00:19
週末にゲストを集めるって、微暴露に、手元のノートじゃなくて、ブログに書くようになって、
っていうのが積み重なったって感じです。
そのブログはどうでした?反響とかは。
反響が結構、最初、自分のためだけと思ってたのが、意外と見てもらえてるっていうのが分かって、
ちっちゃい頃からしてたブログは、誰も見てないのが当然だったので、
その反響がないもの、自分のためだったのが、誰かのためになるかもっていうのが分かって、
で、書いてたらいろいろ、女性でゲストハウス巡って、こうやってまとめてるサイトって本当になかったから、
女性目線で書かれててありがたいとかっていう女の人の声とか、
意外とまとめてるものが男女問わずなかったから、旅人って多分書くの、そこまで時間取らない方も多かったと思うんですよ、それまでは。
なので、情報源があることで自分も旅できて嬉しいとか、コメント頂けるたびに嬉しくなって、
あれ、発信するって面白いかもって、その頃に思い始めたって感じです。
なるほど、ゲストハウス巡り始めたら、なんか営業成績も良くなったみたいなことをさっき言われてたんですけど、
それはどういう関連性があるんですかね?
なんか、シンプルに考えると、ほんとシンプルな話なんですけど、
もともと私、他人に興味がなかったのが、ゲストハウスっていうものを知って、他人に興味が湧くようになったっていう感じなんですよ。
へー。
なので、営業してる時ってもともとは、営業しなきゃと思って、この商品をどう売ろう、この商品どう説明しよう、みたいなことを一生懸命やってたんですけど、
それをゲストハウス好きになってから、ゲストハウス好きになったのが、運営してる人たちが、なんでこれをやってるかっていうのを知って好きになったっていうのがあって、
なので、同じように、目の前にいるこの飲食店オーナーさんって、なんでこのお店始めたんだろうとか、いつからなんですかとか、なんでその年で始めたんですか、みたいな会話をずっとしているうちに、だんだん仲良くなってきて、
私も各地旅してるので、相手が、いや、私、長野出身でねって言って、この前長野行きましたって、え、どこどこ?みたいな会話で盛り上がったりとか、
そうこうしてるうちに、互いにこう、なんて言うんでしょう、親身になってきて、相手のことをより、この人のためにもっとしたいって、私も思うようになってきて、
じゃあこのオーナーさんのために何ができるかっていう提案を考え出して持っていくと、向こうの人も、あ、君が言うんだったらって言って、従中に繋がるってことが多くなって、
ね、なので、機械が心を持ったって感じだと思うんですけど、そんな感じです。
仕事内容はもうずっとホットペッパーの栄養でっていう感じだったんですかね?
03:02
えっと最初の頃はそうだったんですけど、えっと、その序報室とあまりに各チームがあって、編集長が上についていて、
そのチームリーダーと私が相性が悪いっていうのを編集長が気づいていて、ここに前田を置いておくとあいつ潰れるって思ったみたいで、
そのチーム替え、新しい事業が立ち上がる時にチーム替えをしてくれたんですよ。
で、新しい事業の方に私を移してくれて、なので今はもうないんですけど、えっとポンパレっていうのが当時あって、フラッシュマーケティング。
なんか聞いたことありますね、ポンパレ。
出てCMとかあって一瞬で消えた。
それはどういう仕事内容だったんですか?
それもでもあの営業スタイルほとんど一緒なんですけど、大きく変わったのが、えっと1ヶ月広告だったのが1週間サイクルの広告に変わったので、より忙しくなったのと、
もう1個がそのえっとホットペッパーとかって、例えば2000円以上食べたらワンドリングプレゼントみたいなそういう簡単なチケットがついてくるようなものが多いんですけど、
ポンパレって新しい媒体の方は、この料理が半額になりますとか50%オフ以上があのLINEになっていて掲載の。
なのでちょっとそういう動きの派手な媒体の方に動いたって感じです。
でもやっていることは変わらず、私としては。
それでもチームリーダーが変わったらやっぱりやりやすさはどんどん変わってというか改善された感じですか?
そうですね。
やっぱり働きやすくもなり、まあでも忙しくなったけど快適というか。
そんな感じで。
本当に。
そんな人の心を取り戻しただけで営業成績一番になるってすごいですね。
そうですね。でも本当にその頃その媒体はすごい良いと思ってたので、多分私良いって思ったものをすごい口にしたい方なんですよ。
なのでゲストハウス良いって思ったら伝えたいから書いてる。
高校の時もこの人好きって思ったから好きってなってるとみんなにバレるみたいなそういう癖があって。
なので自分が良いって思ってるものを一生懸命売れる。
しかも飲食店オーナーって割と宿オーナー、ゲストハウスオーナーとちょっと人間性も近かったり。
お店の中DIYしてる方も多かったりするので、たどってきてる店作りもちょっと似てたりして。
会話も似てるので純粋に楽しかったっていうのもあります。
すごいですね。
どうやってすごい嫌なビジネスショーみたいな感じなんですけど、どうやってリクルートナババ営業になったのかみたいな。
オピニーありそうなんですよね。
他にどんなことしてたんですか?
でも本当は地味なそんなことが多かったです。
あとは、ちゃんと忙しいながらもありがとうとかそういう人間的なコミュニケーション忘れたくなかったので、
06:08
そういうことも気をつけてたのが、見てる人は見てるんだなって場面が多かったですね。
結構売れっこ営業前になってくると、忙しいので社内の人に対して結構冷たくなったりとかなることもあると思うんですけど、
そういう時こそ社内の人にはちゃんとバリエーションのあるお礼を言おうと思ってメールとかいろいろバリエーションつけて、
でも時間がないので、ある程度2、3文字書いたら後ろが文字出るようにしてパターンを作るので、
人間的なところを大事にしながらやってたのが大きかったと思います。
仕事はバリバリやりつつ、プライベートはゲストハウスを巡ってっていうような社会人生活って感じなんですかね。
金曜の夜にリュックというか大きいカバン持ってそのまま会社に、会社に金曜日に行って、
大きいバッグ持ったまま行って、仕事終わったら深夜バスでそのまま長野のゲストハウス行ってとかそういうことをしてます。
ゲストハウス行って何するんですか。
人と喋ったり、街歩いたりしてましたね。
普通の旅行で、そこの宿泊先がゲストハウスでっていう感じなんですかね。
そうですね。でも私の場合、ブログを書き始めてしまったが、
オーナーさんの人隣を聞きたいっていう欲が出ているので、
どうにかしてオーナーさんを捕まえようってこうやって捕まえられる感じでやりながら話聞けたら聞いてみたいなことをしてます。
当時ブログはどんな内容だったんですか。
もう本当に旅したままをゲストハウス中心に書いてるって感じですね。
写真撮ってもいいか許可いただいて、館内の写真撮って、
他の宿とどう違うんだろうみたいなことを自分なりに書いてたって感じです。
当時のゲストハウスに関する情報って少なかったっておっしゃったと思うんですけど、
その行く先をどうやって見つけてたんですか。
ゲストハウスってよくカフェにも置いてあるようなちっちゃいフライヤー名刺サイズのものが置いてあって、
いいなと思ったゲストハウスのところでそれを拾うと割と自分が好きなところをずっとたどれるんですよ。
結構遠方でも置いてあったりしますもんね。
なるほど。
もっといくとこのラジオと同じように、いい友形式でオーナーさんの好きな宿とか、
そこで仲良くなった旅人さんの好きな宿とか聞くと、
もうあそこは絶対行った方がいいみたいに言われたりするんですよ。
っていうのをいくつか段々リストができてきて、行けるときに抑えるというか行っていく。
なるほど。
そんな生活が続いて、翌年にはブログフットプリンスがウェブサイト化するっていうことなんですけど、これはどういうことなんですか?
