ボランティアは無償とは限らない
皆さんこんばんは、マスクマンZPMです。
さあ、今日は、ナンバーがね、91回目になります。
収録の題目が、ボランティアを無償と決めつけるな、という題目で話していきたいと思います。
さあ、行ってみましょう。
ボランティアの話になるんですが、大きいボランティア、小さいボランティア、いろいろあると思うんですよね。
自分もボランティア活動をちょこっとしたことがあります。
大々的にやったようなことはないですね。
昨今で言われるところの災害の方のボランティアとかには、自分はどちらかというと参加することはありません。
なぜかというと、自分がちゃんと仕事を持って、職業をちゃんとついて就労しているからですね。
自由度の利く職業でもないんです。
ちゃんと会社に所属しておいて、その会社のシフトに従ってやってますんで、
おいそれと、その被災のところに行って手伝いたいなと思ったこともあるんですけど、
それをやってしまうと、被災場所から帰れなくなったりとかですね、業務の方に支障が出ちゃうからね。
ボランティアというのは、どちらかというとやってないですね。
ちょっとしたイベントのボランティアみたいなことは、所々やったことはあります。
聞こえはいいですけど、ボランティアってね、一見良さそうに見えるんですけど、
ボランティア集めます?って言ってね、意外と集まるかと思ったらそんなに集まらないんですよ。
この物価高の中で、じゃあ労働力を提供して、無償でやって全ての金銭を自分で賄ってください。
労働力は提供してください。なのにお金は一銭も出ません。ただ参加するために意義はあります。
というのを歌った時に、果たして、例えばそこに10名ボランティアが欲しいなと思ったら10名集まるかって言ったら集まらないんですよね。
靖子さんの子ども食堂と外部批判
で、なんでこの収録の題目にそういうことを挙げたのかって言うとですね、
芸人のヤスコさんが子供食堂を開いたらしいんですよね。
もともと前々からの夢だったから子供食堂を開いて、
要はいろんなところから支援を受けてるから当然迷路会計をすれしようとしてたんでしょうね。
ボランティアにお金を支払ったことによって、子供食堂に何の関わりもない人たちがもうイチャモンつけてるんですよね。
なんでボランティアにお金払うんだと。
いやいやいや、ボランティアってね、有償のボランティアと無償のボランティアがあるんですよ。
それもわからないのかなっていうね、ちょっと何を考えてこの人たちは因縁ふっかけてるんだと。
もう理不尽極まりないことを言ってるんじゃないかなっていうのはね、ちょっと思います。
もしかしたら自分がそこまで調べてないので、ボランティアのことを言ってる人たちの中には、
それに参加して不快な思いを思った人もいるのかもしれないですけどね。
でもだいたいこういうことを言う人たちで多分ね、カヤの外にいる人たちなんじゃないかなっていうのはちょっと自分は思います。
本当にね、そこのことを批判しようと思ったらね、中に入ってみないとわからないことだらけなんですよ。
中に入って事情を知ったらね、批判なんてなかなかできるもんじゃないですよ。
っていうのがあるので、ボランティアに対してお金を払ったらどうのこうのというのはね、
もしかしたら寄付をしてくれた人なのかもしれないし、
芸人の靖子さんのところにお金を渡してた人なのかもしれないです。
そこら辺まではわかんないですよ。
でも要はもう顔を出さない、名前を出さない、ただ愚痴は言うというね、
もう何と言っていいのだろうかみたいな感じの状況じゃないですか。
賃金停滞と労働力の安売り
なおかつね、日本がこうやって30年賃金がアップしなかったって言うんですけど、
当然政治の責任もあると思います。
でも政治の責任の本当の責任っていうのはね、政治家を選んだ国民にもあったりするんですよ。
県民だったり市民だったり市町村の人たちだったり。
そういう人たちも一応こうになっているということにはなると思うんですよね。
大きい意味でですよ。
全部が全部そうじゃないと思います。
政治家の中の人たちにも一生懸命頑張ってくれている人もいればそうでないと思います。
自分でやっている仕事からあぶれた人たちが、何て言ったらいいんですかね、
なんかこう知名度だけ利用して政治家になっているような人も若干いるんじゃないかなと思うんですよ。
全員が全員じゃないと思います。
一生懸命頑張っている人たちも当然いると思うんですけどね。
そこはもう会ってみて話してみないとわかんないですよね。
例えばどんな政策にその人は賛成して、どういう政策は反対するのかとか、
