【特別編】"自分探し"はやめて、感度を高めたら、やりたいことが見つかる!? ― コーチングスクールCAM Japan代表・浅井元規の作り出す場とは?
2026-07-29 56:38

【特別編】"自分探し"はやめて、感度を高めたら、やりたいことが見つかる!? ― コーチングスクールCAM Japan代表・浅井元規の作り出す場とは?

今回は特別企画「挑み手インタビュー」の第一弾です。

挑み手インタビューとは、偏愛と衝動から新しい仕組みを生んだ挑戦者にその秘訣をお伺いしていきます。

今回のゲストは、コーチングスクールCAM Japan代表の浅井元規さんです


コーチングの観点も交えながら、「自分のやりたいことをどのように見つけるといいのか」をお聞きしました


■note記事

"自分探し"はやめて、感度を高めたら、やりたいことが見つかる!? ― コーチングスクールCAM Japan代表・浅井元規の作り出す場とは?

https://note.com/mmasanao/n/n20d99f4e4b2b


思いを、正しく翻訳する ― サービスへの思いを"薄めずに"伝わるようにするマーケティングの伴走

https://note.com/mmasanao/n/n3b64fc710deb


■コーチングスクールCAM Japanの紹介

コーチングスクールCAM Japan

https://camjapan.jp/

CAM.radio

ICF認定コーチングスクール「CAM Japan」の代表がコーチングをはじめ、リーダーシップや組織開発、人間関係や生き方についてなど様々なトピックについて考えを深めていくラジオです

https://podcasts.apple.com/jp/podcast/cam-radio/id1613116015


正解のない時代の「問い」のラジオ〜第三世代コーチングの視点〜チャンネル

第三世代コーチングを軸にプロコーチの育成を行う、ICF認定コーチングスクール「CAM Japan (キャムジャパン)」の講師たちが、今の時代に生きる私たちの「答えのない問い」をテーマに対話するポッドキャストです。https://stand.fm/channels/69cf602a062b1e814b22777e


■特集企画「挑み手インタビュー」

偏愛と衝動から新しい仕組みを生んだ挑戦者インタビューとして、組織や業界に新しい仕組みを作り出した方々にお話を伺う企画です。


■LINEオープンチャット参加するとマーケティングが学べるラジオコミュニティ。ラジオを聞いた感想や質問なども募集しています。

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://line.me/ti/g2/3fbjmyPGiq8IlZxQLv_5TmOx84gPu6xQYAIByA⁠⁠