09:08
そのタイミングで大阪から東京に、言ったらA店みたいな状態になるんですね。
で、東京行ったからには普通の家に住むんじゃなくて、シェアハウスしようと思って。
しようって。
で、4人でシェアハウスを1軒借りて、4人で分けるっていう感じなんですけど、自分で運営というよりはもうみんなで住むっていう感じなんですけど。
でもリビングが広かったので、ゲストハウスの共有リビングみたいにいろんな人が遊びに来るようなゲストハウスっぽいシェアハウスしようっていうのをし始めて、
で、その時にその住んでたみんなで、みんなプラスもうちょっと遊びに来るメンバーで、
このブログをサイトにしようっていう話になって、じゃあみんな協力してくれてサイトにできたっていう。
それはどういう目的でサイトにしたんですか?
そうですね、なんか情報溜めすぎてて、ブログだとカテゴリーがうまくいかなくなってきていて、
自分で分けたいカテゴライズがこれとこれでX軸とY軸で組みたいけどもうXしかないみたいなそういう状態になってきてたので、
それが組めるようにできる子にお願いしながらやってたって感じです。
なるほど、でウェブサイト化してどうでしたっていうか。
でもウェブサイトやっぱりブログよりもサイト持ってるっていうことは強かったですね。
その後いろいろ話は入りやすくなってきた時期だった気はします。
どういうことですか?
あなたゲストハウス詳しいんでしょ?ちょっとここで喋ってよみたいな仕事っていうか依頼が来たりしやすくなっていったかなと思います。
トータルで3回サイトリニューアルしてるんですけど、もう2回目3回目ぐらいになってくるとさらにそれが増していったので、
初回の頃は1回目はちょっとちらっとそういう話があったかなぐらいではあるんですけど、
ブログをサイトにすると知ってもらえる、メディアと知ってもらえるっていうのが。
なるほど、東京は仕事も変わらずリクルートで働いて、で週末とかも変わらずゲストハウス巡ってって感じですか?
そうですね、でもその東京に行ったらそのエイテン、いい意味で言えばエイテンなんですけど、
キャリアが上がって仕事が増えた状態で東京行ったので忙しくなっていって、週末はゲストハウスの時間だったはずがどんどんゲストハウス巡れなくなっていって、
最初はシェアハウスでゲストハウスっぽいことしてたんでそれで満たされてたんですけど、
よくよく考えたらあれ私ゲストハウスだんだん巡れなくなってきてるっていうのが違和感になってきて、
12:01
でどんどん仕事が忙しくなって、働く環境がだんだん忙しくなってみんな他の同じチームの人たちもあまりに忙しいのでどんどん辞めてくるんですよ。
そうすると残っている人たちに仕事がまた寄ってくるので、で一つのチームを持ってたんですけどあまりに人がいなくてチームリーダーも辞めたので、
私がチームを2つ持つことになったりとかしててこれ回るみたいなそういう状態になってて、
あまりにやりすぎても半ばうつっぽくなって最後しんどくなってました。
仕事の内容的には同じその広告媒体の営業みたいな感じだったんですかね。
営業して受注したら原稿書くって感じでした。
それがちょっとあまりにも仕事が多くなりすぎてしんどくなって。
そうですね。確実に終電で帰れない日々でしたね。
だんだんスーパーにも寄れないので、スーパー空いてる時間に行けないのでコンビニでご飯買うんですけどコンビニ食続くと添加物があれなのか食べたくなくなってくるんですよね。
どんどん体重が落ちて欲がなくなってくるんですよね。何もしたくないみたいな。
でも仕事は降ってくるから逃げられないしってやってるうちにどんどん私がしたかったことってなんだろうとか。
ゲストハウスに出会った時にこれだって思ったあの感覚どっか行ったけど大丈夫かなとかって思うようになってきて。
なんかダメな気がするでも何がダメかわからないってなってる時に
上司からあまりに体調悪そうだし精神的にも良くない状態になっているからリクルートで長期で休める期間があるんですよ。
何年間か働いたら長期申請の1ヶ月ぐらい休めるっていうのがあって、そういうリフレッシュ休暇使ってみたらって言われて使って
北海道にいる和歌山出身の友人のとこ訪ねてその子に北海道中連れ回してもらってゲストハウスも含めて。
真っ白な雪の景色見たら仕事辞めようって思って。
トイレにさせてもらってもらっていいですか?
はい、どうぞどうぞ。
話あっち行ったりこっち行ったり。
いやーめっちゃ面白いですね。
本当ですか?
この話はさっきすべきだった。
すげー。リクルートやっぱ激しいんですね。
激しいですね。
なかなか残る人が少ないっていう前提で組めてるんでしょうか。
異様化反省って言われてるので。
辞めること前提で組んでるところもありながら、でも社員は残ってほしいみたいな意向もやっぱりあるので。
15:00
引き止められながらって感じですね。
正午でブログめっちゃおもろいですね。
どういう子って言うの?
もうチャットとかめっちゃしてました。
チャットで大学生のふりして大学生の恋話聞くとかやってました。
それは時間が解決すると思うよとか言われてます正午。
すごいインターネット子やったんですか?
ゲームもすごいしてました。
面白いですね。
なので各千葉さんたちは読んでインプットの元のアウトプットだと思うんですけど、私ずっとインプットじゃなくてアウトプット派なのでいけないなって思いながら。
すごいですねアウトプットし続けられるのが。
RPGで言ったら詰まるパターンだからあかんなって思われてレベルをちゃんと上げとかないと。
リクルートでも編集の仕事とかライターの仕事してたっていうわけではなくずっと営業だったんですね。
営業で受注したら自分で言語を書かせてもらうんですけど、
言っても決まってるスペースの中のここ30文字入りますに焼肉女子会にも使えるスラッシュ個室ありみたいな。
めっちゃ読んだことある。
そんな感じです。
仕事辞めるところからですね。
では北海道に行って仕事辞めようってなりまして、どういう感じですか?
