1. ゆいなわさんの「聞く人」ラジオ
  2. V.42 華道家元池坊教授/絵本い..
2023-11-12 54:22

V.42 華道家元池坊教授/絵本いけばな講師・戸祭瑞香子さん「出会いが宝物」

今回は、華道家元池坊教授、そして絵本いけばな講師/作家をされている戸祭瑞香子さんにお話しを伺いました。華道を教えながら、そして絵本といけばなを組み合わせた「絵本いけばな」のご指導もされている戸祭先生。「いけばなから人がわかる」など、先生だからこそわかるお話を、様々にいただきました。
絵本いけばな:⁠https://ameblo.jp/ehonikebana/
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ゆいなわさんの聞く人ラジオ。皆さんこんにちは、ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。
今回は、華道家元池坊教授、そして絵本いけばな講師・作家でいらっしゃる戸祭瑞香子さんにお話を伺いました。
華道を教えながら、そして絵本といけばなを組み合わせた絵本いけばなのご指導もされている戸祭瑞先生。
絵本いけばなのお話から、いけばなから人が見えてくるといったことなど、様々にお話いただきました。
華道家元池坊教授・戸祭瑞香子さん「ちょっと喋らせてもらうと、絵本いけばなははっきり言って、趣味で始めたんですよ、もともと。」
戸祭瑞香子さん「もともと、絵本が好きとか、仕込みが好きとか。」
華道家元池坊教授・戸祭瑞香子さん「本とか、絵本の世界とか、あとは雑貨とか、手作りを絡めるので、前口を広げたかったです。
他の分野の人との交流が、より広がるような気がした。」
戸祭瑞香子さん「例えば、絵本が好きだったりとか、雑貨が好きだったりすると、絵本を作ろうとか、
絵本に入っていくとか、雑貨だったら雑貨を作ろうとか、そういうのに入っていく気もするんですけど、
それを繋げていくみたいな、それを繋げるみたいなところに興味があるのか?」
華道家元池坊教授・戸祭瑞香子さん「そうですね。」
戸祭瑞香子さん「ああ、そうですか。」
華道家元池坊教授・戸祭瑞香子さん「つなげることに興味があって、ちょっとこれは、来月の題材を持ってきてみて、
こういったものを変えるというか、こういったものを、今何冊家にあるか分からないんですけど、
これは親家屋敷ですけども、例えばこういうのを見せて、結構大きいものを見せてるんですけど、
どこの描写でもいいので、自分のイメージに合う描写を背景に作ってきて、それに合う花をいけよう。
って言ってこれを先に見せておいているんですね。
持って、普段はもっと真面目な方の時もあるんです。宮沢賢治とか。
今月はちょっとベストセラーに、昔なって100万回来た猫だったんですけど、
こういったものを、例えばどのページからインスピレーションが湧くのかっていうのから始まって、
自分でその世界をどう表現できるかなんですね。
っていうのを毎月やってます。
だから話しだけの場合もありますし、長いものもありますし、
03:05
本好き、国に好きになった、元々の原点はもちろん自分の絵本好きだったのもあるんですけど、
子供が通っていた幼稚園にものすごい多数の絵本があって、
そういうのを見聞かせるのが元々で、どうせだったらこの本で何かできないかというのもありましたし、
やっぱりどこかに行くと雑貨を手に取りたがる。
女性はあるあるなんですけど、じゃあそれを何か絡められないか。
ということをだんだんやっていったら、好きなものと好きなものと好きなものを融合させるようになっていってしまって。
そっかそっか。元々お花が自分の中から。
そういう雑貨的なものとか、こういうミニチュアの世界が表現できたら素敵だなとか、
もしくはこの本のテーマにできたら素敵だなというのから始まったのが絵本いけばななんで、
今生徒が別の土地でやり始めています。
ご自身で始められた教室の。
絵本いけばなを何年も通っている子たちがまたそれをさらに教えて。
生徒さんが今度先生になった。
はいはい。
すごいそれ。
だから教えることもできますし、もうちょっと公式にいろいろ年上的なものもそちらでも作って。
今やっている子どもたちがあっという間に大人になるので。
そうですね。
大人になった時にやっぱり自動教育なり、あとはそういう芸術的な場所に行くかもしれないし、
会場とか、それこそ本が置いてある場所に勤めるかもしれないですし、
あとは施設とか、可能であれば病院とか、あまりそういうのを見て歩けない人たちに
ちょっとそういう気持ちになってもらおうというか、
無機質な空間に置いてもらえるもの。
あとは海外でもできるっていうのが大きいので、海外の題材でその土地で手に入ったものと手に入ったものを組み合わせてやっていただいて。
日本の子が留学した先でワークショップをやって、それをまたアップしてくれて、そういう交流もやっているので。
すごい。
いろいろ広がっていくなっていうふうに思ってやっています。
最初は当然手探りでしたね。
最初の1年目は、毎年発表会をやっているんですけど、
最初の1年目は全ての作品を全部自分で作っているんですね。
ああ、そうなんですね。
分野がなかったので。
自分で何点も。
いっぱい作って。
2年目は今その時に習いに来ている池原の生徒に参加してもらって、全部出してもらったんですね、その作品を。
06:08
3年目で初めて講座を開いて、毎月の講座をやって、1年の集大成として発表会という形にしたのが3年目からです。
そっか。
それは先生がその時で発案というか講師を。
そうです。
今12年、それが。
そうですね。だから最初2年はそういった感じではちょっと違うかもしれないですけど、3年目からはそういう感じで。
あと稼働がお金がかかる世界だと思われがちなので、実際物によってはかかってくるので、そこを抑えたんですね。
いろいろ工夫して、いろんなことやって、カラフルなスポンジが5つあったら、そこにこういうランホルダーというのを入れて、
それをそこからこういうカラーの太い目のワイヤーがあるんですけど、ビニールコーティングした。
それを頭につけて、そこに花を入れることでハラペコアオムシ作ったり。
はいはい。
いろんなことやってるんですね、毎月。
そっか。それはもうやりたい、その生徒さんたちの想像とやりたいことで、
そうですね。
作品なんかも無限に広がっていくわけですから。
そうですね。
最初はずっと私が提案した材材と私が持ってたもので作ってもらってたんですけど、
3年ぐらいだけ途中、本人が選んだ材材と本人が選んだもので作るっていうのを3年間ぐらいはちょっとやってみましたけど、
なかなか難しいんですよ、それが。
難しい。何が難しいんですか?