感想

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00:03
みなさんこんばんは。 明日使える菊ネタ帳、マーケターの真夜中ラジオの時間です。
今回は特集企画、挑み手インタビューとして、自らの偏愛や衝動を起点に新しい仕組みを作り出した方々にお話を伺う企画です。
せっかく良い商品やサービスがあるのに、マーケティングでそれを伝えられていないという、挑み手の方々のマーケティング領域を支援したいという思いで、
私、宮本も起業しました。 挑み手の話を聞きたいし、リスナーの方にもお伝えたいと思っております。
第2回はコーチングスクールキャムジャパンを運営する株式会社コーン代表取締役のアサイさんをゲストにお招きをして、私、宮本がお話を聞いていきます。
過去のラジオで最も人気のあった回の一つが、170回の欲望を超えた衝動偏愛を見つけてサービス化マーケティングしていくにはでした。
せっかく今回コーチングスクールを運営するアサイさんをお迎えしたので、アサイさんの場作りの思いだけでなく、欲望を超えた衝動や偏愛、
自分でやりたいことを見つける方法もお聞きしました。 その秘訣は逆に本当の自分探しをやめて感度を高めることでした。
大変興味深かったのでぜひ聞いてみてください。 本編は約45分あります。
途中で聞けなくなった時のためにもここでポッドキャストをフォローしておくと便利です。
それでは行ってみましょう。 本日の挑み手インタビューゲストはコーチングスクールキャムジャパンを運営する株式会社コーン代表取締役のアサイモトキさんです。
よろしくお願いします。 よろしくお願いします。
じゃあ経歴を簡単にご説明させていただきます。 2014年よりアメリカにてスポーツ医療トレーナーとして活動されて、
その後2020年に国際的なコーチング資格である ICF認定コーチングスクールのキャムジャパンを設立をされています。
人々が生きるというところについて、サバイブからライブに変化をして生きる概念が変わるような未来を目指して株式会社コーンを設立をされています。
僕も一緒に仕事しながら、ただコーチング資格を取るためだけのコーチングスクールが多い中で、資格を取ったりスキルを得ることだけではなく、
コーチングを通した生き方の捉え直しに取り組んでいるところがすごく特徴的だなというふうに思っております。
今日はそんなアサイさんに、なぜコーチングスクールの代表をされているのかというところを、ちょっと現体験から聞いていきたいなと思っています。
お願いします。 最初なんですけれども、先ほども話しており、アメリカでスポーツ医療トレーナーとして活動ってあったんですけど、
このアメリカに渡ったきっかけとか、スポーツ医療トレーナーになったのはどういう理由だったんですか?
そうですね。スポーツは小さい頃から好きで、幼稚園の時からサッカーをやっててみたいなのもありつつ、
スポーツは好きだけども、でも同時にアスリートレベルではもちろんないし、みたいなところが一つあると同時に、
03:06
人の支援とか、人が目標や夢に向かっていくサポートとか、そういうエネルギー感のある活動に携われたらなというふうに思って、
その2つできそうなことなんだろうと思った時に、アメリカの国家資格で、スポーツ医療トレーナーとしてリハビリとか治療とかそういうものをスポーツチームに対応しながらやっていく関わり方があったので、
これ良さそうって思ってアメリカに渡ったみたいな感じですかね。
それって日本ではあまりできない仕事なんですか?
一応あるんですけれども、まず日本だと民間資格になっているっていうので結構違ったりするのと、
あと内容のちょっと違いもあると同時に扱いの違いもあって、その資格が持つ権力と言いますか、
アメリカとかだと結構対等にコーチと他のお医者さんと対等に対話しながら共に作っていけるけれども、
日本だとその地位としてはもう少し違う階層にあったりということもあったりするので、
やっぱり学ぶなら最先端と言われているというか、そういうところに行きたいなということですかね。
なるほど、ありがとうございます。
そこでいろんな体験をしていく中で、コーチングとの出会いみたいなところのきっかけとなるようなことはあったんですか?
そうですね、コーチングというよりはもうちょっと手前の自分のライフワークみたいなところの言語化にすごくつながるプロセスだったりしたんですけれども、
結構複合的なので、このスポーツ医療というところも一つであると同時にというところでちょっとお話しできればと思うんですが、
まずアメリカに渡る前に、私ちょっと前に母がキリスト教の教会に行く機会があって、
人生の意味って何だろうとか、何のために人は生きているのかというのを聖書とかキリスト教の視点からいろいろ考えさせられつつ、
自分自身もそういうのに共感しつつ、そういうことを考えるきっかけがそのプロセスであって、
そういう自分自身の人生観というところにちょっと違う視点が入ってきたというところと、
またアメリカに行っていろんな文化の方々と喋る中で、やっぱりその人生観というか、
そういう話結構皆さんするんですよね。イスラムのバックグラウンドの人たちとか、カトリックのバックグラウンドのラテン系であったりとか、
またアメリカ人や中東の人やとか、私アジア人でいて、いつも一緒に過ごしている中で、
本当にしょうもない話もいっぱいするんですけど、同時に人生でどういうことを大切にしているか、人は何で生きていると思うかとか、
結構勝手なイメージですけど、アメリカとかそういうところではそういう議論もディスカッションしているみたいな、
みんな意見ちゃんと持っているみたいな、実際そういうところがあって、自分自身も考えさせられて、
06:00
自分はどう感じるんだろう、人生って何のためにあるんだろう、どう生きていきたいんだろう、人はそもそもどういう存在なんだろう、
みたいなことを考えさせられて、向こうでの友人との会話というものもありつつ、
最後、このアスリートと関わる中で、アスリートが怪我をする、そしてその怪我のリハビリとかに私が関わる仕事があったので、
その時に怪我をしたアスリートって、自分自身のアイデンティティを結構失っている方もいらっしゃって、
なので、スポーツ一本できていて、これが自分の存在価値だ、みたいなことを思っていて、
スポーツができなくなったら自分って何のために生きているんだろう、自分の価値が全くなくなってしまったかのような感覚に陥る方もいらっしゃって、
自業自棄に陥ってしまう方とかもいらっしゃる中で、でも怪我してもすごく前向きにポジティブにできることを探して、
能動的に動き続けるそういうアスリートがいて、どう違うんだろうと思った時に、
その能動的に動き続けるアスリートの人は、何をするかではなくて、どう生きるかっていうことに結構価値を置いていたり、
WATではなくてWHYの言語化が周りにされている方が多くて、
なのでWAT、スポーツを通してアスリートという形で表現するというものは、
二次的な手法であって、それが目的ではない方も多かったので、
何をしているかとか、自分の価値をそれで決めるのではなくて、どう生きるか、何のために生きているのかという言語化の中で、
自分自身のあり方やアイデンティティと一貫性を持った生き方、WATはそれに紐づいていくものである。
そんなところで、こんなにも人の反応や、本当に人生の危機に陥った時の人との関わり方が変わってくるんだ。
日本でいうと普通に急にリストラされたとか、もしかしたらそうかもしれないし、自分の役職を応募したけどそれが取れなかったとか、
それで後輩に抜かれたとか、分からないんですが、能力とか自分の価値が役職や地位とかそういうもので測れるものではなくて、
どう生きるか、どうありたいか、そういうふうに照らせることもできると思うんですけど、
