仲間意識みたいな。やっぱこうね、居酒屋に行って、生中って言ったら生の中熟期出てくるじゃないですか。
あれは一つの不調だと思うんですよね。
確かにね。
生ビール中熟期でって言わなくても生中で分かるっていう。
そうだね。
僕はよく丸亀製麺に行くんですけど、あったかいぶっかけうどんだいっていうのを丸亀製麺でおんぶだいって言うんですよね。
おお、そうなんだ。知らなかった。
店の人同士がそういうやり取りをしてるんですよ。
僕があったかいぶっかけうどんだいでって言ったら、うどん作る人とだし入れる人いるじゃないですか。
うどん作る人がおんぶだいっていう風にだし入れる人に伝えて、それであったかいぶっかけうどんだい作ってるんですけど。
そういう意味で、丸亀製麺のプロは注文するときにおんぶだいって言う。
それであったかいぶっかけうどんだいをもらうっていうのが、もしかしたら渋谷店だけかもしれんけど。
いや、そんなことないな。丸亀製麺ではみんなおんぶだいって言ってる。
そうだね。じゃあ早速試していただいてね。
皆さんね。
不調ですね。
は?って言われたらいいよ。は?
言われたらあったかいぶっかけうどんだいって言った。それはちょっと恥ずかしいね。
でもあれだよね。常連感というか、分かってるでー感が出せるから、ゆでる手にもちょっと気合がこもるんじゃないですか。
この人にはおいしいうどん出さないとバカちゃうかもしれないって思ってくれるかもしれない。
思ってくれるかもしれないね。ほぼほぼゆでる作業は完了してるけどね。
あとは一瞬で終わりけどね。
あれだよね。マシマシとかもそうだよね。
そうね。確かに。分かる人はそこのお店の中でしか分からない言葉やもんね。
そうだよね。ギャル語とかもそうだと思うけど、それを使うことによってそこの一因感とか結束が生まれたりとか、
共感性が増したりとかするので、あえて使う意味が割とあるっていうのが合言葉不調となる言葉ですよね。
コピーとかももちろんそういう要素を含んでおけば良いでしょうっていうことですね。
なのでこういう、とはいえ事前に打ち合わせができないので、同じカルチャーの中で20年30年生きた人たちであれば、こう言えば通と言えばカーだよねみたいなところはいくつかはあるので、
それをうまく扱うっていうのがコピーライターのやるべき仕事なのかなと最近思ったんですよね。
本編は別ロリーしてますので宮本さんには収録で聞いていただいてますが、どんな点で明日使える低ネタになりそうですか?
そうですね。コピー作る時に自分の作ったコピーを1個振り返ってチェックする時に、これは不調になってるかなっていうのをチェック項目に入れるのは面白いかなと思いましたね。
ついつい作り手としてはそのままストレートに言いたくなる。この商品の魅力はこれとこれとこれだからこれを全部言いたくなるっていうのが思考で、
でもそうすると不調にはなってなくて、単純に伝えるべきことを普通に言ってるって状態になってるので、
それだとコピーとして成立しないから、不調にするにはどうしたらいいんだろうっていうことをもう一段階考えるとコピーを考える深さが変わってくるかなと。
今回本編の中ではいくつか事例で出てきているので、不調を使うと普通だと使わない言葉を使うというか、
例えばB2B企業が恋するって言葉を使ったりとか、意外な組み合わせだけど、だからこそ伝わるっていうのがあって、
その辺、いいコピーを作りやすくなるきっかけを作れるかなと思いましたね。
なんか他人行儀な言葉、一般論の言葉を使っても、お客様とは友達になれんよっていうことですよね。
あとはあれなのかな、これターゲットの人がこの不調が通じるかとかはやっぱり確認した方がいいのかな。
そうだと思うね。
いって文化的背景とか、不調であるがゆえに男女で、例えば本編でも出てくる、お口の恋人っていう言葉を使ったときの、
男性と女性で恋人っていう言葉に対して受け取る印象ってちょっと違いとかあると思うんだよな。
それがターゲットにとってきれいに伝わるかどうかとかは大事なんだろうね。
不調としてやるがゆえにね。
ちょうど炎上してるじゃないですか、新しいiPadのCM知ってます?
