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episode.53 後編 民宿わかたけ 花井清州さん
2024-07-31 58:43

episode.53 後編 民宿わかたけ 花井清州さん

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episode.53 後編

ゲスト▷ 民宿わかたけ 花井清州さん

今回のゲストは民宿わかたけの花井清州さんです。

talk topics

紀伊半島水害/友達がいない/compi 米倉さん/熊野のめざめ/アートな民宿/自由自屋/自分が暮らしやすい町

どうぞお聴きください💁‍♂️

番組のオープニングのエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。

楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。

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感想

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00:20
といった意味で言うと、
帰ってきたのが2011年。
東北の地震があった大変なんですよ。
準備している間に、実は子供ができまして、
長男が生まれてくるタイミングにもなるんですけど。
なおかつ、その頃いらっしゃったかどうかですけど、
台風の大災害があったんですね。
その9月5日だったかな。
台風で、子供はそのとき長男が生まれてたんですけど、
長男は妻の実家で生んで、
その夏休み終わってから帰っておいで、
9月5日に台風と一緒に帰ってきたんですよ。
一発というか、土砂崩れがたくさんありましたし。
そうですね。3日4日くらいで来てて、
それなかったら、たぶんそのときは帰ってこれなかったと思うんですけど。
水がない状態で、
本当に最近テレビで見た、
東北の地震の津波の後のような光景が、
この町にも繰り広げられてて、土砂災害で。
なちかつら町のこの辺りも結構被害があったんですね。
そうです。
全体というか、新宮の方も全部ですか。
全部です。全域です。
温泉が全部使ってしまって、なくなっちゃうとか、ありましたね。
いうときがあって、
ほぼ自分がスタートしたタイミングと、
民宿若田家がスタートしたタイミングと、
その大災害が同じタイミングだったんです。
なるほど。
子育てとすると最悪なんですよね。
水がなくて、
温泉は一応出てたんです。
うち温泉なんですけど、温泉は出てたんですけど、
温泉、子供大丈夫な、みたいな。
というところから、実は民宿若田家スタート。
ピンチなところから。
民宿若田家スタートって、その今では名前とか違う感じだったんですか?
いや、一緒です。
民宿若田家の花井さん体制が、
ごめんなさい、そのスタートからです。
大体その辺からスタートしてて、
実はマイナススタートと見せかけて、
事業としてはプラスなんですよ。
何が起こったかというと、
03:00
復興するために人がどっと来たんですよ。
そこを食事を賄える、
で泊まれるところ、
数が限られているので、
ざっとうちに流れ込んできてて、
しばらくそれで売り上げ的にはめちゃめちゃ上がりました。
というところからスタートしました。
具体的な仕事の内容としては、
もうこの民宿の運営の業務を。
そうですね、その時はメインでやってました。
お父さんお母さんもやりつつ、
花井さんも入ってという感じで。
母はやっぱり最初は、
今はもうやってないですけど、
一緒にやってくれてて、
父はその頃には、
那智勝浦町の観光協会長にすごく力を入れてた。
7年ぐらい勤めるんですけど、
してたんで、
こっちに目を向いてなかったんです。
だから非常にやりやすく、
喧嘩することなくやってた。
運営は花井さんが基本的に全部やってるみたいな。
数字も自分で見ながら。
というところがやっぱり、
親としても前回の反省を活かしてくれて、
口出さなくなった。
過程を持ったというところもあって、
口を出さなくなってくれたというのは、
はっきりとは言ってくれないけど、
多分親心として、
これ以上壊してしまうとダメなんだろうな、
という反省を活かしてくれたんだろうな、
というのはありますね。
その頃は花井さん、
どんなことを考えてたんですか?
友達がいないというのが口癖でした。
友達がいない。
本当に友達がいなかったんですよ。
バイトで手伝いに来れる同級生の女の子が一人いてて、
それがのみ友達みたいな感じで、
全然友達がいてない。
そればっかりでしたね。
実際、中学校とか高校とかは、
あんまり同級生とか付き合いたくないな、
みたいな感じだったんですかね?
そもそも、
帰ってきてないです。
県外に行ってて、
この頃から、今も課題である少子高齢化みたいなところが出て、
地元の友達も、
同級生もいてるけど、
もともとみんなが仲良く、
全員が仲良いわけではないので、
そういった意味でいくと、
本当に友達がいない。
毎日言ってましたね。
なるほど。
意外な答えというか、
民宿なんとかしようとかじゃなくて、
その友達がいなくて寂しいな、みたいな。
やることない感じですよね。
06:00
子供は可愛くて仕方なかったんですけどね。
そこからどうなっていくんですか?
民宿についてはどう進めていこうかなとか。
そうですね。
やることはとにかくいっぱいあるんですよ。
経営の仕方として、
銀行さんから、
それは知事が、
銀行さんからお金を借りて派手なことをやるっていうのは、
この建物を建てた時点であまりなってなかったので、
もちもちやっていくっていうところが、
一つなんですね。
その中でいくと、
修繕をしながら、
持続をどうやってさせていくかっていうところがポイントだったので、
そんな大きな派手な事業計画を考えるっていうのなくて、
一つだけです。
お客さんを夕食でどう満足させるか。
そこだけを考えながらずっとやっていった感じですね。
その当時からやっぱり徐々に、
口コミの点数をつけられる時代になってきていて、
その点、夕食の点数がやっぱりいいので、
お客さんが来てくれてるっていうところにつながったってことですね。
ただ何か大きく変えようっていうつもりは、
あんまりその当時はなかったですね。
若竹に関しては徐々に料理とかをグレードアップさせていってっていう?