北海道の友人訪ねて仕事辞めようっていうのを改めて思ったんですけど、
その時もゲストハウスのオーナーさんとかにその友人もゲストハウスすごい好きな子で、
それもあってオーナーさんと引き合わせてくれてみんなでご飯しながら人生相談したりっていう時間もあったので、
なんかいろいろ聞いて喋ったりしてるうちに私の好きな時間ってこういうゆっくりな中でいろいろ考えて、
こだわりたいとこまでこだわってするような時間だなあっていうのも思って。
それで今こう滝に打たれるようにその流れに逆らうように生きてる生き方なんか違うかもって思って、
やりたいこととだいぶ離れてるから辞めなくちゃ、一刻も早く辞めなくちゃと思って、
リフレッシュ休暇みたいなのが終わったら上司に申し訳ないんですけどって言って辞めることになるんですよ。
もちろんその辞める前提でリフレッシュ休暇取ったんじゃないですごい引き止められたり、ちょっとちょっとってなったんですけど、
18:05
でもそれでももうだいぶ私が心身ともに疲れてる様子も上司は知ってたので、
すごいお世話になった方、1年目でお世話になった方がたまたま最後の年も同じだったので、
私の性格もよく知ってて、前田は納得がいかない、腑に落ちないと進まないタイプだから、
お前がそう言うならもう決まってるんだろうなって言われて辞めて、
でもその頃は辞めてすぐに何か自分でするって言うはずは全くそのエネルギーもなかったので、
とりあえず実家に自分の大好きなホームに帰ろうって言うんでUターンするんですよ。
母と2人で過ごした時間、プラスそこに犬がいたりうさぎがいたりの時間で私にとってはゆっくりな時間ですし、
もしかしたら人によってはそこに父親がいたりすると帰りづらいって思ってる方もいるかもしれないんですけど、
その母と2人の時間っていうのも私にとっては緩やかなったので、
スルッと帰ってそのまま実家生活が始まり、
で、兄がその実家からまたそんなに距離の離れてないところで父の事務所を継いで税理士事務所してて、
なので最初はそこ手伝ったらいいやんって兄に言ってもらってちょっと手伝ったりしてました。
なるほど。
その時はちょっと休んでから何か始めようとか、再就職しようとか、
とかもう全然ノープランで帰って、
そうですね。完全ノープランでするとしたら大阪で就職なのかな、
当時なのでも和歌山には何もないかなって思ってたので働き先が。
だったら大阪出るしかないか、実家好きだけどとかって思いながら、
で広告系の仕事をしてたしちょっとでも役に立ったら大阪広告系とかって検索してみたいなぐらいの、
でもどこがいいかわかんないし、まだエネルギーが出ないって思いながら、
ひたすらエヴァンゲリオン見てましたね。
それが10年前、2014年ですかね。
そうですね。戻ってきたのはその頃ですね。
久々に帰ってきて和歌山の感じとかどうでした?
結構変わってて驚きました。
最初に、ぶらくり町の近くに今は本屋プラグさんが移動してしまったんですけど、
前本屋プラグさんがあったところがシェアキッチンプラグっていう名前で小泉さんって方が運営されてたときにそこを訪ねたことがあって、
もうほとんど私の中のゲストハウスの像とほとんど一緒だったので、
あれ和歌山に、東京に行かなくても和歌山にあるっていうのがすごいびっくりしたのと、
同世代の人たちがそこで結構行き交ってて、面白い人たちがいろんな人が出たり入ったりしてたので、
21:01
こんな人たち和歌山にいてるんだったら、私和歌山で暮らしていてもいけるかもしれないって思いながら、
自分の居場所があったらいいなって思いながら過ごし始めてました。
えぇ、だりさんのゲストハウスのオーナーとかのこともそうなんですけど、
その人に興味があるとか、人のことを知りたいとか好きとかっていうのは、いつからなんですかね?
いつからでしょう。でも基本的に私全員に対してそうじゃないんですよ。
興味があるところにだけそうなんですよ。
だから、よくゲストハウスいつかしないんですか?って聞かれたりしてたんですけど、特に出産前までは。
でも絶対私ゲストハウスオーナーに向いてないって思っていて、
その人とずっと20時間過ごせる気がしないし、知らない人とかも。
この人は好きだけど、この人苦手っていうゾーンが多分私苦手のゾーンある程度あるので、
そこの来客に対応できる自信がないと思っていて。
だから、どの弾が飛んできても打ち返すオーナーさんたちの姿を見て、
私はあれはできないなと思ってたんですよ。
だから、本当に私が心を開いているというか、
ガッと集中しているのは自分が興味があるものに対して、
エネルギーが他に渡ってないからそこに行くっていう感じだけだと思います。
なるほど。でも和歌山実際に帰ってきてみたら、興味ある人たちが結構いてみたいな。
そうですね。好きな分野のゲストハウス分野に類似しているから、
一気にそこに自分の興味の矢印が向かい。
そうこうしているうちに、当時リノベーションスクールっていうのが和歌山市内中心にしてあって、
そこに参加したことでより街のプレイヤーに出会う機会が増えて、
東京に行かずしてこんなにいろんな面白い人に会えるのかっていうのをまさにすごい、
2泊3日か何かの有給不動産を使った学びのスクールみたいな感じだったので、
社会人スクールでこんな社会人の人たちに出会えるのも感動しましたし、
なんかそうこうしているうちに和歌山って何もないって思ってたのは全然嘘だったな自分の中の、
勝手な固まった概念だったなっていうふうに思うようになっていきました。
その頃はずっと税理士の仕事を手伝いながらっていう感じなんですかね。
でも税理士の仕事最初ちょこっと手伝ってたんですけど、
その興味がないものを永遠としているのがやっぱりちょっと苦手だったので、
社老師の資格取ろうとかで途中で勉強し始めたんですけどどうもうまくいかず。
そうこうしているうちにもともとやってたブログをサイトに変えたものが聞いてきて、
24:02
あのサイトをやっている人だったらこういう文章を書けないかという仕事になったりとか、
私も会社を辞めるタイミングで、今まで書き溜めたブログの方が何か生きたらいいなと思って、
グリーンズっていうソーシャルデザインのメディアがあるんですけど、
そこのところがちょうどツイッターで新しいライターさん募集します、初心者でも構いませんって書いていて、
そこに申し込んだのもあって、ライターみたいな肩書きがついたりつかなかったりするようなことがあったんですよ。
で、サイトも持っていて情報源にもなっているということが認知されて仕事が入り始めてってしていて、
じゃあこれ独立できるかもしれないっていうか、
うちの兄からすると、そうやって仕事が入ってきてお金もらえるんだったら、
拡大申告とかしないといけないから個人事業主にとりあえずしないよっていうようなことを言われて、
じゃあそうしてみようっていうのが始まりで独立って形になります。
そうなんですね。ライターってそんなすぐなれるもんなんですかね。
そうですね。語るのは資格が何もないので語れてしまうので、
世の中ライターさんといえばピン切りだと思います本当に。
なので出版社で働いたことのあるライターさんから、実は今まで何本も書いてないですっていうライターさんも多分世の中にはいてる状態ですね。
だりさんはその正午からやってたブログとか、ひたすら書き続けてきた今までの蓄積があったんで文章も抵抗なく書けた感じなんですかね。
書けはしたんですけど、ただ書く力、書く勢いがあるだけで綺麗な文は一切書けてなかったと思うんですよ。
今も自分には自信ないんですけど、当時の文章本当にひどかったと思っていて、
どの構成でどういう流れにしたら読みやすいかとかを、
そもそも勉強も足らないし、書いた経験値も浅いんで、
もう手探りの中ずっと最初は、皆さん最初は手探りだと思うんですけど、
もう本当、手探りオブザ手探りみたいな。
文章を書くのもそうなんですけど、プラス仕事を取るっていう難しさもライターさんってあると思うんですけど、
その辺は大丈夫だったんですか?
