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2022-04-25 10:46

【ゲスト第17弾】~terihaeru 小島様①~ #102

今回はゲスト企画の第17弾です!



ゲストは、terihaeru(テリハエル)の小島様です!



今週は、小島様の経歴等をお話いただきます!



是非最後までお聴きください♪



【terihaeru様】


terihaeru : www.terihaeru.com

youtube「ひよch. | terihaeruの布づくり」 : https://www.youtube.com/channel/UCoiadxNfD5Szp2Bc9cGv6Ag

note : https://note.com/hiyori_terihaeru/



【泉工業株式会社】

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福永均の「繊維の泉」

提供:泉工業株式会社

プロデュース、制作:キラテン

ナビゲーター:順天堂

00:01
福永ひとしの繊維の泉
リスナーのみなさん、こんにちは。ラメ糸王子の石川です。
福永ひとしの繊維の泉、今週も始まります。
福永社長、よろしくお願いします。
社長、今回ですね、さっそくゲストをまた呼んでおりまして、
今回は、terihaeruの小島様にお越しいただいております。
小島さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ありがとうございます。
terihaeru、僕、噛みそうに言ってもらっちゃうんですけど。
噛みそうになります。
この辺りの社名の由来とかも聞いていければなと思っております。
まず最初に、簡単な自己紹介から、小島さん、お願いできますでしょうか。
平成4年まで、1992年までの愛知県、
美衆産地でterihaeruはスタートいたしまして、
美衆産地の豊かな技術と木々を守るために発足したのがterihaeruというブランドです。
近年は、terihaeruの知名度だったりとか、そういったものを向上させるために
ちょっと出なきゃいけないなと思いまして、
最近は東京都八王子市に引っ越しをしまして、
これから営業活動をとうとう頑張っていこうかなというところでございます。
小島さんの個人的な、今までの経歴とかってお話というか、
どんな歩みをされてきたのか。
詳細を。
お話できる範囲でいいので。
全部話せます。
私は地元の芸大名古屋芸術大学のテキスタルコースに進んでいて、
そこから大学3年生の時に、美衆産地の主な都市である一宮市の
地場産業ファッションデザインセンターという機関があるんですけど、
そこがやっている小工房っていう学生と、その産地の匠って言われる人たちをつなげて、
一つの作品、記事も作って、服までするっていうプロジェクトが。
小工房っていう。
そうです。
学芸工房か。
学芸を受ける工房で。
それに参加しました。
本当にたまたま、自分はあんまりテキスタル、
もともとテキスタルコース入るつもりもなかったですし、
なるべくテキスタル。
本当はビジュアルコースに入りたくて、
2年から変わるコースを選択するところだったんですけど、
それに落ちまして、ビジュアルに入れなくて、
今の先生の大木先生が拾ってくださって、たまたま入ったテキスタルコース。
それでもう人生変わっとるから。
そうなんですよ、そこは重要なポイントでした。
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それで、その小工房も、私は全然織物好きじゃなくて、
すごい向いてなくて、もともとプリントのほうが好きだったんですよ。
プリントのほうが好きだったんですけど、
なぜ織物を作るプロジェクトに参加したかっていうと、
私、兄弟がいまして、片割れ、双子なんです、私が。
片割れが名古屋の学芸大学のファッション科に進んでて、
テキスタルコースは布を作れるけど、服は作れないので、
その小工房って結構、服まで作らなきゃいけないので大変なんですよ。
そんで、うちの教授が、
あなた知り合いに服作れるからいいじゃん、これやりなよ、みたいな感じで、
別に私の才能がどうとかじゃなくて、
そういう知恵があるからやってみたら、みたいな感じで、なんとなく受けたんですよ。
で、それがたまたま、
カナーレっていう会社の足立さんにピックアップしていただいて、
本当に足立さんが素晴らしい方で、
すごく男気もあふれますし、面倒見もすごくよくて、
もちろん作ってる記事も、ちょっと言っていいのか分からないですけど、
ヨーロッパの大手メゾンで多数採用されているような、
