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【12-1】「医局員300人超のマンモス医局」vs「10人未満の小さな医局」 徹底比較!
2026-04-29 27:20

【12-1】「医局員300人超のマンモス医局」vs「10人未満の小さな医局」 徹底比較!

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医局じゃない医局

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【今回の内容】・医局員300〜400人のマンモス医局・循環器・腎臓内科・消化器内科が同じ医局・腎臓内科は循環器内科腎臓班から独立・上司が徳光和夫さんの主治医を務めた話・OB会は大ホテルの結婚式場を繋げた規模で開催されていた

【出演者】
◯ アイジュ…ハノイ在住 腎臓内科専門医。「大事なことは全て旅が教えてくれた」

https://x.com/aijyunotoushi

◯ ゆー…消化器内科専門医+パーソナルドクター+産業医。「人生は命を賭けた思い出作り」
https://x.com/yu_tayousei

【情報】
◯アイジュ著『人生100年時代を豊かに生きる「外貨 × 投資」戦略』
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◯ ゆーブログ「パラレルキャリア推進」
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【動画編集】
◯ サトシ…医療podcastプロデューサー。「自己愛から社会愛へ」

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【BGM】
◯ MusMus

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サマリー

今回のエピソードでは、医局員300〜400人のマンモス医局と、10人未満の小さな医局の対比を通じて、医局の規模や文化の違いについて語られています。マンモス医局では、循環器、腎臓内科、消化器内科が同じ医局に所属し、OB会も大規模なホテルで開催されるほどの規模感であったことが紹介されています。一方、腎臓内科は循環器内科の腎臓班から独立した歴史を持ち、比較的小規模でアットホームな雰囲気があったことが語られました。また、医局員同士の距離感や、教授との関係性についても触れられ、医局の規模が医師のキャリアや人間関係に与える影響について考察されています。特に、マンモス医局では派閥争いなどもある一方で、小規模医局では密接なコミュニケーションが取りやすいという違いが示唆されています。徳光和夫さんの主治医を務めた医師の話や、医局の歴史的背景についても言及され、多様な医局のあり方が浮き彫りになりました。

