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皆さん、おはようございます。
今日は、7月2日です。
朝、5時、ジャストです。
静かな声です。
昨日は、夫と2人で、近くのホームセンターの中にあるカフェでお茶してたんですけれども、
ちょっと遠くまで出かけられなくて、時間が時間だったので、ホームセンターに行ったついでにちょっとお茶しようかということで、
そこで話しました内容はね、やっぱりワールドカップのことでしたね。
私が試合後に感情むき出しにするっていうのがね、
例えば剣道であるとか相撲であるとかでは考えられないわねっていうふうなことをね、
夫に申しましたらね、
夫は自分は弓道なので、わからないようにね、そっと右手でグーをしただけ。
それで問題になったらしいんですけどね。
ある大学の選手権の決勝の場面だったらしいですけど。
なかなか表彰式に移れなくて、ただいま決勝の最後の場面で最後の選手が右手をちょっと違った動きをしたので、
それについて競技しておりますというアナウンスがあったらしいんですね。
結局その場は、いいだろうということでそのまま優勝したらしいんですけれどもね。
やっぱりね、そういうところが違いますね。文化の違いというか。
どちらが良い悪いではないのですけれども、
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やっている方としましてはね、
どんなに心の中で悲しんでいても平常心を保って礼をして立ち去って、
後衣室で泣きなさいという感じですね。
競技の場合なんか、出ていくまで、最後の人が出ていくまで絶対に気を抜いてはいけない。
その奥にある後衣室でバンザイキャッとか言ってもいけないらしいです。
声を噛み殺して喜ぶらしいですね。
剣道の場合はお互いに礼をして、きちっと礼をして、
もちろんそこでガッツポーズとかバンザイとかそういうのは禁止ですね。
きちっと相手の方を向いたまま後ずさりして、
コートの外で礼をして、団体戦の時に礼をして、下がりますね。
個人戦の場合は、まずそこで面をつける場所をきちっと設けてくれてます場合は、
防具を外してお互いに視線を合わせて礼をして防具を持って帰りますね。
敗者も勝者も同じようにしますね。
相撲なんかもっと厳しいですよね。
例えば多少負傷してても、こちらに向いて礼をして帰りますね。
その前の諸差とかもありますよね。
そこに対して心の中では逃げくり返っている時があるんですよ。
将棋なんかでもそうですよね。
あれだけの二日がかりの激闘の中で投了するんですよね。
もうダメだということで投了してまいりましたって言って、
礼をするその瞬間ね、本当は将棋盤をひっくり返して帰りたい心境なんですって。
でもそこから延々一時間半くらい間奏戦をしますでしょ。
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もうね、あれすごいですよね。
我々2分、3分の短い試合であってもね、間奏戦ってなかなかできないですね。
初手から最後まで、時間、タイムいっぱいまでね、
自分の考えであるとか、なぜこうしたかみたいなのを分析しながらね、
覚えてないですよね。
それを、棋士の場合はね、100手以上の激闘の長い長い時間の一手一手を全部覚えていらっしゃいますもんね。
あの時にこの手を考えたんだけど、もしこう言ってたらこうなってますよね、みたいなことを
冷静にね、冷静を装ってらしいですけれども、負けた方も勝った方も延々間奏戦しますよね。
我々ね、あそこまでできないですね。
なんか、最近では切り替えが早いですね。本当に切り替えが早いです。
本田さんがね、ブラジル戦の解説で、初めの前半1点取ったときにね、大喜びしてたときにね、
わ、とか言ったらすぐ後でね、戻れ戻れって言ってましたでしょ。
あの心境ですよね。もう冷静になれと。
やっぱりね、恐怖疑惑ってあるんですよね。
恐れ、迷い、疑い、何でしたっけ、恐れ、迷い、迷い、疑い、迷いですね。
それが一番いけないと。
それと同時にね、それと同じ分量だけの喜びの感情っていうのもあるんですよね。
不安な感情と喜びの感情ね。そっちもね、出してはいけないんですよね。
これ本当大昔からそうなんですけれども、それってね、何なんでしょうね。
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だから喜びも悲しみもしみじみと味わうというんでしょうかね。
確かにそうですね。人生ってから騒ぎの部分いっぱいありますけれどもね。
一瞬の大試合会場でドーンと、ライブと同じですよね。
あの興奮の渦の中、非常にボルテージが上がった部分から日常生活に帰る楽さを仕掛けられているというんでしょうかね。
その楽さを味わいに行くんですけれどもね。
その感情の楽さを最初から否定しているんですね、我々の武道ってね。
特にその興奮状態から日常生活に戻るという時の
何かしらそこを味わいに行くのかなってね。
もう今はあんまりライブとか行きませんけれどもね、何なんだろうなって思っちゃいますね。
祭りの後みたいな。
しかし本当の幸せというのは日々日常小さいことに地味と感じるその部分ですよ、実際。
本当に。
例えばね、悪い方の例で言うとギャンブルのハラハラドキドキとか、
試合完成のハラハラドキドキとか、
それとかライブに行っての感動が終わった時の楽さの体験とかね、
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そういうのって選挙活動中の当選落選とかね、
そういうところの感情の起伏みたいな、言えばブラックマンデーみたいな楽さじゃないんですよね。
日常の中にあるんですよね、日常の中にね。
だから、外に向かっての目が家に向かうっていうんですか、
日常と手を組むっていうんでしょうかね。
そこにしかないというか、青い鳥ですよね。
そういうことをね、しみじみと考えておりました。
昨日はね、本当と短い時間でしたけれども、
ドトールコーヒーでした。
そういうことを感じたって、私がいましたら、
いろんな話を互いにして、重要なミーティングはそこで終了して、
で、ちっちゃいコンクリートの袋を買って帰りました。
50年以上使っている穴あきのブロックの部分を、それでちょっと埋めていただく予定です。
もうね、自宅がね、自宅がボロこだてなんですよ。
だからそれをまずしなければいけないというか、そういう状態でございますが、
皆さまも本日もどうぞお幸せな一日でありますようにお祈りしております。
ではごきげんよう。