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#25 SFや自己理解に囚われるのもそれはそれで違う!って話
2026-09-30 27:45

#25 SFや自己理解に囚われるのもそれはそれで違う!って話

#自己理解の旅路
#自己実現
#自己理解
#ストレングスファインダー
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00:07
はい、みなさんどうもお疲れ様です。
時刻がただいま。
2026年9月29日の夜の23時過ぎになります。
仕事終わりに帰ってきて、このスタイフを取っているので、
ちょっとエンジンは乗っていないというか、
もう何ならこんな時間ですので、だんだん眠い方向に入っていくんです。
眠い方向の中、スタイフを取っていくというね。
そんな僕なんですけれども。
やっていきます。
今日ちょっと話していきたいのが、
どうしようかなと思ったんですよ、個人的に。
個人的には悩んだんですけど、
先日、僕のSNSのXの方でつぶやいたことを、
改め自分の口でも話したいな、アウトプットしたいなって思ったんで、
ちょっと悩んだんですけど、アウトプットを今からしようかなというところです。
今日話したいのが、
ストレングスファインダーとか、
あとは自己理解っていうものに、
とらわれるのは違うんじゃないかっていう、
そういうテーマをちょっと話していきたいかなと思っています。
すごく率直な話をすると話しにくいなというテーマなんですよね、個人的には。
これ何でかっていうと、
もうはっきりバスバス名前を言っちゃうんですけど、
自分のフォロワーさんだったりっていうところに、
自己理解プログラムっていうね、
そういうプログラム、これ聞いてくれてる人は分かると思うんですけど、
受講生、修了生っていうものがすごく多いですし、
あとはストレングスファインダーっていう診断ツールの、
例えばコーチだったり、
そういったものの恩恵を受けてる人もすごくフォロワーさんには多い中で、
こういった発信ってすごくしがたいというか、
率直に言ってしまうと、
やっぱりその自己理解だったり、
ストレングスファインダーっていうものの恩恵を得ている人だったり、
あとはそこに類する発信をしてたり、
そういったコンテンツが好きっていう人が多い中で、
いやいやでもそこにとらわれるのはちょっと違うんじゃないかって、
ちょっと否定的な意見を述べるっていうのは、
個人的にはちょっとこう、なんていうんですかね、
ちょっと空気というか輪を乱すようなことをするので、
個人的にはそこでちょっと言いづらいなとは思いつつ、
自分の意見としてこういったものは持ってるっていうところは、
悩みつつではあるんですけど、
発信したいかなと思ったんですよね。
03:02
と言いつつも正直自分の中ではあんまりまとまりきってはないんですけど、
ちょっとまとまりきってないなりに、
こうでこうでこう思うんだよねっていう話はできたなと思います。
この冒頭の時点でちょっとやかもなくて思った人は、
もうブラウザバックしちゃってください。
もう全然OKです。
そういうの求めてないよってなっちゃうと思うんで、
その場合はもうスッとブラウザバックしちゃって、
いいかなと思ってます。
じゃあ本題の方に進むんですけど、
まず僕自身も自己理解プログラム、
ヤギジンペンさんの自己理解プログラムを受講して終了した人ですし、
その後、ストレングスファインダーの講座の方にも行ってて、
そちらも終わっている身なので、
どちらも恩恵を受けたし、学びもいただいたっていう人なんですけど、
僕自身がそんな中で、この2つのコンテンツ、
広くNイコール1のコンテンツではなくて、
ストレングスファインダーだったり、
自己理解に類するこのコンテンツたちのことを、
全然悪者だとかは全然思ってないんですよ。
悪者だとか、間買い者だとかっていうのは全然思ってなくて、
今回言いたいのは、中小論とか一般論みたいな話なんですよね。
特定の何かサービスとかプログラムに対しての批判とか否定ではなくて、
こういう側面には気をつけたいよねっていう話をしたいんですよ。
どっちかっていうと。
だし、僕自身もそうしたものを恩恵を得た人間なので、
そういったものをむやみやたらに批判したり噛みついたりしたいわけではないです。
バッシングしたいわけではなくて、
ただ、過去の自分もそういう節があったなと思いつつ、
こういった部分って要注意だよねっていう話を展開していきたいんですよね、
このスタイルでは。
っていうのを踏まえて。
だから僕もむやみやたらに否定したいわけではない。
あくまで持論が否定側に立つことはあるんですけど、
否定したいが前提にはないんだよって話ですね。
否定とかバッシングとかが一丁目に立ってるわけじゃなくて、
あくまでこう思いますよっていう持論を話したときに、
