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Order No.123 "慰労会2026夏" 後編
2026-09-12 51:19

Order No.123 "慰労会2026夏" 後編

今回は番外編として、喫茶店の少し遅くなった暑気払いの模様をお届け🍺

後編は、飲酒状態で『楽しい』についてフカボリ👀という無謀な挑戦の続きからの…?😇

『楽しい』に必要な環境と心構えって?

『楽しい』に必要なものって他にもありそう🤔


呑み食いしながらで雑音も多めなのは、ご容赦ください🙇‍♀️


感想や、あなたにとっての『暑気払い』についても教えてね💁‍♀️


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つじり🥛 https://x.com/imintopodcasts

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感想

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サマリー

今回の「思考の喫茶店」は、夏の慰労会後編。お酒を片手に「楽しい」というテーマを深掘りする。楽しいと感じるためには、まず自分の居場所が確保されているという心理的安全性が不可欠であるという意見が出た。また、楽しいと感じる状況は、一人で没頭できる快適性や、誰かと共に成立する快適性など、多様な形があることが語られた。しかし、楽しいと感じる機会を逃しているのではないか、という自己分析もなされた。特に、自分から積極的に働きかけるのではなく、誘われたり、求められたりするのを待ってしまう傾向について、参加者それぞれが自身のスタンスを語った。この「待つ」姿勢は、時に主体性の欠如と捉えられがちだが、一方で、他者の行動を促す触媒となったり、周囲の状況を見てから行動する慎重さの表れでもあると考察された。さらに、自由すぎる環境がかえって不幸につながる可能性や、エゴの重要性、そして「変靴」という隠喩を通して、個々のこだわりや才能について語られた。最終的に、この喫茶店という場が、互いに「こじらせ」を認め合い、対話を通して自己理解を深めるための貴重な機会であることが確認された。

「楽しい」の定義と心理的安全性
思考の喫茶店へようこそ。
ここは、店長のつじり犬と愉快な仲間たちが、お客様と一緒に自分の思考を深めていく喫茶店です。
いらっしゃいませ。店長のつじりです。
従業員のうたです。
従業員のまりまりです。
アルバイターののりこです。
今日はですね、特別編として、酒を持ち寄って夏の慰労会でございます。
イエーイ!
ということでね、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
お疲れ様です。
もう次元の話はやめよう。
面白いよ。楽しいよ。
我々好きやん、そういうの。
次元の話ね。
好き好き。
そのうち四次元とか話し出すから。
じゃあ早速、楽しいが成立する場面ってどんな場面なんでしょうか?
そこに自分の身を置けてて、そこにしっかり自分がはまれて使ってるような状態?
自分の居場所がちゃんとある環境?
俯瞰してたら楽しめてないなって思う。
その時の自分の状態が。
俯瞰側にいると。
自分をその輪の中にいて、ちゃんとそこに存在してるみたいな状態である時に楽しいね。
前提としてその環境とか場面において自分の立場とか安全性が確保されている中でも
中だったら私は割と苦しいっていうか
部活みたいに汗ぶん流してつらい時でも
覚えられなくて頭脳内フル回転してる時でも楽しいって思えるかな。
安全性みたいなものが前提かなって思って。
もちろん身の安全もそうだし、精神的なというか心理的安全性っていう言葉もあるけどさ
自分がここにいていいんだとか
別になんかこう主体となる必要も
だって俯瞰してそれが楽しい人も多分いると思うから
俯瞰してても全然いいと思うんだけど
私がここにいていいっていう
特に根拠のない自信というか
安心感みたいなものは楽しさに必須なのかなって思っていて
だからそういう環境に出会えるというか
自分がそこに飛び込めれるかどうかみたいなところもあるんじゃないかって
