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#54「なぜなら、仮面の向こうに唯一の顔などないのだから。」
2025-10-20 30:38

#54「なぜなら、仮面の向こうに唯一の顔などないのだから。」

第54回は、難波優輝さんの『物語化批判の哲学』から、かしまが引用しました。


就活、コンペなどを繰り返すうちに人生の物語化が癖付いてしまい、書籍の中で批判されている方法を完全に内面化して生きているかしま。


物語化の窮屈さを感じるエピソードを紹介しつつ、自分の中にあるさまざまな顔をどう扱えるものか、わたる、ひかると雑談しました。




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わたる:発起人。テレビの制作会社ディレクター。テレビを見るより本が好き。



ひかる:わたるの大学からの友だち。会社員。道端に落ちているものを写真におさめたり、飼い犬を愛でるのが好き。



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00:03
IN YOU RADIO 
引用ラジオ。小説や映画、ドラマや本など、日常で出会った言葉たち。 心に残った言葉に、その人だけの経験や、普段考えていることが透けて見えてくる。
引用する言葉から、あなたの中に湧き上がる何かが垣間見えたら。 メンバーたちが持ち寄った言葉を取り上げながら、社会や生活を考え、雑談するポッドキャストです。
渡辺です。 香島です。
今日は香島が引用します。
読んだ? 読んだ読んだ。
まだ読んでないです。
物語家批判の哲学。私の人生を遊び直すために。 永雪さん。
最近話題の。
それも引用してないんだっけ?
ちょっと引用した。
ちょっと引用したけど。
でもね、本引用じゃなかった?
補助線引用。
ナンバさんは94年生まれ、理学者なんで、年代的にも近くて。 94年生まれ?
そうです。 94年生まれなんです。
ゲームの哲学とか。
じゃあちょっと引用しますね。
早速行きましょう。
ちなみにこれ、この本の。
あ、そうだね。
どういう。
左?
概要みたいな感じ。
人生の物語家とか。
伏線回収ってよく言われるようなこととか。
あとなんか、なんだろうな。
なんて言えばいいんだろうね。
これ読めば多分いけると思う。
じゃあここをそのまま一回読む。
人々はあまりにも強い物語の引力に引き寄せられて、もはや物語に支配されつつあるのではないかと私は危惧し始めた。
だから私はこれから物語に対抗したいと思う。
何かしらの物語が私たちの幸福を奪うのだとしたら、もはやそんな物語は廃棄されるべきだろう。
私は良き物語を愛している。
それゆえ物語を批判したいと思う。
というような本。
一章で今巷で流行っている人生を物語化していくとか、その物語を消費していくみたいなことがどう悪いのかみたいなのを書いて、
2、3、4章、5章で、じゃあ物語以外の方法でどうやって人生って歩めるのかなみたいなので、
03:04
ゲームとかハズルとかギャンブルとかおもちゃっていうツールを使って生き方っていうかを考えていくみたいなものなんですけど、
前提として私はめちゃくちゃ物語人生なんですよね。
すごい自己紹介とかめっちゃ得意だし、
就活も得意だし、
得意そうだね。
就活とかコンペとか、
自分をギュッと1分とかで説明して、
その場所に必要だと思わせるみたいな語り口がすごい得意だよね。
すごい自覚があるし、
それ自体も結構好きだったんだけど、
今大学とかも出て、
転職とかも経験して、
ある程度学生20歳そこそこぐらいで思ってた物語を全部回収しきっちゃったんだよね。
こういう大人になったらいいなとか、
あとなんかこっちに進もうかなって思ってて、
自分にとって確固たる物語の一章だった部分が、
なんかやっぱりこっちじゃないかもってなって、
そのゴールが失われちゃったりとか、
で別の物語を描いてみて、
それがあっさりかなっちゃったりとかして、
それって油絵やっててそういう関係あるの?
