みなさんこんにちは、MARSです。今日も聞いていただきありがとうございます。本日も、SHIROUSAさんとコラボの回なんですけれども、
前回ですね、雑談会がありまして、その時にですね、SHIROUSAさんと人生のこととか、生きることについてお話ししたんですが、今回もですね、ちょっとまとめとして、
雑談会の続きという感じで、もう一度ですね、死というテーマですね。死を考えることで生きるということを考えるというテーマでお話ししたいんですけれども、
ちょっとね、普段あまり耳にしないようなテーマなので、話しづらいことなんですけれども、でもね、そういったことをちょっと色々と明確に話していくの大事かなと思いまして、今回もお話ししたいと思います。
ではSHIROUSAさん、今日もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
日本語どうでしょうかね、暑い暑いという話をよく聞きますけども、まだ暑いですか?
暑いですね。もうこの暑いという言葉を毎日言ってしまいますけど。
本当ですね、もう日本語の配信とかそういうのを聞いても、必ず暑い暑いという話が出ますけども。
そう言ってもね、涼しくならないんですけど、つい言っちゃうんですよね。
もう本当すごい気温がね、
これぐらい暑いです。
気温がすごいですよね。38度とか40度とかって、もう本当に地獄のような気温ですね。すごいですね。
本当に火が吹きそうなぐらいです。
体調を悪くする人がいて当たり前という感じの気温ですけれどもね。
そう、本当にそうですね。疲れますね、やっぱりね。
SHIROUSAさんはどうですか?大丈夫ですか?体調は。なんか少し崩してたような話をしてましたが。
そうですね、まあ寝込むことはないんですけど、やっぱり毎日疲れますね。体が疲労します。
エアコンのないとこでね、いつもね、夜はやってらっしゃいますもんね。
いや、でもあったり、あの電車とかもすごい寒いんですよ。だから差がすごくまたきついですね。
そうですよね。
日本はそういう点でも大変ですけれども。
本当に。
オーストラリアは寒いんですよね、冬ですよね。
もちろん寒いんですけども、朝晩だけ寒くて昼間は結構あったかいんですよね。日差しが強いので。
でもそういう朝晩の冷たい空気もすごくなんか心地よく感じるぐらいに昼間はあったかいので、ちょうどいいかなっていう感じですね、こちらは。
うらやましいですね。
本当ですね。なんか日本みたいに湿気が多くないですし、こちらはね。
ですので、カラッとしてるのでね。夏も過ごしやすいし。
湿気がない、いいですね。
だから私もね、日本に帰るときあるんですけども、絶対夏には枯らないようにしてますよね。
あーもうちょっと無理かもしれないですね、この暑さの蒸し暑さは。
本当ですね。
はい。まあ、なんとか乗り切ります。
話を聞いてるだけで、こちらもね、なんかうーって感じしますけれども。
そうですね。
体調十分お気をつけくださいね。
はい、ありがとうございます。
これを聞いてる皆さんもね、日本の方も多いと思いますけれども、体調十分お気をつけください。
ということで、今回はですね、もうすぐお盆がね、日本でもやってきますけれども、
このお盆が近いということもありますので、ちょっとまたね、しろささんと死とかね、生きることについてお話したいなというふうに思っていますけれども、
日本にはお盆という行事がありますよね。これは先祖を弔う行事ということですね。
そうですね。
これはもう昔からずっとあるってことで、これ多分中国から伝わってきた行事なんでしょうかね。
そうですね。もとを正すとどうなんでしょうか。仏教なんでしょうかね。
仏教的なね、そういう行事だと思うんですけれども、
盆踊りってね、しろささんにちょっとね、気づかされたんですけど、盆踊りってまたね、お盆にある踊りっていうことで意味がちゃんとあるんですよね。
そうなんですよ。やはり霊を迎えて一緒に過ごして、それで一緒に楽しくね、実際盆踊り自体は、お送りするという意味、愛があるんですね。霊をね。
はい。なので心を込めて、盆踊りって楽しげですけれども、そういった意味もあるんですね。
盆踊りっていうのは、お送りするっていう行事なんですね。
そうなんですよ。送り出す、霊を送り出すっていう。
あ、お盆に来た霊を盆踊りで送り出すという。
一緒に過ごして、送り出すっていうことですね。
霊を迎える、迎えて、お迎えして、そして送るっていうのが、お盆の時期なんですよ。
なので火を焚いて、迎え火、そして送り火っていうのがあるんですけど、
これ皆さんやってるとは限らないんですけど、はい、あるんですね。そういう風習が。
送り火とかあるんですね。迎え火とかあるんですね。
そうなんです。
その辺は知ってる人も少ないと思いますね。なんか、そういう。