やっぱり自分で入れ物も選ばなきゃいけないし、自分で作品も選ばなきゃいけないし、
どうやって作っていいか分からない。
自由度が高すぎちゃって。
そうです。
それが難しくなっちゃう。
そうですね。花は私が選んでおくんですけど、
でもそのやっぱり同じようにって言われてもできなくて、
で、その2,3年の間だけはプレゼンもしてもらって、
おーすごい。
毎回、幼稚園児でも。
そうなんですね。
なんかもう、何でこれ選んだの?と。
この作品のこの場面は何でこれにしたのかと聞くという。
だから今の子ってアウトプットが少ない時代というか、
そうですね、いっぱい入りはするというか。
そうですね、あんまり対話が少ない世代というか、
だからこそ自分から発信する、表現を発信するっていうのも大事かなと。
絵っていう表現もあるんですけど、絵でもなくて、
それは歌とか絵で表現する、できる子はそういうのでいいでしょうけど、
画面上で何かを作っていくのもいいんでしょうけど、
私としてはできれば自然のものを相手にやってほしいんですよ。
09:03
常にパソコンに向かっている人が趣味でもパソコンを使っていたら
休まらない気がするんですね。
パソコンなんてやっぱり自然のものなので、
ちょっと携帯を置いて、ちょっと画面のあるものを置いて、
自然と向き合う時間をあえて作ってもらって、
それであえてその時はそういうものから離れて、
ぼっとしてほしいんです。
本ももちろん電子書籍でもいいんですけど、
ちょっと読むとか考えるとか、
ちょっと普段使ってないような部分を使ってぼっとする。
すごい大事なことかな。色彩に触れるっていうか。
そうですね。実際に手を動かして触るみたいなこともありますし、
それで形になっていく、何かしらになる。
そういうのを見ているのも好きなんで、
だからどんなのを作るんだろう。
この人どういう才能を持っているんだろう。
そういう意図があって、ここにこれを指したんだとかね。
だから多分生徒さんを持つってことが、
私も楽しいのかなっていう対話もできますし、
自分が作らないものを作ってくださるから。
この方じゃないとできないものってあるんですね。
お花の先生あるあるだと思うんですけど、
花の作品を見て、なんとなくその人の今の状況が分かったりするんですね。
それは分かりそうだけど、どういう感じなんですかね。
やっぱりたくさん見てるし、生徒さんと違うでしょ。
何が見える?
やっぱり花に対しての意欲が違ったり、
今までこういう乱れがなかったようなところが乱れちゃったり。
それは例えば長く付き合ってたりすると。
余計分かります。
分かりますよね。
あと今まで好んでたものを後ろに持ってたりするんですよね。
花の色、何を前面に出すかで、もうそれも分かってくるんですね。
あとやたら全部取っちゃう人とかね。
やっぱりあるわけですよ。
それってどういうあれなんだろうっていうか。
それ見たりとか、なんかするんですね。
しないですけど、経過を見てます。
経過を見る。
お稽古来るたびに変わっていくので。
それは上手くなっていくっていうのもあるんですけども、
やっぱり心の状況がいけばなって必ず反映されるんですね。
なるほど、分かります。
だからやっぱり自分が花で変わる人もいる。
今まで路線が急に変わる人もいるんですよ。
だから時々自分で教室に花屋さんが来るときがあるので、
自分で選んできてもらうんですよ。
そうすると選ぶ色でも。
その人のコンディション、その時の状況によって。
好みもあるでしょうけど違ってきますよね。
今までラテン的なものばっかり入れてたのに、
12:03
心境変化ありましたねとか言ってたんですよ。
どうしましたっていう。
そうですよね、ありますよね。
あとは今日、あなたもそうだけどキラッキラしてるよねとか言ってて、
そしたら本当にそれも偶然だったんですけど、
先生、私、結婚決まった。
花を通してもそうですし、その人自身から感じられるものを
先生はカッと感じて、感じたままとしてキラキラ?
