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#5 受験について語ろう!浪人時代の暗い過去まで顕わに…。
2026-05-06 45:02

#5 受験について語ろう!浪人時代の暗い過去まで顕わに…。

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京大生2人が大学受験について語りました。たまには(主に受験生に)有益な情報もお届けしなければ…!二人が京大を目指した経緯から、受験生時代の思い出、京大について思う事まで。明るい話題をお送りするつもりでしたが、今まで抑え込んでいた浪人時代の暗い過去もこんにちはしました。苦悩や虚無や後悔や諦念や憂鬱や焦燥や自棄etc.を詰め込んだ宅浪譚は、『しくじり先生』だと思って聴いてください。

 

オープニング

トーク①どうして京大を目指したの?

トーク②お互いのバックグラウンドと京大について思う事

トーク③受験生時代の成績と浪人時代のこと

余談…受験とラジオ)

トーク④合格発表の瞬間

エンディング

 

数年前と比べ、KUBS内の浪人経験者が減っているんです(たぶん僕だけ)。ストレートの方は確かに親孝行ですが、我々の方がなんだか人生に深みがあるよね、と言い聞かせて、過去をさらりと乗り越えたようなそぶりで今日も生きています。

ちなみに、『今日も京都てAモーニングを』第203杯目でも受験についてトークしていますので是非。受験や京大のことで何か質問があればいつでもメールをください。私たちKUBSはいつでも頑張る受験生、高校生の味方です。

 

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サマリー

このエピソードでは、京都大学放送局の橋本さんと内尾さんが大学受験について、特に京都大学を目指した経緯や受験生時代の思い出、そして浪人時代の苦悩について語り合っています。内尾さんは当初文学部を目指していましたが、国語の成績が伸び悩んだため、消去法で総合人間学部を選択した経緯を明かしました。一方、橋本さんは理系から文転し、経済学部を志望していましたが、金銭的な理由から京都大学に進学したと語っています。 番組後半では、受験生時代の成績や模試の結果、そして浪人時代の過酷な経験について深く掘り下げています。内尾さんは現役時代E判定ばかりでしたが、浪人時代には猛勉強の末A判定を連発したエピソードを披露。一方、橋本さんは現役時代成績は良かったものの、二次試験で解ける問題が一つもないというハプニングに見舞われた経験を語り、その時の心境の変化が成長に繋がったと振り返りました。合格発表の瞬間の緊張感や、受験が人生に与える影響についても語られ、受験生への応援メッセージで締めくくられています。