結構知らない人ばっかりの飲み会とか集まりとかって
自分をどこに置いていいかみたいなのが分からなくて
やっぱ楽しくないみたいな楽しめないみたいなのは
わりと社会人になりたての頃とか
子供の頃とかでも全然知らないコミュニティとかに入れって言われた時とかって
そうかなって思うけども
そういう時に全然知らないこともコミュニケーション取れる人とかって
すごい天性に近いもの
そういうのを大人になるにつれてスキルとして
雑談スキルみたいな感じで
習得していくのかもしれないが
私はあまりそういうのを習得しないままこの年になり
それで楽しいのチャンスも逃してるんじゃないかなと思うこともあるわけ
自分で自分の居場所を作るのも時にはなのかなっていう
どうしても誰かに自分の居場所を用意されるのを待ちがちというか
そういう人がいてもいいと思うけどね
ダメではないけれども
楽しいっていう観点でいくと
その機会を逃してる可能性はあるよねみたいな
楽しいをクリエイティブするのが好きってのりこさんが言ってくれたよね
まさにコミュニティ作りに力を入れているので
そういう場を作るっていうことが楽しいんだわって思いながら聞いてた
それに乗っかってきてくれる人楽しみにしてくれる人は
私の中ではありがたいからそういう人もいていいんだよって思ったけど
まりまゆちゃんみたいな人が
例えばクラスに一人いてみたいな
そのコミュニティに絶対一人いてみたいな感じだと
結構だからみんな安心してその場にいれると思うよね
でもまりまゆちゃんみたいな楽しい場作りみたいなものに対しての
意識がない人たちで集まっている時って
多分私はどちらかといえばそんなに入っていけないというか
時と場合によるかもしれないけど
特に集団1対1とか知り合いの知り合いぐらいならまだ全然あれなんやけど
年取ったからなのか
もはや知り合いの知り合いにもなかなか
前にのりこに怒られたんやけど
興味が湧かないのよね
相手にいいってこと?
気分なのかその時の気分なのか
自分の何が作用しているのかわからんけれども
その人のことを知りたいって思う時と
どうでもいい時との振り幅みたいなものが大きいというか
そういうことスイッチみたいな
スイッチ入らないとあんまりその人のことについて
向こうが喋ってくれる分には聞くけれども
こっちから質問したりとかしないみたいな感じがあって
そこが人間味だよね
私は何を怒ったか覚えてないわ
怒られそう
人に興味がないとか言っちゃいけませんって
失礼だよね
失礼なのは重々承知なのだが
それこそだからキリがないやん
本当に
逆に私人に興味があるんですっていう人の方が何があってよ
人に興味があるとどういうこと?
なんかさ
それこそその思春期の頃とかって
人間観察が趣味ですみたいなとかって言ってる時期もあったんよ
あって
それってあくまで一対一で向き合って
喋るのが好きとかではなくて
人間観察って要は傍観者で
こういう人はこういうことするんかなとか
そうやって想像して遊ぶみたいな感じの趣味であって
リアルにその人の思考とか思想とか
そういうのを知りたいっていうわけではきっとなくてみたいな
だからって言って知りたくないわけでもなく
向こうから開示してくれる分には全然
受け入れるんだけれども
こっちから
多分その
なんていうのかな
どれぐらいインタラクションしていいのか
強さがわかんないみたいな
どれぐらい突っ込んでいいのか
加減がわからんくて
結局引いてしまうみたいな感じなのかなとも思うんだけれども
なんか楽しいからだいぶ話がずれてるんだが
私は楽しいの入り口にも立ててないっていう話ね
そんなそんな
人それぞれですから楽しむことは
イベントに行くのは好きなんですよ
あんちゃんとしゃべってるときもこんな話でした
イベントに行ってその場にいることに満足してしまって
そんなにあの人にしゃべりに行きたいとかもないみたいな
いいじゃん
そういう存在大事だよ
楽しみに行ってるんでしょ
ある意味もったいないなとも思うし
それで本人が満足してるのはもちろんそれでいいと思うんだけれども
でもその話しかければよかったみたいな後ろめとさもなんだかんだ残るんでしょ
もう一歩行きたいんだよね
別に私話したいわけじゃないしみたいな言い訳もしてない?
