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イリカミネ イリカミネ 抱きしめて 毎日だって 切られて 切られて イリカミネ
三菱電機
毎週火曜日のこの時間は、神戸神海のBrush Upです。
さあ、神戸さん、この時間は?
今日は九州についてちょっと話をしてみたいなと思いました。
僕は群馬の生まれですけれども、九州に来たときに、いろいろ驚いたことがあったんです。
九州は一つっていう言葉があって、当時、西日本新聞がキャンペーンしてたのかな。
なんか、そういう言葉を聞いて、えーっと思ったんです。
東北は一つとか、中部地方は一つとかいう言い方はしないんですよ。
広いし、文化が違う。
東北なんか特に太平洋側と日本海側でも全然違うし、
雪の降り方も違うわけで。
九州が一つっていう言い方をする地域っていうのは、なかなか僕にとっては新鮮だったんですね。
逆に、九州は一つっていう言い方をしながら、九州は一つ一つだっていう言い方をする人もいた。
各県それぞれ。
日本の中心は熊本だっていう生き生きの人とかね。
薩摩が明治維新作ったんだとかね。
ウサジングのある大分はどうなんだとか。
日本にずっと開いてきたのは長崎だとかね。
なんかそんな言い方をするんですよ、各県の人が。
で、一つ一つだって言われてる人もいて、面白いと思いましたね。
で、その時に思ったのは、放送局が多くて覚えられない。
その地域地域の放送局の名前を。
私関東の生まれなんで、関東全域が東京の地域局を見てるんですよね。
で、こんなにその地域地域に放送局があるっていう感覚がよくわからなかった。
そして驚いたのは、方言を使うタレントさんがいたということ。
東京地域局にはいないんですよ。
つまり群馬弁を喋るタレントさんは、群馬のテレビに出てるかというと、そんなことはゼロなんですよ。
ところがこっちに来たら、そうなのね。
九州は一つと言いながら、九州は一つ一つと言いながら。
面白い地域だとすごく思ったんですけど。
東京や大阪、名古屋以外はこういう感じですよね。
広域圏の放送局がないところ。
僕がすごく思ったのは、当時新聞記者で入ったんですけど、
全国市って東京本社、東日本ですね。
大阪本社、西日本。
それと西武本社、九州、山口。
大きく3つに分かれてて。
名古屋の総会3県というのもありますけど、北海道もありますけど。
大きく3つの本社に分かれてるんですね。
西武本社に来て、そういう九州のことをすごく感じて、
新聞見て面白いと思ったんですよね。
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例えばその時にたまたま、
私が学生時代を過ごした高校時代の高崎市という群馬県の街があるんですけど、
事件があった時に、九州の新聞に見出しに群馬って書かれてたんですよ。
え?高崎のことを群馬って言っちゃうの?
アバウトだなって思ったんですけど。
高崎か前橋かなんてあんまり区別もつかないし、
でも群馬でこっちの州にはいいわけですよね。
西武本社で作るってことは、九州の読者を意識して作るので見出しも変わるんです。
逆に言ったら、僕が見てた東日本の東京本社の新聞には、
宮崎と延岡の区別をしてたかと言われると、
多分延岡市で起きた事件のことを宮崎という見出しをつけてたと思うんですよね。
そういう意味で言うと、傾斜編集って言うんですけど、
その地域に合わせて編集を新聞がしてきたっていうのはあるんですよ。
そこの括りが西武九州山口っていう括りだったんです。
私ね、これね、結構九州の県民性、地域性にかなり影響してるんじゃないかなっていう気がしてるんです。
例えば九州が一つっていう意識には、
そういう新聞をずっと見続けてきた地域の、
僕らに積み重なってきたものがどこかにあって、
九州が一つ一つっていう言い方をするときは、
放送局がそれぞれのタレントを出してきてる。
そういうメディアが九州ならではの発展をしてきたっていうのが、
すごく影響してるんじゃないかなって前から思ってたんですけど、
今日たまたま新聞見たらですね、
毎日新聞の西武本社が印刷開始して、
今日で100年って出てたんですよ。
ええって思ってですね、長官見て。
西武本社で印刷始めたのは、
大阪毎日新聞のフロックとして、
1922年11月1日に西武毎日を創刊したのが、
現在の西武本社版の始まりです。
以来1世紀にわたって新聞を届け続けた。
100年ですね。
私これ見てですね、
私がもともと言ったところですけど、毎日新聞西武本社。
100年かと今日朝見て、
ふとその前から思ってた九州は一つと、
九州は一つ一つということについてちょっと考えちゃってですね。
外から来たからそういうことが感じたんでしょうね。
でも九州が僕らにとって愛すべき都市として親しんできたその土地の背景には、
長い間の100年にわたる新聞だったり、
それから戦後のテレビメディア、NHKも民放も含めて、
その地域を大事にしてきた放送というのがね、
県民性をつくるにものすごく影響してるんじゃないかなと思っていたので、
ちょっと僕ねこの話したいなと今日の朝見て思ったんですよ。
西武本社という括りでやってきましたけど、
他の本社に比べて圧倒的に読者と近いという感覚を持ってました。
ただ作っていくだけじゃなくて、その地域の人とやり取りしながら、
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東京でもないし大阪でもないので、この地域ならではの新聞を作って、
そして西日本新聞さんなんかもすごくいいライバルで、ブロック主として。
その全国紙と西日本新聞さんが競争しながらその地域のことを報じていくという文化。
それが九州の一つということ。
それから九州は一つ一つという独自性。
それぞれに新聞テレビが大きく関わってきたのが、
この間の歴史だったのかななんてことを聴観を見て思ったので、
リスナーの方にお伝えしたいと思いました。
エリアを見つめて100年ってすごいことだなと本当に思いますね。
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