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こんにちは、かいほです。ヨガと発信でもっと好循環。
今日はちょっとヨガ哲学のお話をしようかなというふうに思っております。
ちょっともうマニアックでもいいっていうところで、ちょっと話したいなというふうに思ったのと、
私が今入っているなおこさんのメンバーシップの中で、100日間チャレンジっていうふうになおこさんがやって、
100日間過ごす自分の目標があって、それに則って過ごしているんですけれども、
それの振り返りなどもしながら、ヨガ哲学のお話を好き勝手とにかくしゃべりたいなというふうに思ったので、
ちょっとしゃべってみようと思います。よければ最後まで聞いていってください。
なおこさんのメンバーシップの100日間チャレンジで、私は何をしようと思っていたかというと、
引き寄せの法則でこの100日間を過ごすというようなことをやっておりました。
私は左脳優位の人間でして、頭で結構考えちゃうんですよね。仕事から理系というのもあるし、
結構くよくよ内省しながら、よく考えないと考えをめぐらせて結局やらないみたいなことが結構多かったりするんですけれども、
直感にのっとって過ごすようになってから、物事が左脳優位で考えて、頭で考えていた時よりもよく、いい感じに回るようになったんですよ。
なので、このThe Secretという書籍を読んで、これにのっとって100日間過ごしてみようというふうに思って、
4月から過ごしてきました。その4月から今までの間で、私自身がゴールデンウィークの思い出をリール動画にしようというワークショップをやりたいなと思ってやったり、
スキーを形にする発信講座というのをやったりというところで、これもある種やりたいと思って直感で動いて、
それが楽しく続いているんでしょう、今も。すごく今のところとてもいい感じできております。
反省点としたら、反省点何かあるかな。反省点そんなにないんかいって感じですけどね。反省点そんなないですね。
今のところ楽しく過ごしています。この直感に従って引き寄せの法則にのっとって、自分が楽しそうにしているという姿を予縮というか、
それをイメージしながら、そっちの周波数に自分の周波数を良くするように過ごすというところで、
何もそこに苦しさというか、もちろん緊張したりとか後で反省をしたりとかということはもちろんあるんですけど、
それよりも自分の周波数を常によく保っておくというふうにコミットしているので、
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出会う方とかおしゃべりする方とかつながる方とか今のところすごくいい方々にしか恵まれていないというところですね。
そして大きく手放したいろいろなSNSの企業さんの運用代行だったりというところの手放しは自分の中ですごく大きな決断だったけれど、
本当に決断してよかったなというふうに思いました。その時の決断というのはすごく苦渋の決断というか苦しかった時もあったんだけれど、
でもそれって頭で考えてここで手放すべきじゃないって思って手放せなかったんですけど、
でも本当はこうしたいっていうのが決まってて、なのでそれで自分の直感に従って手放すことを決断したら、
意外とそんな大きなことは何もなくて何も起きなかった大丈夫だったんだっていうところが一つ自分の経験値につながって、
だからより自分の直感に従うって大事だなというふうに思っているわけです。
反省点じゃないけれど、私が今伝えたいというか、自分がすごく大事にしているヨガ的な考え方、ヨガ哲学っていうのが自分の根っこに今あるんですよね。
それをこの間のヒロネさんの対談の時とかもそうだったんですけど、話を振ってくださるんですよ。
私のヨガの哲学だったりヨガのマインドだったり自分の意見を聞いてくださっているのに、
どこか自分があまりこれが好きっていうのを大きな声で言わないように自分で避けてしまっている、逃げてしまっているみたいな側面がありまして、
それ発信においてもそうだし日常生活もそうなんですよね。隠してるんですよ。本当はそれを大事と思っているのに、
