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「助ける、という言葉の違和感」
2026-09-26 07:55

「助ける、という言葉の違和感」

「助ける人」と「助けられる人」。

そう分けた瞬間、見えない上下関係が生まれてしまうことがあります。

居場所は、誰かが誰かに与えるものではなく、不完全な僕たちが一緒につくるものなのかもしれません。

助けるより、隣にいる。
引っ張るより、一緒に考える。

『大丈夫、君の居場所あるから』

皆さんは「助ける」という言葉を、どう感じますか。

ひろのぶさんのYouTubeチャンネル
『プチ信の部屋』も、ぜひご覧ください。
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『リュウとミオ ~夢の虹~』は、“本当に大切なものはすぐそばにある”というメッセージと、みおさんへの感謝・能登支援の想いを込めたチャリティー絵本。

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感想

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00:05
こんばんは!
今日は9月の26日土曜日です。 20時になりました。楽しくおしゃべり❗まこにぃの部屋のお時間です。
いつも聞いてくれてありがとうございます。 そして、いいねやコメントもとってもとっても嬉しいです。
さて、この放送はヒロノムさんの活動、 大丈夫、君の居場所あるからを応援する放送になっております。
まずはいつものこちらのチラセです。 竜と実を夢の虹。
誰かを想う気持ちや応援する気持ちを形にできる絵本になっております。
この絵本はですね、売上から生まれるロイヤリティがですね、 ノトの震災支援に使われる仕組みになっております。
気になった方はぜひ手に取ってみてください。 概要欄の方にリンクと詳細貼っておきます。
はい、ではね、今日のテーマです。 今日のテーマは、助けるという言葉の違和感というお話をしてみたいと思います。
困った人を助ける、とっても優しい言葉ですよね。 実際に誰かの助けが必要な場面はありますね。
一人で抱えきれないこともあるし、 差し出された手に救われることもあります。
だから、助けることが良くないという話ではありません。 今回はそういうことではないんですね。
ただ、僕は最近この言葉に少しだけ違和感を持つようになりました。
助ける人と助けられる人。
そう分けた瞬間に、そこに見えない上下関係みたいなものが 生まれてしまうんじゃないかなっていうことがあるような気がしています。
そんなことを考えたんですね。
助ける側は力を持っている人。 助けられる側は力をない人。
与える人と与えられる人。
もちろん、誰もそんなつもりで言っているわけではありません。
でも、あなたは助けられる人ですと決められることで、
その人自身も、自分は誰かに助けてもらわなければ ここにいられない人なんだと感じてしまうこともあるかもしれませんね。
これは僕の今のところ仮説なんですけども、 本当にそうなのかは全然わかりません。
でも、居場所のない人を助けようとするほど、 助ける側と助ける側の境界線が濃くなっていくような気がしています。
そしてその境界線によって、かえって居場所がないと感じる人が 増えてしまうんではないでしょうか。
もしそんなことが起きているとしたら、
03:01
優しさから始めたことなのに何とも切ない話になってしまいます。
ヒロムさんの活動、大丈夫君の居場所あるからは、
居場所がないと感じている人を強い、 誰かが助けてあげる活動ではないと僕は思っています。
あなたは弱いからここへおいで。
そうではないんですね。
僕たちも不完全だし迷うこともある。
それでも一緒にいられる場所を作ろう。
そんな活動なんじゃないかなって僕も思っています。
誰かに助けてもらった日が、別の日には誰かの話を聞く日になるかもしれない。
昨日まで元気だった人が、今日は誰かに寄りかかるかもしれない。
今何もできないと思っている人の存在が、
ただそこにいるだけで別の誰かを安心させているかもしれない。
人はずっと助ける側でもなければ、ずっと助けられる側でもありません。
その日によって立場は揺れ動きます。
そもそも誰かの役に立たなければ、居場所を持ってはいけないのでしょうか。
居場所を持てないのでしょうか。
元気がなければ仲間になれないのでしょうか。
何かを返さなければ、ここにいてはいけないのでしょうか。
きっとそうではないですよね。
居場所というのは、すごくよく完成された強い人というか、
完璧な人というか、そういう人が困っている人のために用意するものではないんだと思います。
それぞれに足りないところを持った人たちが関わりながら一緒に作っていくもの。
誰かを一方的に突き上げるのではなく、
同じ地面に座って、ここにいてもいいんじゃないと伝え合うものなのかもしれません。
だから僕は助けるよりも一緒にいるという言葉の方が、この活動には近いような気がしています。
答えを渡すのではなく、一緒に考える。
引っ張り上げるのではなく、隣に座ってあげる。
居場所を与えるのではなく、一緒に育てる。
そこには上も下もありません。
そして、誰かを助けてあげられるほど自分は立派ではないと感じている人も、一緒にいることならできるかもしれません。
特別な資格も大きな力もいらないんです。
僕も分からないけどここにいるよ。
その一言が孤独の中にいる人にとって小さな明かりになることもあると思います。
06:02
大丈夫、君の居場所あるからは、この言葉の大丈夫。
僕が君を助けてあげるから大丈夫ではなく、
完璧じゃない僕たちだけど一緒にいられるから大丈夫なのかもしれません。
助ける人と助けられる人を分けない。
誰かを特別な弱者として扱わない。
お互いの立場がいつ入れ替わってもいい場所を作る。
そんな関係が広がっていった時、助けてもらわないとここにいられないではなく、
何もできない日もここにいていいと思える人がずっと少しずつ増えていくのではないでしょうか。
これはあくまでも僕の仮説です。
皆さんは助けるという言葉をどう感じますか。
誰かを助けることと誰かと一緒にいること。
この2つはどんな違いがあるのでしょうか。
少しだけ考えてみてもらえたら嬉しいです。
もう一つお知らせをさせてください。
ヒロノムさんのYouTubeチャンネルプチノムの部屋では、
大丈夫、君の居場所はあるからに込められた思いとか、
ヒロノムさんの人から活動の温かな空気に触れられることができると思います。
ぜひ覗いてみてください。
概要欄にリンク貼っておきます。
今日も最後まで聞いてくれてありがとうございました。
それではまた次の放送でお会いしましょう。
今日のお相手もまこにぃでした。
それでは皆さんお幸せに。
またね。
今日もありがとう。
07:55

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