そうですね。
そっちの友達側の方はどうしていく感じなんですか?
実はターニングポイントがあって、
その頃具合に下里に雑貨屋さんができたらしい。
フェイスブックか何かで見かけて、
下里分かります?
那智勝浦町の小さな集落。
国道沿いにある集落。
前通ってきてるはずなんですけど。
海沿いの雑貨屋さんを通ってきたらある。
あんなところに雑貨屋さんできてどうなんなんだろうって思って、
一回顔を出してみようと思って。
8キロぐらいあるんですけど。
その当時ちょっとやることもなかったし。
2歳になる子供をママチャリの前に乗せて、
8キロ山越えて自転車で。
それがコンピさんなんですけど。
ヨネクラさんですよね。
コンピのヨネクラさんだったんですけど。
09:00
前に行ったんですよね。
どこから来はったんですか?
勝浦駅のところで民宿やってて。
自転車で来たんですか?っていう話題になって。
そこからちょっとコンピのヨネクラさんと交流を持つようになって。
実は本人は否定されるんですけど、
僕のターニングポイントって実はそこだったんですよね。
ヨネクラさんはすごく人付き合いっていうか上手で、
人と人をつないでくれる人だって。
きっかけとしては僕はこの街で暮らす人付き合いのスイッチを
押してもらえた、撫でてもらえて。
そこから人と友達が増えていくっていうか、
人の関係性が増えていくっていうのがそこから始まりましたね。
具体的にはどういうことをしてくれたんですか?
例えば、今度の水曜日、僕たちの定休日に海でホットドッグ焼くんですけど、
来ませんか?って。コーヒー僕入れるんでみんなで遊びましょうよって。
行った先で別のお客さん。
選んでるかどうかは僕は分からないですけど、
素敵な、こことここが交わればいい感じになるよねっていうような人たちが
集まってやってくれてるっていうのはであったりとか。
ちょっと一緒にお酒を飲む、みんなでお酒を飲む人を集めてくれるとかっていうのは
その時の僕としてはすごく友達がいないっていうのを口癖にしてた僕としては
そこにいろんな人との出会いがあったっていうのは
米倉さんきっかけではすごく
刺激的というかその辺から変わっていった感じですね。
米倉さんとの出会いがもう帰ってきて結構すぐな感じだったんですか?
僕からすると2,3年経ってます。
もっと言うとその間に一回体調を崩してて
ラーメン好きで太り始めてて
体調を崩して
ラーメンで?
ラーメン。食生活とあとは例ですよね。
言って結局不健康な生活をしてたんで
睡眠の取り方とかも決めてたんで
それは仕事上そうなっちゃうって感じなんですか?
いや、僕の性格上ですね。
ずっと引きこもってた体質であったのとか
夜更かししちゃうタイミングとかっていうところですね。
具体的に言うと不安障害が起きたんですね。
何が原因かわからなくてめっちゃしんどいみたいな。
どういう病気というか?
精神的なやつです。
打つみたいな感じで
一般的な言い方もいろいろありますよね。
精神的に脳内の調子がおかしいみたいなところがあって
12:03
生活をその頃に改めないとダメだなって思って
ランニングを始めました。
ランニングをやってますって言いたくて
その時からランニングが好きでって始めたんですけど
そういう出会いがあったりとか
あともう一つのキーワードでいくと
若丈の夕食がある程度形になったので
次何ができるかなってなったら
食事できるって言ったらお酒?
日本酒をどんなものか探ってみようかなって思って
酒屋さんに行くんですけど
それは新宿屋さんっていう
この辺で一番強い地酒屋さんなんですけど
行っていろいろ日本酒を教えてもらっているタイミングで
同級生でカタハラ魚屋さんを
マグロの仲買いをやっているカタハラシゲハル
通称シゲって言うんですけど
彼もお父さんが病気になって帰ってくる
その時に帰ってきたんですけど
手土産に日本酒を持ってきてくれたんです
それはシャラクっていう宮城県の合津若松の酒なんですけど
それがめちゃくちゃうまくて
日本酒にそこからハマりだして
その頃くらいから
米倉さんにスイッチを押してもらって
人付き合いが増えてきた中で
日本酒と合わせて日本酒のイベントを始めるんです
それが34くらいの頃です
それが初イベントみたいな感じなんですか?
それがイベントをやりだしたきっかけです
いろいろ今イベントをやったりとかしますけど
それが初めてのやりだした
一応日本酒青酒っていう言い方をするので
青酒会みたいな
僕の名前もちょっと噛んでるんですけど
青酒会みたいな形でやりだして
結果第7回くらいまでやって
最終的には60人くらい集めて
若竹の広間で60人くらいで
みんなで日本酒の飲み比べをやるっていう感じの
イベントをやりだしたのが
35くらいですかね
そのくらいがそういった
今やってる基盤がここにあるってことですか
それを皮切りに
いろんなイベントを企画して
やるようになってって感じなんですか?