何個かあって、
例えば私は美大の油絵家を出ていて、
現代美術をやってたんですけど、
当時は美術作家になるっていうのが、
すごい自分にとっての大きな物語で、
だから美術作家になるっていう状態を定義して、
40歳でヴィエンナーレに出るとか、
30歳で文化庁の新人賞を取るとか、
フォーブスアンダーサーティを取るとか、
結構マイルストーン、
マイルストーンすごいしっかり聞いて、
男の子を産むみたいな、
鹿島賞フェス、
すごいね、やってた。
やってたんだけど、
それで結構奨学金を取ったりとか、
コンペで奨をもらった、
狙ってたコンペを確実に取れたりとかして、
最高って当時もらったんだけど、
取ってみるとあれ違うかもみたいな、
このまま進んでもあんまり幸せじゃないかも。
その理由がなんだっけ?
結構当時、
クリエイター小学期みたいなの取って、
その後、
学生向けゲンダリウスコンペみたいなの取って、
でも両方でずっと同じメンツなんだよね。
いる人も同じ。
作り手も。
06:00
小学期受かってる人とコンペ受かってる人同じメンツ。
なるほどね。
だし、見に来る人も同じなんだよ。
見に来る大人とか、お金出してくる大人が全員同じ。
界隈が全部同じ。
そう、界隈が同じ。
だって現代美術なんてさ、見ないじゃん。
そうか。
だから、
あれ、これってこの中で頑張っても、
ずっとこの人たちと、
強固な関係を結んでいくだけで、
別に世界は良くならないし、
広がっていかないし、
みたいなって思って。
日本の相撲協会みたいな。
お叱りの相撲協会来るよ。
相撲協会結構多いからね。
みたいになって結構きついなって思って、
デザインとかの方が、
もうちょっと自分が作ったものが、
地球の裏側まで届くから面白いかなとか。
って思って、そこで一回物語変更。
一回変更みたいなのやって。
じゃあ油絵家だったけど、デザイナーになるって、
どういう物語なんだろうみたいな。
で、今度なってきて。
就活とかすると珍しいから、
すごい聞かれるわけ。
いつデザイナーになろうと思ったんですか?
実際は全部成り行き。
全部嫌じゃないから続いてるっていう方が、
結構強いけど、
それを文明化するっていうのが、
すごい上手い。
だからこういう風に現代美術っていうのは、
すごく狭い世界なので、
広いデザインっていうものに、
すごい関心を持ちましたとか。
対比を、人の人生を対比していくっていうのに、
すごい上手くなっちゃって。
物語っぽいね。
すごいなんか、
なのでこう、
いろんな人に、
人類を変えたいですみたいな。
っていうぐらい大きい物語って、
描ける状態になっちゃう。
で、その方向でずっとやってってるし、
今の仕事とかには不満はないし、
楽しいんだけど、
ある程度、
このままやってけば、
この物語を消化できるな、
みたいな感じが見えて。
そうすると、これの次って何?