炎上してるね。潰すやつでしょ?
そうそう。楽器とかをガンガン潰して。あれもコピーではないけれども、
これまであった楽器とかピアノとかあらゆるものがこの小さな薄いiPadの1個に吸い込まれてるんですっていうことを伝えたいと思うんだけど、
それを伝えるために楽器をすべてぐっちゃぐちゃにするっていうクリエイティブがいろんな人を傷つけるっていう。
やっぱこれは不調がうまく合わないんだなってことをいろんな人に見て気づいていればあんなことにならないと思うんだよな。
あれは海外の人もやっぱり不快感を覚えるのかね。
覚えるんじゃない?
まあそうだよね。
あんだけいろんなもの全部ぶっ壊されたらちょっとピアノ作ってる人とかもいるし、大事に使ってる人もいるし、むしろそういう人がターゲットだと思うのよね。
iPadとかでクリエイティブなことをする人って。楽器も好きだけどiPadもやってるっていう人だと思うから、
その人にピアノとかが全部ぐっちゃぐちゃになるのとかは、なんであれにしちゃったのかなと思うけどね。
なんか趣味悪いし、あとそもそもめっちゃ説明的だよね。
確かにね。そうだね。
それiPhoneの時も一緒じゃないですかみたいな。iPhone1が出た時にそれ言えるじゃんみたいなことで言うと、なんで今これなんすかねみたいな感じにはなるよね。
ここまで攻めてこれみたいな、ちゃんと相手に届くか含めて不調になっているコピーとは何かっていうのが本編でわかったらいいんじゃないかなと思いますね。
そうですね。だからそこの記号をやりとりするので、そこの記号に敏感になるっていうことが大事なんでしょうね。
そう思いますね。
そのためにドラマを見る、映画を見るとか、何でもね、テレビ見るでもYouTube見るでもいいけど、そういう観点で見るとなんかね、時間つぶしはない感じがしていいんじゃないかな。
全ては勉強ですからね。
そうですね。
それでは本編ぜひ聞いてみてください。本編は約34分あります。
途中で聞けなくなった時のためにもここでPodcastをフォローしておくと便利です。
それでは行ってみましょう。
さて、じんぼさんの今週のピックアップテーマはこちら。
不調としての広告コピー。一行であっとイメージが広がる脳のスイッチの押し方です。
さあ、どんな内容なんでしょう。
オープニングでも話した通り、今回は良いコピーとは何かなって言った時に、良いコピーっていうのは不調の役割を果たす言葉なんですっていうような観点でちょっと話していきたくて、
それの具体例っていうのを過去の定番、名作から最近の事例までいくつかご紹介をしたいなと思っている感じなんですね。
広告コピーっていうのは一瞬の接触でしかないですよね。通りすがりの人に0.何秒とかって言われてるけど、
その中であーだこーだって説明をしている暇はないので、でもパッと見た時にすごくイメージが膨らむような、ブランドイメージを喚起するようなこの合言葉みたいな感じの言葉なんですよね。
だからどっちかというと説明とか文章ではなくて暗号とかサインみたいなものなんですよね。
なるほどね。確かに暗号とかサインもそうですよね。もう事前に新高山登れだったら、これどっちだったかな。
それは新高山に登れっていう意味です。
そうそう。大平洋戦争じゃなくて、戦争を始めるとかそういうの事前に決めてるから、その暗号が来たらこうしようって事を事前に決めてるから、
もうその事を見た瞬間にいろんな深いメッセージを伝えられるってことやもんね。
そうね。
不調というものはね。なるほど。
真珠湾だっけそれは。
あーそうね。真珠湾か。
真珠湾な気がするな。
はいはいはいはい。
そんな感じですね。だからコピーで全部説明したがる人ってあるあるじゃないですか。
あーありますね。
そうか、確かに。
海外はもうちょっと大きいんだよなテーマがな。
ヒーローとか世界平和とか、最近で言うとジェンダーダイバーシーとかそういう大きなところに対してかけていくから。
そうね、ユニバーサルで行くしかないもんね。
そうなんだよな。