一歩ずつって感じですね
そのくらいから
やっぱりイベントやってると
人との繋がりってどんどん増えてくるじゃないですか
そこの出会った中で
ただやっぱり人も集めないとダメだし
15:02
イベントをやるんであれば
意味を持たせないとダメ
それは自分の趣旨もそうだし
周りがどう思うかもそうなんですけど
日本酒だけでは
僕が辛くなってきたんです
飲み会をするのか
日本酒の文化を広めていくのか
どっちなんだろう
僕が求められてるのはどっちなんだろう
すごく苦しくなってきて
日本酒自分よく知りたしいいやと思って
次何かしようかなって
頭、シャワー
イベント終わった後に
お風呂入ってシャワーで頭流してる時に
ワイン知りたいな
じゃあワインの目覚めをやろう
目覚めたいからワインの目覚めやろう
ところで近隣の
イベントを通じて仲良くなった
フレンチの人とか
バーの人とかイタリアンの
シェフを集めて
今の熊野の目覚めの場所で
ワインの目覚めってイベントをやりだした
そこからいろいろ展開してて
ビールの目覚めとか
やりだしたのが
34から35くらいまで
やりだしたきっかけって感じですかね
そしたらここはもともとイベントのスペース
ひょっとしてまずキッチンとかは
作っていったっていう感じ
そうですね
結局今でも僕の中では少しあるんですけど
父親の何気ない一言って
僕には大きく受けてしまう必要があって
ずっと倉庫になってて
ぽろっと人の集まる場所にせよ
みたいなことを言われて
DIYというか
こうやって実は作ったりするのも好きで
この熊野の目覚めの場所
基本的に基礎はできないけど
見えてるお化粧みたいなところは
全部自分でやるんですよ
板いっぱい貼ってあったりとか
それこそ天井落とすの
解体の天井落とすとか剥がすとか
あと塗るとか貼るとか
カウンターの人とか結構象徴的ですよね
とかっていうのは
やるのを楽しんでやる
人の集まる場所っていうところで
僕のできる手段とすれば
イベントに結局なったので
やり始めましたですね
なんかネットの記事とかで
アートな民宿みたいに
紹介されてることもあったんですけど
結構さっき案内してもらったときに
壁にすごい絵を描いてたりとか
あったんですけども
ああいうアート的なことを始めたのは
どれくらいのタイミングなんですか?
18:00
また後に出てくるんですけど
後に出てくるんですか?
じゃあ時系列お願いします
そっからはイベント
イベントをやりつつ
ただやられてるんで
共感していただけると思うんですけど
お金にならないですよね
イベントって
人集めでやったりとか
啓発活動にはすごくいいと思うんですけど
そこにお金がならない
意味でいくと
やっぱり商売人
ビジネスで
商売人としてビジネスで見たときに
そこをもう成り立たせないと
多分意味がない
っていうふうに思ったので
その頃に
今やってるハーズテーブルさんという
ハツラで人気のケーキ屋さんの
ユミさんと出会って
実はそのユミさんここで
カフェハナイっていうのをやって
ここでやってもらってたんですよ
そこでやりながら
イベントを色々重ねていくっていうのは
30から37から
30
コロナが始まるぐらいですかね
そのお店は
コロナタイミングで閉める感じなんですか?
コロナ
ちょっと前ですかね
色々やった中で
コロナ前ですね
閉めたのはコロナ関係なく
コロアイで
コロアイで
色々やっていく中で
やっぱり
ユミさんはユミさんのやりたいこと
僕は僕でやりたいことっていうのは
なかなか難しい
難しいなっていうか
別に喧嘩してるわけじゃなくて
成り立たないっていうのは分かったので
じゃあお互いにやりましょうっていうことで
1年ぐらいやって
ただその中で
そうですね
平間板田さんっていう有名な写真家さんの
写真展やったりとか
ハナイテキ文化祭だったりとか
ハナイテキ新年会とか
ライブイベントやったりとか
色々やってて
そうですね
その中で一番大きなイベントだったのが
熊野のお目覚め
このお店になってる熊野のお目覚めっていう
地域の食材を
地元の人にもっと
改めて
理解してもらうっていう
イベントをやりたくて
最終的にそのイベントをやりたくて
パーティスティラーの
島本さんと
一緒にやったっていうのが
多分僕のやったイベント
やって立ち上げたイベントでは
一番大きなイベント
でした
大きなイベントっていうのは
集客的なイベントですか
集客的にも自分の気持ち的にも
内容はかなり良かったと思うんですけど
どんなことをしたんですか
2デーズでやりまして
21:02
1日目は
イタリアンの
カイハミカルメさんと
あと
バーやってるブランさんと
新宮のお店に
コース料理を作って
オール地域の食材
その地域の食材は
イロ川は
千葉さん
ラクダ社の千葉さんに
農家さんまとめて
食材用意してほしいって千葉さんにお願いして
あと小坂川で
小坂川の
人の派の
今 人の派の
岩倉隆くんに声かけて
イロ川の食材
用意してもらったりとか
しながら全て
熊野の食材
マグロは茂江から
クジラは大地町の
ゆたりさんから
それをコースで出すんですけど
一品一品
お品書き
その背景が何かっていうのを
しっかり理解してもらいながら
食べてもらう
プラストークショー
端っこに舞台作って
トークショーをしながら
例えば
このマグロはどういったマグロで
葛浦はなぜマグロの町なのか
これはどういった状況で
今食べてもらってるの
っていうのを話して
理解してもらいながら
そういったことをしながら
熊野の食材に
触れてもらう
2DAYSは島本さんが
メインになってもらって
かつ熊野の柑橘だったりとか
フルーツを
日本各地の
そういったお菓子屋さんとかに
お菓子にしてもらって
それを販売する
なおかつアジアで
ナンバーワンのパティシエがいてて
新郷出身なんですけど
その方に来てもらって
そこでオリジナルのパフェを
食べるとかっていうイベントですね
そうなんですね
かなり作り上げた自信があって
そこから今の
ここの熊野の目覚めの
飲食店のコンセプトが
そこから来てるというところがあります
集大成を迎えて
一旦イベントは
お休みみたいなのですか
そのぐらいから
コロナが始まってくるんですよね
なおかつそのちょっとぐらい前から
五郎ちゃんが行き前で
なんかやるようになります
僕からすると陽キャです
コロナ期はどんな感じだったんですか?