それがちょっと否定的に移る場合はあるので、
そういった部分がちょっと嫌だなって思う人は、
ブラウザバックは全然いいかなと思ってます。
今回のスタイルの経緯としては、
先日の僕がエクスン140字のポストポロってやったやつを改めて、
自分の140字だとどうしても限界があるので、
口を使って僕自身が聞いてほしいっていうアウトプットしたいなってところで、
このスタイルを取ってます。
まず僕の、ごめんなさい、ここまで6分くらい前置きをしてしまってるんですけど、
06:05
下辺で本来というか、こういう主張があるんですけどって話で、
それがストレンスファインダーとか、
自己理解っていうのに囚われるのは違うっていうところと、
あとは場合によって一時的に僕はアンラーニングすることも
あってもいいんじゃないかなっていう、そういった主張を持ってます。
アンラーニングっていうのが、100手放せっていう意味ではなくて、
やっぱり自分の変化、自分の身の前の変化だとか、
考え方の変化だとかによって、一部必要じゃない部分は手放して、
たり、自分の考えを改めてブラッシュアップするみたいな、
そういったニュアンスで言ってます。
で、なぜわざわざこういったものって一定高い額面を払ってるものだとは思うし、
なのにそういうふうなアンラーニングするんですかみたいな話なんですけど、
自分として懸念というか、こういったところがデメリット的に
作用することがあるよねっていうのが、
ストレンスファインダーとか自己理解っていうものに
囚われすぎてしまったり、足枷になってしまったり、
そういうふうになるのはそれはそれで違うよねっていう、
そういった考えを持っているからです。
だからそういう悪い方向に作用するんだったら、
言って手放すっていうのが選択肢だと思うよっていう主張なんですね、僕は。
これをなかなか言いづらいなと思うんですけど、
言いづらいなと思うんですが、そういった意見を持ってます。
で、囚われる足枷になるっていうのもさらには
それってどういうことなんですかっていうのを
もう少し言語化したいかなと思ってるんですけど、
これは要は何だろうな。
ざっくり言うと、それによって行動が止まっちゃうみたいなことですかね。
それによって自分のやるべき行動が阻害されるみたいなのが、
僕の言わんとする囚われたり、足枷になるっていう
そういった表現の対象ですね。
例えばなんですけど、ストレンスファインダー使いましょう。
ストレンスファインダーに、例えば身長差とか活発性っていう
資質があると思うんですけど、
例えばこれよく言われるのが、身長差が高くて行動ができませんとか、
活発性が低くて行動ができませんみたいな言われたりするってやつですね。
あとは他にも何だろうな、それ式で言われると
自己確信が低いから自信が持てません。だから不安ですみたいな
そういった主張ですね。
これって本来やるべき行動があるんですよね。
こういうことしたいとか、こういうことやらなきゃいけない
っていうアクションがあるんだと思うんですけど、
そこに対して診断ツールの資質を引っ張り出して
いや、できません。なぜならこの資質があるからとか、
なぜならこの資質がないからみたいな感じで
主張しちゃってるっていうやつですね。
本来、自己理解だとかストレンスファインダー
もっと抽象的に言うと診断ツールってものって
補助輪だと思うんですよ。自分のやりたいこと。
そのやりたいことっていうのは
09:01
自分の本当に欲としてやりたいことなのかもしれないですし、
あるいは若干仕事みたいなタスクチェック
やらなきゃいけないことだったり
わかんないですけど、いずれにせよ
自分がパフォーマンスを上げたりだとか
幸せになったりだとか、そういったことを掴み取るための
本来補助輪のはずなんですよね。
そういったものとして本来使われるべきはずなのに
そこを言い訳の材料として使ったりすることって
実際あると思うんですよ、正直。
そういった使い方しちゃうのが
本当にあると思うんですよ。
これってやってることが本末転倒だなと思うんですよ。
本来ストレンジファインダーって
例えば自分を良くする
少なくとも自分のパフォーマンスを上げたり
もっとさらに広大な話をすると
幸せになるためのツールとして受けてるはずなのに
そこをやらない言い訳として使ってしまってるっていう
そこの本末転倒感というか矛盾感があるかなと思っていて
じゃあ受けなきゃいいじゃんって話になっちゃうと思うんですよ。
それを言い訳にするんだったらね。
だし、やるかやらないかとかを診断ツールを基に
僕は決めない方がいいと思うんです。
やりたいならやるべきだし
何々が高かったらできないのかっていうのはそんなことはない。
むしろ例えばさっきのVIXで言えば
慎重さが高いんで行動できませんって
分かってるんだったら
じゃあ動かせるような仕組み作んなよって話で終わっちゃうと思うんですよ。
わかってるんでしょ?
