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2026-02-19 13:51

【地域創生】砂浜美術館という名の見立て装置。

私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。というキャッチコピーが僕の音活動の原点なのでした。
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おはようございます。小松でございます。 今、ココンカラスマという市場カラスマの建物から出てきたところなんですけど、
今日は、梅原誠さんという地域デザイナーの方がいらっしゃるんですね。高知県に。 その展覧会が、このココンカラスマであって、3月の終わりまでやってるんですけど、
そこの話を今日してみたいなというふうに思います。 それで話は、僕の大学院時代に飛んじゃうんですけれども、
京都市芸に大学院でいた時に、ヤンマー学生検証論文というのを出したんですよ。 それで、たくさんの応募があったみたいですけど、僕は2位というか、
特別優秀賞をもらったっていうのが、大学院生の27歳ぐらいだったか、26歳の時にあって、今から30年ぐらい前の話なんですけどね。
その時に書いた検証論文のタイトルが、ここでもたくさん言ったかもしれないですけども、
地域を音で繋げばっていうタイトル。 そしてサブタイトルが、地域丸ごとコンサートホール作戦っていうね。
サウンドスケープの実践の稲町で、いいねっていうアルバムを作ったんですけど、サウンドスケープの。
それのプロセスを書いて出したら、なんと2位になって50万ぐらいもらったんですけどね。
それを使って鳩間島の調査にしたっていうのは、またここで伝えたところがあるかもしれないんですけど。
そのエッセンスとなったのが、数年前、94年に高知県に行ったんですよ。
そこで、砂浜美術館っていう、砂浜と美術館が合体したようなネーミングの概念というか、その場所で、
僕これバイトで行ったんですね。サウンドスケープ研究機構っていうところで、当時活動というか、バイトをしててですね。
それで、ちょっとフィールドワークに行ってほしいっていうような要請があってですね。
僕はずっとそこでバイトをしてたので、ちょっと行ってみたんですね。そこにね。
2泊3日だったかな。当時東京からね、行って、それで東京から新幹線で行ったかな、新大阪まで。
そこから飛行機に乗って行ったんですけど、そこでですね、出会ったのがこの砂浜美術館っていうね、さっき伝えた話なんですね。
それがね、実はその検証論文とすごく近いところの話なんですよね。
それで、砂浜美術館っていうのは何かというとですね、実は梅原誠さんがデザインというか、そのコンセプトを作ったんですね。
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当時の町の人たちとね、役場の人と話したりとかしながらですね、依頼をされたんですよね、梅原さんにね、地域の町づくり、村おこしか。
それで、砂浜のね、再発見というか、そういうのをね、ちょっとやってみたいなっていうことで、事務所に行かれたんですよね、その役場の人が。
そこで、まあいろいろこう、半分喧嘩みたいになりながら作った概念っていうのが、その砂浜美術館っていうことなんですよね。
でね、これあのコンセプトね、今ちょっと歩いているから読めないんですけど、私たちの町にはね、美術館がありませんと。
で、砂浜が美術館なんだみたいなね、そういう感じなんですよ。
美術館っていうのは、あくまでも頭の中でこしらえた美術館であって、その対象が建物じゃなくって、その風景、空間自体にあるんだっていうのがね、
美術館の概念、拡大解釈ですよね。そういうふうに考えて、その見立てです。僕は本当に見立てっていう言葉がすごく好きで、全てのイメージ作りは見立てから始まるというふうにね、思うんですけれども、
その見立てをね、やることによって、その松、そこにあるね、イリノマツバラっていう場所ね、あの今は何市になるのかな。
ちょっとわからないんですけど、昔は大方町って大きい方向の方と書いて大方町っていう名前なんですけど、大方町のイリノマツバラっていうところの場所なんですね。
そこにある松バラもだし、ラッキョウも採れるし、海から漂流してくるね、いろんなガラクタとかいろんなあるじゃないですか。
木とか漂流物、それも作品だし、あとね、鯨が見えるんですよね。
鯨もね、その風景の一つだから、作品ということですよね。
そこで歩いたり走ったりしている子どもたちも、風景としてね、見ると作品に近いようなものっていうね、単なる見立てだけの話ではあるんですけどね。
そんな風な感覚っていうのはすごく、僕の地域まるごとコンサートホール作戦とすごい近くないですか、これ。
まさに僕そこからね、もじったんですね。でね、砂浜美術館の話ってすごく僕の頭の中でやっぱり原点になってて、
地域とそこから生まれる活性化というか、人の動きとか、あとエネルギーですよね。
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そのポイントっていうか、そのあたりをつまむ、重点というかピックアップするその点みたいなもんですよね。
それがやっぱり見立てであり、その見立ての原点というのがやっぱり砂浜美術館にあるんじゃないかなというふうに思うので、
すごくね、ずっとね、僕はすごくそこに影響を与えられていたっていうか、そんなところがあったんですね。
ただですね、その砂浜美術館という概念がどこから出てきたのかとか、
あと誰が作ったっていうのが今までね、実は昨日まで知らなかったんですよ。恥ずかしいことに。調べればわかるんでしょうけどね。
でもずっとね、家には実家には砂浜美術館の写真集があるんですよ。
当時そこで買った写真集かな。未だにあるし、なんか頭の片隅に残ってたんですよね。
でね、昨日なんだけど、生化大学でね、ちょっと同僚とね、ちょっと話す約束をしていてですね。
