00:00
こんにちは、おあです。第104回目の今日は、【番外編】春木ゼミⅡ リスクとセキュアについて考えた、というテーマでお話ししていきます。
春木よしかつ先生のボイシーでですね、シャープ224 リスクとセキュア学を考えたい
春木ゼミシーズン2やろうかなという放送をやってまして、 私らが生きるにおいて理解しておかなければならないリスクには何がありますか?
ということだったんですよね。これを聞いてですね、私が最初にパッと思いついた 人生最大のリスクっていうのは、自分がね不本意に死ぬことですとか
不本意に誰かを死なせてしまうことじゃないかなってパッと思ったんですよ。 だからセキュアと言われたら、防ぎたはずの死を未然に防げる方法を色々知っておくことなのかなって思ったんですよね。
第99回目の放送で、柔道の品目・食物アレルギーを持つ次女の話というところでも話しているとおり、
うちの9歳の次女は今まで2回ぐらい命を落としかけているわけなんですよね。 私はそういう経験を通して、人って本当に簡単に死ぬなと分かったわけなんですよ。
でもそれでもですね、うちの次女はその食物アレルギーですよね。 小麦とか乳とか卵とか大麦とか蕎麦とかイクラとか夏類とかさえ口にしなければ逆に言えば
そんなに簡単には死なないで住んでいると。原因がわかってるから防げるわけですよね。 もしねやっぱり間違えて食物アレルギーが原因でね
事象をなくしてしまったら私はものすごい後悔しますし、おそらく立ち直れないと思うんですよね。
なぜなら防げた事故なのにって、自分のせいだって防げたはずなのに私が殺してしまったって思うと思うんですよ。
もう死んだ方が、私が死んだ方がマシだと思うと思うんですね。 生きてる方が地獄だと思います。
その反面ですね、真逆なことを言うようですけれども、第79回母との別れで考えたこと 死ぬってどういうこと?という放送会でも話しました。
人は当たり前ですけれども、生まれたからにはいつか必ず死ぬわけですよね。 なので私は死ぬこと自体はねやっぱりそこまで怖いとは思っていなくて、死ぬのは仕方ないというかね当たり前というか。
だから死ぬのはしょうがないんだけども、せめてだから苦しみたくない。 痛いとか苦しいというのが嫌ということであって
事情なんかね、食物アレルギーなんていうものが概念がない時代、それこそ江戸時代とかですね。 赤ちゃんの突然死の中には、そういうね柔道の食物アレルギーの子だっていた可能性ありますよね。
そういうことが原因で死んでしまった子もいるんじゃないかって思うと、今ね 9歳までうちの子は無事に生きてこられているのは間違いなくですね、この日本という先進国の
令和という時代だから生きていられる子ども。 うちの次女みたいな子が生きていられること自体がもう奇跡なんですよね。本当はありがたいことなんですよね。
03:07
同じ死でもですね、例えばガンとかねフジの病とかの病気ですとか 漏水ですとか火山噴火とかで隕石落下なんかの突然の巨大災害みたいな防ぎきれないような死は
私はね諦めがつきやすいような気がするんですよ だからまあ要はですね私はこうすれば死ぬことは防げたはずなのに自分が無知であったために
もしくは防ぐ努力をしなかった怠ったために命を落としてしまうこと 人災の側面が大きいっていうことを多分リスクだと思ってるんじゃないかなと
自分でもっと言えばですね私は今のところ 拷問を受けることつまり痛くて苦しくて死んだ方がマシなのに死ねないですとか
そういう方がもう一番のリスクな状況なんじゃないかなとかって思うわけなんですね なんで私ねもう死ぬんだったらもうせめて私即死したいんですよ
私の理想の死に方はですね76歳の誕生日に草原で突然雷に打たれて一瞬で死ぬことなんですね もうね人生なんてそもそも危険だらけですよね
もうむしろ生きてる方が奇跡ですよね うーん今ねあの原愛美さんがボイシーで不妊治療の話をされてるんですけれども
100シャープ113新シリーズ私の不妊治療履歴って言ってね今やってらっしゃるんですけれども ああいう放送を聞いてもお分かりの通り
まずこの世にね生まれてくること自体が大変なこと奇跡ですよね 乱死と生死がちゃんと受精してですね着症してですね
その後ちゃんとあの順調に細胞分裂をして胎児になってね 外科院出ても生きていけるぐらいの大きさまで育って今度は出産という難関を
ねくぐり抜けることですよ狭い狭い賛同でちゃんと頭から通って言ってへそのがねその 時に首に巻きついたらおしまいですからね