コロナ期は初めて
ゴールディウィーク休みましたね
ゴールディウィーク何もすることなくて
自分で過ごすってなかなかなか
思いながら過ごしてました
24:04
言って
悲観的になっても仕方がないので
今できることをやってこようと思って
階段の亀紙
クロスが剥げてきたりとか
傷んでたりしたんで
業者さんにお願いして
全部剥がしたんです
その剥がした
新しいものを貼り直すかどうか
考えた時に
それこそ
熊野の目覚めで関わってた
トレーナーと
お分かりになりますかね
電車の駅に装飾を
アートを施すっていう
イベントですね
熊野の目覚め
ちょっと提携してたんで
トレーナーとの降りた
滑走路駅って展示何もなかったんです
友人なんで
あそこって作品展示できないんで
その一つとして
滑走路駅停車するのに
どこも行くとこない
時間に合わせて熊野の目覚め開催するんで
お客さん家に遊びに来ませんか
熊野の目覚めに遊びに来ませんか
っていうところで
トレーナーとの
アーティストさんの影響を受けてて
変えてほしい
結局それはタイミングが合わなく
コロナもあったんで
ならなかったんですけど
そこがずっと
アーティストさんに
何か壁に描いてほしい
っていうところが
強くなって
民宿
アートな民宿にしよう
っていうそこから発想になって
僕と関わってくれる人で
カツーラにちなんだものを
何か描いてほしい
今もそれは
ちょっとずつちょっとずつ
そういうことをやったんですね
アートの評判はいかがですか
これからかなって思ってます
なんであんまりどうでしょう
お客さんからすると
あんまりそこを売りすぎるのも
名物にしなくてもいいと思ってて
一つ遊んでもらえるところの
民宿若竹の
見てもらえるポイントの一つ
ってなってくると
人に宣伝しすぎるのも
良くないかなと思って
なるほど
料理見当てに若竹に泊まったら
何かいっぱい描いてるぐらいの
満足度を上げるアイテムの
一つみたいなところですかね
そこからは
また何かイベントだけじゃなくて
花井さんいろんな
今収録させてもらってる
このレストランであったりとか
また新しい宿とかも
どんどん作っていくんですけど
そういうのって
どの段階で
コロナ期入るぐらいのタイミングで
27:01
どんどん増やしていこう
みたいな考えはあったんですか
コロナ入ってからですね
入ってからなんですね
やることなくなったから
みたいなところはあるかもしれないですね
それをやる時間ができたというか
時間ができたっていうところですね
まずどんなところから
手をつけたんですか
若竹で行くと
今日お部屋見てもらったんですけど
畳とかも全部変えました
なので
お風呂も全部改装したんですけど
随分とお金使ったなって感じですね
でプラス
自由自在の場所は
ずっと
あそこに貸してほしいって
めっちゃ言われるんですよ
僕は言われないですけど
父がそれを言われてて
誰にも貸してないのは
多分お前なんかせえよ
ってなって思ってて
思ってて
思ってたんで
一応気持ちを組んだつもりで
あそこをじゃあちょっと
やろう
っていうところで
ホワーキングスペース
っていう形になったってところですね
ホワーキングスペース
どこから出てきたんですか
きっかけは何だったかなって感じですよ
けどやるって言って
お金かけちゃったんですけど
うすうす
気づいてたんですよ
やるにあたって
それこそ
小泉さん
小泉さんに訪ねて行ったりとか
小泉さん
ホワーキングスペースどうですかって聞きに行ったりとか
そこで紹介してもらって
りこさん行ったりとか
ことばさん行ったりとかして
もう分からないねこれみたいな
いや難しいな
持続をしていくのはすごく難しいな
っていう風に思ったんですけど
それこそ
それでホワーキングスクールっていう
オンラインで
ホワーキングの
ワークショップをしてくれる機会があって
そこに参加した時に
儲からないけど
コミュニティとしての
地域のコミュニティとしての
あり方っていうのをすごく知る
そこで知ることになりまして
それこそ
記憶でやってるその方たちも
そのつもりでやってる
ところで
意識がそこですよね
僕はこの
街で
生きていく
暮らしていく中で
どう暮らしやすく
いけるかが
これからの僕の
課題でして
30:00
例えば
福祉
とぼけた喫茶店っていうイベントを
やったんですけど
認知症の人たちが
1日限りの
限定のレストランで
ホールスタッフとして働く
働くことによって
認知症の人に対する
意識・イメージを
地元の人に
関わってもらうことによって
変えてもらうっていう
啓発活動のイベントだったんですけど
であったりとか
教育自由次亜では
塾やってるんですけど
子供
僕が
冒頭に戻るんですけど
全部シャッター開いてたけど
今ほとんど閉まってる
僕は
その土産物屋さんを
いっぱい開いてた中で
やっぱり
賑わってるのを
体現してきてるんですけど
僕が大人になってみて
プレイヤーになった時に
それがないんですよ
それはすごく寂しいことで
ただ
時代的に仕方がない
けど
