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みなさん、こんばんは。私たち夫と一緒に、昨日ですね、娘が自衛官であるということで、家族会の研修会というのが年に一度はございましてね、それに参加してきたんですが、
夫は岐阜基地だったんですが、岐阜基地は初めての体験で、私は娘と過去に一度見学させていただいた経験があるんですね。
でもその時には、気づけなかったいろんなことを見てまいりましてね、非常に有意義な一日を過ごしてまいりました。それなのにね、事前に勉強していかなかったんですよ、私はね。
鏡原がどういう地であるかということすら知らずに、まいりましてね、大慌てでしたね。格納庫まで入れていただき、まず最初にね、歴史的な戦前からの木造建築がありましてね、立派な建て方なんですね。
昔は瓦屋根だったらしくて、そこに家紋を入れるとこございますでしょう。鬼瓦の下とかね、あそこにちゃんと星のマークが入っているんですね。
それでね、その資料館にまず入りましてね、最初の部分が歴史的な戦前の資料が残っておりまして。
やっぱり書道をしている関係でね、毛筆で書かれたものというものには目が行くんですね。巻物になって、途中ついで書体が全然違うのがずっと並んでいたんですね。
そうしましたらね、それは特効隊員の自生の苦ばかり。最初のね、一周でもう累戦崩壊しましてね。
それがね、あれね、ごめんなさいね。写真をね、撮らせていただけたんじゃないかって思うんですね。今から思えばね。
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でも、その余裕もなく、素晴らしい字で二十歳そこそこの男の子がね、書いてるんですよ。もう幾寸前ですよね。
それはその特効隊員たちがお世話になってた寮の寮母さんだったかしら。そこのおばちゃまが大切に残してくださってたらしいですね。
日のもとの女子、われも歌われん。あ、もうだめ。
いずこの空に砕け散るとも。なんですよ。冒頭がこれでしょ。もう次が読めなくって。
特効隊陸軍将衛。これなんてお読みするんでしょうね。細い太いの細にね。火曜日の火って書いてあるんですね。
最佳さんでしょうかね。最佳清美さんでしょうか。三水に青の清美に美しいですね。
もうなんだかね、その美しい毛筆の書体、それと大きく書かれた力強い筆地。
そして、日のもとの女子とわれも歌われん。いずこの空に砕け散るとも。なんですよ。たまりませんよもうね。
そこを抜けて、そこは軍司令のお部屋だったらしいですね。一番良いお部屋ですよね。
桜の木がたくさん植わってましてね。そこにGHQが占領された時はGHQの最高責任者がお座りになられたらしいですね。
そのお部屋を出て、次のお部屋に木製のプロペラが2つ飾ってあったんですね。木なんですね。
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結局木で作ることによって、軽量化を図ったらしいですね。
その木製のプロペラを見た瞬間に、あれって思ったんですよ。
この木製のプロペラは、木を何枚も重ねて、正確な角度丸みを全部出してるんですってご説明を受けて
これ一体どこの会社が作ったと思いますっておっしゃったんですよ。
その色がね、マホガニーの色がね、うちのピアノの色とそっくりだったんですよ。
そしたらね、本当にヤマハが作ったんですって。すごいですよね。
ピアノもバイオリンも全部木で作りますからね。戦争中はヤマハもそうやって国のために頑張ったんですね。
そこから出ましてね、格納庫の方に向かったんですね。
フーが一番最初にね、F-15が止まってたから。何が止まってたんでしょう。
私はね、写真をね、下からは写真を撮っていいと。
それで、F-15ですね。ごめんなさい。
F-15のね、スペックは取ってきましたね。
最大速度、マッハ2.5。時速2663キロ。
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高速距離4600キロ。積載燃料約12378リットル。
操縦量30.8トン。
エンジンはF100-IHIですよ。
-220ターボファンジェットエンジン。
水力1万トビ640キログラム×2。
乗員1名なし2名。
全幅13.05メートル。
全長19.43メートル。
全高5.63メートル。
自重12.99トン。
これに、武装されている機関砲20ミリ機関砲と空対空レーダーミサイルと空対空赤外線ミサイル。
この戦闘機のパイロットが2名、2グループに分かれてご説明を受けたんですよ。
本当にご丁寧なご対応でね。
ほんの15分くらい前は、太平洋沿岸を飛んでらした方。