どうなんでしょうね。でもやられてる方もいらっしゃると思いますけど。
私も聞いたことなかったので、知らなかったんですけどもね。
あ、そうですか。
霊がね、わかりやすく、ここだよっていうので、玄関とかにね、迎え火を焚くんですよ。
そして霊がこちらに。
あ、じゃあそれは、ここだよっていう運も、場所を示すためにやる。
お迎えする。そうです。
そうなんですね。日本ではそういうお盆というね、行事があるんですけれども。
これって海外でどうなのかなって一瞬ね、思ったんですけれども。
そうですね。気になりました。
気になったのでちょっと調べてみたらですね。やっぱり韓国、私も韓国に住んでたことあるんですけどもね。
韓国では旧暦の8月15日に家族揃ってお墓参りをするという行事がありまして、これが中足という行事なんですね。
これが韓国では大きな行事の一つなんですね。
これまた日本と似てますよね。
そして中国ではですね、中元節っていうのはやっぱり旧暦の7月15日にあるらしくて、
日本でお中元っていう名前が送り物するんですけども、これの元になった名前らしいんですね。中元節という。
この行事が霊魂を供養する祭事なんだそうですね。これが中国であるそうなんで。
やっぱり中国からの伝わったものなのかもしれませんね。このお盆っていうのはね。
似てますよね。そうですね。仏教ですね。やっぱり。
そうですね。仏教的な考えですね。
そんな感じでね、日本ではね、そういうお盆には死者の霊を迎えて贈るというね、そういう行事がありますけども。
これ実際来てるんですよね。死者の霊がこの地上に。
そうですね。ということですよね。
そうです。やっぱり近くなると思うんですよ。その時期は。
はい。そこの霊界とかね。近づくと思うんですけど。
昔から多分そういうふうに仏教徒なんかではどういうふうにね、教えがあるのかわからないんですけれども。
でも実際そういう感じはしますよね。
この時期っていうのは何か意味あるんですかね。何かこの時期にお盆っていうのは。この夏。
どうなんでしょうね。7月8月地域によってそれぞれね、違うところもあるみたいなんですけれども。
私はだいたい8月13から16ぐらいですかね。その間がお盆っていう認識ですけれども。
ですよね。
もともとどういうことがっていう。もう気がついたらそういうのがあるので。
そうですよね。昔からの行事ですもんね。
調べればきっとね、あると思うんですけど。
はい。
城沢さんはこのお盆にはやっぱりお墓参りとか行くんですか。
お墓参りは昔から、実際にお墓参りはあまり行かないんですけれども、
お盆はやはり今言ったように迎えびをしたり、
もちろんお供えをして普通に供養しますね。その思いとともに。
なるほどね。この時期忙しい方もいらっしゃるんで、お墓参りとかもね、なかなか行けない方も多いと思いますけれども。
この暑さもありますんでね、なかなか行くの難しいっていう方も多いと思いますけれども。
できれば行った方がいいですよね、お墓参りとかは。
そうですね。行ければ行った方がいいと思いますけど、仏壇とかあったりすればそこの場所だったり、
あとお坊さんとかね、来ていただいたりする方もいらっしゃると思いますし、
いろんな形が今多種多様にあるんじゃないでしょうか。
そうですね。でも私みたいにこうやって海外に住んでる人はお盆でね、わざわざ帰るってこともできませんし、
お墓参りもね、なかなかできないし。
実際私が日本に住んでいた頃も、お墓参りってあまり行ってないんですよね。
というのも、親の家族が北海道とかですね、遠いところに住んでますので、
ちょっと行けないっていう事情もありまして、あんまりお墓参りって行ったことないんですよね。
でもこういうね、お墓参りをするというのも大事ですけども、しなくても常に心の中に、気持ちの中にね、
その先祖のことを思ったりとか、祈ったりするのが大事じゃないかなって思いますんでね。
それは常にしているつもりですけどもね。
毎日ね、手を合わせてっていう、お盆に限らずね。
それもとても大事だと思います。
あ、そうですか。でも本当にそういう状態は目の当たりにして、
そして、もっと言うと、もうちょっと元気だった時に、
もう全然動けなくなっていた時に、私という認識は少しあった時にですね、
ちょっとお水をね、飲ませてあげた時があったんですね。
ちょっと近くで。
で、すごくその時はもう、なんていうんですね、体はもう本当に衰弱してるんですけど、
とても、もうなんか美しい状態になったんですよ。
なんか父というよりも、ちょっとエネルギーが全然違ってたんですね。
で、その時にですね、言った言葉がありました、一言。
こっちに来ないでって言ったんです、私に。
で、それがとてもその時不思議で、
でもその時同時に悲しかったんですけれども、
それは直接口で言ったんですか?
