1. 小江戸バラトの日記 #労働力投入
  2. kB#528 (雑談)祖母の思い出i..
kB#528 (雑談)祖母の思い出in北海道
2026-04-21 19:07

kB#528 (雑談)祖母の思い出in北海道


---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6702ab8506dbc95aee7302da

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
はい、ローリング始まりました。 今日2回目のライブ配信です。
多分3回目ですね。メンバーシップ限定を含めると3回目になりますね。
小江戸バラトの日記、夕方の緩い配信ということでお届けいたしたいと思います。
今日は思いっきり雑談会ですね。夜の分に切り替えるために。
喋りまくって、ちょっと勤め人の雑念と言いますか、お昼間の悶々した気持ちをですね、すっきりしたいなと思いながら、
ライブ配信お話しさせていただきたいと思います。 今日はですね、先ほどまでサラバラバールカンパニーさんの祖父の思い出ということで立派な
はい、おじいさまのお話を伺いまして
うらやましいというか、さすがだなと思いましたね。 はい、それでですね、ふと私もですね
何か思い出すことないかなと思ったら、よく考えたら私がね、 幼い頃、物心つく前とか生前にですね、もう
実は祖父は多解しておりましてね。 なぜならば私は末っ子の、さらにこう、末っ子のね、
孫だったので、いたしかないと思うんですけれどもね。 あれでしたね。
なので、母方も父方も祖父と何かしたっていう思いではないんですよ。
代わりに祖母とですね、結構深く、 まあ深いと言ってもですね、
まあそれほどでもないんですけれどもしょっちゅう会ってましたね。 で、今日はですね、背景のサムネイルにですね
北の大地の某場所の某、 某波堤をですね
の写真を掲載しました。 これはですね、有名な、あの画像検索するとすぐわかるので、場所もですね
あえて伏せますけども、この北の大地、 こちらで
若干ね、 すぐわかる方はわかります。
で、この北の大地、ゆかりがあってですね、
そうですね、よく行ってたり行き来してましたね。 この部分、北の最北端の方かな。
に行ってまいりましたね。それでですね、祖母は、 父方の祖母の思い出としては、結構いろんなところに
連れてってもらったりとかですね、一緒に旅行に行きましたね。 あっ、黒服様、どうもこんばんは。
はい、ご無沙汰しておりますというか、いつもレイディを拝聴しております。 今日はですね、
ラヴァルさんに感化されて、ちょっとだけ祖母の思い出と、 振り返りたいなと思って、
03:05
たかいして、これこれ、
そうですね、もう27、8年経つはずなんでね。
そうしないとなんか、天国の祖母も浮かばれないかと思い、 ラヴァルさんのお爺様、
とてつもなく、 当時の司官学校でしたっけ?難しい学校を卒業されて、
立派な方でありまして、 さすがだなぁと思う一方で、私の祖父はちょっと私の物心つく前にたかいして、
知らない、噂というかね、 亡き父からポロポロと思い出話を聞くだけでありましたけど、
祖母についてはですね、私が大学生の頃まで定期的に会ったりしてたんでね、
あれですね、思い出が、結構いろんな思い出ありまして、 一緒に旅行に行ったりとかですね、
はい、楽しかったなぁと思います。 そして祖母はですね、
経営者だったんですね。 で、小学校、おそらく初等って言ったらいいですか?昔で言う、今で言う、本当に小学校卒業ですよね。
で、もうある一定の年齢になったら働き始めていたっていうのは聞いているんですよね。
ただ、祖母はですね、小学校しか家が貧しくて、おそらくまた女性が学問を
やるというかですね、勉強する時代じゃなかったんですよね。確か大正だと思うんでね。
いましたよね。北海道の田舎であればなおさらのこと。
で、働き続けたんですよ。で、ずっと働いて、結婚してですね、
私の父が生まれてもですね、とにかくずっと働き続けていましたね。 で、
経営者になったっていうのは祖父が社長、経営者だったんで、で、祖父が早くに亡くなったんで、それを後を引き継ぐ形で
会社を切り彫りしていたんですよ。ですので、途中は3回ぐらい多分いろいろと大変な思いをしていてですね、
貧困にあいでたんですけれども、途中から、途中というのは何度か失敗を乗り越えてですね、
