みなさんこんばんは。 明日使える菊ネタ帳、マーケターの真夜中ラジオの時間です。
今回は特集企画、挑み手インタビューとして、自らの偏愛や衝動を起点に新しい仕組みを作り出した方々にお話を伺う企画です。
せっかく良い商品やサービスがあるのに、マーケティングでそれを伝えられていないという、挑み手の方々のマーケティング領域を支援したいという思いで、
私、宮本も起業しました。 挑み手の話を聞きたいし、リスナーの方にもお伝えたいと思っております。
第2回はコーチングスクールキャムジャパンを運営する株式会社コーン代表取締役のアサイさんをゲストにお招きをして、私、宮本がお話を聞いていきます。
過去のラジオで最も人気のあった回の一つが、170回の欲望を超えた衝動偏愛を見つけてサービス化マーケティングしていくにはでした。
せっかく今回コーチングスクールを運営するアサイさんをお迎えしたので、アサイさんの場作りの思いだけでなく、欲望を超えた衝動や偏愛、
自分でやりたいことを見つける方法もお聞きしました。 その秘訣は逆に本当の自分探しをやめて感度を高めることでした。
大変興味深かったのでぜひ聞いてみてください。 本編は約45分あります。
途中で聞けなくなった時のためにもここでポッドキャストをフォローしておくと便利です。
それでは行ってみましょう。 本日の挑み手インタビューゲストはコーチングスクールキャムジャパンを運営する株式会社コーン代表取締役のアサイモトキさんです。
よろしくお願いします。 よろしくお願いします。
じゃあ経歴を簡単にご説明させていただきます。 2014年よりアメリカにてスポーツ医療トレーナーとして活動されて、
その後2020年に国際的なコーチング資格である ICF認定コーチングスクールのキャムジャパンを設立をされています。
人々が生きるというところについて、サバイブからライブに変化をして生きる概念が変わるような未来を目指して株式会社コーンを設立をされています。
僕も一緒に仕事しながら、ただコーチング資格を取るためだけのコーチングスクールが多い中で、資格を取ったりスキルを得ることだけではなく、
コーチングを通した生き方の捉え直しに取り組んでいるところがすごく特徴的だなというふうに思っております。
今日はそんなアサイさんに、なぜコーチングスクールの代表をされているのかというところを、ちょっと現体験から聞いていきたいなと思っています。
お願いします。 最初なんですけれども、先ほども話しており、アメリカでスポーツ医療トレーナーとして活動ってあったんですけど、
このアメリカに渡ったきっかけとか、スポーツ医療トレーナーになったのはどういう理由だったんですか?
そうですね。スポーツは小さい頃から好きで、幼稚園の時からサッカーをやっててみたいなのもありつつ、
スポーツは好きだけども、でも同時にアスリートレベルではもちろんないし、みたいなところが一つあると同時に、
人の支援とか、人が目標や夢に向かっていくサポートとか、そういうエネルギー感のある活動に携われたらなというふうに思って、
その2つできそうなことなんだろうと思った時に、アメリカの国家資格で、スポーツ医療トレーナーとしてリハビリとか治療とかそういうものをスポーツチームに対応しながらやっていく関わり方があったので、
これ良さそうって思ってアメリカに渡ったみたいな感じですかね。
それって日本ではあまりできない仕事なんですか?
一応あるんですけれども、まず日本だと民間資格になっているっていうので結構違ったりするのと、
あと内容のちょっと違いもあると同時に扱いの違いもあって、その資格が持つ権力と言いますか、
アメリカとかだと結構対等にコーチと他のお医者さんと対等に対話しながら共に作っていけるけれども、
日本だとその地位としてはもう少し違う階層にあったりということもあったりするので、
やっぱり学ぶなら最先端と言われているというか、そういうところに行きたいなということですかね。
なるほど、ありがとうございます。
そこでいろんな体験をしていく中で、コーチングとの出会いみたいなところのきっかけとなるようなことはあったんですか?
