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【12-2】患者満足度ランキング1位の腎臓内科医が語る「スイーパー」という働き方の流儀
2026-05-06 26:44

【12-2】患者満足度ランキング1位の腎臓内科医が語る「スイーパー」という働き方の流儀

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医局じゃない医局

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【今回の内容】・腎臓内科医は「スイーパー」。裏方の存在だという教授の教え・患者満足度ランキングで患者数少ないのに院内1位だった腎臓内科・3年目で主治医30〜40人持ちになり回らなくなった経験・透析患者が他科に入院すると輸液管理トラブルで腎臓内科が呼ばれる問題・外科医局に走って謝りに行ったら師匠に蹴られた昭和エピソード・小規模医局ゆえの風通しの良さと仕事量の多さ・教授が持ってきた教科書執筆を6人で100ページ以上分担した話・透析当番を3人で月30日回し待機17回になった月がある・上司・先輩が猛烈に働く姿を見て開き直れた経験

【出演者】
◯ アイジュ…ハノイ在住 腎臓内科専門医。「大事なことは全て旅が教えてくれた」

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◯ ゆー…消化器内科専門医+パーソナルドクター+産業医。「人生は命を賭けた思い出作り」
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【情報】
◯アイジュ著『人生100年時代を豊かに生きる「外貨 × 投資」戦略』
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◯ ゆーブログ「パラレルキャリア推進」
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【動画編集】
◯ サトシ…医療podcastプロデューサー。「自己愛から社会愛へ」

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サマリー

本エピソードでは、腎臓内科医の「スイーパー」としての働き方や、医局の多様性について語られています。患者満足度ランキングで上位に入る腎臓内科の意外な実態や、多忙な若手時代のエピソードが明かされます。特に、消化器内科医のゆーさんが経験した、3年目で主治医を30〜40人抱え、業務が回らなくなった状況や、先輩医師のサポートがあったからこそ乗り越えられた経験が語られました。また、腎臓内科医が他の診療科との連携で直面する課題、特に透析患者の入院時に生じる輸液管理のトラブルや、患者からの「ドライウェイト」に関する質問への対応などが詳述されています。 さらに、昭和時代の医局の厳しさを示すエピソードとして、外科医局での出来事や、教授から「スイーパー」と呼ばれた背景が語られました。小規模医局ならではの風通しの良さと、それに反する過剰な仕事量についても触れられています。教科書執筆の分担や、3人で月30日の透析当番をこなし、待機が17回になる月があったという過酷な労働環境が語られ、上司や先輩医師が猛烈に働く姿を見て開き直れた経験が、若手医師たちの支えとなっていたことが示唆されています。

腎臓内科医の「スイーパー」という働き方
働き方という意味では、うちの教授が昔よく言っていたのは、我々はスイーパーだと。表だって戦士のように戦っていく巡回機だとか、魔法使いのようにカメラを操るやつらとは違って、我々はスイープする存在だと。
後で汚れてしまった残りを片付けて、患者さんたちを立ち上がらせて帰っていく存在だから、その表にボンボン出る必要はない、みたいなタイプの教授だったんですよね。
患者満足度ランキングみたいなアンケートを取るじゃないですか。患者数の数少ないのに、腎臓内科医は結構1位だったりするんですよね。
まあでも、医局による差がやっぱり大きいですよね。大学による差と医局による差がどれくらいすごいのかっていうのは、ぜひこれ皆さん聞いてみたいですね。
そうですね。うちはこうだよっていうのがまた聞けると、本当に全く違うんだろうなって思いますね。
2人、愛樹さんとの話聞くだけで全然違うので、やっぱり。
そうですね。面白いですよね。
医局の多様性と若手時代の苦労
まあかといって、たぶん優さんもそうだと思うんですけど、医局に共通して言えることはたぶん、僕らぐらいの世代だと、
理不尽なこともたくさんあったけれども、専門医として育てていただいたことに関しては感謝しているっていうのは共通していると思うんですよ。
間違いないですね。
そう思えるのは指導医なのかな。指導医とかどうですか?優しかったですか?いい先生でした?