そういうのを聞いてみない限りはその人たちの真意なんかわかんないと思うんですよね。
当然政治がうまくいってなかったから賃金が上がっていないのも若干あると思います。
なおかつボランティアのことを言うこと自体で、
自分としてはちょっと賃金が上がっていなくなるものの原因の一つじゃないかなと思うんですよ。
すでにボランティアって、こう言っちゃあれですけどね、
自分の生活カツカツの人がボランティアなんかできないんですよ。
ボランティアってある程度裕福な人とか、自分が心に余裕を持っているとかね、
何かのためにやるって言わない限りは、
多分そのボランティアをするというのは難しいんじゃないかなと思うんですよね。
自分もこう言ってはなんですけどね、
阪神淡路大震災、東北の福島の大震災とかね、
いろいろ熊本の被災とかね、昨今で言えば関東の千葉とかですね、
そういうところでいっぱい地震だったり津波だったり洪水だったり被災している人たちいるじゃないですか。
その人たちに募金をお願いしますって言われた時にね、
自分の給料がね、本当生活が毎日苦しくてカツカツだったらね、
1円たりとも出せないんですよ。
今でこそね、いろんな修行、仕事に就いててね、
余裕があっているから時々募金箱を見つけたらちょっと募金しておこうかとか思いますけどね、
給料カツカツでむしろ借金なんかしてたらね、とてもじゃないですけど、
ボランティアなんかできないですよ。まずローン返さないといけないですね。
日々の生活もなかなか大変ですね。
なおかつ募金箱にお金を入れようという行動に移せないと思うんですよね。
あとはボランティアのことをどうこう言ってる時点でね、
ボランティアは清便でやってるっていうのを根付かせたいなのか何なのか、
要は労働力を対価として求めるみたいなことを平気でその人たちが言うわけですけど、
労働したらちゃんと賃金もらった方がいいですよ。
賃金をもらうのに対して変な手続きがいっぱいあったら大変でしょうけど、
そうしたらもらいたくなくなりますけどね。
働いた分はしっかりもらいたいけど、
手続きするのにお金がかかりすぎるとか言ったらもう二度としたくないですけどね。
なおかつそんなビビてる賃金ならもういらねえよっていう話なんですけどね。
そこは人それぞれなんです。
自分の場合はこうするべきじゃないよねっていうことは常々言いたくないと思ってますので、
これは今自分がアウトプットしてるのはそうじゃないなっていうことを言ってるだけです。
むしろ強要してこういうことをするなとは言いませんから、
どうぞ言いたい方は言ってくださいみたいな感じですけどね。
対価・チップ・おもてなしの線引き
でも30年ね、賃金が上がらなかった原因って労働力の安売りしてたからだと思いますよ。
それもあると思います。
自分としてはそれもあって、
ボランティアっていうのは清瓶の精神でやるんですよ、
なんか言ってる人たちの方が賃金を下げてるような感があるなと思います。
労働力の安売りしないで、
自分はこれだけ働いたんだからこれだけの対価もらって当然だよぐらいの、
ふんどり返っていいと思います。
なんて言うんですかね、
清瓶、清くまじしく、正しくじゃないですけど、
それを略して自分は清瓶とか言ってますけどね。
それしてね、どんどんどんどん自分を追い込んでいくだけだと思うんですよね。
なのでそういうことを考えずに、
労働したなら労働した分の対価を、
ちょっと海外のチップ制度が行き過ぎですけどね。
海外のチップ制度は、
外国人の人たちでもちょっとどうしたもんかなって思ってる人もいるみたいなんですよね。
海外の良いチップ制度の文化と、
日本のおもてなしの良い部分のところを
良いとこ取りしちゃえばいいんじゃないかなと思うんですよ。
サービス激化させるために日本もどちらかというとね、
おもてなしの精神が行き過ぎてるところも若干あると思うんですよね。
だからここまではおもてなしでやるけど、
ここからは料金発生するよとかね。
海外もチップくれなかったら不手札される
みたいなことの態度を取る人も若干いらっしゃるじゃないですか。
じゃなくて、それに見合ったことをしたときに
チップを払ってねならいいと思うんですよね。
だけどあからさまにチップ渡すのが当然、
でもチップくれなきゃ態度悪いぜみたいなこと言ってますけど、
いやそこじゃないんじゃないっていうのは自分ちょっと思います。
損得勘定を踏まえた社会貢献
なので今日はね、そのボランティアのことでちょっと話したんですけども、
ただね、今の段階で自分がボランティアするかって言ったらね、