で、皆様に会うために飛んで帰ってまいりましたとおっしゃってくださったりね。
体格、そのグリーンのね、アーミーグリーンの航空自衛隊のパイロットの独特な色のつなぎをお召しになっているんですね。
で、ちょうどふくらはぎから足首のあたりに正面にファスナーがあるんですね。
ファスナーを開いたら、たぶんブーツなんかを履きになるときに開閉するんでしょうね。
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広くなったり狭くなったりするんですけれども、そのね、つなぎがね、ピシッとご自身の体にフィットして、
細部に渡って再寸をしてあつられたって感じですね。
そんな、SMLLとかそういうんじゃないですね。
しかも、そのつなぎを通してですね、その中身の、パイロットご本人の中身のね、肩幅であるとかね、腕の太さであるとか胸圧とかね、
もう全部ね、見えちゃうんですよね、これね。
そういう変な話じゃなくてね、下世話の話じゃなくて、やっぱりね、小さい頃からスポーツしてましたらね、
いつもね、稽古着のお姿しか拝見してない先生がスーツをお召しになった時とかね、そういうのでびっくりするんですよ。
え、なんでスーツを着たらああいう形になっちゃうの?みたいな。
それだけ腕も太くて、ウエストが細くて、胸が厚くて、普通のスーツでは収まらないんですね。
そういう経験を何回かしてましたらね、なぜ古い先生方が、剣道部のおじいちゃん先生、唯一のおじいちゃん先生が式典の時に羽織袴でいらっしゃるかというのがよくわかるんです。
そういうね、鍛え抜かれた戦役ですよね。
だから、これね、本当に大昔からね、戦前戦後も少しあったかもわからないですけれども、
私たちは戦後の人間なので、その戦前のことなんか、想像力を働かせないとわからないんですが、
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でもまだその戦前の記憶のある両親に育てられてます。
まさに明治時代から生まれてきた親戚とか、多く見てきてます。
そのね、人たちのお話をね、ずっと思い出したらね、なんだかね、プツンと途切れてるんですよ、最近。
何かって言いましたらね、五輪の章を読んでもね、武士たるものって、その武士のたしなみ、十一科目っていうのが出てくるんですけどね。
もちろんその頭脳も鍛えなければいけない。体も鍛えなければいけない。
体をなぜ鍛えなければいけないのかと、と同時になぜ頭脳も鍛えなければいけないのかっていうのをね、昔の人は子供に説明してくださったんですよ。
でもね、今の私たちは、自分の子供にね、そうしたかなってね、思うんですね。
幸い、男の子にはそれはできました。
でも、自衛隊に行った女の子には、自衛隊さんにお任せしてできてると思うんですね。
でも、後の二人の女の子には、そう厳しくできなかったですね。
男女問わずね、私が教えられたことは、私が親から言われたことは、特に父親から言われたことは、
体を鍛えなければ、精神力は養えない。
精神力を養わなければ、頭脳も鍛えられない。
頭脳を鍛えなければ、体をいくら鍛えても、いざ命のやりとりになった時に、頭のいい方が勝つんだと。
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で、そのためには、頭脳を鍛え、しかも体も鍛え、両方ができて当たり前なんだっていうね、
そういう思想をね、本当にね、小さい頃から叩き込まれたっていう経験が私にはまだあるんですよね。
でも、私より若い方とかね、特に男子であろうが女子であろうが、勉強第一だっていうことでね。
例えば、勉強ではトップです。でも体力的には、ちょっとそこら辺何もしてません。
そういう風な、勉強さえできたらっていう風潮がね、非常にね、それに強乱する母親がたくさんいてたんですよね。
自分の息子、娘とはいえ、最高の教育を受けさせてあげたいっていう気持ちはね、どの親にもあると思うんですね。
しかし、そこでね、その文部両道、文部二道っていう考え方がね、やっぱりプツンとね、戦後途切れたんでしょうね。
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勉強は2番でも3番でもいいよと。その代わり、部活をやらないなんていうのは、まかりならんっていう感じでしたね、うちはね。
私は中学入ったら、もう高校入試の勉強するのは当たり前だと思ってたので、帰宅部とかやって思ってたんですが、まかりならんっていう感じでしたね。
そのおかげでね、いまだに武道の稽古をしておりますが、本当にね、だからラヴァールさんにはね、合気道の稽古をずっと続けていただきたいですね。また武道のお話をね、したいですね。
