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2019-09-10

第140回「幸せとは?家族とは?」

前回「お金持ち」についてお話ししました。お金があっても忙しくて時間がない、心も体も休まらない、という状態では家族は幸せではありません。北川が「ド貧乏」だった時代、家族には緩やかな時間が流れ、幸せで楽しかったと言います。暮らしは快適でも、家族関係は希薄な現代。家族に濃厚な繋がりがあった時代に思いを馳せつつ、お話しします。

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00:00
北川八郎 人生を変える出会い
いつも番組を聞いていただき、ありがとうございます。
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北川先生、一言お願いします。
はい。どうか、これからも人々のために尽くせるその場を与えてくださいますように、よろしくお願いいたします。
北川八郎 人生を変える出会い サポーター制度
詳しくは、北川八郎ホームページ、もしくは、j.mp//kitapod.j.mp//kitapod.までチェックしてみていただけたら幸いです。
それでは、今週の番組をお聞きください。
こんにちは。早川洋平です。
北川八郎 人生を変える出会い
北川先生、今日もよろしくお願いします。
はい。よろしくお願いします。
さあ、前回ですけども、お金持ちってなんだろう、なる必要があるのかっていうところからですね、幸せってそもそもなりという根源的なところに入っていて、とても13、4分でね、話せるようなことじゃなかったので。
それともっと家族も絡まってくるよね。
そうですね。なので、その続きを今日は先生にお伝えします。
はい。
いろいろ伺っていきたいなと思うんですけど。
話せるかなーって感じだね。
うん。
今、家族ってそう言いましたけども、やっぱりその幸せっていうキーワード、お金持ちはちょっと置いといて、幸せっていうとどうしてもやっぱり家族。
当たり前ですけど、家族から、なんていうんでしょう、生まれてない人はいないわけで、家族っていうところと切っても切り離せないと思うんですけど。
ちょっとそのままね、お金持ちっていうところを切り口に向けても、いっぱい持つと。
いっぱい持つためには。
いっぱい持つためには、今の現代社会では忙しすぎるやん。お金を稼ぐためだけに時間が取られてしまう。あまりにもたくさんお金を持とうとするとね。
一般的にはそうですね。
IT関係者も社長さんももう、ずーっと、孫さんもだけども、働いて働いて働いて、一生終わってしまう。
休まる暇ないですよね。
ね。脳も体もおそらく休まらないと思うんですよね。
はい。
だけ、それは、ただのお金持ちではない。
はい。
本のお金持ちであって、そういう意味では、心を含めたお金持ちではない。
うん。
だから、どっちが、本当のお金持ちっていうのはやっぱ、善意と好意と緩やかな時間を持った人が本の本当のお金持ちだから。
まあ、一番最初に必要なのは、善意と好意を持って働いて、なんか、人々の良き人間関係の輪の中で過ごすことができる人が。
03:03
うん。
うん。
うん。
分かる持ちかな。
ああ、でも今、ちょっと思い出したこと言っていいですか。
うん。
うん。
でも、先生おっしゃってますが、まさにその、なんか、自分が感じた違和感、ちょっと解けましたね。善意と好意と緩やかな時間。一生懸命働いて、そこでっておっしゃいましたけど、僕、まあ、この起業する前に、3回ぐらい転職してるんですね。
うん。
で、最後の転職の時に、やっぱりそのお金、幸せ、何かってすごい悩んで、もう20代後半だったかな。ある会社に面接に行ったんですよ。そしたら、そこの最終面接に行ったんですよ。
うん。
そしたら、そこの最終面接で社長が出てきて、結構そのベンチャー系でエネルギッシュな社長だったんですね。
うんうんうん。
で、君、将来どうしたいんだみたいに言われて、で、僕はこうで、こうで、こうでって話した時に、で、将来こういう夢を叶えたいんですみたいに言ったんです。
