1. 管理職を捨てて独立したリアルを伝えます
  2. #570 受け取れる人になるには..
#570 受け取れる人になるには「迷惑をかける」練習から
2026-06-13 18:51

#570 受け取れる人になるには「迷惑をかける」練習から

人間って、基本的には「自分のできる範囲で誰かの役に立ちたい、困っている人を助けたい」という欲求を持っている生き物です。

つまり、「人を頼れる人」というのは、相手のその優しさを信じている人なんです。

逆に「人を頼れない人」というのは、相手を信じていないということになります。

人の優しさを信じているからこそ、人の行為を素直に「受け取れる」ようになる。

人に感謝できるようになると、相手にも貢献をお返ししたくなる。

その循環が人やお金といった豊かさをもたらしてくれるのではないでしょうか?

すべてを自分1人で解決しようと心を閉ざしている人より、「持ちつ持たれつ」の方がずっと豊かな生き方だと思います。

📣【今月のお知らせ】

人生加速スナック、10回目開催します✨

🗓 日時:6月22日(月)
📍 場所:スナックひきだし(東京メトロ丸の内線 赤坂見附駅から徒歩30秒)

💰 チャージ:2,200円(税込)
🍹 ワンドリンク制:880円〜(税込)
🆕 初めての方は会員登録費1,100円(税込)
※お支払いは現金またはPayPayのみ

🔗 スナックひきだし公式サイト
https://hikidashi.co.jp/snack-hikidashi/
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/62897c3efd1be6fc4620587a

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

このエピソードでは、人に「迷惑をかける」練習をすることの重要性が語られます。人に頼ることは相手への信頼の表れであり、自己犠牲を重ねるよりも、お互いに助け合う「持ちつ持たれつ」の関係の方が豊かさをもたらすと説明されています。娘の合宿でのエピソードを例に、遠慮せずに相談することの大切さと、それが相互の信頼関係を育むことを強調しています。

