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2023-02-03 11:29

#291 エミネムのライブに参加したらアウェーすぎた【留学時代】

#花凛の雑談
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こんにちは、花凛です。このチャンネルでは、33歳から35歳で200名の男性と出会い、200万円を使って35歳の時に出会って7ヶ月でスピード婚をして、現在一児の母の私、花凛が33歳以降のキャリア女性に向けて、もっと楽に戦略的に生きていくためのヒントをお届けしていくチャンネルになります。
今日の配信はね、最初に言っておきます。めちゃめちゃマニアックな上に、多分そんなに面白くないです。
なので、日頃から私の収録を聞いてくれて、私という人間にちょっと興味を持ってきてくれるような人が、ちょっとほんと暇つぶし程度にね、聞いてもらったらいいなって思うし、逆にそのぐらいのテンションでね、こちらも聞いてほしいなと思いますので、よろしくお願いします。
今日はね、昔話的にね、ちょっと話をしてみたいんですよ。
何かというとね、私が、アメリカに私が20歳の時に留学してたんですね。その時の話で、エミネムのコンサートに行ったら、アウェーすぎた話っていうのをしたいと思います。
皆さん、エミネムって知ってます?アメリカのラッパーでね。今はね、ラッパーっていうともっといろんな方出てきてると思うんだけど、まあその私が20歳だった当時、なので今から18年前っていうのはね、エミネムが日本でちょうど8マイルっていう映画、自助伝的なものをベースにした映画が公開されたかされるぐらいのタイミングでね。
で、すごく人気でね、人気のラッパーで、日本でもすごく人気のラッパーで、私はすごく好きだったんですよね。
何が好きだったかというと、もちろんね、音楽そのものも好きだったし、ラップの歌詞なんてね、本当にね、ちょっとここでは和訳できないぐらいの、本当に汚い言葉のね、羅列なんだけど、でもね、その中でも、韻を踏んでる感じが美しいなと思ってたりとかして、単純に聴いてて美しかったんですよね。
こう、芸術作品みたいな形で。だから、私自身も当時はエミネムのラップを空で歌えるぐらい、今も多分ね、本気出したら歌えるんですけど、誰も聴きたくないと思うんで披露はしませんけど、そのぐらいね、エミネムが好きだったんですよね。
で、20歳の時に私がね、アメリカの東海岸にフィラデルフィアっていうね、ニューヨークから東に車でどのぐらいかな、2時間ぐらい行ったところにね、留学してたんだけど、その時に、あの、何?エミネムの全米コンサートがあったんですよ。そう。で、当時エミネムって日本にそんなに来てくれてなかったんですよね。
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で、これはもうこの全米のコンサートに行くしかないって私は思ったんですよ。そう、思ってて。で、当時ね、留学中でね、別にそんなに、なんていうの、お金もなんかたくさんあるわけじゃないし、何だろう、ないし、勉強もそれなりに忙しいじゃないですか。
で、そんな中でもね、なんか私はね、割と忙しかったんですよね。なのでね、だけどその中で、私やっぱりこのエミネムのコンサート絶対行きたいなって思ってね。で、そう思った時に、ちょっと待てよと、そのエミネムのコンサートって言ったら、たぶんめっちゃこう、ザラッパーみたいなね、ちょっと怖そうな人とかタトゥーめっちゃ入った人とかばっかり来て、なんか私みたいなそのアジア人の女っていうのは、
たぶんめちゃめちゃ少ないだろうなと思ったんですよ。っていうのもそのフィラデルフィアっていう街自体が、もともとそのブラック系の人がすごく多くて、でも白人の人もいるようなエリアではあったけど、アジア人はめちゃめちゃ少なかったわけなんですよね。
だから、普段の街の様子がそんな感じなのに、さらにエミネムのコンサートとか行きだしたら、もう絶対にアウェー感が半端ないだろうなっていうふうに思って、ちょっと躊躇したんですよね。
だけどね、人生でそんなエミネムのコンサートに行くなんてね、たぶん日本に帰国したらチャンスないかもなって思ったんですよ。だから、ちょっと勇気出して行ってみようと思って、そのエミネムのコンサートのチケットを申し込んだんですよ。
さすがに一人だと行くの怖いじゃないですか。で、周りの友達にちょっと誘ってみたんだけど、なんかあんまり食いつきが悪くてみんなね。なんだけど、一人ね、当時私が仲良くしてて、今も交流させてもらってるね、セレブな奥様がいてね。
当時私20歳で奥様は私よりも10歳以上上だったから、たぶん30代前半から半ばぐらいだったと思うんですよ。でね、そのセレブな奥さんなんて全然そんなエミネムとかと縁もゆかりもないような優雅な生活をされてる方なのに、なんかすごい好奇心がある人で、なんかついてきてくれることになってね、一緒にそのエミネムのコンサートに行ったんですよ。
でね、行ったらね、案の定ね、もうね、あの会場に行く途中から、もう本当にそのなんかザラッパーみたいな人しか歩いてないわけですよ、周りに。なんかすごいダボダボのトレーナーとか来てね、とかなんかすごいタトゥー入ったりとかね、なんかすごい髪型してたりとかね、まずが体が大きかったりとかして、もう私とかそのセレブな奥さんとかが行ったらもう子供が行ってるみたいな感じなんですよ。