みたいな。
あと、それもあるし、
自分、デザイナーとしての自分。
普通に、
妻としての自分。
子供としての自分とか。
いろいろいて、
それが統合できなくなってきた感じとかもあって。
物語が強すぎて、
例えばデザイナーとして、
仕事で見せている面が、
で、
ポッドキャストやってるんですよとかいうときに、
接続しない。
その文脈が。
なんでやってるの?みたいな。
趣味。
理由が求められる。
楽しくていい。
でも楽しいだけで何かするとか、
好きだから続けるみたいなことが、
09:00
物語し続けちゃったことで、
許されなくなっちゃっている。
はまんなくなっている。
だから、
この本、
この漫画には、
この漫画の登場人物はそんなこと言わない。
っていう感じに、
自分の人生がなってきて。
面白い。
字で気づいてる。
それでこの、
まだ引用してないんだけど。
実はまだ引用してない。
引用してないんだけど、
物語家批判の哲学。
聞きに行っちゃった。
まさにこういう人間。
物語家。
物語家が称賛され、
それが人々の人生のツールとして、
使われ続けたことによって、
こういう悲しい解説ができちゃった。
真っ赤な解説。
なんか思ったと違うんだ。
ってなってきてる人がいると。
それを、
批判。
批判というか、
物語に良い面もあるけど、悪い面もあるよね。
みたいなことを書いている本。
素晴らしい読者じゃん。
こういう人に読んでほしかった。
喜んでるよ、今のアンバさん。
引用しますね。
心で。
恋人だけに見せる顔。
家族にだけ見せる顔。
地元の友達だけに見せる顔。
私たちはそれぞれの場面対面で
顔を付け替えながら生きる。
それはよく
比喩として言われるような仮面ではない。
私たちは仮面など付けていない。
なぜなら、仮面の向こうに
唯一の顔などないのだから。
っていうところで。
さっき言ったみたいに、
デザインをやっている私。
家で料理をしている私。
親の子供である私とか。
それが
全部を繋ぐような
美しい線とか物語が
引けないといけない
という脅迫感が
すごく強くて。
もっとわかりやすく言うと
ノートを書くことがあるんだけど。
ブログサービス。
それで
デザインのことを書けるんだけど
料理のことを書けないなぁ
って思うんだよね。
このアカウントにおける
私は
デザインの人であって
料理の話題は求められていない
って思っちゃう。
でも料理のことをどうしても書きたかったから
一回
料理をデザインするみたいな章を
一個入れればいけるかな
って思ったりしてて。
本当は
自分が
生田さんが言っているみたいに
それぞれの場面で
顔を付け替えながら生きていることとか
自分がそもそも
多面体である
いろんな面がある
ということ自体は
凄い肯定しているんだけど
でもいざ
12:01
それぞれの面
になった時に
ここでは
これしか見せれないな
っていうのが
結構苦しいなと思うんだよね。
みんな
どうしてるのかなと思って。
あれ思い出した。平野圭一郎さんの
私と何かの
文人主義の話に
似てそうだなと。
似てるってかもその話だよね。
本当の自分みたいな
ものはなくて
相手との
化学反応というか
表出する自分とかも全然違うよね
みたいな話で
そうね
なんだろう
私も結構
自分の人生を物語化して
捉える傾向があって
ちょっと似てる部分もあるなと
そういう物語っぽく
話すのも割と得意だし
でも
あんまりそれで
なんだろう
この人には
この側面しか見せられないみたいな
辛さをあんまり感じたことがなくて
もしかして
あれかも
なんだろう
話すのが上手い分
需要に対する意識がすごく強い
何が求められているのか
っていう
それがすごい強いのかなって感じ
した
確かに
提供しなきゃいけない
強みだけどね
そうそう
ニーズがあるんじゃないかと思った
確かにね
先生
学校の先生とか
私結構しばらく
先生でしかないと思ってた時期があって
先生というキャラ
美容師さんとか
その場でしか会わないから
美容師さん
でもなんか
先生とかも卒業してから会ったり
美容師の人とかも
何年も会ったりすると
美容師以外の面がぽろって見えたりすることがある
この人人間だったんだって驚く
みたいな
そういう感じで