それがありがたいことに、ちょうど同じようなタイミングでゲストハウス自体の認知が増していくんですよ。
なのでゲストハウスっていうところに特化したライターが世の中にその時あんまりいない中で、
情報のシンクタンクになっているっていうサイトを持っている人間も少なく、
この人はライターをしているぞっていうので仕事が来るということにはなり始めます。
なるほど。ゲストハウスのライター業を中心にどんどん仕事をやっていってみたいな。
そうですね。最初はゲストハウスのこと、プラス和歌山住んでるんだったら和歌山のここの取材したいんだけど、
みたいなので、じゃあ書かせてくださいみたいなのがあったりしてましたね。
27:04
それでもちゃんと仕事としていけてた感じなんですか?
しかし細々としながら、しかも実家暮らしだったので生ぬるいのスタートですけどね。
とはいえそれを本業にずっとやってみたいな。
そうですね。やってましたね。
子供が生まれてからだいぶ仕事制限してますけど、生まれる前とかはもう
何本か一斉にプロジェクトが走っている、嫌だってなりながらやってる時もありました。
で、どうなっていくんですか?
えーと、今どこまで話しますか?
今ライターとして仕事を始めたあたりですかね?
そうですね。でも始めていってそのゲストハウスが認知されて、もうそのまま自分の仕事も増え始めるんですよ。
で、ゲストハウスのゲストハウスガイドっていう赤い本を出させていただくんですけど
ゲストハウスガイド100っていうのを2016年ですかね
あ、そうですね。2016年の8月に出させていただいて
ゲストハウスがだんだん認知が広まってきたから自分の中で自分のしてきたことを本にしたいという気持ちがちょっとずつ出てきて
それでグリーンズっていうメディアのライターさんに相談、ライター仲間に相談したら
ブックスっていうサイトがあってそこが自費出版があるよって言われたんですよ
それがBCCKSでブックのOがCになっているサイトなんですけど
そこで本作ると1冊2冊とかもう簡単な冊数からネットでも販売できるというサイトがあって
じゃあそこで試しに作ってみようかなと思って豆本というちっちゃいゲストハウスの本を1回作って載せてみて
その頃もうゲストハウスがそんなに軌道に乗ると思ってなかったので
ある程度仕事はもらうけどそこまでうまくいくと思っておらず
まあこの豆本を卒業記念ぐらいの感覚で作ったら私はゲストハウスの界隈から去るのだろうなと思いながら作ってた
最後ぐらいの気持ちで
そうしたら幸いなことにその豆本を見ましたって言って出版社の方から本作りませんかみたいな話をいただくことがあって
そこの方とのやり取りで企画書が何個かできるんですよ
豆本を見ましたって言った人はまだ若い出版社の中でも若い社員さんで
だったので自分の力だけでは通せないので企画書を一緒に作って企画会議にあげて
通ったら本に出せるんですけどって言われて
企画書が何本かできて結局その出版社ではダメだったんですけど
そうこうしているうちに違うまた別のところから出版の話が来て
いや実は企画書いっぱい持ってるんですって言われて
30:00
このままいけますよって言われて
出すことになったのはこのワニブックスさんから出したゲストハウスガイド100っていう本
えーすごいですねそんなことが
最初の元になった豆本はどうやって売ってたんですか
ネットで注文をしたら印刷されて送られてくるってやつなので
私には設定金額によっていくらか入るんですけど
それをあげると結構高くなっちゃうので最低価格にして0円にして売れるとかっていうので置いてました
今でいうすずりみたいなサービスですね
途中販売というか
どれくらい売れたんですか最初の本は
いやでもそれはオンライン閲覧okにしたので
全然ブログの延長は持ってるので見てもらえりゃいいみたいな
それ作る段階で下心的なこれでちょっと
作ったら作れたらいいなみたいな商業出版できたらいいなみたいな
ノリは何パーぐらいあったんですかね
当時の私は出版社さんとどう繋がるかっていうのが全然イメージ湧いてなかったので
下心を沸かせる余裕さえもなかったというか
とりあえず本ってものを作ってみたいから世に出した
終わり
なるほど
当時そのウェブサイトも結構閲覧とかされてたんですか
多分でもビュー数が確か見れなかったので
ただコメントとか書かれるのである程度見られてるなっていうのは分かるんですけど
でもその頃はまだ自分が訪問したところと訪問してないところを混ぜた本で作ってたので
ページ数も少なかったので
知ってる情報のパッチワークみたいなコメントとか書かれてて
これはちゃんと自分で回ったやつじゃないと意味はないんだなっていうのはすごい思った記憶はあります
なるほど
このゲストハウスガイド100を出版して反響はどうでした
そうですね
ゲストハウスガイド100の方は自分自身が実際に巡った宿しか載ってないので
なので本当にこうやって誰かのレコメンドが付いた
写真と文章で見せてくれるガイドブックって今までなかったから嬉しいみたいな反応がすごく多くて
アマゾンのレビューとかもいい評価いいコメントばっかりなんですよ
たまに悪いのがあるのは届いた時に帯が切れていた
中身じゃないみたいな
中身じゃないみたいな
基本的には好きな人が買っているからっていうことですかね
それもありますし初心者向けっていうので結構歌って帯出していたので
なのでこれで初めて巡れるようになりましたとかっていう方も
たしかにいっぱいありすぎてどこに行っていいか分からないっていうことですよね
33:01
そうですねこの本を作る時にこだわったのが
ゲストハウスの名前とか地域決まってなくても選べるように
女性一人旅にお勧めとか家族で運営している宿に行きたいとか
そういうシーンごとで区切ったんですよ
多分これってリクルートのホットペッパーと同じような
女子会がしたい人向けの特集という考え方と同じで
その見せ方をしているのが良かったみたいですね
どこかの旅行に使うというよりは
ゲストハウスを目当てに行く旅のための本という感じですね
そうですねなのでゲストハウスを知りたい人のための初めの本
よくある数学の赤本みたいな感じの赤にしていて
それがちょうどゲストハウス認知が広まりだした頃にはまったのと
当時日本の中にそういうゲストハウスガイドって
ゲストハウスだけをまとめた日本の本ってなかったので
日本で初めてみたいなことが歌えたタイミングもあって
見てもらえたって感じ
ゲストハウスって今どんな感じなんですかね
今はそうですねコロナの時で一回落ち着いてしまったというか
2020年くらいですかねコロナの前とかだと
オリンピックが来るぞってなって
だいぶすごい数増えてたんですけど
コロナが来て運営が難しくなって
老舗の有名な良いところまで潰れてしまったりして
今もう落ち着いて前の状態に戻りつつあるというのが現在なんですね
ダーリンさんがこの本を出した時っていうのは
ちょっと右肩上がりになっているタイミングで
出版もできてっていうような感じだったんですかね
なので一番タイミングは良かった時ですね
じゃあそれからはゲストハウスの公演であったりとか
ライター業も順調にやっていってみたいな
あとはゲストハウスと繋がりたい大きい企業さんから
依頼が来るみたいなことがあって
キリンビールさんがやってるクラフトビールのタップマルシェっていうのがあって
タップマルシェをゲストハウスに置きたいんだけど
ゲストハウスと繋がりがない上に
そういうのが合っているゲストハウスがどれか分からない
なのでセレクトして繋いでくれって言われて
私からしたらタップマルシェ飲み放題のイベントができるぞって
そういうイベントをしてオーナーさん読んで
興味があったら聞いてくださいって実際導入に繋がったりとか
そういう企業さんと繋ぐとかはありましたね
森永さんとのアイスとかそういうのとか
すごいですね
そういう依頼が向こうから入ってくる感じなんですか?