言いました。
ああ、そうなんですね。
はい。で、その境界線を感じました、私は。
ここにまだいるんですよ、同じ場にいるんですけれども、
多分意識がもうだいぶね、違うところに向かってるという状態だったんですね。
こっちっていうのは、じゃああっちの世界ってことでしょうかね。
っていうふうに私は感じたんですよ、直感的に。
で、父もそれを理解して言ってたかどうかわからないんですけど、
言葉から出ましたね、それが。
はい、そしてその後に、宙を見てね、何か準備、その時を待ってるというかね、
よく潮の満ち引きだったり、月の満ち欠けだったり、
そういう時に必ず人っていうのは生まれたり死んだりするんですけれども、
そういうタイミングってあるんじゃないかなっていうのも思いました。
だから人っていうのは自分で、その時をちゃんとお迎えってよく言うじゃないですか。
お迎えが来るとかっていう言葉がありますけど、
本当にそういうタイミングがちゃんとあるんだなっていうのを感じたんですよ。
で、母の場合はですね、これがもっとびっくりするんですが、
母はちょっと地方にいましたので、私が行った時っていうのはもう限られた期間しかいられなかったんですね、そこの場所に病院に。
で、もう帰らなければいけない日っていうのが決まってたので、ずっとは入れないわけなんですね。
で、私はもちろん入院しているところに訪ねて、しばらくいる時間、入れる期間はいて、その後帰宅する、帰るという別の県なんですけれども、
飛行機で帰るということだったんですが、ちょっと待ってって、明日帰るっていう時にですね、明日行くからって言ったんですよ。
で、本当にその日に行ったんです、母は。
明日行くからっていうのは、お母さんが言ったんですね。
はい、母が、明日あっちに行くから、今日は帰らないで、明日までいてね。
そうしたら、本当にその日に亡くなりました。
なので、とても母も最後はちょっと苦しそうにしてました。私もすごくつらかったし、人間的に普通の感情です、それは。
全くそんな冷静なね、冷的がどうのとか、そういうことで見てません。
だけれども、反面ではすごく冷静に、母も車強とかを、つらかったんでしょうね。でもすごく強い方だったので、ずっと車強とかを最後までしてました、できる限り。
だからやっぱり怖かったんだと思います。だから人間というのは、怖さっていうのは、どんな強くても、それはなくならないんだなとも、後から分かりましたし。
そうですね。
うん、はい。だけど、それを今ちょっとざっと話しましたけど、そういう体験をして、そして最後にこれも一つ言いたいのがですね、
魂が抜けます。移行しました。まだ近くにはいるでしょうけれども、体が抜けた時っていうのは、体が、魂が抜けた分、シュッてしぼむんですよ。それが分かったんです。
見たんですか?しぼむの。
そうです。
へー。
そして、母はちょっと介護の仕事とかをしてた時期がありまして、たくさんの方を見送ってる経験があったんです。
なので、母からも実際聞いてたんです、それを。
人は、人が亡くなるとき、魂が出るから、小さくなるんだよって。
それが、母自体がそういうのをまた見せてくれました。
へー。
はい。私は、とてもその時はもちろん、本当に悲しみしかなかったですし、普通にね。
今だからこそ、こういう視点で言えますけれども、お話できますけれども、でもそれを見せてくれた、その2回の経験、目の前で。
なので、怖くないっていうのは、前回の配信で私は怖くないわけじゃないですけれども、その準備がきっと私もできるんじゃないかと思ってますっていう話をしてるはずなんですけれども、
そういった経験によって、そういう言葉が出たっていうことだと思ったのでお話ししました。
はい。
私もこれも聞いた話なんですけども、人間の体から魂が抜けると体重が減るっていう話を聞いたことあるんですよね。
そして、その時私が思った、例えば20代の人が見た時に、何十年後かにこんなふうに楽しく過ごせたらいいなって。
全然ね、他人の人でも自分を見てくれた時に、そういうふうに思ってくれたらいいなって、今思いますね、すごく自分が思ったように。
最近でもね、皆さん携帯電話を持ちながらね、下を向いて歩いてるっていう、そういう人が多いなっていう。そんなになんか明るい人はいないような感じの雰囲気があったりしますけども。
でもね、大人になったらやっぱりいろいろとね、ストレスも溜まりますし、仕事もしなければいけないし、家族がいたら家族を守らないといけないっていうことがありますんで。
結構やっぱりしんどいことはしんどいと思うんですけどもね。
そうですね。
それは昔も今も変わんないかなっていう感じがしますけども、そういう点に気づいたっていうのはすごいなっていうふうに思うんですけどもね。
じゃあ、しろささんにとって楽しく生きるにはどうしたらいいというふうに思いますか?