事業に成功して、結構な財産を築きましたと思います。
はい、私が思うだけなんですけど、なんですね。ですので、それこそ先日明星パンチさんがおっしゃられていた、
06:09
同行された方もお持ちだという、串廊の方とかですね、どっちの方まで会社、北海道内にいくつかあって、
工場なども、ある食品加工の工場なども持っておりましたね。ですので、だいぶ大規模な運営をしていたはずなんですけど、私はその当時の記憶がもうほとんどなくてですね、
はい、今思うとすごく失敗したなと思うのは、そのばあちゃんに、もっと経営とかですね、お金のことを習っておけばよかったなと凄まじく後悔しております。
はい、で、まあ、工場を持っていたとかですね、会社をいくつか持っていたんで、
だいぶ裕福だったんですけども、結構ですね、贅沢はお金には厳しい人だった記憶がありますね。
なので、父に対して、私の父ですね、に対してはだいぶ厳しい環境だったって聞いてますね。
あまり贅沢をさせないで、結構ですね、お小遣いなどもですね、厳しくあれしたり、家の手伝いをしろと言っていたそうでございましてね。
家っていうのは、北の大地での自営業のお手伝いをして、少しだけお小遣いをもらっていたっていう話でしたね。
はい、それでですね、いろんな食品加工の工場を営んでいたり、あと船とか網を持っていたんですよね。
ですので、ご想像にあれですけども、だいぶ3桁億円ぐらいの規模の会社でしたね。
ひでしさん、こんばんは。ですので、すごくあれだったんですけど、ひょんなことからですね。
ひょんなことから、年も年で80近くまで働いておりましたね、祖母は。
ですので、あーそうなんですよ、黒服さん、はい。
大将、そうなんです、珍しいんですよね。
大将周りの方で、周りがそういった漁業に関する方でね、祖父の仲間たちに囲まれて、それで仕事を一生懸命行っていたんですよね。
それで私のおじですね、父の兄が引き継いで会社を運営して、私の父はそういったものに興味がなくて会社員を行っていたというところなんですけれどもね。
09:04
結局、おばちゃん、祖母はですね、お金はあっても意味ないよっていうのを確か言っていた記憶がありますね。
そこだけはしっかりと覚えているので、ちょっとですね、私どうしても何億あっても会社のお金なんで使えるものには限りがあって、
そんなことよりも、必要な時に必要なお金がなかったら、とにかく不幸だということをですね、
たぶん、おそらく自分に言い聞かせるかのように教えていただきましたね。
食べ物を大事にしろということと、
お金は自分のためにも使うよりも、人に感謝するために使った方がいいというような話をちらっと言ってた記憶があるんですけどもね、
全然覚えてないんですよ。
なぜかというと会社のお金なんで、経営者の方ならあれなんですけど、使えるものにも限度があって、自由が利かないということを言いたかったんだなって今思えば感じますね。
で、祖父は、祖父じゃない、祖父坊は貧しい時とか会社の浮き沈みがあったりとかですね、
あと借金まみれになったりですね、いろいろ大変だった時期があるとは聞いていたんですけれどもね、
とにかく哀れなのが一番、お金がなくて食べ物とかひもじを思いしたのと、
病院にかかるのに、昔ですね、病院にかかるにはお金が必要だったけど、お金がなくて子どもの十分な栄養を与えられなかったということを後悔したりとか、
あと昔なのでやはり、はっきりは私も聞いてはいないんですけど、
父からちらっと聞いたのは、赤ちゃんがうまく育たなかったとか、生まれてすぐに亡くなってしまったということをですね、
元ボイラー様どうも、ご無沙汰します。こんばんは。
それを聞いていたんで、おそらくお金というのは必要な時に必要な分だけあれば十分で、
何億あっても高く走れてるんだということを教えてくれた記憶があったんで、
今日思い出したことを淡々とお話ししました。
それでですね、経営していく中で、祖母は多分ですね、株をたくさん持ってたんで社長とか会長だったはずなんです。
いくつかの経営者になっても結局はその会社の社員とか従業員に、具体的な多分何かしたっていうのはないはずなんですよ。
12:11
祖母が株を大株主というかですね、会社を出資していたんで、その後に何社かの社長になったっていうだけであって、
最初から何か育てたっていうのは1社ぐらいなはずなんです。1社か2社ぐらいなんですけどもね。
