皆さんこんにちは、MARSです。今日も聞いていただきありがとうございます。
シドニーはですね、また寒い日が続いております。 今朝の気温がですね、2度ですよ、2度。かなり寒かったです。
先週は暖かかったんですけどもね、今週はまた冷え込んでですね、昼間も結構ね、 ひんやりした気温が続いています。
まあ日本に比べたらですね、2度っていうのは全然寒くないと思うんですよね。 マイナスになりませんし、雪も降りませんので、日本と比べれば暖かい気候だと思いますけれども、
でもですね、こちらに住んでいるとやっぱりね、この2度というのはかなり寒いです。 風邪ひかないように気をつけなきゃなというふうに思います。
日本もね、暑い日が続いていると思いますけれども、ぜひ体調には気をつけてお過ごしくださいね。
このマスラディオポッドキャストでは、今週はこういった出来事、そしてシーズン3の更新情報をお届けしています。
よろしかったら、フォロー、感想、コメントなどいただけたら嬉しく思います。 では今回も最後までゆっくりと聞いてくださいね。
はい、ということで今回はBGM付きでお話ししようかなというふうに思っています。 このBGMですね、実は私が作ったんですね。
というかですね、AIが作ったんですね。 最近ですね、AIが作ってくれる音楽サイトっていうのがあるんですよね。
結構たくさんありますけれども、その中の私はですね、SUNOというサイトを使って作った曲なんですけれども、結構いいんじゃないですかこれ。
結構気に入ってるんですよね。 ローファイでですね、そしてジャズっぽくてですね、とてもいいなという感じがしますけれども、
こういう曲ね、何曲かあるんですよ。私が作った曲ですね。 その曲をですね、これから少しずつ使っていこうかなというふうに思っています。
もともとBGMなしでやってたんですけれども、BGMなしの方がね、いいかなとは思っていたんですが、 あってもいいかなということがありますんで、こういうねBGMを時々作っていたんですが、
クラシックぽいやつとかね、それから歌付きのやつも作ったんですよね。 それもこれからですね、使っていこうかなというふうに思っています。
最近のAIは本当にすごいですよね。 歌を作るわ、曲は作るわ、画像を作るわ、動画も作っちゃうということでね。
最近はね、動画で音声付きの動画をね、作ってしまうというね、すごい発展の仕方なんですけども、本当に最近はね、AIで全部済んじゃうので、モデルさんとかね、いらなくなっちゃうんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。
すごいなというふうに思いますけれども、最近はですね、なんか私もね、よく利用してますけれども、サイトとか会議とかそういったものをぶち込むと、それをまとめてくれたりもしますしね、本当にすごい発展の仕方だなというふうに思います。
AIに乗り遅れるなというふうに言ってますけれども、なかなかね、こういうのは追いつけないので、AIだけが先走ってしまうんですけれども、
まあ自分の使えるものをね、少しずつ買っていったらいいんじゃないかなというふうに思います。AIが出てきてですね、本当にエンターテインメントには良い環境になってきたかなというふうに思います。
本当にね、AIのせいで仕事がなくなるという職業もあるらしいんですけれども、でもね、やっぱりAIはAIが作ったものだなというふうに思いますし、やはりね、人間が作ったものはやっぱり感情とかね、人間の思いとか、そういったものが入っているので、やっぱり人間が作ったものの方が
情が湧くというか、こういう音楽もね、AIが作ったのもいいと思うんですが、まあ曲はいいんですけれどもね、でも感情がこもってないとかね、そういう部分があるかもしれませんけれども、まあね、本当にこれからAIがね、大きく生活の中に入ってきますのでね、皆さんも少しずつですね、AIに慣れていったらいいんじゃないかなというふうに思います。
はい、今度はですね、ちょっと違ったジャズのね、BGMを使ってみています。これもですね、AIで作ったんですけども、本当にね、こんな音楽が作れてしまうのは本当にBGMいらずというかですね、今まであのこういったBGMはですね、私あのフリーのサイトで探してですね、気に入ったものを使っていたんですが、もう自分でね、気に入った曲を作ればそれで済むので、探さなくてよくなったなという感じがします。
まあ作るのはちょっと難しいですけどもね、こういった音楽を自由に作れるのはすごいなというふうに思います。それからですね、私あのちょっと最近気づいたんですが、縁のある人っていうのはね、結構いるんですよ、その時その時いるんですけども、あの最近ですね、知り合った、まあネット上でね、知り合った人なんですけども、そういうちょっと仲良くしてくれてる、ネット上で知り合った人、例えばえっとスタンドFMでね、知り合った、仲良くしてる人とか、
あとはネット上でね、知り合ったいろんな人をですね、出身地をですね、聞いてみたんですよ。そしたらですね、なんかみんなですね、九州の人が多いんですよね。ちょっと個人名は言わないんですけども、1,2,3,4とですね、4人ぐらいの人と仲良くなったんですが、その4人の人はですね、みんな九州なんですよ。