新年度と近況報告
7年目、8年目ぐらいまでは第3内科、全部一緒の医局で、ロッカーから机から何から全部一緒だったんですよ。 普通に医局に行ってお菓子食って、コーヒーとか飲んでたら、循環器の教授が来て、「愛寿、お前さ、このクッキーのお前、チョコこれ好きだろ?俺こっちのが好きだろ?これ食べていい?お前の代わりに?」とかわけわかんないこと聞いてくるみたいな。
そういう医局だったんで。奇策な先生が多かったですね、循環器は。 だから、
今日も愛寿と優でお送りさせていただきたいと思います。優さんよろしくお願いします。 よろしくお願いします。
この収録してる日が4月1日ということで、エイプリルフールでもあり、2026年度が日本では開始されたということで、ちょっと優さんのお子さんが、小学校ご入学ですか?おめでとうございます。
そうですね。小学1年生になりました。
おめでとうございます。
うちの息子が、中学校1年生なんだけれども、インターニスで本人は、は?って言ってるっていう。
そうですよね。もう切り替わる時期が違いますもんね。
そうです。切り替わる時期も違うし、もう中学生扱いの生活をしてるので、本当に関係なくて。
なるほど。
あんまりピンときてないですね。
今、現状中学生扱いのカリキュラム入ってるって感じですか?
そうですね。セカンダリって言って、中学生に近いような感じですね。
イヤーエイトって言って、13が卒業だから、日本でいう中学1年生に扱いになってるのかな。
なるほど、なるほど。
ちょっとその、イギリス式なのとちょっと違ったりするんでね、何とも言えないですけども。
アメリカのグレードだと、12?要するに6年、3年、3年みたいになってるんですけど、イギリスまたちょっと違ったりするんでね。
そういうことなんですね。なるほど、なるほど。
というわけで、新年度ということでね。
そうですね。
はい。2026年が始まった、6年度が始まったわけですけれども、まだね、イラン情勢がこれを取ってるときは、なんだか落ち着くんだか落ち着かないんだかみたいな感じだし。
そう、本当に、本当にですね。
やばいですよね。
めっちゃ止まってます。
とある投資家がマイナス何十億だったみたいな話でね、すごい盛り上がってますけど。
いやー、あれ、やばいですね。直近なんか、あ、なんかお祝いしてたはずなのに、なんか半分近くまで減ってねっていうのが話題になってましたよね。
はい、あのこのオフ会の前日にお会いするんで、気持ちはどうですか?って言って、ちょっと次。
もういきなりそっから、あ、もう回復したよみたいな感じになってそうで怖いですね。
もうお休みしましょうって言ってたよ、本人は。
もうだいたい、もう持ってますもん。
まあでもお休みしたいと言ってきながらね、もう買ってますよ、多分。
今日は日経がすごく上がってたんですね。あんまり株やらない方はご存知ないかもしれないですけども、絶対買ってます、あれは。あの人なら。
いや、すごいですね。
いや、買えない。今はまだ結局様子見ちゃっても買えないです。怖くて。
そうですね。円が160円になってね、また今1円ぐらい上がったかな、今日はね。
そうです。
はい、だったり、世の中いろいろありますけれども。
今日は僕が同僚とね、今日はエイプリルフールということで。
はいはいはい。
エイプリルフールなんかあるかって言われたから、僕はランチの時にヨーロッパ人たちの同僚に、サッカーで日本がイングランドに勝ったって言ったら、それはエイプリルフールではないってみんなに言われた。
いやまあ確かにね、もうまさかって言うのもおかしいですけど、歴史的な勝利ですもんね。
まあ本気じゃないにしてもね、お互いにね、あれだけれども。
そうそうそうそう、いやすごいですよね。
医局の規模と文化:マンモス医局 vs 小規模医局
いやなんか、アイルランド人の同僚が、アイルランドっていうのは歴史的にイギリスとドンパチでバチバチしてますもんね。
だからもう、やべえ日本に勝ったじゃんかみたいな感じだったのに、エイプリルフールだと思ったって言ったら、もうすげえ笑われた。
イギリス人みたいなこと言うなお前はみたいな感じ。
そうなんですね。
あとは、日本人のおサッカーを好きな方だったら多分、もうすでにご覧になってると思うんですけども、組み合わせのね、グループなんだか忘れたけど、組み合わせが最終決定してね、オランダとチュニジアとスウェーデンが相手になったんですけど、僕は今副社長スウェーデン人なんですよ。
当日はベトナム時間朝6時だったかな。日本時間は8時ぐらいなんですよ。
ボクシンググローブでもはめながら一緒に見ようかみたいな話をふざけて言ってました。
最終的に殴り合いなんですか?
そっち?とか言ってて。ランチの時にすごい盛り上がってましたけど。
そんな混乱だよね。今日はエイプリルフルっていうことではなくて、今日は2026年4月1日っていうね、新年度っていうことにフォーカスしまして、