それでやはり人へのご縁をとにかく大事にするということで、自分よりも人にお金を使うっていうのがとにかくですね、
気前のいいと言いますか、感謝をするのが大事だって教えていただいたので、
ふとですね、記録が何もないんですけれども、今思い出して、この北の大地のドームを見ながらですね、いろいろと祖母のことを思い出してますね。
それで本当の、ここが本当の話なんですけども、実は私の祖父母は有名な作家の武者の康二真彦さんっていう有名な方、
友情という作品が残されておりますが、
クロフさん、大丈夫です。アーカイブで残しておくんで、今度お会いしたときにぜひよろしくお願いします。
武者の康二真彦さんと友達で、写真には掲載できない理由があるんですけども、
ため書きと言ってですね、お友達の証としてですね、武者の康二真彦さんの習字画が祖母の家に飾ってあってですね、
で、ため書きっていうのは、その人のために友達の証ですよってことで一筆習字を書いて、それで額に入れてですね、
それの、ただの習字とかですね、臨床と違って、最後の端っこにですね、お互いの反抗をですね、覆してあるんですよね。
サイン代わりに、その場に一緒にいたっていう意味合いらしいんですけど、全然詳しいことはわからないですよ。
で、それが本当にあってですね、子供の頃から教えられておりまして、
確か写真もあったって亡き父が言っていたんですが、申し訳ないんですが、記憶が曖昧でございます。
当時は全く興味ありませんでした。そういうことをですね、ふと思い出したんで、ありました。
今度ですね、その反抗の部分はちょっと自責めが入っているので、私の家のですね、そこはちょっとぼやかす感じで、写真探しておきたいなと思ってます。
実際にありますね、写真は。というのをふと思い出したんで、だらだらと今日ですね、お話しさせていただきました。
15:10
そんな祖母の思い出ですね。一緒にですね、沖縄に行ったりとかですね、いろんなとこ行きましたね。北海道の旅行の中でですね、旅行したりとか。
祖母との思い出をふと思い出しました。
はい、そんなこんなでですね。
ステージの周り、だらだらとあれでございまして、こんなつまらない私のですね、ラバールさんに感化されて、思い出の品なんて探してみたんですけど、ちょっとパッと出てこなかったんで、思い出話をさせていただきました。
どうもザラシさん、こんばんは。はい、ノア様、こんばんは。元ボイラー様、こんばんは。ご無沙汰しております。
室内様、今日はいろいろと、はい、お世話様です。ありがとうございます。
九州男子様、あれがあれして、途中で、
なんでしょう。
大丈夫だったのでございますでしょうか。私は今朝からですね、いろんなことを考えながら一日過ごしておりましたね。
やっぱりが、いやというわけじゃないんですが、何と言ったらいいんですかね。
健康なうちにですね、どうにかこうにか、何か、リタイアとかしたらまた不安が余計、いろんな不安が発生するとはわかっているんですけれどもね、何か現状を変えたいというのが正直なところでございます。
はい、今日はね、祖母との思い出とあれで、またですね、ちょっと今度武者の工事さんのため書きの集中を拝見にですね、続きを思い出しながらお話ししてね。
そうしないと私の祖母の存在というのがどこにも残らないというのがですね、そろそろ感じておりますので。
あと母方の祖母の話も思い出したらと思うんですが、結構あって、結構私が社会人になるまで存命だったんで、あれですけども、
ちょっとすぐに思い出せないんで、記録に留めながらまたの機会にお話しさせていただきたいなと思います。
はい、今日の祖母、父方の祖母の思い出第1弾ということでね。
18:05
北の大地のご旅行にされたミュージョンパンチさんにレスペクトと言いますか、きっかけをいただいていろんなことを思い出しました。
はい、そんな感じでですね、今日の放送を終了とさせていただきたいと思います。
もしもですね、3分か5分でもお話しと思ったんですけども、ちょっとですね、私大変お腹が空いてしまいまして、
今日の放送を終了とさせていただきたいと思います。
それではまたですね、明日お会いできますことを楽しみにいたしております。
元ヴァイオラさん、アイコンありがとうございます。
はい、そんなこんなでですね、コイドワールドの日記、夕方のゆる配信終了とさせていただきたいと思います。
最後までお聞きいただきましてありがとうございました。
それでは失礼いたします。
19:07

コメント

スクロール