慎重さ高いんでしょ?
じゃあそれでも動ける仕組み作ったらいいじゃんって
の一言で終わるんですよ。
だし、実際に慎重さ高くても動いてる人いるんですよ。
全然。全然います。
僕のフォロワーさんというか
縁がある方に慎重さが上位なんだけど
すっごいてキバキ動いてる方いるし
結局それって本人がやらないって結論ありきだと思うんですよ。
やらないって。もうやらないやりたくないって結論ありきで
その結論に対して
都合のいい診断ツールの資質っていうものを
いい言い訳として使ってるだけだと思うんですよね。
厳しいことを言うとね。
だから、そうやって使うんじゃなくて
そんな自分でもどうやったら動けるだろうかって
吟味する方に使ったほうが絶対的にいいと思っていて
そういう都合のいい言い訳に
診断ツールとか自己理解を使うのは
僕は本は先頭だと思ってるんですよ。
だからそうやって診断ツールとか自己理解っていう
エビデンスが浮かんでくることによって
自分に天井をできちゃう。
自分に対して天井を作っちゃって
足下戦しちゃってるみたいなところがあるかなと思っていて
僕はそれが良くないことだと思ってるんですよ。
その場合によってやるべき
苦しいかもしれないけどやるべきなのかもしれないし
やりたいなのかもわかんないですけど
目の前に一定その自分の行動というか
やるが求められるんだったら
そこはそれをどうやるかっていうのを
やっぱり考えるべきだと思うし
そのための診断ツールの自己理解だと
僕は思っているので
診断ツールでこうだったからとか
12:00
自己理解を受けてやりたいことがこうだったから
みたいなのは
それはやらない言い訳だと思うんです。
僕はね。
ここまで厳しいことを言ったんですけど
やる必要があるかは考えてもいいかもしれないですね。
やりたくないこととかに対して
やらなくてもいいんだったら
僕はシンプルにやらなくていいと思います。
多分苦手だと思うんで
診断ツール的にこう出てて
こういうタイプとかこういうことが得意っていうのに
反する行動って
一定は多分苦手ではあると思うので
それをやる必要があるかっていう視点は
大事かなと思うんですけど
そこで苦手だけどやる必要があるって
ジャッジされるんだったら
そこはその上で自分がどう
アクションするかを吟味すべきだと思うし
別にこれ投げてもいいなってことだったら
僕はそれ投げちゃっていいかなと思うんですけど
ただそれがその前者の
苦手なんだけどとか
やりたくはないんだけど
やらなきゃいけないみたいな
場合ってあると思うので
その時に診断ツールとか
自己理解っていうものを
自分の足枷にはしないでよねっていう
そういう話かなと思ってますね
であと
自己理解にとらわれるっていう
今ちょっと診断ツールメインで話を進めたんですけど
自己理解にとらわれるっていうので言うと
ちょっとお茶飲んでいいですか
ずっとこう
僕一人スタイル取ってると口が乾くんで
はい
で
自己理解にとらわれるっていうのは
どういうことかっていうと
言い換えると理想にとらわれるみたいな感じに近いかもしれないですね
結構
自己理解って
やっぱりなんだろうな
気持ちがいいんですよね
やりたいことはこれでみたいな
自分の夢はこれで期待はこれで希望はこれで理想はこれで
みたいな感じで
実際それをやっていくってことは
多分一定幸せなんだと思うんですけど
すごくねやっぱね
人によっては理想が強いですね
人によっては
理想よりか現実味が強い方もいるかもしれないですけど
多分多くの人にとっては
理想っていう要素がかなり
強いと思うんですよ
で
理想にとらわれることによって
起こる弊害って何かっていうと
なんだろうな
理想以外を排除しちゃうみたいなことがあるんじゃないかな
って思っていて
これ例えばどういうことかっていうと
じゃあ自分のやりたいことは
これですって何かピンが立つとするじゃないですか
で
例えばでも
そういう会社に転職しよう
ってなった時に
なんか絶妙にこう
どう言ったらいいんですかね
当たり前なんですけど
会社って自分の理想を全部満たしてくれるような会社って
ほとんどないんですよ
転職のその企業って
例えば
全国で50社くらいあったとして
おそらくそういった会社って
むしろないと思います
自分のそのやりたいことを全て満たすような
業務というかタスクを
