1. 神田大介の経験
  2. 社会のマジメ化 その4
2024-08-01 10:19

社会のマジメ化 その4

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SNSの炎上に関しては、研究もたくさんあって、論文もあって、よく知られていることですが、非常に限られた人数が、そういう炎上というものを作り出すということは、学術的にも言われていますよね。
さすがに知っている人が多いのではないかと思いますが、いまだにやっぱり炎上って、世間を賑わすものになっていますよね。
それ自体が、やはり現代っぽい跡を私は持っているところがあって、結局あれって、可視化されるというところが一つのポイントなんだろうと。
前に、学ぶじゃなくて学びということにして、感情ができる、学びが5つあったことを数えられるというところが、学びという言葉、気づきという言葉なんて、名詞が多用されるようになったことの背景なんじゃないかと知りましたけど、
結局その炎上とかっていうのも、じゃあ何回リツイートされたとか、いくつのコメントがついたみたいなことで可視化されるということですよね。
数字自体は実はあまり見ていないと思うんですよ。
私も例えば、炎上したって言われている案件とかでも、500リツイートとかで炎上というふうに言われたことがあって、
正直、炎上を慣れしている私からするとですね、少ないんですよね、500ってね。3桁かよっていう感じしていて。
とりわけ、最近、でも物によるか、500、3桁のリツイートかっていうのは、あまりバズったっていうことも言えないんじゃないですかね。
バズったって言っていいのって4桁リツイートかじゃないかな。
せめて1000、でも1000でバズったっていうのはちょっと恥ずかしい気がするんですよね。
1万いったら確実にバズってますよね、いいねの数とかもね。
炎上っていうのは、リツイートは多いけどいいねが少ないのが炎上っていうふうに言っていいと思いますけれども。
でも基本的にリツイートの数とかでも、もうバズりには大事ですから、5000、3000。
3000あったらバズったって言ってもいいかな。2000、微妙ですよね。2000でもいいかな。
1000は違う気がするのは、それは人の感覚によるんであれですけれども。
そういうリツイートって、例えば何ですか、簡単に言うと100リツイートなんていうのは、一人の人間で作り出せるんですよね。
アカウントっていくつも作ることできますし、
それからよく知られている手法として、使われなくなったアカウントをハッキングすると。
ハッキングすること自体には技術がいりますけれども、それを売ってる人がいるんで、
そういうところから変わってくればですね、一つのツイートをたくさんリツイートさせるようになっていくことはそんなに難しくないわけですよね。
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インスタグラムはインスタグラムでまたちょっと別な感じがしますけれども、
そうですね、基本的にはでも同じかな、リツイートとかっていう言葉ではないですけれども、
その批判のコメントが殺到したりするとかっていうのを、別に一人の人がたくさん書き込めばいいっていうことではあるので、
作品的に作りやすいんですけれども、ただいずれにしても、今の世の中を生きる人たちにとっては、
そこでそういう数が何か起きているっていうことが、別に桁数とかっていうのはあまり誰も見てないんですよね。
何か数がそこで発生しているっていうことが、おそらく意味を帯びているっていうか重要になってくると。
何だっていいですよね、別にね、言ってみればね。
そういうものっていうのが極端な形になっていくと何が起きるかっていうと、何もしないのが一番いいということになるんですよね。
道を外さないっていうのがいいと。
だから、何ですか、おどけて何かをする。
ああ、あれそうですよね、回転寿司ね。
醤油刺し、ペロペロやっちゃうやつ。
はっきり言ってあんなやつはザラにいて、本当に何のオリジナリティもない。
本当に子供がやるような、よくやるような話だなと思って見てましたけど。
あれも一旦SNSに、あれはTikTokからTwitterに行ったんですっけ。
切り出されてバズってしまうと炎上っていうことになって、裁判だたになり学校も辞めなきゃいけないみたいなのが今の世の中ですね。
だから正しく振る舞わなきゃいけないんですよ。学校辞めたくないですもんね。
別に自分の意思で辞めるのはいいんだけど、ヤンキー、昔の不良みたいにね。そうじゃないですからね。
人に辞めさせられるっていうことですから。
普通の一般の人たちがそういうふうに人の人生を左右するっていうことができるっていうね。
結果的に自死する人とかも生み出してるわけじゃないですか。