うん。
そしたら、いや、素晴らしいと思うけど、まず、そうしたら、その夢を叶えていく過程でお金持ちになるのもいいかもしれないけど、まず金持ちになれと。
うん。
とにかく、その夢を叶えるためには、まあ、誤解はそうですね。もう、どんな方法でもいいかもしれない。
うん。
だから、お金を圧倒的に稼ぐことだと。稼いでそこから、こう、時間を作ればいいじゃん、夢を叶えればいいじゃんって言って、まあ、多分いろんな考え方あると思うので、それが別に間違いとは僕は言わないですけど、でも、当時、ものすごい違和感を感じたんですよ。
うんうん。
やっぱり、その過程って大事なんじゃないかと。
うん。僕はそれを、明らかにすると間違ってると思う。
へえ。
というのは、いっぱい稼いだらね、また稼げたくなってね、そこで、あの、そのお金を使う時間を持つのじゃなくて、
稼ぐ時間のほうに走るんよ。
うん。
不安。いっぱい持ってば、もっともっと不安になって、もっと稼げたいし、もっと欲しいというふうに、ほとんどの人がそちらに入るね。
うん。
だから、その社長さんは、おそらく、いっぱい稼いでたけれども、余裕ある時間よりも、もっと稼げたいという、人間の、なんか欲望のほうにとられてるし、そこで、こう、あの、なんか平和のほうに行く人のほうがほとんどいないね。
うん。
だから、そのことは僕は、あんまり勧めないね。
そうなんですよ。
うん。
だから、そういう意味より、全然、社会人経験もなくて、もう、あとなかったんですけど、やっぱり、もう、そこは面接辞退して、
うん。
で、結局、いろいろあって起業して、苦しみましたけど、でも、やっぱり、何がお話したいかっていうと、先生がおっしゃった、その緩やかな時間っていうところを、
うん。
まあ、最初ね、すごい苦労しましたけど、やっぱり、そこだけは譲らなかったんで、それって、すごく、やっぱ大事だし、守ってきてよかったなと思うんですよね。緩やかな時間。
うん。あ、緩やかな時間ね。それで、僕、思い出したのは、うん。
うん。
今から、えっと、うん、5年前ぐらいまで、
はい。
家もなくて、ドビンボーが27年間。
5年前ですか。信じられないですね。
うんうん。やっと5年か6年前に家を始めて。
最近じゃないですか。
そうそうそう。60過ぎて、自分の持ち家を初めて持ったもんね。60何歩ぐらい、半ばぐらいで、あの、自分の持ち家、持ち家を持ったっていうかね、初めて持ったんやけども、
うん。
えっと、そこが緩やかな時間っていうのは、ドビンボーの時代の方が、すごく良かった。
うん。
06:00
緩やかな時間があったんよ。
これは貴重な発言ですね。なかなか、ドビンボーの時代に、正直、たぶん、先生の話聞いたことない方は、ドビンボーには緩やかな時間なんて、やっぱり、とてもないって、僕も先生と出会ってなかった、たぶん、思ってたと思いますけど、あるんですね。
ドビンボーでしたね。家は入れて、畳はささくなして、ささくれたったし、雨は漏れるし、なんか、いつも、あの、中時になったら、バケツが12個とか、あの、あれを置いてって、みんな、わざとに、大きさの違う、金の、
バケツとか、あの、なんか、あれを買ってきてから、あの、なんか、なんか、あの、わざとに楽しんでたっていう、まあ、あの、逆に、なんか、それをごまかすためかもわかんないけど、音が違う、音楽違うね、とか言いながら、やってたぐらい、雨漏りをしてたんだけれども、なんか、その時代が一番、幸せで、一番楽しかったんよ。
緩やかな時間があるんですね。
でね、あの、まあ、那彦と麦彦っていう子供がいるんだけど、あの人たちに聞いたら、一番楽しかった。
言ってたら、一番、あの家で、貧乏な時代が、一番楽しかった。って言ってるんよ。
ああでも、前、おっしゃってましたね。確かに。
うん。で、本人たちはね、それを、貧乏と思わなかったって。我々は貧乏って知らなかったっていう。
当時言ってたよ。小学校か中学になるまで。
で、高校、中学卒業するとか高校の時に、え、うちが貧乏かって思ったとか 言ってたけれども、まあ、それは、金銭的な貧乏であって、なんか、それ、精神的な貧乏ではなかった。