ツンデレ
私はこれで満足だからみたいな
別に私はこれで十分ですよみたいなの言い聞かせてませんか
もう一個破りたいからがあるはず
せっかくニュージーランドから来たのに
いや別に私そんなに私に話したいとかじゃなくてみたいな
もうちょっと触れなかった
香りの星がすごい爆発して
こういう後悔って後悔ってやっぱり後から来るもんでさ
やっぱりその場に行ったことによってやっぱ一瞬の満足感は上がって
しかもさイベントとかって情報量が多すぎて
処理しきれないまま終わっちゃうみたいな感じもあるのかなと思うし
だから終わって日常に戻って回想してる中で
これこの人にしゃべりに行けばよかったなとかって思うことはもちろんあるけれども
なんか悔しいみたいなレベルで
やればよかったみたいな感じにはならんな
哀愁にしちゃうのね
だからもうこれ何回も言ってるけど
キリがないやん
そういうのって
タイミング待ち次の機会が来たら
運命が味方したら次行くわくらいな感じかな
ある意味なんかそういうとこ
運任せ機会任せ
委ねてらっしゃるのね
なのかもしれんよね
機会があればまた
キリがないじゃないですか
そう
なんかちょっと自分が思った以上になんかあれだな
いい感じに絞り込めてんじゃないの
自分生活に必要はない程度に楽しみつつ
でもあったからそうやって気づくこともあるから
次があったら行こ
次があるかどうかはもう運命に委ねて
私は生きる
哀愁の辻裏
いいじゃないの
哀愁だもん
哀愁と楽しいって結構真逆にあると思いません
楽しいの大義語
そうかもしれない
諦めきれないことを楽しんでいるから今
諦めてられることは哀愁になるのかな
「待つ」姿勢と主体性
でも哀愁の大義は楽しいじゃないよな
逆に
なんか喜びみたいな感じ
哀愁
生きる喜びみたいな
楽しいの大義語は一体何ですか
楽しいにもいろいろあるっていう話をせずに
ここまで来てしまったけどさ
最初まにまちゃんもチラッと言ったっけ
楽しいにもいろいろあって
そうそうある
多分こってぃさんの時に
私の楽しいはパンじゃなくてインタレスティングって言ってるはず
そういうワードをチラッと言ってたよね
そうなんだよ
なんか楽しいって
まず自分が心地いいことだと思う
それが一人でもコツコツできる快適性なのか
誰かとでしか成立しない快適性なのか
みたいなもので枝分かれしていくのかなって思って
だから一人でも楽しい人はもちろん楽しいし
誰かとじゃないとその楽しさは作れないっていう楽しさもあって
両方同時に成立しても全然よくて
なんだけれども
私の楽しいはどちらかと言えば
人といる楽しさと一人の楽しさと
振れ幅極端なところに今あって
間があんまりなくて
しかもすごいそれが先細りしてて
楽しいな枝葉が先細りしてて
あれちょっとこの楽しい減ってるけど大丈夫って思ってるみたいな感じかな
わかんない
もっといろんな楽しいはあるはずだし
かといっていろんな楽しいを味わい尽くしたらいいのかって言われたら
私はどうなんだろうみたいなのもするし
機会が来るのを待ってるんだじゃあ
機会が
めぐり合わせ
わりわりちゃん絶対まちこ嫌いだと思う
まちこって誰?
まちこでしょ
待ってる人
誘われるの待ちの人
お前の方向から切り込まれてきてるけどどういうこと?
嫌いじゃないんじゃない?
待ってる奴がいたら話しかけに行くよ
チラチラって座ってきたらどうした?
向こうから嫌々とされたらそっかなるけど
目が合ったら多分私行っちゃうからどうした?
話しかけられて嫌じゃない?まちこは
まちこは周りについてくるから
どっちかって言うと辻は誰かに誘ってもらいたいタイプだから
周りにたぶんまちこしかいないんだと思う
みんな誘われ待ちの人
誰か誘ってくれないかなチラチラみたいなのでみんな待ってる
誰も主催しない
そうなのかな
マリマリちゃんみたいな人がいると
じゃあ私もこういうことでやってみようみたいな人もいると思う
そういう人もいると思うけど続けるのはどうする?
それでも手を取らない感じもする
面白いよ
手は取るよ
参加者にはなるけど
主催側に回ってって言われるとか
メインでやりませんか?みたいなことを言われると
でも別にやりたいこととかないしお手伝いならしますよ
確かにそういう意味で言うと求められるのを待っている
私の手が必要だと言われるまちはあるかもしれない
背中をポン待ちでしょ?
背中をポンされたらやってみてもいいけどみたいな
そういうスタンスじゃない?