でもさっきの役者のやつ、最近netflixでシティハンターの実写版、鈴木良平がやってるんですけど、
鈴木良平が出てくるともう僕はすぐ変態仮面の映画を見たりするので。
そうだね。
やっぱね、あるよね、この役者だからこそのこれっていうイメージの連動というか。
そこから裁判料は割とストレートに行くね。
そうそうそうなんだよね。
そういうことですよね。だから割と記号論のやり取りなんですけど、コピーっていうのはそういうことですよね。
だからある程度その同じ時代を同じハイコンテクストなカルチャーの中で生きている日本人に対して、
短い言葉だけど多くの人が分かるって思えるような暗号のやり取りみたいなところがありますよね。
という感じですね。だからね、いわゆる不調暗号で言うと事前のやり取りが必要、すり合わせが必要になりますけど、
広告もちろん事前の打ち合わせはできないので、だから文化ですよね、カルチャーのコンテクストがその代替になりますよね。
映画とか、あるいはみんなが必ず通ってきた学校、カルチャーとか、
そのあたりをうまく使うことで言いたいことの事前説明を大きく端折るっていうことが行われますよねっていうことですね。
だからこの意味で言うと、いいコピーとはっていうとは論で一番よく言われるものの一つが、
一行でパーッとイメージが広がるコピーであるっていうのがよく言われるんだけど、こういうことですよねってことで。
これはコピーが不調な役割を果たした時に、一行でパッとイメージが広がるという現象が起きるんですっていうことなんですよね。
で、これのいいところは、すごい凝ったCGでガーンってこうすごい圧倒的な絵を見せられる、動画を見せられる。
これはこれですごいことですけど、もはやどれ見てもあんまり驚かないじゃないですか。
ジュラシックパークでもお腹いっぱいぐらいの感じが。
もうね、CGで作っているんでしょって思っちゃうとね、そこまでインパクトは出ないよね。
もうちょっとクリストファー・ノーランに何をされてももういいかなって感じ。もうしんどいですみたいな感じになっている現代人がいる中では、
逆にその短い情報量を極限まで削いだ5文字とか10文字でパッとイメージを喚起されてしまうと、
脳みそが勝手に能動的に自分で絵を思い描くような状態になるので、
これはだから、絵を見せられるという受動的な状態ではなくて主体的な感じなので、
だから体験というのはいろんな体験があると思うんだけど、僕認識的体験というのもあると思っていて、
なんか自分がああそうかって、自分で気づいたような体験とか、気づいたようなこととかって、
これって割と体験レベルまで臨場感が高まっていると思うんですよ。
そういうのって認識的体験って僕は言うんですけど、それは確実にあると思っていて、
そういうところまで行くと確実に記憶に刻印はされるしっていうことですよね。
だからそういうことができるのは、実際に体験させるよりもできる可能性もあるし、
分かりやすくデザインするよりもできる可能性もあるしっていうところで、
なるほどね。
デザインとか動画よりも全然ビジュアルな言葉っていうのは存在するんだよって思ってるということですね。
確かに前回コッペパンの話しましたけど、
多分僕の中のコッペパンのイメージとジンボさんの中のコッペパンのイメージちょっと違うじゃないですか。
多分食べてるものが地域が違うから。
でもなんかこうそれぞれの中に明確にコッペパンの絵が出てきますもんね。
言葉を聞くだけで。
そうだね。
思い出も含めてね。
思い出も含めてね。
香川のコッペパンはね、いい小麦を使ってるだろう。
どうだろう。香川のうどんもオーストラリアから小麦は輸入してるから別に香川の小麦がいい小麦とは限らないと思うけど。
あといい小麦はうどんに持ってかれてるから、パンに使う小麦はどうかっていう話も。
そうそうそうそう。いい小麦はうどんだろうし。
ジンボさんさっきコッペパンは焼き色って言ってたじゃないですか。
焼き色超大事。
俺ね、焼き色の記憶はあんまないんだよな。
マジですか?
