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2024-03-27 14:40

バイト恐怖症。働く中で大切にしてきたこと。

息子がバイトの面接にはじめて合格した日。私は、その昔、バイトが全然できなくて、困った。けれど、大切なことだけは忘れなかったように思う。

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はい、くじもぐらのひとみです。こんにちは。小学校受験の通信教育の経営をしたり、くじもぐらというバンドで歌ったり、絵を描いたりしております。
さあ、小絵日記です。今日も。なんかもう小絵日記がすごく楽しすぎて、ちょっと小絵日記がしばらく続くかも知れませんけれども、
今日はですね、息子がですね、次男なんですけれども、アルバイトの面接に合格したという話をしていきたいと思います。
タイトルがバイト恐怖症なんですけど、この恐怖症というのは、実は私の話なんですね。
息子はね、初めて受けたバイトで、面接で落ちてます。
まあ、落ちるのは別にかまわない。私も何度も落ちたことがあるからね。ただね、母としてはね、若干不安なことがあって、
まあ子供っていうのを信じてあげるべきなんですよ。なんですけども、なんていうのか、ちょっと変わってるんですね、次男って。
めちゃくちゃ心優しいんだけど、若干変わっている感じの栄光だと思います。
で、例えばですね、その面接行ってきてね、週何回入るの?みたいな感じで聞きたかったんだけど、週って私は言わなかったんですよね。
なんかバイトってどれぐらい入るの?って聞いたんですよ。まあそれでも、なんかこう社会では通じる話ですよね。
ですよね。え、バイトってどのぐらい入るんですか?みたいな話ってね。でね、そう言ったら、え、3年とか言うんですね。
で、なんか沈黙が流れて、いやいや、何それ?って言うんでね。いやでも聞いてる子と違うよって、誰も年数とか聞いてないよみたいな、ちょっと変わってるっていうのはそういうちょっとちぐはぐなことがね、
いやいやみたいなね、ことが起きる子なんですよ。本当に。あの昔からね、その言葉を適当に扱うところがあって、何回も言うんですけど、優しいんですよ。心はすごい優しいんだけど、
あの学校のね、ブレザーの子とね、もうね、何回もブラジャーって間違えるみたいなね。いやもう高校生だからさすがに間違わない。
だけどもう小学生の時とかもよーく間違ってましたね。まあ懐かしい。まあそんなんでね、あのバイトに対しては若干の不安を抱えてます。大丈夫かな?みたいなね。
まあそんなことはね、揉まれていかないといけないんだけどね。で、まあ今日もちょっと確かに不安でしたよ。
あのバイト合格してね、よかったねと。で、あの郵便局にですね、あの講座をね、あの作りに行かなきゃいけない。で、持ってるんですけれどもね。
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で、あのそれをちょっと確認をしに行ったんですけど、いろいろね、手続きとかちょっとあって。で、ハンコの押し方を教えてもらったとか言うんですね。
どうやって押したんだろう?みたいなね。まあそんなんとかちょっといろいろ不安で。でもね、これがちょっとね、本題なんですけど、私自身、あのバイト恐怖症なんですよ。実はね、もうとにかく
その高校3年生の時に、吹奏楽部だったんだけど、クラブを引退して
アルバイトをした時に、もう全然仕事ができなくて。
もうね、ぼーっとしてるの極みだったんですよね。本当にできない。で、勉強はできた。できた方だと思います。
クラスとかだったらトップだったんですよ。なんか中途半端な括りだけど。で、そのまずね、始めたのがあの
コンビニですね。どこのコンビニとは言わないですが、その私出身がね、あの藤井寺なんですよ。大阪のね。
で、ちょっと当時は田舎だったんですよね。今ちょっと栄えてるかもしれないけど。で、そのやってらっしゃるコンビニがすごい家族系で
ちょっとね閉鎖的だったんですよ。なんか雰囲気がね。そんなこともあるし、ちょっとね、いじめじゃないかっていうくらい厳しかったんですよね。
なんだけど、まあ確かに私もできなかった。そう。まあそんなんで、なんかいろいろミスを起こして、クビになったんですよ。