みたいなことを言ったら、どうやら何かある。
そうです。そんなことを言ったら、
別にそういう目で私はいつも見てるわけではないんですけども、
実はそれもあってユイナホさんにも声かけてました。
なんだろう、それ。
ユイナホさんの情報は私は一切なかったんですよ。
でも、ん?なんかこの人、ん?っていう。
いつも感じるものがあったんですよ。
イケてるの見てても。
いっぱい人がいるので、
止まる人ってよっぽどなんですけど、
気になる人、止まる人、気に止まる人。
作品見て、ん?っていう。
どういう人なのかなって思うような方だったので、
やはりって思いましたね。
ありがとうございますよ。
いや、全然そんな話で見るようにしてるんですけど、
そうですか。
何かこう、ん?っていうのをお持ちだったんですね。
そうじゃなかったら、なかなか声はかけないですね。
そうですね、柿のところのお部屋で。
それは言ってくださった。たまたま言ってくださった。
僕自身はただその花と向き合って、
やっぱり学んで最中というか一生懸命、
その時々でやるんですけど、
それにもやっぱり何か現れてるわけですからね。
先生として見えるわけですよね。
私多分皆さんにも、この方が来てくれたら、
どんな世界を見せてくれるんだろうって。
私も自分が教えてるんですけど、
生徒さんから受けるインスピレーションがたくさんあって。
はいはい。
じゃあもう小さい頃から稼働をされている?
まっすぐ来ないタイプだったので。
あ、そうなんですね。
ものすごいこう回って回って。
自分の意思でここに来たって言いたいっていうところがあって、
しばらくアレンジメントにつく力を入れてた時期もありましたし、
そうでたとえ園芸の方に行ってみたり、
いろいろ、なんて言うんですかね、
デジタル的に造形の方に行ってみたり。
だからこう、いろんな今までやってないような、
池坊の人はやってないような方をこう持って見ててみたり。
あと、野外の森の中で行ける美術展があったんですけど、
それもたぶん10年近く出てたかな。
毎年野外に行って森に行って、
15:02
そこのものを使ったり持って行って、
作品展示するっていうのもやりましたし、
いろんな切り口を自分で掴んできて、
それで最終的にはやっぱりここが一番で、
自分で納得して戻ってきます。
戻ってきたっていうか、抵抗に当てましたけども。
そうなんですね。
だからこそ分かることも当然いっぱいありますよね。
いろいろ見て体験されてるから、今の自分もされてる。
比較ができます。
そうですね。ずっとやってるやつ。
それはそれでまた素晴らしくですね。
ずっとっていうのもありますけど、
やっぱり別の場所を見てるっていうことの比較で、
今があるっていうのは。
他の先生にも就いた時期もありましたし、
それは親子だとちょっといろいろあるので、
それでそれをさせていただいてた時期はあったんですけども。
最初は親子?
から習ってましたけど、途中からやっぱり地下先生に就いたり。
途中って何歳とか?
もうやっぱり20歳くらいだったかもしれない。
20歳くらいまでは親子さんにそばに?
そうですね。でもそれぐらいにちょっと、
例えば立科っていう分野だけは地下先生のところに行ったりして。
でもいろいろやってるうちに、
ちょっと親が、親がっていうか母が、
要はすごく勉強家だっていうことが分かったんですね。
本当に勉強熱心な人なんですよ。
なので、これはやっぱり素直にここで学ぼうみたいな気持ちになって。
それで気持ちが変わって、
自分からお願いしてやらせてくれてる。
だから適材適所というか、
その生徒さんが何を目指してるか。
やっぱり自分の感性を磨くために趣味としてやってくれてるのか、
あとはちょっと気分転換っていう人もいるんですし、
あとはちょっと突き詰めてみようかな。
いろいろやってみて、学びたい。
っていうか学ぶときは集中したいっていう人もいれば、
将来的にもしかしたら教えるのもありかなとかね、
いう人もいるじゃないですか。
ケバナって定年がないので、
要は80代、90代の先生がバリバリ教えてるっていう世界なので、
そういう意味では楽しみとしてやってくださっている方もいるので、
だからいろんな人がいる中で、
やっぱりそれに合わせられるのは、
多少なりとも遠回りしてきてよかったかなと。
そうですよね。
やっぱりその先生だからこそ見える。
いろいろな方とも付き合ってますし、
お花だけずっとその池の上だけじゃないからこその視点をものすごくお持ちでいらっしゃる。
絵本っていうものも例えばあったりとか。
そうですね。ある程度は沿っていきたいっていうか、その人に。
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そうですね。そういう表のものをちゃんと出してもらって、
その人のやりたいところをちゃんと導いてあげるみたいなところを。
洋作っていうのは、もやっとしてる部分を
ちゃんと先生がやってくれるときにはキュッとはっきりしたものがありますよね。
そこの綺麗とか良いっていう基準みたいなものを、
やっぱり長年の経験なのか、やられてるから分かるのか見えるのか。
その辺がやっぱり生徒としてはすごいって思うところはあるんですよね。
でもやっぱり先生は生徒さんのを見てて、
もしこうしたらいいな、こうしたらいいなっていうのはパッと分かるんですよね。
そうですね。だってそんだけ時間かけて生きてきたのは、
やりたいものがあるからその形に行き着いたわけで、
それが取られるとは思わないわけです。
でもたった一本ここだけ迷ってるとか、
ここだけちょっと分からないっていうのは多分あるんですよ。
そこがここですかみたいなことで、