任せてくれる会社なんていうのは
ほとんど滅多にないと思います
ましてやそこに転職市場ってなると
年齢とかこれまでのスキルだとか
そういったものが絶対噛んでくるんですよ
ここで何歳からでも
やりたいことができるからって
15:01
言い出すのは僕はちょっときれいごと要素が
強いんじゃないかなと思っていて
実際にはやっぱりその転職市場における
ニーズだとか本人の力量だとか
あとは社会のニーズみたいなのが間違いなくあるんですよ
噛み合ってくる
ここに対して自分のやりたいことを
出力しようとしても
言っちゃ悪いんですけどそんなこと知らんがなってなるんですよね
会社はそんなの求めてないみたいな
話になってしまうんですよ
ってなった時に
私こういうことがやりたいんだけど
こういう会社行きたくないんだけどみたいな
問答をやってるといつまでたっても
求人応募とかできなくなったりするんですよ
これが結構その僕は理想に
とらわれる自己理解にとらわれる
っていう現象だと思っています
今は例えば企業への応募を例に出しましたけど
他にも自分のサービスを出す
みたいな場合でも僕はこれが
出てくるかなと思っていて
結局人って自分のニーズを
満たしてくれるものにしか
応募したりお金って払わないんですよ
いらないから自分のニーズを
満たさないことは
やりたいこととニーズをマッチさせるのって
めちゃめちゃむずいんだと思います
正直な話むずいっていうかなかなかマッチしない
本当にマッチしないと思うんです
マッチしてる人はなかなか
すごい人というか
数投げた人とかどでこした人とか
なかなか僕はレアかなと思っていて
逆の立場になったら分かると思うんですよ
人ってやっぱ潜在的に欲しいものとか
自分の悩みを解決してくれるものに
お金だとか
自分のコストを支払うと思っていて
やりたいことと
そこがマッチしないと
買ってもらったり求めてはもらえないんですよね
だけどそこで
自分のやりたいことを追求したいために
やりたいことの中にやりたくないことって
絶対混ざってくると思うんですよ
ここはもう本当に率直に言ってしまうと
やりたいことをやる上で
やりたくないことは絶対混ざってくるし
自分が得意なことをやる上で
苦手なことが絶対混ざってくるんですよ
ここででも自分の得意なことは
これだからこれしかやらないとか
やりたいことはこれだから
これしかやんないってやってると
一向に現実が動かないんですよ
そこで悩むと
そこで理想を膨らまして
その理想をひたすら求めて
ここに自分乗せよう乗せようって思うと
乗らないです
そうやってるうちに時間ばっかり過ぎていくんですよ
現実が全然動かない
っていう事態に陥ると思います
すごく耳が痛い
かもしれないんですけど
事実だと思います
これが多くの人にとっても
実際そういう人いるんじゃないですか
なんかやりたいことは見つけたけど
現実あんま変わってないなっていう人
いると思うんですよ
僕は人のこと言えないんですけど
こんなこと言っといて
人のことは言えないんですけど
実際こういうことになると思います
で
言って僕は
泥臭いことは
しなきゃいけないのかなって
最近割り切ってきましたね
徐々に徐々に
ごめんなさいね
これめちゃくちゃ耳の痛いことを
今から言うんですけど
いわゆる
自己理解だとか診断ツールだとかって
気持ちいいんですよ
やって
気持ちよくてなんかやった気になるんですよ
18:02
それって
診断ツールで自分ってこういう人なんや
こういう特性を持ってて
こういう質を持ってて
こういう人間なんやって思うと
現実は動いてなくてもなんかすごい人間になったような気がするんですよ
自己理解もそうで
なんか自分の得意なことがこれで
価値観がこれでって分かると
なんかそれだけで
現実が動いたような気になるんです
気持ちがいいんですその行為自体が
もちろんそれが不思議になることはありますよ
診断ツールとか
自己理解っていうものによって
目処が立つというか道筋が立つ
ってことによって
実際にそれが不思議になるってことはあるんですけど
まだその時点だと現実って動いてないんですよ
でもなんかやった気になるんですよ
気持ちがいいんですよそもそもの話
それをやるってこと自体が
日本人って結構占いとか診断ツールとか好きじゃないですか
でそうやって受けて