あんなの本当にひどいなと思うんですけど、しかしその片棒を担いだやつは平気の平座っていうことで生きてるわけですからね。
何ともひどいですけれども、響きはしないですよね、こんなこと言ったってね。どうせ聞いてもいないだろうし。
私のパソコン通信での経験というのはこういうところで像を結んでくるんですけど、
結局そういうことをやってる人たちっていうのは、社会の中で虐げられているというふうな辞任がある人たちなんだろうなと思うんですよ。
クラスの進みっ子にいて誰も相手しくなかったとか、むしろいじめられてたとか、
社会に出てから何にもいいことがないとか不遇を抱えている人こそですね、おそらくそういう人。
とりわけね、醤油さしペロペロしちゃうようなヤンキー感があったじゃないですか。
ヤンキー嫌いなんだろうなっていう感じはしますよね。
そういう人見つけると本当に許せないっていうふうに思っちゃう。
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しかもそこに鍵かっこつきの正しさがついてくるんで、余計に力が入るわけですよね。
っていうところがおそらく炎上の現象っていうのの根っこのところにはあるんじゃないかなと私は思ってるんですよ。
これが社会の真面目化っていうふうに思ってるんですけどね。
ヤンキーイコール不真面目じゃないですか。
醤油さしに舐める奴は不真面目に決まってますよね。
っていうのがしかし、昔はそれをそういうふうに昔って昭和の時代とかには制裁を下す手段ってなかったですよ。
だってヤンキーに喧嘩を挑んでも負けちゃうからね。
殴られて、お前何やってんだっつってね。
より酷い目にあるのが関山だし、警察はそんな民事なんかで動かないから。
そういうことで言うと、醤油さし舐めるのが民事か微妙とか言うけど。
そういうことで言うと、今ってそういう私の系、死刑をするツールっていうのがいっぱいあるんですよね。
これはもうパソコン通信の昔からそうなんですけど、
バトル、フレーム、フレームに勝つ奴って時間がある奴だっていうふうに言われてて、暇な奴ってことですね。
学生とか主婦が強いとかってすごい言われてたんですけど、
結局ずっとパソコンの画面の前に、今はスマホですね。
スマホの画面の前にいられる人っていうのがそういうところでは上位に行くので、
その理屈で言うとですね、やっぱりいわゆる無敵の人って言われる人たち。
何も失うものがない人たちっていうのが一番強くなるんですよね。
だからこれはもう大富豪において3を4枚出すみたいな革命ですけれども、弱者こそが強者であるっていう。
言うてしかしね、現実の生活では弱者は弱者なんですけど、
やっぱりお金がなかったり、それこそ親に虐待を受けてたりとかね、
すごい介護で大変だったりとか、いろんな不遇を抱えてるっていう人が多いんだろうと思いますけれども。
だからといってね、人を自身に追い込むようなことをしていいってわけじゃないんですけど、
ここがね、本当にねじれているところで、要は別にSNSって、
Twitterもインスタもそうですけど、やってない奴が一番強いんですよね。
言わなくたって全然生きていけるわけですけれども、生きていける人が強い。
私もSNS、Twitterやってますけど、結局番組の告知とかをやらなきゃいけないからあそこにあるんですよね。
それなりにフォロワー数とかもあるから、やっぱりね、活動していくにあたっては、
数字っていうのがね、苔落としとしてでもですよ。数字っていうのが効果があるんですよ。そこなんだよな。
結局今の世の中の人って、どんな人もKPIを年に0.5%上げるみたいなことを言われてるでしょ。
こんなことは少なくとも新聞社は全然言ってなかったのに、ここ3年ぐらいで、
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3年遅いって言われそうだけど、言われるようになりましたよ。
やっぱり右肩上がりの成長みたいなのを求められるっていう、この数字っていうのと、
そういうTwitterのアカウントのフォロワー数みたいな数字、リツイート数みたいな数字、学び気づきっていう数字。
そういう本当に数学みたいな楽しい意味ではない数字っていうものに縛られる、縛らせるっていうことなんだろうな。
っていうのにSNSって下校の場所になっちゃっていて、そこに足を踏み入れなくてもいい人たちっていうのは、
働かなくてもいい人たちとかなんですよね。そこに行けるかどうかっていうところ。
それはね、例えばタレントとかアーティストとかですげえ才能があっても、やっぱりそこに足を踏み込まざるを得ないところがあるから、じゃあダメなんですよね。
そこを踏み込まなくていいところにいる人たちこそが、現代社会における貴族なんだと私は睨んでるんですけどね。
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