あの性格好的にも。で、夜のライブやったんですけど、もう会場に入るまでがまずね、もう私たちが悪目立ちしすぎて、そうもうアジア人本当に多分ね、私たちしかいなかったと思うんですよね。
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でもね、いざコンサートが始まったらね、やっぱり生のね、リアルなエミネムがいてね、結構過激なショーをしてね、何やってたのかもあんま覚えてないんですけど、なんか私がすごい好きな曲ね、流しながら人形燃やしたりとかね、なんかいろいろやってたんですよ。
で、なんかすごい面白くって、すごい怖かったけど、まぁ行ってよかったなっていうね、あのーのがありますので、なんか20歳の頃の私って結構いろいろ他にも無茶をね、してたんだけど、今振り返るとね、なんかそういうことの方が覚えてるんですよね、やっぱね。
だしそういう時に、なんかいろんな力が磨かれたなってね、思ったし、こうアウェーなところに行く力みたいなね、だからね、あのーそうそう、でそれによってね、なんか英語が上達したりとかもね、あったんですよね。
なんかね、当時やっぱりエミネムとリアルで会いたいみたいなのがあって、私ね、だからそれに向けてやっぱり英語もちゃんと勉強しなきゃとか思ってね、だから英語もすごい上達したりとかしてたし、そうそうそう、あとね、なんかちょっとしたなんだろう、その当時の思い出話でいくと、なんかエミネムのコンサートのチケットを取った時に、なんかその私が当時住んでたマンションがね、なんか宅配ボックスとかがなかったんですよ。
だから、なんか今のこっちで日本で言うところのその、なんていうのかな、不在表みたいなのが、あのー家の郵便ポストに入ってたんですよね。
で、あのーその不在表の番号に電話したら、まあ案の定そのアメリカ人の、なんていうの、その体育配の兄ちゃんみたいな人が出るわけですよ。
だから、私が普段関わっているような、その大学の先生とか学校の先生とか、なんかホテルの人、スタッフの人みたいな感じで、その母国語が英語じゃない外国人と普通に話ができるような人たちじゃなくて、
本当にずっとローカルでいる人、もうそのアメリカ人としか話してないみたいなね、その宅配便のお兄さんと話をしなきゃいけなかったんですよ。
あの不在表が入っていて、あの何時に来てくださいみたいなやり取りをしなきゃいけなかったんだけども、それがね、本当に聞きにくくて、もう本当に何言ってるかわかんなくて、それでめっちゃ苦労したりとかね、あったんですよ。
だからね、そのエミネムのチケットを手に入れるまでにもまずね、一悶着あったっていうことでね、でもそういう何かいろんな思い出があって、何とかまずチケットを手に入れてね、そこからさらにも会場に行って、会場でアウェー感を味わって、最終的にはちゃんとエミネムを見れてね、なんか楽しんだっていうね。
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なんかその一連のですね、出来事が今すごい思い出として残ってて、なんかよくわかんないけど頑張ってよかったなってね、思ってるんですよ。
なのでそうですね、なので何か多分今後もですね、自分の人生を振り返った時に、すごい記憶に残ることって、何か自分がちょっと無理したこととかね、何かちょっとアウェーなとこ飛び込んだとかね、何かそういう自分の感情が動いた時のことなんじゃないかなって思うんですよね。
で、その20歳の時の自分を振り返って、それから今の自分っていうのを考えてみるとね、やっぱり私はまだまだね、何か今安全圏で生きてるなってね、思うんですよね。立場は全然違いますけどね、当時はその20歳で何も失うものがなく、失うものがないと少なくとも思っていた。
その若さゆえの何か強気とかね、無知みたいなところがあって、何か自分がすごい最強だと思ってた時の自分と、今ね、アラフォーになって小さい子供ができて、守るものができてっていう自分はね、それはスタンスも変わって当然ではあるんですけど、何かそういうね、20歳ぐらいで何かそういう頑張ってた、何かいろいろできないけど頑張ってた自分をね、振り返ると、何か頑張らなきゃなって思うんですよね。
振り返らなきゃなって思うことが最近はすごく多くて、何かちょっとね、守りに入っちゃってるなっていうのがね、感じますね。
ということで、あの今日はね、ちょっとどういうふうに話を締めていいかがよくわかんないんですけど、そのぐらいね、何か私はM&Mが好きで、そのためにね、何かいろいろ頑張ってましたという、まあそういうお話でした。
当時はね、当時と当時の私と今の私はね、まあ結構ね、いろいろ変わってしまって、何か今はすごく保守的になったなっていう部分が寂しくもあるんですけど、まあ今ね、育児をしながら私ももうちょっとね、いろんなことにね、今年は挑戦していきたいななんて、はい、思っております。
今日のね、放送は多分、何だ、再生回数すごい少ないんだろうなって思いますけど、もしどこかのね、方の何かに何かの参考になれば嬉しいなと思います。はい、それではまた。
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