2026-10-22 20:15

藝大の授業で知った、情報が外れた物は価値を失う話

【内容】
最近、東京藝術大学の授業に通っています。おちつきクラシックの相方をはじめ、すごい人たちがなぜか僕の作っているものをアートだと言い始めた。何言ってんだと思いながらも、どういうことなのか知りたくて通っています。

最新の回は、美術品の収集と保管の話でした。物だけあっても、それが何なのかという情報が外れてしまうと価値がなくなる。地震や津波でタグがどこかに行ってしまえば、もう「これなんだっけ」になってしまう。

じゃあ僕が録っている対談の音は、200年後、300年後にどんな情報を持っていれば価値になるのか。それは分からない。分からないから、できる限り全部取っておく。スタジオを立ち上げた時から、マスターの原本を全部残してきた理由はここにあります。

後半は、ゴッホとピカソならどっちになりたいかという話。極端なところからしか、人と違うものは生まれない。コツコツのコツを、ドカンにする。そして、発信者になるということは、自己矛盾の狭間に立つということ。

【目次】
藝大の授業に通い始めた理由
美術品の保管と、外れたタグの話
ゴッホとピカソ、どっちになりたいか
コツコツのコツをドカンにする
発信者は自己矛盾の狭間に立つ

この回は、Voicy「かねりん脳内Podcast」で配信した放送です。

📌番組公式サイト(各種プラットフォームへのリンク)
https://nounai.kanerin.co.jp/apps

【パーソナリティ(MC)】
▼金田勇太(かねりん)
・KANERIN Podcast Studios 代表
「刑事司法実務の最前線で多数の犯罪捜査を指揮。2017年から暗号資産業界へ参入。数々のグローバルプロジェクトに参画しコンサルティング、情報分析・アドバイザリー業務を提供。コンサートライブ配信業、音声配信業、テックメディア創業等を経て、ポッドキャストレーベル兼プロダクション「KANERIN Podcast Studios」を創業。多様なパートナーと共に、未来へつなぐ声の原典を共創している。」

【制作】
制作:KANERIN Podcast Studios
著作:株式会社KANERIN

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サマリー

金田勇太は東京藝術大学の授業に通い始めた理由として、対談音声を台本なしで収録し、本音や人間関係の変化を記録している自分の制作物が、なぜアートと呼ばれるのかを知りたいと話します。授業では、美術品は物だけでなく、それが何かを示す情報やタグが保たれて初めて価値を持つことを学びました。将来どの情報が価値を持つか分からないため、スタジオのマスター原本をできる限り保存し、100年後、1000年後に評価される可能性も含めて考えています。 後半では、存命中に評価されたピカソと、死後に評価されたゴッホを対比し、極端な環境や人と違う入力から独自の創作が生まれると語ります。コツコツ積み重ねるだけでなく、一つ一つの「コツ」を大きな成果にすること、結果は制御できなくても自分は邁進することが重要だと述べます。最後に、発信者は理想と現実、自分の言葉と自己矛盾の狭間に立つ存在だとして、まず発信しながら進むことを勧めます。