それでちょっとね、同僚が用事でね、少し遅れてきたんですよ。
でね、その時にあの、瞑想館という建物の一階にカフェがあって、その横にですね、キャリアセンターがあるんですよね。
で、そのキャリアセンターにデザインとかいろんな本があるんですよ、雑誌。
で、その雑誌を陳列されててですね、それであの、雑誌の名前なんだったかな、ちょっと忘れちゃったんだけど、デザイン関係ね。
それでね、黄色い、オード色みたいなデザインかな、カラーで、
えっと、その海原誠氏の特集がね、そこであったんですよ。
今ちょうど特集で書いてあると思うんだけど、今多分書店にあると思いますね、その本が。
で、それをパラパラ何気なく見て、地域デザインか、みたいな。
で、名前は知ってました、海原誠さんっていうのは、多摩ビーンのね、地域のいろんなプロダクトデザインの教授をしてて、
去年お辞めになったのかな、70歳超えてる方なんですけど、かなり有名なね、有名なのはね、地域のデザインのいろんなパッケージでね、
うまじ村のポン酢ってありますよね、ちょっと高いやつ、800円ぐらいするかな、
それのね、デザインってちょっとこう、武骨というかね、ちょっとゴリッとしたデザインで、
ちょっとね、あんまり洗練さがあるというよりも、ちょっと勢いで書かれたような感じなんだけど、
その海原さんのね、コンセプトをそこで読んでるとですね、
一時産業、二次産業、三次産業ってあるじゃないですか、
その一時産業の素材を取ってるところの、そこが一番優先順位としてはすごく大事で、
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そこを素材をね、いわゆる土がついてる大根みたいなもんですよね、
それをね、素材をそのまま生かしていくようなデザインなんですよね、
いきなりパッケージするみたいな、素材のデザインをするようなね、
商品デザインではあるんですけど、そういうね、特集をやっててですね、その本を見ると、
で、ぱらぱら見たら、砂浜美術館っていう名前があったんです。
えー!とか思って、あれひょっとして、梅原さんがこれ関わってんのかなと思ったら、
まんまそうだったという、めちゃくちゃ感動なんですけど、
そうそう、頭の中のコンセプトを考えるっていう、まあコピーライトに近いかもね、
糸井しげたぞさんのね、あの仕事ともちょっと近い感じがするよね。
で、まあそういう中でですね、見ていって、結局あの、そこで知ったんですよ、点がね、結びついた。
あ、そっか、砂浜美術館のコンセプトって梅原さんだったんだみたいな、
まあ、高知だからちょっとそういう気があるかなと思ってたんですけど、全然そこ調べることなかったんですが、
でね、えー、あ、梅原さんの本、見たことないというかね、改めて、あの、ちょっと見たいなと思ったんですけど、
それでね、見てると、何やらこう、ね、京都市内のね、市場からスマで、
えーっと、展覧会があると、で、歩いて行ける距離があるから、
まあちょっと用事があったときにね、さっき見てきたんですけど、もうめちゃくちゃ偶然じゃないですか。
そんなことね、本当に、あんな、ね、あの方のデザインとかそれが、ね、全国広瀬という家ども、京都でやってるって感じで見に行ったんだけど、
まあ良かったですね、すごい。うーん、その原点を知るというか、で、まあ今日の結論の話になるけれども、あの、まあたまたまね、そうして、
見つけた、あの、雑誌から、まあ結びついたところもあるし、
あ、そっか、自分の仕事というのは、まあ、あの、曲は作ったりね、作品は作ったりするけれども、まあ地域とか現場があるじゃないですか、
その現場の、えー、空気感とか、成り立ちとか節理をね、それをこう、炙ってですね、そこから何かこう、えー、
負荷、負荷価値というか、その本質をより生かすような形で、えー、
曲を作ったり、うーんと、物事を考えたりするっていうことが、どうやら自分の原点なんだなあっていうね、まあフィールドワークすることが、まあ僕の原点ですけど、
いやそれは本当に、うん、その道がやっぱり大事だし、まあね、1週間近く前に亡くなった藤沢先生もね、
まあそれを、まあ言語化もしなかったけど、やっぱり強烈にそういうね、自然の節理の本質だよね。
そこをあの、見出すっていうことの大事さをね、先生からも学んでるし、その、で先生と出会った、えっと、2年後にその大方町に行ったわけですよ、あの、津波美術館。
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で、そこで、ああすごいなんかサウンドスケープ的な考えがね、そこにあるというか、
まあその、あの漂流物の話で言うとね、作品、聞こえる音もやっぱり作品なんですよね。
まあマリンセーファーの話とすごくそこで結びつくんだけど、まあ音楽作品とまでは言えないけれども、まあメタ認知的に客観的にね、あの地域の音をね、見ていく、聞いていくっていうことで、その本質がわかってくると。
そこを何か形にしたりするっていうのはね、あの、自分の仕事だし、まあこういう感覚をね、あの、共にする、まあリスナーさんもだしね、あの、学生もだし、まあその考えを僕はずっと授業でも言ってきたし、ね、聖火大学でも言い続けておりますけど、そこがね、やっぱりあの、自分の原点を辿って、ちょっとわかったところがあったので、まあさらにそれをね、あの、
別に背伸びするわけでもなく、まあどっちかと言ったらまた地道にその、一つ一つの地域に自分が行ったりとかして、心を動かされたりして何か形にしていくと。まあただそういうね、あの、まあ行い、活動の繰り返しっていうのが、まあ後で見ると何か意味が出てきたりするのかもしれないなぁと思って。
まあ今日はね、そんな話で今日は、あの砂浜美術館、あの、もし興味あったらね、ホームページありますし、まあその海原誠さんの本もね、あの雑誌で、うんとデザインの本かな、まあ調べてもらったら出てくると思うので、ぜひぜひ見てみてくださいということでした。それでは。
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