そうなんですよって分かると喜んでくださることが多いので。
私もそこがちょっと気になってたんですみたいな。
だからそこだけを変えるっていう。
そこだけのヒントが欲しいだけだったりするので、
だからそこに寄り添えるかどうかなのかなって思ってやってます。
そう思うと先生は生徒さんが作っている作品、お花を見るっていうのも、
そしてこうしたら良くなるなっていうのを見ることもしていながら、
さらにこの人今コンディションはこんな感じなんだなとか、
そういうものを見たりとか、いろんなものが見えてるってことですね。
見ます見ます見ます。
普段我々がやらないことをやってくれて、
それをもしかしたら使えるかもしれないという方向もあるので。
なるほど。
楽しみです。
面白いですね。
その生き花をあそこに行ったのって2年前とか、
たぶんそんなぐらいに初めて本当に行ったぐらい。
昔お母がやってて、その教室に子供の時に一緒に行ったぐらいは覚えてるんですよ。
あ、かずみやってらっしゃったんですね。
今はやってないですし、
その当時やってたのをみんなやってるなっていうのを知ってるぐらいなので、
実際に自分で指してたってことはないんですけど、
ただ特にそれで生き花に抵抗とかはなかったんですね。
子供がそういう教室が、子供教室みたいなのがあって、
友達みんなで行こうよみたいな感じになってるのを、
僕も一緒に行かせてもらって、
ちょっとやってみようかなって思ったら、
これはちょっと面白いぞってなって、
実際にビギナーズに会話していただいた。
やっぱり面白いなって感じたっていう。
じゃあ、奥様がついていくんじゃなくて、
ご自身がついていこうと思ったのは、
その興味があったから。
21:00
そうですね。
友達の方は、
まあでもお父さんが来たりもしますけど、
両方どっちか来たりしますけど、
僕は自分の分をお願いして、
僕のサースのものを用意してくださいと申し込みをして、
子供と僕みたいなので、
やったのは僕だけだと思って、
やらせてもらったほうがいいなと思いながら来たんですけど。
そうですね。
子供はどっちかというとそんなに開かなくて、
興味全然ちょっとやったらもうどっか行っちゃうみたいな感じだけど、
落ち着きやってたっていうのがあったので、
それがきっかけではあるんですか?
そうなんです。
最初は。
だから大人とは違うスピード感が実は必要で、
そういうことか。
飽きてるわけじゃないんですよ、実は。
集中してる時間に終わってないだけ。
本人はちゃんと完結して終わっているので、
だから集中してると私は言ってるんだけど、
終わった後に待つ時間があったとしたら、
それは仕方ないかもしれないと思ったりするんですよね。
だけどデッサンさせたりして、
必ずデッサンして、
字書けないぐらいのちっちゃい子でも、
一応お花の名前も書くようにしています。
小学生以上になると、
ちょっと勉強系というか、
いつも点数とかをやる訓練が付いちゃってる子が多いし、
割とそういうことがすごいみたいに思う子もいるので、
一応毎回、
今日は7種類使ったって1個1個言わせてって、
7分のって書いておくんですよ、ノートに。
デッサンしたら一応サインしてあげて、
それ以外に7分のって書いて終わってから並んで、
じゃあ花の名前言ってこうって言って、
1個ずつ言って、
3個だったら3個、
7種類だったら7分の7とか書いてあげると、
自分はこんだけ言えたとかやって。
今日は秋の七草を教えようと思っているので、
七草を覚えたらプラス7とか、
あともうちょっと大きくなると、
草冠に秋で何だとかね、
ちょっとそういうのとかで教えるとか、
多少面白くやるっていうか、
関連づけるというか、
そういうふうにちょっとしようと思って、
だから興味が湧いているうちに、
興味の湧いていることをやりたいっていう、
次はこれしますかっていうのをやると、
やっぱりその路線になってくるので、
同じ路線ではみんなが行かない。
速度も違うし、思いも違うし、
だから自分自身はそういうので、
いろんな間口が引き出しが自分でも必要なので、
24:01
エモいけばなみたいに、
半分は趣味でやってるような世界だと、
プラス楽しめるというところがあって、
やってますね。
いろんなことやってますね。
今も?
そうですね。
当時というか。
当時もそうですよね。
でも大一生の先生で、
ずっと教室やりながらも、
ずっと京都に勉強に行き続けて、
ずっと京都でお花を家庭に出し続けてるわけですよ。
花話くん。
私、途中10年くらいできてなくて、
家のことやらなきゃいけなかったし、
自分から離れられない時期があったので、
それをやれなかったので、
その時期に絵本とか野外を思いついて、
要は自分ができるエリアでできることをやろうという風に
気持ちを変換させて、
あと小学校とか文化祭的なものもあった時には、
そういういけばな体験みたいなのを、
みんなでお金かけないでやろう。
多い時は350人くらい分を用意して、
小さいんですけどね。
小さいですけど、
生徒さんとか経験者とかお母さんたちに手伝ってもらって、
7分間くらいしかないんですけど、
回していかなきゃいけないんで、
どんどんどんどんやってたり、
そういうのを繰り返して、
今までやったことがない。
でもそれやってわかったのは、
女子の参加率が高かったのと、
男の子が必ず、
お母さんやおばあちゃんなり、
お世話になった人にあげようとするんですよね。
偉いとか思いながら。
女子は自分で飾りたいんですよ。
見てほしいっていうのもあるんですけど、
どっちかと自分なんですよね。
悪いわけじゃないんですよ。
なんとなく統計上というか。
男の子は誰々にあげるんだ?
