子供たちはどうしたらいいかわかんないんですよね。どこで何できるのみたいな。
でもそういうとこで、それが自然な状態で生まれ育っている子は、本当に遊びにくいってことです、昔より全然。
そうですね。
だから、でも子供たちはのびのび育ってほしいって思ったお母さんたちが、プレーパークっていう場所を自分たちで立ち上げて作っていて。
なるほど。
東京とかだと、公園の一角をこの時間はプレーパークでやりますみたいな感じで、専有許可を取ってやってたりするんですけど、
千葉県だともうここではプレーパークやりますみたいな感じで、地主さんから借りたりとか、市と一緒に立ち上げたりとか、
そういうとこが北のほうにはあって、そこで掛け持ちプレーワーカーみたいなのを勝手にやってました。
じゃあそれ長いこと?
そうですね。6年半くらいだったかな。東京と千葉と行ったり来たりしながら。
行ったり来たりっていうのはなんで?
千葉の3ヶ所で働いているけれど、まだそれだと毎日は働けないから、北区とか新宿区とかにも働きに行ってたみたいな感じです。
なるほど。で、そのプレーパークっていうところで、プレーパーカー?
プレーワーカー。
プレーパーカーだとよく分かんないけど、プレーワーカーとして働いてたことがあって、
やっぱりそういうのが今でもいいなと思ってるんですよね。
で、自分で子育てをいよいよやり始めてるわけですよ。
そしたらここでもプレーパーク欲しいなわけですよ。
でもこの淡地域にはプレーパークのエッセンス一滴もないわけです。
あ、そうなんですね。
ないんです。
秋道とか北梨で最近始めた人がいるんですけど、ちょっとあまりにも遠くて、ここら辺にはないわけです。
なるほど。
八重山とかにはないわけです。
だから今仲間を集めて作ろうとしていて、山本ら辺でできそうなんですよ。
あ、そうなんですね。
そうなんです。
じゃあ場所もこの辺りみたいなとか。
何しろ友達が山を持っていて、自分の友達の庭の山でやるんです。
あら、それは友達がいいよって言って?
その子がやりたいって言ってるんです。
やりたいって言ってんだ。
そうそう。
あ、それは素晴らしい。じゃあもうじゃあやろうやろうっていう感じで。
そう、だからあともうやるだけなんですけど。
やるにあたって許可も何もその人の土地でもない。
そうなんです。
今回は私有地でその人がやりたいって言ってるんで、何もいらないんです。
声出したってその人が言ってるんですね。
他ではいろいろあるわけですよ。
自転車さんにお願いしてお借りしたりとか、公園の選挙から許可取るのだって、
そんな簡単に取れないですよ。
市役所に行って何度も話して、こういうことがやりたいんで取らせてくださいって、
お母さんたちは地道にいろいろ一歩一歩達成していくわけなんですけど、
今回は何もいらないんですよ。
そうそうそうそう。
そこがまた仕事になっていくみたいな。
できたらいいなーと思ってます。
もともと、じゃあそこで働きたいというか、プレーワーカーになろうみたいなのってあったわけじゃないですか。
ああ、プレーワーカーになる前ですよね。
なる前。
そこは、ここで働きたいと思わないと働かないと。
そうですよね。
そのきっかけとか、さっき言ったバックパッカーとかあるから、どんな感じだった、どんな感じっていうか。
バックパッカーはもう、ワーキングホリデーで30歳までなんですよ。
で、プレーワーカーやっているうちに30歳になっちゃって、やべえ、そろそろ行かねえと、みたいな感じで辞めていったって感じです。
ああ、なるほど。バックパッカーはじゃあもう長いこと、いろんなところに。
そうですね。最初ニュージーランド、オーストラリア、カナダと2年半ぐらいで、ワーキングホリデーで働いたりとか。
そうなんだ。
はい。最初学校、語学学校行って、その後働きながらちょっとずつ旅していって、移動しながら仕事していってみたいな感じです。
あっちだとシーズナルワークって言って短期の仕事とか、あとホステル。
リソーステルみたいな。
そうそうそうそう。もっとなんか簡単なホテルみたいな。安くて。
そういうとこって結構短期で人を雇ってくれて、2ヶ月ぐらいで。
お掃除の時間は働くけど、その後は終わったら自由にしていい時間とかあるわけですよ。
