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ここは今からラジオです。
ここは今からラジオです。お相手は上核です。
ネコヤシキです。
よろしくお願いします。
お願いします。
ということで、3本収録の3本目でございますが、
なんかちょっと、前2本がちょっとさ、
重かったですね。
掛かりすぎちゃったね。
珍しくね、喋りすぎちゃいましたね。
ということで、ちょっとこれサクッといきたいですけど、
いつもやってる話みたいな感じになるかもなんだけど、
オタクになるための適性と現代社会の変化
最近考えてることがあって、
ある程度、
オタク気質を持っているという自覚はあるんですけども、
何を控えめにおっしゃってるんですか。
ある程度とかじゃないのよ。
お互いね、お互いあるじゃないですか。
いっちゃんくせえタグイゾー。
お互いあるじゃないですか、それはね。
お互い様ですからね。
お互い様であるラジオなんですけど、この番組はね。
くっせえラジオですよ。
なんですけど、それはさておき、
オタクをやるにも才能が必要だと思っていて。
それはそうかもね。
すごく惹かれるコンテンツに出会った場合に、
誰でもがオタクになるわけじゃないじゃないですか。
そうですね。
オタクになるための適性みたいなものがあるなと思ってるわけですよ。
いろいろあるけど、一つわかりやすいのをあげると、
気になることがあると調べられずに折れないとかさ、例えば。
みたいなのがあると思うんですけど、
そういう適性がある人がオタクになっていくし、
そういうオタク気質を持ったまま大人になるんだと思うんですけど。
調べられずに折れない、気になることは調べたくなるがあるとしてさ、
それもまた程度問題というか、
どのぐらいまで深く調べるかとかでグラデーションがあって。
あとは他のことを差し置いてでも調べずに折れないぐらいの強さを
持ってるかどうかとかでまたグラデーションがあって。
調べる一つをとってもさ、
調べる手段を知っているかと、
調査することにどのくらいの箇所分時間を使えるか。
箇所分時間なりお金を使えるか。
足を使えるかとか。
そういう本人の能力に起因するところもまあまああるよね。
そういう意味での適性もあるか。確かにそうだね。
今回の話で言いたいのは、そういう適性があるなしがあるなっていうのと、
自分は適性がある方だと思うから、
基本的にはそういう適性を持って生きていく方が
世の中楽しいじゃんというスタンスでこれまではやってきたわけですよ。
世の中に楽しいことが増えるし、
自分が面白がれるポイントが増えるし、
その方が楽しいじゃんと思って生きてきたんだけど、
そうでもないのではっていう気がちょっとしてきているっていう話なんですけど。
そうでもないのではないかっていう仮説を今日はちょっと喋りたいのですが。
なるほどですね。
僕はその仮説は大いに支持したい。
それをさ、その仮説に至る証拠の一つとしてはさ、
どちらが多いかで言うとさ、
そんなにオタク的性を高く持っていないというか、
むしろない人の方が世の中多いじゃないですか。
多数派はそっちじゃないですか。
まあそうですね。
さっき言ったようなその俗人的な能力の有無でも違うでしょうし、
古いにかけていくと、
調査する情熱と調査する能力とを合わせ持った人が少ないっていうのは、
まあそりゃそうだよねっていう気がする。
まあそうよね。
そういう数の多い少ないもあるしさ、
でもその数の多い少ないがあるとすると、
その多い方の人たちが快適なように社会はできているはずであってさ。
多数決で物事が決まる社会においては。
だとすると、やっぱり我々オタクはちょっとこの世の中行きづらいのではと思っているっていうのが一つ。
数の問題でね。
もう一つは、こういう特性を持っている人は調べたり、
知識を増やしたりするのが好きであるが故に、
AIが出てくるとAIとの相性が良いというか悪いというか、
もうこれ底なし沼であるっていう。
あとはもう体力とお金のトレードオフになっていくという、
沼に入っていきつつあるのではっていうのが二つ目。
これどんどん大変になってないかオタクって思ってるんですけど、どう思いますか?