自分もそんなにしたいとは思わないんですよね。
そのボランティアが社会貢献にはなるかもしれないですけど、
社会貢献になった後で自分のものには何一つならなければ、
自分に尊徳感情がなかったら多分しないと思うんですよね。
で、これでまた哲学のところの一端の話になるんですけど、
正善説とか正悪説、
正…人は生まれながらに悪である、人は生まれながらに善である。
正善説と正悪説か。でいいのか。
すみません、いろいろ噛んでしまいましたけど。
要は善悪、人は生まれながらに悪なのか善なのかっていうのと、
そんなことを考えるより自分は尊徳感情でかなり動いてると思いますけどね。
自分なんか結構尊徳感情で意外と動いてますよ。
この仕事をやったら割に合わんかなとかね。
尊徳感情を照らし合わせると、
尊徳感情なんてするもんじゃねえよとか言うやつもいるんですけどね。
俺そんなことないですけどね。
自分はしっかり尊徳感情で動いてますね。
時々損して得取れって思う時もありますよ。
ここは経験値として持っておきたいなと。
ここは時間をかけてでもやることだなと。
損をするようなこともあるかもしれないけどねって言いながらやってたりもしますし、
ある程度の尊徳感情は考えて動かないと、
いつも赤字でね。会社と同じで赤字経営してたら破綻するじゃないですか。
破綻したところで誰も助けてくれませんからね。
大企業が破綻したらみんなを壊していけないからとかね。
経済が崩れるからとか言って資本、小組の税金が注入されるでしょ。
個人なんか赤字で破綻したら誰も助けてくれませんからね。
お金借りすぎて払えなくなったら任意整理とかね。
減免するとかね。いろいろあるんでしょうけどね。
でもそうじゃないじゃないですか。
まずその前に何とかしないといけないから。
まずそういうところに行き着かないように、
一人の人といえど赤字経営はしないことですよね。
その尊徳感情はしっかり俺持ってていいと思うんですけどね。
だってそれがないと生きづらいと思いますよ。
なんかニコニコして今にもニコニコした実は裏の顔は違いますって言われても嫌だしねって思うんですよね。
だから今日はボランティアのことについてちょっといろいろ喋っちゃいましたけど、
自分がしたいと思ったボランティアはすればいいですけど、
それが有償だろうと無償だろうと好きなようにしてお金もらえるならもらった方がいいですよね。
じゃないと全てをボランティアでやって自分のお金でなんとかしろってなかなか今のご時世難しいですよ。
なかなか物価高騰しててね、一昔前の物価が安いわけでもなんでもないですからね。
ちょっと何かしただけでもすぐお金がポンと飛んでいきますからね。
それぐらいの世の中になってきてるんだということも自覚しないといけないのかなとも思っています。
ボランティアに関しては自分は有償ボランティアと無償ボランティアがあるのもなんとなく分かってましたし、
むしろ有償ボランティアで集めてあげた方が意外と上手くいくんですよね。
無償にして何がいいかって考えたときに無償にする意味が自分としてはあんまり分からないんですよね。
清く正しくが利益になって返ってくるものなのかと言われるとあんまりそんな感じはしないですね。
むしろ身の回りのことのかかるお金は渡してあげてもいいと思いますし、
ボランティアやってる人は経験値が入るのはいいかもしれないですけど、それ以外は全部自分でまかないってなかなか酷な話ですからね。
なので今日はボランティアのことについて話しました。
芸能界でやっていってる人だからそれだけ言われる覚悟もあってやってるんだと思いますけど、
それでアンチみたいな人もいらっしゃるんだと思うんですよ。
その人がもしかしたらそういうことを書き込んでてボランティアのことについてどうのこうのと言ってる人たちもいるかもしれないですけどね。
だけどむしろボランティアのことどうのこうの言うんなら名前出して顔出してね。
ボランティアについておかしいんじゃねえかって言いに行ったらいいんじゃないかなと思うんですよ。
SNS上で吠えてるうちはすいませんけど負け犬の遠吠えだぞーって自分は思っています。
stand.fmをのんびり続ける理由
まあまあそんなことを思いながら、自分もですね、この収録やってて当然自分としては自分のやり方をお伝えできます。
いろんな方が聞いてくれていいねをくださる方もいらっしゃいますし、フォローしてくれる方もいらっしゃるのでそれについては非常にありがたいです。
時間が許せる限りは自分もその人たちの投稿を聞いたりしてですね、