多分ね、そのコッペパン違うんだと思うな。
あーそうなんだ。
だからね、日によってちょっと焼きすぎてる時があって。
へー。
苦いんだよね、茶色いやつは。
そうなんだ。そんな感覚はあんまなかったな。
でもやっぱコッペパンはそれだけ思い出に残るものだから、一個の不調みたいなものですよね。
不調、すごい情報量の多い一つの不調ですよね。
これフランスパンにすげ替えると、あんまり一般的なフランスパンな感じで、わりとスカスカなイメージしか日本人は持ってないと思うんですよね。
ほどのフランスパン好きじゃない限りは。
確かに。
イメージは別にね、いろんな思い出とかは来ないね。
コッペパンはね、給食急いで食べなあかんくて、こう、頬張ってパサパサとかいろいろと思い出あるけど。
いろいろあるよね。お盆にさ、ちょっと水がついてて、コッペパンが半分ビショビショになって気持ち悪い感じとか。
あーそうそう、あったあった。
家でいろんな体験記憶が、やっぱり6年間食べますから。
そうねー。
それはありますよね。
揚げパンだった時すごい嬉しかったとかね。
そうそうそう。
あるねー。
こういう上手に記号を駆使して狙ったイメージをパッと引き出すっていうのが広告の技術であって、
いいコピーっていうのはそういう意味では不調の役割を果たしますっていうことですね。
で、不調としてのコピーで、今一番古典というか上手い、めちゃくちゃ短いけどめっちゃ定着してるよねっていうのは、
一つはですね、ロッテのお口の恋人っていう、これはブランドタグラインになるのかな?
うんうん。
これもうたった5文字なんですけど、もはやロッテのイメージをパッと喚起しますよね。
ここで言ってるのって、安い飴ちゃんとかガムなんですけど、
でもただ甘いだけじゃなくて、もうちょっと芳醇なというかね、
甘美な味覚体験っていうのを提供しますよっていうところと、
ブランドメッセージなんで大事なのは、いつでもどこでも誰にでも安価でっていうところですよね。
提供するんだよっていうブランドの約束を込めていて、
それを30年40年使うことによって約束をし続けているっていうことですよね。
それがブランドの信頼と、引いてはロッテに対する揺るがぬ期待と信頼ですよね。
っていうところまで高まってるってことですよね。
なんかリズムがいいよね、お口の恋人ってね。
これ、おがないと変やもんね。
おがないと…
口の恋人だと変やもんね。
なんか口寂しい感じするよね。
なんか変や、やっぱりお口の恋人っていうのが、
すごい絶妙なヒット感があるね。
そうね。
おがないと口の変人に見えるね、なんか。
なんとなくね。
確かに見えるね。
カルチャーだね。
このバランス感が大事ですよね。
僕らでいうと、これがブランドスローガンだって思ってないぐらい浸透してる感じの言葉ですよね。
でもやっぱり恋人っていいなと思うんですよね。
単なる飴とかそのものじゃなくて、相棒なんだよみたいなパートナー感を言ってるじゃないですか。
だから恋人も同じように、やっぱり仕事とかね、受験勉強とかのときにエネルギーをくれる存在じゃないですか。
だからそういう飴も、別に恋人にいるときもいないときも人にはありますけど、
でも飴はずっとそうなんだよっていうことをまず保証してますよね。
ただ甘いだけじゃなくて、やっぱり勇気をくれたりとか、そういう存在であり続けるよってロッテの側から約束をしてくれてるわけだと。
確かにね。
ガムもね、噛んでいったら味はなくなりますけど味気ないものではなくて、
単調な毎日をリズミカルに弾ませるみたいな、それも恋人ができたときと同じようなね、
そういうような感じもちょっと想像させるようなところもありみたいなところで、
いろんな側面で単なるものだけではなくて、やっぱり寄り添っていくパートナーなんだみたいなところを、
恋人っていう言葉にすることでうまく引き出してるっていう感じはありますよね。
そうですね。