現代オタクの特性:ストーリーの発見と神話形成
オタクがオタクであることを名乗るという条件がさ、
世代とか時代を追うごとに違ってきてますよね。
確かにね、オタクがオタクを自称しづらい時代があったもんね。
社会的な偏見とかそういうのもあったし。
あったあった。
逆にでも昔って知識があればオタクを名乗れたんですよ。
〇〇を知っている〇〇という作品の系譜を頭に叩き込めているか。
でも現代って逆にそういう手法ではオタクになりづらいというか、
こんなもん調べりゃすぐ出てくるし、
知っておく必要もない。AIが全部教えてくれるから知っておく必要もないじゃない。
そうなんだが、まあいいや。
何をもっとオタクと現代は言ってるんだろうなっていう。
いや僕はね、これはね、割と明確な答えがあって、
確かに知識の多い少ないではないんですよ、もう現代のオタクは。
オタクが持っているもう一つの最大の特性はね、勝手にストーリーを見出すっていうやつなんですよ。
気持ち悪さね。
イコールではないやろそこは。
オタクは勝手にストーリーを見出すのよ。
まあ何でもいいけど、例えばあるアーティストの歌詞を見て、
この歌詞はきっと何年前のあの出来事が元になって書かれたに違いないみたいなことを勝手に見出して、
その曲のイントロをライブで聴いて勝手に高まるみたいなことをしているわけですよ、オタクっていう人種は。
投影ってことですね。
自身の経験や知識を投影して、それを通して勝手にストーリーを組み立てているっていう。
またこれがSNSと相性が良いというか悪いというかなんだけどさ、
そういうマイ仮説をマイストーリーを開地にするじゃない?
考察とか言ってね。
同行の詩が集まってきて確かにそうだとか言ってさ、
それがファンコミュニティの中で一つの神話として紡がれていくことになるわけよ。
時間が経てば経つほどね。
経てば経つほど、それによってオタクの承認欲求が満たされるし、
その神話がより強固なものになっていくと、もう帰ってこれないわけですよ。
神話はその次なる神話をまた生んでしまうわけですよ。
それに影響された人がね。
さらにいろんな神話を生み出してしまうから、そういう特性があるよね。
これがまだその一つのコンテンツの中に収まっているうちは良いんですよ。
あるアーティストの楽曲とか、その中に収まっているうちは良いんだけど、
全然関係がないもの、同士の間に共通するエモさとかを発見したりとかして、
そうなってくると手に負えないわけですよ。
全然関係ないジャンル同士が結びつき始めるので。
そうなるとさ、それは文化人類医学であったり、
そういう領域に入ってきますよね。
日本神話とギリシャ神話の共通点みたいな話をしだすわけじゃないですか。
例えばそういうことですよ。
オタク的な文脈が生まれて、まだ100年は経ってないじゃない?
そうでしょうね。
100年は経っていないが、100年経とうもんなら、立派に学問になり得るねっていう気がする。
それを極めていくとそうかもしれないね。
良くないのは、それは人によって紡がれた神話であって、
いさかいの種にめっちゃなるよねっていう。
だからよくあるね。神話同士がぶつかっているのをよく見るのよ、オタクコミュニティで。
それの究極が今イランでやってることじゃない?
本当にそう。本当にそうなんだよ。
だからあんまり手放しに、やれやれって言っていいもんではないよなっていう気もするな。
それはそうだよね。
オタクが勝手にストーリーを紡ぎ出す行為と、学術的な考察の一番の違いは何かっていうと、
オタクの考察は全然体系的ではないのよ。自分の好きな方向にしか掘らないから。
事故の経験の問いでしかないからね。
体系的な学問になっていかないとかもあるけど、
そういう形質が極まっていくと、
これとこれが繋がった、これはこうに違いないみたいな、その瞬間のアドレナリンがすごいから、
ある種のオタクは極めて陰謀論に転がりやすくもあったりするわけ。
本当そうなんだよね。
何かに目覚めてしまった時に。
これもそういうことを総合して考えると、
オタクに適性がある方が人生楽しいではないか、仮説は、
意外と足元が弱いんじゃないかと思い始めているっていうのが今日話したいことなんですけど。
オタクの生きづらさと「推し活」の現実
そうだね。揺るがされがちというか、
オタクのそういうムーブを見慣れていくと、
見慣れていくと逆に耐性がついて、
楽しいかどうかはさておき、変な方向にはいかないだろうなっていう気はするのよ。
例えば、今WBCの裏でとても話題のエプスタイン事件あるじゃないですか。
今とても話題の、ずっと話題ですよね。
ホットなやつじゃないですか。あれって陰謀論が形になってしまった事案じゃない?
