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揉めるほどに話したい。そこにAIは居ない。
2026-03-11 24:04

揉めるほどに話したい。そこにAIは居ない。

#2-23(83)

 

いい声を出してみました/「年老いたな」から始まる雑談/ついていけない?ついていきたくない?not can't , don't want/ガシャガシャポンの雰囲気が嫌だ/AI使いこなせることが創造性と見なされる世界の嫌さ/その価値を感じるのは人間/”AI味”見抜けないけど察知してる?/澱として沈殿していく/花粉のように溢れるAIアレルギー/その渦に巻き込まれるしかない/突破口は喫茶店です/人と話す機会をつくる/AIとは揉めようがない!/AIと揉めたいの?/”揉める”ことは人間には不可欠/「そうかなぁ〜??」(メリ)/人と人がいることがすでに対立(揉める)なのである/だから喫茶店(意味不明)/割と唐突に終わる今週/【お知らせ】来週の配信はお休みです!


2026年2月15日収録

 

毎週水曜日配信

 

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00:20
続喫茶店つくるつくるラジオ 本当に始まったシーズン2
つくるプロセスリアタイに見立てて ノウハウあるフリしてる
バヤイで泣いてる 続喫茶店つくるつくるラジオ
続喫茶店つくるつくるラジオ パーソナリティは喫茶店コニカドニカ店主予定のこうと
友人は話し相手のメリです。
続喫茶店つくるつくるラジオは 喫茶店開業を目指しているのに
全く踏み出せない僕自身が メリとリスナーの力を借りて
喫茶店つくるのグズグズ具合を 突破していく番組です。
はい、いい感じで始まっております。
はい。
いい感じの声を出したつもりです。
腹から声出してる感じですね。
今日は2月の15日?
そうです。
収録ですけれども、
多分この収録、このエピソードが最終になる、
今回の収録の最後になると思いますが、
最後はね、前回の時もそうだったんですけども、
雑談みたいなことをしていこうと。
はい。
じゃあ、雑談というよりもどんな話を していこうかということなんですが、
あのね、
僕の話なんですけど、
ちょっと年老いたなっていう。
年老いたなっていうのは、足が痛いとかね、
目が見えなくなったとか、そっちのことではなく、
いろんなものについていけなくなったというか、
ついていきたくない感情ができている みたいなことかな。
まず分かりやすいとこはAIです。
はい。
AIがもうね、どんなとこでね、
みんなしてるんで今更というかね、
新しいことを話すことは何もないんですが、
どんどんAIがね、使えるようになってきてまして、
いわゆる進化のスピードも速いと。
1年前に比べたら、
特に訓練をした特別な外部講義、 レッスンを受けたわけではないけども、
1年前と比べたらもう10倍とか20倍ぐらい、
普段AIを使っているっていうことになってますよね。
03:04
なってますね。
仕事でもね。
僕なんかも働いてなくても、
やっぱりなんとなくいろんなAIアプリみたいなのは使ってたりとか、
このラジオでも音楽作ったりとかさ、
そういうことに活用したりはしておるんですけども。
だからもちろんでもまだまだ、
この先も加速度的にいろんな変化が起きてくるっていうのは想像はできる。
どうなるかは想像はできないけど、
速い変化をしていくってことは容易に想像がつくってことね。
でも僕は現時点でね、
もうちょっといいかなみたいな気持ちになってて。
いいかなっていうかね。
どう?
メリー会社で使ってますよね、もちろん。
会社とか仕事で。
そうですね。
別に使えって言われてるわけじゃないけども、
使えるものは使ってるっていう感じですね。
自分の仕事の中で。
そうだよね。
でもまあ、助かってます。やっぱり。
いやいや、もちろんそうなんだよ。
そこはほんと理解できるし、
何かちょっと作りたい、
今までだったらすごい時間かけて作ってた文章みたいなのを、
パッと要素だけ入れてこんなの作っていって、
パッと出てくるっていうのはすごく便利だし、
そこはほんと理解してるよ。
僕もそういうことをやるだろうしね。
やるだろうしなんだが、
これ難しいな。
さっきのアドビのね、アクロバット、アドビのコマーシャルがね、
YouTubeとかTverとかで流れるんだけど、
あの表とあの書類とあのデータをぐるぐるガシャポンして、
ペライチで出せるかなみたいなので、
やってみます、出せましたって言って、
出てくるっていうことのコマーシャルがね、
ちょいちょい見るんだけども、
さっきも言ったようにそこは理解してるし、
それがいいことだというか便利なのもよくわかってるし、
全然使えばいいんだけど、
なんかガシャガシャポン、ほら、みたいな雰囲気がね、
雰囲気?
雰囲気。
これがすごく一番の、
あのコマーシャルの中ではそれが価値なわけだよね。
これを一番の価値として、
ちょっとね、ガラガラポン、そういう言葉遣いとか、
ペライチとかっていうのはある意味、
