過去の自分とは比較しにくい
はい、きじがしまです。今日はね、周りと比較はした方がいいんじゃないか、と思うという話なんですけれども、
よく、その周りと比較せずに、過去の自分と比較する方がいいっていう主張を見るんですけど、
うーん、その聞くたびに思うのが、過去の自分ってどんなんだっけって思っちゃうんですよね。
全然思い出せないんですよね。 今、この場には、だって、過去の自分なんていないじゃないですか。
正直、その時に自分がどんなことを考えてたのかとか、どこまで自分ってできたんだっけとか、
なんか、その性格とかすらわからなくなるんですよね。 まるで、なんかこう、夜ね、夢を見ても、なんか断片的には思い出せるけど、
なんか、ありありとこの情景自体を思い出せないというのに、結構近いんじゃないかなと思いますよ。
で、私、日記はつけてるんですけど、昔、こういうことを悩んでたんだとか、
あー、なんか、その時こういう話したんだとか、ここでそうきそば食べたなとか、そういう話は何だか思い出せるんですけど、
うーん、なんか自分の像みたいなのは結構ぼんやりしてて、今と比べてどう違うのかっていうのがよくわからないんですよね。
なんなら、仕事で凹んだ話が書かれてるのに、その直後の文章に、汁あり担々麺うまいとか書いてて、
いや、それ普通に担々麺でいいだろうと思うんですよね。 汁ありたいって言う必要ないっていうね。
ちなみにキング犬の担々麺がめちゃくちゃ美味しいんですけどね。 汁に絡みついて美味しいです。
周囲との細かな比較で得意不得意を知る
それに比べると、今自分の身の回りにいる同僚とか先輩と比較する方が、はるかに簡単なんで、だからこそ周りと比較してしまうんでしょうね、人間っていうのは。
自分が今できることできないことが、もしなんとなくわかっていれば、同僚のこいつは俺よりここはできるとかわかるんですよ。
最悪ね、マネージャーとか誰かに、自分はここが足りないと思ってるんだけど、Aさんの方ができてると思うんですけど、どう思いますか?みたいなことは聞くことができるんですよね。
へこんじゃいますけど、過去の自分っていうよくわかんない、モヤっとした、霧のような存在と比べるよりは、結構得られるものがあるかなと思ってるんですよね。
もちろん比べすぎて自尊心が削られるっていうのは良くないんですけれども、
多分ね、周りと比べるなっていうのはそうなっちゃう、自尊心が削られちゃう人向けの、一種の薬みたいなものなんですよね、頭痛薬みたいなもんですね。
ちなみに周りと比べるなら、とにかく細かく徹底的に比較するのがコツらしいんですよ。
ぼんやりと俺、あいつよりダメだとかじゃなくて、
思い出すとか、先行とか、車力、スキルとか得意なこととか、家族構成とか出身地とか、徹底的に比べるんですよ。
家族構成とかそういうのは一見関係なさそうに見えますけど、時間的に余裕があるのかないのかとか、子供がいたらもう余裕がないから、まあそれしょうがないとか、結構影響してくるんですよね。
徹底的に比較して、じゃあここの部分は負けてるけどしょうがないなとか、逆にここは本当は勝てるべきだっていうところがなんとなく見極められる気がするんですよね。
僕の場合も同僚でコンサルタント出身ですごい優秀な奴がいるんですけれども、やっぱこのプロジェクトマネジメント能力とかね、その論理的思考力はもう負けるんですよ。完敗ですね、完敗。
その代わり瞬発力とか、人と仲良くする力とかはまあまあ勝てるかなっていう風に思ってるんですけど、そんな風にするとね、自分が何が得意なのかっていうのはだんだん解像度が上がっていくので、とにかくもう周りと比
べるのはしょうがないですよね。むしろやるならもう徹底的にやりましょうっていうそういう話でした。
はい、以上です。