陰謀論だと言われていたものが実際にあったんだみたいなね。
あったんじゃんっていう。
あったんじゃんってなって、それはたまたまそうだったんだよねって思えるか、
今までの陰謀論は全部実は本当なんだみたいなことを言い出すのかって、
そういうストーリーテリングに擦れてるかどうかの違いだと思ってて。
そうだね。
擦れてると、数打ちはそういうのもあるでしょって思えると思うんですけど、
陰謀に触れた初手がエプスタイン事件で、
エプスタイン事件が本当にあっちゃったもんだから、
これはってなっちゃう人は、やっぱり擦れてない人なんだと思うんですよね。
そこが学問との違いというかさ、学問だとそうなんじゃないかっていうことを
論文にして発表したときにさ、あんまり根拠ないやつ袋叩きにされるじゃないですか。
そうだね。
そこのプロセスがオタク文脈もないこともないかな、叩かれてるのもあるよね。
叩かれてるのもあるし、何が政治家論争みたいなのはさ、
常々いさかいの棚になるわけじゃない。
このプロデューサーはこう言ってるけど、このプロデューサーはその後退社したから、
たぶんここから先は精神を語るしかないみたいな。
ある。ある。
よくあるじゃないですか。
あるね、そういう揉め方ね。
もっとその歴史と違って架空の存在であるから、
実は精神なり得るという側面を持ってるんだよね。
なんかね、オタクコミュニティの中で、
重度のオタク同士がすごいハイコンテクストな文脈同士で
わちゃわちゃやってること自体はすごく面白いなと思ってみるんだけど、
でも逆にそこがぶつかり始めてしょうもない、
そういう精神争いみたいないさかいをやってるのが
すげえ見にくいなとも思うわけ。
そこの気持ち悪さはやっぱあるよね。
本質的には、一つの物事に囚われてしまった気持ち悪い人たちの集まりなので、
最終的には気持ち悪くなっちゃう。
これは宿命だと俺は思ってる。
中の人たちでやってる分にはいいじゃん。
外から見て気持ち悪いか知らんけど、
我々これが楽しいんだよってやってる分には全然いいと思うし、
それが楽しいんだけど。
いい。
派閥が分かれなければ。
そうなのよね。
でもこれ人間の宿命なのかな。
オタクの宿命というか、人間そうなってるんじゃないかなと思うんですよね。
同じ種類の人が集まるとさ、
細かい違いで自分であるということを主張したがるんじゃない?
非オタクの人たちはそんなことないと思うんだよ。
別にどうでもいいからそういうことは。
非オタクのだからこだわらない人だよね。
これは後半で喋りましょう。
ここは今からラジオです。
この前聞いてたラジオに大学の先生が出てて、
最近の推し文化を研究してる先生が出てたんですけど、
推しとは何かっていう定義をしないといけないと。
その先生なりの定義はこうですっていうのを説明されてたんだけど、
能動的な働きかけがあるかどうかで私は線を引いてますっていうふうにおっしゃってて。
つまりどういうことかっていうと、
コンテンツを消費してるだけだとただのファンなんだと。
テレビで流れてきてるとかYouTubeで見てるものを見てるだけとか、
見て楽しんでるだけだったらファンなんだと。
ところがチケットを買ってライブ会場に足を運ぶとか、
そのコンテンツについてSNSで発信するとか、
ブログを書くとか、
二次創作を始めるとか、
そういう能動的な働きかけが生まれた瞬間にそれは推し対象になると。
だからちょっと今まで言われてきた、
推しのためにすごいお金を使ってとか、
人生をかけてそれを推すみたいなことだけを推しってくくっちゃうと、
本質がおみやまるから、
もうちょっと広く捉えましょうっていうことをおっしゃってて、
能動的な働きかけっていう線の引き方を提言されてたんですけど、
確かわかるなという気がするんだけど、
そうやって見てみると、
周りで、
映画が好きですとかアニメが好きですとか言ってる人たちの行動さ、
つぶさに観察してみると、
確かにその能動的な働きかけまで至ってる人って、
結構実は一部なんだよね。
驚くほど。
そうだね。
聖地巡礼する人が全員かってそうでもないしね。
だからアニメ好きですとか映画好きですって言ってても、
せいぜいネットフリックスに加入してますぐらいまで。
で、そのアニメコンテンツのイベントがあったからって言って行きましたとか、
ロケ地になった聖地巡礼に行きましたとかは、
やっぱりすごい少数にそっからなるんだよね。
そうだね。
そう、だから結構、
世の中の大半の人たちではないんだ我々はって思い知らされたんですけど。
それがいくと僕も別に推しをするタイプのオタクでもないし、
極めて、
受動的かもしれないですね。
受動的オタク?