5文字でこれだけのイメージが伝えられるっていうのはすごいなと思いましたね。
確かに。
で、もう一つ定番は、「資生堂の一瞬も一生も美しく」っていうタグラインですね。
三岡さんが作った、もう20年ぐらい経つのかな。
一行で9文字の中にパッと一生分のタイムトラベルに誘われてしまうような一行だなと思うんですよね。
同じく精密機械のミネ・ベア・ミツミという会社の、
大体テレ東を見てたらよく流れてますけど、
BtoBだからね、ビジネスマンが見てるからね。
世界をこっそりこっそり変えていくっていうタグラインですね。
これすごい秀逸だなと思って、
ベアリングとか有名なんですよね、ここね。
見えないんだけど、そういうベアリングみたいな精密機械が、
ものすごいダイナミックに私たちの生活を変えてるんだっていうことを、
分かってるけど分かってないっていう我々に対して、
ホラーって分からせるようなコピーで、
これもこっそりこっそりっていう因を踏みながら、
極小と極大の対比なんで、資生堂のレトリックとほぼ一緒ですよね。
聴かせながら、その想像力をパーンと引き出すような感じになってますね。
ちょっと変化がベアリングの会社っぽくないというかね、
馴染みやすい感じとかはするね、確かにこういう言われ方をすると。
うん、そうっすよね。
単純にだから因を踏んでるだけじゃなくて、
言うべきことをまずど真ん中押さえてるってことが大事ですよね。
世界をこっそりだけど、ごっそり変えてるっていうことを、
そういうことか。
言うときにちょうどいい因があったから使ってるってことですよね。
だから残るっていうことだと思うんですけど。
確かに。
これはね、世界をさりげなく変えてます。だと不運で流れになるんで。
そうだね、そうだね。こっそりこっそりっていう言葉によってちょっとこうなんだろうと思うね。
僕あれですね、この間浜松で見たB2Bの広告でよかったのは、
日東電気株式会社っていう会社のコピーで、
部品になるな、部品を作れっていう。
あーあったね、それね。
これもいいなと思った。
そうだよね、まあ多分ね部品メーカーなんだと思うけど、
その部品になるな、部品を作れっていうことによって、
すごいね、部品というものをポジティブに捉えてるもんね。
いい捉え直しだなと思ったね。
だからどういうふうに働いていきたいかみたいな、
従業員満足のところにも触れてるというか、約束してるよね。
そうね、これは新卒採用募集みたいな広告だった。
あーなるほどね。
まさにそっちなんだろうね。
B2Bの場合は半分ぐらいはリクルーティングと社員定着だよね。
家族も喜んでくれるみたいなところがあると思うんですよね。
あると思う。
そういうメッセージになるんでしょうね。
最近はこっち側でうまいなと思ったのが、
突販印刷の突破突販ってやつ。
突破突販めっちゃうまいなと思って。
印刷会社って難しいと思うんですよね。
イメージがめっちゃ印刷会社じゃないですか。
突販って言うてもおてるからね。
突販使ってる事業、今はそんなに突販はないんだと思うけど。
突販印刷に突販ないと思うけどね、ほとんど。
もうないよね、きっとね。さすがに。
大日本印刷もどうかと思うくらい古い印刷会社みたいなイメージがあるじゃないですか。
本当は全然そうじゃない。
新しい事をやってるよね。
さらに突販印刷は古い版、版社とか作んねーのに、
版そのものが名前だからより古く感じますよね。
感じるよね。
今はさすがにローマ字表記の突販って書いてるけど、
でもね、突販の突の字とか旧字のイメージというかね。
あんまり世の中で見ないもんね。
世の中で見ない。
逆にすごい印刷会社なんだっていうイメージがあるけど、
この突破突販はそれを逃げずにど真ん中で押し切ったところが偉いなと思って。
なるほどね。
ど真ん中で突破を突販したことによって、
新しい突販印刷は確かにね、
それ分かってますよこっちだってみたいな感じになるっていう。