もうで今度出てきた出てきたで今度はねちゃんと泣いてですね 肺呼吸ができるようにならないといけないわけですよ
生まれてきたらね放置されるんじゃなくてちゃんとね あのお父をもらったりうんちが出たら綺麗にしてもらったりね
抱っこしてあやしてもらったりねこの世界は安心で安全な場所だよっていうことをね 理解してコミュニケーションとして言葉を覚えていってっていうような
もうこの世界に生まれ出てこられる時点で相当なラッキーなのに その上戦争もないね
こんな平和な令和のね日本という国に生まれ落ちたというそれって 宝くじで言ったらもうとんでもないラッキーなわけですよ
人類の歴史から見たらどんだけ贅沢どんだけ幸せどんだけ平和っていう話で しかもですよ皆さんねちゃんと目が見えて耳も聞こえてお話ができて走ることも
06:04
できて何でも食べることができる そんなとんでもないレベルのラッキー人生の中でですね
まあ病気にかかることだとか自然災害が起きることとかコース事故にあっちゃうこととか まあ通りまあなんかのね事件に巻き込まれるとかね
まあ今後もあって戦争が起きてしまうっていうようなリスクっていうのは 全部は防ぎきれないっていうかねうん
まあでもそういうリスクを少しでも回避したいから皆さんね健康診断に一生懸命行ったり 耐震性の高い建物を建てて住んだりね
川のそばには進まないようにしてみたり信号をちゃんと守ったりね 運転できる資格をあのあなたはいいよとかダメよとかで与えたり
銃を持つことを禁じる国もありますし国によってはね核兵器で武装したりしてますよね みんなそれぞれ自分ができる範囲で備えたり自衛しているわけですよ
おじいちゃんおばあちゃん世代はねなんだかんだ言ってもね最後まで土地を手放さないで 自分の畑で自分で食べる分ぐらいはね
自分で作るっていうような人多くないですか 私ねあれもねセキュアの一種なんじゃないかなと思ってるんですね
やっぱり戦争を体験したりしてなんだかんだ言っても最後はもう食べ物だとつくづく思い知っていたか 自分の身を守れるのは自分しかいないみたいな自分の食べ物はね自分で何とかし
ないといけないみたいなふうに思っていたんじゃないかなとは思うんですけれども そうやって考えるとですね食べ物でも住む場所でも自分の力で何とかできる範囲が大きければ
大きいほど生き残れる可能性が高まると知識を持ってできる限りコントロール できる範囲をね広く持っていることがリスクヘッジになるっていうか責任
になるとも言い換えられるわけででもそれは裏返すと支配とか権力とかっていうもの につながるわけですよね危険性があるわけですよね
自分が生き残るため自分の子供を守るために周囲をどんどん自分の製造のためにコントロール していくコントロールの範囲が広がれば広がるほど支配的で権力を持っていくということになる
わけで つまりセキュアを求めるっていうことはコントロールを強めていくっていうことにもつながる
隣り合わせなんじゃないかなと思うんですね 昨日でしたっけあの人気パースナリティーのスタッフのうさぎさんがはるき先生と市場生
逆産志向さんと一緒に対談をされていたみたいですね 私アーカイブで先ほど聞いたんですけれどもその中で sns が危険だと
子供にやらせてないなってまあそりゃあそうですよね親ならみんなそう思うと思います 無知な子供が巻き込まれてしまうリスクがあるからこそオーストラリアでね
法律で規制しようっていう動きが出ているっていうこともよくわかりますよね 銃とか薬物も同じだと思います
命の危険があるからダメと禁止している国が多いわけですし お酒とかタバコも子供には害が大きいから法律で禁止されているわけですよね
09:05
でもね私この sns って銃とか薬物とか酒とかタバコとはやっぱ ちょっと違うなと思っているんですよ
銃とか薬物とか酒とかタバコっていうのは実際にそれそのものが直接的に命を脅かす 物体ですよね
対して sns っていうのはですね別にねこの スタイフも sns の意思だと思いますけどラインとかもね
そういうサービス自体が直接人を殺すわけではありませんよね 包丁とかと同じで人間がこういうのあったら便利だよねって思って考えて作り出した
便利なツールなわけで sns 自体に良いも悪いもないわけですよ sns を悪意がある人が使えば恐ろしい地獄にね引きずり込む
手段になるし良識のある人間が使えば便利で楽しいツールになるわけですよね そう思うとあの対談でのお話の私結局ね
