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ざっくりサトちゃんちゃんといるよ(さっくりはしてないけど)&塩おにぎりをこのむゼット世代なんなのー、オムライスおにぎりだろ🟡🟥
2026-04-11 11:43

ざっくりサトちゃんちゃんといるよ(さっくりはしてないけど)&塩おにぎりをこのむゼット世代なんなのー、オムライスおにぎりだろ🟡🟥

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• オムライスおにぎり、絶滅の危機?



ハッピーな社会の指標だった「オムライスおにぎり」が消えつつある恐怖。世はチャーハンおにぎり一色に。


パラパラであるべきチャーハンを無理やり固める不条理。私はオムライスの、あのポップなオレンジ色を求めている!




• Z世代の「塩おにぎり」ミニマリズム


色のついたおにぎりを選ぶ私を横目に、同世代が選ぶのは真っ白な「塩」。それは諦めか、それとも「引き算の美学」に早くも気づいた賢者の選択か。海苔さえも「歯への執着」を恐れて排除する、ストイックな食卓。



• おにぎり「おしとやか」・パン「ポップ」期の到来



おにぎりがシンプルへ向かう一方で、菓子パン界隈はコーティングに詰め物、シュガーまぶしとデコラティブの極みへ。この「炭水化物のバランス調整」こそが現代の歴史なのかもしれない。



• 昭和の魂を持つ、4頭身の私


金八先生を愛し、思想が完全に昭和。おにぎりはカラフルな「ポップ」を求め、パンには顎が疲れるほどの「素朴な硬さ」を求める。時代の流れと逆行する私の味覚は、生まれ落ちる時代を間違えた証拠かもしれない。最近もトレンディドラマみてる、さいこー



• 「さっくりさとちゃん」伏線回収の散歩道


お墓の前で思い出す、あのデニッシュパン。まさかの母との「聖地」共有。さっくりしてないのに「さっくり」、フランソワなのに「さとちゃん」。矛盾だらけのあのパンが、今もスーパーにあるという奇跡。





『真っ白なキャンバスに、ケチャップの夢を。』



最近のコンビニおにぎりの棚を見ていると、なんだか経済まで暗くなっている気がしてならない。


かつて、そこには「オムライス」という名の小さな祝祭が並んでいた。雑穀米やもち麦という「正しさ」もいいけれど、私はもっと、不健康なほどにポップなオレンジ色の塊に救われたいのだ。



周りのみんなが「塩おにぎり」という最小限の価値に気づき、ミニマリストとして完成されていく中で、私だけが取り残された昭和の子供のように、色のついたご飯を欲しがっている。


海苔が歯に付くことさえ、食べ物が自分に執着してくれているようで愛おしいのに、今の世の中はあまりに「清潔で、静か」すぎる。



母と歩いた散歩道で見つけた、さっくりさとちゃんの記憶。


名前と食感の不一致、ネーミングの強引さ。それこそが、今のスマートな社会が忘れてしまった「人間味」ではないか。

さっくりしていない「さとちゃん」を、しっとり、ねっとりと噛み締めながら、私は思う。



時代がどれだけ「塩」へ向かっても、私はこれからもケチャップの色と、顎が疲れるほどの硬いパンを愛しつづけるし、ざっくりさとちゃんがさっくりしてないことも見逃し続けて手に砂糖まぶし続けるよ。

感想

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サマリー

このポッドキャストでは、現代の食文化における世代間のギャップについて語られています。特に、オムライスおにぎりの減少と、Z世代に人気の塩おにぎりのミニマリズムに焦点を当てています。また、パンとおにぎりの対照的な進化(おにぎりはシンプルに、パンはデコラティブに)についても考察し、話し手自身が昭和的な味覚を持っていると感じていることを明かしています。最後に、思い出のパン「さっくりさとちゃん」にまつわる個人的なエピソードを共有し、そのネーミングの謎と人間味について触れています。

