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2024-04-30 11:23

音声配信を継続させるコツ。「学びになる音声コンテンツ」と、嫌いな言葉について


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00:05
こんにちは、いわみです。
4月30日の火曜日、いかがお過ごしでしょうか。
今日で4月も終わりで、明日から5月で。
もうね、会社とか人によっては、連休に入っている方もいるかもしれませんが、
カレンダー通りだと今年のゴールデンウィークは、割ととびとびになるんですよね。
僕はあまり関係なく、毎日やってますが、
いやー、でも今日はね、高地が暑くてムシムシしてるんですよね。
さっきちょっと走ってきたんですが、
久しぶりに汗が吹き出て止まらないっていうね、
この感覚は、久しぶりだなと。
いつも同じ話をしている気がしますが、
今の僕の生活パターンだと、子供の学校とかその家族のリズムと、
自分の音声配信の配信ペースが完全に反比例するというか、になってくるので、
今はね、連休中とか休みが多いと、必然的にというか、
音声配信のペースは下がるんですけど、
多分これはね、5月の上旬というか、5月前半ぐらいは続きそうだなという感じがしますが、
でもやっぱり喋らないと、下も回らないから、
やっぱり下も回らなくなるし、
文章を書くときと喋るときの頭の回転というのはやっぱり違う気がするんですよね。
両方とも黙らせない方がいいなと思っているので、
今日もやることはあるんですが、合間を縫ってこうやって喋っていこうかなと思います。
それで特に何も喋る内容は決めてないんですけど、
一人で喋るときはね、なるべくこのやり方がいいなというのは、
今のところ僕がたどり着いたところで、
このやり方というのは喋る直前まで何を喋るか決めないということなんですけど、
前はね、ちゃんと決めて台本を書くまでしたこともなくはないけど、
それじゃなくても少なくともタイトルとかテーマぐらいは決めて喋りだすことが結構あったんですけど、
最近はね、それすらやらないというか本当にね、
自分が何を喋るのかわからない状態で機材を準備して録音ボタンを押しているっていうね。
言ってみればアドリブみたいなことですけど、
よく言えばアドリブだけど、悪く言えば見切り発射で何も考えていないってことなんだけど、
成果物が発信するその出来上がりのクオリティがどうなるかっていうのは、
わからないですけど、でもやっぱり続けるか続けないかっていう観点だと、
このやり方が一番いいなと思うようになりました。
なぜかというと簡単に言うと負荷を限界まで下げるということですね。
何をもってクオリティとするかですけど、
03:01
僕が思うにおそらくこれを聞いてくださっている人の中でね、
情報的なものを求めている人はもう、
もはやいないんじゃないかなっていうのが僕の思っているところで、
じゃあ何のために聞くのかっていうと、
なんでしょうね、一個わかんないですけど、
なんとなくその喋っているのを聞きながら、
多分自分でも何かを考えるっていう、
自分の頭の中の考えるヒントを得るために聞いているような方が多いんですけど、
自分の頭の中の考えるヒントを得るために聞いているような方が多いんじゃないかなと、
勝手な推測ですけど思っています。
なぜかというと僕がそうやって音声配信を聞くことが多いからなんですよね。
だからね、
ああいうボイシーとか割と完成されたコンテンツとこういうスタンドFMとか、
どっちかというとその雑談系の、今はそこまで分かれていないかもしれませんけど、
簡単に2局、2つに分けるとすると、
プロとかセミプロみたいな人がテーマを決めて喋るコンテンツと、
そうではないアマチュアみたいな人が雑談チックに話すコンテンツと、
その使い分けというか聞く目的が両方あると思うんですよね。
その前者の方はコンテンツの方は勉強とか学習ですけど、
後者のスタンドFMとかこういう雑談的なコンテンツっていうのは、
考えるためのヒントを得るために聞くっていうことがね、
僕は多いんじゃないかなという気がしてるんですよね。
学びのためって言いましたけど、
でも必ずしも後者の方が学びじゃないかっていうと、
そんなことはないというか、
むしろ自分で考える方が学びになると僕は思っているので、
ちょっとした極論ですけど、
ボイCEOとかポッドキャストとか、
古典ラジオを聞くよりも、
古典ラジオを聞くよりもメタ音声配信ラジオを聞いた方が勉強になるなんて、
そんなことは口が裂けても言えないですけど、
場合によっては、切り取る角度によっては、
そういうことが言えなくもないくらいの、そういうことですね。
今のところはカットしてもいいですけど、
あんまり人が聞いてないんで。
一応喋ろうと決めていたテーマというか、
なんとなくざっくりとしたものがあるんですけど、
これは何て言うんだろうな、
あまり聞く人によっては不快に感じる人もいるかもしれないので、
ほっそり喋ろうと思うんですけど、
タイトルとかにも何も書かずに、後半の部分でね、
本当に別に聞いても怒らなそうな人に向かってだけ喋るっていうことですけど、
何の話かというと、
僕はHSPっていう言葉が嫌いなんですよね。
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HSPってご存知ですか?