あえて使ってるというかね、
何かを揶揄しながら使ってるっていう部分もあるんだろうけども、
06:01
そういう世界だなっていうことに、
少しずつ、
嫌な気持ちが出てきているっていうことを告白する回。
わからんでもないですけどね。
別に便利になってポンって簡単に出して、
それで価値が与えられて役に立つみたいなのが、
いい部分でもあるけど、
人間のこれまでの過去の積み上げがあるじゃないですか、我々。
何て言うやろう。
いわゆるプロが出す価値みたいなところ、
それと同等レベルのことが簡単にできちゃうみたいな。
使える人がめっちゃ偉くなったみたいな感じになることが、
ちょっと違和感があるんですよ。
それを実際に積み上げてきて、
自分の手でできるようになった人と、
そのAIを使いこなすがゆえに、
簡単に同じ価値を提供できるっていう人が、
出せるものは一緒やとしても、
その人の価値も一緒って思われるのは嫌だみたいな。
あるものを出しました。
AIに出させる能力が高かっただけで、
実際、それが何か企画だとしたら、
その人自身にその企画を出す能力はないなっていうことになるってことだよね。
だけど、出したものの価値としてはそんなに変わらないもの、
同等ものになっているとしたら、
難しそうだね。
僕は心情的にはすごい同意ですよね。
同意です。
そうなっていくよね、評価も。
いかにAIを使いこなすことが価値になっているわけか。
そう、でも絶対そういう価値観になっていくわけでしょう、きっと。
AIをいかに使いこなせる、使いこなすかみたいなところも、
技術のひとつみたいな感じにみなされていくはずやから、
別のスキルなのかもしれんけど、それはそれで。
そうだよね。
AIで作ったほうが人間が作り得るものより、
09:04
それこそ何倍も価値があるものが作り得るのかっていう。
そもそも?
それが作り得る前提で、AIを操れる人が価値があることになるわけじゃない。
AIを使えば今よりもすごいものが作れる前提で。
それは分野によりそうって感じですよね。
そうだな。
そうなるところももちろんあるとは思いますね。
あるとは思うよね。
それにすげえものができたとしても、それを価値あるものかどうかは、
それを受け取る人が判断するわけだよね、たぶん。
明らかにすげえんだよ。
人間では考えられないようなものであるというものができましたと。
それを人間として見たときに、
うわー、価値あるなーって思うかどうかは、
すげえんだけど、
それはでも、AIが作ったっていうことを知ってるか知ってないかでも変わりそうですよね。
AIが作ったのか人が作ったのかわからないけど、とりあえずすごいものがそこにあったとしたら、
たぶんすごいと思うと思うんですよ、まっすぐ最初。
それがもともとは人が作れるものとして基準を持ってるから。
それはあるね、それはあるんだけど、
例えば、今現時点のAIとか関係なく、
CG使った映画とかあるじゃん。
最初のジュラシックパークを見たときは、
なんてことだっていう恐竜がこんなにリアルに動く映画があるっていうので喜んだもんですよ。
今はそれの何倍もどんな映像でも撮れるように、
CGだったりなんだったりでできるようになっている。
でも、黒沢映画みたいなものに価値を感じる人はもちろんいるわけじゃない。
そうするとすごいのはわかるけど、そっちに価値があるっていうふうに感じるのは受ける人の問題って当たり前のことを言ってるんだけど。
でもあれですよ、黒沢映画がわかんないけど、
黒沢映画風に撮ってくれみたいなことを言って、
12:02
黒沢映画と同じようなやつをAIが作れるっていうこともあり得るんですよ。
それを人間が見極められるかっていうことじゃないですか。
そうだよね。
ごめんごめん、一個メリの言ったことに戻すと、
それがAIで作っていると知っているかどうかみたいな話があったじゃん。
うんうんうん。
見極められるかどうかの、
こういう話ずれちゃうかな。
最近いろんなところでよく聞くのが、
考えながら見なきゃいけない時代じゃん今。
いろんなものに流れてくるやつを、
思ったりしたやつを、
それがどういう素晴らしさであれ、
どういうショボさであれ、
これリアルかな、
これAIかなみたいな。
それって純粋にそれが見れなくなっているじゃん、感情的に。
そこでそれを見るために何か一個、
自分に変なかましを入れているから、
それだけで気持ちが悪いというか、
素直に見れなくなったみたいなのは一つある。
さっきのメリが言ったとしては、
それは置いておいたとしても、
根本的にもう見抜けないみたいなことは、
絶対に近々起こるし、
もう起こっていると思うんだよね。
もう見抜けないみたいな。
見抜けないけど、
何かさ、
これちょっと、
何か察知してんじゃないの?って思っちゃうんだよ。
何か察知してんじゃないの?って。
分かんないんだけど、自分でも分かんないんだけど。
その可能性があるっていうのを、
頭のどっかに思いながら見てるからってことですよね。
もちろんそういう要素もあるし、
そういう説明抜きにして、
何かもう、実は気づかないとこで、