オープニングと受験への思い
KUBS PODCAST。今回のお相手は、KUBS京都大学放送局の橋本です。
内尾です。
この番組は、KUBS京都大学放送局の局員がやりたい企画や話したいテーマを自由にやってみるという趣旨の番組です。
今回は、受験について語ろうの企画をお送りします。
はい。
この企画にやろうというのになったのは、京都庭の方で受験について話す回があったので、
京都庭だけだとあまり深くまでは話せないので、それについて深く話していこうかなという感じなんですけれども、
言うても、僕も2年経って内尾さんも…。
3年経ちましたね、受験からは。
ちょっともうなんというか、おじさんたちと言っても過言ではないですね。
そうだね、だいぶ年くったね。
そうなんですよ、受験生ってまだ18、19、20、確かに制限はないですけど、メインとしてはね、高校生じゃないですか。
はい。
若いですよね。
高校生となるともう俺は4年前なんでね。
高校生ほんとに若々しくて、羨ましいですよね。
そうね、わかる。日頃見てるとね、バックレットで違う高校生とか見てると。
ほんとにそうですよ。
共通テストの日とかね、ちょろっと近くを歩いたりした単語帳とか開いてるね。
帽とか見るとなんかもう、わーみたいな。
いやほんとよ。
年老いたなとしか言えないですけど。
いやもうこれはそれは誤答です、もう。
いやもうね、それしゃあないですけどね。
年は食うからね。
いやそうですね、それは仕方ないことと受け取りながら。
まあでもね、こんなにあの、なんていうか、そもそも昔はコッドキャスターがなかったので。
そうですね、共通テストの30分じゃやっぱり足りないもんね。
そうですね、受験についてがっつりと語るっていうことは少なかったかなと思うんですけど。
まあね、そこをちょっと深掘っていければなというふうに思いますね。
京都大学を目指した経緯
まずなんですけど、そもそもまあお互いですけど、一生さんはまず、なんで京都大学に進学しようと。
そうなんですよね、それはね、もともと私、総合人間学部っていう学部なんですけど、
本当は文学部に行きたかったんです。
文学部に行こうと思って、なんでかっていうと、ちっちゃい頃から、ちっちゃい頃にサムライ戦隊シンケンジャーってあったの知ってます?
わかりますよ、あれですよね、火とかこう。
そうそう、顔にバーンって漢字が書いてある、松坂トーリーさんとかが出てる。
松坂トーリーさん、そうそう。
我々のトーリーが出てるシンケンジャーが大好きで、そっから漢字を勉強するのがすごい好きだったんです。
ああ、なるほど。
勉強全部好きだったわけじゃないんだけど、漢字はすごく好きで、ずっと小学生の頃からノートに書いたり、いろいろ勉強してて、
で、このまま、あわよくば漢字とかで飯食っていこうみたいな思ってたんですよ。
おお、なるほど。
で、となると、漢字で飯食うのって日本ではおそらく漢検協会しかなくて。
はいはい。確かにね。
日本漢字検定協会が京都に拠点があって、京都大学と共同研究なんかをしてるので、
ああ、そうなんですね。
京大の文学部に行けば、もうストレートで漢検協会行けるんちゃうと思って、
はいはいはい。
で、とかまあ、いろいろあったんですけど、そっからもう国語の先生になろうかなとか思った時期とかもあったんですけど、
はい。
それで京都大学を目指し始めたんです。
はい。
で、なんで創人に至ったかっていうことは、高尾さんの秋ぐらいですかね。
あ、結構ギリギリなんですね。
国語の成績がね、日中も昨日もいかなくなって。
あららら。
永遠に上がらなくて、一番低いままずっと上がらなくて。
はいはいはい。
2割とか3割とかばっかりで、
ああ、なんか何だよなと思ってたら、なんか国語に対する熱が冷めちゃいまして。
はいはいはい。
で、行き場を失った内尾くんは、
でも秋までずっと京都大学に行こうと思って勉強していたのに、
はい。
行く学部がなくなったぞ。
それはね、ちょっと今更ね、変えるのはちょっとね。
大学変えるのはちょっと難しいなと思って、別にじゃあ文学部もなくなったわけだから。
はい。
じゃあどこに行くのってやった時に、
例えばじゃあ、少なくとも教材で考えて、経済、いまいちピンとこない。
法、いまいちピンとこない。
教育、総人。
総人?
総人か。
なんかあったぞみたいな感じで総合人間学部を受けたという。
なるほど。
次第なので、京都大学を選んだ理由は最初はあったんだけど、
総人に至った理由はちょっと消去法みたいなところはありました。
はいはいはい。
なるほど。
私はそんな感じですね。
始まったんですよ。
先に京都大学がメインという感じ?
ああ、そうだね。
へえ。
教材に行きたいは最初からありましたね。
はいはい、なるほど。
僕の話をしますとですね、
バックグラウンドと京都大学について
僕、高校1年生ぐらいの時に、
そろそろ職を決めないとみたいなのがあるじゃないですか。
そうだね。
その時は京阪神どこか行けたらいいかなぐらいやったんですけど。
関西の人はそう言うよね。
そうですね。
基本今の成績値を見比べてみたいな。
その辺行けたらいいかなと思ってて。
分離選択の時に、