めちゃめちゃ変態やもんね。
変態ですね。
そういう変態に拾っていただいて、すごく濃密な1年間を過ごしたんですよ。
ションヘルショッキって古い機械も教えてもらって、
なんかもう衝撃だったんですよ、全てが。
こんな布があるんだ、みたいな。
そこからすごく織物が好きになって、足立のおかげで織物が好きになって、
その足立から、もうこれは数年で作れなくなると。
こんなにヨーロッパのブランドとかもたくさん使ってるのに、
作れなくなると。
その原因がやっぱり、ションヘルショッキを扱うのが後期高齢者なので、
今は本当に後期高齢者になってきちゃってますけど、
その人たちがいなくなったら、後継者もいないからやらない。
それが、よくわかんないな、みたいな。
わかんないなっていうのが最初。なんでなのかな、みたいな。
絶対なんとかなるだろうっていうのを思って。
それで考えたのが、やっぱり自分たちで値段を決めなきゃいけない。
自分たちで値段を決めて、自分たちでデザインしたものを、
今までは一般の消費者の方にお届けできてなかったので、
それで一般の消費者の方に直に、
ションヘルショッキで作ったものをお届けするっていうので、
手に入ったスタート。
それが大学3年生の秋には覚悟というか、やるぞと決めて、
で、卒業後はそれをやろうっていうふうに。
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最初は就職しようと思ったんですよ。やっぱり折り物難しいんで。
すぐにできると思ってなかったし。
それで足立に、まあ足立さんは一匹狼型なので、
別に雇用はしないんです。
雇用はしないんですけど、ちょっと相談をしたわけですね。
もし入るとしたらどこの会社がいいか。
で、こういうことをやりたいっていうのは明確に決まってたので、
そういうふうなブランドをしたいっていうふうにお伝えしたら、
足立は今これ言うと否定しますけど、
いや俺が面倒見てやるよ。
俺が金出すってちょっと生々しいけど、
俺がその記事を作ってあげるからやりなと。
それで3年間お世話になるわけです、足立に。
で、自分もションヘルショッキの稼働を学んで、
畑谷さんにくっついていろいろ回って、
ションヘルショッキの動かし方を1から10まで一通り、
そこから3年間は学んだっていう感じですね。
で、その記事が地元の一ノ宮市の市民病院に飾っていただいてたりとか、
あと東京の渡留夢美術館でコラボ手帳を出したりとか、
主な結果はそんな感じですけど、
他は百貨店とかイベント等々で、
ずっと裏裏ふり歩いていたりという感じですね。
その一環で2017年には担う展示会も、
リーダーでやらさせていただくんですけど、
それは自分が美術館で活動していく中で、
同世代も多産地にたくさんいるんだということが分かって、
でもやっぱり辞めていっちゃうんですよね。
なんで辞めていくのかなって、
今はちょっと状況が違いますけど、
当時は若手が信用されていなかったというか、
若手がやりたいというのが定的だった。
みんなが結局居場所がなくて、
すみません、時計が鳴りました。
それで辞めていっちゃうんですね。
で、その辞めた後、
それで辞めていっちゃうというのがあって、
それってすごく産地にとっても良くないし、
学生にとっても良くないと思って、
それをどう解決したらいいかというのを考えたのが、
展示会という方法で、それがスタートしたのが、
自分たちが作ったものがちゃんと数字になるよということを、
ちゃんと証明できる場所を作るというのが、
その辞めた後、
ちょっとお時間がいい感じになってきたので、
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次回以降にいろいろとかもっていければなと思います。
すみません、しゃべりすぎました。
最後に何かPRとかお知らせとかあったら。
そうですね。一応、テレファイルはニュータイプという、
新しくリニューアルして、もうすぐお披露目します。
ニナウもリニューアルして、
春夏は一回お休みするんですけど、
今年の秋に大きく出せるように準備していきますので、
ぜひ今後も見ていただけると嬉しいです。
テレファイルとニナウのURLとか、
ホームページとかありますか?
はい、ございます。
ぜひ見ていただいて、こちらの番組の概要欄。
最後に弊社からお知らせです。
各種SNSですね。
インスタグラム、Twitter、Facebookやってます。
あとこちらのラジオ番組とYouTubeもやっておりますので、
よかったら概要欄から覗いてみてください。よろしくお願いします。
それではまた来週もよろしくお願いします。
10:46

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