人に迷惑をかけないように育つことの弊害
こんにちは、人生加速コーチのなおこです。このチャンネルでは、管理職を捨てて、ライフコーチとして独立した私のリアルをお届けしていきます。
今日はですね、受け取れる人になるためには、まず人に迷惑をかける練習をしようという話をしたいと思います。
やっぱり日本で生まれ育つと、どうしても人に迷惑をかけないようにしましょうというふうに育てられるし、私も結構子供に対してね、迷惑をかけないようにみたいなことは結構気づいたら、無意識に言っちゃってるなぁと思うんですけど、
ただ、迷惑をかけるには練習がいるんですけど、迷惑をかけられる人になったほうが、受け取れる人になるんじゃないかと思ったんですよ。
むしろ、人に迷惑をかけないようにかけないようにっていうふうにすると、だいたい自分が我慢をしたり、自己犠牲をしたり、自分の気持ちをどうしても押し殺すみたいな場面が増えていくじゃないですか。
それが溜まりに溜まって爆発して、より大きな人間関係が滞るだったりとか、関係性にひびが入るみたいなことになるぐらいだったら、ほんのり迷惑をかけながら、迷惑をかけるということは相手に少し悪いなって思ったりとか感謝をしたりするじゃないですか。
そういう気持ちを持ちながら、いわゆる持ちつ持たれつとか、お互い様みたいな言葉がありますけど、そんなふうにしていけたほうが、結局自分も迷惑をかけることもあるし、でもかけられるというか、人の迷惑を受け取れるみたいな器が育っていくんじゃないかなと思ったんですよ。
そもそも迷惑って何なのって、迷惑って悪いことなのかなと思って、改めて言葉を調べてみたんですけど、迷うに惑わすと書くので、その人に負担をかけたり、不快な思いをさせたり、そういう状態を指すそうなんですけど、
もちろん悪意を持ってとか、嫌な思いをさせろみたいなのは論外として、良かれと思ってみたいなこともあったりとか、いろいろ人に負担をかけたり、動いてもらったりとか、ということはあるわけなんですけど、
迷惑の捉え方と頼ることの心理
それは本当にダメなのかと、全部やらないほうがいいのか、逆に言うと人を頼らず全て自分で解決できるようになったほうがいいのかというと、やっぱり多分違うんじゃないかなと思っていて、人って自分一人でできることって限られているし、
あとは、迷惑をかけられたいというか、自分のできる範囲のことで人の役に立ちたいなとか、困っている人を助けたいなという気持ちも、これも欲求として必ずあるはずなんですよ。
だから、頼ってあげるということも、言い換えると迷惑を少しかけてあげるということも、意外と自分は悪いなと思っていても、相手は全く悪いと思っていなかったりとか、むしろ頼られて嬉しい、相談されて嬉しい、力になれて嬉しいということも結構あるんじゃないかなと思っているんですよね。
自分が頼られるとか、立場だったら全然迷惑だと思っていない、むしろ全然悪いよ、みたいなことも、同じことを自分が他の人にしようと思ったときに、なんかちょっと申し訳ないなぁみたいな気持ちが発生してしまうっていう、でもこれも多分しょうがないんでしょうね。
なんかもうそういう心理になってるから、自分同じサイズのものを、これお金と一緒ですよね、お金も500円得る喜びよりも500円を失う痛みの方が何倍も大きいみたいな話ありますけど、それと感覚的には近いのかなと思って、同じ量であっても受け取るときと渡すときで痛みとかの感じ方が違うみたいな、
なんかそういうものなのかなと思っているので、もちろん人によって感じ方、考え方も違うし、どこまでが負担と感じるかとか、どこまでだったらやってあげたいかみたいなラインも違うんですけど、
でも少なくとも自分だったら別にそれぐらい頼まれても何とも思わないなって自分に温めて考えたら、別にこれは迷惑なんじゃないかみたいに大評価というかしなくてもいいんじゃないかなって思ったんですよね。
そういう訓練をしていかないと、どうしても自分で解決しようとしてしまいがち、親とか友達を頼るとか、子供を実家に預けるとか、そういうことも向こうはむしろ喜んでやってくれるかもしれないのに迷惑なんじゃないかみたいに思って、結構自分で何とかしようとしてしまうみたいなと言うんじゃないかなと思うんですけど、
人を頼れる、迷惑なんじゃないかなと思いつつお願いができるということは、つまり相手が受け取ってくれるというか引き受けてくれるだろうという信頼があるからできるわけですよね。
無理だったら全然断ってくれていいんですけどっていうことも伝えつつですけど、でもきっと嫌がらないんじゃないか、心よく引き受けてくれるんじゃないかと思いながら頼むということは、つまり相手に対する信頼がないとできないんですよね。
ということは、裏を返すと人を頼れないということは、人に迷惑をかけられないと思っている人は、相手がそれを受け取ってくれるような人ではないだろうという不信感の裏返しなのかなと思うんですよね。
嫌がるだろうという相手の器の小ささを信じちゃってるわけじゃないですか。
なんかそれって逆に失礼なんじゃないかなと思うことがありまして、人のことを信じられないって、結局自分のことも信じてないっていうことだと思うんですよ。
人間ってそんなもんみたいな感じな気がして、そうするとどんどん一人の人間のサイズでしか物事を考えなくなるっていうのかな。
どんどん狭い世界に埋もっていく気がする。
ということは、自分一人でできることしかやろうとしなくなるっていう感じでしょうかね。
でも、人を信じてる人っていうのは、自分一人ではできないことも、人の力を借りればできるということがわかっているので、もっとトータルで結果が良くなる、良いことになるっていうその人、自分と相手で生み出せるものの大きさを信じているということだと思うんですよね。
それができる人は、立場が逆になったときに自分も誰かに頼られて、それに貢献することで物事が良くなる、最大の成果を発揮できる、パフォーマンスが出せるっていうふうに思えるわけだから、相和が大きくなるっていうんですかね。
頼れる・受け取れることによる豊かさの循環
人が頼れるし受け取れるしっていう、もしかしたら目に見えない親切とか好意とかそういうものかもしれないし、あるいはそれが形を変えてお金とかですね、いうものに変わるかもしれないけれども、お金を払える人は受け取れる人っていうふうにも言いますし、人を頼れる人は頼ってもらえる人っていう相互の器が大きくなって、
全体が豊かになるんじゃないかなと思うんですよ。やっぱり出すのが先っていうのかな、呼吸も吐くのが先で、お金も出すと返ってくるみたいなありますけど、その人の好意とか迷惑と捉えられる可能性があるかもしれないことも含めて、自分からヘルプを出す、頼るということをすると、