そんな複合的な体験から、人は人という存在の定義と、またなぜ生きるのか、自分は何のために生きているのかみたいなことが、
すごく自分が人と対話し、言語化したい、そういうものを一緒に考えていきたいみたいな、そんなライフワーク的なものがあって、
それでコーチングという関わり方が、うよ曲折ありつつ、それを人と対話するのに使いやすい関わり方かな、みたいなふうな、そんな着地ですかね。
スポーツ医療トレーナーはみんなそういうことをやっているわけでは多分ないですよね。
そうですね。
メインは違いますもんね、体をマッサージしたりとかメンテナンスするのがメインのお仕事ですもんね。
その中でそういうことも聞いていって、そのことの方により興味がいったって感じなんですか。
09:00
そうですね、あとモチベーションの管理は一つ、役割の一つだったりもするので、
シンプルにそのリハビリの時間、アポに来ないとか、リハビリしているのに全然やる気ないとか、
結構そのモチベーション、心の状態で治癒の速度やまた治療に向き合う、リハビリに向き合う能動性もだいぶ変わってくるって、
そこも一定ある意味、広く捉えればそこを管理することも役割の一つみたいなことはありつつも、
そこになんで人がそう思うんだろうとか、一人一人の思いや状態やそういうところに関心を向けていく人はあんまり多くないかもしれないですね。
ああ、なるほど。
そういう取り組みをしている中で、これコーチングかもな、みたいな。
コーチングってこういうものかって気づいた、誰かに教えてもらったみたいな感じなんですかね。
そうですね、そうですね。
私の好きな言葉で、アメリカの作家のマーク・トウェインってトム・ソイアの冒険を書いた人ですけれども、
その人の言葉で、人生で最も重要な日は2日あると。
一つは生まれた日で、そしてもう一つはなぜ生まれたのか、その理由を見出した日である、みたいな。
そんな言葉があるんですけど、生まれた日はみんな喜んでみたいな、いろいろあると思いますけれども。
でも重要な生まれる日と。
またなぜ生まれたのか、その理由を見出した日も重要な、人生の最も重要な2日みたいな。
そんな表現がある中で、そこを向き合い味わうことって人生にとって大事なんじゃないかな。
そんなところから来てますかね。
特定の本当の日があるんですか?
アサヒさんのこのなぜ生まれたかを見出したこの日みたいなのあるんですか?
それで言うと、私は初めて教会に行ってこういう考え方あるんだって思った時は、
私の中ではすごくストンと落ちて、納得したんですよね。
なので、自分がどういう存在でなぜ生まれているのかっていうところは結構、
1日って捉えると結構乱暴ですけど、そこは起点になっていますかね。
なるほど。
そこからまずコーチングを学ぶっていうところに入るんですか?プロセスとしては。
そうですね。ライフワークみたいなところをアメリカでしてたところ、
自分の今の思考の質や人生との向き合い方ではまだまだ足りないと思って、
そこの道を突き詰める前に、聖書の勉強をしに、
いわゆる牧師先生とかが行くような神学の勉強みたいなことをしに行って、
すごく短かったんですけども、
それをした上で、改めてどう行きたいかと思った時に、
日本の人たちとそういう対話をしたいというふうに思うようになって、
そして日本に戻ってきて、そういうような活動をしていく中で、
一時期生態とかパーソナルトレーニングをしていた時期があって、
自分に来てくださっているお客さんと、
どんなことに関心があるんですか、どんな時に心動くんですか、
12:03
最近モヤモヤしていることがあるんですか、そんな対話を。
もちろん急にネホリハホリ聞かれたら気持ち悪いなと思われるかもしれないという対話をしつつですけど、
でもすごく心を開いてくださった方とはいろんな話をしつつ、
そういう話をしていたら、私のお客さんにプロコーチの方がいらっしゃって、
あなたがしていることはコーチングに近いですよって教えてもらって、
そこからコーチングというものを知って、
こんなやり方、こんな関わり方あるんだ、
自分がやりたいこと、また関わりたい関わり方を表現するのに一つ有用かもな、
と思って入っていったって感じですかね。
なるほど、確かにアサイさんとはランチ食べに行ったりとかいろいろ話をするけど、
質問をされた時に、なかなかいい質問をするなって。
確かにそれ答えると僕のこと一発でいろいろわかるなって質問とかされますもんね。
本当ですか?嬉しいですね。
しょうもない質問もいっぱいあると思いますけどね。
そんな中でその後、なぜコーチングスクールを立ち上げようと思われたんですか?
そうですね、やっぱりそういう人生に対して向き合う、自分に関して向き合うっていうこと、
価値を感じるためには、まずそれが生まれる場がないと、
接点や場という表現を使う中では立ち止まり留まる場がないとあんまりできないなって思うようになって、
それをワンワンでも一応できるはできるんですけど、
もっと多くの方々と共にそれを探求することに価値を見出していき始めたプロセスもありつつ、
本当に一時期カフェやりたいなと思っていろいろ調べたこともあって、
そういうカフェ、バーみたいな、それこそ仕事でいろいろ難しい大変なことがあった時に、
帰りに立ち寄っていっぱい引っ掛けつつ、マスターがすごく深く話を聞いてくれて、
なんか喋っちゃうみたいな、で、ちょっとスッキリして家に帰るみたいな、
サードプレース的な、ガス抜き的な、深く聞いてくれる、自分と向き合う場所みたいな、
そんな地域に目指して、ちょっと憧れた時もあったんですけど、
シンプルに飲食の業態難しそうとか、なんか簡単にノリで手出すもんじゃないなって思って。
で、ご縁とかそういうものもありつつ、大切にしたいことを大切にしつつ、
またどこにニーズがあるかっていうところを思いつつ、
また自分たちの手の中にある、できること、リソースっていう、
全部を照らし合わせた上で、コーチングスクールという形、
相談と言いますか、オファーも、アメリカに本部があるんですけども、
いただいていたので、そういうことも加味しつつ、
コーチングスクールという形が、そういうとどまり、味わい、向き合い、対話する、
っていうことに関して、良い場を作れるんじゃないかっていう風に思って、
コーチングスクールにするかとなっていったというイメージですかね。
15:05
なるほど。うーん、そうか。
ちょうどエールコネクトの社員も、まさにキャムジャパンのコーチングスクールに
今受けさせていただいていて、感想を聞いてびっくりしたんですけど、
先生の模範演技みたいなのがそんなにあるわけでもないし、
スキルをこれを学んで、これをどう使うかみたいな話も当然あるんだけど、
僕はコーチングスクールってそういうものだと思ってたんですよね。
このスキルあります。これを先生がやってみるのを見て、
あなたも同じようにできるようになりましょうっていうのが、
コーチングスクールだと思ったんですけど、そういうのではなく、
当然スキルの話もするけど、自分自身であるとか、
相手にどう向き合うのかっていうのをずっと考えている時間っていう風な話を聞いて、
ちょっとイメージ違ったなって思いました。
うーん、でもある意味しんどいですよね。
確かにそれはそうなんですけど、そうやって改めて他の方の口から聞くと、
うわ、しんどそうななって思う。
もっとわかりやすく、方教えてよとか、
そういうコメントをくださる方もスクールの中では、
特に基礎クラスとか初めの部分ですね、教えられる方いらっしゃるんですけど、
その気持ちわかるなって、勝手にそっちに共感してしまったんですが。
でもそこに理念っていうものもあって、
人のコーチングをたくさん見てそれを真似していくときに、
コーチングってそもそも目の前の人のあり方や可能性を引き出して、