だからオタクと推しの違いとかもそこになんかありそうだよね。
なんか、
結構さ、ライブに行くって、
ギリギリ推しかそうじゃないかのギリギリのラインだと思ってて、
ライブは言ってしまえば消費じゃない。
でもそれで言うとだからあれだと思いますよ。
最寄りの会場にだけ行くか、その遠征までするかぐらいだと思いますよ、線引きは。
そうそう、だからその辺でギリギリ推しになっているかどうかが分かれているラインだと思ってて。
そうだね。
なんか、
推しっていうぐらいだから、おっしゃる通りの、
能動的な、自分から足を踏み出すっていう。
踏み出すのが、
提供側、供給側から促された一歩ではなくて、
自分が選んで、こっちに行こう。
聖地を見に行こうっていう一歩。
で、あるかどうかが結構重要だと思ってて。
そうか、だから公式にお金を払ってるだけじゃなくて、電車代も払うとか、
ブログ書くとかそういうことだね。
主人公のしてる仕事に興味があるから、その仕事について調べてみる。
でも別に一歩も足を動かしてないけど、これ推しだと思うんですよね。
確かにそうだね。
能動的っていうのはそういう意味だと思っているが、
自分を振り返ってみると、公式から何か買ったぐらいの給付しかないので、
多分だから推しをできているわけではないんだろうね。
なるほどね。だから推しとオタクの違いは何だろう、そうすると。
推しはだから、事故を投影するだけではなくて、
そこに探求が加わるんじゃない?
でもオタクも探求してるじゃん。
オタクの探求はあくまで自分の中なんだよね。
自分が投影した中の影を探してるような作業なので。
そこから例えば、富野監督の足跡を訪ねて、
なるとそれは推しに近い何かになるよね。
だから大半の人はさ、見たことはあっても別にエヴァンゲリオンが好きだからって、
山口県宇部市まではいかないんだよね。
そうなんです。
大半の人は。
宇部の電車児童に詳しい電車オタクのツイッターのポストを盗み見て、
知ったような気になっているだけであって、それが身についているかというと多分違うんだよね。
そうだね。
探求してるかというと探求してない。
確かに。
探求という心がオタクには必要なんじゃないですかね。
これ行きづらさの話で言うと、我々はそれを楽しいと思ってやってるわけ。
じゃあやっぱり監督の出身地である宇部市を訪ねたら、もっと感じられるものがあるんじゃないかと思って行っちゃうわけ。
我々みたいな電車は。
なんか出張のついでに寄っちゃおうかなとかね。
そこに合わせて組んじゃおうかなとかしちゃうわけ。
して実際にそれなりに何かを感じて楽しんだりもしちゃうわけ。
なんならそういうことをSNSに上げて承認意欲を得たりとかもしちゃうわけ。
それが楽しいと思ってやっているつもりなんだが、実はそれは世の中からするとすごいマイノリティで、
そういう行動があまり実は世の中の一般的な中央地からはあまり理解されない行動であって、
かつ変わり者扱いを受けて実は行きづらい環境を生んでいるのではっていうことに、
この歳まで気づかずに来たんじゃないかみたいな恐怖がちょっとあるというか。
本人が楽しいなら別にいいんだろうけども。
楽しいんだよ。楽しくないかって言ったら楽しいんだけど。
変わり者的な視線がきついってこと?