あったり他の宿の方に話が行って
宿1個だと分かんないからって話振ってもらったりとか
そういうポジションの人がいなかった感じなんですかね日本で
そうですね情報のシンクタンクみたいになっているのは
36:03
本当に少ない感じですね
何人かはいているんですけど
今は多分きっとSNSうまく使いこなしている人は多いと思うんですけど
かといってサイトで1人だけでまとめているっていうのは珍しいかなと思います
そしてどうなるんですかね
そろそろ伊藤さんとも出会うんですかね
そうですね出会いますねコロナの間に出会いますね
正確に言うとコロナのちょっと前なんですけど
ゲストハウスいろいろ巡っていく中で
クラウドファンディングのモーションギャラリーというサイトさんがあって
モーションギャラリーと一緒に
うちのゲストハウス紹介サイトフットプリンツ
ゲストハウス情報マガジンフットプリンツですね今は
そことのコラボで何かいろいろ企画をしてたんですよ
話し出すと全部複雑になるので
とりあえずモーションギャラリーさんとのコラボ企画の1個で
毎月1軒のゲストハウスを
全国47都道府県の1軒を巡ってイベントするというのをしてたんですよ
各地を巡っている中に
宮城大学に若山出身の友人が先生として入っていて
宮城を訪ねるときにその友人にも会いに行っていて
話をしているうちに若山に帰省するけど
帰省するタイミングでみんなが集まるいい言い訳が欲しいという話をしていて
お正月に帰っても1人ずつに連絡しないと会えない
部署をしていると会えない
だったらイベントしてみんな集めちゃえってなって
お正月のうちにみんなで七輪を焼きながら街を練り歩くイベントなんてどうだろうという話が発生していって
七輪を焼きながらってどういうことですか?
1個の場所で何か屋外で何かするっていうのも楽しいけど
できればみんなが寄せ集まってどんどん雪だるま式に大きくなって
みんなが集まってしまうようなイベントしたいって話になったんですよ
でもそのためには食べ物と飲み物は欲しいよね
じゃあ食べ物と飲み物を持ち歩きながらいろいろ練り歩こうかっていう話がまず元々あって
七輪をずっと火を焚きながらずっと練り歩く
途中で何か焼きながら食べて
焼きながら飲みながら食べてでも七輪って持ち歩けないじゃないですか
じゃあどうしようっていうのを相談するにはとてもいい人がいるよっていうのを
その宮城大学のブッチって言うんですけどブッチが言って
39:02
それが清水浦っていう海南市の集落に住んでいる
移住したちょっと伊藤さんって変わった大工さんで
旅する大工って呼ばれるぐらいその場にいてない
あちこちうろうろしてる人なんだけど
きっといいアイデアくれるから会いに行こうよって言って
そこで会ったのが初めてです
それいつぐらいのことですか
コロナの前だったので2020年
20年とかですか21年とかかな
20年ぐらいですかね
19
19あたりだと思いますコロナが
20年の何か入ったぐらいからちょっと
何か会うことがあった気がしますね
で一緒にイベントやってみたいな話になったんですか
そうなんですなので
そうですねモーションギャラリーの中に
私がよく一緒に仕事をしているモコさんっていう
友人がもう一人いるんですけど
よくダリーモコで2人で活動をしてるんですよね
仕事とかも
でさっきの全国巡るキャラバン的なのは
2人でしていて
でその伊藤さんのところに会いに行ったところも
2人で会いに行って
ダリーですモコですブッチですみたいな感じで
伊藤さんと会って
だから最初伊藤さんは
どっちがダリーでどっちがモコか分からなかった
っていうぐらい
同い年の女の子なので
そのトーンで行っていて
で伊藤さんに会ったら
じゃあそういうアイデアだったら
もう一輪車を七輪にしちゃえって言って
一輪車の中に炭入れて網を置いて
上で焼いて持ち歩こうってなったんですよ
だから一輪車を七輪車にしようって
でそれでお正月迎えてみんなで集まって
っていうのが2回ぐらいありました
でもそれまでは私も旅する
旅する編集者で
で伊藤さんも旅する大工だったので
どっちもまあまあ和歌山にいるようで
いない人って感じだったんですよ
私も忙しいときは
年間3分の2ぐらい出てたので
県外に出ていたので
伊藤さんも聞いてみたらもっといなかったんですよ
でそれがあったので
コロナの間に本来いなかった人たちが
結構パクッと時間ができて
外に出られない和歌山に行ってる
じゃあ今まで何回か会ってた友人同士集まって
飲み会とかしようかって
あったんですよ
そういう出会いやったんですね
なのでコロナがなかったら
単外に旅してたかもしれないです
旅してたっていうのは
ゲストハウスの取材とかで
年間3分の2も県外に行かれててって感じで
そうですね
後半になってくると
そのゲストハウスで仕事入るのと
通常のフリーランスのライターっていうところで
全国各地巡っている
42:01
しかもフリーランスのライターが
書き屋とかそのリノベーション物件に
いろいろ詳しいんでしょっていうので
そういう系の仕事も入るんですよ
例えば
名前を出していい企業かどうか
いろいろあって
そういうリノベーション物件の
メディアの記事を書く
みたいなことがあったりして
うろうろしてましたね
でも実家すごい好きだったので
同じ日に京都行って
福岡行って帰るとかしてましたね
すごい
何年でも帰るぞって
コロナでお仕事とかどうなる感じなんですかね
ゲストハウス
取材対象のゲストハウス自体は
もちろんちょっと
しんどい状況になると思うんですけど
だりさんのお仕事は
そんなに影響はなかった感じですかね
そうですね
ゲストハウス関係のものがなくなったので
もちろん前よりは減ってはいるんですけど
その間に
2冊目の
ゲストハウスが街を変えるの方
2冊目を出すんですけど
そっちの編集の話が入っていて
実はこのゲストハウスが街を変えるって
学芸出版社さんから出させていただいた方は
コロナ前から話が来てたんですよ
でも
ゲストハウスのオーナーさんと一緒に
協調で書いているものなので
オーナーさん忙しすぎて捕まらなくて
進まないみたいな状態になっていて
コロナ禍の前から話が来てたんですよ
コロナ禍になってオーナーさんも
逆に時間ができたので
じゃあ今ここで集中して書きましょう
ってなって
コロナ禍の間は
この出版の準備っていう感じでした
ちょうどよくタイミングよく
その執筆に時間を当てられた
っていう感じなんですかね
うんですね
それと並行して
伊藤さんともご結婚されてっていう
はい
それはなんでまたというか
なんででしょうね
もう
もう今から思ったらね
なんでなんでしょうね
何年
2020年ぐらいですかそれも
えーと
2021年に結婚してますね
うん
あ2000
あ違う2020
そうですね2021年
に出産されて
そう2022年に出産してるので
はい
で秋に結婚してるのでって考えたら
2020年の秋ですもんね
うん
結婚してすぐこの染み面に