その人の目指していきたいところに対して伴奏するという関わり方で、
答えがその人の中にあるものを表すもので、
体現するものであって目的であるときに、
コーチングスクールがそのコーチングになりたい人たちの
あり方を引き出すんじゃなくて、
いやあなたはこの方をやってねっていう風に引き出す方だけ教えられて、
本人が本当に自分が葛藤するまた向き合いながら、
また自分だけの答えを見出していくというプロセスを通らなかった
またコーチにコーチングされるってなんかちょっとズレが生まれそうとか、
私たちとしてはちょっと違うんじゃないかって思う分ありつつ、
コーチングスキルを学ぶっていうことが前に来るというよりは、
もちろんそれを並行で学びつつも、
コーチとしてのあり方や自分らしいコーチング像とか、
またそれに加えてコーチングスキルというものを学んでいく中で、
体現者になっていくみたいなところ。
なんかそんな部分が結構大事な理念。
工場量産型のコーチたくさん作りたいわけじゃないみたいな。
そこが特殊に現れている感じですね。
そうですね、他のコーチングスクールとも全然違うし、
僕も最初のイメージとやっぱり違ってたなっていうのは思いましたね。
その中でまさにその人の人生のあり方みたいなのを引き出すプロが、
CAM JAPANコーチングスクールであり浅井さんだと思うんですけど、
まさにリスナーの方々はそういうことを知りたいとか、
見つけたいと思ってると思うんですよね。
自分が人生でこのためにやってるんだとか、
18:00
この仕事すごく集中して楽しいみたいなところを見つけたいけど、
なかなか見つけれないっていうようなところが多分あるんだろうなと思ってて、
それが僕らのやってるポッドキャストの中でも一番人気のあったかというか、
変愛と衝動っていうのをどう見つけるのか、
自分だけのやりたいことをどう見つけるのかっていうところが
一番人気の回だったりしたんですけど、
人はどうすればそういう自分のやりたいことを見つけられるのか、
これはCAM JAPAN受けてくださいなのかもしれないですが、
これどこから取り組んでいけばいいんですかね。
そうですね。
なんかちょっと一つ前提の話からになってしまうんですけど、
今この一般理解や社会の中で通説っぽくある、
キーワードとかは結構一つの考え方に偏ったものになっていることが多いんですけど、
それは何かというと本当の自分は何かとか、
自分だけの何々とか、
よく学問的には本質主義って言うんですけれども、
本質的な何かがある、本当の自分という存在自体があるとか、
自分の出会うべく本当の仕事があるとか、
何か正解があるみたいな考え方ですね。
いろいろある中での一つの考え方であるものの、
結構それが今刺さるんでしょうね。
マーケティングの中でキャッチに使われがちで、
それが何となくいろんな人に届いていくつつ、
本当の自分って何だろう。
逆に言うと今の自分は否定しているところから始まっていって、
どこか探し続けていけば、
宝箱開いたらこれだったみたいな何か1個正解が見つかる、
それ以外は不正解みたいな考え方が生まれてしまうんですけど、
それの弊害みたいなものも結構いろいろ議論されている中で、
それとちょっと対局ではないけど違う表現の中では、
社会公正主義みたいな考え方で、
人という存在自体やその人らしさも含めですね、
自分の中の深くにあるというよりは、
人との間に存在していて、
人間という漢字も人って人と人との間にあるのが人である、
ちょっとややこしいんですけど、
平たく言うと誰と喋ってるかによって、
自分って違う部分出てくるよねとか、
違う視点に触れると、
自分もそこにすごく共感する部分があるという発見があるよねとか、
それって人と人との間に人が存在していて、
また誰と喋るかどんな経験をするかで、
移り変わり続けていくものであって、
本当の自分という一つの正解というもの自体はもともと存在せず、
いろんな刺激や対話や機会や環境を通して、
自分が変容し続けていきつつ、
また自分の価値観とか感じてることがしっくりくる、
どっかのフェーズはあるだろうな、みたいな。
なのでちょっと前提の話になるんですけど、
そもそも本当の自分、正解、
これが自分のやりがいであって、
21:01
それを見つけ出さなきゃいけない正解があるんだ、
それ以外は不正解だ、
という考え方自体のいろんな弊害とかそういうものもよく議論されているっていうのは、
なんか一個衝動を放す前に大事な視点だなと思ってます。
お題が間違っているっていうことですね。
その本当の自分みたいなところを探すっていうのは、
その時点でいろんな考え方がある中の一つのさっきの本質過ぎに、
囚われ過ぎていると。
なるほど。
そうなった時に、
でも多分欲望としてあると思うんですよね。
やりたいこと。
裏側には今の自分が本気になれてない感がきっとあって、
仕事とかいろんなことに。
で、本気になれたらもっといろいろできそう、
だから本気になれる何かを見つけたいって思いでもあると思うんですけど、
それはどうしたらいいんですかね。
そうでしょうね。
なんか先ほどのところの前提をちょっとお話しした理由としては、
それこそ本気になれてない自分がいる、
本気になれる何かがあるはずだ、
だから本気になれる何かを見つけてないから本気になれていないんだ、
っていう解釈が生まれていくと思うんですけども、
でももしかしたら今の場所の中でも本気になれる自分って
もしかしたら存在するかもしれないし、
見方を変えていけばそこに没頭する何かがあるかもしれないし、
そういうものはいろいろ存在するなっていうことがあると。
同時におっしゃってくださったように、
本当にちっちゃい頃からとか、
こういうところにはすごく心が動くんだよなとか、
なんかもう時間忘れて、
こういうことにはもう何なら活動すればするほど
エネルギー湧き上がってくるんだよなとか、
そういうものは一個じゃないものの
いろんな活動の内容かもしれないし、
誰と関わるかかもしれないし、文脈かもしれないし、
なんか要素かもしれない、
何かのものが複合的にあったときに
そういう状態に人はなっていくなっていうことはありますかね。
リスナーさんが欲しい答えを待ってくださってたら、
分かんないことを話してないと、
どうすればいいんだ、教えてくれってなるかもしれないんですけど。
周り駆読。
2つお話しすると、
1つはより探求し続けていくものとして、
答えのない人生の中での旅路みたいに捉えていただきたいんですけれども、
自分に出会い直していく、自分を深く知り続けていく、
また人との対話やいろんな機会を通して、
自分自身が変化、変容していくこと、
そうやって変化する存在なんだってことに意識しつつ、
その中で自分がどんなことに心が動くかとか、
どんなことに共感するかとか、
何ならどういうことにすごく怒りを感じるかとか、
そのようにいろんな自分の情動ですかね、心の躍動とか、
そういうものを意識を受けつつ、
それって自分のどういう考え方や在り方、大切にしたいことや、
また自分の人生の意義とか、
24:02
何のために生きているのかというところで言語をするのであれば、
こういうことを大切に生きていきたいみたいな、
言語家になるのかみたいな、
そういう旅路をし続けていく、その姿勢があるときに、
自ずとやりたいこととか、
自分探しみたいな、
本当の自分という枠組みに置いてもらいますけれども、
しっくりくる、何かに出会っていく、
でもそれが正解の一個があるというふうに捉えていくと、
逆に捉えづらくなっていくので、
今も本当の自分であって、
同時にそれが変容し続けていきながら、
しっくりする形があるみたいな、
そんな姿勢は大事かなというところが、
よりベースの視点かなというふうに思いつつ、
