本日のテーマはKUBSの歴史です。
KUBSの歴史、なぜこの話をするかと言いますとですね。 この間、KUBSのOB大字会の、何だろう。
親睦会、交流会みたいなのがあったんですね。 そこに現役の方も同僧ということだったので、私も行ってきて。
全部で9人ぐらいいらっしゃって。 僕と松浦さんが現役は行って。
僕らが知ってるぐらいの先輩が2人いらっしゃって。 その先輩が知ってるぐらいの先輩が
5人くらいかな。 4人か5人くらいいらっしゃって。なんで基本的には僕らプラス5歳、6、7歳ぐらいの方々だったんですね。
まだ20代くらい。 そもそもOB大字会っていうのができたのが2、3年前らしくて。
そうなんですね。 多分ね、前前前局長ぐらいの方が卒業するときに、
じゃあなんかあんまり正式なOB会がないねということで。 京都大学ってそういうOB会も登録できるんだって。
サークルで? そう、公認OB会みたいなのがあるらしくて。それに登録すると京都大学の施設というか。
会議室とかを無料で使えるみたいな。 そういうのがあるらしくて。
なんかそれで登録したらしいんですけど、登録してくださったらしいんですけど。 ただその中にOB、OGの皆さんの中に1人だけ
1988年入局の方がいらっしゃったんです。 このサークルはいっからあったんですか?
1988年。 初代ですか? 初代、創立メンバーが1人いらっしゃいまして。
1988年に大学生と登場したの? はい。なのでまあ、50代、おやせ代くらい。
おやせ代、ちょっと上くらいの方がいらっしゃって、ガチレジェンド。 レジェンドですね。その方は局長とかはやってましたか?
いやわかんないけど、でも実はここにKUBS広報部88というのがありまして。 88。これがおそらく88年度の活動記録なんですよ。
ちなみにこの最後のページに1人だけ、広報部長って書いてある。
の方の名刺がありまして、この方にお会いしています。 なるほど。
なので創設メンバーは4人だったらしいんですが、その中のお一人に会ってきて、いろいろお話を聞かせていただきましたので、その話をしていこうかなと思います。
まずKUBS創設時ですね。気になる。 どういう経緯でここができたのかという。
我々が所属しているKUBSはどういう経緯でできたのかという話なんですけれども。 まず最初にできたときの主な仕事は学内ラジオでした。
ああなるほど。 今はやってないんだけど、学内でお昼の時間とかでラジオをやったらしいんです。
で、それをどういう形態でやってたかというと、 FMラジオを学内の場所から本部に飛ばして、それを流していた。
だから要は初期の部室、ボックスがどこにあったかっていうと、吉田食堂らしい。
吉田食堂の2階によくわかんない個室あるでしょ? 見たことないかな?
そもそもあそこってもともとちゃんとしたレストランだったらしいの。 あ、そうなんすか?
らしいの。で、2階行ってみたらわかると思うんだけど、確かにレストランだったかもなって作りになってるわけ。
なんかその、厨房じゃないですけどありますよね? 今使ってないですけど、あるでしょ?
で、あそこはレストランだったんだけど、その一室がうちの部室だったらしいの。 要は放送機材を置く場所。
そこから毎日月勤でラジオをやってたと。 私は月曜日担当でしたって知りました。
で、その前身番組みたいなのがあるらしくて、それがFMFOXっていったの。
なのでKUBSの初期メンバーは4人いらっしゃるんだけど、 4人プラスFMFOXの人たちが数人いらっしゃって、
っていうのが最初の出来上がりだったと。 FMFOXもあれだった?タークルでお昼のラジオ?