オムライスおにぎりの危機とチャーハンおにぎりの台頭
食べ物大好き、食い意地ですよ
最近の若い人たちというか、若いの概念はわかんないんですけど
大学生とか新卒ぐらいの人なのかな、を見てて思うのは
みんな塩おにぎりめっちゃ好きやん、みたいな感じのことを言いたいんですけど
海苔のあのパリパリは結構食べないなとか、あとそれこそ混ぜおにぎりとか
あと最近悩んでるのは、私がずっともう小学、幼き頃から愛してる
あのオムライスおにぎりがマジでないんですよ、世の中なくなってきてて
え、もしかしてこれオムライスが、オムライスおにぎりが世の中からどんどん
スーパーとかコンビニ含めて少なくなってきてるこの現状
で、やっぱ経済暗くなってんのかなーと思って
オムライスって一応、オムライスっていうのがそもそもポップなのに
オムライスをおにぎりにしちゃうって、超ハッピー社会じゃないですか
そのハッピーな社会を表す支準が、オムライスおにぎりの流通だと思ってるんですけど
全然なくて、なんか雑穀米のおにぎりとか、なんか餅麦とか
まあチャーハンは増えてるんですよね、チャーハン系はめっちゃあるんですよね
けどなんかくどいな、脂っぽすぎるし
チャーハンおにぎりはちょっと違うんだよな
チャーハンのあの、せっかくあのパラパラの舞い踊ってる粒たちをわざわざギュッとする必要なくて
で、しかもチャーハンは多分チャーハン皿に入ってる時が一番顔が輝いてるなって思うし
多分レンゲで食べられたいんですよね、チャーハン側としても
このフィルムでめくるとかじゃなくて、でボロボロ絶対落ちるし
一番向いてないはずなのにチャーハンばっかり増えやがって
オムライスのおにぎりないし
結構これ悲しいな
オムライスよりオムライスのおにぎり食べる方がよっぽどっていうかめっちゃ楽しいからねっていうのを言いたいな
いや悲しいな
Z世代の塩おにぎりミニマリズムと海苔への執着
っていうのと、この塩おにぎり提案
塩おにぎりの謎っていうのについて話したいんですけど
結構そのみんな見てて思うのは、同世代ぐらいの人たち見てて思うのは
みんな塩を選んでるんですよ
最初はちょっとZ世代かっこつけすぎてんじゃね?って思ったんですけど
え、もしかしてこれはなんかやっぱ
なんなんだろう、諦めてるのかな全て
って思ったんですけど
いやそれかなんかもうシンプルイズベストに
早々と気づけるようになった世の中の構造的に
って思ったんですよ
本当に必要なものだけを残してくれてる塩おにぎりを
味わえるとかかみしめて
これだけで十分なんだみたいなミニマリストの風潮が
塩おにぎり本当に選ぶ人多いなって思って
昨日も電車で食べてる人見たり
なんかその集まりとか行ってもみんなその
同じコンビニとかに行って
私は色がついてればついてるほどいいので
色ガンガンついたおにぎり選んでても
周りは結構そのシンプルな塩とか選んだりしてて
海苔を選ばないのはやっぱその歯につくというか
歯にずっと海苔が離れない執着群なので
やっぱそういう面で
おにぎり食べるのは家で食べるから
みんなその海苔おにぎりいつ食べてんの問題になって
特にそのパリパリの海苔っていうのは
こぼれ落ちるから
まだそのしっとり馴染んでる系の海苔の方が
食べるなぁと思うんですけど
その海苔ブームはちょっと一旦置いといて
塩おにぎりの本質にみんな気づき始めてて
でその何かのおかずがあるから塩おにぎり選ぶとかじゃなくて
だいたい塩おにぎり選んでる人こそ
単体塩おにぎりしか食べてないんですよ
これやっぱシンプルな価値に気づいてるんだとか
めっちゃ勉強になりますね
おにぎりは「おしとやか」、パンは「ポップ」な現代
だから私はやっぱり幼い
なんかそういうのも見ても幼いなって思うし
色が付いてるか付いてるほどいいってまだ思っちゃうし
なんか必要最低限のものだけにするっていう大切さとか
買わない求めない広げないっていうのを
その塩おにぎり食べてる同級生が多いとか
その同世代が多いっていうのでめっちゃ勉強させられる
一方であの
菓子パンは菓子パンというかパン界隈は
みんな結構よりポップな方に走ってるなって思って
これは何でなんだろうっていうのを
ちょっと徹底議論させてもらいたいんですけど
菓子パンは結構それこそ上コーティングとか
中に詰め物するとか周りシュガーでまぶすとか
何かに漬け込んで浸して発散するみたいなパンが多くて
昔の方がまだ固くてずっと口に残って
ずっと顎疲れんぞみたいなパンとか
そもそも何も乗ってないパンとかが多かったなーっていうイメージなので
やっぱその
そっかどっちもありえないってことなのか
おにぎりかパンがどっちかがポップであるっていうのが
世の中の流れであって
今がそのおにぎりおしとやかパンポップ期なのかなって思いました
おにぎりとパンの歴史については
それが結論なのかなっていうことを思いました
昭和魂を持つ話し手と時代錯誤な味覚
ということで以上です
あすいません
気づきましたこれを話した後に
気づいたのは人それぞれその塩おにぎり
あ塩じゃないわ
そのおにぎりとパンの流れも人それぞれに
その時代の風潮もあるし人それぞれの風潮もあると思ってて