そうですね。生きることは生かされてることだと思ってるので、やっぱり感謝を持ちながらも、やっぱり好きなことやりたいことをやるっていうことですね。
単純ですけど、でも意外に本当にそういうことっていうのが一番シンプルに大切なんじゃないかなって人生において。
やっぱり健康であることっていうのも大事ですよね。体も心も健康でないとそれができないことが多いと思うので、そんな感じですね。
そうですね、確かに。私はですね、自分のやりたいことを見つけることが大事かなと思うんですよね。
大人になると仕事をしなければいけないので、仕事を中心になってしまいますけども、仕事が趣味っていう人もいると思いますけども、
仕事が趣味っていう人は仕事がなくなったらどうするんだろうって思っちゃうんですよね。仕事以外で自分の好きなこと、そういったものを見つけて楽しむというのがいいんじゃないかなっていうふうに思うんです。
だから、よく聞くんですけど、定年退職した後に自殺してしまう人が多いっていうのは、やっぱり仕事しかしてなかったから仕事がなくなったときにやることがなくなってしまったっていうことじゃないかなと思うんですよね。
だから私は仕事以外で好きなものを探して、それを休みの日にするっていうことをして、そのときはもう完全に仕事とは分離してね、仕事のことは全く考えずにそれだけに集中するっていうふうにしていまして、
なので、それが一番楽しく生きるにはそういうふうにしたほうがいいんじゃないかなっていう、今のところ私はそういうふうに思ってますけどもね。
すごい大事ですよね、本当に。
そうですね。
仕事が楽しくできてればいいかなとも思うんですけれども、今だいぶね、変わってきていろいろ副業をされてる方とか、いろんなね、幅も広がってきてたりするんですけど、
あと、いくつかなんか持ってるといいかなって思うんですよね、いろんな好きなことも。
3種類ぐらいね。
3種類。
でも、なんか全然違うことをいくつか持ってると、あとそのことで興味がある人とかとつながるっていうのもまた全く別の人だったりするじゃないですか。
そうですね。
そういう好きな趣味でつながる人とつながって、また違う世界を作るっていうのもいいんじゃないかなっていうふうに思うんですね。
広がっていく、そうですね。
そういう意識することは大事かなって思うんですよね。
今を生きながら、今を捉えながら、どうしても時代っていうのは逆らえない部分もあるじゃないですか。
だから、その時の感覚っていうのもとても大事な気がしますよね。
何かしながらのって言って、頑固に。
そういう、貫ければいいんですけど、なかなか時代に流されたりとかっていうことも、皆さんね、あるかなと思うんで。
そうですね。仕事は大事ですけども、仕事のために生きないことが一番いいかなと思うんですよね。
仕事も一つの生活の手段として割り切るっていう、そういうふうにしないと、本当に日本だとすごい大変ですからね。
残業したりとか、休みがなかったりとか、そういうことで結構ね、体を壊したりする人も多いので。
ちょっと仕事は必要ですけども、仕事のために生きるのも良くないなっていうふうに思っちゃうんですよね。
そういう点は海外って違うと思うんですよ。
もちろん海外の人ももちろん仕事しますんで、仕事に対する鬱とかそういうものはあるんですけれども、
やっぱり私オーストラリア住んで思うんですけども、日本人とは全然違うなと思うのは、やっぱりすごく明るいんですよね。
すごく前向きで、人生を楽しんでるなっていう人は結構多いんですよ。
日本人だと結構、仕事は第一、仕事のために生活を犠牲にするみたいなそういう人も多いんですけども、
海外に住んでる人、特にオーストラリアとかヨーロッパ系の白人系の人は、やっぱり生きるために仕事をするっていう感じなので、生きる方が大事なんですよね。
だから楽しんで生きてるなっていうのをよく見るんですよね。
でもそれはすごく大事ですね。
日本でもちょっとね、自殺が多いっていう話をよくニュースとかでも聞くんですけども、
海外ってどうかなってちょっと考えたことあるんですよ。