結構多分接してる
自分が接してる部分もあるし
自分がそうしてるから
自分も多分他人に対して
そういう風な
分けが結構ある
なるほどね
月の裏側が見えないみたいな話で
やっぱり
いろんな人の
仕事で会う人の
プライベートって見えないから
大概の人は
見えるその相手を
全部だと勘違いすることは
よくあると思うんだよ
それを多分みんなやってる
だからなんか親が泣いてると
結構驚くとかさ
動揺するとか
とかあったりするし
なんか
なんだろうね
すごいかっこいいと思ってた人の一面が見える
ユイ子がさ
毎日さ
電気消す時にポチって
15:00
ピコって消してたみたいな
話に
なんか可愛らしさを感じるみたいになって
なんかそのちょっと裏側が見えたような
気持ちになるみたいなのもあるし
みんなだから
見えるところが結構全てだと思う
だからさっき言ってた
目に見えるものが
全てだとつい思っちゃう
みたいな傾向あるしね
なんかさこれ
これの議論の
趣旨も色んなさ
色んな軸があって色んな話してるんだけど
その中の一つでさ
MBTIのなんか
リスクっていうか
いい目悪い目みたいな
話で
MBTIとか
キャラクタライズされたものを
自分に当てはめるみたいな話の中で
強調された
尖った部分とか
なんかこう
ハッシュタグとか要素で分けられることだけ
その人の構成要素として
立ち上げてしまって
それを自分に当てはめることで
なんかすごいのっぴりした
その面しかない人間に
作り上げようとしてしまうみたいな
弊害
である
なぁと思って
本当はそれはもう変わり得るし
あの
裏側ももちろんあるしみたいな
受け入れられなくなってしまうみたいな
逆の現象もあるんだろうなと思うし
あとさ
これなんかもうちょっと
ちょっと横滑りしちゃうんだけど
この半年以外でずっと興味あるテーマが
ジブリ
ジブリ風
写真みたいなの書いてたじゃん
ちょっとジブリの
あの肝差ってどこにあるんだろうな
めっちゃ考えてた
あれは
どこまで言えるのか
原来思想家の人がさ
オタクカルチャーについて
何冊も本出してるんだけど
その中で主張の一つに
21世紀とか
20世紀終盤の
オタクカルチャーの特徴っていうのは
特徴来産主義みたいなところで
キャラクターって言葉が
意味するように
特徴あるところに
燃えるとか
そのキャラクターらしさを感じる
みたいな作りが
それをずっと再生産され続けたんだみたいなことを
言ってて
ちょっとこれ正確じゃないから
要は例えば
ジブリ的な写真っていうのも
何にあるかって言ったら
色味とかその表情とか
目の描き方みたいな
そのパーツで
パーツで喜んでる
パーツに燃えてるみたいな
だからその人そのものが生きているかどうかじゃなくて
パーツで
それっぽさとか
なんか好ましさみたいなものが
受けてるだけに過ぎないっていう
それはだから急に始まったことじゃなくて
実はこの30年間
40年間培ってきた
18:01
実はオタクカルチャーがベースにあるんじゃないか
っていう
そういう
そういう説
パーツ来産主義というか
キャラクターの
キャラ来産主義
特徴来産主義みたいな
実は結構長い歴史が
長い歴史ですよね現代だけど
4、50年のあれを経て
それがもっと手軽な形でしかも
自分をキャラクタライズできる
そのMVTIとか
そのチャットGPTの生成
とか
いろんな
そういうとこに
出てきてる
それがだから本当に
これまでオタクカルチャーとして
萌え文化だったものが
今はその誰もが
そこに何か身近さを覚える
ものに
チャットGPTを開始して一気に広がったみたいな
なるほどね
キっぽいって良くないよね
そういう
そういうコンテンツが
溢れてるよね本当に
この間
こういうのあるんだと思って
びっくりしたのが
インスタのとあるアカウントだったんだけど
男性の
がモテるための
情報発信をしてるアカウントで
いわゆる
ゾス的なというか
なんだっけ
メンズコーチみたいなことではなくて
もうちょっとオシャレより
もうちょっとオシャレよりの
文脈でそれを発信してるんだけど
なんだっけ
結構ちょっと前にさ
Xで話題になってたんだけど
去年アカデミー賞の時の
岡田まさきの美中が良すぎた
黒のタイトルで