うん。
その意味では先生に意外と突っ込んで伺ったことはないんですが
その時ってそれこそ将来の不安とか恐れって全くなかったんですか
どういう感覚だったんですか
全くなかったことはないけれども
どこかに何とかなるというか
神というか自分の生きる神というか
断食なんかして導きのある世界に行けばいいんだという
不思議な安らぎがあったね
自分の才能じゃなくて導きがあるというか
確信みたいなのがあったからね
それをお金とか何とかに結びつけなかったけれども
いつかお金というか生活が十分できる日が来るという
漠然たる期待と神の導きを感じていた
不思議とはなかったね
だからすごくゆったりとした
いろいろな感じ自体が
一番
ついたのがドビンボーの時代だったね
朝はゆっくりするしあるもので食べてくるし
田んぼをやっと安い田んぼを
財布の中で買えるような安い田んぼを作って
そこでお米を作ったりとか
自分たちでパンを作る
パン窯を作ってパンを焼いたりとか
お金かからないから
そんなのができるようになって
いろんな生活の工夫で
でも軽々と
軽々しく今実は僕ちょっと呟いちゃったんですよ
いいなって
09:00
だから軽々しく言うことじゃないかもしれないですけど
でもそうすると本当に
何が豊かかって分かんないですよね
まあもう少し言うとね
その時に春の風とか
夏の梅雨時の雨の匂いとか
秋風が吹く頃とか
なんか季節が綺麗に美しく入ってくるんよ
そしてそれをちゃんと感じられるってことですね
うん本当にそれが美しく入ってくるんよ
雨上がりの日とか
秋の落ち葉とか色とか
だから朝起きたら梅雨がいっぱい
キラキラにしてキラキラキラーって朝日が出たら
まあ見とれるとかね
そこにトンボが飛んでたり蝶々が飛んでたりとか
なんか不思議な風の音がして音楽
なんかいらなかったよね
レコーダー
レコーダーね
確かに
なんかいらなかったよね
本当にいらなかった
まあ東京から移ってきたときに
オーディオの立派な音が出てきたときに
そういうやつを買ったんよその中ね
ああはい
なんか全部の金を与えて
捨てる音がね
うん捨てる音が
スピーカーか
そうそう途中からそれをかけなくなったもん
かける必要がなかった
うん
風の音とか笹の揺れる音とか木の葉の音とか川のせせらぎとか雨の音とか
なんか朝日が昇る音みたいな
あと虫の音とか夏の虫の音と秋の虫の音と
だから冬の雪が降る無音っていう状態までにこう雪がわーっと音がないとか
あれも音楽なんやね音のないあの世界っていうのも無音の状態もなんかその上では聞こえたんやね
一回僕も山登ったときに初めて無音って経験して
無音っていうある意味音ですよねありますよね
そうそう無音っていうのは静けさとなんか無音ねシーンとして
かさっとも音がしないこう雪がずーっと積み重なっていくけど
その音がない世界っていうのも経験してまあ自然の奥深さ神秘性とかいうの感じられるからなんかすごいとかやったよ
それこそもうかなり前ですけど番組でもあの満月月の芳醇な香りとかそういうのもあるわけですよね
そうそうそうそう
月の香りなんて聞いたことないですよ
だからお金持ちの空調のあって全部電気で陶器とあの陶器をした家に住んだらとか同期されたとき全然うだましくなかった
なんで
全然うだましくなかった
24度に同じ調節してる音楽家とか人あったんよ
はい
なんでその家に住むんって思ったわ
外のお茶
確かに
絶対その人体壊すよねすぐだから外に出ると体温が調整できないから風邪ひきやすいとかね
でなんかそういうことを仕切りに行ってたわ
僕たちはそうやないって真冬真夏外と温度と中の家の温度が一緒なわけ掃除一枚とかそんなのだから
ことなんだけど大 scanned
体はこう対応するんじゃね
今ふと思ったんですけどこれ冒頭で先生お金とは何か幸せとは何かって話しました
12:06
けどもう10分経っちゃいましが alliance 家族ってなんだろうちょっと娘さんの話も出てきましたけどその上で先生家族っていうことどうやってちょっと家族
これだけじゃあ難しいぐらい大きなもんだけど昔はそういう大昔を家族っていう考えた方が楽しいんだろうなっていう感じで