まさかのね。で、なんかその時に
結構怒られて、なんかもうね、なんていうの、怒り方がもう人間否定までされたような怒り方だったんですよ。
泣いちゃって、泣くっていうのは卑怯だみたいな話もあって、わぁつらぁと思って。で、次に行ったのがまた地元のピザ屋だったんですよ。
そのピザ屋が、なんかね、あのなんていうのかな、間違えたら
その50円引かれるのかな。なんかそんなんで。で、日誌を書かないといけない。今日学校で何があったとか、なんかちょっと変わってるバイトばっかり行ったのかな。
そこでもまたしてもね、ピザの名前が覚えれないっていうね、最悪なことになって。で、それだけじゃないんですよ。
あの私ってね、お手伝いはしてこなかったんですよね。すっごい過保護で育てられて、まぁそんなんもあってね、あの全然仕事できなかった。
あの洗剤買ってきてって言われたんだ、台所。で、全然わからなくて、なんかジフみたいなやつとか買ってきて、違うわみたいなこと言われて。
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だからわかんな、本当にね、もう情けないぐらいね、できなくって。もう怖くて怖くて、バイトが。こんなにできないんだと。こんなにも高校までやってることとは違うんだ。
勉強さえやってればいいみたいな感じだったんです、我が家はね。これはまずいなと思って。もう都会に行こうと思って、思い切ってナンバーまで行きました。本屋で働いて。
本屋はまだそこそこできたかなと思います。それで自信つけて、次は梅田のウェイトレスをしました。そこで一気にできるようになりましたね。
もうそのウェイトレスは、今はもうないので言いますけども、梅田にね、モンブランっていう喫茶店が、これ聞いてる人、なんか知ってる人いるかな?行ったことあるとか、モンブランっていう喫茶店があったんですよ。
ちょうどあの阪急梅田のね、長い長いエスカレーターを降りてきたところ、今はマクドナルドになっちゃってるんですけど、山本コーヒーの隣でね、あったんですよ。
もういろんなお客さんがいてね、それはそれはね、あの鍛えられて、でもね、いい仲間にね、本当に恵まれて、あのそこでようやく自分は成長して動くということ。
なんか同時に動くということ。だから、あの注文を聞いてるのにレジが入るとか、そういうことができなかった。
でも調子乗ってウェイトレスやりながらですよ、ナンバーのコンビニでも働いた。そこでもやっとできる自分がもういるから、なんかね、なんだろう、もうブラックじゃないのって今は思うけど、朝6時から夜の10時まで働いてたんですよ。
だからウェイトレスやってコンビニやって、しかもね、なんか休みとかあんまくれないんですよ。ウェイトレス13連勤とかね、なんじゃそれとか。
だからそんなんで働いて、だから月に20何万とか働いてたんです。わけわかんないよね。
そんなんで、でもなんかいろいろやったな、百貨店のお世知とか。もうそれでもうね、ようやく成長したから、だから揉まれないといけないんだけど、もうそれはそれは泣いてきた私。
本当に、だからなんか、長男とかすごくね、そんななっちゃいけないとか、私ずっと思ってたんです、最初から。こんな家保護で育ててはいけないと思って。
それで、なんかこう、なんていうのかな、先回りしないように先回りしないように、一応育てたつもりです。
だから動けるのかなと思うんだけど、次男はちょっと変わってるところもあるので、まあね、信じてあげたいなと思ってますけれども、本当に本当に苦しくなったら、その場所からは、なんていうのかな、逃げてもいいんだよってことは、なんか一つ言っておきたいなって思います。
あの、耐えて耐えて、耐えなくてもいいんですよね。なんか私は結構、それが美徳みたいに思ってたことがあって、でもなんかね、今私、主人に出会った時に、主人が言ったんですよ。
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幸せな人についてとか、そうですね、偉い人とかについて、あの、努力してる人が私偉いみたいなところがあって、なんだけど、いいやいいや、楽しんでる人が一番偉いんじゃないの?みたいな。