自分ってこうなんだって
そこに一喜一憂するじゃないですか
でもそれ単体ではやっぱり現実って
あんま変わってなくて
動いてなくて
そこで自分の
得られた理想みたいなのを
追求しようとしすぎちゃったりすると
そこで行動が止まっちゃったりするし
あるいはそれを言い訳遣いとかを
してしまうとそれも行動が止まっちゃう
原因になるから
それって本末先頭だよねっていう主張を
僕がしたいんですよ
だから僕はここまで通して言いたいのが
その自己理解とか
いわゆる診断ツールっていうのが無意味だとは
全然思ってないんですよむしろ有意義だとは
思うんですけどその後
やっぱそれをどうするかっていうことが
僕は結構大事かなとは思ってます
結局多分受けただけだとちょっとこう
デスクで終わってしまう
起承論で終わってしまう
人って多いんじゃないかなと思っていて
だからその後の
アクションのために一旦
アンラーニングするみたいなことは大事
じゃないと起承の空論でちょっと終わってしまう
そこからこういう結果が
得られましたってなって動いてみて
動いた結果で
ブラッシュアップするというか
その
ここで動いた結果でって言うんですけど
怖いんですよねみんな動くのってね
足止まるんですよね
いや分かりますよ僕も日々止まってばっか
なんでめちゃめちゃ分かりますし
なんかやっぱりこう
あとね何だろうな
やりたいことが
見つかったら動ける
のは僕はちょっと若干嘘かな
って気がしますねやりたいことが見つかっても
そっから先
動くのに対してブロックがかかる人が
結構大勢いるような気がしますそもそも
話ですけどでも
事実として動かないと
情報不足ですね
あの僕も分かりましたけど
経験っていうものがやっぱ
教えてくれる情報量の方が
はるかにワークとか
メソッドみたいなものよりも
はるかにそっちの方が強いんで
そっちで知っていかなきゃいけない
でもそのためには行動が必要で
でも多くの人はそこで
行動が止まっちゃうっていうのが
常かなと思っていて
そこで
自己理解とか
ストレンジファインダーに
診断ツールですね
絞られて足を止めるべきではないんですよ
21:02
でも止まっちゃうんだよね
分かる分かる止まっちゃう
こんなこと言って止まっちゃうんですよね
ここから
止めないためにはどうすればいいんですか
っていう話を
ここから展開すると
またここまでの話の倍ぐらいかかっちゃうんで
それはちょっと割愛させてください
もし気になる方は
僕のこのスタイフの2本前ぐらいのやつが
行動について話してるやつが
あったと思うんで
もしよかったらそれを聞いてみてください
っていうそんな話ですね
だからその自己理解はやっぱり
自己理解ストレンジファインダー
診断ツールって本当に受けるだけじゃ
マジで意味がなくて
受けて行動してみて
その行動の結果を味わってみる
中にはたぶんしんどい行動の結果があると思うんです
結果は全然いい結果で帰ってくるものじゃなくて
全然もう
ぶたれるとかボコボコにされる結果
っていうのもあると思うんですけど
それを踏まえて
行動の結果
っていうものを味わって
初めて自己理解が成立する
ワークコーチングとかそのメソッド面だけだと
成り立たないし
むしろそれで
かっこたるなんか
これだみたいなのを得て
理想に囚われすぎると
逆に足止まります
理想に完璧にフルコミットさせようとすると
そんなことは社会じゃありえないんで
社会はそんなに綺麗になってないです
と思います
とごめんなさい僕20代なんですけど
20代の若造ではあるんですけど
率直に思いますね
やっぱり
結局
重ね重ね
繰り返しになるんですけど
求めてもらうかどうかって結局やっぱり
社会のニーズが決めてるんですよ
具体例を出すんですけど
世の中って例えば
介護職とか
あともっと言うと
バキュームカーとか排泄物とか
回収する車で働いてる人とかいるじゃないですか
でも
排泄物が好きな人とか
排泄物に関しての仕事やりたいって
人あんまいないと思うんですよ
これはどういうことかっていうと
それがやりたいっていう
自己実現欲求と
社会のニーズが僕は釣り合ってないっていう証拠だと思ってる
そういう仕事があるということが
それって誰もやりたくはないんだけど
社会はそういうのを求めてるっていう
そんな仕事山ほどあると思うんですよ
僕が今パンパンって