それはどっちかというと気持ちいいかな。
ただの変態だったよ。
違う違う。
本当に公務員だけはできない仕事だと思っているので、公務員やってる方々すごいリスペクトするんですけど、
普通のことを普通にやることが求められるじゃないですか。
すごいとんでもないクリエイティブな創意工夫とか求められないじゃないですか。
そうだと思う。
イメージだけどね。分かんないけど部署にもよるんだろうけど、イメージそういうのがあって。
だからそういう要素がない状態ってあんまり自分は耐えられないから、
どっちかというと普通だねという評価よりは変わってるねという評価の方が気持ちいいはベースとしてはあるんだけど。
ベースとしてはそれはあるんだけど。
あるんだけど、でも社会的には異物側というかさ。
変わった人だよね。
異物側扱いをずっとされ続けているんだなっていうのも裏返しであるんじゃない?それって。
果たしてそれが本人にとって不幸かどうかというと、本人次第ではあるんですけど、
ハイスペックオタクの台頭と既存オタクの葛藤
例えば当権男子で当権にハマって当権にまつわる歴史探訪をしちゃう女子とかたまに聞くじゃないですか。
いますね。はいはい。いますよ。
彼女たちは変わり者ですわ。
そうでしょうね。
現地から現地人から見ても変わり者でしょうし、職場でその話をしても変わり者ですわね。
もうそのどこまで行ったんだみたいな。
なんですが、彼女たちも多分、
意外とそういう人ってさ、今までそういう活動に手を染めていなかった65歳のおばあちゃんとか。
そういうパターンもあるよね。
あるじゃないですか。
あるある。
でもその人たちが居心地が悪いと感じてるかっていうと、
大概の場合、分かんない、これは生存者バイアス的にそういう人しか見てないなかもしれないけど、
新しい素晴らしいものを見つけて、私は今一番生き生きしてますみたいな顔してるわけですよ。
僕は知ってる。
そうかもね。そういうのあるよね。
一概に生きづらいという感じでもないんじゃないかなと思って。
ずっとそれを繰り返してると、
若い頃からそれを繰り返してて、
隅っこに行ってる人はそれは生きづらいかもしれないけどね。
僕はちょっと疑問に感じていることの一つは、
そういうオタクが集まるコミュニティで発言されているSNSとかをチラホラ見てると、
最近増えてきたなと思うのは、オタ活とかオシ活に理解のある職場みたいなものがちょっとずつ目につくようになってきていて、
例えば誰かをすごく推してますと、特定のバンドとかアイドルとかを推してますっていうことが会社の同僚とかにも知り渡っていて、
例えば有給を申請したら、いついつライブがあるんだね、行っておいでねって会社の方が喜んで送り出してくれる、理解のある職場ですみたいなのを見ていて、
世の中がそういうところに理解を示すようになってきたことは、
一見オタクが生きやすくなったかのように見えているけれども、
あなたはあの人のオシ活をしてるもんね、行っておいでねって送り出している会社の側の人たちが本当に裏でほくそ縁でいないかっていう、
わかります?裏で半笑いになりながら、あいつまただよって言われながら裏で有給申請書を処理してないかっていう、想像してしまうわけですよ。
それは表向き上手く回っているんだと思いますよ。表向き上手く回っていて、人間関係も良好だからこそできることなんだろうけど、
でも本当に0.1ミリも小バカにしてるつもりがなく言えてるか、送り出している人たちはっていうのはちょっと疑ってしまうんですよね。
0.1ミリくらいは自分の理解できないジャンルであればあるかもしれないね。
あるかもしれないけど、その大半はそいつが仕事ができるかどうかによるかなっていう気がする。
それはおっしゃる通りだね。