そうですね、コーチングというよりはもうちょっと手前の自分のライフワークみたいなところの言語化にすごくつながるプロセスだったりしたんですけれども、
結構複合的なので、このスポーツ医療というところも一つであると同時にというところでちょっとお話しできればと思うんですが、
まずアメリカに渡る前に、私ちょっと前に母がキリスト教の教会に行く機会があって、
人生の意味って何だろうとか、何のために人は生きているのかというのを聖書とかキリスト教の視点からいろいろ考えさせられつつ、
自分自身もそういうのに共感しつつ、そういうことを考えるきっかけがそのプロセスであって、
そういう自分自身の人生観というところにちょっと違う視点が入ってきたというところと、
またアメリカに行っていろんな文化の方々と喋る中で、やっぱりその人生観というか、
そういう話結構皆さんするんですよね。イスラムのバックグラウンドの人たちとか、カトリックのバックグラウンドのラテン系であったりとか、
またアメリカ人や中東の人やとか、私アジア人でいて、いつも一緒に過ごしている中で、
本当にしょうもない話もいっぱいするんですけど、同時に人生でどういうことを大切にしているか、人は何で生きていると思うかとか、
結構勝手なイメージですけど、アメリカとかそういうところではそういう議論もディスカッションしているみたいな、
みんな意見ちゃんと持っているみたいな、実際そういうところがあって、自分自身も考えさせられて、
自分はどう感じるんだろう、人生って何のためにあるんだろう、どう生きていきたいんだろう、人はそもそもどういう存在なんだろう、
みたいなことを考えさせられて、向こうでの友人との会話というものもありつつ、
最後、このアスリートと関わる中で、アスリートが怪我をする、そしてその怪我のリハビリとかに私が関わる仕事があったので、
その時に怪我をしたアスリートって、自分自身のアイデンティティを結構失っている方もいらっしゃって、
なので、スポーツ一本できていて、これが自分の存在価値だ、みたいなことを思っていて、
スポーツができなくなったら自分って何のために生きているんだろう、自分の価値が全くなくなってしまったかのような感覚に陥る方もいらっしゃって、
自業自棄に陥ってしまう方とかもいらっしゃる中で、でも怪我してもすごく前向きにポジティブにできることを探して、
能動的に動き続けるそういうアスリートがいて、どう違うんだろうと思った時に、
その能動的に動き続けるアスリートの人は、何をするかではなくて、どう生きるかっていうことに結構価値を置いていたり、
WATではなくてWHYの言語化が周りにされている方が多くて、
なのでWAT、スポーツを通してアスリートという形で表現するというものは、
二次的な手法であって、それが目的ではない方も多かったので、
何をしているかとか、自分の価値をそれで決めるのではなくて、どう生きるか、何のために生きているのかという言語化の中で、
自分自身のあり方やアイデンティティと一貫性を持った生き方、WATはそれに紐づいていくものである。
そんなところで、こんなにも人の反応や、本当に人生の危機に陥った時の人との関わり方が変わってくるんだ。
日本でいうと普通に急にリストラされたとか、もしかしたらそうかもしれないし、自分の役職を応募したけどそれが取れなかったとか、
それで後輩に抜かれたとか、分からないんですが、能力とか自分の価値が役職や地位とかそういうもので測れるものではなくて、
どう生きるか、どうありたいか、そういうふうに照らせることもできると思うんですけど、
そんな複合的な体験から、人は人という存在の定義と、またなぜ生きるのか、自分は何のために生きているのかみたいなことが、
すごく自分が人と対話し、言語化したい、そういうものを一緒に考えていきたいみたいな、そんなライフワーク的なものがあって、
それでコーチングという関わり方が、うよ曲折ありつつ、それを人と対話するのに使いやすい関わり方かな、みたいなふうな、そんな着地ですかね。
スポーツ医療トレーナーはみんなそういうことをやっているわけでは多分ないですよね。