本当にお気に入りとかこの人すごいこと言ってるな、いいこと言ってるな、自分が真似したいなと思ったらフォローさせていただきますし、
言ってることに関して共感できればいいねをどんどん押していきたいなと思います。
で、聞いて内容はちんぷんかんぷんで言うことはないんですけど、あまり内容刺さらなかったら話を聞いただけで終わっちゃうんですけど、
それでも本当に自分の拙い喋りを聞いてくれて非常にありがとうございます。
そこは重ね重ねお礼を言いたいと思います。
毎度噛んでおりますし、ときどき変な口調で喋ったり、ほぼほぼ方言が出ておりますけども、
気にせず編集能力がないのでノーカットノー編集でやっております。
これがね、誰かとみんなと組んで言い回しを変えたりとかしたら、もしかしたらちょっとぐらいはチャンネル登録に反映されていくんじゃないかなって思ってるんですけどね。
こんな感じで自分としてはのんびりやりたいと思います。
そうは言いながらもね、ナンバーが90回以上行ってますから、一つの就業場所で90回行くってなかなかなんですよね。
だいたいいつも3、40回行ってたぐらいで就業場所変わってたんで、よく続いてますね。
自分も初めて始めたときに何回かやってすぐ終わるんじゃないかなと思ったんですけど、
初っ端から毎日やりますとは言わなかったんでね、のらりくらりやりながらいきました。
本当に一週間いろいろ考えて、最初のうちは何回もスタンドFMってこの収録越しの先にみんなに聞かれるんだと思ったらね、
なかなか突然しゃべれなくなってね、何回も噛んで取り直ししたっていう記憶もあります。
機会が進むにつれて自分がこうしたらいいんだとかね、他の人の収録を聞いて、この人たちはこういうことを思ってるんだねと、
自分とは違う考えだけど面白いねとかね、中にはその人たちの考えを取り入れて自分のことに使ってたりとかね、
いろいろ活用させてもらってたりとかしております。
本当にスタンドFMを始めた頃にはちょっと大変な思いして収録してましたけど、今は楽しんでやれてるっていうのが一番ですね。
気づけば本当に今の会社に入ってそろそろ3年から4年のところに突入するから、それと同時にスタンドFM始めてるんですよね。
だからよう続いたなぁと、ちょっと自分にご褒美というかね、ねげらいの言葉をかけて、よく頑張ってるねっていうことを言いたいですね。
それと同時に本当に自分は爆速にフォロワーが伸びるとかですね、スタンドFMを商用利用している人たちは当然ね、
いかにバズらせてフォロワーを増やして、それで自分たちはフォロワー増えました、何ヶ月何万人達成しましたってやってるのすごいと思うんですよ。
それとは一線を隠して自分はのんびりクラリクラリやってます。
だから本当にね、自分の拙い声とか喋るのを聞いていただけてね、本当にありがたいと思います。
これからもどしどし全部自分の言ってることがね、他の人に刺さることはありませんので、
言葉が刺さる人もいれば、一つの単語が刺さる人もいますし、一文章が刺さる人もいますし、
中にはもしかしたら自分の収録全体が刺さってくれる人もいるかもしれないですし、
どんどん切り抜きやってもらって、いいなと思ったところを言いとこ取りしてくださればいいと思います。
自分と同じ生活設計とかバックボーンの後にこのアウトプットがすべて合うとは自分は思いませんので、
むしろその中の一つでも二つでも何か気になってくれたり、受け取ってくれたり、受け止めてくれたりしてると嬉しいですね。
こういう自分の喋ったのが他の人に影響を与えると思うとなかなか面白いですけどね。
そんなことを思ってね、今日の収録は一旦これで終わろうと思います。
子ども食堂への挑戦と無理のない理想
ちょっと自分も最初子供食堂って聞いたときにそういうのやってみようかなと思ったりもしたんですけど、
なかなかいろいろいろなことを考えてみると、これはうまくいくのかいかないのか、
やってみないとわからないことはいっぱいあるんですけどね。
ただ、挑戦するのと冒険するのは自分違うと思っているんですよね。
だから財力があって好きなことをやる人たちはそれはそれでいいと思います。
財力ないのに無理くり、俺は理想を持ってるんだぜ、やるぜって周りの人を不幸せにするようなことはできませんので、
そこは見定めていった方がいいのかなと思って、
じゃあ今日の収録はこれで終わろうと思います。
これぐらいにしとけば、あと話せば話すだけね。
まとまりがつかなくなってきてるんでね。
なのでここら辺で打ち止めにして、今日はお休みなさいということにしましょう。
それではまた次回でお会いしましょう。
おやすみなさい。