系
すごくいい生態系もあるしまあ整ってるって いうことの音美学もあると思うんですけど
藤沢和先生との出会いと美学への転換
まあそういう中で授業がありましたね大学で で授業でねやっぱり先生と出会うんですよねまあことしなくなった藤沢和先生の
えっと景観研究ねされている先生に まあその
美しさ実学っていうよりももうちょっと根源的な話だよね根源論みたいな 哲学から見たこう
a 景色の美しさとかそういうちょっと本質的な抽象系
大根抽象的なその物事の音捉え方をされる 先生だったので
本質をつくみたいなだからね一応理系の中に いながら文系っぽい人間で受験勉強もね文系で入り
ましたけどね
ああああああ そういう感じになっておりましたけれども
あの結果的にですね まあそういう哲学系というか
まあ美しいものって何で美しいのかなっていうね ちょっとまあ美学というか
実学からはかなりこう遠ざかるような感じの あの興味があったんですよね
音の研究とサウンドスケープ
でまぁそういう時にまあ音の音研究にシフトはしていったんですけど 音もねやっぱりこう
実学的な音というよりも音はそもそも抽象的というか 内在的というかね人間の感覚室の方に近い
分野なので必然的にその あの
認識とかねー 近くとかねー
そっちの方向ですごくに興味を持ったんですよね ながマテリアルという内在的なものですよね
そこに僕は結構ねあの興味が湧いてきたっていうのがあっても後はねサウンド スケープとか認識論とかそっちマッシグラーって感じですよね
一気にねそこのあたりから内在というかその中身人はどういうふうにこう ものを捉えているのかっていうような
その美しさのなんかね心が極本質は何なのかっていうところにすごく 興味がこうシフトしていったのかなと思うんですけど
まあそんな感じでねあのまあ やりつつ
博士課程と作品制作への展開
うーっとまあ博士ではねあのまあ今 終始はね農業経済でまず一定地域研究して後期というか
後期じゃないもう一回終始2年間はサウンドスケープのフィールドワークをね やるために京都芸大
京都収支芸大にね行ったんですけど
ちょっとこう ドゥイング的な感じかな
やっぱり
まあ就職とかで博士号とかいるわけなので そのあたりをね少しこう
リングなんだけどズイングに近いことをずっとね3年間やって博士号をとって えっと全人口にまず
5円が生まれたんですよね公募して当たったというかね
ん まあそういうとこなんで
だんだん後外側のルーイングから内側の音 ビーグにどの変わっていったとでもそれは途中またドゥイングにはなるけどね
反対の時の博士はねただまあ 今ね新しい大学に行ってやってますけどもまさにこう
制作とかね 作品制作そのものとかそっちの方向ですからね
まあそりゃあのドゥイング的なこともやるんだけど そもそもなんで
お登録をするとかね作曲するのみたいなねそういうことをね あの
問いかけるよ 初音ミクの授業今日をやるんですけどね今からそういうとこやっぱね
ちゃんとこう やっていく必要が
あるのかなと思うんですよね でもやっぱり実学中心のねここ大学だから何言ってんだって感じですよね教員が
ただやっぱりねー 実学中心の音大学だからこそ違和感なんだよね
外側から内側へ向かう研究の道筋
僕も結局実学の大学じゃないですか明治大学の農学部ってね まあいろんなジャンルあるけど
だからそこに そもそも実学してて思うね面白いけどそのいいって何なのみたいな
そういう問いかけのある教員がいてもいいじゃないですかそれは僕藤沢先生だと思うん ですけどね話しててわかったんだけど
僕はまさにその 水沢先生の実践をね
なんかやってる気がしてね 踊ったんですよね
ここで 恒例の撮影するけどね結局そうな感じ
いうことで僕が
専門領域を選んだね 話なんでかって
あんまり理論はないんだけど結果的にそうなったっていうことだけど後で見るとね 外から内側みたいなとこは結構あったなーっていうのかね
そうと確認できたなと思いました ということで立花大学につきましたそれではまた
15:31

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