いざ高校1年生の子を勉強して、
それまで結構自分は理系だと思ってたんですよ。
なるほどなるほど。
理科基礎とか数学とかめっちゃ必死にやってたんですけど、
実際は得意でしたし。
ただ、2年生から物理とか科学とかを反覚化していくじゃないですか。
どうしても物理と、科学は好きだった。
科学基礎ですけどあくまで。
物理基礎はそんなに好きじゃなくて、
先生の相性も悪かったっていうのはあるんですけど。
それはあるよね。
あんまり面白いなって思えなくて、
どっちかっていうと、
例えば日本史とか倫理とかの方が面白いなっていう風に感じて、
大学の学部とか調べた時に、
行くとしたらどこだってなったら、
経済学部が自分の興味には一番合うかなっていうので、
理系からでも経済学部それこそ兄弟はいけるんですけど、
小数派だ。
幅広い、枠広いし文系でええかっていうので、
文系にして、
高校2年生ぐらいの時に成績考えたら、
別にどこでもいけるってなって、
担任からは一応東大を目指さないかって言われたんですけど、
親的に、
東京はさすがに一人暮らしさせてあげられないみたいな感じで、
金銭的にそう。
東京の大学はちょっと厳しいかなっていうので、
一番高かったんで、
京都大学になったという感じですね。
親高校じゃないの?
そうなのかちょっと分かんないですけど、
ここまで親高校。
でもね、難しくないですか?多分親からしても。
子供がいい大学に受かったって言っても、
分からないですけど、
自慢みたいにとられたら、
多分ちょっとね。
それは確かに難しそうだった、うちの親も。
多分親もね、難しかったと思いますね、そこは。
なんというか。
そうなんですよね。
まあでも、多少は恩返しじゃないですけど。
そうだね。
応援してあげた甲斐があったよね、親からすると。
まあそうですね、それはね。
武将さんでもなおさらというかね、一年間。
そうだね、一年間浪人までしましたからね、浪人までして兄弟に。
まあ、なんだろうね。
あと俺はめちゃくちゃ田舎から出てきたから。
そうですね。
多分ね、うちの調べによると、
町で二人目なんだよ。
京都大学が。
すごいですね、それは。
町の歴史で、半世紀に一人の逸材。
半世紀、これはすごい。半世紀に一人の逸材。
伝説でしょ、もう。
いやでも、なんて言ったらいいのかな、ちょっと難しい話なんだけど。
やっぱり、
生まれがやっぱり違いすぎるから、京都大学。
いやまあね、正直ね。
ちょっといろいろ、入ってから難しい部分もあったよね。
あまりに価値観が違いすぎて、今はそんなに何とも思ってないけど。
僕も結構田舎の方出身なんであれですけど、
兄弟ってもちろんですけど、
いろんなところから人は来てますけど、
田舎の人って少ないですよね、そんなに。
やっぱりなかなかね、情報がないとか、
いろいろ地域格差とか言われることもあるけど。
そうですよね。
だからちょっとそこはね。
でもそれが逆に良かったりしますけどね。
逆にこの大学に来たからこそ、
そういう人たちと出会えるってことね。
視野がすごい広がったなと思うね。
そうですよね。
そもそも多分大学の人数も多いですよね。
ちょっと分かんないですけど。
いや多いよ、だって一学年3000人とかでしょ。
3000人か4000人でしょ。
こんだけの規模の大学って多分そうそうないはずよ。
そうですよね。
しかもキャンパスが一個に集まってるんで、
他の大学で生徒数多くても理系と文系でキャンパス違うかったりしますけど、
兄弟は基本ギュッとしてるんで。
1回生2回生くらいまではギュッとしてるから。
そうですよね。
だからもう本当に食堂とかはいつも4月になったらね、
ありえないくらい感じますけど。
だからこう秋くらいになってくるとね、
1回生がサボるっていうのを覚え始めるんで、
ついてきますけど。
でもね本当に兄弟はでも本当になんていうか、
僕の場合はそんなにオープンキャンパスに行ったりとか、
そういうことせずに決めましたけど、
本当に入ってよかったなって思う大学ですね。
そうだね、俺も全然そう思うね。
最初はうーんと思ってたけど、
なんていうか、攻めの人生を送るにはいい大学よね。
攻めの人生ですね。
今就活とかしてて思うけど。
まあ確かにそうですね。
やっぱ攻めの人生を生きていくのに、
京都大学がいいチョイスだったなと、
今になって思いますね。
守りには入ってないよね、兄弟ってね。
受験生時代の成績と浪人時代
京都大学を目指すってのはどうでした?
勉強してて、模試の成績とか判定というか、
その辺はどうでした?
模試はね、下級の時は本当に、
高校生の時はマックスでDとかだったよ。
あ、そうなんですね。
D判定が1回あったかな。
D判定は1回くらいあったと思うんだけど、
基本ほとんどE判定ばっかりでしたね。
すごいですね。
なんかこう諦めたりとかはなかったんですか?
いやなんか、
でもそんなもんか、
なんかそんなもんって聞いてたんですよ。
原因規制は確かに。
C判定はA判定だぞみたいな話聞いてて、
あ、そうなんやみたいな。
聞いてたから、別に。
もともと、
浪人した後で言うと浪人時代は結構きつかったけど、
浪人する前だったから浪人してもいいやと思ってたから。