そうですね。
メインは違いますもんね、体をマッサージしたりとかメンテナンスするのがメインのお仕事ですもんね。
その中でそういうことも聞いていって、そのことの方により興味がいったって感じなんですか。
そうですね、あとモチベーションの管理は一つ、役割の一つだったりもするので、
シンプルにそのリハビリの時間、アポに来ないとか、リハビリしているのに全然やる気ないとか、
結構そのモチベーション、心の状態で治癒の速度やまた治療に向き合う、リハビリに向き合う能動性もだいぶ変わってくるって、
そこも一定ある意味、広く捉えればそこを管理することも役割の一つみたいなことはありつつも、
そこになんで人がそう思うんだろうとか、一人一人の思いや状態やそういうところに関心を向けていく人はあんまり多くないかもしれないですね。
ああ、なるほど。
そういう取り組みをしている中で、これコーチングかもな、みたいな。
コーチングってこういうものかって気づいた、誰かに教えてもらったみたいな感じなんですかね。
そうですね、そうですね。
私の好きな言葉で、アメリカの作家のマーク・トウェインってトム・ソイアの冒険を書いた人ですけれども、
その人の言葉で、人生で最も重要な日は2日あると。
一つは生まれた日で、そしてもう一つはなぜ生まれたのか、その理由を見出した日である、みたいな。
そんな言葉があるんですけど、生まれた日はみんな喜んでみたいな、いろいろあると思いますけれども。
でも重要な生まれる日と。
またなぜ生まれたのか、その理由を見出した日も重要な、人生の最も重要な2日みたいな。
そんな表現がある中で、そこを向き合い味わうことって人生にとって大事なんじゃないかな。
そんなところから来てますかね。
特定の本当の日があるんですか?
アサヒさんのこのなぜ生まれたかを見出したこの日みたいなのあるんですか?
それで言うと、私は初めて教会に行ってこういう考え方あるんだって思った時は、
私の中ではすごくストンと落ちて、納得したんですよね。
なので、自分がどういう存在でなぜ生まれているのかっていうところは結構、
1日って捉えると結構乱暴ですけど、そこは起点になっていますかね。
なるほど。
そこからまずコーチングを学ぶっていうところに入るんですか?プロセスとしては。
そうですね。ライフワークみたいなところをアメリカでしてたところ、
自分の今の思考の質や人生との向き合い方ではまだまだ足りないと思って、
そこの道を突き詰める前に、聖書の勉強をしに、
いわゆる牧師先生とかが行くような神学の勉強みたいなことをしに行って、
すごく短かったんですけども、
それをした上で、改めてどう行きたいかと思った時に、
日本の人たちとそういう対話をしたいというふうに思うようになって、
そして日本に戻ってきて、そういうような活動をしていく中で、
一時期生態とかパーソナルトレーニングをしていた時期があって、
自分に来てくださっているお客さんと、
どんなことに関心があるんですか、どんな時に心動くんですか、
最近モヤモヤしていることがあるんですか、そんな対話を。
もちろん急にネホリハホリ聞かれたら気持ち悪いなと思われるかもしれないという対話をしつつですけど、
でもすごく心を開いてくださった方とはいろんな話をしつつ、
そういう話をしていたら、私のお客さんにプロコーチの方がいらっしゃって、
あなたがしていることはコーチングに近いですよって教えてもらって、
そこからコーチングというものを知って、
こんなやり方、こんな関わり方あるんだ、
自分がやりたいこと、また関わりたい関わり方を表現するのに一つ有用かもな、
と思って入っていったって感じですかね。
なるほど、確かにアサイさんとはランチ食べに行ったりとかいろいろ話をするけど、
質問をされた時に、なかなかいい質問をするなって。
確かにそれ答えると僕のこと一発でいろいろわかるなって質問とかされますもんね。
本当ですか?嬉しいですね。
しょうもない質問もいっぱいあると思いますけどね。
そんな中でその後、なぜコーチングスクールを立ち上げようと思われたんですか?