東京藝術大学に通い、音声制作をアートとして考える
最近東京芸術大学の授業を受けているんですが、ノートの方にちょこちょことまとめて書いて、最近投稿しているので、知っている人もいるかなと思うんだけど、
音声ではあまり話してなかったから、少し話そうかな。話したか。 一番最新のところで言うと、
まだ直接ね、僕が通っている理由っていうのは、僕の作っている音声コンテンツがあるでしょう。
僕これなんか商売としてやってるって感覚があまりなくてですね、 こういうものを作りたいんだみたいなのが結構、
僕の行動指針では割と強くて、 特に対談を始めてからですね。
対談を始めてからは、台本を作りたくなくて、なんでなんのかなって考えている時に、やっぱりどうなるか分からないのが面白いんだなと感じるのよ、僕はね。
喋っている本人もどうなるか分からないし、なるべく嘘じゃないものを喋りたいしっていうベースもあったり。
本音って一言で言うけど、何でもかんでも本音が価値があるかっていうのはよく分からないんだが、
一定程度本音にこだわって対話をしていく。で、お互い人間関係できていくその最中もね、例えば第1回の配信と第100回の配信ってだいぶこなれ感が違ってくるんだよね。
ずっと喋っているとね、人間関係だよね。ある意味で人間関係を記録しているということでもあるなと思ってて、僕がやっていることっていうのは、
いわゆる台本でそこに役としてはまってくださいね、あなたっていうことではなくて、人間としてのあなたをここで発揮してください。
人間観察。そんな感覚もあるんだよね。いろいろと思うことがこうやって喋りだすとあるんだけど、体系的に説明することができなくて、
なぜかというと俺は芸術とか美術とかいうことは全く分からないので、勉強もしたことないしね、全く縁がないと思ってきた世界だったからね。
実は縁がないと思っていたのに、こう最近関わる方、それこそ落ち着きクラシックという番組の相方のクラシック業界では超重鎮のすごい人ですよ。
偉い人というよりすごい人だね。偉い人ということはもう肩書き見れば一発でわかるんだけど、偉そうな人じゃないんだよね。
そこがまた本当にすごい人なんだろうなっていうのを滲み出てるよね。あんなにすごいのに、あんなに偉いのに、一ミリも選ぶらない。
ワンちゃん本当にすごい人の特徴だよな。ワンちゃんその辺のよくわからんおっさんかと思ってしまう。けれども実はすごかったみたいな。
その人とやってるじゃん。落ち着きクラシックを聴いてくれてない人はぜひ1,2,3話ぐらい見てもらえるといいと思う。めちゃくちゃ面白い。
面白いですね、あれは。体験型なんでね。一緒にリスナーさんにも初見で初心者の人でも体験してもらう。
僕は初心者なんで、初心者目線で楽しんでもらえるんだけど。
そういう柳中先生みたいな人たちがなぜかこぞって俺のことをアーティストだとか、作ってるものはアートだとかっていうことを言い始めた。
何言ってんだよって思ってたけども、どういうことなんだろうを知りたくて、本買って勉強したりとか、今回こうやって芸大の授業を紹介してもらって、しげく通っているということですね。
まだ何も見えてきてないというか、前提知識がなさすぎて、教授たちの話の前提がないので、こんな話を聞いとってもなという気ではあるんだけど、興味を持つきっかけとしてはいいかなと思いますね。
高い金を利税に切って払って毎回授業に出て、90分やそこらの話を聞いて、それをもとに自分が何を持って考えて、次はどういう本買って勉強しようかなとかね。
確実に解像度は上がってきてますね。
美術品のタグと音声原本の保存
最新の回だとね、保存保管に関する話でしたね。
美術品の収集保管、保存ですね。
どういう観点で、キュレーターという人がどういう観点で、美術品とかアーティストの人とかを見つくろってきて、これには価値があるみたいな。
どういう観点で、これはアートだとかっていうのを見定めるのかっていう、そういう話もあったり、それを収集したものをどうやって保管するのかだったりさ。
その中でね、質問したんですけどね、物だけあっても、それの物は何なのかっていう情報が外れてしまうと価値がなくなるっていうことがあるみたいですね。
それはそうかっていうね。
いろんなものが大量にあるけど、よく自然災害とか、それこそ津波とか地震とかでぐちゃぐちゃになっちゃって、タグが付いてたやつがどっか行っちゃったってなると、もうこれなんだっけってなってしまうと。
なんだっけってなってしまうともう価値を失ってしまうというのがあって。