で、食事とか部屋も食えるわけです。
へー。じゃあそんな感じでいろんなところに行きながら。
そうそう。で、空いた時間でその周りの旅をしてみたいな。
へー。それはなんか素敵な、いいですよ。
本当にね、めっちゃおすすめで、日本って島国だから、出ようって思わないと出れないじゃないですか。
まあまあそうですね。そっからはね。
そうそうそうそう。だからなかなか機会がないからこそ、なんかいろんな人に行ってほしいなって思う。
まあでも、いろんなところに行ったってことですもんね。
そうですそうです。
いろんな経験、いろんな出会いもあるだろうし。
そうですそうですそうですそうです。
じゃあ本当にいろんなところに行くし、文化も文化にも触れるしみたいな。
そうそう。だからニュージーランド、オーストラリア、カナダ行って、英語はだいたいできるようになったんで、
その後バックパッカーで行くぞみたいな感じで、
日本でリゾートバイトして、がっつりお金を稼いだらまた旅に出るみたいなのを繰り返して2年ぐらいやってましたね。
へー。すごい。
南米とか東南アジアとか。
東南アジアも。
物価が安いとこが好きなんですよ。
なるほどなるほど。
で、ねぎれるわけです、そういうとこって。
あ、ねぎるんですね。
ねぎります。
ねぎれるもんなんですね。
あの、結構強気な姿勢が必要で。
あ、そっかそっか。
そうそう。じゃあね、あの、値下げしすぎないとはいいやって。
あ、はいはい。
で、去ろうとする瞬間に値が下がるっていうのはだいたいわかるわけですよ。
なるほど。値下げなんだ、ねぎりのコツというか、
こういうふうにやるといけるよみたいなのが自分で身についているわけですね。
わかってくるみたいな。
で、あ、いけたなって感じで。
海外行って農家さんと触れ合って、今オーガニック給食の会も立ち上げて、
それも目高の輪っこの人に結婚したことを報告しに行ったら、
今はオーガニック給食の時代だからやりなさいって言われて。
へー、すごい。
武蔵野市なんですけど、事務局が。
武蔵野市はやってるからみたいな感じで、資料をガッと渡されて。
じゃあそれがその時に一緒に関係してたわけだから、そこのつながりで。
でもそれも何年ぶりみたいな感じですね。
結婚しました、みたいな感じで。
だからそこに結局つながりが戻るんだみたいな。
わー、すごい。
その時はだってそんなこと考えてもなかったわけだけど。
考えてなかったですよ。
で、オーガニック給食やりなさいって言われた時も、
結婚して嫁に行って、友達になるのにオーガニック給食どうやるのって思ったし、
いや、やりたいけど、その前に私プレイパークみたいに思ってたから、
プレイパークの仲間みたいにオーガニック給食とか実況しようみたいな思ってたけど、
結局オーガニック給食の会が先に立ち上がっちゃったんです。
それも今?
そうなんです、やってるんです。
オーガニック給食っていうと何するんですか?
オーガニック給食って、今の日本の給食って戦後、
食べ物がなくて、牛乳とかパンとかアメリカから来たじゃないですか。
その流れがまだあって。
ああ、そういう食事の。
でも、戦前は給食っていうものがなかったのかな。
でも日本人として何を私たち伝えたいかとか考え始めたら、
やっぱ馬食だと私は思うんですよ。
でも流れでずっとあるので、子どもたちは全然牛乳は毎日飲んでるし、
パンも週に何回か食べてるし、
でも農薬の問題とかも結構どういう影響があるかっていうのがだんだんわかってきていて、
発達障害とか自閉症とかっていうのは農薬と密接な関係があるっていう研究結果も出てきてるんですよ。
だからアメリカ産の小麦には、最後にまく農薬が残留してたりとかしてて、
よくないっていうのもあって、給食に出すのはいかがなもんかって感じなんですよね。
でも千葉県の調べたら、千葉県のパンは国産小麦らしいって言われたんで、
でもそういうのもやっぱり調べてみないとわからなくて、
一人じゃなかなか農業をやりながら調べられないじゃないですか。
だからやっぱり貝を作ってよかったなってことですし。
ここは立山市ですけど、隣の南房総市では、もう冷飯給食って言って、
そうです。
プレーパークでね、土を食べてる子をたくさん見てきたんですよ、私は。
やっぱりみんな土食べるの?