そうですね、やっぱりそういう人生に対して向き合う、自分に関して向き合うっていうこと、
価値を感じるためには、まずそれが生まれる場がないと、
接点や場という表現を使う中では立ち止まり留まる場がないとあんまりできないなって思うようになって、
それをワンワンでも一応できるはできるんですけど、
もっと多くの方々と共にそれを探求することに価値を見出していき始めたプロセスもありつつ、
本当に一時期カフェやりたいなと思っていろいろ調べたこともあって、
そういうカフェ、バーみたいな、それこそ仕事でいろいろ難しい大変なことがあった時に、
帰りに立ち寄っていっぱい引っ掛けつつ、マスターがすごく深く話を聞いてくれて、
なんか喋っちゃうみたいな、で、ちょっとスッキリして家に帰るみたいな、
サードプレース的な、ガス抜き的な、深く聞いてくれる、自分と向き合う場所みたいな、
そんな地域に目指して、ちょっと憧れた時もあったんですけど、
シンプルに飲食の業態難しそうとか、なんか簡単にノリで手出すもんじゃないなって思って。
で、ご縁とかそういうものもありつつ、大切にしたいことを大切にしつつ、
またどこにニーズがあるかっていうところを思いつつ、
また自分たちの手の中にある、できること、リソースっていう、
全部を照らし合わせた上で、コーチングスクールという形、
相談と言いますか、オファーも、アメリカに本部があるんですけども、
いただいていたので、そういうことも加味しつつ、
コーチングスクールという形が、そういうとどまり、味わい、向き合い、対話する、
っていうことに関して、良い場を作れるんじゃないかっていう風に思って、
コーチングスクールにするかとなっていったというイメージですかね。
なるほど。うーん、そうか。
ちょうどエールコネクトの社員も、まさにキャムジャパンのコーチングスクールに
今受けさせていただいていて、感想を聞いてびっくりしたんですけど、
先生の模範演技みたいなのがそんなにあるわけでもないし、
スキルをこれを学んで、これをどう使うかみたいな話も当然あるんだけど、
僕はコーチングスクールってそういうものだと思ってたんですよね。
このスキルあります。これを先生がやってみるのを見て、
あなたも同じようにできるようになりましょうっていうのが、
コーチングスクールだと思ったんですけど、そういうのではなく、
当然スキルの話もするけど、自分自身であるとか、
相手にどう向き合うのかっていうのをずっと考えている時間っていう風な話を聞いて、
ちょっとイメージ違ったなって思いました。
うーん、でもある意味しんどいですよね。
確かにそれはそうなんですけど、そうやって改めて他の方の口から聞くと、
うわ、しんどそうななって思う。
もっとわかりやすく、方教えてよとか、
そういうコメントをくださる方もスクールの中では、
特に基礎クラスとか初めの部分ですね、教えられる方いらっしゃるんですけど、
その気持ちわかるなって、勝手にそっちに共感してしまったんですが。
でもそこに理念っていうものもあって、
人のコーチングをたくさん見てそれを真似していくときに、
コーチングってそもそも目の前の人のあり方や可能性を引き出して、
その人の目指していきたいところに対して伴奏するという関わり方で、
答えがその人の中にあるものを表すもので、
体現するものであって目的であるときに、
コーチングスクールがそのコーチングになりたい人たちの
あり方を引き出すんじゃなくて、
いやあなたはこの方をやってねっていう風に引き出す方だけ教えられて、
本人が本当に自分が葛藤するまた向き合いながら、
また自分だけの答えを見出していくというプロセスを通らなかった
またコーチにコーチングされるってなんかちょっとズレが生まれそうとか、
私たちとしてはちょっと違うんじゃないかって思う分ありつつ、
コーチングスキルを学ぶっていうことが前に来るというよりは、
もちろんそれを並行で学びつつも、
コーチとしてのあり方や自分らしいコーチング像とか、
またそれに加えてコーチングスキルというものを学んでいく中で、
体現者になっていくみたいなところ。
なんかそんな部分が結構大事な理念。
工場量産型のコーチたくさん作りたいわけじゃないみたいな。
そこが特殊に現れている感じですね。
そうですね、他のコーチングスクールとも全然違うし、
僕も最初のイメージとやっぱり違ってたなっていうのは思いましたね。
その中でまさにその人の人生のあり方みたいなのを引き出すプロが、
CAM JAPANコーチングスクールであり浅井さんだと思うんですけど、
まさにリスナーの方々はそういうことを知りたいとか、
見つけたいと思ってると思うんですよね。
自分が人生でこのためにやってるんだとか、