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2025-06-05 09:26

もう無理しない。司法書士試験静かなる撤退。嬉しかった出来事。

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https://note.com/cute_koala677/n/n453bf87a6806

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Summary

司法書士試験への挑戦や学びを振り返る中で、健康や家族との時間を大切にすることを再確認し、試験から撤退することを決意します。また、学んだ知識が親への手続きに役立つ出来事を通じて得た経験に感謝し、何者かになることへの囚われを手放す重要性について語ります。

司法書士試験への挑戦
皆さんこんにちは、カンパネラです。今日は、2023年10月にノートに記載した記事を配信したいと思います。題名は、もう無理しない。司法書士試験静かなる撤退。学びの1年。
司法書士試験を目指した経緯。私は現在、行政書士として活動しています。2021年5月、司法書士試験の勉強を始めました。
行政書士と司法書士は、試験科目に重なる部分も多いのですが、やはり司法書士の方が明らかに範囲は深く、広く、ハードです。とはいえ、行政書士は行政書士で取り扱える業務の幅が非常に広く、それぞれに専門性があります。
私が司法書士を目指した理由は、やりたい仕事をもっと受注できるようになりたいと思ったからでした。でも実際に勉強を進めていくと、やりたい仕事とは全く関係のない商法や会社法の壁にぶつかりました。これがとにかく私にとっては無味感想で、暗記が難しく、頭に入ってこない。覚えても忘れる、その繰り返し。
勉強しているうちに好きになるのかもしれない、そんな甘い期待を抱いていたのですが、残念ながら好きになることはありませんでした。株式投資は好きなんですけどね。
壁の出現。そしてもう一つの大きな理由、それは私の飽きやすく冷めやすい性格にあるのかもしれません。勉強を始めた当初は、もちろんやる気に満ちていました。でも月日が経つにつれて、こんな疑問が浮かぶようになってきたのです。
50代を過ぎてからこの勉強を続けるのって、体に悪くない?老眼も進み、細かい文字ばかり追いかける日々に、このまま勉強を続けたら失明するんじゃないか、とさえ考えてしまいました。文字とにらめっこは想像以上に過酷。長時間座りっぱなしでは腰を痛めるし、油断すればすぐきっくり腰です。
ある日、ふとこんな思いが頭をよぎりました。もしあと5年しか生きられないとしたら、それでも私は司法書士の受験勉強をするだろうか。答えはいな。私には今、大切にしたい家族がいて、守りたい健康があって、今しかない時間があります。
例えば、あと3年頑張れば合格するかもしれない。そういう可能性がゼロではないにしても、健康や家族との時間を犠牲にしてまで目指す価値が私にとってあるのか、と考えてしまったのです。
もし3年後、合格と引き換えに体を壊し、家族とすれ違っていたら、仕事どころではないし、開業どころではないでしょう。そうやって少しずつ、静かに夢が覚めてきました。
私生活でのトラブルで法律に疑問不?
もう一つ、司法書士から撤退する理由があります。私はこれまで、法律というものに興味を持ち、行政書士になり、そして司法書士の勉強も続けてきました。
しかし、私生活でのトラブルをきっかけに、法律や行政の仕組みに対して、思いがけない壁のようなものを感じる出来事があったのです。
それは、自分が必死に学んできた法律に期待するような助けを得られなかったという体験でした。助けて欲しかったのに届かなかった。
法の下で救われると信じていたのに、無力感、もどかしさ、悔しさだけが残った、そんな経験でした。
法律の世界には、権利の上に眠るものは保護に値せず、という有名な格言があります。
でも私は思いました。眠っていなかったとしても、守られない状況があるのだと。
自分の大切な家族を法律で守ることができなかった。どれだけ知識があっても、どうにもならない現実があるのだと、静かに思い知らされました。
それならば、法律職の資格をもう一つ取るために、さらに時間や心の余裕を削ってまで努力を重ねる必要はないのではないかと、そう考えるようになってしまったのです。
丸一年ほど司法趣旨試験に向けて頑張りました。しかし、2022年の7月の試験は受験しませんでした。不思議と後悔はありません。
法の無力感
むしろ、1年勉強したからこそ、司法趣旨試験という山の善用がようやく見えてきた、とも言えます。そして、そのまま勉強自体を中断し、今に至ります。
振り返って思うのは、行政趣旨として自分がやりたい仕事は、司法趣旨の資格がなくても、自分の努力次第でなんとかなるのでは、という気持ちです。
費やしたもの
司法趣旨の試験勉強のために通信講座も受講しましたし、テキストや参考書なども揃えました。トータルで約25万円ほどかかったでしょうか。
けれど、それだけのお金と時間をかけていたものは、決して無駄ではありませんでした。
憲法、民法、刑法、不動産登記法、商業登記法、会社法、商法、協宅法、司法処置法、民事訴訟法、民事執行法、民事保全法。
こんなにも幅広い知識を一通り学べたのは、大きな財産です。
実家の所有権移転登記ができた。
実際、勉強してよかったと実感する出来事もありました。
両親がコツコツ返済して還済した実家の住宅ローン、その修了に伴い、所有権移転登記を私が手続きしてあげることができたのです。
それは紛れもなく、1年間勉強してきた司法趣旨試験の試験範囲の知識がなければ、できない手続きです。
一人の娘として心から、してあげられてよかったと思えた出来事でした。
もちろん、報酬などをいただかず、ただの親孝行です。
メルカリで販売。
さて、今手元に残されたのは、山のようなテキスト、参考書、過去文、もしの問題集など、司法趣旨試験のために揃えた教材たちです。
法律は改正が多いため、こうした教材は毎年アップデートされます。
ぼんやりしていると、どんどん価値が下がっていくので、必要な方に譲るにしても、早いに越したことはありません。
半年は無理でも、3分の1程度の価格で売れたらいいなと思い、メルカリに出品を始めました。
新たな気づき
行政書士の仕事でも活かせそうな科目のテキストだけ残して、あとは断捨離。
一つの挑戦を終えるときは、こうして整理することもまた大切な儀式のように感じます。
何者かにならなくてもいい。
司法趣旨試験から私は撤退します。
ここまで撤退の理由をつらつらと書いてしまいましたが、学んだこと、得た気づき、通った道の全てに意味があったと感じています。
思い返せば、私のこれまでの考え方にはどこか、
頑張って何かにならなければ、資格や職業的な肩書きを得なければ、という思い込みがあったように思います。
けれど、最近では、そうした何者かになることにとらわれず、
今あるものに満ち足りている、と感じながら生きていけることの方がずっと大切なのではないかと思うようになりました。
樽を知る、という言葉がすっと心に染みてきます。
メルカリの購入者様から、来年の試験に向けてこの本で頑張ります。
この本の〇〇メソッドで頑張ります、のようなメッセージをいただくこともありました。
正直に言うと、少し複雑な気持ちにもなりました。
けれど、私が歩んだ道が、誰かのこれからの助けになるのなら、それはとても嬉しいことです。
頑張って乗り越えてほしいと思いました。
どうかこの本たちが、新たな誰かの手の中でまた役立ちますように。
頑張っているすべての人に、静かにエールを送ります。
お聞きいただいてありがとうございました。
配信を終わります。
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