ゆうさんとさとしさんと裏のね、みやじさんと一緒に何をしておこうかなっていう話、何の話しようかなって言った時に、異極の外で会いましょうっていうお名前ですけれども、
そもそも異極時代ってあなたどうだったっていう話って一度もしたことないよねっていう話を思い出しまして。
そうですね。
ゆうさんと僕二人でテーマを決めてる時に、一回ちょっと若い先生もいらっしゃるし聞いてくれてる方に、
あるいは年配の先生とか我々より上の先輩方の先生もいらっしゃると思うし、
あるいは大学病院でも国立の大学病院、大きいマンモスみたいな異極に入られてる先生もいらっしゃれば、
僕は後でお話ししますけど、すごい小さい異極だったので、そういうところでも差があったりするんで、
異極の話をちょっとさせていただこうかっていう話にさせていただきました。
そうですね。
ということで、ズバリテーマは。
異極、新年度にぴったりじゃないかなと思っておりますね。
異極の外で会いましょうならぬ、異極の中はどうでしょうって感じですかね。
確かに、まさに。
他の異極の話ってなかなか聞く機会ないですもんね。
ないですよね。
ないない。
この話をして、どんな話をするかって言って、
なんかね、テーマっていうか、どんな思い出ありますか?みたいな話したりとかしてた時に、
そもそも自分の周りの、そばにあった異極のことしか知らないなっていうか。
いや、そうですそうです。
例えば、自分の出身大学の近しい異極とかね。
たぶん、ゆうさんだったら、消火器内科医だから消火器外科とか、
パスする時の先生方のことは知ってるとか、そういうのあるかもしれないですけれども。
そうですね。
全然あんまり消火器と関係なさそうな、
例えば循環器もそうだし、神経内科とかね、糖尿病科とかね、
あんまり関わりがあるかって言われると、
たぶん、先生同士の関わりあっても異極同士の関わりはないだろうし。
ないですね、はい。
話しかけやすい異極とかもありましたもんね。
いや、ありますあります。
難しい。
率直に、異極ってどんな人数がどれぐらい出るとか、どんな異極でした?
そうですね。自分のところは、正直さっき言ってた、いわゆるマンモスの異極ですね。
異極員の人数だけで言うと、記憶にあるのは3400のレベル、異極員数だけだと。
現役の?
いや、現役じゃないですね。たぶん、名簿として残ってる人、
だから、開業した先生とかも含めてなんだとは思うんですけど、
でも、異極員の人数で言ったらそれぐらいっていうのは聞いたことはあって、
今でもあると思うんですけど、1年に1回異極員を集めて、
何ですか?懇親会じゃないけど、勉強会みたいなの?年に1回。
勉強会やった後に、食事会みたいなのやるんですけど、
すさまじいでかいホテルですよね。
僕、名古屋なんで、名古屋のでかいホテルの、それこそ結婚式場何個かつなげたぐらいの大きさの広場のところで、
めちゃめちゃ円卓が並んでるみたいな状況でやるんですよ。
あそこまでの人数の、そういう宴会的なのには行ったことないなっていうぐらいの人数はいたんで、
そこに来てる人数だけでもやっぱり数百名はいた。
数百とかはいたってことですね。
確実にいますね。だから、めちゃめちゃ人数としてはめちゃめちゃいましたよ。
その中、現役っていうか、院内で働いてた異極員ってどのくらいいたんですか?
でも、大学で働いてた先生自体は大まかになっちゃいますけど、やっぱりそれでも20、30ってレベルじゃないですかね、結局。
で、他の先生はやっぱり結局、異極関連の市民病院であちこちで働かれてるっていうイメージですね。
じゃあ、OBとかも合わせて200、300。
現役の異極員として、いわゆる異極を離れるっていう言い方を異極員はしますけれども、
異極を離れて開業してる先生方は、多分半分以上は離れてらっしゃるってことですよね。
そうですね。だと思います。
少なく見積もっても院内にいる異極員の倍ぐらいはいるってことですもんね。
間違いなくいますね。それよりも人数多かったんじゃないかなと思いますけども。
さすが消化器内科の国立の異極って感じですね。
それこそ愛樹さんのところの異極の人数ってどんなもんだったんですか。
うちは、僕腎臓内科なんですけど、皆さん聞きいただいてる方ご存知のように。
第三内科っていうのの一部分として腎臓内科があったんですね。
しかもうちの異極ってすごい面白い作りで、循環器内科腎臓班から発端になってるんですよ。
循環器内科腎臓班。
循環器内科に腑種班っていって、むくみを専門にする先生たちがいて、
その中の一人というかいくつか何人かが、腎臓のことを勉強しようとして透析を始めたんですよ。
そこから腎臓内科として働いてるんですね。
なので、循環器内科腎臓班の第一番が、僕が入局したときの教授だったんですよ。
いわゆる腎臓内科は、聞いてくださってる方の中にも腎臓内科の先生いらっしゃると思いますし、
コミュニティの中にもね、僕以外にも腎臓内科の先生いらっしゃいますけれども、