上手いコミュニケーションだなと思ったね。
なんか知らなかったけど、
実は大日本印刷を当に超えてるんだよね、突販印刷って。
売上げで。
そうなんだ。
全然知らなかったんですけど。
それも含めて動いてるんだなって感じはしましたね。
だってね、電通を白報道が抜いたらニュースになるじゃないですか。
なるなるなる。
突販が大日本抜いてもあんまり誰も知らないよねみたいな。
まあね、裏方というか印刷ってイメージ。
まあでももう印刷じゃないんだろうけどね、きっとね、実際の事業としてはね。
印刷に付随していろいろやる会社で、
クライアントソースが多いから個別のソリューションに入ってると思うんですよね。
まああの辺は上手いなって。
なるほどね、はいはいはい。
あとは最近割とショーとかで撮りましたみたいなのよく見るのが、
マリンワールド海の中道っていう九州の向こうの会社で。
会社というか水族館だね。
水族館ね。
このコピーはズンズンペンギンヌンヌンアザラシっていうコピーで、
めっちゃいいなと思って。
もうなんかそれだけで歓喜されますよね。
ペンギンって胸張って偉そうに歩いてるから、
あーなるほど、それが近くで見れるからズンズンしてくるんだろうなって思うし。
アザラシもさ口元がヌンヌンしてるじゃないですか。
どうかな、ヌンヌンってどういう状態なの?
口元なの?アザラシの首振ってる感じがヌンヌンって感じなんじゃないの?
そうなのかな、僕なんか口元、鼻のあたりがヌンヌンしてるんだと思ったけどね。
そういうこと?
わかんない、それもあれだな、人の体験、もともと持ってる前提意識によって変わるね。
変わるね。
そういうところも上手いなと思ってペンギンとかアザラシの前提意識を上手く使うのと、
あとはオリジナルの基本語を取り出してくることによって、それだけで成立させてしまうというか、
もうズンズンされたいとかヌンヌンされたいっていう追体験欲求っていうのはあると思うんですけど、
そういうことを喚起してるなって感じがしますね。
なるほどね。
でも僕いいなと思ったのは、多分この水族館も他にもいろんなものいると思うんですよ。
みんな自分の飼育してる動物をメインにしたいじゃないですか、きっと。
たぶんイルカとかいるんやったらもっとイルカだしてほしいとか、たぶんいろいろ言うと思うんですけど、
あえてこれをペンギンとアザラシに前振りするっていうのが潔いというか。
潔いね。
だからこそ伝わると思うんだよな。
たしかにね。
このポスターのペンギンの顔見たらもう俺しかおらんやろうみたいな顔してますけど。
そうね、ペンギンはね。
やっぱりね、それ担当の飼育員にとってはおいおいっていうね。
うちはペンギンじゃねえだろうとか言う飼育員とかいると思うし、
結構それに対してイルカも頑張ってるけど、今回はペンギンで生かしてくださいみたいな言う担当もいたんじゃないかなと思って。
モチーフを絞るっていうところは大事ですね。
そうね、絞ってこの擬音語とかを使ってイメージを伝わるように作ってるのは確かにいいね。
それ以外ボディコピーは何もない。何も言ってないからね。
たしかに。
近くで動物たちと間近で見られますみたいなこと一切言ってないもんね。
言ってないね。
不安になっちゃいけないってことではズンズンペンギンで通じるんですよ。
そうね、これでわかってもらうんだっていう。確かにね、不安になりそう。ボディコピー入れたくなるな。
ちょっとズンズンじゃわからないかもしれないから説明入れたくなりそうやけど。
そこはもうね、ペンギンのドヤっていう顔に全てをかけたわけやな。
そうですね。
なるほど。
わかるだろうっていうことだろうね。
デザイン、ビジュアルはね、言葉で説明をしてないものの一番それを誤解なく伝えるように最大限努力をしてる感じがありますね。
うん、そうだね。
たしかに。
そんな感じですね。
皆さんは今回の話を聞いてどんなことを考えましたか?