移られるわけですか
いやー全然もう実家好きすぎて
抜けられずに
45:01
で子供ができたら
できるまでは伊藤さんも旅してていなかったので
はい
その伊藤さんのいない染み面にいる理由ってないじゃないですか
はい
実家帰ったら母と柴犬が待ってたのでその友達は
実家帰ろうってなって
でお互いに仕事をしたりで
伊藤さんが実家に来て家族とご飯食べたりもしてて
うん
っていうことをしてたんですけど
で子供が生まれて
数ヶ月経ってからこっちに移住しました
あーなるほど
じゃあ結構最近なんですよね染み面に
うんうんそうですまだ2年目ぐらいですね
えーけどこの染み面の説明も
うん
ちょっと簡単にしてもらいたいんですけども
どうなってるんですかね今
えーと染み面まず染み面自体は海南駅の一つ隣の駅にあって
インターも近い車の高速道乗り口も近くて
で国道42号線も近くて
で染み面駅っていうJRの駅もあるんですけど
まあ無人ではあるんですけどあるんですけど
そういう利便性的には本来いいはずのところが
集落になっていて
うん
3分の1ぐらいが空き家なんですね
で400メーターラーズが住んでいて
で海沿いの町で漁師町だったんですけど
知らす漁をやってるところはもう
網本さんって言って船持ってるところはもう
一つしかなくって
うん
そこもあと漁師さんが何人か欠けてしまったら運営
どうなるかっていうところを今
私たち同じ世代の人がちゃんと後継者として
継いでいて
でもそういう状態のところ
伊藤さんがこの集落面白いなと思って
大阪から移住して
で最初空き家を1軒買って
もう1軒買って
もう1軒買って
今13軒ぐらい買ったり借りたりしている
そうなんですか
駐車場から連れてここまで連れてきてもらった
こっちは鉄板焼き屋さんがもうすぐできてとか
あの茶居とコーヒーとクラフトビールっていう
カフェですかね
はい
があったりとか手芸屋さんもできてたりとか
なんか半年前ぐらいに
来させてもらったと思うんですけど
その時からなんか
だいぶまた様子も変わっている感じで
どんどん変わっている染み面なんですけども
これの運営もだりさんも一緒にされているような感じなんですか
いやーもう全然そこタッチしだすと
キリがなさそうなのでもう
こっちを子育てに専念みたいな感じになっています
なるほど
今は子育てとライター業と
はい
なのでよくあの茶居とコーヒーとクラフトビールっていう
そのさっきおっしゃっていただいた
ビアバーの方を
夫婦2人で運営しているのかって
勘違いされるんですけど
全然そんなことなくて
よっぽど私が
ここが気になるって気になりだしたら
時間が空いた時に掃除しているぐらいのレベル
の関わり方で
あとはインスタを担当しているぐらい
という感じですね
なので本当に伊藤さん
一人で頑張っております
48:01
えー
あんまりそっちには興味がないというか
お店に立ったりとか
なんかこれだけまだ空き家もあるし
自分の場所を作ったりとか
そういうのは今のところ興味ない感じですかね
そうですね
なんか最初は夫婦2人でするとかって
面白いかなとか
伊藤さん忙しいから結局私がすることになるのかな
って思ってた時期もあったんですよ
勝手に
勝手に思ってたんですけど
でも実際子供が生まれると
運営するって結構難易度高くて
しかもお店が
もともと金土日の運営で
今土曜日だけの運営にしているので
なので
子供がいる状態で私が立つというのは
結構できないなというのを思って
うちの子またすごい走り回るタイプなので
そうすぐ電車見に行くって
飛び出している
はい
扉から
はい
この清水浦のこの場所で
飛び出して行っても結構安心ですよね
そうですね
でも線路の柵がないとこ多いので
ちゃんと見とかないと
水も多いので転がって落ちないか
車は少ないけどもって感じですよね
坂も多いですもんね
ほんとそうですね
今の生活スタイルはどんな感じなんですか
今は平日の9時保育所送り出して
16時半から17時の間に迎えに行っているんですけど
その間の時間にライト上げをしています
土日は子供と一緒にいて
ただ土曜日は伊藤さんがカフェ一人で立っているので
私が子供を見るか
私が子供を連れて実家に帰っているか
日曜日家族でいるか
みたいな感じになっています
なるほど
そうなんですね
どうですか今の生活は
でも清水浦の生活って考えるととても良くて
はい
もうここまでご近所さん全員把握できる状態にあるって
和歌山市出身の私からしたらすごい
なかなかないというか
不思議な感じですよね
ですね
たぶんうちの子はみんな自分の親族だと思っているんじゃないか
レベルで構ってくれていますし
うちの家にあるおもちゃは結構が
近所の方からもらったものだったり
はい
もう海欄板とか回しに子供と行くんですけど
海欄板回しに行くのが子供は楽しいみたいで
構ってもらえるから
なんか良い環境だなって思いますねそれは
なんかその親戚と集まった時みたいな雰囲気というか
先ほど好きな雰囲気っておっしゃってた
その感じに近いですかね
うんまさにそうですね
ゲストハウス取材も並行してやっている感じなんですかね
今はほとんど止まっているので
なので時々自分のサイトで
それこそブログみたいな
過去の思い出を振り返って
51:00
ゲストハウスに行きたくなるようなことになれば
みたいなブログを書いたりとか
という感じですね
ゲストハウスに関しては
なるほど
どうですかというか
そのリクルート辞めて
仕事しだしてから
今の生活って
思い描いてた感じですかね
予想外な
予想外ですね
ゲストハウスすごい好きだと
小民家にきっと住むのが好きなんでしょうって
思われがちなんですけど
別に小民家住みたいって思ったことも
特にないので
なんか特に
基本的に特に将来に対して
望んでかかるタイプじゃないので
思ってたものがあるわけではないんですよ
こういう将来になりたいなって
思ってたものを
特に最初から持ってもおらず
かといって
今の環境が別に嫌でもないし
とても
着々と満足していると
なるほどこうなったか
みたいな感じで
受け入れられるというか
そんな感じなんですかね
そうですね
すごい綺麗にまとめてください
不思議な
将来こうなりたいって
強くは特にずっと
これまでもなかった感じなんですかね
ないですないですないです
じゃあ
そういう人って
どういう考え方をする
僕もそんなに将来明確に
めっちゃこんなことをしたい
っていうのがあるわけではないんですけども
何なんですかね
目の前に何か出現してくることを
好きが嫌いかで進んでいく
みたいな感じなんですかね
それはありますね
急確には従おうと思っている
っていうのは強くて
なので今目の前に起きたこと
これはした方がいいと思ったら
絶対しようと思いますし
その中でだんだん自分がこれがうまく
こだわり切れてないって思ったら
いやいやこだわらないといけないって
引き止まるようにしたりとかっていうのがあって