浮かべた仕事はその2つぐらいですけど
世の中ってやっぱり
ニーズっていうものが
お金を作ってるんですよ
ニーズを満たすっていうのが
お金を作るから
やりたいっていうその自己実現ニーズと
社会が求めるニーズの数っていうのは
一致しないと思うんですよ
だから自己実現によって
お金を稼いでうまく前進していく
っていう仕組みを作るのは
なかなかに難しいんだと思う
釣り合わないから数が
現実はそういうものが絶対発生してくると思うんです
だからそこは
夢を生きるために
現実を生きるみたいなことが
若干必要にはなってくるんだと思うんです
って思います
24:01
まぁちょっと
世知辛い 後半世知辛い話をしましたけど
うーん
かな
だから僕はこういう会話というか
こういう自己理解とか
ストラングスファインダーについて
興味関心がある人の
コミュニティ内でこういった発信をするっていうのは
かなり気が引けるなと思ってるんですが
でも
うーん
最後ちょっと僕のスタンスなんですけど
僕あんまり奇麗事に
振りすぎるの好きじゃないんですよ
奇麗事とか奇情論に
振りすぎるのが好きじゃなくて
奇麗事とか奇情論そのものは
全然嫌いじゃないんですけど
やっぱりそれで不幸になったら
本末転倒だと思ってるんですよ
結局みんな何のためにこういう自己理解とか
やりたいこと見つけたり
ストラングスファインダーとか受けて
自分の性質とか得意を割り出したいのか
って言ったら究極は幸せになりたいからだと思うんですよ
そうやって
健やかに生きていきたいとか
パフォーマンス上げたいとか
自分の特徴を理解して
メンタル安定して生きていきたい
全てすごい抽象化すると幸せに生きていきたい
かなと思っていて
でもそれをこうなんか
夢見心地で
こういうリップサービスばっかり言って
その
幸せに繋がってなかったら
僕は本末転倒だと思っているので
ごめんなさい一応注釈ですけど
Nイコール1の批判とかではないです
別に誰々さんの
これこれがとかこのプログラムがとか
っていう批判では全然ないんですけど
それを一般化したときに
そういう話をした先で
結局それが不幸になってたら
もともともないかなと思っているので
だから僕は結構自分の心情として
若干言いづらいことがあったとしても
僕はこう思うっていう
自分の持論というか
信念みたいなのは貫くようには
知っています
僕もまだまだ若造なので
社会のニーズの二の字も
知らないような人間がこんなこと言ってる
っていうのはあるんですけど
僕は僕でこう思うっていうのはあるので
なかなかこう
現実問題は夢見るだけでは生きられない
っていうことがやっぱ人によってはあるので
そうした部分で
地に足をつけるっていうことだったりも
一定は必要になってくるし
そういう自己実現ニーズと
社会のニーズがマッチしづらいよね
そういう現実は
僕は夢を諦めるっていうことと
現実を見ないっていうことは全然
違うことだと思っているので
現実は見つつ夢は諦めないっていう視点も
すごく大事だと思うので
そういった部分から
今日はそんな発信をさせてもらいました
重ね重ねですけど
自己理解というか信頼ツールの批判
っていうことではなくて
使い方だとかそういうふうな解釈
捕らわれとかしかせにするような解釈で
使うのは危険だよね
っていうそういった
発信意見になりますね
今日はそんな
お話でございました
今日はちょっとまた
ぐさっと系
テーマで話しちゃったかもしれないので
僕は最後に心情の
人間ではあるので
あまりそんたくとか綺麗ごととかに
振りすぎないっていうところを
27:01
自分の大事にしていきたいかなと
思っていますので
そういった部分で
ちょっと
鋭い
鋭い話にはなってしまったかもしれないですけど
そういった
意見をスタイフで取らせてもらいました
ここまで聞いてくれて
ありがとうございました
もし面白いなと思った方は
いいね押していただいたり
過去取ったスタイフ聞いてくださったり
あとは僕の
Xとかに飛んでいただいて感想をいただけたり
こちらのスタイフのコメントに
感想をいただけたらしたら嬉しいかなと思います
では今日はこれで終わります
ありがとうございました
3,2,1
27:45

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