どっちかというと、僕にとっては流行り言葉みたいなもんなんですけど、
多分、ハイリーセンシティブパーソンの略だと思います。
つまり感じやすい人っていうことで、
かなりあやふやな知識で喋ってますけど、
どっちかというと発達障害的に使われる言葉で、
これがあるから生きにくいみたいな、
そういう名前をつけられた、
ある意味軽度の障害みたいなことだと僕は理解してるんですけど、
僕は何でこの言葉が嫌いなのかなって、
前から違和感を感じてたんですよ。
この間、別のことについて考えてるときにふと思ったんですけど、
僕はこの言葉が嫌いだなって、
もっと直接的に言うと、
自分のことをHSPですって言ってる人が、
僕は全般的に嫌いだなっていうことを思ったんで、
別にこんなにはっきり言う必要ないんですけど、
思っちゃったんだからしょうがないかなと思って、
こうやって喋っています。
何で嫌いなのかって、
ちゃんとそれは説明しなきゃいけないわけですけど、
一言で言うと、
何も考えてないように思えてしまうからってことですね。
ちょっとひどいこと言ってるかもしれませんけど、
これはだから別にHSPだけに限らず、
僕は発達障害っていう言葉を、
みんなが軽々しく使っている今の風潮も、
あんまり好きじゃないというか、
ここまで聞いてくださったことはあんまりいないと思うので、
もっとはっきり言ってしまうと、
そういうことを言っている人のことを、
結構バカじゃねって思っているんですよね。
でもそれはあれですね。
今僕は同じ鉄を踏みましたね。
同じ鉄っていうのは何かっていうと、
考えずに言葉のパワーだけに身を寄せるというか、
使い勝手の良い言葉ってあると思うんですよね。
分かりやすいのは、
今の人は何でもヤバいとかエグいとか言うっていうことを
聞いたことがありますけど、
構造的にはそれと同じというか、
今ちょっと軽々しくこの話題を持ち出そうと思ってですね、
話し始めたら、
結構どこから切り込んでいいのか、
今問われているんですけど、
あんまり誤解を与えないようにしゃべるのは難しいなって、
もう既に与えているかもしれませんけど、
強い言葉を
思考停止して使うことっていう、
それは間違いないんですけど、
僕はもっと根深い問題というか、
感じているというか、
ちょっと話は逸れるのか、
そういったところで、
本当につらい人もたくさんいると思うんですよ。
発達障害とか、
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何かしらの障害を持って、
性格とか精神的な問題には、
いろんなグラデーションがあって、
測り方によっても変わるし、
時代によってもね、
どこからどこまでを正常として、
どこからどこまでを異常とするというか、
障害というか、
障害とするというのは、
それは線引きの問題だと思うんですけど、
それで間違いなく傾向として、
今まではその異常というか、
障害と言われていなかったところまでを、
障害と呼ぶというか、
病気なのか障害なのかわかりませんけど、
という呼ぶ範囲が広がってきたというのは、
多分間違いなくあると思うんですよね。
そのこと自体は別に、
どっちでもいいというか、
いいと思うんですけど、
例えばそのことで、
障害者に認定するというのは、
またあれかもしれませんけど、
例えば学校とかで言ったら、
クラスを分けるのか、
ラベルを貼るのか、
それは僕は反対しているというか、
違和感を覚えているんですけど、
ちょっと合間時間で一人で喋るには、
重すぎるテーマを選んでしまったことに、
だんだん気づいてきたので、
今日は途中でやめておこうかなと、
この辺でやめておこうかなと思いますが、
一応今まで喋ったことを自分なりにまとめてみると、
HSPとか発達障害みたいな言葉は、
言葉が独り歩きしているというか、
くわけをする言葉としては有効だと思うんだけど、
その言葉に乗っかることによって、
結局何も考えていない人間を増やしている結果になっているような気がするということですね。
この話はまたどこかで続きを考えてみたいと思います。
知り切れトンボですが、今日は終わりにします。
良い一日をお過ごしください。さようなら。
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