だって、あのマサトがですよ、合気道の細い肩にひっくり返されてましたからね、一瞬でね。びっくりしましたね。
そういうことでね、両方できて当たり前。かつ改修でも免許改伝。もう何百回そのことを聞いたか。
まあそうなんですよ。でもね、昔の日本人ってね、やっぱり何かあったら、いざ鎌倉ですよ。
だから、何かある時のために黙々と水面下で武力、兵器を備えるみたいな、そういうことを自分自身にしてたんでしょうね、きっと。
知識も一緒だと思うんですけどね、経済力も一緒だと思うんですけれども。
でね、昨日びっくりしたのが、ペトリオットミサイルですね。自衛隊の方ではペトリオットミサイルとか校舎なんとか言いますけれどもね、パトリオットとは言わないですね。
で、それをね、きちっと配備してるんですよ。滑走路の向こう側にね。もうね、グーグルマップに全部見えてるんですよ。
ご説明の方が、グーグルマップ見てくださいね。あの土の、きれいに整備された土の山の向こう側にペトリオットミサイル、完璧に配備しております。
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で、これは見せる抑止力なんですって。おっしゃいますね。
岐阜基地にはあって、浜松にはない。けれども、あそこにあれば浜松の範囲なんかも全部守れるということで。
まあ、そういうことでね、そこのところは見える抑止力なんですが、我々一人一人っていうのはね、見せびらかさないじゃないですか。
知識であったり、経済力ある人なんかでも見せびらかさないじゃないですか。
で、それをやっぱり家庭でね、一人一人に当たり前の、体を鍛えて当たり前。
で、その鍛えるのも本気で鍛えて、精神力を鍛えなければ、とことん勉強する時にはもう最終的には体力勝負になるんだと。
その時に負けるようではまかりならんみたいな。
そういうね、教育を受けてきたんですけれども、
まあ、なんだか昨今、小学校とか中学校の授業が崩壊しているとかね、いろいろございますが、
私は昨日ね、影響を受けましてね、そのパイロットの、アーミーグリーンのね、カーゴパンツね、夫が持ってるんですよね。
やっぱり作業服として持ってるんですよ。
それをね、その一番小さいカーゴパンツで私が履けるのが一つありましたので、
それを履いてね、朝からね、昨日のパイロットの、戦闘機パイロットの素晴らしい対応に影響を受けて、
もうなんかね、パイロットになった気分でね、一日生活してるんですけれどもね。
これね、着慣れてないのでね、外に出かける時に、ただお買い物だけに出かけるのに、出ていけないんですよ。
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でね、どうしよう、誰にも会わへんし、もうこれでいいわとか思ってたんですが、いつものようにすんなり出ていけないんですよ。
家の中ではね、お掃除したり、いろんなことするのに非常に履き心地も良くって、それで活動的なんですね。
でもいざね、車に乗って出ていこうとしたら、なんだかね、ざわつくんですよ。
だから、こういうスタイルにもちょっと慣れていかなければいけない。来年はきちっと、こういう風なスタイルで基地見学に行こうかなとしてるんですけど。
まあそういうことで、家族会であるということでね、恵まれたその基地見学をさせていただきましたが、
日本の防衛力っていうのも、本当のところ、私たちにはほんの一部しか見せていただいてないということはわかってるんです。
ただね、やっぱり戦前からの技術、それと民間のね、基地の一番端っこの道路を挟んで向こう側に川崎って書いてある大きなビルがあるんですね。
川崎が作った飛行機、それとヘリコプターは、もう整備も全て川崎がするらしいんです。
一気に納入したら、ずっと引退するまで整備をするらしいんですね。
その整備の費用だけでもね、すごいと思うんですよ。
だから、私、川崎って書いてあったらバイクしか思い浮かばなかったんですが、もう本当にね、そういう程度の知識で行ったのでね、もう本当にゼロ戦のこともね、もっともっと勉強していけばよかった。
せっかく岐阜の鏡原根航空宇宙博物館にゼロ戦本体を置いてあってね、そのご説明も受けれるのに、もう違うところで時間を潰しちゃってね。
本当にね、次の機会があったら、きっちりと準備をして参りたいと思いました。
本当にね、貴重な時間をいただいて、自衛隊の方々には本当に心から感謝です。ありがとうございました。
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では皆様も、ちょっと寒くなっておりますので、どうぞお体を大切になさって、ご無理のないようになさってくださいませ。
では、ごきげんよう。