ツイッターのハッシュタグマーケターの真夜中ラジオかLINEコミュニティで教えてください。
LINEコミュニティのURLは概要欄からご覧ください。
誰でも特命で気軽に参加できます。
さて今週の明日使える聞くネタ帳マーケターの真夜中ラジオもそろそろ締めのお時間となります。
今回本編ではコピー、いいコピーっていうのは不調となる言葉なんですみたいな話だったんですけど、
それをコピーに限らずあらゆる多分記号的コミュニケーションには言えると思うので、
最近思ったのは映画もまたコミュニケーションの不調なんだよなと思ったんですよね。
映画ってやっぱり2時間とかの中に、僕はあれ感情のアトラクションだと思ってるんですけど、
いろんなこう揺さぶられていろんなね、リアルな人生だって絶対に体験したくない体験いっぱいするじゃないですか。
たしかにね。
もう踏んだり蹴ったりですよね。怪獣に踏みつぶされたりとかね。
たしかに戦争に行ってみたりとかね。どんなこともできちゃうもんね。映画に入るとね。
それ一本見るとやっぱりね、ちょっと変わりますよね。その後の人生で。
そういうこうなんだかしら仮想体験ですけど、体験記憶は残るのでみたいな。
で、いいのは他の人も割と見てるっていうところなので、だからあれっつってね、ジョーズだとかロッキーだっつったら、
なんとなくパッと共通体験を引き出せるというか、っていうのがあるので、話が早くなると思うんですよね。
なんかどんだけね、友達親友でも、親友の失恋とかってさ、追体験できないじゃないですか。そこまでリアルには。
たしかにね。現場にいるわけじゃないからね。片っぽの話しかだいたい聞けないからね。
本当にどうだったかわかんないよね。
でもね、花束みたいな恋をしたみたいな映画を見ておくと、ものすごく共有体験としてはわかりますよね。
そうかそうか、そうだね。
倦怠期のつらさはやっぱりこの、こうね、上手した時のやっぱりこの華やかな日々があるからそこのコントラストでよけつらいよみたいな。
たしかにそうね。映画はそういう風に作ってるもんね。
映画はね、そういう風に作ってますけど、それがわかりやすく、解釈、人によって解釈のブレがあるとはいえ、一定で共有できる。
真ん中の部分は多分そんなに変わらないので、そこの共有感覚をギュッと2時間に詰め込んだ感情のアトラクションだなと思うんですよね。
たしかにね。あと日常で感動することってそんなたくさんはないじゃないですか。
ないですね。
泣くて笑ったりとか、悲しくて泣いたりとかって感動するとかってあんまなくて、やっぱそれは映画みたいな2時間ずっと強制的にある物語を見る体験をすることで、だからこそ得られる部分はある気がするなぁ。
最近またね、感動もいいけど、例えば自分が加害者なんだとかさ、人を傷つけたなとか、そういうことって傷つけてる本人気付けないから、そういうことよく本当はあると思うんですけど、
そういうことに気付かせてくれるような映画として、すごいなぁと思った怪物のような映画があってですね。
タイトル入れてもうたけど。
1年前にカンヌにかかって脚本賞を取った、これだ!イロカズ監督の怪物2ですよね。
もう私を告知を呼ばせながら収録の1週間前に見て、昨日2回目見て、みたいな感じなんですけどね。
ネタバレしたい一番いけない映画だと思うから、どうだこうだはあんまり言わないんですけど、