子供たちが
やっぱり帰ってこない
田舎でこんなに
寂れてしまうと
帰ってこないのが
僕としては上がらないけど
それはすごく寂しい
っていうところで行くと
もう少し子供たちに
この街で
思い出作りだったりとか
体験をしてほしい
っていうところで
今ちょっと
ポノラボっていう
中村さんっていう
女の人が
塾の先生してくれてるんですけど
そういう塾を通して
今度の夏祭り
子供たちで
出展してみようぜ
そういった
企画を考えてたりとか
してますね
話ずれましたね
いやいやいや
なんで
そういった
場所作り
それは僕の思いだったりとか
僕が暮らしやすく
なるための
場所作りとして
自由次亜という
自由次亜という名の
コワーキングスペース
コミュニティの
スペースが
できたらいいなっていうのが
僕の今の一つの夢です
今実際どうですか
やってみて
そういう場所に
近づけていってる感じですかね
とはいえ
同時進行で
なかなか難しいな
熊野の目覚めも
苦悩の前で
やりたいこと
たくさんある
やれることが
たくさんある
という言い方が
あったらしいんですかね
っていうところでいくと
コロナが来て
今お客さんが
戻ってきた中で
優先順位どうなの
みたいなところは
僕の話です
今はこの民宿若竹と
熊野の目覚めと
自由次亜と
三原という感じですかね
そうですね
主にやってるのは
三原で
やろうと思ってる
イベントとしては
第2回目の
高校生レストラン
高校生の思い出を
作りたい
33:00
高校生レストランと
福祉のイベントを
もう少し
別の形の
福祉に対する
イベントを
やりたいなというのは
考えてるところです
そうなんですね
なんかもう
若竹としても
お客さん戻ってきて
順調で
花井さんの中で
やりたい場所が
どんどんできたりとか
イベントすることで
友達いない問題が
解消されたりとか
してるって
なんかすごい
順調な感じに
見えるんですけども
今ってなんか
どういうことを
思ってるかが
気になるんですけど
これは
こうやってイベントを
やり出した
やり出す中で
僕は
3つの柱があって
その柱を保つ
バランスが大事だと
思ってるんです
1つは
この民宿を含めた
生活していくための
仕事のことと
あと
家族のこと
やっぱり
自分
子供
すごい僕好きなんですよ
子供の家族を
ないがしろにせずに
それができるかってことと
それ以外の
コミュニティスペース
だったりとか
こういう
イベントを
いろいろやっていく
ってところですね
その3つのバランスを
崩さずに
仕事がんばりすぎると
家族殺す感じするし
遊びすぎると
売り上げ下がってるし
っていうところを
そこを
そこのバランスが
崩れるんであれば
やらない
そこをすごく大事
大事っていうか
気持ち入れてやってる
ってところですかね
今はそのバランスも
いい感じに取れてるかな
っていう感じで
聞いてみないと
分からないですけど
オカミがなんていうか
めっちゃいいっすね
そこっすね
これからは
ハナイさんは
どうしていく感じなんですか
大きな目標っていうのは
なくて
結構
今までやってきたことに関しても
やる
って決めて
やることが大事だな
やるって思ったんだったら
もう踏み出そうぜ
みたいな
アーケードの会で
たぶん小森さんなんかも
結構その初期衝動
っていう言葉を
すごい使ってて
してたんですけど
それってすごい大事なことだな
と思ってるので
自分が基準としては
何かをやっていくっていう
長期的な
ビジョンはなくて
今目の前にある
36:00
やることを
一つずつ
やれることを
やることを
一つずつ
こなしていく感じ
やりたいことを
やっていくって感じですか
それが最終的に
結果
自分の
この街で
ポジション
ポジションっていう
意識はないけども
暮らしやすくなっていくための
一歩一歩かな
っていう意識ですかね
そうですね
なんで
このなちかつうら町で
見ると
後郎くんが
すごい頑張ってて
頑張ってて
やるんですけど
ちょっと憧れるんですよね
パーケードだったりとか
やってることは
すごいなと思いながら
僕もすごく
刺激を受けて
やってるんですけど
それこそ
キセンラジオを聞いて
洋家には
かなわんなって
じゃあ
陰家には陰家の
流儀があるんじゃないか
って思って
僕は僕で
中でやれることを
やろう
この町で
やれることを
やろうっていう感じが
僕の今の意識ですかね
花井さんの
食商堂っていうのは
何なんですかね
この活動の
何でしょうね
今となっては
高校生レストランも
とぼけた喫茶店とかも
そうですけど
僕が主役じゃないんですよ
前までは
花井的文化祭とかって
僕の名前で
やってたんですけど
どちらかっていうと
例えば福祉の人と
関わることによって
僕が福祉のことを
知れるとか
そういった意味の
好奇心かもしれないですね
なんで
僕は前に出なくて
この町に
いいことである
っていう風に
言われたんだったら
一緒にやろうかな
みたいな
いうところの方が
強いな気がします
そうなんですね