その時にオーストラリアはですね、自殺の数とかっていうのは公表してないんですよ。
というのも、公表するとそれを真似する人がいますんで、公表しないようにしてるらしいんですね。
なのではっきりとした数はわからないんですけれども、でもやっぱりオーストラリアも大都会ですよね。
シドニーとか都会なので、そういうとこで仕事したりとか生活してる人は、やっぱり鬱になったりとかですね、トラウマになったりとか、精神疾患を患ったりとか、
あと薬物が結構多いんですよね。薬物とかアルコール中毒とか、そういう原因で自殺をしてしまうという人も多いようですね。
あとあの、なんですかね、LGBTQとか人種差別とか、あとアボリジンの原住民がいるんですけども、そういう人も結構自殺が多いという話を聞いてまして、
ちょっと日本では考えられないような理由でね、自殺をする人が多いらしいんですよね。
なので、あとなんですかね、結構ね、私も子供がいまして、学校に通ってたんですけども、その時にやっぱり学校とか行くと、いろんな人種の人がいるんですよね。
白人系、黄色人種系、そしてアボリジニー系とか、あとヨーロッパ系の人とか、本当にいろんな人種が一つのクラスにたくさんいまして、本当それはね、人種のるつぼという感じでいいなとは思うんですけれども、
反対にそれに対する人種差別とかいじめっていうのもあるらしいんですよね。
特にアボリジニーという原住民の人が、そういったいじめとかにあって、誹謗中傷とか、そして自殺をしてしまうという人も多いらしくてですね。
年齢層では、オーストラリアですね、15歳から44歳の年代が多いそうなんですね、自殺する人が。
若いですよね。
そうなんですよね。
だから結構、公表はされてませんけれども、そういったね、自殺をしてしまう人も多いというのが芸術かなって思いますね、オーストラリアですね。
なるほどね。
でも人が人を追い込むっていうことですよね。
そうですね。
そうするとやっぱり人が楽しく生きてないってさっきの話に戻りますけど、ことだと思うんですよ。
その人が楽しければ、人を追い詰めることないじゃないですか。
だからそこにもつながるなと思って今お話聞いてました。
そうですね。
比べてしまえば、日本人と海外の白人系の人っていうのは、性格が全然違うので、要と因の違いがありますんで、
本当にオーストラリア人もね、私もスペインとか行ったことあるんですけど、スペインに何ヶ月か住んだことあるんですけども、
スペイン人の明るさも極端ですね、もう半端じゃない明るさですごい明るいんですよ。
本当に楽しむために生きるっていう感じで、本当に食べるし、笑うし、飲むし、本当に生きることをオーガしてるなっていう感じがするんですよね。
ああいう明るい国にいたら、すごく自分も明るくなるかなっていう感じがしますけれども。
日本ってやっぱりね、仕事だ、ちゃんと真面目にやらなきゃいけないんだとかね、そういうのが多いので、ストレスが半端ないと思うんですよね、日本はね。
国民性というのはね、もうしょうがない部分もありますけど、でも個人的にやっぱり気がけて変えていくしかないですよね。
そうですね。
国のせいにしててもしょうがないので。
そうなんですよ。
個人個人がやっぱり考え直して生き方をね、生きるっていうことっていうのを大切にもっとね、していくっていうことですよね。
もちろんそういうふうにされてる方も増えてると思うんですけどね、最近はね。
でもね、親から言われてね、そういうストレスが温まったりとか、親の言うとおりしなきゃいけないとか、そういう人も多いみたいですしね。
若い世代の人は結構ね、考え方は柔軟なんですけども、この親の世代の人っていうのは結構ね、固い人が多いので、ちょっとね、そういう普通じゃない状況を受け入れられないという人も多いらしくてですね。
海外といえばオーストラリアも多いんですけども、このね、ゲイとかレズビアンとかそういった同性愛者も結構多いんですけども、意外とオーストラリアはそういう関係を受け入れられてまして、
本当に自分自身で自分はゲイですよとか、そういうふうに言ってる人も多いですし、社会的にも受け入れられてる部分が多いんですね、大きいんですね。
