拝金教の認識
はい、清鷹です、こんにちは。今日はですね、そろそろ私たちは拝金教の信者だということに気がついた方がいいんじゃないの、という、そういうお話をしたいと思います。
ちょうどですね、11月の20日朝ですね、冥王星がですね、水亀座に入ったと。これまでは200年ほどですね。
あ、違う違う。これまではですね、20年ほど八木座に入ってたんですけれども、それがですね、水亀座に移行したと。
非常にその動きの遅い天体がですね、星座をまたぐということになるとですね、先世術的にはですね、非常にその時代が変わるというのかですね、そういう見方をするわけなんですよね。
で、ちょうどその冥王星がですね、水亀座に入った時代というのは、その前のタイミングでいくとですね、これは200年ほど前になるんですね。産業革命がですね、起こった時代ですし、アメリカの独立になった時代というところなんですよね。
フランス革命もね、あったと。そういう近代化が始まった時代というところなんですよね。そこから資本主義も発展してきて、今に至るというところなんですけれども、もうそろそろですね、価値観をですね、変えていく必要があるんだろうというところでですね。
で、ちょっとふと思い立ってですね、そもそもですね、お金には価値がないというのかですね、価値があると思っているのはですね、それは私たちの共同元素なんですよね。
紙切れだったりとか金属だったりとか、あるいは通帳の数字とか仮想通貨みたいなデジタルだったりとかですね、するんですけど、それに価値があると思っているのはですね、勝手にみんながそう思っているから価値があるわけで、
価値がないと思い始めた人たちがですね、半分以上超えるとですね、そこから途端に意味をなさなくなるという、そういうものなんですよね。そういう意味ではですね、お金に価値があるというふうに思っているということ自体がですね、信念というのかですね、当たり前ということではあるんですけれども、
それは信仰に近いもの、ある意味宗教に近いものだというふうに思うわけなんですよね。だから日本人はよく無宗教だとかいうようなことを言うんですけど、節操がない、逆に言えば節操がないということなのかもしれないんですけどね。
クリスマスを祝って、ハロウィンを祝って、お墓は仏式とかね、葬式は仏式とか、そういうパターンが多かったりとかするわけなんで、よく無宗教とか節操がないというふうに言われたりもするんでしょうけど、あるいは神道ですよね、神社ですよね。
何というのかな、宗教なのか文化なのか思想なのか分かりませんけれども、そういうものに裏打ちされているというふうに言われるんですけれども、多分ですね、今の日本人、別に日本人に限らずなんですけど、大多数の世界の人も含めてなんですけど、何を一番信じているかと言えばですね、お金に価値があるということ。
そういう意味ではですね、これは拝金教と言ってもいいんじゃないかというふうに思うんですよね。
ゾロアスター教という宗教があって、これは拝火教というふうに言われるんですけど、これは火をですね、ファイヤーを神聖なものとしてあがめるという部分があるので、それで拝火教というふうに言われていて、
クイーンのボーカルでですね、フレディ・マンキュリーという方がおられましたけれども、ここのご家庭はですね、確かゾロアスター教を信仰しておられて、
フレディ・マンキュリーが亡くなった時にはですね、ゾロアスター教の拝火教の様式で葬られたんだか、葬儀をされたんだか、そんな話が、確かフレディ・マンキュリーの映画でですね、最後そんな話になっていたんじゃないかと思うんですけど、
ともかくですね、火を拝む宗教がありましてですね、それならばですね、お金を拝む宗教もあるんだろうということでですね、これはやっぱり火平に価値を、火平が価値を持っているというふうに信じているということはですね、これはもう取りも直さず拝禁教だということですよね。
拝禁教もですね、過激派というのが原理主義者とですね、恩賢派みたいなのがいましてですね、最近その富に、闇バイトでですね、人にですね、危害を加えるとかですね、そういう話が今本当にも多くてですね、大変な状況ですけれども、
これも取りも直さずですね、お金が一番だという、そういうことですよね。自分よりも上にお金をあがめているというか、自分よりも上位にお金を置いているからですね、お金に振り回されちゃっているわけですよね。
そんな高額な報酬が入るからといってですね、人に危害を加えていいわけもなくですね、だけどもまあ、それはね、もちろん最初はお金につられるんだけれども、個人情報、免許証とかですね、親の住所とか名前とか、いろいろ情報を伝えて、それで逆に危害が及ぶから、