はい
そうでしょ
1階に居るしたら家族ってことだよ
むしろね
マイトリングだから田んぼ다고いうのは否ですしでもlivy
があまりなかったよねでなんかあの アメリカでファミリーという考え方が英語が入っていて
が家族で家族は大事家族は大事っていうなってきたけれども なんか最近はちょっとそれは違和感があるんやけども昔は僕たちは
なんか家族は大事 っていうのはもう当たり前のことやったんだってそもそもそんな言葉になってなかった
ない当たり前すぎん みんながいて仲良くてワーワー食ってみんながいて兄がいて弟がいて
父がいて母がいて母はいつも家にいて 帰ってきたらいつもそのおかえりとかなんか言っておいておなかすいたとか言って
それがこう 家族という言葉もないけれどもそれは家族やったよね
今家族間のあれが起伏になってアメリカ人のファミリーとか 家族は大事とか一人とか子供二人とか言ってたけれども
理由になったからそこでファミリーとか家族の絆とか 夫婦の絆とか
あの言うようになったけれども僕たちの頃はもうそれは当たり前やったんよ あの家族というのも兄がいて弟がいてみんながいてガチャガチャ住んでてなんか喧嘩し
なければ仲良くて外と戦ってるとか みんなが団結してなんか働いたりとか分かち合うというのは
普通やったよねそれがそれを家族と呼ぶっていうのは何やったのかな なんか兄弟兄貴仲間今はそれが起伏になったから家族というなってきたんやなぁと思う
定義せざるを得ないみたいで肌の接触 近い距離やで1メートル距離で昔はいつも話してたっていうかねあの子供3人ぐらい
小さな布団の中で寝てたとかいうのは あったからそういう意味での親近感があったんやね
僕ですらそういうふうになってるわけだからやっぱり日常の普通の家族以外の人たちとの コミュニケーションはそれより希薄になるだろうなって思っちゃいますよ
松本さんなんか時代とともに文明が発達してこんな 電気が発達してあの電話でこうそばに行ってもいいなとかメールで交換する
いかなくてね 顔が能面のようになってくるという時代って僕らのように喧嘩したりぶつかったり
わーわー言ったりツボが飛ばせるような 全部すごい距離感近くてリアルですよね 距離感が近くて
なんか相手のやつも奪うけどなんか相手が泣いたらやっぱ分かち与えて 育てていく協力するというのがあったから
農耕やった時代の家族と今の家族 少し時代とともに概念が違うからちょっと戸惑いがあるよねこう 家族とは何か
15:04
今そういう意味での家族は希薄になったけれども もう少し農耕の方のがなんか
安心感があるような感じですよね
あーあ農耕な
あのー
いろいろ面倒もあるかもしれないけど
万が一の奴が助けてくれるっていうか
家族関係が起伏で家族関係に
好き嫌いと経済を持ち込むから
姉と相続で争うとかあるんじゃないかね
あの頃はそんなんなかったもんね
そうですね
普段それこそ会ってたのに
いざその時になったらね
そこだけですね
やるよって
お前も一緒に生きていこうっていう
だから余ったお金はみんなに分かち合える
当然やったもんね
まあこれね結論は出ませんけど
やっぱりその距離感っていうのは変わってきてるな
だからあれはその貧乏な時代にはすごいあったから
あれは良かったねと思うで
その味を知ってる僕や
麦彦たちはすごく幸せなんやないのか
奈彦は
緩やかな時間を知ってるかどうか
貧乏な時代っていう
貧乏とか言うそうじゃなくて
なんか
家族がノーミスな時代っていうのが
なんか目に浮かびますもん
それはね乱暴とか
ニジュマトの世界はない
ニジュマトの家はないよ
まあ妻と生児の
跡地行きましたから僕
ということで今回2回にわたって
この幸せ豊かお金家族
いろいろお話を伺ってきました
この番組では皆様からのご質問ご感想を募集しております
詳しくは北川八郎ホームページ
もしくはメールアドレス
北川atmarkkiqtas.jpまでお寄せください
北川先生今日もどうもありがとうございました
ありがとうございました

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