別に悪い意味じゃなくて
テーマまで決まってて後は手を動かすだけ
とかなら全然いいんだけど
なんかやりたいことないですか?みたいな
方向性まで提案してくださいみたいな主催っていう意味では
でも私にできることなんてみたいになっちゃうんだよね
その場では感じるのが精一杯でさ
持ち帰ってきてからあれこうだったなとかって気づくわけでしょ
だからかその場では動きづらいわけだよね
結論というか主体性がないんですよ
いやいろいろ見てから感じてから見えてくるってだけじゃない
反射みたいな
投げてきたボールを返すことはできても
自分からボールを投げ始めることはないみたいな
そうだよね
そのポッドキャストのイベントの時も
例えばノリコと私みたいなのがいて
ツジリエンの話しさそうにしてるな言わなくてもね
とノリコとか私が思ったら
ヘッデキだよって言うじゃん
そしたら行くでしょ
多分ねマリマリちゃんと私いたら
両脇がっしり掴んで連れてくれるから
うちらはなんか押しちゃうから
無責任に
されたらしゃーなしに行くと思うけど
押さないもう引きずり回すわ
こえー
この二人いたら引きずり回すよ
こえー
とかねそういう存在がいる時といない時じゃ
きっと行動は違うんだろうなっていう感じは
そうだね
それでいいんじゃないの?
ツジリエンらしいなって思いながら聞いてた
なんか自分からガツガツ行くわけじゃないけど
認められたら協力もしてくれるし
なんかチャンスが来たらやってみるけども
みたいな
そういう感じじゃん
うん
なんかね
楽しいってさ
あこれしたいとかっていう欲にも近い
ような気が
楽しいの種類によるけれども
そうだと思う
満足しない欲深さがあると思う
これしたいの
自分から投げるボールを投げる過程が楽しいとか
投げた結果が楽しいとか色々あると思う
そもそも私はボールを投げるという行為が
本当に限定的で
それに不満もあまり感じてはいないんだが
だが時々果たしてこれでいいんだっけ
みたいになる
へー
って感じかな
ここ最近ってこと?
なんでダメだと思うの?
果たしてこれがダメな理由は何なんですかね
いやなんか
だからそれこそ
楽しくないの?
生きてて楽しいのかなこれって思う
へー
生きてて
知らん
知らねーやん
だから自分に
酒の席だからこそリアクション重いんだけど
自問自答してるんやけれども
最近本当に
自分何のために生きてるんやっけとか
なんか40
自分生きてて楽しい
今40にしてる
感じがする
ねっ
自由と自己探求
孔子が言ってるじゃないそういうこと
え?40にして?
なんだっけ?
迷わずじゃない
迷ってるんやけど
逆に迷ってるんですけれども
定めたいの
私今決まらないとみたいな
そういう意味ではまだまだ思春期なんやけど
決まってない自分に焦ってんのかね
思春期だろー成長
逆に思春期なのかもしれない
思春期の頃にちゃんと思春期してないのかもしれない
なるほど
思春期しようよじゃあ
しようぜ
ジタバタしようよ
自分と向き合ってこなかったというか
ジタバタ
ジタバタしようよ
なんかそのだからさ
手が
打つ手が
思いつかない
模範誰かをモデルにして
実践あるのみじゃね?
私はそう思う
ここにちょうどいいモデルがいるじゃねえかよ
どれどれ
一番楽しそうな手本がいるじゃねえか
このGシャツ特殊じゃない?大丈夫?
そっかんたに真似しろなって言えないけど
もうちょっといいキャラクターいない?
なんかでもね
なんかわからん
こういう自分を
だめだとも思ってなくて
いいじゃんいいじゃん
まだでもほら
自分の中に眠ってる可能性を感じてんのよきっと
そんないいもん
進化しようとしてる
Bボタンを押しちゃだめなんだよ
この先として考えたときに
いろんな可能性がちょっとまだ捨てきれない可能性があるわけで
もうちょっとしっかり見た上で決めたいねみたいな
なんかねそういう自分がどうなりたいとかって
ポテンシャルみたいなもの本当にないよね
自分の欲望希望みたいなものも
本当にないままこの年まで来てしまい
これはもっとねだからそういうことを
10代20代とかに踏んどくべき段階だったと思うんだけど
なんか40にもなってくるとさ
なんかやっぱりこう
あるよいろいろ今だから
今からだからできることとかってあるんだけれども
なんかそのこれしたいみたいな希望よりも
なんか
まあいっかみたいなのが先に蓋しちゃうんのかもしれないし
そもそもそういう
外に向かってなんかこう
出ていく
心理的な何かがないのかもしれないし
そこすら自分
だから自分のさ
魂みたいなもの
心みたいなものがあるとして
それがさ
どうしたいのかがまだちょっと固まってないというか
はっきりさせたいのかすらもちょっとよくわかんないんだけれども
それはさやっぱオースト
ニュージーランドっていう地に行ったからこそ
環境にいることで
なんかそうやって冷静に
自分のそういう人生とかを考えるようになって
気づいてるの今ってこと?