同時にこの衝動みたいなところや、
変化みたいなところでいくのであれば、
またこれもちょっと一個プロセスになっちゃうんですけど、
心の感度を取り戻していく必要がある方は多いんですかね。
結構感情って選択的に制御することはできないというふうに
言われているんですけれども、研究でも。
なので怒りの感情を制御しようとすると、
喜びの感情も同じように制御されていくみたいな。
全体の感度が下がるみたいなイメージですかね。
なので怒りだけ抑えて、
喜びだけは感じる、みたいなことは人はできなくて。
自分がどう感じ、何を思うのかみたいなことを、
先ほどの話でもそのまま繋がりますけど、
意識的にしていくときに感度が上がってくるので、
やっぱり感度が高かったときのことを思い出す人も多いの。
ちっちゃい頃こういうことに怒りを感じたとか、
あの時の喜びを。
その浄土の話も聞くと結構学生時代とか、
そういう話をしてくださる方が多いの。
社会人になってその辺を抑えるみたいなことを学んじゃって、
蓋がついてるみたいな感じになると思うんですけど。
なので先ほどの旅路で心に意識を向けながらということをし続けつつ、
自分の心の中でニュースを見ていても、
人の話を聞いていても、
また何か理不尽と感じる状況に陥ったときに、
結構やっぱり怒りの感情の方が分かりやすいんですね。
こういうのをもっと許せないとか、
こういうのを見ていくと、
言いたいことが分かるけどイライラしてくるみたいな。
それを自分で大事にしていくときに、
自分が大切にしたいことや伝えたいメッセージや、
浄土的な、浄土ならやっぱり抑えることはできなくて、
自分の中で沸き上がるそのものをもっと沸き上がらせることができて、
そしてそれを大切に紐解きつつ、
それって何だろう、何に反応したんだろう、
それは何を伝えたいんだろう、
それが自分の中のライフメッセージとか、
自分の人生を通して社会に伝えたいこと、
社会と対峙したいことみたいなことが言語化されていったら、
それってどういう方法でやるのかっていうところで、
変顔であったり、そういうアプローチや形っていうところに
召喚されていくっていう、
結構ネガティブな怒りの感情とか、
そういう葛藤みたいな、内的な葛藤も含めて、
結構いい切り口になっていくなと思います。
27:01
なるほど。
でもこういうことを考えることって、
日常では多分ないですよね。
本当に自分でわざわざそういう時間を作らないと。
うん。
だから立ち止まり、味わう場を作りたいっていうところに
繋がっていたんですね。
うーん、なるほど。
そうか。
確かに僕も転職3回ぐらいしたり、
独立したりとか、いろいろとする中で、
独立する1,2年とかは自分探し期間じゃないですけど、
ちょっとモヤモヤした期間なんですよね。
なんか今やってる仕事違うけど、
どうしたら自分でやりたいことできるんだろうって
モヤモヤしてて、
でもすぐにそれが見つかるわけでもないし、
自分探しの旅に出れば見つかるわけでもないけど、
感度高くいろんなことに挑戦していると、
どっかでパチッとピースがはまっていって、
これだなって気づく瞬間があって、
そこに飛び込んで、
自分のやりたいことできてるなって感覚があって、
そういう意味で、
自分で全部設計できるわけでもないし、
一定出会いもあるし、
パズルのピースが歩いているうちに
ピチャッとはまっていく。
でもそれはパズルのピースをはめようと歩いているから
ちゃんとはまったみたいな感覚はありますね。
いや、めちゃくちゃ分かりやすい。
まさにそうですね。
感度高く、
でも急がず焦らず、
これだってものをそこまで今いけてない、
自分の本質的なあり方やりたいこと、
自分の天職見つけられてないって焦りの中でやっちゃうと
変なことを知らせるので、
よくわかんない勉強とか、
よくわかんないコーチングを学び始めるとか、
そういう人もいるんで。
コーチングを学び始めればいいはず。
いろいろに手を出してみてみたいな。
なので本当の自分が何かあってとか、
自分の天職が絶対にある、
すぐに見つけなきゃいけないとなると
しんどいし、やっぱり焦りの中で
今の自分を否定し続けながら
いろいろ起きていく。
でも自分の感度が高く、
今できること、やれること、
また周りの人たちに声を傾けながら
出会いを大切にしていきながら、
一歩一歩、その時その時、
人や状況や物事、自分の状態に向き合いつつ、
それを大切にしつつ、歩いていったら
カチッとはまる時があるみたいな、
そんな感覚がすごくフィットしますね。
なるほど、そうか。
まさにCAM JAPANのコーチングスクールは
そこの部分を支援をしていて、
基礎クラスだったら9万9千円とかで受けて、
オンラインで受講しながら
こういうことを考えられる機会を
提供してくれていると思うんですけど、
どういう機会がそこにあるから
こういうことを感じれるというか、
自分でやりたいことを見つけやすい
旅路のサポートになるんですか?
そうですね。
30:00
まずコーチングっていうことを
どう捉えるかによって、
コーチングスクールで何を教えるか
だいぶ変わるんですね。
なので、もう極端な話をすると
コーチングは人を変える対話スキルである
っていう風に捉えたら、
人をどう変えるか、
動かない奴をどう動かすか、
能力の低い人をどう能力を高くするかとか、
そういうハウであったり、
対話で人を変えるっていう風になっていきますし、
またコーチングの国際資格提供機関、認定機関とか、
そういうところが定義しているコーチングの中にも
結構深みがある部分がいろいろあって、
そこの中でやっぱりコーチの在り方であったりとか、
その一人一人の生き様や心情みたいなところや、
どう生きるか何が大事であるとか、
ドゥイングのスキルのところだけで
コーチがただコーチングスキルを使えるだけじゃなくて、
コーチとしていろんな人の可能性を信じ、
目の前の人を尊重し、
その人の本当の本音を聞き、
深く退治し、
いろいろなものがあるんですけれども、
それが一応表現されているものの、
それとどれくらい本気に向き合うかは、
結構コーチングスクールの尺度に、
またコーチングをし、
どう捉えるかによって変わってくるというものがある中で、
私たちはまずコーチングを学んでいく中で、
全人格的コーチみたいな表現を使ったりもするんですけど、
ホリスティックなっていう英語で言うとそうなりますが、
コーチングスキルやコーチができるだけじゃなくて、
人としてコーチのメンタリティやマインドセットの豊かさを、
コーチングをしている時だけじゃなくて、
家に帰った時にも、
パートナーとか友人とも体現できる、
なのでコーチングを使って、
部下に何でも話していいよみたいなふうに、
深く聞いていたとしても、
家に帰ってめちゃくちゃ高圧的だったら、
ちょっとそれ違うよねみたいな。
なのでそこをどう、極端な例ですけれども、
自分の中でどう大切にどう生きていきたいかを、
態字し続けつつ、
コーチとしての成熟と、
またそこに紐づくスキルを学ぶ、
そのあり方や不可みたいなことを、
コーチングと定義しているので、
クラスの中で対話する対話も、
そういう対話になりますし、
お互いを尊重する対話のあり方とか、
体現がクラスの中で生まれていきますし、
クラス外の受講生同士の関わりの中でも、
その人の役職とか経歴とか、
そういうもので、
人を上に下に見るということというよりは、
フラットに人と人がどう対峙し、
どう対話するかみたいなふうな文化が、
クラスやその他のコミュニティの中でもできていって、
それ自体がコーチとして重要な姿勢だと思っているので、
コーチングをどう定義し、
それをどうクラスの中で教えを体現するか、
それがどうクラスコミュニティや、
またその派生したコミュニティの中で、
文化として定着するかみたいなことが、