どこまで大人が子供をコントロールできるのか どこまで大人が子供をコントロールしていいものなのかっていう話に聞こえたんですね
私は基本的には子供に限らず人をコントロールしようとすること自体に反対という スタンスなんですよ
なのでまあ子供の sns 規制に反対化させるかってもうどっちかって言われたらまぁうん 反対かなって規制しないという立場なのかなと思うんですけれども
なぜかというとその sns 子供の sns を規制するという思想の背景には 子供は無知で魅力な存在であっていつでも大人の方が知識があって正しいことを
知っているという前提に立っている匂いがするからじゃないかと自分では思ってるん ですね
第35回の子供主体の教育ってという放送会であの話しているんですけども あのそれってね大人主導に近い価値観な気がしちゃうんですよ
確かに子供は大人に比べたら知らないことの方が多いですし弱い立場に置かれている ですけれどもだからといって大人があれダメこれダメこれも危ないあれも危ないってね
やりすぎて過保護過半生になりすぎていてそれが今の子供たちの生きづらさですとか 私たちがこれだけ平和で豊かなはずの国の時と時代においてですねなぁこんなにも
息苦しい幸せじゃないっていう 子供が増えているっていうのはそこにあるんじゃないかなっていう疑い私が持って
いるからなんですけれども 例えばね小さい子を子供ね公園に連れて行った時にちょっとでも滑り台の順番を抜かしたりね
砂場でお友達のガングを奪っちゃったり追いかけてこうやって叩いちゃったりね すると親がもう急いで出ててごめんなさいごめんなさい
ほらちゃんと謝りなさいお友達のもの勝手に取っちゃダメでしょ貸してでしょみたいな 介入してですね見解ならないようにトラブルにならないようにっていつでも大人が先回りを
して目を光らせている状況なわけですね それが今度は sns の世界に来てしまうだけな気がしていてそれに近い気がしていて
12:01
sns の世界で今度は大人が子供を監視管理しようとしているような なんかそれってそんなに子供を信じられないのって思ってしまうところがあって
なんかそうやって子供危ない危ないって歩くね道の石を取り除いてばっかりて子供が 転んだり怪我したりすることを過剰に恐れて心配症な大人がこんなに多いから
だからますます子供は不安になって息苦しくなって逃げたくなって大人の目から 隠れようとして本当に危ない道に足を秘め入れてしまうっていうことはないのかなと
だって sns に限らずね ai とかね どんどん時代は変わっていくわけですよそのスピードはこれからの10年はこれまでの
100年に匹敵すると言われているぐらいなんですよね そんな目まぐるしく変化していく世界をですね
じゃあそのすべてを大人が把握して理解してリスクを認識して危険を取り除いて 子供たちにいいところだけを抽出して与えるなんて先回りして与えるなんてできるのか
私はできないと思っちゃうんですよ無理だと思っちゃうんですよ うん
でそんなことができると思ってはいけないんじゃないかなと コントロールしたくなる気持ちはわかるけれどもそれは大人たちの持つ恐れから来る執着なんで私は
それをね大人が手放さないといけないんじゃないかなと 私は自分の子供姉もう自分には到底理解しえない
はかり知れない時代全く違う世界を生きていく存在だと思う 思ってるんですね
有名な話でね古代ギリシャの哲学者のプラトンでさえ最近の若者はって嘆いていた っていう逸話が言われてますよね
大昔から大人なんていつの時代もそんなものだと思うんです 大人になるとですね自分が教わってきたこと自分が学んできたことと違う
それが通用しない未来っていうのが怖くてたまらなくなるんですよね 大人は変化に不安とか恐怖を覚えてしまうもの
わからないことが不安もうコントロールできないっていうことは自分の無力を突きつけられる ことですからね
自分が生きてきた時代のやり方で子供を理解しようとするんだけれどもそれがうまく いかないと自分たちのやり方が通用しないとなったらめちゃくちゃ不安になるのが大人なんですよ
で大変だ子供たちが先の若者おかしいとかって大騒ぎしてですね 今の子供たちはインターネット影響で脳がやられているみたいになっちゃうわけなんですよ
自分たちとは違う時代違う世界を生きる子供たちを見るのが怖いんですよ 不安を掻き立てられるんですよ