なんか結構
花井さんの
ルーツの話を
聞いてて
引きこもり期から
戻ってきて
バリバリやるまでの
間が
つながってないっていうか
急にどうしたって
感じになってるんですけど
そうですよね
それこそ
人の出会いだと思います
34くらいの時に
米倉さんと出会って
それこそ米倉さんだけじゃないですけど
いろんな人と
出会うことによって
僕の中で
インプット
吸収できるものが
増えていって
そこから
コツをつかんだ
っていうのが
そう
言いたかった
今日言おうと思ってた
言い方が
言いたかったことの
一つとしては
陰キャでも
スイッチが入れば
できるようになるんだよ
変わってくっていうのは
やれることを
やろうぜ
みたいなところは
理想とかって
あるじゃないですか
けど
理想って
案外叶うものではなくて
夢見がちなんですけど
一歩一歩やっていくことによって
39:00
人と人間っていうのが
形成していくんじゃないかな
っていうのを
僕は
今体現してる
って感じです
なるほど
なんか衝動が
話その中に
むっちゃあって
今やってるっていうよりは
いろんな人に
影響を受けながら
影響を受けながら
ちょっとずつ変わってきて
変わっていく
っていうところがあって
逆に
僕は
それは向いてない
と思ってて
体調を
崩すのが
一回
体調崩してたじゃないですか
不安障害で
体調崩してから
あの頃に戻るのが
すごく怖いですね
やってしまうと
結局さっき言ってた
3つのバランスが
保てなくなる
何も動けなくなって
しまうので
無理はしない
その中で
行くと
大きなこと
できる範囲のこと
まず一歩ずつ
進んでいく
それが
誰かの理想になったら
いいなと思うんですし
そこまで
アーケードめっちゃいいな
と思うんです
アーケードイベント
やる意味とすれば
もうアーケード
初年度
2019年に見た時に
関わらせてもらってて
よかったな
すげー楽しかったな
って思うんですけど
手伝いはできるけど
自分が先頭に立って
あれができるか
って言ったら
僕はそれを言われてしまうと
多分自分が壊れてしまう
だから憧れはしないけど
応援はするし
リスペクトはするけども
じゃあ同じこと
やれるかって言ったら
僕はしないし
憧れられない
それは自分を
知ってしまってるから
じゃあ
一つずつ
自分のできることを
やりながら
自分の経験値を持って
いろんな人と接してて
みんなで
暮らしやすい町にしよう
っていうのが
今の僕の考え方です
むちゃ分かります
大丈夫ですか
すごいズバッとやる
ところは見てて
すがすがしいです
憧れはするんですけど
でもその同じような
ところに行くのに
自分は自分なりの
道がある
あるっていうところを
含めて
例えば
そうです
本当にそうですよね
福祉の人って
例えば
福祉の人は
どこの町もそうですけど
福祉の人で
目立っている人って
例えば
介護士で
目立っている人とか
多分あまり
いてないですよね
けど
認知症の人
おじいちゃん
おばあちゃん
差別されてるって
福祉の人は
思っています
僕たちが
そう思ってるか
思ってないかは
置いておいて
それだけ
社会と
壁がある
っていう風に
福祉の人たちは
思ってて
それを
変えるために
行動したい
って
関わる人たちは
42:01
思ってるんですけど
やり方が分からない
であったり
するんですね
僕は
だったら
じゃあ一緒にやりましょう
ってやったのが
とぼけた喫茶店なんですけど
僕はそこに
関わることによって
福祉のことが
理解できるとか
知り合いが
できるんで
逆に僕が
相談しやすい
っていうところですね
それをきっかけに
この町の
福祉が
もう少し
日の目を浴びる
っていうか
その活躍
活動してる人たちが
もう少し
活躍できる場になったら
いいのにな
っていうのが
僕の思いです
花井さんが
福祉に
目を向けるというか
意識が行くようになった
きっかけは
何なんですか
きっかけは
結局イベントです
熊野の
熊野の目覚め
イベントのほうの
熊野の目覚めを
やったときに
そのイベントに
参加してくれてた
参加者さん
具体的に名前を挙げると
とぼけた喫茶店で
一緒にやってくれた
筒辞苑の川口さん
っていう
看護師の方なんですけど
熊野の目覚めで
そのトークショー
聞いたときに
すごく感動した
そういった
福祉の
そういった
集まりがあるから
花江さん
ぜひここに
参加してほしいんですって
あこなしで来て
あこなしで来て
すごい熱を持って
進めてくれたんです
行って
2,30人来てたんですかね
看護師 薬剤師
看護師だったり
とか来てた中で
それぞれ
自分の思いを
話しながら
自己紹介してるところに
ちょっと僕は
感動してて
感慨深いものが
すごくあったんですよね
それを知ったので
この人たち
すごい気持ちが
あるんだなって思ったら
関わってみたいと思うんですよ
そういう好奇心ですよね
はあ
その好奇心とか
人の影響を受けて
そういうことを
意識するように
花江さんがなった
タイミングって