なんか日本にいたときは
社会的に
なんか前もココちゃんと幸せについて喋ったときから
社会的に認められることとか
親からああだこうだ言われないこととか
なんか
日本にいるときは自由である
より自分を自由にできるように
環境をこう自分で
なんか作るように努力してきた感じがあるんですね
でこっちに来るとなんかむしろ自由が保障されちゃってさ
あんまりなんかその周りからああだこうだ
あんまりっていうか全くほぼほぼ全く言われなくなって
そうすると結局じゃあ自分がどうしたいのかしかない
とわずかなだから子育てっていう母親としての役割がわずかに残るばかりで
すごいなんか人間って自由すぎると逆に不幸なんだな
不幸っていうか幸せじゃないんだなって最近思うんやけれども
言われてるくらいの方が自分の気持ちわかるじゃん
いやこれはやだとかこれは好きとか
反発がないとダメってこと?
なんか本当に自由になったときに
自分からもちろんこうじゃあこれしてみようって思う人ってもちろんいると思うし
カウンターが必要ってこと?
いると思うんだけど
私はもうなんか本当に自由になると
本当ふわふわ浮いてる埃みたいなもんでさ
どっこにも行かないしどっこにも着陸しないし
なんかそこにいるよみたいな感じの雰囲気なわけ
面白い何が見えてくるんですかこの先
今までいない環境にいて今そういう心境になりました
この先はどうなるんですか
ブッダですかガンジーですか
気になりますね
だからさそういう高尚なものには全然ならないと思っていて
何も見えてこないんですか何か見えてくるんですか
まずそこから気になりますね
ここから自我がほぼない状態から
要は他人の自我とかさ
他人との関係性を持つことによって
そういうブッダとか偉い人になると思うんだけども
そっちの方向性にも今のところ行く予定は
私の中ではないわけですよ
エゴって生きる気力になってる部分ありますよね
また戻ってきたエゴ
エゴがあるからこうしたいあしたい自分から発するものがあって
エゴって大事だねって青ちゃんと喋って思ったけれども
なんかさエゴこうしなきゃいけないとか
そういうべき思考とかそういう制約とか
社会規範とかってない方が幸せだろうって
思ってたよねずっと日本にいる時に
いざその環境で育ったからなのかもしれないけれども
いざじゃあそれがないところに来ると
えっ私どうしたらいいのみたいな感じの
今もう迷子って道を失うみたいな感じ
今もう360度全方向に何も見えないみたいな感じ
かといってそれを責められるわけでも
今のところ今のところなく
それはでも母親という役割を担っているからであって
これが子どもが完全に自立すると
やっぱり大人として働かないといけないよね
みたいな感じにはなってくると思うんだけれども
まだ数年その責務は来ない
この数年の間自分どうしようみたいなのを
本当にちゃんと向き合っておかないと
いざじゃあ今から社会に出てくださいって言われた時に
「変靴」と才能、そして喫茶店の価値
マジで困るなって思ってて
っていうちょっとした緊迫感もありつつも
ただ今のところ自発的に何か出てくるものもなく
みたいなのが現状
マオが来た時に
生きるとはみたいな話をね
なんて深いテーマを話しているんだろうね
なんか豊かさみたいな話をちらっとして
私の持論豊かさは選択肢が多いことだと思ってたわけ
選べる選択肢が多いほどそれは豊かなことだと思ってたわけ
でも選択肢が多すぎると人は迷うんだなって
逆に言うわけね
それが幸せ豊かさイコール幸せにはならない場合だって
あるんだなっていう
それが果たして選択肢としてちゃんとあるのかどうかは別として
っていうのを最近思い始めて
だから持論が崩れたところもあって
豊かさとはまたちょっと
違った定義であるかもって感じ
だからこの喫茶店をやっててさ
いろんなそういう根本的な深いテーマを
たまには話しつつしてる間に
自分の中での
この根本が覆ったりとか
新しい言葉
英語って大事なんだなって今更ね
思ったりとかすることで
この活動を続けることで見えてくるものもあると思ってるから
これはねやっぱ喫茶店は私的にはずっと続けたいなと思う
喫茶店の裏テーマは辻りの進化
そう自己成長って
人生
だから最初から言ってるやん
一人じゃ考えられないわけ
思考の喫茶店は私が勝手に考えるわけではなくて
誰かと喋ってるうちに
自分の考えができてくるっていう