うちのあり方なんですかね。
なるほど。
授業のディスカッションの中でも、
どういうあり方が自分としていいかみたいな話も、
ディスカッションしていくということなんですかね。
そうですね。
自分ってどういうあり方だと思うかとか、
33:00
また他のクラスメイトから、
ここまで関わってきた中で、
私の視点からすると、
あなたはこういうふうに見えていて、
あなたの人はこういうふうに見えるとか、
こういうファーストインプレッションじゃないけれど、
印象やその人のエネルギー感とか、
醸し出す雰囲気や、
それが人に与える影響とか、
そういうものをフィードバックしていきながら、
共にコーチとしてどうありたいかということと、
同時にそこに紐づいて、
自分がどういう存在でありたいか、
そこはイコールになっていくので、
そういう対話をしていきつつ、
自分と対峙し、
また人と対話していく中で気づきを得、
その気づきを通して、
人が自然と変化していくみたいな。
なるほど、面白い。
なかなかそういう機会ないですもんね。
これ一方思ったのは、
一般的なコーチングスクールとのイメージが違うので、
この受講生を一人一人集めていくの、
大変なんじゃないかとも思ったんですけど、
最初ってどうやって受講生と集まっていったんですか?
えっと、第一期生みたいなところですか?
第一期生、はい、そうですね。
それでいくと、
ゼロ規制みたいなことを私たちやらせていただいて、
いろんな社会のセクター教育であったりとか、
コミュニティマルチメントであったりとか、
医療であったりとか、
いろんなバックグラウンドの6人くらいですかね、
に声をかけさせてもらって、
こういうの作ったんだけど、受けてくれませんか?
それで元々つながり友人であったりもしたので、
受けてくださって、
そしてフィードバックをもらいながら、
一緒に少し磨いていくことをさせてもらって、
その方々がフェイスブックとかSNSで告知、
こういうの参加して、
こういう人にオススメだよ、みたいなことを
言葉にしてくださった中で、
その人たちのつながりや知り合いとかも含めて、
集まって、
最初、10人くらいが
MAXの1つクラスを作ろうと思ってたんですけども、
最終的に20人くらい集まって、
2クラス作ることになって、
一期生が始まっていったみたいな。
もう人集まるのかなって、
すごく心臓バクバク、
ビビり散らかしながらやってたんですけど、
よかった、っていう風になってました。
一般的なコーチングスクールとはちょっと違うかもしれないけど、
この考え方みたいなところは、
その方々にはすごく受け入れられたし、
求められてたってことなんですかね?
そうですね。
ゼロ期生の方々が、
もともと知ってくださってるのもあって、
その伝え方の中で、
こういうことがここの深さであったりとか、
味わい深いところが価値だと思う、
みたいなことをそれぞれの言葉にしてくださった中で、
ゼロ期生で参加してくださった方々を知ってくださっている方々が、
この人が言うならっていうので、
一般的なコーチングスクールっていうことよりは、
そこの質感に共感してっていう方々が、
最初集まってきてくださったっていう背景がありますかね。
ですかね、人が生み出す質感で届いていったっていう感じですかね。
なるほど。
そうやって少しずつ大きくなっていく中で、
36:03
1年、2年前くらいからたぶん、
うちの支援が始まっていると思うんですけど、
その時はどんな課題感から、
エルコネクトにマーケティングお願いしたいなと思っていただいたんですか。
そうですね。
純粋に私たちも、
マーケティングやってきた人もいなかったですし、
素人中の素人だったので、
その人とのつながりとかだけで、
何とかご縁やそういうものでやってこれていたけれども、
もう少ししっかりとそういう専門知識を持っている方であったりとか、
そういう方のご支援をいただきながらやっていかないと、
ちょっと存続とか、またここから伸ばしていくっていうことを思った時に、
あんまりイメージが浮かばないよなと思って、
探し始めていったんですけど、
ここまでお話しさせていただいた考え方や感覚みたいなことは、
社会の一般的な視点とはちょっと乖離している部分があるので、
何を作るかではなくて、
シンプルに数字を伸ばして、
どういう方法を使ってでも人が来ればいいって話では全くない。
私たちがどう生きるかをそのまま体現できなければ、
やっていること自体にも一貫性が生まれなくなっていくし、
私たちのエネルギー源といいますか、
私たちの情熱とも話が変わっていってしまうし、
そういう部分でいろんなマーケティング会社さんとかのお話を聞かせていただきつつ、
いろんな実績とか、またこんな大きな事例がとか、
こんだけのデータがっていう、
いろいろお話しいただくことはあったものの、
エールコネクトさんとお話しさせていただいた中で、
自分たちも理解しきれていなかった、
自分たちの大切にしていることや、
どんな願いとか、何が伝わっていって欲しいか、
またそれがそのまま伝わる難しさとともに、
じゃあどう伝えていけば、
薄まらずかつ大事に、
それを共感してくれる人たちに届くかとか、
またそれを必要としてくださっている方々に届くかとか、
その辺の部分を、
本当に最初の20〜30分かかってないかもぐらいの、
初めましての対話でキャッチしてくださって、
他のマーケティング会社さんとお話しさせていただくとき、
1時間かけても全然伝わらなかったのがほとんどで、
その他ですね、全部そうだったんですけど、
ここですごくキャッチしてくださって、
感動したっていう、
すごい、
なので、そこが自分たちのボトルネックでもあったので、
どう大切にしていることは自分たちは分かっているけど、
人に伝わらないとか、
相手が欲しいと思う形で、
必要としている人に伝わらないとか、
そういう部分が葛藤であったときに、
伝え方の話のもっと手前で、
まずそれを自分たちが大切にしている思いを、
本当にキャッチしてくださって、
それのキャップと難しさも理解してくださって、
そのコミュニケーション力、
しろう力、
その共感力とか、
その本質を捉える力、
39:00
みたいなところがすごく大きかったですかね。
すごい嬉しいです。
でも確かに、
コーチングスクールをマーケティングしようと思ったら、
コーチング受けないとあなたのマネジメントヤバいですよ、
みたいに言った方が、
当然たくさん売れると思うし、
そっかコーチング足りてないんだ、
じゃあやらなきゃねっていう、
負の感情を焚きつけた方が、
売れると思うんですけど、
それをやったとして、
人は幸せになるのかって確かに思うので、
そういうことは僕自身としても、
あんまり取り組みたくないなって思いがある中で、
その意味で、
僕もアサヒさんたちの考えに共感をして、
そういうコーチングだったら本当に、
世の中に広めたいなと思ったっていうところがあって、
そこに関われてすごく今も嬉しいし、
楽しいなと思ってます。
ありがとうございます。
今後こういう形でCAM JAPANコーチングスクール作っていきながら、
もっとどうしていきたいっていうのはあるんですか。
そうですね。
そういう意味ではコーチングというキーワード自体に、
結構いろいろなイメージが紐づいているので、
コーチングというキーワード自体だけでといいますか、
そこを軸で届けていきたいと。
先ほど冒頭でヤンクスさんが言葉にしてくださいましたけれども、
私たちは人々の生きるっていうものは、
サバイブからアライブにシフトしていくっていうことを、
ビジョンに掲げているんですけれども、
サバイブはサバイバル思考、
生きるって人より火出て、
市場価値を自分上げて、
スキルを得ることで、
競争していく中で勝ち残っていく必要がある。