なので、例えば私もよくドラマとかね、こっちのオーストラリアのドラマで見るんですけども、男の人がですね、その人の親に実は恋人ができたんだっていう話をして、
で、その恋人を紹介するって言って、連れてきた人が男の人だったっていうね、そういうシーンもあったりするんですよね。
で、そういう時にその親はやっぱり戸惑ったりするんですけども、結局はそれを受け入れて、ね、頑張れよ、幸せになれよっていうふうに言ってくるんですよね。
そういうとこはやっぱり違うなって思うんですよね。日本だったらこれは多分受け入れられないと思うんですよね、こういう状況はね。
だから、そういう考え方っていうか、国民性っていうか、そういうものが違うと、やっぱり受け入れ方も違うんだなっていうのをね、よく感じるんですけどもね。
マースさんはあれですか、日本人でありながらずっとオーストラリアに住んでますけれども、今お話しされたことで、自分がもしその立場でお子さんがそういうふうな状況だったら、対応できますか?
そうですね。そこ難しいですね。実際そうなったとしたら、どう反応したらいいんでしょうね。わかんないですね、これはね。
そうですよね。だからやっぱり実際に自分がどうかっていうところもありますよね。
そうなんですよね。もちろん子どものことだから応援してあげたいとは思うんですけれども。
そうだと思いますけどね。
でも実際それを受け入れるには時間がかかるかもしれないですね。
そうですよね。
やっぱり私も日本人としてね、日本で生活して、やっぱり日本人の考え方とか、そういう方式とかの、それを体験してきたので、どうしてもやっぱり日本人的考え方っていうのはあるので。
ベースはきっとそうですよね。
オーストラリアに長く住んでるかといって、すぐにそういう考えが変わるというわけでもないですし、
でもね、家族は、子どもはね、オーストラリアに住んでますんで、そういう可能性もあるっていうことですよね。
そうですよね。だからもし実際ね、
そうなんでしょうね。
もしもそういうときはどうしたらいいのか、考えたこともなかったですね、私今まで。
これからちょっと考えておきます。心準備しておきたいなと思いますね。
頭の隅に。
そうですね。
そんな感じで、日本と海外の違いっていうかね、人種の違いとか国民性もあるんですけれども、
やっぱり明らかにヨーロッパ系とか白人系の人は、楽しむために生きてるっていう人が多くて、
本当に仕事のために生きるっていう人はほとんどいないなっていう感じがしますね。
だからそれが、そういう生き方ができていれば、日本人もね、すごく楽しく生きれるんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。
そうですね。そこに切り替えていく、これから世に世の中がなっていくと思うので、
そこに対応できるかどうかっていうところが来るんじゃないですかね、日本も。
そうですね。
その時に準備が急にできないと思うので、やっぱり今からそういうことも考えておくっていうのは大事かもしれないですよね。
そうですね。
仕事中心じゃなく。
いろんな最近の日本の事情とか聞いてると、そういう柔軟に考える方向に行ってる人も多いらしいので、
少しずつ変わってきてるなとは思ってるんですけど、まだまだね、完全に受け入れられるっていう状況じゃないと思うので。
そうですね。
そうですね。
その人その人が幸せで楽しければいいんですけれども、
でもまあ本当に悔いなくね、ありきたりの言葉ですけど、でも私は本当にそれは思ってます。
最後にあれすればよかったなとかっていうふうに思いたくないなっていうのをすごく思っていて、
なのでできる限り、完璧には無理かもしれませんけど、人間っていろんな感情がありますから、
だけどそうならないように、やっぱり一つ一つ当たり前じゃない毎日の中でやれることをできるだけやっていきたいし、
やりたいと思うことは叶えていきたいなっていうのが本当に思ってます。
なるほど。しろやささんはじゃあどうですか?後悔とかないですか?やりたいことはやってますか?