その時に、うわ、そっかって、なんかね、当たり前のことなんだけど、すごい視界が広げて、そう、絶対そうだと思うね。だから、まあ本当にね、あちこちあちこちね、すぐ辞めちゃうみたいな、そういうことはあれなんだけど、もうなんか、自分が傷ついて苦しくなるまではいなくてもいいのかなって思ってますけどね。
まあともかくも、社会に出てのスキルって全然違ってて、私はね、ずっと思うわけですよ、学校で教えるべきと思っていることは、いろんなことあるんだけど、そういう力なんですよ。
もうなんか学校とか、そうだな、お店とかやったらいいんですよ、一人ずつ。なんかやっぱり、あの、自分でこう、会社を経営してみるとかね、吹奏楽部にいたんですけど、部長になってみるとか、もう全然見え方が違うわけですよ。
部長と、その、みんなと、もう私がみんなの時は全然違ってた。もっと甘えてた。でも部長になって初めてこんなに動かないといけないのっていう世界が広がってた。今の会社もそうですね、あの、会社勤めしてたこともたった2年ですけどあります。またできなかったんですよ、これがね。
経理ってまだなんか全然、あの、合ってない職に就いて、あの、全然違うところに振り込んで怒られたっていうのもね、ちょっと、ほんとひどいんですよ、私ね。なんだけど、経を、経って言うほどなんかね、でもないですよ、個人事業主でずっと来たからね。
まあそれでも全然違ってて。そういうなんかこう、自発的に動くっていうか、まあ考えていくっていうかね、自分でそういうことはすごく大事だなって思います。あとなんか学校でね、お金の話してくれないかなって思いますね。とか、スケジュール管理とか。あとね、私がめちゃくちゃ苦手な整理生と。こういうのとかなんかね、もっと大事だと思うのよ。
あの、高校卒業してビジネスマンが、大学とか卒業してね、ビジネスマンが取る本って、ちょっと高校までの内容じゃないでしょ。なんか、例えば3秒で話せとかね、説明しろとかね、いうのあるじゃないですか、そういうの。3秒ってことないか。1分で話せとか。
なんか、話し方が9割とかね。だからそういうの、そういうの。スケジュール管理もそうでしょ。タスクがどうやこうやとかね。そう、と思えばマインドフルネスとかね。なんかね、やっぱりね、必要だと思ってるんだと思う。
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だったら、なんかそういうこととか、例えば道徳もそうなんだけど、なんか幸せって何だろうとか。なんかね、そういうことをね、もっとね、教えるって言い方おかしいな。一緒にみんなで考えていくっていうか、自分の意見がちゃんとあるというか。もっと私は開眼しておけばよかったなっていうふうにね、思ってますけどね。
まあ根底には、人のために動ける力かなと思ってますので、まあ一応この小絵日記に残しておくとすれば、マジナンが今からね、バイトという中で初めて社会で働くわけですけれども、時間だからやるとかね。
わかります?お金をもらってるからやるっていうんじゃなくて、そこにね、人がいるってことを学んでほしいと思います。そのためにきた、人のために動けるっていうことをしてほしい。私がコンビニでちょっと工夫して描いてみたんですよ。いらっしゃいませじゃなくて、いらっしゃいませおはようございますって言ってみたんですよ。
その時にお客さんがパッとこっち見て、ハッとするんですよね。とか、あの夕方とか、ありがとうございます、お疲れ様ですとか、私言ってたんですよ、ナンバーのコンビニ。そしたらやっぱハッとされるんですよ。
それは、私はいらっしゃいませっていう言葉を義務で言ってるんじゃない。本当にいらっしゃいませと思ってるから、それをどうやったら言葉で伝えられるんだろうと思った時に、オリジナルの一言をつけようって思った。私はいろいろ仕事ができなかった。だけど、そういうとこだけは外さなかったつもりです。
誰かのためにとか、お客さんのためにとか。なんか私は、どんな仕事ついてもいいですよ。何してもらってもいい。けれど、忘れてほしくないのは、誰かのために動ける自分がいるっていうこと。それだけは子供たちには忘れないでほしいなって思います。ということで今日は、次男がバイトに受かった日でした。
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