そうですね。それで言うと、自分がやっぱり初期研修から後期研修ってずっと、まあ要は7年間ぐらいお世話になった病院の先生方、まあ神でしたね。
本当に優しかったし、その先生たちだったからこそ、たぶん消化器内科ずっとやってくれたよねっていうのはありますよね。
人運じゃないけど大事ですよね。
いや、めっちゃ大事ですね。やっぱり優天の消化器内科って、それなりにその病院の中でもやっぱり患者がすごい回るというか、
そうなんです。
入院患者も多かったし、回転も早いし、検査数もそれなりにあったので、やっぱりハードではあったんですよね。
まあそれこそ何か思い出に残っているのが、やっぱり何年目だ?3年目か4年目ぐらい。
だから消化器内科医として働き始める、本当に働き始めたぐらいのタイミングの時だと思うんですけど、
やっぱり主治医で何人持ってたんだろう?30ちょっととか40人近く見るような状況になってたこともあって、
で、そうなってくるとなんかいろいろ回らなくなってくる。
回らない回らない。
もう自分では全然回しきれなかったりだとかもあったけれども、それでもなんだかんだで上野先生がそこについてはサポートしてくれたりだとか、
当然その間にも入院患者だけじゃなくて、自分たちは主義やってるなんぼではあったので、
胃カメラ、大腸カメラいかにやるかみたいな、ERCPどんだけ入るかみたいな感じだったので、
そっちにより時間を使う、使いたいなと思ってて、
そうなるとサポートしてもらわないととてもじゃないけど結構無理だったので、
そこはなんだかんだでやっぱり自分とか要は入局したての子に検査をやらしてあげようっていうところのすごい意欲が強いというか、
どんどんやらしてくれる雰囲気ではあったので、
そこは本当に良かったなと思います。
素晴らしいです。
話ちょっと戻るというか、2問あったんですけど、何年目で入局だったんですか?
それが僕の行ってた病院は結構イレギュラーで、今だと多分初期研修2年やって、
内科ロボットみたいなのを多分2年か3年やるのがデューティーになってると思うんですけど、
自分たちの時代は、実は2年初期研修やって、もう後期研修入ったら一応その間に入局しちゃってOKな時代ではあったはずなんですよね、まだ。
で、そういった時代の中で内科ローテをする病院だったんですよ。
それは病院の特徴。
売りとして、うちの病院は後期研修は内科研修を全体回って、4年目に入ったタイミングぐらいで要はフィックス、もうその間に、その間だけをやりますよっていう形だったんですよね。
ただ自分の時は、その同期からの小垣内科人気がすごくて、結局自分とあと同期が2人いたんですよ。
小垣内科で同級生3人いて、で、3人が一緒にその内科ローテで小垣内科にドンって入っちゃうと、要はバランスが悪いので、
自分が確かその3年目の途中で要は3ヶ月ぐらい小垣内科を回って、で、小垣内科回った後にまた他の科を回った後4年目で本格的に小垣内科やるみたいなコースに乗ってた気がします。
なんで実際には4年目ぐらいになってようやく小垣内科だけをやれる環境になったっていうところですかね。
それまではもう内科系を全部やってました。
内科系全部っていうのは何かその各科に回るんですか?