どっちかというとこだわる時間をなるべく取るように
目の前のことにこだわっている
っていうことが多いですね
こだわるってどういうことですかね
ここまで調べなくてもいいのに
調べるみたいな感じなんですか
はい
実際例えば原稿を書く上で反映される可能性は
1ミリぐらいしかなくても
知っておきたいから調べるとか
うん
もう病的な感じになってくるまで
調べたいみたいな
小さい頃のニッチなことを知っていると
ちょっと一目置かれるというか
そんな経験が効いてきているようなイメージが
うん
なんか効いていると感じますね
うん
知っておいたら後からこう
なんか効いてくるかもっていう
54:00
感覚があるのかもしれないですね
ありますね
あと逆にちゃんとやってないと
失敗した時に合ってなかったからだって
思いたくもないっていうのもあって
ここまでやってちゃんと
やったけど失敗するのと
あそこ調べきれてなかったな
で失敗するのと
ではちょっとまた感じ方
受け取り方が違ってくるっていうことですね
なるほど
漢字の検定の時に
あの漢字出えへんやろテストに行くまで飛ばした
出たかって思いたくない
なるほど
そんな感覚ですね
今の興味はどんな感じなんですかね
今の興味はそうですね
でも純粋に文章を書く上でもっとちゃんと
いい文章が書けたらいいなとか
文章の依頼の中にも
今までお話の中では
ウェブ系が中心に書く流れが多いんですね
ただ出版って話が急に差し込んできてるので
本とか紙媒体の依頼とかも
私の方に来ることがたまにあったりするんですよ
今度こういう冊子作りたいんだけど
作れないみたいなお話いただくことがあって
その時に私だと
対応しきれないことがまだあったりするので
なんかもうちょっとは自分の幅が広がったらいいな
と思ってちょこちょこ
いろいろ勉強しようとしています
ライターだけじゃなくて
編集的なところとか
編集というか
ウェブだけじゃなくて紙も
みたいな感じですかね簡単に言うと
紙媒体だとウェブと
いわゆる紙面の関係とか
違うところっていうのは
もう極端
一番大きいのが文字数
ウェブはある程度エンドレスというか
書きたかったら増やしましょうというところ
紙面だともう入りませんってなるので
そこの主作選択だったりとか
どういう表現にするかも含めて
まとめる力っていうのを
今ここつけたいっていう
つけられたらいいなと思っています
どんなことというか
いろいろあると思うんですけど
何か参考にしていたりとか
いわゆる
勉強の仕方じゃないですけど
どんなものがあるんですかね
そうですね
でも本当にインプットするしかないので
紙媒体を読み漁っていたりとか
実際されているところで
依頼はいただくので
プロジェクトのそばにいることがあるので
そのやっている人たちが
どういう動きしているのか
ひたすら見て覚えるという感じですね
あとはアーケードのお話とか
聞いてもいいんですかね
はい
アーケードにはどれくらい関わっていたんですかね
アーケードいつからだったかな
えっと
2016
和歌山に
2014年に戻ってきているんですけど
さっきお話しした
リノベーションスクールとか
57:02
シェアキッチンプラグさんとか
その中の要素の
もう一つ違うもので
アーケードというものに私は出会っていて
和歌山が面白いと気づかせてくれた要素の
もう一つ大きなもの
当時はアーケードが
開催して2年目ぐらいだった
2016とかだと思うんですけど
その時にクラウドファンディングをするつもりだから
文章を書ける人がメンバーにいないと
書ける人いないかって
探してたらどうも
だりちゃんっていう人間がいるから
うちで書いてもらえないという話をしていただいて
最初はクラウドファンディングの文章を書く
サポートスタッフ的な感じで
関わったのが1年目なんです
で関わって関わっていくうちに
あ 関わりだした時に
すでに私はもこさんと一緒の方が
動き出したんです
動きやすいと思ってたので
1人じゃ心もとないから
もこさんも一緒にいいですかって
だりもことして
クラウドファンディングの時から
一緒に動いてるんですね
時もというか
で関わっていくうちに
あまりに面白かったので
2年目から実行委員でどうって言われて
私も実行委員させてくださいっていう話になって
そこから
ただ去年の末の開催
2023年ですね
の開催の時点で
1歳だったので
1歳の子を連れながら関わるの
結構難しくて
でみんながこう
いろんな職業のメンバーが集まって
和歌山のことを面白くしようと思って
イベントしてるので
みんな本業ありきで
余った時間というか
なんとか時間を年出して
イベント組んでいってるんですよ
だから結構遅い時間に
この人が確認したら
今日中になるべく返してあげないといけない
みたいなことも
作業工程も多くて
子供がいると結構それができなくて
なかなか長縄跳びの
大きい輪の中に入ってしまうと
こけられないというか
っていうのがあるので
輪の中にさえ入れないぞ
って思って
これはあんまり関わっているかどうか
わからない段階に
実行委員って言ってるのは申し訳ない
と思って去年段階で抜けてる
なるほど
そうやったんですね
そうやって若山面白いって
気づかせていただいた
3つの要素の1つって感じですね
あと2つ何でしたっけ
プラグと
リノベーションスクール
なるほど
その3つがあって
若山楽しいってなって
現在って感じですね
そうですね
並行してフリーランスでも
いけるかもって思い始めて
そのまま若山に根が生えたって感じです
これからもこさんじゃないですか
はい
異動現象
だりさんはどうなっていくんでしょうね
どうなっていくんでしょうね
でも本当に
子供がある程度手離れだしたら
またいろいろできるようになるのかな
って思ったり
1:00:00
そしたら寂しくなるから
また芝県でも買おうかなって
そっち
実家の子は住民を全うして
亡くなってしまったので
なんか今これがしたいとか
そういうのって
思い描いてたりすることって
なんかあるんですか
遠くの未来のものが
私本当にずっと持たない
遠くの未来の映像を持たない人間
なので
すごい身近な
この家の隣が空き地で
そこも敷地なんですけど
そこで畑しようかなとか
そういうレベルでしか考えていなくて
でも
いつかできたらいいなって
思ってるのは
フットプリンツっていうサイトがあって
そのゲストハウスの情報をまとめている
そのサイトは時間が経つと
古くなるんですよ情報が
私が訪問した時のものを
書いているブログなので
なので
そこを一斉に新しくするか
一層
ゲストハウスで20代とかの子が
メインで動いている
ことが多いので日本では
なので
どうなったらこういうのを書いた方がいいとか
っていう編集目線で一緒にいるとか
なんかチームが
20代の人と組めるとかなって
あのサイトが動いたらいいのにな
と思ったりはしています
長い目で見ないっていうのは
なんでなんですかね
え〜
でも長い目で見ても変わりません?