リムレスの
メガネをかけて
すごいかっこよかったね
それをどうやって抽出できるか
どう再現できるか
象徴的だなと思って
どう再現するか
もちろん岡田まさきがかけてるような
ハイブランドのメガネとか無理だから
それを身近にあるアイテムで
しかも一般人の人が
しててもおかしくない形でどうやって再現するか
みたいなのをやってて
すごい現代的と思って
そういうコンテンツが本当に
溢れてる
言い出したら聞いてないんだけど
ファッション界はそういうの多いじゃん
高見えみたいなワードも
俺それに似てるなと思って
高く見えないと
良くないみたいな
ちょっとおかしな話じゃん
普通に好きなもの着ればいいし
自分が気に入ってればいいのに
高見えみたいな
なんかどっから突っ込めばいいのか
わかんないんだけど
とかねそういうのもあるし
インスタとかSNS系で言えば
21:00
吉高由里くんがなぜモテるか
みたいな話がさ
変な動画作ってる人いっぱいいるじゃん
とかなんかこういう
このなんとかさんが
男に好かれる理由
パーツでさ
そういう肝みたいなコンテンツを
最近めっちゃブックアップしてて
その肝さがなんだろうっていうのを
すごい考えたくて
最近すごい
あの
めっちゃブックマークしてるのが
赤ちゃんの動画しかブックマークしてない
なんかさやっぱそれも
なんていうの
他社の物語に
フリーライドして勝手に持ってるみたいなことかな
と思って
ここまで来たかって思ったのが
この間ねその
えっと
藤井和が徹子の部屋に出ましたと
でそれすごい
二人が年の差とかを超えて
ものすごく仲良くなって
で最後に徹子さんが
ご飯に誘ったのね
本当に実は
この間行ってたっていうことが
あったんだけど
それをほっこりした
ものとして勝手に
無駄天才とかしてるやついっぱい見たんだけど
それと別で
この人は
切り抜きを乗せながら
テキストが
ガチでシンプルな飯の誘い方は
藤井和と黒柳徹子の対談を
参考にしろって書いてあって
意味がわかんない
年の差があっても食べ物の話題は共感を生みやすい
贅沢なものじゃなくていい
相手の普段のご飯を
自分も口にして
日常を再現するだけ
これは藤井和が納豆ご飯
食べてますみたいな話をしてたっていう
みんな食べて俺も食ってる
食事のイメージの共有ができたら
大胆に誘え
相手の行きたいを引き出せばオッケー
っていうテキストが
あったりとか
まさに吉高由里子ね
吉高由里子の
北村匠と共演したドラマの
切り抜きあげて
吉高由里子さんと北村匠くんが
実演してるけど
年上彼女と年下彼氏ってこんな風に
喧嘩が喧嘩にならないから
強いのような
男は年上女性に目を張らないし
女性も年下男性に期待しない
自然に率直な
素直なコミュニケーションが取れるので
長続きしやすいみたいな
こういうのの
種類違いみたいな
色違い
色違いポケモン
溢れすぎてて
なんて気持ち悪いんだろうって
いつも思って見てるんだけど
フリーライド的な
役者が演じた
仕事とか
タレント界仕事した
ものを勝手に
既にある
同じ共通の話で誘えみたいな
多分
数十年間言われてる
既に存在してる
チープな
クリシェを
強引に結びつけて
24:00
自分のロジックにする
何これ
ズートピアで
こういうシーンあったよね
アイスを作る
みたいな
それは
PPAPみたいな
全然違う
のをぶつけて
PPAPみたいな
のを作って
それをコピペして
インプをひたすら稼いで
広告収入入れて
ご飯食べるみたいな
最悪地獄だよね
やっとご飯食べた
やっとご飯食べた
それで
何なんだろう
これが俺は
キャラクタライズ
物語家と不可分じゃないと思って
結構関連してると思ってる
パーツ来産主義とか
オタクカルチャー
オタクが世に受け入れられて
推しみたいな
推しカルチャーとか
自分がオタクですって
自称
明らかに自称することが
許される時代になった
って言えると思うんだけど
そういう時代だからこそ
やっぱり
当たり前に
それが受け入れられてしまう
そういう
勝手にフリアードして
キャラクタライズしたパーツで遊ぶ
ことが許されちゃう
ということなのかなとか
今見たら
鉄子さんの動画
2.8万いいねもらって
すごくない?