そうですね。
初期研修とよりも要は長いスパンで2ヶ月から3ヶ月、要は循環期を3ヶ月、呼吸器内科を2ヶ月とか3ヶ月、内分泌と神経内科、
そこは懸忍だったと思いますけど2ヶ月か3ヶ月とかそれぐらいのスパンで主治医としても持っていくっていう形でやってました。
うちも3年目で入局だったんですけど、3年目は半年ぐらいはローテしてた気がするんだよな。
ローテもさっき言った3内の中とか。
なるほど。
俺、消化器なんてローテしたっかな。
3年目は覚えてるのは循環期と救急には行ったんですよ。
なるほど。
それはね、デューティーだと思うんですよね。
なるほど、救急もデューティーだったんですね。
そう、救急デューティーでした。
救急2ヶ月、循環期4ヶ月ぐらいだったんじゃなかったっけな。ちょっと忘れちゃったな。
なんか僕の、やっぱりちっちゃい局だったのと、第3内科はゆうずが聞いたので、僕の2校目の先輩は半年、消化器半年循環期をやってました。
おー、なるほど。
やってました。そんな感じでやってました。
そうか、ってなると4年目ぐらいでようやく腎臓内科として働き出すみたいな。
働き出すか、確かそんなぐらいにやってた気がするんだよなって。
へー。
か、もうちょっと短め4ヶ月、4ヶ月ぐらいで回ってたかとちょっと忘れちゃったんですけど。
でも、消化器内科の肝胆炊飯にいたとか知ってるんで、僕が覚えてるってことは。
2校目だから、ほら研修生の時から知ってるから。
はいはい。
もちろん学生時代から知ってる先輩ですけど、知ってる先生だったね、その先生が消化器とかにいたのも覚えてるんで。
多分あれ異局で第3内科だったら、ゆうずが聞いたっていう証なんだと思うんですよね。
なるほど。
他の科だとちょっと交渉が必要になってきて、壁が厚くなるっていう。
やっぱそこはちょっと変わるんですよね。
はいはい。
っていう感じだったかな。
医局間の連携とコミュニケーションの課題
でも僕、循環器というか、その他の科を回らせてもらったっていう記憶は、研修暇だと出て止まってるので。
あー、そうなんですね。
そうですね。
そうですね、でもそれはあれかもしれないですね。異局というよりは病院、その研修する病院の特徴かもしれないですね。
かもしれないですね。
でも今ね、異局によっては、僕と同じ世代でも5年目以降じゃないと入局は許されなかったというか、仮異局みたいな感じの扱いで。
3年目、4年目は1年間は自分の希望する異局、1年間はローテーション、5年目で本決まりみたいな感じにしてらっしゃるっていう病院さんもあったのを知ってるんで。
なるほど。
大学によるのかもしれないですね。
そういうことですね。
多分厚労省の指導を大幅に逸脱しなければ、絶対とにかく言われるはずはないと思うから、病院のカラーを出せば。
確かにそうですね。
でもやっぱ上司っていうか先輩とかが恵まれると全然違いますよね。
いや、全然違いますね。やっぱりなんだろう、仕事がめちゃくちゃハードでも、なんだかんだで上司の人とかに恵まれてると許せるわけじゃないけど、やっていくしかないよねっていう開き直れる感じがあって。
上の先生たちがめっちゃ働いてたんで正直。
めっちゃ働いてた。
なんで、それ見てそれより自分たち働かなくて何やってんだろうっていう感覚ではなかったなと。
そうですね、ありましたね。僕とかも意気込みちっちゃかったんで、もうね、講師とかもバリバリ働かないと回らないんですよ。
やっぱりそうですよね。
だからその講師、今の教授ですけど、講師なのに祝日の透析討伐やらせたりとか。
すげーな。
もう一人で何かあったら、先生お願いしますって言って。
へー、なるほどな。
4年目か5年目ぐらいからその討伐票を作るっていう業務をやらせられるんですけど。
自分の指導員に、これ管理当直なんですけど、この日って講師の先生これお願いしていいんすかねっていうのを相談しながら、いやらせちゃえ、やらせちゃえとか言って。
えー、すごい。