確かに、そうですね。
だから別にいいかな。
とにかくちょっと今は、
あとみんなで、
4人で絶対京大に行かろうねって勉強してたから、
なかなかその船を降りられないっていうところもあって。
約束してしまったばっかりでね。
なのと、
その4人の中では割り返し成績がいい方だったんだよね。
ちなみに京都って言ったけど、
数学で莫大なアドバンテージを取って、
それを残りの教科で削っていくみたいな点数の取り方をしてたから。
なるほど。
なんかそんなに絶対受かんないなと思いながら受けてなかったので、
もしは悪かったけど、そんなにきつくはなかったですね。
なるほど。
浪人生になってからは?
浪人、それでE判定、D判定ばっかりで現役の時受けるじゃん。
現役の入社は結局数学が振るわなくて落ちるわけよ。
なんなら残りの3教科は結構いい感じでできてたんだけど、
数学、頼みの綱がダメで落ちちゃって。
で、浪人入ったんだけど、浪人生ってやっぱあのね、
もうね、追われる側になるからね、急に。
急に追いかける側か追われる側になるから。
意味はすごいですからね。
絶対に降りらんないという気持ちで死ぬ気でやってたので。
プレッシャーですね。
浪人生の時はもし6回受けて5回A判定だったね。
あーすごいですね。
さすがに。
さすがに、でもそのくらいはやっとかないともう安心できないというか。
はいはいはい。
むしろそれでも物足りないくらいの気持ちでやってたかな。
いやーでもすごいですね。
内川さんがすごいのってその他呼び子に似てない?
そうそうそう。
これは本当に周り誰見てもいないですよ。
いやーあの、呼び子って僕北九州の人間なので、
有名な北九州呼び子ってところだったら北呼び。
そうですね、受験生では絶対に。
まあ絶対にとは言わないですけど、聞いたことがある。
聞いたことがあるかなと思うんですけど、川井塾があって。
でまあ博多の方まで行けば寸大とか四蝉とかもあったから、
選び放題ではあったんですけど、高えと思っちゃって。
いやーまあそうっすよね。
そう、あの、呼び子行かなかったら理由が二つあって高えっていうのと、
もう一つはその、なんか、
いや自分自身そのむちゃくちゃ惜しいところで落ちた自信があったので。
はい。
たぶん10点、15点境で落ちたんだろうなって、
まあ実際そうじゃなかったんだけどっていう自信があったから、
もう呼び子に行って、
なんか夏の間をこう木曽固めとかで使うのはもったいないなーって、
まああのイメージでものを考えてたからそれは良くないんだけど。
なるほど。
その時間がもったいないなと思ったので、
もう私は宅牢しますというふうに、
親とその高校生の時通ってた塾に行ったんですけど、
そしたら塾の先生が、
本当は高校生しか受け入れてないんだけど、
ちょっと特別扱いで席だけ置いて、
あ、そうなんですね。
自習室みたいな感じ、
自習室と映像授業を使っていいよって形にしてくれたので、
そこをありがたく使わせてもらって、
ただその塾の中で浪人生は一人だったから、
はい。
だからその友達と一緒にとかはなく、
結局ね浪人の1年間は友達が2人としか連絡を取ってなかったですね。
いやすごいですよねそれ本当に。
なので本当に闇の暗黒期ですわ。
正直。
いやでもその暗黒期を乗り越えていない今があるわけですから。
そうね。
言ったらあれかもしれないけど、
やっぱり人間で停滞した方が深みは出るよと思う。
大学入ってから停滞する人もいるじゃん。
そうですね。
リュウとかキュウとかね。
その後に何がつくか分かる多いけど、
キュウとかリュウとか。
キュウとかリュウとかで停滞に入る人が多いじゃん。
でもなんかそこで自分を見つめ直したりとか、
よくもあるかもね自分を見つめ直したりとか、
これちょっとあんまりすることが多くない状態で、
考える時間ができることによって、
人はちょっと深みが増すと思うので。
なるほど。
まだプラスな記憶とまでは言えないけど、
ちょっとずつ僕の中で浪人時代は、
明るくはなかったけど暗さが薄くなりつつあるね。
なるほど。
タクフルロボって本当に誰も…
しんどい!しんどい!
そうですよね。
絶対ダメ!
だって僕受験勉強1年ぐらいですけど、
それをプラス1年やるだけでもしんどいのに、
それを周りの友達なしでやると恐ろしいですね。
本当に100がやって1人なしです。
メンタルも自分の成績でしかメンタルを保てないので、
それこそA判定しか心の寄りどころがないのよね。
すごいですよね。
なのと比べる対象がないから、
もし以外で自分の成績を確認できる場所もないし、
例えば予備校に行ってたらさ、
この問題俺はできたけど他の兄弟志望の子はできなかったから
俺は今頑張れてるんだと思えるかもしれないけど、
それもないし、授業もないからペースも全部自分で作らなきゃいけないので、
大変でしたね。
もう自分で時間割り作ったりしてた。
その辺の管理能力っていうのは、
今の内容さん見てるとすごい感じますよね。
それは鍛えられたかもね、確かにね。
スケジュールとか、これしやらなあかんなみたいなのは。
それはそうかもね。
それはすごいですよ。
ただそれこそちょっと余談だけど、