腎臓内科っていうと多分皆さんイメージ的には病理的な?
腎炎とか。
胃食とかもそうですけど、腎炎、透析、腎成形、ステロイドパルスみたいな。
そういうイメージがあったりとか、
腎生理、いわゆる電解質系とか、いろいろそういうイメージだったりとか、
研究院に行かれてるとね、多分そういうのをたくさんやってるっていう話出てくるかもしれませんけれども、
うちは心臓と腎臓の関連疾患みたいなのの移局だったんですよ。
なるほどね。
なんで、病理とか得意な先生がいなかったから。
なるほど。
腎成形とかも、女教授ができたんでその人に習いましたけど、
どちらかというと、大学の関連病院に、大学の関連病院というか大学の本院ですね。
が、移植で有名な病院だったので、そこに行った時に腎成形とか学んだみたいな感じでしたね。
そうなんですね。
面白くてね、うちって分院と本院で移局違うんですよ。
そうなんですか。
そう。僕がさっき第3内科って言ったじゃないですか。
第1内科、第2内科が本院。第3内科、第4内科が分院。
そんな形になってるんですね。
そうなんです。だから本院の腎臓内科と分院の腎臓内科を足せば、
多分院内にいる人って言っても15人から20人くらいいたかもしれないですけど、
すごいちっちゃい移局だったんですよ。
だから例えばですけど、OB会とか、僕がいた時にもOBとか全部集めても2、30人くらい。
そうなんだ。
その代わり、循環器がすごい巨大な移局だったんで。
なるほど。
第3内科のイベント、移局会とかをやるときはUさんと一緒です。100人、150人とか集まるような。
なるほど。
はい。移局集まって。
大々病院長とか、売上のメインは、うちの病院は当時は循環器だったので、最大勢力だったんですよね。
僕も入局したときは循環器内科なんですよ。
そうか。形状はそうなるんですね。
別に腎臓内科として登録もしてるし、大概的には腎臓内科なんですけども、
僕が4年目のときに腎臓内科でついに切り離されたみたいな感じだった気がする。
まだそんな、要は歴史的に独立してから時間経ってないみたいな感じなんですか。
そうそう。うちの教授が初めて作った透析室から発端になってるっていう。
そうなんだ。
そう。結構新しい局です。だから新しい局だからこそ、新人連環みたいなことをやっていて。
新人連環っていうものがですね、あんま専門でない方はあれかもしれないですけども、注目され始めたのってこの20年ぐらいなんで、
そん中の第一人者としてうちの教授たちが有名になってったみたいな感じですね。
なるほどな。そうなんだ。
それで言うと、やっぱり歴史としては比較的浅めだけれども、結構新しいことやってたっていう感じですね。
そうですそうです。なんで、循環器の方がよっぽど古いというか、っていう感じですね。
あれなんで本院と文医理局が分かれるようになったのかっていう歴史はちょっと知らないですけど、
でも間違いなく循環器といえば文医の方が大きかったんです。
なるほど。
僕の出身大学の循環器内科って言ったら有名なのは、当時は文医の第三内科が有名でした。
今は本院の方が有名だと思います。有名なっていうか、家庭テル病院だったんですけど、
家庭テルの先生方がかなり減ってきて、
今は多分教授とその下にいる先生方が多分トップでやってらっしゃって、
その先生方は有名ですけれども、かなり人数も減っているし。
そうなんだ。
やっぱり本院との合併で医局院を残すっていうか、確保するかみたいな話になってるって聞くので。
そうなんですね。
なるほど。
っていう感じかな。
医局って言っても三内三内って言ったんですけど、
医局内の人間関係と特徴
第三内科の医局のことを言ってるのか。
僕が10年目ぐらい?7年目?8年目ぐらいまでは第三内科全部一緒の医局で、
なるほど。
ロッカーから机から何か全部一緒だったんですよ。
なるほど。
なので、普通に医局に行ってお菓子食って、コーヒーとか飲んでたら、
循環器の先生が来て、循環器の教授が来て、
アイジュ、お前さ、このクッキーのお前チョコこれ好きだろ。
俺こっちのが好きだろ。
僕が食べていい?お前の代わりにとか、わけわかんないこと聞いてくるみたいな。
そういう医局だったんで。
すごいですね。
よいしょよいしょ先生、ぜんぜん召し上がってくださいみたいな。
そういう、すごい仲は良かったっていうか、あれですね。
上同士はいろいろ派閥争いとかであるんでしょうけど、
気さくな先生が多かったですね、循環器は。
だから、若手で、当時若手だから10年ぐらい前、
循環器内科の先生とどうこうなるとかってこともなかったし、
循環器の先生がすごく可愛がってくれてたし、
僕らも循環器の若いのはすごい可愛がってたし、
今でも多分、日本帰った時に一緒に飲んだりする仲の良い子たちには、
循環器の子が含まれてます。
なるほどな、やっぱり全然違いますね。
そう、面白いですよね。