やらせるような意気込みだった、うちは。
なるほど、なるほど。
その代わり、人望が厚かったからやっぱりみんなついてきましたけどね。
いや、まあそうですよね。
ついてきたって言ったからやめてんだから、もう何も言えないんだけど。
いや、それで言うと自分もね。
そうそうそう。
でも、先輩がすげー働いてたってとか、頼まれたこと嫌だとか言う人が全然いなかったから。
それは、むしろ頼まれたこと嫌だとか、何ヶ月つけてくる先生はみんないなくなりましたね、早々に。
あー、なるほど、なるほど。
うちの局はそういうあれだったな。
人層内科ってほら、他の科と違って、患者さんが30人ぐらいあふれて回転が早いっていう科ではないじゃないですか。
あー、まあそうですね。
糖石、腎炎系が多くなってくると、やっぱ入院が長めになってくる科だし。
確かに、確かに。
基本的には慢性疾患。
自分たちで糖尿病だとか、糖石患者の一般的な肺炎だとかも全部自分たちで処理しなくちゃいけないし。
糖石患者特有の病態っていうのがかなりたくさんあるし、糖石患者で何起きてもご存じの通り、何起きてもおかしくないので。
結局、糖石患者の消化管出血とかだと、消化器内科に、ゆうさんの前で言うのは失礼ですけど、やらせちゃうと、体液管理とかめちゃくちゃなんで。
間違いない。
もっと悪化してしまうという。
患者さんとトラブルになるっていうケースはしょっちゅうあったんですよ。
なるほどな。
特に消化器内科って、ゆうさんもそうですけど、主義的なもの。
循環器も家庭犯とかだと主義。
心不全屋さんというか、慢性心不全とかを専門にやられている先生たちは、いい意味でちまちまやられて、患者さんとの向き合っている時間がかなり長いっていうタイプの先生方もいらっしゃいますけれども、
どちらかというと、そういうのは少数派で、立ててるみたいにバン、バッ、バッ、広げてバッ、終わりみたいな。
あるいは消化器とかも、ガッてカメラ入れて止血して終わりみたいなのがやっぱり、それをやりたくて入ったっていう先生方が多いので。
透析患者さんとの慢性疾患の取り扱いとかで、だいたい揉めるんですよ。かなり揉める。
ちょっと大きい声で言えないですけど、透析患者さんキャラクターっていうかね、やっぱり医療機関慣れされてるっていうのがあるんでね。
あれ悪い傾向だと思うんだけど、患者さんたちがドクターを試すような感じで話しかけたりするやつがいるんですよね。
はいはい。
ドライブアウトってどうなってるのとか。
ドライウェイトとか適正体重とかいうのはね、腎臓内科以外に聞いたってわかんねえよそんなのっていう。
わかんない。
わかんない。
まあ、強いて言えば腎管器の先生で多少わかってる先生はいらっしゃいますけれども。
まあまあまあ、そうです。
そういうの計算してとかっていう、なんかうちの曲は結構ちまちま、きめ細かい系の曲だったんで。
はいはい。
だいたい揉めるんですよね。
なるほど。
で、最終的には前もお話したことあるかもしれないですけど、僕の患者さんから誰でも覚えられる先生が、
あの人だったらちゃんとやってくれるとか、あるいは腎臓内科だったらちゃんとやってくれるみたいな逆指名がきちゃって。
へえ。
で、結局あの人は大変だからってうちの科が引き取るみたいなことが結構いっぱいありました。
なるほどな。
ありましたね。めちゃくちゃ多かった。
で、やっぱうちは陶石室の陶石に占める割合がかなり多かったので。
うん。
あの腎臓内科の中でも。
だから近隣のトラブル症例とか、近隣で何か起きた時っていうのはだいたい引き受けるじゃないですか、我々が。
そうですね。
はい、OBのところも含めて。
そうすると、それの橋渡し役として消化器内科に渡したりとか、どこどこ外科とかに渡したりするんだけども、
その後でゴタついて、結局我々が出ていくみたいなことがね、ほんとしょっちゅうありました。
なるほどな。
はい。
なので。
昭和の医局エピソードとパワハラ
そうか。
そういう意味では、働き方っていう意味では、なんて言うんですかね。