価値観を変えなければ理解できない存在なわけですから 大人たちは自分の不安とか恐怖をね子供に投影しすぎなんですよね
自分のこれまでのやり方が通用しなくなるなんて当たり前なんですよ 諸行無常ですから
だから人生最大のリクスクって言われたらですね 全てをコントロールできるというおごりを持つことなんじゃないかなと思ったんですね
15:02
じゃあ何がセキュアになるかっていうと私は子供を信頼することだと思ったんですよ 大人が子供を信じることコントロールを手放すこと
それがスタートラインになるんじゃないかなと思ったんですね 大人の方が何でも知ってるとかね子供よりわかってる教えてあげる立場っていう
おごりとかコントロール力みたいなのを手放して 完璧な道なんてないと全てをコントロールなどできはしないよねって理解した上で
子供を信頼することいろいろあるだろうけどこの子は大丈夫って 心底思うこと
ジブリの崖の上のポニョってアニメありますよね あれはこういう話だと私は思ってるんですね
ソウスケのお母さんリサってもうめちゃめちゃかっこいい大人なんです 5歳のソウスケをちゃんと一人前の男として扱ってるんですね
心の底からソウスケのことを信頼してるんですよ あの嵐の中ですね自分はひまわりの家という老人ホームに行かなければならないと
だからソウスケは一人でこの家とポニョを守りなさいって言うんですね ソウスケは5歳ですからね
不安なんで自分もママと一緒に行くみたいに泣くんですけど リサは本気でね大丈夫って言うんですよ
言い切るんです その言葉の通りソウスケはやり遂げるんですよね
もうかっこいい私はこういうリサ リサみたいなかっこいい大人でありたいなと思ってるんですよね
今ねあの一番下の1年生の息子までとうとううちね ホームエディギターになっちゃったんですよ
なんで今ねうちの子3人とも学校に行ってません もうみんなに心配されますよもうじいちゃんばーちゃん学校の先生近所の人通りかかる人
不登校支援のNPOの人とかもうみんなね もう学校行かないでどうやってこの先生きていくのと
不登校に悩んでいるって保護者さんたちいっぱいいますよね どうしたら子供が学校に行けるようになるだろうかって悩んで
あちこちに相談に行かれているわけですよ でねそういう方が皆さんね何に怯えているかって学校に行かないと将来大変なことに
なるっていう不安と恐怖なんですよ自分の中にある でねそういう方にはぜひですね9月6日のボイシーの
いもいも教室の妹先生の放送子育ての悩みの本当の構造っていう放送ぜひ聞いて いただきたいんですけれども
私が言うよりよっぽど説得力ありますからはい 私もねこの放送でおっしゃってる妹先生と同じように子供たちは大丈夫って
親族を持っています まあそりゃあ世の中のマジョリティから早々に離脱したわけですからね
みんながやってることみんなが知ってることみんなが当たり前のことがうちの子たちは 全部知らない知りませんしやってませんし当たり前がわからないわけですから
苦労することになりますよでも苦労するのはみんな一緒なんです どんな道を歩んだって苦労しないわけないんです苦労しない人なんていないしどんな道を
18:05
選択したってリスクはあるんです 完璧な道なんてないし安心安全な人生が幸せかどうかも分かりません
まとめますと人生なんてリスクだらけですよねもう心配したらキリがありません どういう時代になるかも分かりません
これをしていれば大丈夫なんてむしろ怪しいと思いますよ もともとね生きてる方が奇跡なんですから安心安全なんてね幻想かもしれませんよね
だから子供を信じてですねコントロールを手放して大丈夫って言ってあげること 大人が子供扱いしないで私物化しないでコントロールしようなんて思わないで
1対1の子としての関係性をちゃんと気づいていくこと その上でもうちょっとだけね長く生きてきた
先輩として言えることがあったら私はこうだったよとか私の時はこうしたよとか 私はこう思うけどねっていうふうにまぁ伝える
セキュアといったらそのくらいかなと思ったわけなんですよね なんだかねハルキゼミ2で求められている内容とはまただいぶ違うことを話してる
気がしますが まあ人生のリスクって言われて考えたことを私なりにお話ししてみました
はいなんかねまた何かのきっかけで私の考えも変わるかもしれませんが現段階では 以上です
長くなってしまって申し訳ございませんお聞き下さりありがとうございました 8コメントフォローいいねお待ちしています