めちゃくちゃ仕事ができない人が何か有給を偉そうにとって、何とかのお仕事なんですって言うと、気持ち悪いなこいつってなると思うんですよね。
仕事もできるイケメンが、AV女優のサイン会に行くんですみたいなことを言うと、こういうタイプが好きなのねって参考になる女子社員もいらっしゃるでしょうし、
人によるね、本当に。
だからオタクの皆さんは一生懸命仕事をして成果を出しておきましょうですね。
それは本当そうだと思う。行きやすくするのにやっぱりリアルをちゃんとしないといけないんですよね。
当たり前のことなんですけど。
当たり前のことに気づいたところでエンディングです。
ラジオです。
いやでもめっちゃそう、それはそうだわ。
推し活に関して言うと最近、これは古典ラジオの番外編だったかな。
ヤフーの川部さんがずっと最近推し活の話してるじゃないですか。
ハロプロの推しの話をずっとしてるなとは思っていて、古典ラジオの番外編だったと思うけど、ゲストで来られてる回をYouTubeで見たんですよ。
川部さんが考える推し活とは何かとか、どういうふうに川部さんは活動されてるのかっていう話をずっと喋ってたんですけど、
YouってLINEヤフーの会長だから、世の中的にはちゃんとしている人カテゴリーのトップオブトップのところにいる人なわけですよ。
レジェンダリーちゃんとしてる人だよね。
ちゃんと成果出してるし、ちゃんと金を稼いでいるし。
例えばこんなことをしましたって言ってたのが、なんかハロプロのグループの公式LINEスタンプを作ろうみたいなのがファンの間で盛り上がってたんだって。
ところがそれが何らかの事情で、そのプロジェクトがちょっと上手く進んでなかったと。実現しちゃなかったと。
逆にトップダウンで、この話来てると、何がボトルネックで進んでないのかっていうのを内部で調査して、
それだったらこうしたらいいじゃんっていうのを、ハロプロさん側に提案をして、実現したんですっておっしゃってて。
これは川部さんにしかできないやつなのではっていう。
ハローゲーム過ぎるよね。
そのレベルのおしかつは、そのレベルの人にしかできないなって思ったっていうことから考えると、逆に言うとそのレベルに達していればそのレベルのこともできちゃうわけだから。
何だってできるんです。
金を持っていることとか、社会的地位をちゃんと持っていることは、オタクであることをすごくブーストするというか。
はい、そうです。生きやすくします。
だから、やっぱ頑張れオタクでしかねえな、これは。
今さ、その話を一通り聞いてて、最近僕が心の腹の中で温めていた呪いに気づいたんですけど。
呪いって何だ?
呪いって何かあるんですよ。
アイドルさんとかさ、Jの事務所がSになって、そこからいろんな事務所さんが若手のアイドル的な人をいっぱいグループを出すようになって、今は結構群有格強じゃない?
そうだね、乱立してる感あるね。
で、そのグループの中には結構オタクキャラレースみたいな子とかもいて、昔からそういう枠もあったんだけど、最近のオタク枠のアイドルがハイスペすぎて、腹が立ってるんですよ。
どういうこと?ハイスペってのは何?学力とかそういうこと?
いや、だから個人的な恨みも何もないけど、むしろ結構好きなんですけど、どっちだっけ?僕いつもね、ストーンズとスノーマンがこっちゃんになるんですけど。
それ僕も分かってないです。
ピンク色のサクマ君っているじゃない?
いるいる、どっちかにいるね。
どっちかにいるじゃない?
その2つのグループをピンク色がいる方といない方で認めするんですけど。
大丈夫、僕も分かってないんで。
とか、ルロケンの主役で、映画版ルロケンの主役でおなじみの佐藤武さんとか、あと本郷聡太さんとか。
要はイケメンだってことを言ってる?