うちの教授が昔よく言ってたのは、我々はスイーパーだと。
はい。
表立って戦士のように戦っていく潤化器だとか、消化器、魔法使いのようにカメラを操るやつらとは違って、
我々はスイープする存在だと。
なるほど。
そう。後で汚れてしまった残りを片付けて、で、患者さんたちを立ち上がらせて帰っていく存在だから、
その表にボンボン出る必要はないみたいなタイプの教授だったんですよね。
はいはいはい。
そう。だから、患者満足度ランキングみたいな、アンケートを取るじゃないですか。
はい。
わかります?で、患者さんの数少ないのに、腎臓内科結構1位だったりするんですよね。
っていう患者さんたちは。
なるほど。
なんで、ややわす、スイーパーだから。
トラブった時には、そう出てくるとか。
なるほど。
いうことが多かった一曲でしたね。
あ、そうか。
え、それと、やっぱりその、何ですか。
まずは、その、人疾患だとか、要は透析やってる患者さんが入院しました。
要は消化器系の疾患で入院した時は、
全部がもう消化器内科に、まずは一旦委ねられる感じなんですか。
一旦は消化器内科、要するに治療を先行したいですからね。
まあそうですね。
なんで、はい、スケジュールとか言ってんだけど、
普通は、乳液して、PPIとか入れて、カメラやればいいみたいな感じなのが、
そこに油液入れすぎちゃって、デコっちゃうみたいなことが起きて、
油液にするかなんで。
そうか。
なんで、で、やっぱりちっちゃい曲だったのもあるし、
我々が多分、連絡、話しかけやすかったっていうのはあるかもしれないですけども、
基本的には入院したらすぐ連絡が来るようにしてもらいましたね。
ああ、そういうことですよね。
基本的にはね、まあそれでも連絡漏れるんですけどね、慣れてないかとかは。
まあそうですよね。
慣れてらっしゃらない。
消火器はそもそもうちは同じ医局だったんで、
分かんねえからやってくれっていう依頼が多かったです。
まあそうですよね。
まあ消火器とか循環器だったら、要は最終的には責任が3対3ないかで終えられるので、
ああなるほど、そうか、同じ医局内で。
うちの教授とか、そうです、うちの教授とか、
循環器の医局長も教授も、消火器の医局長も教授も、
まあ最終的には連帯責任だよねっていうふうな感じになってくれるので、
まああんまりそこで揉めることは、
まあ文句言うことはお互いにありましたけど、
まあそれはね、別に組織だからしょうがないんですけど。
はいはい。
でもどちらかというと他の方の方がやっぱコミュニケーションが辛くてとか、
そういうのは多かったですね。
まあそういう時は大体その院内でスーパーローテをした経験している僕とか、
そのちょっと上の先生とか、僕の後輩とかっていう先生がやっぱ橋渡し役になって、
コミュニケーションツールとして僕みたいなことがやっぱ多かったんですかね。
ああなるほどなるほど。
もう他の先生とのコミュニケーション自体がもう元々取れてるからってことですよね。
そうですそうです。
あのすぐ連絡くるとか。
そういうことですね。
なんか普通に、とか全然関係ない。
外科ですげえお世話になってた僕が、
研修院の時とかお世話になってた先生が、
なんか突然電話をあげてきて、
あのさーって言ってきて、
あのさーの言い方が怒ってんなと思って、
うんうんうん。
はい先生どうされましたって言ったら、
お前んとこのさー〇〇ってあの先生さ、あれ何が何年目?とか言って、
絶対怒ってる。
うんうん、怒ってる怒ってる。
怒ってるなと思って、あれ僕の個弁ですみたいなこと言った。
はい。
あの態度なんなの?とか言って。
超怖えと思って、もう下界極まで走って謝りに行った記憶がある。
なるほど。
いやー怖っ。
すいません大変、大変申し上げて、
まあね、ご存知の皆さんご存知の通り下界なんてほら大会系のね、
一番あれじゃないですか。
その先生はものすごい可愛がってくれたんで、