私は
それはないわ
人それぞれの風潮はなくて
個人は変わらなくて社会が動いてるだけで
私はやっぱあれだ
わかった私はちょっと生まれる時代を
多分間違ってるんですよ
なんか最近っていうかずっと思ってるんですけど
一人だけ本当に平成生まれって思う感じの
これ昭和生まれをバカにしたいとかそういうわけじゃなくて
すっごい昭和なんですよ全部自分が考え方も含めて
あと金髪先生を繰り返し見すぎたっていうのもあるんですね
でその等身とかも
一人だけ4等身なの謎いなとか思ったり
レオの子たちみんな顔ないじゃないですか
ちっちゃすぎて
でそれが多分私はそれが顕著に出てるのが
このパンとおにぎりの思想だなと思って
私は断然おにぎりはポップで
ポップでカラフルでで味ついてて
パンはマジで味なしが好きなんですよ
何もないぞみたいな
何もなんかその添加されてない
ポップじゃないパンが好きで
素朴系のパンかめっちゃ硬い
顎疲れ系パンが好きなんですけど
それが多分
普通の平成生まれになってたら逆だったんですよ
でなんでこの昭和の人たちは
おにぎりにポップを求めるかって言ったら
やっぱ普段の食卓で食べてたのは
すごい寂しくて真っ白なキャンバスだったからこそ
それは目に見慣れてるから
やっぱおにぎりにポップを求めて
でパンにシンプルを求めるのは
そこでその菓子パンの良さまで
たどり着く体力がまだないってだけで
その菓子パンをただ知らないってだけなんですよ
まずご飯のポップさで味をとってるので
バランスとるために味なしのパンが好きって言ってるだけで
菓子パンも含めて全部好きで
惣菜パンとかも
そこを感じれるまでに
まだ昭和時代だと追いつかないけど
平成とかだとそこに気づいてるから
より上段階なんですよ
塩おにぎりを選べて
その次に菓子パンの余白に気づくみたいな
技量を持ってるなっていうのをめちゃくちゃ感じますね
思い出のパン「さっくりさとちゃん」の謎と聖地
あと最近
さっくり里ちゃんどこ行った問題もあって
私が
たまたまお母さんと散歩してた時があって
本来の目的地とは違う道に散歩するようになったんです
帽子が風に飛ばされたせいだ
別の道歩いてたら
私は結構記憶と食べ物が一致することが多くて
この場所に行ったらこの食べ物を思い出すみたいな感じで
お墓の前通った時に
ここの前通るたんびに
いつもさっくり里ちゃん思い出すっていうことを言ったんですね
そしたら
それ私だけの体験かと思ってたら
母がここの家の近くに
友達の家があって
そこの家でいつもさっくり里ちゃん食べてたって
私体が震えたんですけどめっちゃびっくりして
さっくり里ちゃんの聖地だったの?
私たちにとってみたいな
そこでひもついて
なんなんだろう
伏線回収みたいな人生における
めっちゃコア&ハッピーみたいな気持ちになって
めっちゃ楽しくて
だけどそういえばさっくり里ちゃん最近スーパーで見ねえみたいな
どこ行ったみたいな
というかさっくり里ちゃん
めっちゃフランスワの商品なのに
フランスワっぽくないよねみたいな
そもそもカタカナじゃないし
さっくり里ちゃんみたいな
さっちゃんとかでもないし
里はな里ちゃんかみたいな話にもなったんですよ
そっかさっちゃんじゃない
そっか砂糖がまぶされて
そもそもさっくり里ちゃん知ってますか?
マジでさっくり里ちゃんって素晴らしいネーミングの元
里ちゃんも素晴らしい
でさっくりはしてないんですよ
しっとりなんですよ
しっとりっていうかねっとりというか
とにかくさっくりではないんですよ
どちらかといえば
なんの感情
なんのそのなんだろう
これってなんて言うっけ
擬態語?
なんて言うんだろう
なんのその食感の言葉にも表せないけど
とにかくさっくりではないんですよ
しっとりが近いのかな
じょっぱり
じょっぱりみたいな感じ
じょ
じょっぱりかな
その砂糖がまぶしてある
あって三つ編みヘアみたいなデニッシュっぽい感じの生地で
6本ぐらい入ってて
でそのデニッシュだから重いのかなと思ったら
全然重くなくて
6本普通に食べれて
でその
さっくり里ちゃんがなんでさっくり里ちゃんなのか
わかんないまま
けどそういう
いやそうかそういうエピソード載ってなかった
別の話と
ごめんなさい一瞬宇宙に飛んで
別の話と混じってました
そういうようなエピソードなくて
だからそのやっぱり
さっくり里ちゃんの中の人が
佐藤ちゃんとかっていうめっちゃ自我が強い人で
だから砂糖まぶす
パンもともとデニッシュパンの予定だったけど
その砂糖まぶすことで
佐藤ちゃんとしてまた君臨できるみたいな話なのかなって
思ってて
ごめんなさいちょっと眠くて
話がわけわかんなくなってるけど
私がこれで何が言いたいのかって言ったら
さっくり里ちゃんがどうこうとか
フランス語っぽくないネーミングとか
うんぬん以前に
さっくり里ちゃんありますっていう話で
ちゃんとスーパーに今でもありましたっていうことを
お伝えしたかっただけです
11:43

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