これはなんかあるのかなっていうふうに思いますけども、なぜ九州が多いかなっていう、まあなんかね、縁があるから、なんか関係があるからと思うんですけども、九州の出身の方が多いなという感じがします。あとですね、知り合いの人ですね、そしてネット上で知り合う人、そして仕事で知り合う人、こういう人がたくさんいるんですけども、その人の名前なんですね、特に女性の名前なんですが、なぜかね、ゆうきという名前の人が多いんですよ。
ゆうき子とかゆうきとかですね、そういう名前の人が結構多いんですよね、私の知り合いで。これも何かあんのかなっていうふうに思うんですよ。これわかんないんですけども、なんでこんな同じような名前の人が多いのかなーって不思議に思うんですけどもね。私が知り合う女性の名前はゆうきという名前の人が結構多いんですよ。なのでそれがね、ちょっと不思議だなっていう感じがします。
そんな感じでですね、知り合う人の出身地とか名前っていうのが結構共通点があるなっていうのに気づいてるんですね。なので多分ね、何か意味があると思うんですよね。私と縁がある人が九州にたくさんいたりとかですね、私と縁のある人が同じような発音の名前を持っているというその縁が何かあるのかなっていうふうに思いますけれども、
皆さんもそういうことありませんか?知り合う人の名前が同じ名前が多いなとかですね、同じ出身地の人が多いなとかですね、そういうの結構あると思うんですよね。なのでずっとじゃないですけどもね、その時その時で自分の波動にあった人がたまたま九州に多かったとかですね。
そういう感じなのかなっていうふうに思いますが、ちょっとその辺まだわかりませんけどもね、何か自分の内面とかね、過去生とかね、そういう関係で知り合う人が似てる場所にいるのかなっていうふうに思いますけれども、皆さんもそういう経験はあるでしょうかね。ぜひ教えてほしいなというふうに思います。
先週ですね、あの私は淡々と生きているというふうに言いました。そして目覚めたのかなっていう感じをね、感じてるっていうことも言ったと思うんですけども、えっとですね、あるスピリチュアル系の動画を見てですね、自分の感情を受け入れる努力をしているという話を聞いたんですよ。
つまり怒りとか喜びとかそういったね、感情が表によく出てくるので、それを出したくないんだけども、そういう感情を出す自分を受け入れる努力をしているという話をね、聞いたんですね。
で、それを聞いてですね、私はそれはちょっと自分とは違うなと思ったんですよ。もっと言えばですね、一段階前の自分はそういうふうにやっていたけれども、今はそういうことをしていないなというふうに思ったんですよ。
というのもですね、自分はですね、感情を受け入れるというかですね、自分の感情を出すことがなくなったんですよね。もちろん昔からですね、私は感情的な人間なので怒りを出したりですね、喜びを大げさに表現したり、そういうことをよくやっていたんですが、特にね怒りっていうのは結構強いエネルギーなので、これは他人の人にもですね、大きな影響を与えるんですよね。
なので怒りのエネルギーっていうのは本当に出さない方がいいなというふうに思っていたんですよ。でですね、YouTubeで言ってた人も怒りを持っていても許すことをしているというふうに言ったんですよね。
それは理解できるんですけども、私はですね、ここ数ヶ月、感情というものが湧かなくなってきたんですよ。まあこれは多分ね、もしかしたらちょっとわからないんですけども、目覚めたのかなっていう、ちょっと変わったのかなっていうふうに思うんですよね。
昔は結構ね、気が短いとこもあったのですぐ怒ったりとかしたんですけれども、最近はそういう感情が湧かなくなってきたんですよね。で、そういったね、怒りが出てそれを受け入れるということをしているということは、自分のね、今の感情、今の状態の一段階前の状態の自分はやっていたんです。
それを自分がね、怒ったりすることを自分自身が受け入れてあげるということをね、よくしていたんですが、最近は本当にね、感情がフラットになったって言ったらいいのかな。だからすごくね、感情が表に出ないんですよ。
うん、淡々と生きているというふうに先週言いましたけれども、その通りですね。あの、物事、起こった物事をそのまま、まあ映像を見ているように、映画とかね、動画を見ているように、第三者の目で受け入れるという状態が続いているんですよ。なので、たとえね、自分に不利な状態が起こったからといって、ガーッとね、怒りが湧いてきたりとかしないんですよね。
まあもちろんね、畜生とかね、チェッとかね、思うことはありますけれども、もちろんいいことがあれば喜びますけれども、昔みたいにね、自分の思いを振り乱して感情を表に出すとか、そういうことはなくなってるんですよね。
なので、それって一つ上の段階に来たのかなとは自分で思っているんですね。それが本当かどうか、合ってるかどうかわかりませんけれども、今はですね、本当にあの感情に振り回されない状態、淡々と周りを眺める状態、起こった出来事は映像をね、見ているかのように第三者の目で見ているという感じなんですよね。
なので、怒りとかね、そういった感情を受け入れようとしているという段階ではないんですよ。もうすでにそれは過ぎて、フラットにね、物事を見つめるようになってきたなという感じがします。