岐阜基地で見た堀越二郎の写真
みなさんこんばんは! えっと、これ音声ちゃんと入っているでしょうかね?
なんだか波形が短いんですけれども、 続けますね。
昨日ね、 ちょっと言い忘れてたことがあるんですけれども、
堀越二郎さんのことなんですね。
かかみがはら、かかみがはらってお読みするんですね。
かかみがはら、かかみ、かか、違いますね、かかみがはらでいいんですね。
かかみがはらですよね。
その岐阜基地に資料館のお話いたしましたでしょう。
そこにね、堀越二郎さんの後姿が映っている写真があったんですね。
それはね、グアム島でほぼ完全な形で発見されたゼロ船。
もちろんパイロットの方はお亡くなりになっているんですが、発見されて、
それが後にアメリカから日本に返還された時の返還式のお写真なんですね。
最前列に、その日の起品席に座られる方でしょうね、きっとね。
5名ほどでしたね。
その中に、何番目だったかしらね、右から2番目でしたでしょうかね、
堀越二郎さんの後姿をね、
ご説明とともに拝見したんですよ。
その時の驚き、何とも言えなかったですね。
返還の文書もね、右半分が英文で、公文書ですね。
左半分が日本語で書かれてて、
その時の軍司令か何かのね、サインもありましてね、お互いに。
調印されて、返還されるんです。
ゼロ船が生まれた岐阜基地に一旦戻ってきて、返還式を終えて、
綺麗に整備されて、今は浜松基地にあるらしいんですけれどもね、
まあね、その大事なことをお伝えするのを忘れまして。
『風立ちぬ』と読書の思い出
私ね、ジブリの風立ちぬも見てないんですよね。
で、風立ちぬって言ったらね、堀立雄ですよね。
堀立雄の風立ちぬはもう何度も読みました。
高校生の時だったか中学生の時だったか忘れましたがね。
でも、その時にゼロ船の堀越二郎のことは全く知りませんでしたし、
全く興味もなかったんですけれどもね。
今から徐々に知っていくんでしょうね、私自身。
遅いですね。
まあね、これ加藤先生の影響でしょうね、きっとね。
村上龍の作品と語り継がれる偉業
で、剣道仲間の最高齢の剣道仲間がいるんですけれどもね、
先生とはお呼びしてないんですよね。
その方からもご紹介されましたね、この本を読みなさい、あの本を読みなさいと。
それがね、その方の読みなさいといった本がね、
加藤先生の愛読書と非常によく重なっているんですね。もうびっくりですね。
で、一つ一つ読んでいこうと思うんですが、
今日私先ほどね、小枝晴人さんの放送で
初めて知ったのですが、村上隆さんご請求ということでね、びっくりしましたね。
限りなく遠目に近いプルーですよね。
あれも何度も読みましたね。
なんか大人の世界を垣間見るみたいな。
もう自分も大人になってなければいけない時期にね。
都会の生活ってこういうの?みたいな。
田舎のあの、まだその、
ね、都会の同年代の女性に追いついていない少女みたいな、私が読んでおりましたですね。
いつから読んだのか覚えておりませんが、
まだ自宅には残ってますね。赤ちゃけって。残っておりますね。
まあそういうニュースも不法も入り、でもまあ堀越二郎さんもそうですけれども、
偉大なものを残した方っていうのはね、語り継いで残っていくもんですね。
そのことをね、昨日ね、申し上げようと思ったのに忘れてたんですよ。
それで今日のご報告になりましたが、どうぞお許しくださいませ。
では皆様、だんだんと寒くなってまいりますね。
気温の変化でお体など、体調など崩されませんように、どうぞお気をつけくださいませ。
ではごきげんよう。