受験とラジオの繋がり
その時にすごく助けになったのがラジオだったんですよ。
なるほど。
1日1個はラジオを聴きながら勉強していいって決まりを作ってて、
朝のちょっと7時から9時くらいの時間の勉強をしてる時は
ラジオを聴きながらやっていいっていう自分ルールを作ってたので、
そこで1日1個、2時間、
オールナイトニッポン聴くなりジャンク聴くなりで、
ラジオで聴きながら勉強できるから、
それが本当に唯一の癒しだったね。
いいですね。
ラジオの減退金は実はそこにもある。
そうですね。受験期はラジオ聴きますよね。
僕も聴いてましたけど。
その時にお世話になった番組は数知れずと。
そうですよね。
結構でも受験に近くなってきたら、
メールとかでも受験生で応援してくださいみたいなメールがあったりしますよね。
応援されるとすごい響きますよね。
本当本当。
そうですよね。
僕らが受験の1週間か2週間くらいか前に、
オードリーのオールナイトニッポン東京ドームがあったんですよ。
そうか、そうだったね。
本当に見に行きたかったんですけど、
さすがにあれだったので行かなかったですけど、
それは確かにありましたね。
寝れない日とか聞きますしね。
あるある。
懐かしいですね、そう考えたら。
深夜ラジオそのままリアルタイムで聴くっていうのは、
そんなに頻繁にあることじゃないですけど、
あの時は割と聴いてましたね。
だから本当にそれこそ、
ラジオの何に自分が
惹かれたんだろうと思って色々考えたりしてるんですけど、
毎週毎日そこにあることに価値があるのかなって最近思ってる。
ラジオが。
もちろん面白い番組であることも必要かもしれないんだけど、
毎回毎回もう腹がよじれるくらい笑う番組を作る
っていうことよりも、
長くゆったりそこにあり続けてくれることに価値があるのかなと思ってて。
毎週、やばい受験がきついってあった時に、
でも土曜のこの時間はあの人たちが喋ってるみたいな。
そういった感じでそこにいてくれることの
なんかその良さみたいなものが
ラジオにはあるんじゃないかなって最近ちょっと
色んな自分の記憶を辿りつつ考えるようになりましたね。
すごいですね。
考え方というかね。
受験の話じゃなくてラジオの話になりつつありますけどね。
そうだね。
受験とラジオは我々からすると切っても切れないですよね。
そうですよね。ラジオが好きでこのサークルにも入ってますからね。
他にも音楽に好かれた人もいるだろうし、
ドラマとかに好かれた人もいるだろうし。
確かに受験期に自分が頼りにしてたものって
多分その先もずっと大事にする気がしますよね。
ある種恩人だからね。
そうですよね。
すごくそれはね、思いますね。
成績が良かった受験生の話と二次試験のハプニング
僕の受験期の話はあんまり面白みもない話なんですけど、
ある意味内夫さんとは逆かもしれないんですけど、
成績はずっと良かったんですよね。
そうなんですか。
夏の模試とかでもA判定、B判定みたいな感じだったんで、
そんなに何というか、今考えたらそんなに焦る必要というか、
焦るというか必死というか、
とにかくこれを落とさないようにしようぐらい。
そうなんです。そっちの方に行けばいいのにって思うんですけど、
当時の僕は全くそんなことは考えずに、
1回目の兄弟オープンっていう冊子あるじゃないですか。
あれで名前が載らなかったっていうので、
結構自分の中ではショックじゃないですけど、
そんなこと考えたことないわ。
今もあれ無くなっちゃったらしいんですけど。
そうなんだ。
僕からしてあれの名前載せたいっていうのがあって、
ある意味秋へのモチベーションにはなったんですけど。
そうだね。
本当にそれこそ今日でもしとかでも8割5分ぐらい取ってて。
すごいね。
でも本当に別にそこまで詰める過ぎないことも。
それも大事ね。
変に焦りすぎてミスる方が良くなるので。
でも最終的には共通テストも二次もある程度余裕を持ってできたので。
そうですね。
もしでいい点数を取れるに越したことはないですね。
メンタルの安定には本当につながる。
あと自信がつくっていうのは非常に。
そうなんですよね。
僕だから実際二次試験受けてる時に、
僕だから数学が得意科目だったんで、
数学で差をつけようっていうのを、
うちのさんと一緒ですけど思ってて。
初日に数学受けてる時にパッて問題見て、
ある程度兄弟の数学ってもう1枚だけじゃないですか。
全体5問あってバーって見ていくじゃないですか最初に。
バーって見て、
あ、なんか解けそうなやつが1個もないなっていう感じ。
最初めちゃくちゃ焦って。
でも一生本当に固まったんですよ。
あ、やばいどうしようって。
ここででも差はつけられへんかったら、
俺普通に落ちるぞって思って。
ピンチだね。
そうなんです。
今まである程度A判定でも取ってたとはいえ、
それってあくまで数学で稼いでただけで。
それ以外数学をなくしたら、
そんなにめっちゃ取れてるわけでもないし、
みたいな感じで考えて、
うわーってなったんですけど、
でもその時に振り返って、
逆に今まで数学の成績が良かったから、
別にその俺が解けてないっていうことは、