だから、異極の後輩ですって、循環器の子たちも僕のことを紹介するというか、
僕は愛樹先生の異極の後輩ですみたいなことを対外的にも言って、
で、あ、循環器なんですねって、いいえ、人造内科ですみたいなわけじゃないところ。
なるほどなるほど。
なので、循環器出向とかもあったんですけどね。
今はないんじゃないかな。
ありましたありました。
なので、教授はね、うちの教授は循環器専門医なんですよ。
え、循環器専門医なんですか。
当時はね、今の教授は循環器専門医持ってないですけど、
でも、循環器専門医ってね、神知の先生なんですよ。
ああ、そうなんだ。
画像診断学の先生だったんで。
だから、陶石患者さんのタリウム神知グラフィーの読み替えとかありました。
すごいですね、もう循環器っぽいですね。
はい、循環器っぽい感じでしたよね。
なるほどね。
それだけでも全然やっぱ違う。
面白いな。
なんでほら、さっきも大学によって異極との差も、異極との距離感とも差あるんじゃないかっていう話を、
確かに確かに。
このオープニングの前にちょっと軽く打ち合わせしながらね、あゆうさんと話してたんですけど、
我々は循環器とかの距離感がものすごい近かったです。
ああ、そういうことですね。
循環器もなんかあったら、陶石室の裏側にいる僕ら、だべってる僕らのところに来て、
ねえねえねえ、陶石これどうすればいいの?とかいうことも来るし、
僕が家庭室に行って、先生先生ちょっと大変だから来てみたいなこととかも、
しょっちゅうそういう同じ異極っていう感じだったんですよ。
なるほどな。
僕がバイトしてるところも、循環器のOBのところとか、
あるいは循環器の先生が腎臓内科のOBのところに行くとか、
そういうの普通にあったんです。
普通にありました。
いや、なんかちらって話聞いて、なんか普通に教授とも、
まあまあ、何ですか、コミュニケーションとってる感じじゃないですか。
うんうんうん。全然普通。
もう、自分たち、まあ言っても自分が所属してたのは本当に短いんですけど、
その若手医師から教授に何かじきじきに話すっていうののハードル、
スーパー高かったですからね。そんな話したことないし。
そうですね。僕から話しかけることはほぼほぼなかったですけど。
ああ、向こうからというんですね。
向こうからは、はい。そういう循環器の当時の、
僕が入局した時の教授は病院長だったので、近寄りがたかったですけれども、
でもその後の公認の、カテュエテルの有名な先生がいらっしゃって、
超有名な先生がいらっしゃって、
その先生、多分公開してるから言っていいんだと思うけど、
徳光さんっていたじゃないですか、アナウンサーの。
ああ、分かります。分かります。
あの徳光、久尾さんだっけ、徳光さんって。
ニュースキャスターというとね。
あの人の主治医だったんですよ。
ああ、そうなんだ。
はい。テレビの特集とかでも、徳光さんはね、病院にいらっしゃいましたよ、よく。
へー。
ご本人がテレビの取材とか受けたり、ご本人が公表してるから多分言っても問題ないと思うんですけど、
いらっしゃいました。僕も何回かお会いしたことあります。
で、お見かけしたことあるって意味ですけどね。
でも話したことあるな、なんかで。
それこそ循環器の関連のことで。
循環器のことでやらされたりするんで、当時は。
ああ、そうか。はいはい。
で、その先生、有名な先生だったんですけど、その先生は奇策な先生で、
ちょうどね、親分的な家庭テレ班の長だったから、
家庭班お前らみんなついてこいみたいなタイプの先生だったんですよ。
はいはい。
親分派だの。で、みんなもう技術が最高にすごかったし、人柄も良かったんで、
結構多くの循環器の先生に慕われてたんで、
はい。
その先生の話しかけられることもよくあったし、
お話ししても、お話、声かけても別に何か言われることはないし、
単純さのことで相談するのも全然OKでした。
なるほどなるほど。
で、たぶんね、うちの医局は特徴的なのはたぶん2つあって、
まあ次第だったっていうので、あんまりそういう殺伐とした感じはなかったっていうのと、
なるほど。
あとはその第三内科だったっていうその複合的な、
で、実は循環器と腎臓内科のことしか言ってないんですけど、
医局の組織構造と人事
もう1個は消化器内科なんです。
もうあるんですかね。
我々3つ、その3つが全部一緒なんで、
その第3内科のおびかいになると100人から200人とか集まるんですよ。
あ、そうなんだ。
消化器もそうなんだ。
はい。
逆に第4内科、残りのアレルギーとか神経内科とか呼吸器とかは4内って言って第4内科だったんです。
うーん。
独立して糖尿病化とかありましたけれども、
そういうのと、そういう流れだったんで、
第3内科、第4内科っていう言い方が、
特に僕らより上の先生方はもうすぐ3内4内で決める。
あ、そうなんだ。
はい。
なので、病院内の決め事をするときに、
じゃあこの役割は3内でやってください。