イケメンだけじゃないんですよ。イケメンでオタクは今までいたんですけど、オタクっていうレベルだったじゃない?今まで。
ちょっと好きなのね、その分野川くらいのね。
なんかショコタンみたいなさ。
そうなのよ、そうなのよ。
ビーティスオタクだろみたいなやつばっかりだったじゃん。
それが割とガチだってことか。
違うんですよ、サクマ君はガチなんですよ、あいつ。
なるほど。
とか、山田涼介がFPSかなんかでガチっててみたいな話を聞いて、FPSとか結構めんどくさいゲーマーしかやらないじゃない?日本においては。
割と突き詰めた人がやるとこだもんね。
そう、だからお前らみたいなイケメンや美女が他にやることがないのかっていう話だけ。
はいはいはい。
それはね、あるあるな。
で、何を見た時に俺強烈にそれを思ったかっていうと、この間サクマ君がテレビでサイレント○○みたいな音を立てずに○○しろみたいなミッションをクリアするゲームみたいに挑んでたわけ。
しょうもないですよ、酒瓶を積むとか、どう考えても音がするだろうみたいな小ネタをみんなでやるみたいな番組だったんですけど、サクマ君がサイレントで爆点をするって。
で、靴脱いで爆点できちゃうらしいんですよ、サイレントで。サクマ君くらいになると。
で、それを見て、アイドルだから爆点はできる人もいるし、でもその中でも結構類稀な運動能力だと思うわけ。
はいはい、でしょうね。
それなのにめちゃくちゃオタクってずるくないって思うと。
いやいや別にいいだろう、オタクが爆点できても。
もうそれをさ、魂の価値が等価だとするならばよ。なんかもうすごい異常な性癖とか持ってないと俺は許せないなって。
バランスが取れないよっていう話か。
カエルの内臓を見ないと性的興奮が得られないとか、そういう異常性癖持ってろって思うわけ。
これはオタクのただのひがみだな、これは。
いやひがみひがみ、めちゃくちゃひがみなんですよ。
オタクが多様化しすぎたせいで、本来チャラチャラして浮世を漂っていたはずのイケメンとか恵まれた人たちですよ。
が、すごくうちの畑に入ってきて。
畑に入ってくるというと僕も感じてることがあって、アニメをたくさん見る方ではないんだけど、アニソンっていうジャンルは結構昔から注目はしてるわけですよ。
アニソンの分野で頑張ってきている、いわゆるアニソンシンガーさんとか、アニソン専門じゃないんだけど割とアニメタイアップが多いアーティストっていうのが主戦場として戦ってる人たちいっぱいいるわけですよ。
ところがある時点からアニソン以外の曲でもヒット曲いっぱい持ってる人らがアニメタイアップを持っていくようになって。
それはそっちのジャンルでやっていける人たちはこっちに入ってこなくていいじゃんってすごい思ってる。
それやっていいのヨネズさんだけだよね。
ヨネズは外しちゃダメなやつを頼めば外れないから。
ヨネズ自身がオタクの権限みたいなもんだ。
そう、それもある。
歌が歌えるオタクでしょ?
歌が作って歌えるオタクだからヨネズは認めているのと、ヨネズと逆楽章はいいんじゃないかと思ってるんですけど。
別にこっちに来なくていいでしょあなたたちって、その限られた席を奪わないでよとはちょっと思ってはいるね。
ミレさんのことですか?
ミレはどうかな?わりと境界ぐらいにいるね。
境界にいるんですよ。境界にいてチラチラ出てくるんですよ。ミセスさんとかもそうなんですよ。
それはそう。ミセスはもう表舞台を歩いていけお前たちはって思ってる。
そうなんですよ。
お前たちはもうタイアップなくても生きていけるんだから表舞台を堂々と歩いていけって思ってるね。
っていうのはある。だから昔ながらのタイアップとかやらないでほしいんですよね。
本当にね。結論としては我々オタクは仕事を頑張って成果を出せですね今日は。
ちゃんとオタク活動をしても怒られない人になろうですね。
そうだね。それはそう。胃も蓋もねえな。
結論:オタクは仕事を頑張って生きやすくなろう
このラジオを聞いてるオタクの人たちがどのぐらいちゃんとしてるかっていうのを教えてください。
ちゃんとしてる勝負しようぜ。
ちゃんとしてる勝負しようぜ。本当に。
ということでまた番組のハッシュタグ付けた投稿とかチャンネル登録とかよろしくお願いします。
ということで今日これくらいにしましょうか。ありがとうございました。
ありがとうございました。