僕のことをなんかそのいじめたりとかする、
一切する先生じゃなかったですけど、
まあ怒るときはやっぱ下界は厳しいから、
まあそうですね。
もう走って行って、行ったときに、
そうだよこういう態度だよみたいなこと言われて。
なるほどなるほど。
そういう、
分かってんな先生。
分かってんなみたいな、
そういうの分かってお前教育しろよとか言ってたら、
なんか後ろから蹴られて、
えーなんで俺蹴られたの?と思ったら、
その先生の指導医、
要するに僕がすごく世話になってた先生の指導医が、
お前もあれ教育がなってねえからだろ?とか言ってバシッとか蹴られて。
なるほど。
まあ昭和の名残がありますよね。
ですね。確かに確かに。
お前ふざけんなとか言ってすげえ言われて。
あんなやつにお前病棟の責任番とかやらせんじゃねえよとかって全然関係ないね。
全然関係ない。
めっちゃとばっちり受けてるじゃないですか。
そうとばっちり受けてて、
なんせんだよとか言ってて、
言って、
その僕のすごい世話になってた、
研修院の時の指導医ですね。
はいはいはい。
4つ上ぐらいの先生、
3つぐらいの先生なんで、
近いからそういうあれだったんですけど、
その上のね、さらに先生は、
すごい散々言ってたんですけど、
その散々言ってた最後に、
でもお前のお弁、
俺の部活の先輩だからなあ、
って言って、
そこで止まりました。
やっぱ先輩後輩関係強いですね。
その結果の先輩の、
その先輩の、
3つ上の先輩が僕の指導医だったんですよ、
当時の。
ああ、なるほど。
だから、
お前怒りすぎるとなあ、
めっちゃ怒られるんだよなあ、
あの人にとか言ってて。
なるほど。
で、それをすいません、すいません、すいません、
って言いながら、
僕はその退散していくって言ってて。
へえ、すごいね。
その時すげえ覚えてる、
もうほんと、
病棟から外科の医局から走ったもん。
やばいじゃないですか、
今考えると、
もしかしたらパワハラって言われてもたしかない。
パワハラ、超パワハラですよね。
仲いいから別にあれだったけど、
それで、そう言って。
で、外科医局から俺が出てくるもんだから、
外科医局の隣にあった納芸の医局長が、
うおおおお、
愛知君なんでここから出てくるの?
みたいな顔して。
うーん、なんか大丈夫?みたいな感じですよね。
なんかあった?って言われたらすごい覚えてる。
なるほど。
いやちょっと?みたいな、
わけわかんないこと言いながら。
そうそう、懐かしいですね。
小規模医局の仕事量と透析当番の過酷さ
でもなんか、はい、
あのー、
まあそういう意味で、
病院全体もね、
本院ではなかったので、うちは。
はいはい。
分院だったので、
規模も500床ぐらいだったから、
ちょっと、
ちっちゃめの医局だから、
まあそういう意味では、
距離感は違いますよね、たぶん。
マンモス医局と。
なるほどなるほど。
うーん。
そうかそうか。
はい。
なんで逆に、
仲は良かったというか、
風通しは良かったかもしれないですけれども、
一つのこう、なんていうのかな、
仕事量っていうか、
回ってくる速度が速すぎた。
あー、ほうほうほう。
逆にあの、
大きい局だと、
あのー、なんか学会発表とかそういうのはね、
みんなで同時にやったりするかもしれないですけど、
うん。
なんだろうな、
僕たち、
小さい局行って大変だなと思ったのは、
教授が教科書を書く。
ほうほうほう。
あのー、
看護師向けの教科書だったかな、あれ。
うんうん。
印象高額技術だったかな。
なんか教科書を書いて、
っていう案件を持ってきた時に、
人位比尿器系だから、
腎臓内科と、
で、本院の皮尿器科と、
うちの腎臓内科で、
分けて書いてください、
という依頼があって、
で、本院の皮尿器科、うちよりも人がいたんで、
書いてる先生が、
なんかね、15人ぐらいとか書かれてたんですね。
おー、すごい。
300ページぐらいある教科書のうちの150ページの
人位比尿器科系のところ。