すごい気付かされることがありますよね。
確かにね、人間は残酷だとか、自分は残酷だとか、凡庸な悪とかって言いますけど、何気ない人の解釈とか、一番残酷なんだみたいなところとかってあると思うんですけど、
そういうのを説明的に描くんではなくて、語り口、シーン展開だけで追体験させてしまうみたいなものすごい映画。
だから脚本賞を取ったんだと思うんですけど。
はいはいはい。
これら監督もすごいんだけど、やっぱり脚本は坂本優里さんですよね。
ハラタバみたいな恋をしたとか、映画で言うとね、あとは東京ラフストーリーとか、ベタなやつもめっちゃ描ける人です。
そうなんだ、へー。
そう、マザーとか、僕好きなのはそれでも生きていくって、エイターのドラマとかも好きでとか、ものすごい、ちょっとね、セリフで説明しすぎっていう批判も一方ではありつつの人ではあるんですけど、
めちゃくちゃ、どれ見ても面白い人ですね。
これ監督のあれは、万引家族は見ましたね。
そう、それまだ僕見てない。
これも確かに面白かったな。なんていうのかな、その世界観に引き込まれるというか、全然自分とは境遇が違う人だけど、だんだんとその境遇に共感をしていって、みたいなのはあったな。
なるほどね、自分とは全然違う人生を追い体験できるみたいな。
そうそうそうそう。
お得ですね。
そうね、そういうのの描き方がリアルに描くから、上手いんだろうな、この監督はね。
映画ってやっぱり没入させるものなので、だから説明的にこうだこうだじゃなくて、見終わった後で、なんか、ああやっちゃったみたいな感じの体験価値がすごい大事だと思うんですよね。
そうじゃないと本当にね、人は学ばないじゃないですか。
なんかね、東洋哲学的に言うその大徳的な悟り的な、本当にわかったっていうのはね、理解じゃなくてね、やっぱりこう、もうちょっと得得的なさ、深いところがあるじゃないですか。
そうね、体感を含めて感じるものも含めてあるよね、きっとね。
そうそうそう、あると思う。
そういう意味ではね、実際にいろんな人生経験はできるわけじゃないけど、映画とかだと割とだから2時間の中にそういう仮想体験ではあるが、ちょっとパッケージされてることもあるっていうことですよね。
確かに。
だからこの映画の怪物っていうのって、なんかキャッチコピー怪物誰だっていうキャッチコピーでもあって、
なんか世の中、日常に潜むその狂気とかさ、残酷さとかって、どこにあるんだろうなっていうときに、それって何か一人の特定の怪物でもなくて、
なんとなくの偏見の連鎖みたいなところで、その連鎖がたまたま偶然悪いところに集中して流れていってしまったときに、
なんか嫌な事件とかね、アウトプットしてなっていくみたいなことだと思うんですよね。
それを僕らでいうと、誰かを判断するときに、ずっとその人のことを観察はできないので、多分印象的ないくつかの情報を組み合わせて、
自分の中で勝手にストーリーを組んで、この人はこういう人だとかって思いがちじゃないですか。
思いがちですね。
リアルもそうだし、映画とかそういう物語を見るときはよりそうですよね。
こいつってこういうことだねっていうのを記号をいくつか組み合わせることで勝手に判断をするんだけど、
それこそがやっぱり残酷で、一番危ないことなんだっていうことをやっちまったっていう体験として教えてくれるみたいなところがあれだなと僕は思いましたね。