私の怠けた思考特性を逆利用して
思考の喫茶店という場所があるおかげで
私はいろいろこういう気づきを得られてるわけで
ありがたい場所なんですよ
だから成長なんてね
そっちのけであることが大事な
なるほど
じゃあちょっとこの辺で総評を
宇田さんに頂きましょうか
ずっと聞いてる
今回の総評を
話聞いてると
辻りのの思考回路は私本当に同じだなと思って
自分のことのように聞いていたのね
だから口挟むことがないなと思って聞いてたんだけど
なるほど
出せよ
辻りの一人の会員さん社員には見せられてたよね
うるさいガヤはうちらだけだ
申し訳ないと思って
でも多分宇田さんが喋らない時は
逆に喋りたい時にあえて黙ってることもあると思うんだけど
宇田さんが喋らない時はどっちかっていうと
同意が近いかなって
思って聞いてる
喋ってる
私が喋りながら
宇田さんの様子を見てることは
ちょいちょいあって
でも逆に
逆に言うと
近いからこそ
ここは違うなとか
私はでもここはこう思うなとか
なんかそういうとこがあれば
逆に私は聞きたい
近いからこそみたいな
なるほどね
全体的にほんとにほぼ一緒
で唯一違うかなって思ったのが
街の姿勢かどうか
街の姿勢かどうか
私も基本的には街が多い
だけど場が動かないなと思ったら
自分から行くタイプで
沈黙が耐えられない
場を回すことを優先した時は
自分からガンガン行っちゃう方だし
そうするにして自分から振っていくし
振ってよしじゃあこれで動いてこうって
やるタイプかなと
待ち時間は短いかもしれない
でもそれはさ
逆に言えば
それをやってくれる人がいたら
いたらスッて
じゃあ私やらなくていい
そうそうそう
それもある
私が何も動かなくても
しっかり場を回してくれる
なっていう人だったら
逆に私が入ることによって
ごちゃってなりそうだったら
もうありがとうございますって言って
すっと影になるかな
一緒やわ
違う
心地いいやん
心地いいやん
一緒やわ
わかるわ
でも結局多分見てると
出し
なんか
口とか手とか出したくなりそうだな
って気はするから
そういう人がいるコミュニティには
最小限しか関わらないようにはするかな
多分
そこは頑固っぽいもんちゃんと
なんか
なんとも良くない感じ
そうそうそう
感じる
多分私の方向性と違う人が仕切ってて
でも私より能力のある人が仕切ってるって思った瞬間に
お願いします
じゃあ私別のとこ行くねって感じ
私ここにいなくていいな
そうそう
思っちゃったらもう入れない
わかる
シャッターがそこでシャンって降りて
え?みたいに思われても気にしない
というかならない
そうだね
そういうところは多分確かに
頑固で画が強くて
エゴなんだろうなと思うんだけど
根底的には
一人でいたいところもあるし
でもやっぱ社会に生きている上で
ずっと一人はまず無理だし
そうなった時に
やっぱりじゃあ私を必要としてくれるところに
だったら行きたいなっていう
かな
でいろいろこう
いろんなところにちょっとずつ顔出してみて
私いなくても問題ないなっていうところは
最低限しか関わらないし
ここ誰も動かない
やばいなって思ったら
よしじゃあ入ろうかなってなるし
私がいなくても回るようになったら
よしもう大丈夫だねって言って離れるし
そういう感じかな私
私結構お仕事にもその気があってさ
この人も私がいなくても大丈夫ですねって思ったら
押し勝手すらすっていくところがある
あれ押してたのでは?みたいな
自分で思う時があるんだけれども
なんかやっぱり関わるからには
成果を欲しちゃうところがきっと
自分がいるからこその
何か影響みたいなものを
もしかしたら欲してる
そうだよね
それは実感だと思う
逆にそれを求めてはいけないって
自分のブレーキが
そういう成果を求めてはいけないなって思ってしまうと
気持ちも同時に入らないみたいな
のがあるのかなって思っており
ファンレター出すと返事欲しいし
そうだよね
ファンレター書くと気持ち消化して
その込めてた気持ちがさ
いなくなるっていうのもあり
だからその反応が欲しいと同時に
なんか自分がそれを表に出すことで
表情消えちゃっていくっていう経験もあってさ
あれなんか表現することって
必ずしも私にとっては得ではないみたいな
ある意味満足して終わってるとも取れるけれども
そこでその推しが消えたことによって
ちょっと人生の楽しみというか
が薄れたみたいなのもあり