多分そういうことだった。 じゃあ創設時どんな活動してたかと言うと、結構ねアグレッシブで。
まずびっくりしたのは、ファッションショーをやったと。
KUBSはなんか今みたいにアナローの練習したり、ラジオやったりっていう。 ラジオはやったんだけど、こういうサークルではなくて、結構イベントごとを任せられる感じのサークルだった。
で、学園祭でNFでファッションショーをしようと。 だからイベントの企画担当みたいな感じで。
なんか結構、こういうの言うのはどうかなと思うんだけど、 当時ね、男どもは兄弟に似合うファッションショーができる女子はいないと。
なるほど。ちょっとね、今言うのはちょっとあれですけど、昔なんで、1982年当初。 その当時もだいぶ失礼だったけどね。
いてたんだって、なんですけど、この間お会いした方は女性なんですけど。 その方は、いやそんなことはないと。バカにするなんです。
ということで、京都大学のスタイルのいい女性に片っ端から声をかけていって。 それで10人くらい集めてファッションショーをやれたんだって。
NFでファッションを借りていいみたいな感じで。 しかもなんかね、
これも今どうかわかんないんだけど、やっぱ当時は京都大学で放送のサークルやってますって言うと結構、 値打ちがあるというか、価値があったそうで。
すいません、こういう企画をやるので衣装をタダで貸してください。 えーよ、みたいなことがあったらしい。
そんな簡単にもらえるんですか? そう、だったらしくて。それでいろいろやったんだって。
で、その流れで食レポとかも結構やったらしくて。 だから要はどっかのお店に行って、京都大学放送局ですと。
こういう企画を作るので、ご飯を食べさせてください。 って言って、ご飯のタダ飯を。
それはどこで流してた? わかんない。
それはそこまで聞いてないや。 映像ではない?
映像じゃないの? プレポ。 当時はなんなんだろうね、88年の時は。
ビデオに焼いてるとかだったのかな。
なんかそういう結構アグレッシブやったらしくて。 いろんなところ。
で、一番でかいのがね、
イギリスからバンドを呼んできたんです。 イギリスのバンドを呼んできて、日本でライブをしてもらった。
こういうこと言ってもくれない。 当時の局長さんの知り合いに
The Manitouっていう
イギリスのバンドがあったらしくて。 そのThe Manitouを
日本に呼んできて、ライブをしてもらったんですって。 その手配も全部やったんだって。
飛行機からホテルから。 ホテルというか、結構長いこと言ったらしいからウィークリマンション。
通訳からそこまでのオークリング、 奏芸とかも全部やってた。
結構有名なバンドやったっぽいですよね。 それ聞いてる感じやと。
そうでもないんですね、これが。 そうでもなかったらしい。
でもすごい手配してる。 ライブ会場も抑えてる。
初期のKUBSはそういうイベントサークル。 今の時代のイベントサークル。
ガチでイベント運営サークル。 イベント運営サークルだ。
っていう感じで活動してたらしいんですね。
途中で形を変えつつ今になったらしいけど。 全然違いますね、今と。
放送局に収まっていないようじゃ大変。 そうね、今できんもん。
海外からバンド呼べない。 だから相当バイタリティーがあったんでしょうね。
みんなね、体力とやる気とがあって成り立ったんじゃないかなと思いますけど。
昔なんかもっと大変やったでしょ、大学も。 今でこそ。
昔の大学はあんまり期待できないですよ。 だって昔は出校通知があったって言ってるの。
休校通知じゃなくて出校通知。 要は今日は授業ありますよ、があった。
もしかしたら勉強自体はちょっと楽だった。
昔の時代って当たり前ですけど、スマホも投げるの、パソコンも投げるの。
それで飛行機を予約して場所を冴えてホテルまで行くっていうのがすごい。
すごい大変だったと思うんですよね。 しかも4人でしょ、放送制度。
4人プラス何人かでなんとかやってたって言って。 今とそんなに変わらない。
なんなら今のほうが多いじゃないの。 そのメンバーで海外のバンド4個やるとか。
すごい。
結局4人とも結構偉いポジションなんだって、いろんなところの。
だからそういう経験が生きてるんだろうなと思います。