終わりない山登りみたいな。
立ち止まると他の人が抜かれる気がして怖いとか、
休むことが怖いとかいう人結構いらっしゃると思うんですけど、
サバイバル思考ですね。
そうではなくてアライブ。
サバイバルって結局は、
人や社会が持っている物差しに自分を当てはめて、
それで自分の価値を測っている。
自分の物差し、
自分が自分の人生をまず生きていないみたいな、
その表現で私は言えると思っていて、
自分がまず自分の人生を生きるとはどういうことなのか。
他の人の物差しで、
また社会の物差しで上に上がっていくことというよりは、
自分は何のために生きていて、
どう生きていきたいのかみたいな。
そんなところがあのメッセージに込められている。
生きるということがサバイブで、
他の物差しで上に上がるんじゃなくて、
自分がまず自分の人生を生きるとこから始めていきつつ、
どう生きるか。
冒頭のライフワークみたいなところで、
人をどう定義し、
また人がどう生きるのか、
またあなたはどう生きるのか、
その対話をしていきたい。
そう思った時に、
ちょっと話し取れちゃったんですけど、
コーチングというキーワードのまるで限界を感じていて、
いろんな企業を務めされていたりとか、
また管理職レベルとかになってくると、
聞いたことあるキーワードだけど、
あまり聞き馴染みのない方も多いし、
それがいろんな人たちの人生に触れていってほしいと思った時に、
42:00
本当に目の前の人と対峙し、
また自分の可能性と向き合ってくれて、
心から話を聞いてくれて、
みたいなことを必要としている人たち、
日々の中で痛みや葛藤を覚えている方々とか、
家庭の中で苦しい思いをしている人たちとか、
そういうより本質的なニーズがあるところに、
コーチングというキーワードじゃなくても、
人と向き合いともに生き、また対話し、
ともに考えるというやり方。
コーチングを分解するとそういうことですけども、
それが社会のいろんなセクターで、
また各家庭で体現されていくような社会が、
生まれていくといいな、
それは自分の一方的な願いであるので、
対話しながら、ともに考えていきながら、
それってどういうことだろう、みたいなことを、
対話していきたいっていうのが、
いきたいところだったりもするので、
コーチングスクールで今まで、
本当に何百人の方々ができてくださっているので、
次のステージという表現の中では、
そういう方々とともに、
ビジネスとかそういう領域だけではなくて、
より地上であったり地域であったりとか、
また日々葛藤している人たちであったりとか、
そういうところにコーチングという関わり方を、
届けていきつつ、
コーチングというキーワードを、
もしかしたらあまり使わずですね、
人とともに生き、対話し、
また一人一人のアライブってどういうものかを、
ともに考える関わり方。
自分がそうしてもらうと、
そういう人にもできるようになっていくので、
そういうふうに連鎖が生まれていくといいなということで、
いろんな自宅や学んでくださったコーチたちとともに、
どう社会に還元していくかということは、
いろいろ考えておりますかね。
ありがとうございます。
壮大な感じはしつつも、
でも着実に受講生が積み上がってきて、
そういう世界につながっていく感じもするので、
とても素敵な夢だなというふうに聞いてて思いました。
ありがとうございます。
皆さんは今回の話を聞いてどんなことを考えましたか。
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LINEコミュニティのURLは概要欄からご覧ください。
誰でも匿名で気軽に参加できます。
さて、今週の明日使える聞くネタ帳、
マーケターの真夜中ラジオもそろそろ締めのお時間となります。
浅井さん、今回ありがとうございました。
ありがとうございました。
お話聞いて、
自分のやりたいことを見つける本質主義っていうのがあって、
それに捉えられてるっていうのは、
確かにそうかもなというのは聞いてて思いました。
嬉しいですね。そこを拾ってくださって。
答えやっぱり探しちゃうなと思いますね。
でもその答えがすぐにあるわけでもないし、
でも答え探そうとすると苦しくなるしっていうのもあるのは、
本当おっしゃる通りだなって思って。
最近特に感じるんですよ。
僕のマーケティング業界ってAIの発展がすごくて、
自分がやってた仕事が、
45:00
この間まで僕が5時間かけてた仕事を、
AIが5分でやったなみたいなのが見えるわけですよ。
そうなった瞬間に、
あれ?その5時間を僕がかけてやってたのって、
その5時間だけじゃなく、
過去の自分の蓄積も含めての5時間なので、
色々とこれまでマーケティング20年かけてやって積み上げてきたものが、
一瞬でAIができるようになってくると、
本当にアイデンティティクライシスというか、
一番最初に言われたスポーツ選手が、
スポーツやっててでも怪我をしてスポーツできなくなって、
自分の価値を失うのと同じようなことを、
これから多くのビジネスマンが感じてくる世界になるんじゃないかと思ってるんですよね。
だから多分それが一番早いのは、
エンジニアとかマーケティングなんですよね。
一番AIの普及によって変わっているところで、
シリコンバレーのエンジニアとかって今すごいリストラがあって、
本当にこれまで10人かけなきゃいけなかったプログラミングの作業を1人でできるようになったので、
1人だけ採用して、その人がAI使って10人分の作業をして、
9人の人を解雇するっていうのも、
メタ社とかみんながやっているっていう世界の中で、
自分がやっていたことってAIで大体できる仕事なんだっていうのは、
結構なアイデンティティクライシスなんですよね。
そうですよね。
自分たちの価値をそこで、
これができるから自分はすごいんだとか、
そういうふうにもし思っていたら、
それがポッドでの、
ポッドでのAIみたいな感じですけど、
人間でもないですからね。
やつに取られてってなると、
ガラガラガラガラっとなっていくこともありますよね。
若者に仕事を取られるとかだと、
彼も頑張ってるしなとか、
人間だから競争もあるしなって感じがするんですけど、
機械に奪われていくっていうのは、
これまでもね、きっと馬車の御社だった人が、
鉄道が出てきて、
鉄道が嫌いになったりとか、
そういうことがあったんだと思うんですけど、
そういうことが多分あらゆる業界で、
これから起こっていく中で、
自分を支えてきた自分の強み、
自分はこれができるっていうのが、
なくなっていった時に、
結構みんな悩むだろうなっていうのが、
今思っているところですね。
なんか味わい深い。
ちょっとオチに聞いてみたいなと思ったら、
宮本さんがそこをどう捉え、
また適応していったりとか、
超えていくのかっていうのは、
どんなふうに、
お自身の中でも感じてらっしゃるんですか?
そうですね。
僕はAIが仕事を取っていく中で、
AIを誰よりも使えるっていう状態になったら、
そうすれば残れるなっていう形があるはあるので、
さっきの10人中の1人にどうやってなるかって感じですよね。
そのAIが使っていく中でっていうのは1つあるのと、
48:03
でも結局そういうのありながらも、
今アサヒさんとこういう仕事をさせてもらって、
さっきの共感みたいなところって、
AIに大体はできないじゃないですか。
そこは絶対に残るなっていう感じは思っているので、
なんでもっといろんな人と仲良くしようって思っているっていうのはあります。
大事ですね。
意外とそこが本質的といいますか、
どういうふうに人と共感し、また心を通わし、
ベースに人との関わりが広がっていくかみたいなところが、
そこは本当にAIには大会できないところが絶対に残っていくってことは、