今のところ一つ一つやれるタイミングでやれることをやってると思います。
まだまだこれからもあると思いますけれども、それを積み重ねて、その心情をね、持っていきたいなって思ってます。
私もちょっとね、これから少し、だんだんと生きる余裕っていうか、生き方っていうか、そういうのをちょっと手抜きをする生き方をできるようになってきたので、
少しずつ自分のやりたいことをやっていこうかなっていうふうに思ってるんですけどね。
でもすごくそれっていいかもしれないですね。
性格的にもきっと真面目な方だと思うので、そういう手抜きっていうのは、すごくいい加減なもともと性格の人だとね、それが普通なんでしょうけど。
みんなそれぞれ自分の個性を活かしつつも、ちょっとここは抜いとこうかなとかね、手を抜いておこうかなとか。
やっぱり、性格的にも真面目だし、やることはちゃんとやらなきゃいけないっていう思いもあるし、やっぱり言われたことは必ずやらなきゃいけないっていう、やっぱりそういう教育されてきたので、そういう考えなんですよね。
そうなると、もう本当に行き詰まったりとか、行きづらくなったりとかするので、
そうですよね。
そういう経験がしたので、すごくやっぱり、なんかね、気持ち的にも詰まってくるようなことが多かったんですよ。
だいたい最近になってきて、少しずつ人生に手抜きをする方法を覚えてきたので、少しずつ手抜きをしながら楽に生きていこうかなって思ってるんですよね。
いいじゃないですか。それは。
なんか楽って、すごく良くないイメージに捉える方いるじゃないですか。多い気がするんですよ。意外に。
日本の人、昔からね、なんか苦労は何でしたっけ、勝手でもしろみたいなことわざみたいのがあるじゃないですか。
なんかそれの逆で楽をしてるのが、なんか良くないみたいな。
そうですね。悪いみたいな気がしますよね。
そうそうそう。でもそうじゃないですよね。そういうのって、とっても自分らしく楽しいの楽ですから。自分も。
そうですね。楽しいと楽は同じ感じですからね。
そうです。そうです。支障がなければいいんですよ。いろんなことに。楽しく生きましょう。
日本で仕事してると、すごいやっぱり残業とかたくさんやって、休みの日も仕事してみたいな、そういうふうにしないと、仕事が回らない、生活できないっていうふうに思っちゃうんですけども、
海外にいると、仕事しなくても回ってるんです、ちゃんと。休みを、残業しなくても、ちゃんと回ってるし、
オーストラリア人はですね、有給1年間に20日ぐらいもらえるんですよ、仕事してると。
で、その20日と週末合わせて、1ヶ月まるまる休んで、世界旅行するみたいな、そういう人も多いですし、
それが標準じゃないですけどもね、でも日本では絶対考えられないようなことですよね、そういうことはね。
そうですね。
だからそういう生き方をしてるので、本当に生き方に余裕があるんだなっていうのを感じてますね。
それはでも、本当に元気じゃないと世界旅行なんていけないですからね。
本当ですね。
歳を重ねてね、余裕が時間にできても、実際には疲れていけないってなっちゃうからね。
そうなんですよ。
それは本当に元気なうちに、っていうのをやりますよね。
だから若いうちにそういう経験をいっぱいした方がいいなと思うんですよね。
やっぱりリタイアしてから行こうと思っても、体がね、言うこと聞かなかったりとかして。
そうだと思いますね。
難しい場合も多いのでね、やっぱりこう、なんていうかね、やっぱり仕事は仕事じゃなくて、やっぱり人生を楽しむっていうことをね、たくさんしていきたいなって思ってますね。
本当にそれは大事だと思います。
ということで、まとめなんですけれども、人は結局魂がね、体の中に宿っていて、魂が移行していくっていうことですね。
そういうことなので、生きるっていうことは、結局死に向かっているわけなんですけども、
しろささんの言葉で、なんか生かされてることをね、感謝しろっていう話をしてましたけどもね。
はい、そうですね。そう思います。
生きてるんだって思うのと、生かされてるんだって思うのは、やっぱり似てるようで全然違うと思うので、
毎日起きた時から、今日も宇宙に生かされてる。
でもそういうふうにね、もっとライトにね、本当にライトでいいんですよ。
軽くっていうよりは、そういった、あんまり重々しくなく、そういうことを捉える。
だから、生きることも死ぬことも、軽々しく言うんではなく、