じゃあ僕のこの今収録している音声とか対談とかが、何が将来200年後、300年後にどんな情報を持っていればそれが価値だと価値が認められるのかっていうと、それはもう分からないとしか言いようがないと。
例えば今、これはこうやって収録してるけど、今この渋谷のさあどこどこでさあってこう言ったときのこの渋谷っていうそのワードが、200年後に渋谷がどういう場所なのかによっては、ものすごく何か価値のある情報だ
ったりする。
渋谷で言うとメジャーすぎるけど、なんかもう田舎の市宮とかね、どっかの市宮っていろんなところにあるけど。
どんなワード、何がどんな情報が将来価値を持つかは全く想像できないので、できる限り全てを取っておくということが必要だという。
やっぱりそうなんだね。だからそれで言うと、僕は本当昔からこのスタジオを立ち上げた時からの理念としては、なるべくマスター原本を全部取っておくということをしてるんです。
これ結構簡単なことではなくて、重いからねデータがね。全部取っておくと、死ぬほど重いデータがどんどんそれだけでもコストがかさむんだよ。
商売になってないわけね、これ。サーバー代とかね。
でもそれをやめないのは、今が良ければいいっていう作品じゃないっていうイメージなんよな。
むしろ100年後とか200年後とか遠い500年後とか1000年後にこの作品を残しておきたいな。
1000年後の人たちが1000年前のこのコンテンツを振り返った時に、こんなにもマスターで全くいじっていない原本の録音データがこんなにあるのかって何かが引っかかってすごい価値が出てくるっていうことにな
ったらエモいなみたいなね。
ことも思うわけです。だから時間軸としては、自分が生きてる間に全てのものを評価されようなんて最初から放棄していてね。
ゴッホとピカソ、極端さから生まれる創作
ゴスとかゴッホなのかピカソなのかとかってよく例えられるけど、極論言ったらそういう話なんだろうけど、今の現世ではある程度のところで良くて、生活に困らないぐらいで良くて、
それ以上はゴッホでいいなって。つまりピカソは生きてる間にめちゃくちゃ評価されて絵が売れて良い人生を送れたけど、ゴッホは生きてる間には全く評価されなくて自殺したんだったかな。
非業の死を遂げ、死んでから最評価されて、最評価じゃない初めて評価されてっていう人生、対局だよねって語られて、俺もよく聞かれるのよ仲間うちに。
カネリンはピカソになりたいんですか?ゴッホでいいんですか?非業の死でいいんですか?って。
その答えはバランスだ。寝言じゃ飯は食えないからな。それはあるのよ。極端な精神的な気持ちとか環境とかからしか異常なものって生まれないと思っているので、それはそうだよねって思ってますよ。
だから耳が聞こえない人とか目が見えない人とか、何か生涯いわゆる生涯がある人っていうのは普通の人と違うわけだ。それはある意味でラッキーだなってそういうふうにも思えるなと思ってて。
何もかもがみんなと違う、一緒のインプット、一緒の身体、似たような身体を持って似たようなインプット、似たような環境で似たような人たちと喋って暮らしていたら、そりゃおかしなものはできない、おかしな発想には
ならないでしょ普通に考えて。
インプットが一緒なんだもん。器とインプットが一緒だったらアウトプット一緒でしょって出てくるクソの色は一緒でしょってそういう話よな。身体で例えたら分かりやすいよね。食べてるもの一緒だったら、同じ種類で
食べてるもの一緒だったら同じうんこが出るでしょ。精神活動の脳みその活動も一緒だよねって思っています僕は。
なのでなるべくその環境とか器を変える。器っていうのは自分の体だよね。なかなか自分でじゃあ目ん玉1個飛ばしてみるかってそういうことはなかなかね怖くてねみんなできないから不意な事故とか病気とかで何かを失
ってしまうっていうことは不幸なんだけれどもある意味でギフテッドでもある可能性は。ギフテッドっていう言葉の使い方間違ってるけど
ある意味でギフトの側面もあるよね。それを失ったことによって普通の人とは違う世界の見方ができる器を手に入れたと。それによって創作活動、自分の精神性とか感受性とかは必ず変わるので、であればもう創作活動を
してほしいよね。面白い変わったものに溢れていきたいこの世界。
変わったものが好きなんだな。僕はね。普通と違う多数派と違うもの。いろいろと見るのが感じるのが好きなんだろうな。多分そういうことなんだよな。