普通の人のふりをするっていうか、もっとエビデンスベースで私は普段仕事をしているから、それを隠して、普通の人のふりをして、
本当は好きって思っているんだけど、好きっていうことを隠して生きていっているなっていうのをすごく感じたんですよね。
対談の時も感じたし、それは普段の発信する時もそうなんですけど、でも本当は結構どっぷりと調べれば、
調べるほど、勉強すればするほどやっぱり好きだなって思うし、ヨガ哲学の先生は私の心の支え、別にずっと連絡を取っているとかは一切なくて、
講座の後とかも全然連絡とか取ってないんですけど、その時の下学びっていうか、それプラス自分の中の思想っていうか、
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哲学は宗教じゃないので、いわば一つの真理みたいなところなんですけれど、その真理が自分の中でずっと温かく温めてくれているみたいな感じなんですよ。
それってどういう感覚なのかなって感じたんですけど、おばあちゃんが自分をすごく大切にしていると、大事に思ってくれていたおばあちゃんが天国から自分を見守っているんだとか、
たまにお墓参りとか行くと、そんなことを思いを馳せたりすると、大事な時におばあちゃんを見守っているから、みたいな感じでちょっと温かい気持ちになったりするじゃないですか。
そんな感じの気持ちだなって思って、何も状況変わってないんですけど、今自分が置かれている状況変わってないんですけど、この頃がもやもやしそうになったりとか、これでいいんだろうかって迷う時に、
でも大丈夫みたいな、私だってヨガ哲学があるから、これにのっとって生きていけば絶対幸せでいられるから大丈夫みたいな、どんな困難があってもきっと大丈夫だなみたいなのが思うわけですよ。
実際そうなるかわかんないけどね。なんかそういうふうに自分には、今目の前にめっちゃ大事にしてるって思うことがたとえ失われた時にどうしようって、もうそれがないと生きていけないみたいになっちゃうとめちゃくちゃ不安じゃないですか。選択肢がね、それしかないと思うと。
だけど、それすらなくなったとしても私には神様がいてくれるから大丈夫みたいな感じの、その神様部分が私にとってはヨガ哲学があるからきっと大丈夫だろうなみたいな、落ち込むことがあってもまた戻ってくれれば、人間としてこれを指針に生きていけばどうせ幸せになれるんだから大丈夫って思うと、
エビデンスベースの生き方も全然選択できるなみたいなところなんですよ。いやこれ伝わんない。絶対何言ってんだろうって感じですよね。そうそうそう。それもね、自分もそうだったからなんかめちゃくちゃわかるし、自分もそうだったから自分がそれを信じてるっていうふうに大きな声で言いたくないなーっていうのがあるんですよ。隠してるんですよ。普通の人のフリしてるんですけどね。
でも、これがあることによって、自分にとってはすごく生きやすくなったし、もやもやしたり嫌なことがあっても、あとは例えば目の前の夫が急に違う家族のところに行きますみたいなことがもしあったとして、
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そうしたら信頼してた人から裏切られたってなってめちゃくちゃ辛いじゃないですか。そういう風になったらどうしようって思った時に、ああでも大丈夫かみたいな感じなんだろうな。そこに怖さっていうか依存みたいなっていうよりは、
ヨガ哲学的に生きていけばまた幸せになるし、もしかしたらまた次のパートナーが現れるかもしれないなーみたいなぐらいですかね。ちょっと何の話って感じだと思うんですけど。
プランBを自分の中で持っておく。選択肢を自分の中で準備しておく。それがちょっとスピリチュアルっぽい要素だったとしても、そこに支えられる。だからこそ現実世界を走れるんだなぁみたいなところで、
それに気づかせてくれたのは、私推しである藤井和さんが好きなんですけれども、彼の思想とヨガ哲学の思想みたいなことをくっつけて私が理解することによって、もう大丈夫だなぁみたいな気持ちになってるっていうただそれだけですね。
推しに支えられてるみたいなもんですかね。それみたいな話になっちゃうかもしれないんですけど、そんな感じです。はい、仕事に行ってきます。KAIHOでした。またねー。