いつぐらいからなんですかね
徐々にやと思います
ターニングポイントは
その34
コンピさんに
自転車で行ったところが
スイッチですけど
めちゃくちゃでかいですね
その考えたら
でかいなって思うんですけど
そこから
イベントをやりだして
ARCも
多分そうだと思うんですけど
いろんな人と
関わることによって
いろんな繋がりが
出てくる中の
一人の自分
みたいな
いうところが
あれですね
僕の
持ってるところっていうか
それがあって
今の自分が
出てると思うんですけど
なるほど
なんか
似て
似てるような
失礼なあれやったら
あれなんですけど
花江さんと
なんかスタンスがすごい
僕似てるような
気がします
45:00
なぜ
キセンラジオを始めたか
みたいなところが
ARCがなぜあるか
っていうところ
いやけど
最初の思いとは
多分めっちゃ変わってるんですよ
このラジオも
お店も
やっぱりそれは
途中で
たくさんの人に出会って
影響を受けて
今の姿に
なってきてると思うんですけど
なんかそれを
花江さんの話を聞いてて
僕も
そうやなっていうのが
めっちゃ思いましたね
いいですね
そしてそんな
花江さんは
これからどうなっていくんですか
さっき言われたみたいな
3つの柱のバランスを
大切にしながら
自分のできることを
やっていくっていう話なんですけど
もっと長期的に見て
こういうことしたいとか
そうですね
そういった
目の前にあるイベントを
やっていくっていう
イベントっていうか
関わり
イベントじゃないです
イベントは手段で
関わりを持っていくっていう
地域との関わりを
持っていくっていうことが
多分これはずっと
続いていくところで
その積み重ねだと
思ってるんで
大きな目標とかは
ないんですよね
政治的にはないんですよね
もう一つは
子どもと
話がガッと変わるんですけど
子どもと
正しいというか
関係性を持てる
関係性を築いてきた
なのでこの冬に
長男と2人
中1になったんですけど
2人でタイ旅行行く予定を
したんですけど
英語しゃべれんから
英語任せたって
僕勉強できんかったのに
勉強させて
ってやったりするんですけど
なんか子どもに
結局根本は
この街で僕が暮らしていく
っていうところと
あと子どもと
友達の関係性
じゃないですけど
いい関係性を築けるために
ずっと
ありきたりですけど
友達みたいな関係で
一緒にお酒飲みたいですよね
将来的に
その関係性を築く
ところだけであって
じゃあこの街が
どうなったらいいとか
僕がここから
どうなっていきたい
っていうのは
いつしかなくて
理想っていうのが
いつしかなくなってて
最終的に
気持ちよく死ねるための
積み重ねやと思ってるんで
ですね
ごめんなさい
答えが出ない
正解なんですけど
48:00
本当にその
いろんな商売が
変わっていったりとか
代々
変わっていったりする
ところも一緒の感じで
最終何をしてるか
分からないけども
でもこの場所で
楽しく過ごしていける
というか
気持ちよく
最後を迎えられるように
していきたい
そうですね
ですんで
もう
あがらえない
ここ
寝なしって話
言ったんですけど
僕はもうここに
根を張ってしまってる
と思ってるので
もう僕は
憧れはあれど
東京にも戻れないし
この地から離れられない
っていう風に
思ってるので
なったら
この街で
どうやって
暮らし
死んでいくか
っていうところが
全てだと思ってます
そのために
関わる人たちとか
そういった意味では
本当に自分の都合ですよね
自分の都合で
この街を
良くしていきたい
なので
大きくないんですよね
この街が
どうなってほしい
ではなくて
僕が暮らしやすく
するために
この街の
僕のできることを
やっていく
みたいな
ところの気持ちです
そのやってることが
面白いって感じ
ですよね
面白いと思ってくれたら
嬉しいなって
確かに
外から見ても
面白いし
花井さん自身も
楽しんでやってるというか
基本的には
とぼけた喫茶店とか
ココセレストラン
やってみて思うんですけど
今までやってきた
経験値があるんで
難しいことは
分からないんですけど
キュレーター
その人をまとめる
っていうのは
結構得意なんだな
聞いた上で
こういうのどうですか
っていう
アイデアを
そこに
お年どころして
つけるっていうのは
多分僕のできることかな
っていう風に思ってるんで
この
勝浦のプレイヤー
の中でいくと
志郎くんの
できること
僕のできること
っていうのを
しっかり踏まえながら
一緒に
みんなでやっていきたいな
っていう感じですから
ありがとうございます
うわあ
聞き逃したことは
ないですかね
なんかこう
もっとこれを
喋りたかったなっていうのは
あったら
ちょっと待ってください
はい
一旦まず締めますか
はい
毎回ゲストの方に
お伺いしてるんですけども
花井さんが今
和歌山で
気になっている人や
この人の話を
聞いてみたいなって
人とかっていますか
僕しっかり
今回準備してきた中で
一番
誰を
名前挙げよう