というのを聞くんですよ。
泣きそうになりますね。
男の子は多いんですね。
多いです。
何色の器じゃ嫌だとかも言わないですし、
仮にピンクが来ても、今の子の方が抵抗ないですけど、
何色の花が来ようが、
変えてくれとかも言わないですし。
女性の方が変えてくれとかもあるんですよね。
でもそれがちゃんとした器の時もあれば、
手作りみたいなのをして、
費用がなくてやった時もありますし、
さっきの屋外展をやった森に行って、
ここのチラシを配るから、
ここの森のやつで切らしてくれとか言って、
学校のPTSをみんなで行って、
1人2本ずつカゴを背負ったりしたりしてね。
27:04
2枚ずつ行くように切ってきてください。
1人50枚とかやってた時期もあって。
それを入れて花入れると、
ケーキが作れる。
でもやつでいっぱい葉っぱが出てるので、
やりたかったら猫とかクマとかウサギになるんですよ。
切り方で。
そういうのを教えたりして。
2つこんなんやって。
なるほど。
だから自分が家にいなきゃいけない時期も
期間せずに活動するということを
身をもって発信できたかなと。
そういう活動をしながらできることもある。
他の先生がものすごい豪華なものを
京都で学んでる間に、
私たちは森に行って作品作りしたり、
学校行ってやったり、
絵本でやったりも
全然範囲が狭い中でのされでしたけど、
歩みは決めない方がいいと思ってはいたので、
先生としては規約はできてなかったかもしれない。
でも経験にはなると信じて。
そうやってお子さんが小さい時に
参加してくれたお母さん、生徒さんなんですけど、
お子さんが幼稚園当時、赤ちゃんとか幼稚園ぐらいだったのに
結局そうやって参加しながらお花行き始めた
幼稚園児とか小学生が
今、中3とか高校とか大学になって
まだやってくれてる。
だから本当にありがたい。
一緒に成長を見てるんです。
そうですよね。
嬉しいですよね、一緒に見てる感じ。
そうですね。
だからやっぱり諦めないというか、
そういう子たちにもそれを発信。
どこでもできるんだよっていう
ことをやっぱり言いたかったですし、
あと個人的に野外が好きだった。
森に行きたいってだけでしたけど、
それで行ってやってましたね。
森自体を私は花と見てたんですよ。
森自体を花と見るの?
植物。
だから花以外のものを作っていいと
勝手にね、私が。
森がアート。
森の中に何かを作って融合させて、
これが作品だと。
で、いいかなと。
そしてやりました、こうやって。
一時期は名前のなる木って言って。
名前のなる木。
そこはちょっとまた絵本と
ほっけばなとも違う分野だったんですけど、
自分の字とか自分の子供の字。
一筆書きを作るんですよ。
30:00
新聞紙とかでも。
絞ってぐるぐるにして、
それを丸くして、
例えばりのちゃんなら
りのって一筆書きを作るんですね。
そこにデコパッチっていうのがあるんですけど、
いろんな柄の紙があって、
それを糊でつけていくんですね。
そこにニスを塗るとカチカチになるんです。
いろんな模様の名前がカラフルな名前が、
そこで手ぐすで釣るんですね。
それを森に釣っていったんです、木。
で、名前のなる木っていう作品を作って、
私とキッズアーティストって
私が勝手に呼んでたんですけど、
の作品ですって言って、
一ブースもらって。
そういうのを毎年やってました。
違うことやって。
そっか。
だから費用をかけないけど、
立派なアートを自分たちが体現する。
で、いろんな海外からの作家が来るんですけど、
ハンコみたいのがあるんです、オリジナルの。
それを押しながらスタンプラリーしていくんですけど、
森を回りながら作品も自分がある。
で、どんぐりは落ちてる、
何々落ちてるっていうのを回って
スタンプラリーして何かちょっともらうとか。
なかなか家族で森に行くことないので、
そういうイベントにもなるかなと思って。
今はもうその美術展はなくなってしまったんですね。
ちょっと地震の影響でその後いろいろあって、
やっぱりちょっとできなくなっちゃったんですけども、
なのでいろんな間口を作って、
逆にその野外から始まって
お花に来てる子もいっぱい。
不思議なご縁がいろいろあってやってますね。
自分が動けるようにいざなった時に、
改めて自分も教育行ったり学びの学校に。
私自身も学びながら、
ほとんどは今までやってきた大人にある程度シフトして
戻るようになりましたね。
ちょっと長かったんですけど、戻れるまでが。
自分で作っていくっていうのも楽しいことだよっていうのを伝えたい。
先生がそれがお好きですし、
大好きですね。
伝えて一緒にやってくださることになってきて、
そのこと自体がまた先生が楽しいと思う。
地下テレビとかにはなっちゃうんですけど、
そういうところに取り上げていただいた時期があったときは
ちょっと感動しちゃって。
でもそれは池花じゃなくて森どこでした。
作品どこでしたけど。
木には一つ一つ顔があるんだっていうことを言って、
顔顔顔の森っていうのを作った年があったんですけど、
33:00
一つ一つの木にボートの顔をプラスチックみたいなやつで、
ボートのサイズは全員一緒なんですけど、
そこに目だけは統一してつけて、
それ以外の好きなものをそこにつけて顔を作ろうと。
それを木にずっとくくりつけてたんですよ。
だからずっと木立ちの森が顔でいっぱいになる。
その目っていうのが今亡くなってしまった主人なんですけど、
当時恐ろしい数のビールを飲んでたんです。
恐ろしい数のビール?