周りも解けてるわけがないっていう。
開き直ってね。
そうですよね。
これに振り返れたことが自分の中では、
この1年間の集大成じゃないですけど、感じましたね。
それこそオープンとかは成績良かったんですけど、
僕、寸大ずっと相性悪くて。
そういうのもあるんだ。
そうなんですよ。
夏の模試とかでも普通に、
そっちはB判定ではあったんですけど、
ただ数学で見たら、
それこそ平均点ぐらいというか、
数学が得意にしては全然低いみたいな感じで、
寸大部ではわからない問題があって、
一から順番に出て、
ある問題に固執しても、
そのまま時間なくなってみたいな感じだったんですけど、
二次試験本番で、
そういういろんなできた経験とできなかった経験というのを思い出して、
そう考えたら、そこまで焦る必要はないなっていうので、
手を動かしながら解ける問題だけを、
とにかく落とさないように。
というふうに本番、
一瞬パニックになったけど、
落ち着いて解くことができたのは、
本当に一年間の成長じゃないですけど、
それはすごい感じましたね。
実際に受けているときに。
なるほどね。
受験当日のハプニングと成長
でも本当に受験って、
何が起こるかわからないんで、
ハプニングが起こらないのが一番ベストではあるんですけど、
何かしら起こるじゃないですか。
起こる、起こる。
お腹が痛くなったりだとか、
それこそ、僕、京都庭の方で話しましたけど、
着いたら自分の座り、誰かが座ってるみたいなね。
なるほどね。
でもね、そういうのがあったとしても、
自分たちが頑張ってきたことというか、
そういうのを思い出して、
落ち着いてね、できたら一番いいのかなという気もしますけど。
落ち着きが一番大事ですよね、結局ね。
合格発表の瞬間
でもどうですか、
合格発表の瞬間とかどうしてました?
俺ね、ストーリーがあってさ、
一人で浪人したって言ってたんですけど、
地元の友達が二人一緒に浪人してたんです。
で、一年間そんなに連絡を取ってなかったというか、
俺がちょっと離れた感じなんだけど、
その二人もたまたま同じ大学を受けてて、
で、その二人の発表が、
俺の兄弟の発表の2日前か3日前にあったんです。
で、それをもう、
そいつらも気持ちが落ち着かないから一緒に見ようってなって、
で、一緒に地元の山に登りながら、
その山に登って、
12時発表とかだったから、
ちょうど山のいい感じのところにスタンバイしてね、
みんなで待ってみたんです。
そしたら片方受かって片方落ちてたんだけど、
そしたら、そいつら結構チャレンジャーだったから、
まあまあ、しゃあね落ちたかみたいな感じで、
ただ山だからさ、山彦ができるわけよく畜生ができるのよ。
畜生、畜生、畜生って、
帰ってきて、
それはそれですごい面白かったの。
で、その3日後くらいに俺の発表があって、
俺の発表はまた別の山じゃないんだけど、
ちょっと田舎の、田舎っていうか、
いつも部活、中学の部活でずっと走ってたランニングコースの途中で、
周りの山誰もいないところで見て、
で、俺は受かってたから、
でもみんなでわーって喜んだっていう、
そういう記憶はありますね。
ちょうどその時、みんなね、
大学入ったやつらも地元に帰ってきたりしてたから、
はいはい、春休みですもんね。
そこでみんなに喜んでもらえて、
兄弟合格発表遅いんですよね。
一番遅いよね。
東大と兄弟が一番最後ってなりましたけど。
そうそう、だからまあ、
そわそわするよね。
ただもうね、流石に浪人の時は受かってたなと思ったから、
あ、そうですか。
流石にこれで落ちたらもう無理だと思ってたから、
なんか諦めがついてた感じではある。
後期とかの勉強もしてました?
いや、後期は、
現役の時は受けたけど、浪人の時は後期は受けなかったね。
あ、そうなんですね。
後期がもうだから、合格発表のもう数日後なんで、
僕らはちょろっとだけやってましたけど、
あんまり身は入らなかった記憶があるんですよね。
そうだと思う。
僕もね、合格発表の言い方は多分変なタイプで、
前日からもずっとそわそわするじゃないですか、
いよいよ周りの子たちはもう合格発表が終わって、
決まってくるもんね。
そうなんですよ。もうだから、
後期に向けて勉強が普通にしている子もおれば、
もうなんて言うか、ここに通過して安堵してみたいな子もおるみたいな。
もういよいよ自分屋ってなった時に、
もう前日寝れなくて、
本当にもう寝るためにあらゆる手段を尽くしたんですよ。
外に走りに行ったりとか、
体を疲れさせて、
夜更かしして、
いい感じに昼ぐらいに起きようと思って。
ああ、わかるわかる。
いい感じにしようと思ってやったんですけど、
朝5時ぐらいになって、
よっしゃ寝るかと思ったら寝れなくて、
ああ、だめだ。
朝6時ぐらいになって、
これ無理やなと思って、
寝れないっていうふうに判断して、
ここからどう頑張っても。
親には一応応援はしてくれたけど、
発表の瞬間は一応自分一人で見たいっていうことを伝えてたんで、
ちょっとこう、寝れないし、
そのままずっと部屋にこもるのもあれやなと思って、
外で見ようと思って。
それはね、わかるわ。
そうなんですよ。
家にいたら落ちたとき気まずいしって思って。