だってさ、ママごとみたいにしてたら食べちゃうわけですよ、子供たちは。
こうやってどんどん食べちゃうわけですよ、1歳とか、ゼロ歳とか。
美味しくはないわけじゃない。
そう、でも彼らは味覚わかんないのにどんどんどんどん食べちゃうわけです。
でもそれで体が強くなるわけじゃないですか、きっとね。
私はそのときさ、全然独身で20代だったりするからさ、
え?みたいな最初になるわけです。
でもお母さんたちが、またいっぱい食べちゃって言うと暗くなるね、みたいな。
いいんだよね、だから。
そうそう、だから平気なんだっていうのをそこでいろんな子育て見せてもらってるわけですよ。
だからすごいラッキーだなって思います。
確かに。
でもそれがなかったら、確かに土はえ?って思いますよ、私も。
これ食べちゃダメよ、みたいな。
土は食べちゃダメってことになってるじゃないですか、一般的には。
おそらくね。
そうそうそうそう。
だから、あ、いいんだと思って。
へえ、面白い、それも。
そうなんです。
だからそう思うとプレーパークにもいろんな学びをしてきて。
そうなんです。いろんな子育て見せてもらって、いろんな価値観。
価値観が変わってきて、農業にもいろんなことがあって。
だからこれからプレーパークがオープンするようになっていったら、
また今度それをちゃんと面倒見る側みたいなことになっていくから、
それはそれでまた忙しいですね。
そうなんです。
でも充実した忙しさじゃないですか、会社とかであれあれこれやれって。
そうですね。やらされてるとかじゃないですね。
自分がやりたいからやってる。
それは幸せなことですよ。
この間岡本君にもお話聞いてたら、幸せだよみたいなのも、
自らの口から出るから、そういうのって本当に嘘じゃないのが見てたらわかるじゃないですか。
めっちゃ幸せだわ、いいわって思いましたもん。
良かったです。
人間のパワーみたいなものは話聞いてると自然と出てくるので、
例えば当然他の方にも話聞く中では、いろいろな方がいらっしゃる。
そうですよね、いろんな方いらっしゃいますよね。
だから今いいよ幸せだよって言ってても、
本当そうなのかなって思う方ももしかしたらいるかもしれないけど、
やっぱり自らの言葉でパッと溢れるものをもらいましたから、
元気さとか。
良かったです。
今それを感じましたし、そういうものを。
やっぱりそう思うと農業をやってるっていうのは一つ大きなこと。
さっき言ったような、その人から出る、芯の方からある優しさみたいなもの。
っていうのに、自分で自覚してないけどなっていってるみたいなこともあるかもしれない。
なるほど、日々のことだから自分では感じないけどみたいな。
だからもうそっちに自分がなっちゃってるみたいなものはあるかなっていう気もします。
そうかも、なんかうちのお母さんすごい気づ、なんだろう、世間体とか気にする人だったし、
一見フレンドリーに見えるけど、それは真からじゃなかったっていうのがおとわになってから分かって。
子供の頃はフレンドリーな人だと思ってたんですよ。
誰にでも帰宅に話してみたいな。
でもおとわになってからお母さんを見たらそうじゃなかったんですよ。
だからそういう人に育てられたんだと思うと、私も若かりし頃は、
日本って人を気遣うとか、日本人ってそういう文化が結構強いと思うんですよね。
人に迷惑をかけないとか。
親もそうだし、教育的にもそういうのが強いと思うんですけど、
そういうとこで育ったと思えば、そういうふうな20代の大人、
大人、若い頃、そういうふうだったかもしれないけど、
だんだんそういう私が海外で見た、家から出る優しさみたいな人になっていってるんだといいなと思います。
それはやっぱり環境で人は変わっていくわけですから、まあなっていくんじゃないですかね。
そっか。面白い。素晴らしいですね。
ありがとうございます。
いやいやいや、本当に。
もう緊張解けました?
そうですね。なんか、ゆいだわさんってそういうのもあるんでしょうね。
そういうのってどういうの?
あれじゃないですか。いつまで話してても、緊張しちゃう人もいるじゃないですか。
し続けちゃう人もいますよね。
解きやすいみたいな。
ああ、そうですか。そう言っておっしゃっていただいてると。
あると思いません?自分でも。
僕自分のことはあんま分かんないよね。
自分のことは分かんないの?
分かんないじゃないですか。自分のことってあんま分かんないでしょ。
そう、確かに。俯瞰しにくいよね。
そうしにくいでしょ。
自分の体一つだからね。
そうそう。でもやっぱりいろんな方のお話聞いてると、
結構そうやっておっしゃっていただくことは多いというか、話しちゃうみたいな人が多いので、
どうやらそうだなっていうのは、客観的にというか、言ってもらって気づくみたいなことはあると思うので。
向いてますよね、こういう仕事だから。
そうかもしれないですよね。
自分でやられてるんですもんね。
自分で、はい。自主的に今やってるので。
向いてますよね、だから。
かもしれないですね。
自分で始めて自分で向いてるんだったら、かなりいい仕事ですよね。
そうですね。あとはそれが経済につながっていけばいい。
そこですね。
プレイバックもそれ大事ですから。
そういうことになりますね。そういう感じです。
そうなんですよ。
なんか子育てって正解はなくて、みんなそれぞれでいいと思うんですけど、
親がやっぱり幸せであるっていうのが一つ大事なことかなと思って。
親がやっぱりストレス抱えちゃうと、なんか虐待になったりとか、ネグレットになったりとかするじゃないですか。
もう、反対にそれさえなければ子供もハッピーかなって思うんですよね。