どっかに脳みそか身体かどっかの、
そういうものの折りがたまっていくというか。
どんどん濁っていくみたいな。
どっか溢れると気持ち悪くなって、
AIが見れなくなるみたいな。
花粉症みたいになるんじゃん。
AIアレルギー?
そう、そういうことや。
良かれと思って、
木材に使えると思って、
切り開いた山に杉を植林して、
将来これで木材、自然の木材で木材不足を補おうってやってたと思ったら、
15:03
それが実は花粉をばら撒く現況になったっていうので、
花粉症になるわけじゃん。
AIアレルギーみたいなことで。
別の弊害ね。
別の弊害がありますね。
それはそうですよね。
何かわからんけどあり得ますよね、可能性として。
花粉症なんかよりももっと説明しづらい形で出る可能性。
花粉症はまだ分かりやすいじゃない。
でもAIぐらいになってくる。
精神的にこうなんかね。
もう目に見えないデジタルの何かだから。
昔よくスマホとか携帯電話をよく話しすると電波が脳みそに悪い影響を与えるみたいなのが。
あれはでも本当なんじゃないですか?電磁波が悪いでしょ。
でもそれよくわからへんやん。
目に見えてない。
目に見えてないから。
だからそれがもうAIの作ったいろんなものからAI派みたいなのが出てきて蝕んでいくわけですよ。
大変ですよ、これ。
その渦に巻き込まれるしかないんですよね、きっとね。
喫茶店ですよ、だから。
ここで喫茶店が出てくる。
だからそれにやっぱり抗うのはリアルしかないっていうことじゃん。
だから生活の中でリアルの場をいかに増やしていくかっていう。
AIであるとかそういうもののアレルギーに1日すべてAIだったらアレルギーが発症する確率が高くなるわけじゃない。
それは抗えないって言ってる場合じゃなく、これはやっぱりリアルに打って出るっていう、そういうことが大事じゃないかって思うわけですよ。
人と話す機会を作るってことですか。
そういうことですよ。
AIと人の違いみたいなことを考えたときに、知識みたいなものとかは圧倒的にAIじゃないですか。
だけどAIには感情がないですよっていうこと。
だからその点については圧倒的に人間ですよね。
とはいえなんですけど、感情ないのにいわゆるこちら側の感情に寄り添ってやり取りができるような状態にはなってるともいえるやん。
18:05
要は悲しいことがあったと。
そういうときにAIと話をして、聞いてもらって、そういうリアクションをもらって、ありがとうAIっていう場面とか。
喜怒哀楽はうまく消化できる場面もあるのかなって思いながら、怒りみたいなもの。
怒りってAIとの対話ではいかんともしがたいというか。
だからその怒ったものを怒りとしてAIを相手にしている以上、発出できないというか。
だからAIとはもめようがないっていう話なんだけど、それでいいのかっていうね。
AIと喧嘩したいってことですか?
違う違う違う。
だからそこが怒り以外の何かに関しては、AIも偽装できるっていうある程度のラインまではよ。
偽装すらもできない怒りみたいなものがあったときに、となるとそれはリアルで補うしかないわけじゃん。
うん。
と思うのね。
だからとってもちょっと嫌なことを言ってるんだけど、怒りがぶつかり合うみたいなものって、もちろんいいこととは捉えられないじゃん。
なるべく避けたいことじゃない。
ただ、じゃあ、もめるみたいなことがなくなってしまったら、それは良くないじゃないかっていう、人間の精神にとってね。
もめたいっていう生物的な欲求があるんじゃないかってことですか?
うん。もめたいかはわからないけど、もめるという要素が不可欠なのではっていう。
そうなのかな?
そうかな?
21:00
私はわりと平和主義なんで、あんまり世の中に怒りとかもめ事とかなくなればいいのにって思ってるタイプだから、
それが必要なことってあんの?っていうのは、なんかその意見を戦わすとか、そういうのは必要なのかもしれないし、スポーツでの戦いみたいなのは、なんかいいんですけど、
感情で怒りのぶつけ合いみたいなのとかって、なんか別になくても、あるからって何が生まれるの?みたいな感じがする。
いや、ただ僕もね、あえて戦いとかもめるみたいな言い方をしたんだけれども、それはもう対話も実はその中の一つ。
もっと言うと、人と人が知り合って接している以上、対立なくしてはありえないっていう、意見が違うっていう場面がないことはないって思ってるんだよね。
僕はそんなふうに思って、喫茶店をやりたいっていうふうに言っているわけですよ。
そうなんですね。
まあね、という感じでですね、ここまで聞いていただいた方どうもありがとうございます。
はい、ありがとうございます。
これメリーだ。
これじゃない、メリーのセリフだ。
聞いていただいた方、いいね、コメントとっていただけると嬉しいです。
嬉しいです。
今週はここまでです。
はい、さようなら。
さようなら。
25日水曜日になります。
よろしくお願いいたします。
またその時お会いしましょう。
さようなら。
24:04

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