ビールをものすごい飲んでたんですよ。
それを私は一本もビール飲まないのに捨てるのは私だったんです。
だからちょっと腹が立ってたわけですよね。
ご近所中で一袋ぐらいしか缶の火に捨てる資源がないのに、
うちだけで一袋以上とかなるわけです。
それは私が一人でずっと飲んでもいないのですけど、
その腹立たしさをこの缶にぶつけたくなったんです。
それを缶の上を切って切り開いて、底を真ん中にして、
切ったところを全部まつ毛にしたんです。
いろんなまつ毛ができるんですけども、
それを目にしてキラッと光るんですね。
それをボードの目にして、
すべての作品の目はビール缶なんですけど、
それをベースにして子供たちにつけたいものをつけさせて。
それでずっと顔を作ってたんです。
暗くなった時に光を当てるとき、缶ってたんです。
半分払い捨てたのは当時は嫌だったけど、
でもエコというか。
でも当時は主人が僕のおかげでとかいう。
それもまだちょっと。
二重に腹立たし方を覚えてますけど。
でもそういう何かリサイクルできるもの。
基本その美術展ってすごく私が嬉しい、
気持ちがいいなと思ったのは、
そこにあるものでやろうみたいなのがあったんですね、自分的には。
海外の人たちはそこに生えてるだけを使って作品を使ったり、
そういう試みが多かったんで。
私は持ち込みでしたけど、
逆に言ったらそこにある機器を使って何かをやろうとか、
ちょっとそんな風にしてやってました。
お金をかけないでできるアートっていうのを基本に、
でも楽しませられるものってあるんじゃないかっていう感じで。
みんなが足を運びたくなるエリアを作るっていうか。
だから絵本イケバナと同時進行で野外っていうのは、
私の中でもライフワーク。
そうですね、ひとつテーマになってやり続けられている。
もはやイケバナでもないと言われてましたけど周りで。
36:03
そういうことを結局自分が、
要は静かな空間で、
じっと座ったりしてイケてる空間だけになるわけですよ。
イケバナの先生だけやってると。
だからあえて仕事と称して森に行くという。
仕事と称して雑貨を長野に行くとか。
家族にいっぱい言えるわけですよね。
仕事なんだと。
私はたくさんの絵本を見に行かなきゃいけない。
楽しみのひとつでやってましたね。
言いたかった、仕事と。
ちゃんとそれをつなげられるわけじゃないですか。
そうですよね。
それができるわけだから。
それはやっぱり素晴らしいですよね。
でも楽しかったですね。
本当は一番不遇な時期だったんですけど。
多分ね。
でもちゃんと戻ってからいろんな先生たちが
その作品を何かに出してくださったり、
機会をくださったんですよ、いろいろと。
だからブランクが、
ブランクというかそういう時期はありましたけど、
多分それが悔しい。
そう思ってます。
思ってます、自分では。
でもこの前お話ししたシンガポール行ったのは、
やっぱりそうは言っても、
ちょっと現実から離れた方がいい。
日常から離れるのも大事かなって。
家にいれば考えちゃうし、仕事しちゃうんですよね。
そうか。
だからちょっと離れてみようと思って離れたのに、
そこでやってたのがいけなかったなっていう。
おやおや、そうなんですね。
これは勉強しろって意味かな。
そうやな、そういうことですね。
それをお導きだったんですね。
そして最終日だったんですよね。
知らなかったんですけど。
行ったらたまたま。
それびっくりですよね。
知ってる先生が知ったんですけど、
これあったら言おうとは思うんですけど、
しかもそこ通らないと先行けないっていう通路だったので。
そんな道引きでしたね。
もう写真撮りましたけど。
そうか。
すごいレッって思いました。
ここに来ても。
ご縁ですね。
でもシンガポールでもカトンチクってところに
行かせていただいたんですけど、
そこが自分がインスピレーションを淡く地域じゃないかと。
いろんな文化が、マレーとか中国、ヨーロッパとか
いろんなのを融合されたような色彩とか建築とかタイルとか。
そういうのをちょっと見てみたくて行かせていただいたんです。
そしてやっぱり帰ってくると、
あの時見たあの感じを何かでやりたいと思えるので。
もちろん国内でできないことはないんですけど、
39:00
日本でもそういうのでいろいろ得られるところは得られてるんですけど、
また違う、ちょっと違うものも得られるので。
時には必要というか。
それでまた自分がまた違うものが入ってくるっていう。
そうですね。
だから固定概念というか、自分がもう考えてることを常にこう壊す。
かつ、それを繰り返すようにはして。
壊して作って壊して作って。
そうですね。
再構築して。
目から鱗だったの。
昔、君この枝に惚れ込んでるでしょって先生に言われたこと。
大体先生って男の先生しかいないよね。
男性の先生も教わるんですけど。
これに惚れ込んどるなとか言われて。
じゃあまずそれを抜くとこから始めようって言われたことがあった。
惚れ込んでるものを抜こうと。
そうすると先に進むようなことを。
面白い、それ。
言われたんですけど、やっぱりそれに躊躇しすぎて。
そうですよね。
生み出せなかった。
惚れ込んでるからこそそこの部分を乗り越えていけるか。
でもそれ抜いたら確かに進みました。
そうなんですね。
だから何でも絶対っていうふうに思い込んでると
やっぱりそういうことが起きるのかなっていうふうに思うので
やっぱりちょっとそこを千破ろうとか。
生徒さんにもいけてて。