それが返ってきて自分も頼ってもらえる。誰かに頼ってもらって解決をする、貢献をするということが時にお金になるということが生み出せるわけなんで、やっぱり頼れない人は受け取れないんだなと思ったんですよね。
娘の合宿エピソード:遠慮せずに相談する大切さ
まず頼る練習、人に迷惑をかける練習がとても大事かなと思いました。何でこの話をしようと思ったかと言いますと、娘が夏休みにあるバスケの合宿に突然行きたくないと聞き出しまして、1ヶ月くらい前に確認したときは全然行くよみたいな感じだったんだけど、直前になって、つい最近急に行きたくないみたいな、
ことを言い出しまして、お友達関係とか嫌なことがあったのかなとかちょっと思ったんですけど、冷静に話を聞いてみたらですね、みんなと一緒にお風呂に入るのが恥ずかしいという理由だったんですよ。
うちも小4ですし、4年生くらいってかなり個人差ありますけど、うちの子はちょっと体も大きいし、結構発達も早い方なんで、やっぱり体つきが女の子らしくなってきているというのは同級生に比べてもあるわけなんですよ。
でも私自身もそうだったからわかるんですけど、早い子の方が恥ずかしいわけよ、いろいろ。まだみんなが何も気にしていないことを気になるみたいなことがあったりするので、めっちゃ気持ちわかるなって思ったんですよね。
でも夫もね、ちょっと考え方も昭和的なところがありますから、「いや、その集団生活でそんなこと言ってらんないでしょ。」みたいな。まあ、要は我慢しろよと、諦めろというタンスだったんですよね。
うーんと私も思ってですね、それで押し切ることも無理やり、押し切ることもできるとは不服ながらに、「わかった。」って言って、いやいや入らせることもできたとは思うんですけど、
でもなんかそれをやっちゃうと、自分一人の都合で、いわゆる誰かに迷惑をかけるみたいなことがダメなんだ、みたいなふうに思ってしまったら、そういう学習をしてしまったら、
これってどんどんヘルプを出せない人間になる、自分はこれが嫌なんですっていうことを伝えられない、飲み込んでしまう人間になってしまうんじゃないかなと、自分が我慢すればいいんだみたいな、そういう思考習慣になっちゃったら嫌だなぁと思ったので、
ちょっと一回相談してみようと、ちょっとまだわかんないけど、時間ずらして入るとかできるのかみたいなことを一回相談してみましょうということで、合宿の係りをやってくれている保護者さんが何人かいらっしゃるんですけど、その方にLINEをして、
こういう事情で別行動とかできたりしますかねっていう相談をしたら、お年頃ですもんねっていうふうに共感をしてくださって、他に6年生とかもいるから、6年生だと生理とかも来てる子もいるわけじゃないですかっていう子もいるかもしれないから、ちょっと検討しますということで、コーチとか他の係りの方とも相談をしてくれまして、
どうやら宿舎が、温泉旅館がやってる離れの合宿場みたいなところらしいので、お風呂は旅館の温泉を使えるっていう話で、温泉だから貸切風呂みたいな個別のやつ、大浴場とは別にあったりするじゃないですか、そこを使わせてもらえるっていうことになったので、
同じ時間帯でちょっと別行動みたいな、そしてちょっと保護者も一人付き添ってもらっていいみたいな、っていう対応をしていただけることになりまして、本当にありがたいなと思ったわけです。相談してみるもんだなと思いまして、
うちの娘のために何人もの人が動いて相談してくれて、時間使ってくれて、貸切風呂の予約とかそういう言葉動いてくれているわけじゃないですか。考えると、やっぱり申し訳ないなという気持ちもありつつ、でも娘にもあなたのために皆さんが動いてくれて、
こういう対応をしてくれたんだよ、くれるんだよ、ということを感謝できる人になってほしいなと思って、それを受け取れる、甘えられるというか、そういう経験をしたほうが、
自分も何かあった時に相手にやってもらおうみたいな、あの時こうしてもらったから、自分もしてあげようみたいな気持ちになりやすいんじゃないかなと思って、やっぱりしてもらったことを人は誰かにしたくなるっていうのも、それも本能だと思うので、
思い切って相談してみてよかったなと思います。むしろ人ってしてもらったことしかしてあげられないんじゃないかなと思って、その経験がないと、それをしてもらって嬉しかったなと思う経験がないと、それを自分が喜んで心からできないのかなと思って、
やってもらったことがないのにやろうとすると、それが何かこう自己犠牲みたいなものを生むんじゃないかなと思ったわけです。それに人を頼ることをやったほうが、より言い方とか伝え方、頼み方もどんどんうまくなっていくと思うんですよね。
相手が負担に感じない頼み方とか、そういうのもどんどん洗練されていくような気がするので、そうすると頼り上手にもなっていくし、頼られ上手にもなっていくっていう、なんかそんな循環を作っていけると、みんなで豊かになっていけるのかなというふうに思いました。
人に頼る練習と成功体験
なので、今まで人に迷惑をかけないようにと生きてきた方は、ちょっとずつ人に迷惑かなと思いつつ、ちょっと迷惑をかけてみるという練習をしてみると、自分の受け取れる幅も広がるんじゃないでしょうかという話をしました。
イベント告知と日常の過ごし方
以上です。最後イベントの告知だけしておきます。
ヒルスナックですね。6月22日月曜日13時から17時まで場所が、いつもの東京若坂三介のスナック引き出しさんです。
前回のヒルスナックも、お友達の方にちょっと手伝ってもらったんですけど、それも別に支給とか出せるわけじゃないから、完全にボランティアのただ働きになっちゃうわけですけど、でも、よかったらちょっと手伝ってくれませんかっていうふうに、やっぱり迷惑かもしれない。もしかしたら断られるかもしれない、嫌って言うかもしれないけど、頼んでみる、言ってみるっていう、
今までちょっと怖くて言えなかったようなことを言ってみるっていうことをやると、すごい心よく引き受けてくれるという成功体験を生むことがありますので、やっぱり恐れずに言ってみるっていうことなんじゃないかなと思います。
以上です。そろそろバスケの練習試合場に戻ろうかなと思います。
今日は12時から18時までずっとバスケの練習試合で、自転車で30分くらいかかるところに来ているんですけど、6時間見てるの長すぎるので、一回送り届けてから抜けて、カフェでご飯食べて、YouTubeのアップロードして、みたいなお仕事をして、今公演でこの財布を取って、残りの2時間くらいは練習試合を応援しようかなと思います。
以上です。最後まで聞いていただいた方は、いいねとまた聞きたい方はフォローもお願いします。本日も聞いただきましてありがとうございました。
18:51

コメント

スクロール