っていうのを
めっちゃ悩んだんですよ
ありがとうございます
それこそ
サウナが好きで
サウナで
51:00
外気浴をしながら
どういう風に
誰を紹介しよう
っていうのを
めっちゃ悩みました
絞れないんですよね
多分みんなそうなんですけど
出そうと思ってた名前が
全米農園の
井上さん
後継ぎとして
すげえ話聞いてみたいな
って思ったら
50回で
そうですね
収録されてて
出演されてて
勝浦では
誰かなって
思ってたんですけど
やっぱりその
サヨナラ友達で
よく言ってて
意見交換
ビジネスでも関わってるし
友達としても
仲良くさせてもらってる
人の派の
岩倉隆さんを
推したかったんですけど
なんと井上さんが
継ぎに押されてたんです
そうですね
どうしたのかな
っていう風に思って
ちょっとゴリップくりになってます
進めたいのは
純粋に
僕はこの人の話を
聞いてみたいって思うのは
丸住家具の森本さん
同世代で
同じ3代目なんですよ
話聞いてると
すごい
ぶっ飛んでて
めっちゃ面白いな
この人
って思ってて
すごい僕は
刺激を
話す機会があった
その時に
なってたんで
もっとこの人のことを
聞いてみたい
って思いました
なんなら
避難でも
避難の人も
もっと
クローズアップ
してもらいたくて
意味でいくと
今年僕
伊達の
ウルトラマラソン
で100キロ
完走したんですよ
すごいですね
お疲れ様です
死ぬほど
しんどかったです
中で
一緒に
一人で
走れなかったんで
誘って
一緒に
走ってくれたのが
女の子で
福田萌花さんっていう
女の子が
いてるんですけど
神奈川から
移住されてきてて
写真家を
志してる
人です
すごく
感慨深いものが
あるな
違うな
話してて
志が高いんですよね
引っ越してきた
引っ越してきて
移住してきて
そこまで
1年2年ですけど
すごく
町の人とも
関係性を築きながら
暮らしてて
なおかつ
真摯に写真と
向き合ってる
僕も写真撮るんで
その気持ち分かるんですけど
そういう中で
すごい強い
志があるな
って思ってるんで
それを
キセンラジオを通じて
改めて聞いてみたいな
って思って
54:02
本当に
素晴らしい
だなって思って
取り上げてもらえないかな
って思ってます
ありがとうございます
次はどなたに行くのか
楽しみなんですけど
皆さんに
アタックしてみたいと思います
お願いします
最後に
原井さんから
何か告知とかありますか
放送はいつですか?
放送が
ちょっと先になるんですけど
53回ですもんね
あと2回あるな
7月24日
と31日ですね
7月末に
8月ぐらいのイベントとかだと
間に合うかな
直近では
ない
直近で
イベントは
ないので
いずれ
高校生レストランと
福祉のイベントをやります
実は
民宿若竹として
今年70周年
すごい
ありがとうございます
数えてみたら
70周年だったので
何かするかどうか
今のところは予定はないですけど
関わっていただける人がいれば
見守っていただきたいな
と思います
ありがとうございます
イベントの情報は
インスタグラムとかで
確認できますか?
そうですね
何をするかによって
熊野のめざめのイベントだったり
僕のアカウントだったり
熊野のめざめのアカウントだったり
僕のアカウントだったり
あとさりげなく
自由次亜のアカウントもあったりするので
何かしらで
告知なりはすると
思うんですけど
まだ何も形が決まっていなくて
それがイベントなのか
どうかもわからないですけど
意図を組んでもらって
関われる人が関わってくれたら
僕は嬉しいなって
思います
インスタグラムをチェックしていただいて
そうですね
会いに来てもらっても大丈夫です
泊まりに来てください
泊まりに来てください
ありがとうございます
最後に白石君から
事務連絡お願いします
既選ラジオは
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各種音声配信サービスで
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番組をフォローしていただけたら
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この人の話を
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お寿司のトモミさんの
Our Youngです
お寿司のトモミさんの
楽曲は
Spotifyで聴けるほか
お寿司のトモミ
通販サイトで
CDも購入可能です
こちらもぜひ
チェックしてみてください
というわけで
本日は
民宿若竹の
花井清秀さんに
ご来店いただきました
ありがとうございました
ありがとうございました
ありがとうございました
57:01
ありがとうございます
大丈夫でしたか
大丈夫です
いや面白かった
58:43

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