そうなんです。
まだ一旦6時半ぐらいに家を出て、
ちょうどその後、家を出ようと思ったタイミングで親が起きてきて、
一応そのラインで消してから行こうと思ってたんですけど、
ちょうど起きてきて、
どこ行くん?って言われて、
もう出られへんから外行ってみるわって。
朝6時半に家を出たんですよ。
早いな。
12時とか出たんですか?
12時なんですけど、6時半に家を出て、
え?みたいな感じで言われたんですけど、
そっからテクテク歩いて、
家の近くを流れてる川があるんですけど、
それをずっとバーっと下って行って、
朝9時ぐらいに一旦米田コーヒーに行って、
普通にモーニングを食べて、
気持ちを落ち着かして、
そっからまたさらに下って、
自分の市の隣の隣ぐらいまで行ったタイミングで、
多分10時ぐらいだったんです。
今まで川をダーッとやってきて、
米田で1時間ぐらい休憩して、3時間ぐらいだったなと。
今ここで折り返したら、
家に近づいたけど外で豪華カーテン見れるなと思って、
10時ぐらい引き返して、
ちょうど12時ぐらい河川敷で、
一人でそわそわしながら、震えながら、
うわーってなって見るじゃないですか。
基本的に12時ちょうどって見れないじゃないですか。
そうだね、やっぱアクセスが集中しちゃうから。
結構必死に頑張ったんですけど、
見れなくて、やっぱりどうなんやどうなんやと思って、
そわそわしてたら、上から通知で、
お父さんからおめでとうって来て、
あー、ネタバレよ。
あーって思いながら、
自分の中でなんとか、いや俺は見てないって思いながら、
震えながら豪華カーテンを見て、浮かってて、
河川敷で一人喜んだっていう記憶はありますね。
ネタバレされましたけど、
そういうのありましたね。
いいじゃない、そういう思い出になったんだから。
そこまで綺麗に寝れない日っていうのは、
多分ご人生でもまあないと思いますね。
現役時代の合格発表とコントラスト
俺それと思い出したけど、
現役の発表の時は結構グロかったですよ。
そうですか。
まず、えっとね、
現役の発表の日が、妹の中学の卒業式だったの。
わー。
で、それで俺は、それこそ俺も河川敷行ってて、
やってましたんだけど、
ちょうどそこで、ちょうどそこにね、
中学校に行く親が帰ってくるようにすれ違ったのよ。
あー。
おいおいと思って、気使いやと思って。
でもちょっとまあ、とりあえず見てから帰るわみたいな、
俺も一人で見てから帰るわみたいな。
はい。
で、こう12時になってパッと見るじゃない、こう。
はい。
で、自分の番号探して、
飛ばされてるわけよ、あれみたいな。
はい。
俺の一ゼロナンバーがないみたいな。
はい。
つってもう、まずその一番最初に出た言葉がさ、
ナインカイだったんだよ。
あー。
ナインカイが出て、
はい。
あー、なかったわと思ったら、
一緒に4人で受けた友達から、
ちゃんと3人から受かった連絡が来て、
あー、ほー、みたいな。
いやー、きっついっすねー。
で、まあ家に帰って、妹は卒業式が終わって、
なんか楽しそうだけれども、
私は広島に行く、高級入所のね、
広島に行く新幹線の準備をするという、
あー。
悲しいコントラストでしたね、現役の時は。
なんかね、河川敷で見るのが普通みたいになってますけど、
おかしいですよね。
受験のハイライトと声にならない思い
普通自分の部屋か、そんなもんだろう。
そうそうね。
か、友達と見るかだろう。
いやー、でもなんかね、合格はほんまに、
てーってこんな震えるんかってくらい震えてましたね、僕はもう。
あー、ほんと。
はい、12時に。
うーん、まあそうだよねー。
割と一世一代の大勝負だもんね。
いや、ほんまにそうっす。
人生変わるって思いましたからね、ほんとに。
まあ、なんかね、今振り返ったらそんなになんというか、
ね、他の絶対に京都大学に行かなあかんっていう、
うーん。
なんていうか、そこまで気を押す必要はないとは思うんですけど。
まあでも、
18歳の自分たちにとってはそれが全てだから。
そうですね、もうなんか、それが人生全てを決めるみたいな感じでしたもんね。
まあでも、
でも、受かっても落ちてもなんかね、思い出になると思いますよ。
そうですね、人生の一部、ハイライトではありますよね、なんていうか。
まさか自分でも9回が一番最初に出るとは思わんかったしな。
最初なんて言ったんすかね、受かったときあれ、なんて言ったんすか最初に。
受かったときなんて言うかな、あ、あったとかじゃないかな。
なんて言ったんかな、一人で。
いやでもわかんない、俺、あの、Nコンのときもそうだったけど、声出ない。
あーそうですね。
あーそうですねって言うとこれ僕しかわからないんじゃないすけど。
Nコンで優勝したとき俺やったーとかじゃなかったもんね。
そうですね、なんか。
あー!みたいな。
確かにこう、なんて言うか、場が静かな空気なんでね、あんまりこう大声で出す。
そうそう、出せないともあったけどなんか。
声にならない声みたいなのしか出なかったから、合格したときもしかしたらそうだったかもしれない。
なんかね、僕の場合は外で見切れたんで、なんて言うかもう喜ぶんですけど、