コーチングの研究者の界隈でもよく議論されることですかね。
それはどういうことで研究者の中では議論されているんですか。
共感というものはAIはできない。
人が共感されるときに生み出される脳の動きであったりとか、
また人の思考の広がりであったりとか、
その関係性の深さが生まれていくとか、
人と人との間だからこそ生まれる発想とか、
その辺の部分はAIには大会することはできない。
何かしらの答えとか、こうじゃないとか、
またそれに導く問いとかをポンと投げることはできるものの、
結局何を見出すかよりも誰と話すかの方がより、
どんな関係値の人と話すか、
何を言われるかよりも誰に言われるかの方が大事。
どういう関係値や共感やっていうところがあるかは、
AIには大会できないので、そこは残るので。
ある意味コーチングの中では目標達成主義のコーチングは、
これからなくなってAIが大会できる。
数値をどう上げていくか、パフォーマンスどう向上していくか、
その辺はデータでいろいろできる。
その辺はできるけれども、
人が共に味わい深め考え、また生き方とかあり方とか、
そういうところを探求して共感とともに詰まっていくような、
そういう対話。
その階層での対話は人にしかできないんじゃないか、
っていうふうに議論されることは多いかなと思います。
確かにそうですね。
人間とじゃないとできないし。
あとはこういう会話ってあんましないけど、
もっとこういう対話をできる場があるといいなとは思いましたね。
ついつい自分一人で考えちゃうことも多いけど、
でもさっきの人と人との関係性の中で自分が見えるってことを考えると、
自分だけで考えるより人と一緒に考えた方が、
見えてくる世界もいいんだろうなっていうのを感じましたね。
そうですね。
やっぱり個人とか自立とかそういうものが、
先ほどの本質主義みたいなところとひも付きつつ、
51:01
自分で見出さなきゃいけないみたいな、
なんとなくの固定観念みたいなのがやっぱり存在している。
でも本当のある意味社会のあり方は、
ちょっと極端な表現をするのであれば、
相互依存的にあることで、
より思考が深まり、対話が深まり、
またより豊かな状態になっていくんじゃないかとか、
そういうこともよく言われたりするので、
個々が独立した存在であるっていうことというよりは、
人と人との間で自分は存在していて、
そんな視点も存在するなっていうことはすごく見えくりますね。
なるほど。
アサヒさんは色々と研究成果をバックグラウンドに持たれているので、
なので一個一個アサヒさんの感想じゃなくて、
こういう研究結果もあってっていうのを聞くと、
なるほど、そういう理論的背景もあるんだなっていうのが分かって、
すごい勉強になります。
いつもミーティングで話すことが多いんで、
こういう話をじっくりする機会がないんですけど、
すごく勉強になるなと思いました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
逆にアサヒさんの方でも話してみての感想とかも、
もしリスナーの方へのメッセージとかあれば、
最後にいただきたいなと思っています。
まず楽しかったですっていうところが今日の感想で、
こうして私に関して聞いていただく機会ってもう早々なかったり、
またこの場で一緒に思考を巡らしながら、
それこそコーチングみたいなところで先ほど表現した内容を、
宮本さんもこうして体現してくださりつつ、
こうして一緒に味わいながら考えられる、
そういう場があることがすごく、
この時間一緒に過ごさせていただく中で、
私自身も今体験し、楽しかったなとか、
なんか味わい深いなっていう風に今感じているっていうところがまず一つと、
同時にきっと宮本さんがこうして作られているこの場であったりとか、
このラジオの中でもリスナーさんもいろいろ刺激を受けつつ、
それを味わいつつ、
シンプルに面白い話だなっていうものもあれば、
もしかしたらちょっと時間をとって味わってみると、
良い問いであったり視点であったり、
自分の思考って人の視点を聞きつつ、
それと自分を照らし合わせつつ、
実際の余白をとって味わうときにそれが自分の糧となっていく、
けどその余白をとることが難しい、
この社会みたいなことがあったりもするので、
無理やりとるのも一つ、
誰かと喋るとか、
コーチングを受けるもそういうことの一つでもあったりするんですけど、
全然コーチングは一手段でしかないので、
いろんなやり方があると思いますが、
ジャーナルをよりつけてみるとか、
いろんな1日の中で引っかかりを感じた問いとか視点とか、
そういう関心、好奇心みたいなところで、
ちょっと書き留めつつ、
1日1日とか何か定期的に枠をとって、
少しとどまり、味わい、また向き合ってみるみたいな、
目的なくといいますか、
これを通してこの生活をやってやると、
54:01
逆にしんどくなってくるので、
それ自体を楽しみつづけつつ向き合うということが、
何か一つ習慣やあり方に馴染んでいくと、
面白いかもなというふうに、
私自身、時間を通して改めて体験させていただいたことと、
皆さんがそれを通して味わうことが、
少し一緒に混ざり合っていくといいなというふうに思って、
そんなことが今巡りますかね。
ありがとうございます。面白い。
最後に浅井さんもポッドキャストをやっていると思うので、
どんなポッドキャストをやっているか、
紹介してもらってもいいですか。
ありがとうございます。
2つあるんですけれども、
1つCAMラジオというもので、
私たちのコーチングスクールはCAMジャパンというんですけれども、
CAM、アルファベット大文字のCAMとラジオですね。
そちらは本当に私たちのスクールの受講生に向けて、
結構内々のラジオをやったりするので、
ちょっと内はネタとか、
内は盛り上がり感がもしかしたら否めないかなというふうに思いつつ、
リアルな話とか、
フランクな、フラットな、
いろんなコーチングという視点を交えた、
物事の考え方、また人とのコミュニケーション、
対話の仕方みたいなことを触れているので、
興味がある方がいらっしゃったらCAMラジオを見ていただければと思いますし、
もう1つはスタンドFMの方で、
問いのラジオというものをやっておりまして、
こちらはコーチング学習者というところではなくて、
もう少し広い視点で、
シンプルにパートナーとのコミュニケーションが難しくて、
上司と気が合わなくてとか、
そもそも先ほどちょっと話した本質主義の話もしているんですけど、
本当の自分ってあるのとか、
いろんな問いをベースに、
またリスナーさんからいただいた問いをベースに、
その研究の視点も含めて、コーチングの視点も含めて、
ちょっと味わい考えてみる、
そんな雑談の延長をそのまま垂れ流しをお届けしているみたいな、
共に味わう場所みたいな、
そんな言い方もしてるんですけど、
問いのラジオですね、
そういうものをやっているので、
それはスタンドFM、
他の媒体でも聞きますかね、
そんな2つがあります。
ありがとうございます。
じゃあこの浅井さんの素敵な声をまた聞きたいという方は、
こちらCAMラジオかスタンドFMの問いのラジオを聞いていただければ、
聞き続けられるんじゃないかと思います。
本日のゲストは浅井本木さんでした。
本日ありがとうございました。
ありがとうございました。
下使える聞くネタ帳、マーケターの真夜中ラジオでは、
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ポッドキャストをフォローすると、
マーケターとしての知見が毎週たまっていくので、
ぜひフォローしてみてください。
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