それは新風体ってスタイルなんですけど。
後ろから見てみてって言って。
たまに真後ろをぐるっと回してもらって。
こっちの方が綺麗じゃないとか言うときがあるんですよ。
そしたら確かにとか言って。
それはもちろん意図してないですよ。
そういうこともあるっていうのは自分が学んできた中で教わった。
見てる方向がそこからとは限らないっていう切り口あるじゃないですか。
千破が本当にそれをまさにだと思います。
だから基本は大事なんですよ。
基本は大事なんだけど
やっぱりそういうちょっと違うところから見るのも
決めつけちゃいけないな。
どうしても昔ながらの世界にいると
決めつける癖がついてる。
これはこういうものでなければならないみたいな。
それを常に別に壊そうっていうんじゃないんですけど
取り入れるというか
やっぱりそれをいい形で
壊すというよりも進化していく部分
残す部分と
だから最近やっぱり
私はちょっといけなかったんですけど
最近やっぱり光との融合とか
映像と植物の融合とか
いろんな方がいろんなことをなさってらっしゃるんですけど
それも試験的に今やってってるんじゃないのかなっていう
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映像と歌舞伎だったりね
いろいろあるじゃないですか
だからそういうふうな掛け合わせが
どこまで許されるかっていうのもあると思うんですけど
そういう部分の一つを担えたらなという気はしています。
担ってますね。
これからですけども
これからもまたいろいろやっていきたいなという思いも当然あるんですね
今までやってきたこと
そうですね
やっぱりリーナーさんしっかり
私にとっては出会いが宝物みたいなものなので
その人からいただくものもいっぱいあるので
それを絶対無駄にしないでいきたいなって思ってて
ちょっとおこがましいというか
なんていうんですかね
なんでそんなに自信があるのかって思われるかもしれないんですけど
私は出会う人はちゃんと意味もあって
いい出会いだと思い込んでるので
もちろんいろんな人いるとは思うんですけど
だからそこには意味もある
そしてそれで何かをやっぱり得なければ
私としてはやっぱりその人に出会った
その人のあれがきっと何かに作用するんじゃないかと思うところがあるので
だからやっぱり大事にしたいですし
だから私たちも教わりながら教えながらという
だからあとは今の方って忙しい方が多いじゃないですか
なんとなくいろんなことができる時代っていうのは
すごく不思議なのは
いけばな来る人って
そのいけばなの時間があって来てると思うじゃないですか
とりあえず私のところ来てる人たちは
8割方の人は超がつく忙しい人が来てますね
人の中で時間をちゃんと作って来るんですね
時間があって来てる人って
本当に一握りで
時間があるからその時間を楽しんでますっていう人が
来てるイメージあると思うんですね
お茶を飲んでみたいなね
イメージありますね
違うんです
忙しいなと思って
だいたいそういう
だからすごいと思うのが
1日しかお休みないとしたら
お花の前後にも何か入れてたりする人たちもいますね
前に何が入った後にここ来て
この後とかいう人も中にはね
そういう人ばっかりじゃないですけど
だから何て言うんですかね
割といろいろなことに精通してる人が
花の時間をとってくれてるようなイメージ
45:01
そればっかりの人もいますけど
だからもしかしたらちょっとした頭の
気分転換に来ているのかな
全然違う業界の人が多いので
それはあると思います
やっぱり自然のもの
よく研究者の方が
引退した後に農業行きたいじゃないけど
そういうのと一緒なのかなって
全く違う世界の人が
頭をちょっとオフにしてくるようなところがあると思うんですね
僕の先生に教わったことで
今はずっと覚えてるのは
花が生きてる時って
花のことしか考えないとおっしゃっていただいて
本当そうだなと思って
それまで忙しくやってても
花と向き合ってやってる時って
終わってから気づくんですね
花のことしか考えてなかった
他のことはすっごいなかったっていうのは
むしろ忙しいからと大事っていうところはあるかなっていう
そこで自分が今まで忙しかった何かを
リセットして客観視できるようなことがあると思うので
本当にそうらしくて
あえて時間作れないんですって
流されちゃうらしいです
ただただとそっちに行ってしまうとか
たった1時間なら1時間無き時間を
結局はパソコンとか携帯を見る
そうですよね
なっちゃいやすい世の中に今あるので
そうするとずっと頭休まないんです
無理してても止めるっていう
切り替えることでやっぱり
ちゃんと頭もスッキリしてとか
身体もスッキリしてみたいなところに
いけるかなと思います
使ってないとこ使うらしいですね
それもあると思うんです
だからそれも大事だと思いますし
農家学者の人の話で
やはり切るたびに
切ることって決断
その決断の連続がすごくいいと聞いて
あんまり気にしてはいなかったんですけど
確かに決断してみんな切ってると思うんですよね
ここでいいのかなと
切って後にバーってなることもありますけど
そこでいいのかなと
らしいんです
でもそれがまた作用してると聞いて
だから多分御長寿だったり
すごいお年でも活躍している先生がいるのは
多分古かったと思います
いろんなものを使ってますね
確かに
あとはやっぱり今の上元がおっしゃった
すごいありがたいなと思うことが
生け花の先生生徒?
