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こんばんは〜。今日は6月の24日、木曜じゃねえわ、水曜日。
20時になりました。楽しくおしゃべり❗まこにぃの部屋のお時間です。
いつも聞いてくれてありがとうございます。そして、いいねやコメントもとってもとっても嬉しいです。
さて、今回ですけども、どうでしょうね。
努力っていうことについてちょっと考えてみたいなと。
よくね、努力が足りないとか言われません?
努力が足りないって、昔はね、さらっと流してたり、そういうことをよく言われて、普通に受け取ってたけど、
よくよく考えてみると、努力が足りないってどういうことなんだろうなあと思って、努力が満たされる時ってあるんですかね。
そう思ったんですよ。努力が満タンになる。どこになったら満タンになるんですかね、努力って。
そう考えると努力が足りないってどういうことなんだろうなあ。
ただの、自分はめちゃくちゃ努力してるつもりでも、他から見るとただの他人の評価でしかないなと思ってて、
でもその他人の評価もどこまでいったら足りてるっていう風に思ってくれるんだろうなと思った時に、
こっちからからでは分からないじゃないですか。どこまでを求めているのかなんていうのは全然分からないし、
その永遠に努力が足りる状態になるんだろうかと思った時に、その努力が足りないという言葉が変だなあって思ったんですよ。
どう思いますか。結論とかなくて、変な言葉だなあって最近思ってて、
努力って、評価というかメモリーというか、メモリーだと記憶になっちゃうね。量とかあるんですかね。
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足りる足らないとかそういうことなのかなっていう風に思うと、その言葉ちょっと変だなあなんて思ったりなんかして。
あの言葉を聞くと、それを言うってことは努力の感じが見えないとか、努力してない風に見えるとかそういうことなんですよね。
本人がどうとかじゃなくて、他人の第三者の評価であって、それが真実かどうかというか、それが本当にそうなのかっていうのは、
自分はやってるつもりでも見えてないのは、どこまでやってもその人から見れば見えてなければずっと見えなくて足りない足りないって言われるんだろうなあと思うし、難しいなあっていう。
そういうことを思うと、僕はなんかこう、こいつ努力足らないなあっていう風には言いたくないなってちょっと思いましたという。
基本そんな話でございます。努力が足りないなあっていう風に他人に対して思うのはあんまり良くないなあって自分では思いました。
言われる、よく言われることもありますよね。いろんな方ね、人生で言われたこともある方はたくさんいると思いますけども、
ふとね、最近そういうのを言われたことがあったので、努力が足りないってどういう状態なんだろうなあと思って考えてみたときに、なんか変だなあと思ったというお話でした。
ということで、今日はこの辺にしたいと思います。この放送が良かったら、いいねやコメントお待ちしております。
ということで、今日も最後まで聞いてくれてありがとうございました。
それでは皆さん、お幸せに。またね。
今日もありがとう。