この役割は4内でやってくださいみたいな言い方なんで、
基本僕らは、そうなんです。
循環器と消化器と共に行動するっていうのが普通だったので、
はいはい。
多分僕ら世代は3内4内の感覚が強くて、
今若い僕らの10個下ぐらいの先生たちと3内4内はもう全くないと思います。
今はもう完全にそれぞれ独立してる。
だから全然違いますよね。
全然違う。
特に、人造内科はですね、
全部院内にいる先生を合わせても10に行かないようなちっちゃい局だったんで、
あ、そっか。
はい。
なので距離感は近かった、抜群に近かった。
だから今でもその教授とかも可愛がって連絡してくれたりするのは、
その距離感があるからだと思いますね。
そういうことですよね。
いやもう、絶対自分みたいな全くないし知らないよなって思ってるぐらいの異極だったんで。
同級生は何人いたんですか?
多分同級生は15、6いました。
すげーなやっぱり。
はい。
そんぐらいいて、でも結局その大学院に行く人数ってのはそっからやっぱりある程度限られるというか、
絞られるイメージだったので、半分ちょっとぐらいだったのかなとは思いますけど、
もうそこのところで要は、みんなでまた帰局して、
要は大学の方に戻ってくタイミングで自分は抜けちゃってるので、
その同期とかと一緒に働く期間っていうのは正直あんまなかったんですけど。
なるほどね。
基本的には皆さん大学院に行くことを前提としてるんですか?
いやそこのところは、今自分たちの時もそこまで要は開業を最終的にしますっていう先生も異極には入られてました。
入られてたし、ただその人はその人のなりの要は人事異動というか、
要は大学院として大学の方に戻るっていうコースをたどらない形での人事に乗る感じでしたね。
自分の場合は大学院生になる人事にもともと乗ってたので、
なのでその過程で一番最初の初期研修から後期もずっと同じ病院で働いてて、
結構長かったんですよ。
自分7年目になって初めて移動したんですよね。
大学院用のコースっていうか、大学院行かない方のコースじゃないけど、
そういうのは入局するときに決めるんですか?
そうですね。大体雰囲気的にはその入局するタイミングとかである程度一生命してる感じだったと思います。
一つ目の要は異動の打診があったタイミングでは、
どうするのかっていうのはある程度決めとかないといけなくて、
大体5年目6年目ぐらいでも一度お声はかかるので、
そこのタイミングで大学院に戻るのであれば、
こういう感じで大学院に戻らないんだったら、
またそこで乗る人事が変わってくるっていう感じだったはずですね。
それは行局長が決めてらっしゃるんですか?
でも行局長が決めてたと思います。そこは。
行局長マジ超大変。行局長って超大変そうなイメージしかなくて。
いや大変ですよね。
関連病院が本当何十ってあったと思うので、
その中でここに人が足りないだとか、ここはある程度人数いるっていうので、
じゃあパズルをやっていく感じですよね。
その中でどう回すかっていうので。
そっかやっぱり名古屋だと、あの大都市圏に名古屋大学と?
愛知県内だと名古屋大学、名古屋一律大学があります。
で私立で愛知医大と藤田。
あそっか藤田保健生かな。でも4つでしょ。
愛知県内で4つあります。
東京ってやっぱほら国立東大医科しか含めると、
旧設の私立医科大学は8つ9つもっとあるから、
それだけで10何個あるからね。
すごいですね確かに。
じゃあそれぞれの関連病院っていうのはそんなに数ない感じなんですかね?
でもまあ山内で10、20ありましたよねさすがに。
ああそうなんですね。
うちの病院で、うちの医局腎臓内科だけでだと多分そんなないです。
5個6個とかぐらいだった気がしますけれども。
でも山内全体で見れば30、40はないな。
ああそうなんですね。
でも人出してる先は、今は多分ねかなり減っちゃってるはずなんですよ。
どんどん減らしてるって言ってましたんで。
昔は京都とかまで人が出てたりとか。
ああはいはいはい。
そういうのあるじゃないですか。なんでそこ足してんの人みたいな。
ありますあります。
そういうのとかあったりするので。
まあそうですね。
でも全然ね、ゆうさんの考えてる医局の規模の、
多分半分ぐらい、3分の2ぐらいだと思う。山内で。
僕らの医局で10分の1ぐらいだと思う。
ああそうか。なるほどなるほど。
まあ自然的に上級医とかとの差もあれだし。
僕はキャラクター的な問題もあるし、教授とかもガンガン言っちゃうタイプだから。
全く何にも関係ないって言っちゃうタイプだし。
嫌いな教授に向かってたらもう全然向かってくからね。
すごいな。なるほどなるほど。
全然全然。なんだこの教授とか思うと全然言っちゃうタイプ。
まとめと次回予告
話は尽きないところですが、今日はここまで。
次回もお楽しみに。
27:20

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