指定関係とか
花では繋がってないと
花では繋がってない
結局花を習いに行ってるんですけど
肩とか花とかを習いに行ってるんですけど
花で繋がってるわけじゃなくて
48:00
人同士で繋がってる
だからそこが大事だと
一番大事なのはそこだと言ってくださるんです
本当に人はついてくるじゃない
あなたについてきてるんだ
だからあなたがちゃんとしなきゃダメだ
ということを言ってくださるので
やっぱりそれは身に染みてるというか
じゃあしっかりしようとか
ちゃんとしようとかって思うんですよね
責任があると思って
そうだわ
最初は花って思いがちですけど
どうやらそうではない
花はあるけどでもやっぱり人なんだな
多分先生とバチバチだったら
こないですよ
どんなに好きでも
多分ですけど
やっぱり人ですね
そういうふうに言っていただいてからは
やっぱり気をつけるようにはしていますよね
時に人間感情的に
私はそこまでないですけど
言っちゃう時も多分あると思うんですよね
そこはある程度冷静になって
まずちょっと飲み込もうというか
そうですね
でもユニアさんとの出会いも
いわゆるそういう意味では人との出会いで
ご縁をいただいているので
私もそういったものを何かに
あった時に発信していける
糧にしていきたいなと
そういう感じで
すごい
面白いだけではない
いろんな気持ちが
おとがしくなりますね
ありがとうございます
1個だけじゃあ
もちろん
花じゃないこと言っていいですか
もちろん
爬虫類が好きです
爬虫類が好きですか
それだけですけど
そうなんですね
爬虫類が好きで
伊豆にある伊豆という
爬虫類とかしかいない動物園があって
そこは2回ほど行かせていただきました
爬虫類もいろいろいるじゃないですか
いろいろ好きですね
爬虫類のいろいろが好き
なんでも
ただやっぱり虫を与えなきゃいけないのは
虫が苦手ってわけじゃないんですけど
虫を餌としてあげるのがちょっと苦手なのと
あとは形はかわいいんですけど
ネズミが若干苦手で
やっぱりネズミを与えなきゃいけないものは
飼う飼わないの話で言うと
飼えないかなって思いながらいます
爬虫類のどういった部分が
言いつきに聞かれるのか
見たことはないですけど
51:00
恐竜がいた時代の
何かを
彷彿させるみたいな
想像でしかないですけども
物が今に
繋がってるんじゃないのかなって
思い込もうとしてますけども
恐竜が作ったっていうことですか?
でもないんですよね
不思議なんですけども
でもやっぱり家族の反対があるので
巨大になるじゃないですか
物によってはそうですね
将来的に
一人の
おばあさんとして
生きていくようになってからにしてくれ
仮にそれが脆弱なく
いいよってなったら
大きい物でも飼いたい
大きなイグアナとかね
になるようなイグアナとか
飼いたいです
一緒に生活していて
恐竜の太鼓の時代
そこまでは行くか分からないですけど
単純に可愛いと
今はだから
本物そっくりのフィギュアを置いて
慰めてるみたいな
でもチェイトさんにも
もしイグアナがいたら
私来れますと言われてるので
ここははっきり言われてるので
見に行くだけにしたりしています
猫もいるのでね
そうなんですね
うまく仲良くなる可能性も
あるんですけど
そっか
でもちょっと大変な部分も
あるでしょうし
そこら中にトイレされても困るので
その辺もあるでしょうね
あと温度を常に
管理するとかね
忙しくしてるとやっぱり
誰かがやらなきゃいけない
そういうのもみんな分かってて
誰もうんとは言わないですよね
たぶん
そのうちはいつの日か
そういう名物の
おばさんがいても
いいんじゃないかみたいな
ちょっと言われましたけど
そういうふうになりたい
そうですね
田舎の方で
住むことができるのであれば
そういう専用の
お部屋があったら
すごく嬉しいですけども
それぐらいですね
素敵です
全然
今までも話してない
急に
池花を見て
池花を見て
いけた人の心の状況が
反映されるというお話
そして
人と人との出会いが
宝物であり
池花は人同士で
つながっているということ
僕自身
池花はまだ学び始めなのですが
まだまだ奥深いその世界を
もっともっと
知りたくなりました
戸祭先生ありがとうございました
それではまた次回
54:01
ユイナワさんの
キクヒトラジオでお会いしましょう
54:22

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