470万いいね
やばいよね
多面筆
ヒカルが久々に
いい熱が
気持ち悪いなって思ってたんだよね
この気持ち悪さなんだろう
ずっと思ってて
これだけ
バズるってことは
そういうチープな
クリシーに
すがりたい人がいっぱいいるってことだよね
そういう
断定的な
断定されたいというか
確かな
これをすれば幸せになれるとか
みたいな言説に
すがりたい人がやっぱそれだけ
いるってことだよね
今診断ブームじゃん
はいはい
恋愛モンスターみたいなのも
あった
あった食べタイプ診断
そうそうそうそう
また来たんだ新しいのまた出てくるんだみたいな
未だにUBTI
好きな人いっぱいいるけど
いいと思う
それ自体は否定しないけど
それに
合わせていってしまう
もしそれを体に入れすぎると
身動き取れなくなるとか
本来
素直に受けられたものが
抵抗感を感じちゃうのって
望んだこと
なんだっけ
27:01
なんかね
前の会社にいた時に
SNSの
分析みたいなのをやってて
その時に
今はどうか分かんないけど
当時のYouTubeのアルゴリズムは
なんかその
このチャンネルは何を発信している
チャンネルかっていうのが
明らかじゃないと伸びない
YouTubeのアルゴリズムが
それを解釈できないから
カップルチャンネルみたいな
ぼんやりしたものじゃなくて
なんかこう
食だったら
オムライスだけを作るとか
美容だったら
30代女性のVlogみたいな
ぼんやりしたものじゃなくて
ひたすらメイク道具を
100個試すとか
とかりやすくラベリングしていかないと
視聴者にとって
分かりにくいし
聞いてはGoogleの
クロールエンジンが読めない
だから
何かを自分が発信する時とかも
自分が多面体であっても
この一面だけを
尖らせてやっていかないと
誰も読まない
まずいよ
それが
3年前とか4年前ぐらいで
そんな感じだったから
今は多分それがすごい激化してて
だから
それが
ポイントポイントの
バーンって跳ねてる特徴のところだけが
すごい
星屑みたいになって
人類総収穫
みたいな感じ
収穫の時って
3点に絞って伝える
メソッドとして
色々言っても覚えられないから
例えば強みとか
全部3つに絞って
全部そこに繋がるように話す
全部が
それになってる
アプリとかもそう
これね
今俺とかしわさん
ジン作ってるんだけど
文章がベインのジン
やっぱさ
結構削るじゃん
これって今回の
この人のエッセンの中に
不要ではねみたいなやつは
削った方が読みやすいんだけど
でも無関係なものがあるからこそ
愛着が湧いたり
その文章に聞かれるみたいなのもあるから
そこはちゃんと丁寧に
落ち着いてやんないと
これだめいらないみたいな
これにしまいましょうみたいなやっていくと
本当にどこにでもある
みんな尖ってると思ってるのに
実はどこにでもある尖り
になっていくなとか
そこは本当に気を付けないとね
そんなとこでしょうか
言いたいこといっぱいあるから
別のタイミングでね
ありがとうございます
今日私が引用したのは
ナンバユウキさんの
物語家批判の哲学から
30:00
恋人にだけ見せる顔
家族にだけ見せる顔
地元の友達だけに見せる顔
私たちはそれぞれの場面対面で
顔を付け替えながら生きる
それはよく比喩として言われるような
仮面ではない
私たちは仮面など付けていない
なぜなら仮面の向こうに
唯一の顔などないのだから
でした
ありがとうございます
30:38

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