なんでも
欲とか好きとかそういうものを
なんか出すことイコール
いいことではないみたいなのが
自分の中に多少あり
それがなんかその
自分からボールを投げることへの
その根本的な抑制になっている可能性も
あるかもしれないと思う
それぐらいまでのあっさい分析は
あるのよね
じゃあどうするのっていうところが
今からなんやけれども
みたいな
うわ何これ
今日は何これ
今日思ったより酒堂席でとんでもないものが
放り出されてきたな
深まりましたよ
うわ何これ
店長がこじらせてますね
こじらせがオッケーしましたね
私はねこじらせてますよ
こじらせてないとこんな喫茶店やらんでしょ
あそもそも
そもそも2年以上こじらせたか
こじらせてるなりにも
なんとか生きていこうという
あの
もがきの場所ですよここは
つまりこじらせ喫茶ということですね
こじらせ喫茶と
あんまり印象よくないな
まあでも
それでもいいかもしれないね
自分こじらせてるなって思ってる人が来て
いろいろ喋って
みたいなのも確かにありかもしれない
話しながらこじらせの強いところをほぐして
ちょっとほぐれて帰ってきてあげたら
わかんないけど
ちょっと緩めるくらいは
余計こじらせてきた
すごいぐちゃぐちゃになってるね
ちょっと柔らかくね
ほぐせたらいいわよね
喋ることによって
自分もそうやけど
喋っていく中で
自分こんなこと思ってたんや
とか
一人じゃやっぱり到達できなかったところに
誰かに向けて話すことで
出てくる
どうほぐしていいかわからないけど
こっち引っ張ればいいのかくらいには
見つけてもらったらいいよね
もちろんあるから
そういう人も
ちょっと私が対応できるかは置いといて
こじらせ喫茶
でもさ
私今思い出したんだけどさ
三種のあんちゃんにさ
こじらせ
変靴って言われたよね私ね
あなたも?
みんな
みんな変靴
みんな変靴やったっけ
変靴喫茶店なんじゃない?
やだ
みんなたぶんそれぞれ変靴
ワリワリちゃんくらいじゃない?
結構ストレート
ワリワリちゃんも大概
サンタに落として気づいた
おもろ
のでね
意外と変靴っていうね
今じゃあ擬態してるからね
あわせられるから
擬態してる
擬態
なんやったっけ
一口はあげませんやったっけ
あげないあげない
もうみんな
もうそれなら全部あげるみたいな感じ
そうそうそう
あげないよ
突破してくるやつや
じゃあもうあげるわっつって
一口じゃなくて
もういらんよ
いやだいぶ変な感じ
一口あげないよりも逆に変靴
みんな各々の変靴を
お持ち帰ることですね
そうだね
変靴喫茶だった
いや変靴じゃないとこんな
なんか
あーだこーだし喋れんやろ
あらあらあら
そうね
いやそうだと思う
なんでもよかったらこんなに語れない
で5分で終わるよ
今日の話もたぶん
そっかいいんじゃないで終わるよね
終われない私たち
今日のつまみの話で終わる
そうそうそうそう
そうだよね
だからまあ変靴万歳ってことで
ちょっと
あっちの番組がなんか来そうだけども
その終わり方
するんかいっつって
なんかさ
変靴というワード自体は
なんかちょっとネガティブな
印象をね
得ると思うんですけど
でもまあこだわりがあるとかさ
自分はここは譲れないとかさ
でしかもそれを
こうやってポップキャストで
話してるっていうのは
ある意味一種才能だと思うんです
さらしておる
だってわざわざさ
こんな自分はさらして
さらしておるんですね
なんかやっぱわざわざ自分のこだわりをさ
こうやって
自分はこうだと思うんだよねって
言わなくても別に
世界って完結するやん
だけどもあえて
こうやって開示してしゃべって
ああだこうだ
言い合えるのって
もはや才能だと思うんですよ
最近
言いたいやつら
言いたいやつらには言わせとけば
一番言いたいやつなんだよ
実は
何もないと言ってるけども
一番実は言いたいやつなんだってことですよ
言いたいことは
たくさんあるが
そのネタが種が降ってくるのを
待ってる
結局
自分からは発ができない
私は種じゃない
種を打ち返すだけの
なんかやりだした
打ち返すだけのやつなんです
本当にこの喫茶店を通じて
自分ってこういう
人間なんだなっていうのを
結構自覚できた感は
できてきている
まだ現在進行形
しかもやっぱ気分
結構気分やなんですよ
結構
乗ってるときと
全然乗ってないときとの差もあって
リスナーも知ってるんじゃない?