だからそういうものを増やしたくてもがいている。自分自身もそういうものを作りたいしっていうところで生き方をとりあえず変えた。けれどもまあ今どきね。
先祖代々刑事一家で10年以上やった刑事を去って辞めて独立してインフルエンサーみたいなことやって音声コンテンツ立ち上げてみたいなのがまあ俺の簡単な略歴だけど。こんなような人生とかもっと腹の板状な人生を送
っている人はたくさんいるのでね。それ自体は別に何にも得意性のあるものだとは思ってないんだが。
まあでも一番でっかいマジョリティ多数派からは外れられたので良かったかなと。その後は外れ続けなければいけないですけどね。
コツコツのコツをドカンにする
人生の目的とか目標とか特に言語化してないしよくわからないよね。そんなもんねえよって。
だけれども自分のワクワクすることとかときめくこととかやりたいと思うことをやるのがいいよねみたいなところで生きてくる中で今この音声コンテンツというものにたどり着いて多くの人を巻き込み始めたところで
あると。
出版社からの書籍の執筆の依頼などもき、あとは番組も対談番組で1年続いたバケモン番組落ち着きAIが生まれシリーズもんでクラシックとかスリープとかブランディング地方創生その他諸々いろいろと生まれてきネット
ワークが広がってきつつある。
この先に何があるのかコツコツコツコツって言葉大嫌いなのね。
ドカーンがいいのねほらねコツコツなんてそのコツコツの1個ずつのコツがドカーンドカンドカンドカンドカンでドカンドカンドカンドカンぐらいじゃないと人生は短いですからコツコツっていうのは何かっていうと時間を
味方につけるやり方な。
俺人生半分終わってるし時間を味方につけるやり方がそのドカーンを諦める言い訳のように使われてるのがバカバカしいと思ってるんでトレードオフじゃないのでドカンドカンドカンドカンでコツコツやってくださいコツコ
ツのコツをドカンにしましょうみたいなそういうことができないとオンリーワンではないねって思いますかね。
なので必然あれになってしまうんですよ極端に極端になってしまうんですね極端になろうと思って頑張ってやってるわけじゃなくてなってるんだよねっていうのはやっぱり極端なことをやらないと人と違うアウトプット
は生まれようがないよねっていう気持ちがあるんでしょうな。
これはもうちっちゃい時からそうですねこれをやるって決めたらそれしかやらないっていうそれが極端だとかなんとかって言われたけどもっと褒められていいと思うけどなみんなそういうふうにやるべきだとも思うしバラ
ンスとかって言ってるとバランスっていうのはまあ誰にでもできることだからね極端に振り切ることが誰にでもできないことなんで
本人にとってはねだからゴッホーかピカソかって言われたらもうゴッホーでいいよってでその彼との違いは何かって言ったらまあ別にゴッホーが嫌だからじゃあちょっとピカソっぽいことしますじゃなくてあとは天運だよな
自分はもうゴッホーと同じようなことやってるけどたまたま周りに巡り合わせてくれた人がとの相性が良くてなんとかしてくれたなんとかなった
っていうことじゃない自分自身はもうひたすらに邁進するだけよ結果論だからねひたすらに邁進することのみを突き進むのみあとどうなるかは他の様々ないろんな要素の絡み合わせでどうなるか知らんし制御できることでは
ないそんな感じかな
発信者が立つ自己矛盾の狭間
はいということで皆さんもね突き抜けてやりたいことやりたいようにやってみたらいいんじゃないですか捨てること大事ですよみんないろんな言い訳するんでね家族がどうとかもういい歳だからとかじゃくんじゃってやら
ない言い訳なんて無限に作れるんで結局どっかで自己矛盾をきたして発信者なんてみんなそうですけど
自分の発信って結構自分に向けて言ってるところありますからね
よく見てみるとお前矛盾してんじゃんっていうの結構いっぱいあるけれどもそれはそのはずその人だって完璧じゃないんでむしろ自分に対して言霊のように言っている
でもその自己矛盾には自分が一番気づいているのでどこかでああって思いながらもその発信を続けていたりするそんなもんです
発信者になるということは自分の自己矛盾理想と現実の狭間に立つということですね
なので発信することをお勧めしてますねまず話はそこからですねというところで自己矛盾の狭間のところにまず立ってそれで自分の人生をどういうふうにいきたいかを決めて一歩ずつ進んでいくそれしかないね以上で
ございます
20:15

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