もうちょっとカジュアルに、当たり前のこととして、これから見つめてみるっていうことは大事だと思ったので、こういうお話しているのかなって思いますよね。
そうですね。なかなか、例えば生きることを客観的に見るっていうかね、そういう見方をしたらいいんじゃないかなって思うんです。
私は生きなきゃいけないんだとか、そういう思いじゃなくて、生きている、つまり生かされてるっていうふうに見ると、
すごく生きてることは感謝だなって思えるので、そういう見方もすごくいいなというふうに思いましたね。
そう思います。
でも、しろささんみたいにね、宇宙に生かされてるんだなって毎日思える人は、そんな基準の高い人はあんまりいないと思いますけど。
みんなそうなんですよ、でも。本当に。
そこにね、気づいて、毎日そういう思いでいれるっていうのはすごいなと思います。
私はもう本当に、ああ、今日も仕事行かなきゃと思いながら起きますからね。
いや、私もそういう瞬間もちろんありますよ。
ずっとずっとそう思っては忘れている時もありますけど、でもやっぱりそういうふうに思っていると、
でもっていうふうに思い直せるし、思い方が変わるんで。
そうですね。そういうふうに、なんか訓練していくしかないですね。そういう思いになるように、ポジティブに考えられるように、訓練していかないと。
だからなんか、さっきの手を抜くとかも、ある種、訓練じゃないですか。もともとはそうじゃなかった。
だから、やっぱり人って習慣づいたり、思い込みとかもあるので、
なんかそういうのもね、少しずつ気づいたところから手放していくっていうことも、いきやすい一つの方法ですよね。
そうですね。
だから、若いうちからそういう考えができる人はいるんですけど、やっぱりいろいろな経験をして、
そういう、なんか、いきやすくなるっていうのは、ちょっと年を取ってからなる人も多いと思いますけれどもね。
なので、結局いろんな経験をしながら勉強していって、成長していくっていうのは大事かなというふうに思いますし、
結局、人は死んでしまいますんで、死に対してどう向き合っていくかっていうね、
そういう考えをしながら生きていくのも大事かなって思って、今回こういうテーマでお話したんですけどもね。
向かい合っていくっていうか、そんなにがっつり見つめるっていうことじゃなくても、逃げられないことなので、
やっぱり日々の中にね、なんとなくそこを頭のどこかに入れながら付き合っていくっていうことですよね。
そうですね。
それで生きるっていうことですよね。
あくまでも生きることが大事なので、そのためには、やっぱりどう生きるかによって死も訪れ方が違うのかなっていうのもあるかなって思ってますので。
はい。いろんな人生がありますんで、いろんな悩みとか苦しみとかありますけれども、
本当にそういう方に対して、本当の家中にいる方に対してはあまりこういうこと言いませんけども、本当にそれは一つの経験、体験なので、
絶対後になって役に立つと思うので、ぜひそういった苦しみがあったら乗り越えてほしいなと思いますし、
本当に人生を楽に生きてほしいなって思いますね、やっぱりね。
本当にそうですね。難しく難しく考えてしまうと、本当に迷路に入ってしまうよね。
本当ですね。
はい。そんな感じで、今回のテーマはちょっと重いテーマで、普段あんまりできないテーマだと思いますけれどもね、
ちょっといろんな、こういう話をするとね、いろんな傷つきとかありますので、聞いてる方にもね、少しいろいろとなんか傷つきがあったりなというふうに思いましたけれどもね。
はい。ということで、じゃあ今回はこの辺で終わりにしたいと思います。
今日も聞いていただきありがとうございました。
もしこの番組を気に入っていただけたらフォローいただけると嬉しいです。
またリクエスト、ご意見、ご希望など、そしてSpotifyの概要欄のコメント欄にもコメントをお待ちしておりますので、どしどしお寄せください。
はい。ということで今回はこの辺で終わりにしたいと思います。
また次回お会いしましょう。
お相手はマースと
しろうさ
でした。
バラバラですね。
でした。もう一回?
ちょっともう一回やりますかね。
はい。
もう一回やりましょう。では、また次回お会いしましょう。
お相手はマースと
しろうさ
でした。
はい。ありがとうございます。
また次回よろしくお願いします。
ありがとうございました。
はい。ありがとうございました。