けどなんか
こういう感じで
過ごしたいなとか
何をするとかじゃなくて
こうありたいみたいな
すごい抽象的な目標とか
目標っていうか
なりたい形とか
そういうのも特に
ない感じなんですかね
そうですね
なんか
ある程度心に余裕を持ちながら
こだわりたいところこだわって
手は抜きたくないって
思いはあるんですけど
それが目の前に来るものに対して
全部そういう感じで
取り掛かっているので
うん
以上って感じ
かっこいい
でもその目の前に来るものも
好きなものじゃなかったら
はいって横に避けていくんですけど
来たと思ったら
取り掛かるみたいな
それでなんかすごく成立しているのが
めっちゃすごいですね
変ですよね
でも多分ずっと前
大学生の頃の私が
いつか私がゲストハウスにハマって
サイトするなんて
本出すなんて思ってなかったっていう
実際の流れがあるので
過去の自分が未来を想像できるわけがない
って思ってしまっているところがあって
確かに
なんかとりあえず手を抜かずに
コツコツしていれば
きっと誰かが見てくれているであろう
っていう営業スタイルに近いですけど
そういう感覚の方が
強いのかもしれないですね
1:03:01
ほんまですね
そうですね
なんか
だりさんのこと知れたようで
知れていないような
あれ大丈夫ですか私
ちゃんとお伝えで
こっち側の責任です
意味ない
面白いですね
でも逆に私からしたら
なんでみんな目標って置けるんだろう
って思ったりしますね
状況が変わったら
全然変わるじゃないですか
子供が生まれたら
子供第一優先になっていますよ
私の中で今
この子が幸せであるべき状況を
どう作るか
みたいな状態になっていて
なのでテーマが
どうしても変わっていくものに対して
目標を据え置きづらいというか
そうですね
逆に過ぎていった過去の自分は
全部他人だと思っているので
はい
なんか過去の自分の判断は
あの時の私しかしなかったことだと思う
っていうことも多いですし
って思うと
なんか繋がりが
あるはずがない
と思ってしまっているのかも
しれないです頭の中で
結構不思議です
本当ですか
みんなそんな感じかと思ってましたよね
まだ私が知っているものって
世の中の本当に
すごい何分の何分の一なので
知らないものに出会っていって
これしたいってなる可能性の方が
高いなと思ってしまっているので
今出会っていない選択肢の話が
できないというか
いつかその選択肢に出会ったら
そうしていると思います
ぐらいの感じ
感じですね
そうですね
考えもしなかったことをしている可能性が
あるっていう風に思うと
次のことを決めるというよりは
今目の前にあることを
大切にしようっていうことですね
はい
大丈夫でしょうか
ありがとうございます
ありがとうございます
ちょっと引き続き
いろいろお話したいところですね
私にも気づきが多くて
ありがたいです
違った視点というかお二人の
またお迎えの時間もあるかと
思いますので
そろそろ締めの方向に
向かっていきたいと思うんですけども
毎回ゲストの方にお伺いしているんですけども
だりさんが今
和歌山で気になっている人とか
この人のルーツ的な話を
聞いてみたいなって人とかっていますか
はい
事前にアポイントも何も取ってないので
2名の方一応お名前を挙げてもいいですね
はい
一人目がアニマデザインさん
アニマデザインさん
はい
この前ARCさんでも
コスパ展をしていただいた
女性なんですけど
お子さん同じように育てながら
自分の
何て言うんでしょう
したいことをちゃんと形にされているというのが
1:06:00
どういう思いでしているのか
やっぱり聞いてみたいなと思っていて
なので
あまりオープンにお顔出されてないから
オッケーしてもらえるか
思うんですけども
もし聞けたら聞きたいなと思っている方が
一人目その方と
もう一人は大橋組の道上さん
はい
ミッチーさんの愛称で親しまれている
道上さんも同じように考えていること
ぜひ聞きたいなと思っています
おぉ
二人ともめっちゃ気になる人なんで
ちょっと突撃してみたいと思います
ありがとうございます
ありがとうございます
はい
そして最後にダリさんから何か告知とかってありますか
そうですね
清水浦で時々イベントやっているので
ぜひチャイとコーヒーとクラフトビールの
インスタチェックして
よかったら遊びに来てください
っていう感じです
よく走る少年
2歳の少年を追いかけている女がいたら
それが私なので
見つけたらよかったら声かけてください
はいそんな感じです
ゲストハウスガイド100は絶版ですけども
ゲストハウスが街を変えるの方はまだ
書店とか
オンラインサイトで購入できるんですかね
はい
アマゾンでも買えますし
あとゲストハウスガイド100の方も
アマゾンで電子書籍の方は残っているので
見て購入していただくことは可能です
ただゲストハウスガイド100は
2016年に出しているので
もういくつかない宿があったりとか
あと本当に素敵だなと思っている宿だけれども
この本を出した後に出てきたので
載っていないところとかも
例えば
前にラジオで出てた
コクーさんは載っているけれども
ワイクマノさんは載っていない
みたいなそういう年代の違いは
あったりはします
はい
当時のゲストハウス100の
雰囲気を感じたい方は
ぜひ購入してみてくださいという感じですね
はい
ありがとうございます
そして最後に白石くんから
自己連絡をお願いします
キセンラジオはスポティファイや
Apple Podcastなど
各種音声配信サービスで配信しています
スポティファイで番組を
フォローしていただけたら嬉しいです
この人の話を聞いてみたいというリクエストや
番組改善のためのフィードバックも
募集中です
番組のオープニングとエンディングの
楽曲は
お寿司のトモミさんの
Our Youngです
お寿司のトモミさんの楽曲は
スポティファイで聴けるほか
お寿司のトモミ通販サイトで
CDも購入可能です
こちらもぜひチェックしてみてください
というわけで本日は
ダリさんにご出演いただきました
ありがとうございました
1:09:33
ご視聴ありがとうございました