うんうん。
で、残りの100何ページかぐらいを、
僕ら6人で書いたんですよ。
なるほど。
1人の仕事量がもう全然違いますね。
はいはい。
絵みたいなとか、
そういう仕事の回り方が早かったりとか、
あとやっぱ当席当番、
待機番がめちゃくちゃ多かったです。
なるほどなー。
まだ書類的なものだったらば、
教授もやるよって言ってくれる人だったし、
だいたい俺が持ってきた案件だから、
普通に書いて、
売れた時の印税も、
ちゃんと疫学院に渡しなさいって言ってくれる先生だったから、
はいはい。
全然あれだったんですけど、
当席当番に関しては、
やっぱ若手で回さなきゃいけないから、
3人で月30日を3人で割ったりとか。
すごいっすね。
若い3年目、4年目の先生とかだと、
1人で責任がまだ分かんなかったりして、
取れなかったりするんですよね。
はいはい。
確かに確かに。
僕が入局して、
4年目はもう1人でやらされてました。
それは、
なるほど。
純粋に人がいなかったのと、
まあ平気だろっていう感じだったんですけど、
僕の後輩とかでは、
結構分けてました。
その能力的に。
教授がこうしろとか言ってきたりするので、
そうすると必然的に、
完全にできる先生は3人とかになっちゃうんで、
はいはい。
その3人で。
で、ましてやその3人のうちの1人が夏休みとかだと、
月の待機番17回みたいな。
ありました。
すごいなあ、それは。
それはそうなっちゃった。
なるほどね。
そういうのは、
大変ですね。
結構つらかったというか、
はありましたね。
だから、学会とか地方会の発表とかそういうことよりも、
院内でのそういう、
僕らは当直というよりは当席当番が結構大変だったかな。
まあ確かに当席当番。
当席ってありますもんね、ほんとに。
夜間当席というか、夜間とっつきじゃない、ごめんなさい。
夜中の呼び出し当席。
ああ、はいはい。
多い時は週何回かあったんで。
あ、そうか、大学だとそうなるんですね。
3日間連続とかね。
まじか、きついなあ、それ。
僕大学抜ける2021年、
COVIDの時、COVIDだよね。
はい。
時の1月1日はICUで迎えてます。
当席呼ばれて。
おお、すごい。
そういう感じだからどうしても。
で、大学病院なのに人数が少ないから、
必然的にそれがいっぱい回ってくるっていう。
そういうことですね。
いや、結構変わるんですね。
1時ぐらいに夜間の、夜中の緊急当席が終わったから帰ろって思ったら、
15分後に次が来たとかね。
やばい、えぐい。
それは全然ありましたね、そういうことは。
いや、なるほどなあ、そっか。
大学病院での学会発表と当直
まあ幸いにしてね、当席室っていうのはご存知の通りベッドなので。
ああ、まあそうかね、寝れると。
寝れるんですよ。
なるほど、なるほど。
自由に当直室を使えるみたいな感じでしたね。
ああ、そうか、なるほどなあ。
そういうのあったかな。
まあちょっと特殊かもしれないですけど。
特殊、まあでも1回当席になっちゃうと長いっすもんね。
夜。
あの、安定終了だったらMEに後よろしくっていいんですけど、
はい。
明らかによろしくできないなみたいな人とかだと難しかったりしましたね。
確かに。
なんか、やっぱ大学病院で、国立大学病院にいると、学会とかペーパーとかめっちゃうるさかったんですか?
いや、それで言うと、言うても僕が大学病院戻って、
そこで諸に言うは、ペーパー書くとかの環境になかったので、
なので、それで言うと、そこのところの大変さ正直いまいちわかってないんですけど、
ただ、やっぱある程度、地方会とか学会での発表っていうのをやってっていうのは回ってきてましたよね。
もう年一、二ぐらいのイメージで何かしらやってたなっていうのはありますね。
話は尽きないところですが、今日はここまで。
次回もお楽しみに。
26:44

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