知ってる
気づいてると思う
絶対分かってると思う
バレてる
バレてる
この時の自分めっちゃやる気満々やな
この時全然やる気ないな
すごい
すごいなんか
思うところもあって
本当に私にとって
すごい価値のある
番組になっておるので
本当にありがたい限りして
今後ともよろしくお願いします
よろしくお願いします
しゃーねーな
付き合ってやるぜ
よろしくお願いします
よろしくお願いします
こうやってさ
結構な話をしてきたと思うんですけど
どう公開しようか
お任せで
どこまで自分の閉じる性を
回避するか
まず寝て起きたら忘れてる
いや忘れてくれ
むしろ忘れてくれ
あの
こういう話をさ
永遠と聞いてくれるだけでありがたいし
そうなんだ
って聞くだけじゃなくて
色々突っ込んでくれるのもありがたいし
言いたくなるからみんな勝手に
まだ突っ込んであげてるわけじゃなくて
言いたくなっちゃってるだけ
言ってるだけで
私結構さ
突っ込みがないと逆に
話す気を失せるタイプ
関西人ですね
死についてる
なんか
なんだろう
この話する価値あんのかな
自信がなくなる
そうなんだって聞いてくれてるだけだと
シューって
自分から
後ろに下がっちゃうからさ
そういう意味で本当に
ありがたいな
と思ってて
だから
私にとっての楽しい
は現状一番
ここっていう
っていうことで
心理的安全性も
あり
最初に言ったら面白くないかな
ボール見つけた
ずっとある
根底にずっと
ここは大事で
楽しいから
やってるっていう前提がもちろん
あって
ここで喋ったのが楽しいから
この後の編集だって
自分の声を聞くとか自分の話を聞くのは
もちろん嫌なんやけれども
でもやっぱこう
その話を
聞いてもらってそのリアクションとかを
聞くのが面白いから
楽しいから
公開できてるっていうのももちろん
あるからさ
なんかこの
すごい環境をもらってる
作ってもらった
作ったのは私なのかもしれないが
でもやっぱり私一人では
始めなかった場所なので
なんかその
今ここまで
色々その
心理的安全性がどうかとか
心地良さがどうかとかっていう
話をしたけれども
この場所は少なくともそれが
私にとっては揃ってる場所で
であとは
いかに私のやる気を
この気分やな私を
こう
奮い立たせるかみたいな
感じですね
だってノリ子
え?店長
ワインそれだけ飲むの?
え?そんな飲んでないよ
3分の1も飲んでないよ
酔ってない
若干上機嫌
どれだけ飲ませたら
店長これだけ出れるのかなと思って
覚えて
3分の1だけ
安上がりだな
あと2回いける?
これは酔ってるからではなくて
普段から思ってるから言うんですよ
っていうね
そこだけ誤解しないで
これは酔ってるからじゃないからね
ここは思考の喫茶店
対話を聞きながら
考える時間を楽しむ
そんなひと時を過ごしてもらえたら
嬉しいです
本日はいかがでしたか?
またのご来店をお待ちしております
51:19

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