かっこいい。
それでは後半はこちらの企画をお送りします。
KUBS企画会議、OB、OGの方からいろんな話をお聞きしましたし、
とにかく若いんだから、大学生なんだから多少のことは許されるから。
思い切ってやりたいことをやりなさいというお話をいただきましたので、
我々ももう少しアグレッシブに活動していってもいいんじゃないかと。
やるかどうかは別として、今後やってみたい企画をいくつかね、提案していきましょう。
Podcastも新しいのできたんでね。
そうですね。
というところで、僕は映像番組を頑張って出そうかなと思います。来年特にエヌコンに向けて。
そうですね。なんかこう、個人的にはガイアの夜明けみたいな。
主題と編集と考えていったら、ギャルに始めるんやったら早めからやっとかないと。
計画的にやらないとあれですね。
俺、ブラタモリみたいな。
そう、このまって散策。
この間、33限動特集やってた。1時間半ってしゃく。
1時間半、33限動。
おもろかった。
ハモリさん、エグい。なんかね、ピンとくるのがすごい。
王人のランスか、みたいな。
でもこれ横につきますよね。
80歳らしいんです、ハモリさん。
気づく力みたいなのもすごいな。
そういうのって、施設紹介してる人とかも、なんかその、
彼って多分嬉しい。
うん。
あ、そこ気づきました。
そうそうそうそう。だから、どっかに行ってみて、お店でも、イベントでも。
アナウンスの原稿のやつを映像番組に持ってってもおもろいんじゃないかなと思ってるので。
そうですね。アナウンスの人らすごい取材というか。
お祭りに行ってきたとか、地域の食べ物に行ってきたとかやってるんで、
それをやってみるのはアリかなと。
そうですね、アリです。
橋本くんなんか?
企画というか、メールとかをやっぱり見たいっていうのがあるんですよね。
メール運命みたいな。
僕、好きなラジオ番組に、リンラカラーインフィニティの先生のラジオが好きなんですけど、
基本毎回メールで講習してみたいなのをやってるんですけど、
やっぱりメールを読みたいというか。
そうだね、メールはラジオの花形ですからね。
やっぱり、このラジオで言ったらそれこそ受験生とかからやったりとか、
あとは普通に、兄弟生って他の一般の人からしたら、
NGみたいなイメージがあるじゃないですか。
そういうのを、メールに対して応えていくっていうのができたら嬉しいですよね。
理想ではあるよね。
SNSだろうな。
そうですね。
ちゃんと動かして、何回言ってるんだって話ではあるけど。
SNSって意外とハードル高かったりするんですかね。
YouTubeからのコメント欄とか。
コメント欄でも書いてくれたら全然やりますみたいな。
メールが来ると俺もやりやすいし。
そうですね。
一人でラジオするとかなんて、メールあったらあるのとないのと。
非常に楽ですよね。
楽だし楽しいと思う。
そうだね、メールをSNSで頑張りましょう。
そろそろ本当に。
ずっとね、やるやるってやってないですよね。
やるやる詐欺にも程があるので。
やりましょう。
こんなもんですかね。
あと本当はこの間やったけど料理企画はもうちょっと味を占めてやっていこうかなと。
楽しいですからね、やってる側も。
ラジオで料理やるってまずネームっていうのはあるんだけど。
何をしてるんだっていう話ではある。
俺らがパイオニア。
もうだって資格情報一切ないですからね。
僕らの食レポ別にうまいとかでもなく。
ただの素人がご飯作って食べるっていう。
あ、うまいうまい。
確かにこの風味がね。
中身のない。
ニンニクの香りがね、みたいな。
そんぐらいしかできませんが。
普段の食卓のリアリティじゃないですけど。
そうだね、ちょっともうちょっとやってみたいなと思ってます。
それ聞いて、逆に想像力が無すぎて自分もやってみたいってなるかもしれないですね。
見た目も分からない。
なんだろうね、HEY UBS COOKING?
概要欄にレシピだけ載せておいて。
確かにそうですね。
だから各々の得意料理やっていきたいね。
僕やったらビーフにはやるんですけど。
楽しそうではありますけどね、やる側としては。
もうちょっと何個か考えてみましょう。
そうですね。
ということでHEY UBS企画会議のコーナーでした。