たぶんね、周りから見たら十分変人やったと思うんですけど、
まあねー。
たぶん声を出さずに体で喜びを表現してた気がしますね。
まあ周りの人もなんかわかんじゃね、なんか受かったんかなと思うでしょ。
3月の頭ぐらいってそういうことかなと思うでしょ。
大目に見ていただきたいですけど、
受験後の過ごし方と大学生活への期待
まあでもね、本当にここからまだね、受験生の方は二次試験があって、
でそこから合格発表ですけど、本当に長いですよね、受験はあってから合格発表まで。
長ーい。
長ーい。
長いし、他何のやる気も起きない。
普通やる気起きないね。
まあ燃え尽きちゃうのは普通だよね。
高期試験、いや高期試験の勉強できる人はほんまにすごいですよね、あの間で。
俺もあんまりしなかったわけよ。
宿に行く気なんて起きなかったですからね。
いやまあいいのよ、もう。
それこそ燃え尽きるってことは燃えてたってことだから。
いいね、そうですよ、ほんまにそうですよ。
だからまあそれが一つの経験なんじゃないの。
そうですね、まあでも本当に人には人の受験の物語がありますから。
そうだね。
正解なんてないですからね、こう、勉強法にしても、
まあ例えで言ったその合格発表の見方にしても、
なんていうか別にこうしてたからこうした方がいいとかは全くないですからね。
自然に身を任せたらこうなったっていうのが。
まあでも最終的にはね、それが今みたいな笑い話になったりすると思うので、
本当にまあ今はね、とにかくもち受験生の方で聞いてる方がいたらね、
頑張っていただきたいなという感じですね。
そしてね、もし強大受験生で合格された方がいたらね、
ぜひKUBSに、
新館に来てください。
本当に新館に来ていただき、本当に人数が少ないですから我々。
いろいろやりますんで、今年も。
ぜひね、興味を持っていただけたら、ぜひ新館においでください。
おいでください、お待ちしております。
お待ちしております。
というわけでKUBSポッドキャスト、今回は受験について語ろうの企画をお送りしました。
どうでした?ここまでがっつり語ることはなかったと思いますか?
受験にまつわるエピソードを話したのはあんまりなかったのと、
私の闇の暗黒時代をさらけ出すのもなかなかないことだったので。
まあまあでも本当にね。
あんまりその、闇すぎて人に話してなかったと思うので。
いやまあでも、
浪人時代のことは。
なんというか話す場というかがあるっていうのは、いいんじゃないですか?やっぱり。
仲間がいますよ、浪人生の皆さんもね。仲間がいるし、
多分あなたより暗い人もいるので。
あなたもとっても暗い浪人生活だと思ってるかもしれないけど、
中にはあなたより暗い人もいることはあるのでね。
あまり気負いすぎずに。
まあそうですね。
時にはラジオに頼るなり何でもいいので息抜きをしつつ、
とにかくメンタルの安寧をしっかり図って頑張ってほしいなと思います。
まあね、本当に受験というのは大変長くてね、先の見えない戦いですけども。
終わりは来ますからね、いつか。
止まない雨はない。
意外とすぐ止みますよ。
やっぱり気づいたら終わっているからね。
それはうちは記憶が消えているだけでしょ。
俺が浪人の9月からの記憶がないだけ。
まあね、とにかくもう頑張るしかないと思うので、
受験生の方は是非頑張って。
大学入ったら楽しいこといっぱい待ってますんでね。
そうですね、大学生になったら本当に楽しいこといっぱい待ってるので。
何しようリストは作っておいた方がいいと思いますよ。
確かに。
受験終わったら何しよう、大学入ったら何しようリストはたくさん作っておいて、
受験終わってからソワソワする時間はそれを消化することで使えばいいと思うし。
そうですね、是非。
本当に多分ね、いろんな初めての国家、例えばバイトだったりとか。
そうだね、バイトもあるし、サークルも。
大学の授業もあるし、バイトもあるし、サークルも入って、
一人暮らしもあって、免許取りに行く人もいるだろうし。
本当に盛りだくさんなのでね、楽しみに、それを楽しみに。
我々は2回生3回生でちょっとすれちゃったところがあるけど、
やっぱり1回生は1年間ドタバタしながら楽しそうでしたよ、みんな。
そうですね、なんかエネルギッシュじゃないですけど、
本当にいろんなことにね、挑戦じゃないですか。
昨日はあそこに行ってきた、今日はこの後あそこに行くとかなんかいろいろ言ってたから。
我々がおじさんになりつつあるって感じですけど。
そうだね、まあまあ。
盛りだくさん。大学生になれば本当に楽しいことがいっぱいあるので、
頑張っていただきたいですね。
頑張っていただきたいです。頑張ってくださいね、みなさん。お会いしております。
エンディングとKUBSの紹介
KUBS京都大学放送局ではこのポッドキャストの他に、
今日も京都でAモーニングをという朝の番組も制作しています。
レディクローや各種ポッドキャストで配信していますので、ぜひそちらの方もお聞きください。
それでは。
それではまた。
どこかで。
45:02

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