そういう恐怖心もあるんだとは思うんですけれども、取りも直さずでもその出発点はですね、やっぱりどうにかしてお金をですね、得たいという、そういうところから来ているわけで、そういう意味ではですね、やっぱりお金の価値をですね、自分より上に置いているからですね、そうなっちゃうというところなんですよね。
だからまあ、そういう部分はですね、過激派、背近教の原理主義者、過激派のですね、部分だと思いますし、そうではない、お金は大事だけれども、それでもですね、他にもいろいろな価値というのがあるよというふうな人も当然おられるわけで、そういう人たちは背近教の中でも恩恵派なんだろうというふうに思います。
というわけなんですけれども、ちょっと何を言っているのかだんだんごちゃごちゃになってきたかもしれませんけれども、とにかくですね、そういう形でお金に価値を感じている。
お金って交換価値なんですよね、本来はね。だけども、お金そのものに価値があるとかですね、そういうふうに思ってしまうとか、お金が自分の上位に来てですね、それに振り回されるような人生というのはですね、これは背近教だぞということですね。
新しい価値観の時代
だから違う宗教を信じましょうというか、そういうことは僕は言うつもりはさらさらないんですけど、少なくともですね、自分はそういう教義の中でですね、生きているんだと。
そういう教義の中で、仕事の糧としてですね、仕事の対価としてそういうのを受け取ったりとかですね、あるいは消費に走らされるとかですね、そういう思考の中で生きているんだということを自覚するということは多分すごく大事なことなんじゃないかなと。
この時代ですね、すごく大事なことなんじゃないかなというふうに思うわけですよね。
知ったからといって変わるわけではないかもしれないんですけど、でも知ってしまうとですね、多分そこから人間ってですね、変容が始まるというのか、こうか不こうかそこから変容が始まるというわけで。
確か映画のですね、マトリックスの第一作なんかでもですね、あれはその共同幻想の中で最初生きているんですよね、主人公はね。
システムが作り出した共同幻想の中で生きていてですね、人間が発電の養分としてつながれているみたいな、そんな話ですよね。
でもその事実を知ってしまってですね、そこからまた行動するのか、その共同幻想というのか、仮想現実の中でですね、とどまるのかと。
そういう部分をですね、選択に迫られるというのは、主人公がですね、迫られる場面というのはあるわけなんですけれども。
僕たちもですね、そういう知ってしまったらですね、そういう議論に立たされる部分というのはもしかしたらあるかもしれないんですけど、
でも知ってしまった上でですね、その共同幻想の中にとどまるというのもですね、選択肢の一つではあるしですね、悪いことではないんだけども、
少なくともですね、そうじゃない世界、そうじゃない世界というのかですね、
排禁狂じゃない世界もですね、もしかしたらあるんだよという、そういうことを思うというのか、そういう世界があるんだということをですね、
認識しておくだけでもですね、生き方とか考え方とかですね、だいぶ変わってくるんじゃないかなというふうに思うわけなんですよね。
もちろん今の時代はね、お金がなかったら生活もできないかどうかはわかりませんよ。
だけど、そういうふうになっているわけなんですよね。
もしかしたら共同幻想かもしれませんけれども、そういう中で自分たちは生きているというのか、生かされているというのかですね、
組み込まれているというのがですね、そういうことなんだというふうに、
何というのかな、視点を広げてみるというのもですね、大事なことなんじゃないかなというふうに思いましてですね、
この明王星が水上座に入った、これまでもね、入ったり抜けたりしてたんですけども、
ここからもう20年はですね、ずっと明王星が水上座に入ったまま、そういう時代になってきますので、
また別の意味でも風の時代とかいうようなことも言われるわけなんですけれども、
これは木星と土星の会合ですね、Great Conjunctionと言いますけれども、それが重なるというタイミングで、
それが風の星座ですね、双子座と天秤座と水上座、
そこでこれ、起こってくる時代になったよということが風の時代ということなんですけれども、
そういうどっちにしても新しい時代というところの中でですね、
価値観をアップデートというのか、いうことをしていくこともいいんじゃないかなというようなことでですね、
だいぶ長々と、何回かに分けてしゃべろうと思ってたんですけどね、
なんかもう全部いっぺんでしゃべっちゃったな。
またこの話はですね、するかもしれませんけれども、
というようなことでですね、今日はこれぐらいで失礼をいたします。
ではまたお耳にかかりたいと思います。さようなら。